徹子の部屋

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徹子の部屋
ジャンル 帯番組 / トーク番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 テレビ朝日
製作総指揮 寺田伸也(GP、テレビ朝日)
プロデューサー 田原敦子(テレビ朝日)
栗井誠司・坂本美恵子(vivia
出演者 黒柳徹子司会
ゲスト1組
音声 ステレオ放送[1]
解説放送[2]
字幕 文字多重放送
オープニング いずみたく徹子の部屋のテーマ
エンディング 同上
外部リンク 公式サイト
13時台第1期(放送開始から1996年3月)
放送時間 平日 13:15 - 13:55(40分)
放送期間 1976年2月2日 - 1996年3月29日
14時台時代(1996年4月から1997年9月)
放送時間 平日 13:55 - 14:50(55分)
放送期間 1996年4月1日 - 1997年9月
13時台第2期(1997年10月から2014年3月まで)
放送時間 平日 13:20 - 13:55(35分)
放送期間 1997年10月 - 2014年3月31日
正午枠時代(2014年4月から)
放送時間 平日 12:00 - 12:30(30分)
放送期間 2014年4月1日 -
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徹子の部屋』(てつこのへや)は、テレビ朝日(番組開始時の旧社名:日本教育テレビ(NET))系列平日に放送されている長寿トーク番組である。黒柳徹子司会冠番組である。CS放送テレ朝チャンネル2テレ朝チャンネル1では、過去の放送回を再放送している。同局が日本教育テレビ(NET)時代に『13時ショー』の後番組として1976年2月2日にスタートした長寿番組である。2001年1月からハイビジョン制作を実施している。

概要[編集]

毎回1組のゲストを招いて、テーブル上に広げた資料を元にインタビューしながら対談を進める。極初期を除き、それ以外の企画内容はないため、一般的に「トーク番組」として認知されている。黒柳の文化人的キャラクターや「終戦特集」などを企画するなど「お上品な番組」としてイメージされがちだが、毎年末にはタモリに芸を披露させたり、2000年代後半頃からは『アメトーーク!』とコラボレーションするなど、番組発足以来、バラエティ番組としての性格も有している。番組の知名度も高く他局も含めて数多くのパロディが存在する。

本番組で放送された映像のうち初期のものについては、当時の放送用VTRが機器・テープとも高価だった上、著作権法等の縛りで番組の資料保存も安易に行えなかった事情から、大半が現存していない(黒柳自身が個人的に家庭用ビデオデッキで録画し保存したものもあるが、画質は余り良くない)ものの、出演時のスチール写真と音声を収録したカセットテープについては保存されているという[3]

出演ゲストは延べ10000人以上に上る[4]。ゲストもタレント俳優女優歌手お笑いタレント作家政治家など幅広く、テレビ朝日や一部系列局の情報報道番組で著名人の訃報が伝えられる際、ニュース映像に故人が本番組に出演した際の映像が頻繁に使用されており、副次的ではあるが著名人の映像アーカイブ的側面もある。

黒柳が1980年NHK第31回NHK紅白歌合戦』の紅組司会に起用されたのは本番組の司会ぶりの評価もその一因である[5]

司会者[編集]

話す内容は、黒柳がゲストについてその日担当のディレクターからレクチャーを受けた際に、その内容を特注のメモ用紙(紙の寸法はA6)に2Bの鉛筆で縦書きに書いたものを繋ぎ合わせたリスト(台本や質問稿ではない)をテーブルに置いて進行する。老眼鏡を使わないで読むので、ゲストに驚かれることがある。そのメモの上にゲストがコップを置くと除けたり、置かないようにあらかじめ釘を刺す。メモが汚損などして使い物にならなくなった際にはアドリブトークになるが、切り替わったことは一度もない[6]

本番組で黒柳は「たまねぎ頭」姿である[7]。芸能界七不思議の1つと言われるこの髪型については理由があり、毎日髪形を変えると、視聴者の関心が黒柳の髪に集中してしまってゲストの方へ行かない、また襟足が出るので、黒柳の斜め後ろからの画像になっても「ふんふん」と頷く時に髪ばっかり揺れているという絵にならず、首が見えるので少しは人間味がでる、あるいは和装でも洋装でもちょっとアレンジすれば済むなどの理由で固定していると言う。ただし扮装する時は別である。

黒柳の衣装はゲストと事前打ち合わせはせず、黒柳およびスタイリストによって選ばれている。放送開始から8000回を超えるまでは全て黒柳本人が衣装を用意・選定していたが、その後はスタイリストが用意した衣装も着用するようになった。本番組で使用された衣装の一部は、年に1度日本橋高島屋で開催されているチャリティセールへ出品されている(売り上げは「青少年とともに歩む会」に寄贈)。

黒柳は「連続で50年というテレビ番組は前例がないと思いますので、できることなら50年までやりたいと思っております」と語っている。

字幕放送では、本人が喋る色は黄色で表示される。(2014年3月31日までは、スペシャル版を除いては白色で表示されていた。)

番組作り[編集]

本番組を始めるにあたり、黒柳がテレビ朝日に出した条件が「スタッフの入れ替えをしないこと」「編集をしないこと撮って出しの手法)」であった(ただしこれは番組がいつまで続くか分からなかった開始当初のことであり、実際には後述の通りプロデューサーやディレクターは入れ替わっている)。後者の理由は「ゲストのありのままの姿を引き出すため」「番組の質の低下を防ぐため(帯番組を編集するのは多大な労力がかかる)」「ゲスト・黒柳・スタッフの三者間で『ここをカットしてほしい』『ここを残してほしい』と編集に関する意見が衝突するのを防ぐため」の3点である[8]。黒柳は「一切編集をしない。ほぼ生放送の状態。だから皆さん本心を話してくれるんでしょう。」と語っている[9]

収録は毎週月曜・火曜日に計6本のペースで行われる[10]。週1本(月4 - 5本程度)分多く収録しているのは、黒柳がユニセフの仕事で海外に出かけるため夏休みとして2週分収録を休んだり、黒柳が出演する演劇の舞台稽古で不定期に収録を休んだり、突発的なアクシデントで放送を差し替えたりする時のストックとしてである[8]。収録日の午前中はたっぷりと睡眠をとる。寝不足だとゲストの話が耳を素通りしてしまうからだという。

ゲストとの会話はスタジオセットのソファに座って行われるが、ゲストが特別なパフォーマンスを披露する場合などには椅子がセッティングされる場合もある。#歴代の部屋(セット)も参照。出される飲み物は緑茶、コーヒー、紅茶、ジュース(ワイングラスガラスコップグラス」、マグカップ「おに乗せることもある」、湯呑み)などゲストに合わせて毎回異なる[11]。なお、ソファがとても柔らかいため、ゲストの姿勢や衣装が崩れたまま映ってしまうことがないようにとの配慮もあり、ゲスト及び黒柳が座るためのクッションには基本的にベニヤ入りの堅いクッション(番組関係者内ではハルコちゃんと呼ばれている)を使っているが、これは杉村春子が着物で出演した際にソファが柔らかいために襟が崩れてしまうので堅いクッションがあればとの要望があったことに由来しているという[12]

ゲストは基本的に1組1回だが、収録時間が長時間となった(山村聰長嶋茂雄ジャイアント馬場メリル・ストリープダスティン・ホフマントム・クルーズ)、トークが面白く収録時間を大幅に超過した(さだまさし小栗旬岡田将生)等の理由で2回に分けて放送されたケースがある。

黒柳のスケジュールが過密であることもあって、テレビ朝日以外のテレビ局が黒柳に取材する場合にも本番組のセットで行われることがある。例として、2007年9月28日放送の読売テレビ・日本テレビ系列『ザ・ワイド』最終回では、その番組の司会者で黒柳と親交のある草野仁へ向けたメッセージが本番組のセットで収録された。2009年正月に放送されたNHK教育テレビ50周年の記念番組では、TOKIO城島茂ら出演者が黒柳がコメントをするVTRを見た際、「“部屋”ですね」などと指摘していていた。

テーマ曲[編集]

テーマ曲は『徹子の部屋のテーマ』(2000年12月放送分のステレオ放送化によりステレオ収録にアレンジしたものに変わっている)。作曲はいずみたく。テーマ曲は、CD『SHOW WA!バラエティー・レボリューション』の中に収録されているほか、着メロはテレビ朝日の携帯サイトなどでダウンロードできる。2011年5月26日放送分のオープニングでは、ゲストの羽鳥慎一がスタジオ入り口から本番組をリポートする形式で登場したため、イントロ部分から流れた。また、2012年5月2日放送分のオープニングではゲストにミゲル・ゲレイロが登場し、このオープニングテーマを歌ったためカラオケが使用された。

放送形態[編集]

地上波においての放送では、画面右下にゲスト名とトークの内容について表示されているが、BS朝日(既に放送終了)、テレ朝チャンネル、朝日ニュースター(2012年4月以降)の放送では表示されていない。BS朝日では画面右上にあるウォーターマークの左隣に番組タイトルを表示していた。

提供クレジットは出す(テレ朝チャンネル及び2012年4月以降の朝日ニュースターの放送では提供クレジットの表示は一切なし)がアナウンサーによるスポンサーの読み上げ(提供コメント)は一切なく、オープニングはゲストの紹介をしていて、エンディングは終了時間までトークする。ただし、地上波では一時期(番組終了時・ローカルセールスでブルーバック画面のみ)、BS朝日では開局から2年程は提供コメントを行っていたことがあった。なお、過去に放送されたゴールデンタイムのスペシャル版や日曜日昼間に放送される単発枠のスペシャル版では通常通り提供コメントを行なった。

ゲスト[編集]

第一回と恒例ゲスト[編集]

放送第1回目のゲストは森繁久彌(テレ朝チャンネルでの再放送の第1回目でも、やはり森繁がゲストだった回が放送された)。2009年11月11日に森繁が死去したため、急遽翌12日に追悼特集が放送された(この日の予定ゲストは杉本哲太だったが、11月18日に延期された)。また、2010年2月1日、翌日の放送が番組が35年目を迎えるにあたったこの日の放送もまた森繁の名場面が放送された。

トークは基本的にゲストの活躍している内容について行われるが、常連のゲストのさらに一部の相手とは、"お約束"と言えるような展開で行われる。例えば、小沢昭一が単独ゲストの場合、黒柳と小沢が何らかのテーマに沿った扮装をしてトークを行う「扮装シリーズ」が定番となり、2010年の小沢の最後の出演までに15回行われた[13][14]。1996年の、黒柳がセーラームーン、小沢がクレヨンしんちゃんのコスプレをして視聴者の度肝を抜いた時は(いずれもテレビ朝日系列のアニメ)、東スポの一面トップに黒柳の姿がカラー写真で出た。2010年2月10日には、小沢が初めて出演した1976年当時の映像が残っていないことから、再び学生服(小沢の母校である早稲田大学の学帽付き)とセーラー服に扮し、過去の名場面を振り返った。ただし、小沢の出演回のすべてが「扮装シリーズ」というわけではなく、2008年8月14日放送でのゲスト時には戦争体験を語るためスーツ姿で出演している(その他2011年には永六輔加藤武とともに3人で出演しているが扮装はしていない)。小沢は2012年12月10日に死去し、同年12月17日の放送回ではこれらの出演回を振り返った[15]

年間最終の放送のゲストは1978年以降から毎年必ず、タモリ(初出演日は1977年8月11日放送)で、2013年12月27日放送の出演で37回目を数え、ゲスト出演の最多回数を誇る[16]。タモリが当番組にゲストとして出演する際には、今ではテレビでほとんど見られなくなったなんらかの「密室芸」の披露をしているが、1980年代の放送では、マヨネーズ石狩鍋たくあんを洗った水で作ったクリームソーダチョコレートしゃぶしゃぶあんこなど、通常では考えられないゲテモノ料理を2人で作って食べるのが恒例となっていた[17]

黒柳とNHKアナウンサー時代から長年親交を続ける野際陽子は、2000年代以降、節目・特別版などに招かれている。

芸能人関係[編集]

タモリに限らずお笑い芸人がゲストの場合、トーク以外に持ちネタが披露されることも多い。極端な例では、2005年に清水ミチコ友近が出演した際、オンエア時間の大半がネタ披露に充てられた。お笑いタレント好きの黒柳はそのネタを見ると「面白い、面白い」と言っていつまでもネタをやめさせない。一方で「今日は何か面白い話をして下さるんですって?」などと言ってわざと笑いのハードルを上げる、オチを先に言ってから話を振る、ありもしないギャグを無理矢理その場でやらせるなどの「無茶ブリ」を行い、お笑いタレントを苦しい状況に追い込むことも多く、業界用語で言う「ケガ」させることが多いため、『アメトーーク』では「徹子の部屋(惨敗)芸人」と言う括りテーマが存在する。『アメトーーク』の司会である雨上がり決死隊も惨敗芸人の1組である。(アメトーークDVD第6巻に収録。)

本人が別番組で扮しているキャラクターで出演するケースもある。2005年4月6日は藤井隆マシュー南として出演、マシューは約1カ月後の『祝30年!SP』にも出演し、この時黒柳は『白柳リリー』となって進行している。2006年5月5日にはゴリゴリエとして出演。2010年5月3日はとんねるずが矢島美容室として出演した。

2009年2月2日から2月5日までは、放送34年目突入とテレビ朝日開局50周年を記念し、その日に放送される『50時間テレビ』の出演者などが出演。2日は『Qさま』からさまぁ〜ず優香。3日は『ロンドンハーツ』からロンドンブーツ1号2号。4日は『クイズ雑学王』から爆笑問題。5日は『いきなり!黄金伝説。』からココリコ。6日は『スーパーJチャンネル』から小宮悦子が出演。

  • 2日は本番組がちょうど34年目に突入したため優香が黒柳に花束を渡し、お祝いにさまぁ〜ず・大竹一樹が特技のバイオリンで当番組のテーマ曲を披露。
  • 3日は『ロンハー』と当番組のコラボレーションを展開し、『ロンハー』では狩野英孝が番組に使われているソファーに座り、右側に黒柳を写すポスターを制作。これは淳の指示で、黒柳の撮影をした。
  • 4日は爆笑問題が出演した『GAHAHAキング爆笑王決定戦』の映像と黒柳が出演したドラマの映像を放送。
  • 5日は深夜時代の「ココリコ黄金伝説」で放送された名伝説を紹介した。
  • 2010年4月14日は同日放送が開始する『そうだったのか!池上彰の学べるニュース』から、レギュラーの土田晃之が出演。
  • 2002年から2010年まではそれまで開催されていた『M-1グランプリ』(ABC)の優勝者が出演するのが定番となっていた。

架空のキャラクター[編集]

架空のキャラクターが出演を果たしたのは、今のところドラえもんのみ。

  • 1999年12月31日と2000年2月11日の放送では、CG映像でドラえもんが出演した。この時の声は、当時のドラえもん役で、黒柳とは親友でもある大山のぶ代。声で出演した大山は、1999年3月4日、2004年3月5日、2005年5月24日、2006年6月2日など数年に1度の割合で定期的に出演している。2009年4月30日には、夫の砂川啓介と夫婦で出演し、自身の脳梗塞の闘病秘話を告白している。
  • 2014年8月8日の放送にも、ドラえもんはCG映像で14年ぶりの出演を果たした。声は大山の後任の水田わさび

逸話など[編集]

デーモン閣下が出演した時は、通常は静かに始まるオープニングが地獄のように演出されており(不協和音)、エンディングも同様だった。

2003年2月3日放送で、ゲストの小沢昭一とともに通算13回目となるコスプレの際に、セックスシンボルとも言われていたメイ・ウエストに扮した黒柳は、ドレスの胸元をめくり右側のバストを披露した。「これは自分のだったら出せないですけども」と語るように、この時のバストは特殊メイクで作られたものである[18]。この日の放送は28年目に突入する最初の放送だった。

2008年7月8日放送では忌野清志郎をゲストとして迎え、忌野の喉頭癌克服に関する話題を扱ったが、奇しくも放送日同日に行われた検査により、忌野の癌転移が発見された。また、忌野の所属事務所より、公式にこのことが発表された8月14日は、BS朝日で同回が再放送された。

ゲストがそれまで公にしていなかった自身に関する重大事を告白することもある。和田アキ子は本番組で「黒柳さんだから申し上げるんですけれど」と、自身の病気が子宮癌だったことを告白し、2003年には大空眞弓に罹患していることを公表している。また、2009年には赤木春恵乳癌であったことを本番組で告白したほか、大山のぶ代が脳梗塞を患っていたことも告白している。さらに、武田鉄矢が初めて鬱病体験を語ったほか、小川宏が自らの自殺未遂・鬱病体験を初めて告白したのも本番組である。2001年には伊原剛志在日朝鮮人であること、2009年には長門裕之が妻・南田洋子認知症を告白した。こうした告白は、翌日以降の新聞雑誌などにニュースとして取り上げられることもある。

長年テレビ朝日にレギュラー番組を持つ田原総一朗は、娘の田原敦子が本番組のプロデューサーを務めていることもあり、複数回出演。夫人の田原節子の病気と死など私事にわたるエピソードを披露したり、自身の著作の紹介などをしている。

テレビ朝日のアナウンサーが出演したこともある。例えば、渡辺宜嗣吉澤一彦大下容子など。しかし吉澤の放送の回は、ABCのみ大山のぶ代出演のものに差し替えられた(ABCが吉澤が担当していた『やじうまワイド』を放送していないため)。

他局のアナウンサー経験者は当然ながら原則フリーアナウンサーになってから出演しているが、露木茂フジテレビアナウンサー時代の1976年5月に当時『小川宏ショー』で共演していた小川宏(元NHKアナウンサー)と共に出演したことがある(他局の現役アナウンサーが出演した唯一のケース)。NHK出身者がゲストの時は黒柳は決まって「NHKは地方へ行かされるから嫌ですよねえ」という発言をする。『ザ・ベストテン』で司会コンビを組んだ久米宏(元TBSアナウンサー)も『ニュースステーション』時代に度々出演した。

局アナ以外では、当時青森放送(RAB)の社員(ディレクター)だった伊奈かっぺいが出演したこともある。本番組は過去にテレビ朝日系列(日本テレビ系列とのクロスネット)だったRABで放送[19]されていたが、1991年10月以降は青森朝日放送(ABA)で放送されているものの、その後も問題なく出演している(青森放送・日本テレビは伊奈のタレントとしてのNHKおよび民放他系列への出演を容認しており、一時ホリプロにタレントとしてのマネジメントを委託していた)。

番組開始日や、特別番組放送日の当日や前日に、ゲストとして登場するケースや、祝日に放送されることを配意して登場するゲストもいる。また稀にプライムタイムからゴールデンタイムに移行する番組に出演しているタレントがゲストに登場するケースもある。

黒柳が司会を務めた『ザ・ベストテン』放送期間中は、よくその番組にランクインした歌手も登場していた。

上述の通り、ゲストの大半は芸能人及びその家族、映画監督脚本家演出家などの芸能関係者・スポーツ選手・アナウンサーといった人々で占められている。また、作家評論家芸術家学者などの文化人政治家財界人などが出演する事も少なくない。これまでに加藤周一瀬戸内寂聴五木寛之大岡信大江健三郎西村京太郎宮尾登美子林真理子村上龍島田雅彦森田実岡本太郎武満徹安野光雅鳥山明野坂参三本島等上川あや中根千枝梅原猛河合隼雄養老孟司などが登場した他、皇族寛仁親王寛仁親王妃信子高円宮憲仁親王高円宮妃久子島津貴子や、海外王族エディンバラ公フィリップセーラ・ファーガソンらも出演している。2002年11月21日に高円宮憲仁親王が薨去したことを受け、同年12月26日には久子妃を迎えて追悼特集を放送した。

黒柳は追悼特集をすることについて「直前の姿ではなく、元気いっぱいで喋ってらっしゃる姿を心に留めてほしい。それもテレビの役割です。」語っている[9]

黒柳が長年ユニセフなどの慈善事業に参加していることから、一般には知られていない各種市民運動団体やボランティア団体の関係者が出演することもある。これらの出演者の場合、黒柳は冗談めいた発言をすることは少ない。

TBS系列『チューボーですよ!』に黒柳が出演した際、堺正章が「『徹子の部屋』で気に入らなかったゲストとかいますか?」と尋ねたのに対し、黒柳は「気に入らないゲストはそもそも呼びません。ゲストは私が選んでます」と発言した。しかし、実際の所ゲストは基本的にスタッフが選び、黒柳が関与するのは最終段階のみだという[8]。しかし、福本清三のように本来出演予定になかったものが、黒柳の意向で出演を依頼したケースもある[20]

ほとんどは名前が売れている芸能人が本番組に出演しているが、裏番組や前後の番組に出演している人や松任谷由実小堺一機岡村隆史ナインティナイン)、清原和博釈由美子オードリーのような未出演の著名人もいる。

  • 小堺については裏番組ごきげんよう』(フジテレビ系列)に出演していた関係(2014年3月まで)があるが、小堺は本番組と被らなかった1996年4月から1年半の間も出演しなかった。これは、大分地区で両番組が被っていたこと(当時『ごきげんよう』は大分放送で14:00からの時差ネットだった。後にテレビ大分で同時ネットで放送されるようになる)に配慮したため。ちなみに、みのもんたも同じく長年裏番組『午後は○○おもいッきりテレビ』→『おもいッきりイイ!!テレビ』(日本テレビ系列)への出演があったものの、みの自身は『おもいッきりテレビ』開始前である1984年5月1日に出演している[21]。なお、『おもいっきりイイ!!テレビ』終了後の2009年4月以降は出演経験はない。
  • 松任谷由実は最終回への出演を希望している[22]。なお、夫の松任谷正隆は出演歴がある。
  • オードリーは2009年10月に放送された「アメトーーク!」内の企画である『徹子の部屋芸人』に「近日出演予定芸人」として出演し、番組内でシミュレーションも行ったが、その後も出演歴はない。

その他[編集]

特別企画[編集]

  • 総集編
12月に行われる総集編は、年内最後の放送日の前日までに放送される(前述のように、1978年以来、年内最後の放送日のゲストにはタモリを招いている)。
  • 終戦特集
毎年8月中旬には『終戦特集』として太平洋戦争第二次世界大戦)にまつわるトークを行う。
  • 追悼特集
毎年7月と12月にはその半期に訃報があった過去の出演者を総集編で送る追悼特集がある。黒柳と親しく、番組へも複数回出演している著名人の場合、その人のみの追悼編として放送されることもある。当初の放送予定を変更して訃報から数日以内に放送されることもあり、その場合は黒柳の単独進行(黒柳の出演もなく、再放送や過去の放送を編集した総集編のみで構成されることもある)で番組が進められる。また、訃報から間がある場合は故人に縁の深い人がゲストで出演し思い出話を語ることもある。
また、テレビ朝日のニュースや情報番組で有名人の訃報が伝えられる際には故人が当番組に出演した際の映像が使用されることが多い。
  • ユニセフ特集
不定期で黒柳のユニセフ親善大使としての活動の様子を特集して放送する回がある。
  • 秘蔵ライブラリー
放送35年目を迎える2010年から過去に放送された著名人とのトークの映像をVTRにまとめて特別企画として放送(名前の五十音順で構成)。スタジオゲストは大竹まこと
  • 徹子の部屋コンサート(2006年開始、2011年現在で第6回、開催時期は秋ごろで放送は開催の翌年の1月ごろ)
2007年から年1回行われる徹子の部屋コンサートを数回に分けて放送する(特別番組としてコンサート全編の放送もある)。

各種データ[編集]

最多出演ゲスト[編集]

最年長出演ゲスト[編集]

最年少出演ゲスト[編集]

最多人数ゲスト[編集]

  • モイセーエフバレエ学校(モイセーエフバレエ団)(1997年7月18日) - 44人

歴代高視聴率ゲスト[編集]

視聴率(%)はビデオリサーチ関東地区調べ。

# 放送日 視聴率 ゲスト
1. 1981年4月10日(金) 14.5% 三浦友和
2. 1984年1月5日(木) 13.5% 武田鉄矢
3. 1981年11月3日(火) 13.4% マッハ文朱
4. 1983年4月1日(金) 13.0% わらべ
5. 1982年9月15日(水) 12.7% 江本孟紀
5. 1985年5月6日(月) 12.7% 松田聖子
7. 1982年4月29日(木) 12.6% ビートたけし
8. 1983年4月29日(金) 12.3% 野々村真
9. 1983年9月16日(金) 12.2% あき竹城
10. 1979年8月23日(木) 11.9% 松方弘樹
10. 1985年8月29日(木) 11.9% ジェリー藤尾坂本九追悼)

*は祝日(振り替え休日も含む)に放送された回である。

番組の歴史[編集]

  • 1976年の番組開始直後は、黒柳とラビット関根(現:関根勤)が進行する「フラッシュクイズ」という視聴者参加の短いクイズコーナーがあった。これは、地味なトークだけでは視聴率が取れないと懸念されたためだが、番組本編とのテンションの乖離(かい り)が激しく、このコーナーは1年後の1977年3月に終了。以後は番組全編トークのみで進行している。ら後に関根の娘の関根麻里が出演した際に、この時のVTRが放送された。その後このクイズコーナーは独立して一つの番組として放送されていた時期がある[24](参考『「徹子の部屋」の30周年』)。
  • 1977年4月、フラッシュクイズ終了に伴い、番組開始以来初めてセットを変更。
  • 1979年4月、関東地区で平日朝の7:50 - 8:30枠(現在の『グッド!モーニング』と『モーニングバード!』の間)に再放送を開始、しかしわずか1年半後の1980年9月限りで再放送を打ち切った[25]
  • 1995年1月17日阪神・淡路大震災関連の報道特別番組のため休止となった(休止となった同日放送予定分(ゲスト:ワダユタカ)を1月20日にずらして放送)。
  • 1996年
    • 4月、19年ぶりにセットを変更しフルモデルチェンジした。
    • 4月から1997年9月までは、『ワイド!スクランブル』を13時台まで放送し、13:55からの55分間放送とした。
  • 1997年初頭、放送時間が移動したためか視聴率が3%前後にまで低迷し、打ち切りが検討されていた(この時期は普段、バラエティ番組に出演しないような硬派のゲストが中心を占めており、特にお笑い系ゲストはタモリ程度という時代だった)。しかし、黒柳の「自分の力が続くまではこの番組を続ける」の決意通り、番組打ち切りは回避されて、後に視聴率も安定に戻っている。
    • 10月、放送時間が元に戻ったと同時に、開始当初より行われていた黒柳によるゲスト紹介の前の「みなさまこんにちは、徹子の部屋でございます」という挨拶を廃止、以後本編冒頭は挨拶は省略され、ゲスト紹介のみになった。
  • 2000年12月放送分よりハイビジョン制作(それ以前にもBSアナログハイビジョン実用化試験放送でも不定期で何度か放送されたことがある)。地上波のみ字幕放送。BS朝日開局に伴い、BS時差放送を開始。音声のモノラルからステレオ音源への変更に伴い、「徹子の部屋のテーマ」をステレオ音源用に再録したものへ変更。同時に話す話題についての内容とゲスト名が右下に表示されるようになった。
  • 2005年
    • 5月、番組開始30周年を記念し、9年1カ月ぶりにセットを変更しフルモデルチェンジした。
    • 8月29日から9月4日までの1週間、『ワイド!スクランブル』が1時間拡大のため『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』(朝日放送制作)と共に番組が休止となった。年末年始や高校野球を除いて番組が1週間休止になるのは、番組スタート以来初めてのことである。
  • 2006年
  • 2007年
    • 2月1日2月2日は、放送32周年突入記念として、いつもの黒柳の席に清水ミチコ(1日)さだまさし(2日)が座って黒柳本人がゲストという形を取り、黒柳の幼い頃からの足跡をたどる特別企画を放送した(タイトルも『ミチコの部屋』、『まさしの部屋』になり、『まさしの部屋』ではテーマ曲もさだが歌ったものになっていた)。
    • 3月2日に放送回数が8000回に到達した(この日のゲストは永六輔)。
    • 7月16日新潟県中越沖地震関連の報道特番のため休止となった。
  • 2008年
    • 7月7日(ゲスト:加山雄三)から音声多重放送を利用した解説放送を開始(月2回程度、不定期に実施)。時差ネット局のBS朝日では初の解説放送となる。ただし、北海道テレビ放送の道央圏以外のアナログ放送エリア(当該エリアでも地上デジタル放送では受信可能)、朝日ニュースターでは行われない。
    • 12月23日(ゲスト:イル・ディーヴォ)は音声多重放送を利用した2か国語放送を実施。ただし、北海道テレビ放送の道央圏以外のアナログ放送エリア(当該エリアでも地上デジタル放送では受信可能)、BS朝日、朝日ニュースターでは行われなかった。
  • 2009年11月11日森繁久彌が死去した際には、翌日に森繁の追悼特集として出演回すべての一部が放送された。
  • 2010年
    • 2月2日は番組開始から35年目を記念してゲストにお笑いコンビ・次長課長を迎えた(井上聡の生年月日が放送開始日にあたるため)。黒柳がゲスト側に回り、次長課長の河本準一が司会を務めた。
    • 2月17日藤田まことが死去した際には、2月19日に藤田の追悼特集として2009年6月26日放送分が再放送された。
    • 5月1日に、夜7時から2時間のゴールデン特番『祝35年目突入記念 出張!徹子の部屋 お宝映像も大放出スペシャル』が放送された。
    • 12月6日(ゲスト:藤本美貴)には番組中にサプライズとして、ハローキティとデザイナーの山口裕子が登場。黒柳のたまねぎ頭を再現した徹子キティの人形がお披露目された。
  • 2011年
    • 3月14日3月15日4月29日東日本大震災関連の報道特番のため休止。3月16日以降しばらくは予定の内容を変更して放送した。
    • 4月27日に、夜7時から2時間のゴールデン特番『出張!徹子の部屋 お宝映像も大放出パート2』が放送された。この放送分で8,961回を数え、同一司会者による番組の最多放送回数記録としてギネス世界記録に認定され、2時間特番内で黒柳の表彰式が執り行われた。
    • 6月22日で、史上最多放送回数記録となる通算9000回に到達した(この日は織田裕二がゲストに登場し、9000回にちなんだ「9」にまつわるエピソードも披露された)。
    • 10月2日に、夜6時56分から2時間のゴールデン特番『祝35周年 出張!徹子の部屋〜トットちゃん初体験SP!〜』が放送された。
    • 12月19日は、北朝鮮金正日総書記死去関連の報道特番のため休止となった。
  • 2012年
    • 3月30日をもってBS朝日CS放送朝日ニュースターでの時差放送を打ち切り。なお、朝日ニュースターは同年4月1日からテレ朝チャンネルと同様、番組開始からこれまで放送された中から選りすぐりの内容を放送する『徹子の部屋~Classics~』として同チャンネルでの放送を継続。
    • 7月以降、朝日ニュースター、テレ朝チャンネルともに再放送が同年4月以降の内容が中心となった。朝日ニュースターでは地上波放送から1週遅れの内容も放送されるため、実質的に時差放送を再開。両チャンネルとも字幕放送・解説放送(当該回のみ。ただしモノラル二重音声)を開始。
    • 9月26日は自民党総裁選挙関連の報道特番のため休止となった(この日放送予定だった山下春幸がゲストの回は10月1日に延期)。  
    • 11月10日に黒柳と親交があった森光子が死去。14日に森の訃報が伝えられたため、15日は予定を変更して森の追悼特集を放送した。森は番組放送開始の1976年から最後の出演となった2009年9月までの間に同番組に計15回出演していた[26]
    • 12月31日放送の『お願い!ランキング』年またぎスペシャル(21:00 - 2013年1月1日1:30)では、黒柳がCGアニメキャラで登場し(声も黒柳が担当)、この年放送された当番組の名場面を振り返った。そして番組最後は、黒柳が2013年1月1日の朝に放送される特番『新春 徹子の部屋』の宣伝をした[27]
  • 2013年
    • 11月16日より11月22日までスマートフォン版「Ameba」の農園ゲーム『ファーミー』でコラボレーションが行われた[28]
  • 2014年
    • 1月11日淡路恵子が死去した際には、1月14日は予定を変更して淡路の追悼特集として出演回の一部が放送された。
    • 4月1日より、フジテレビ『笑っていいとも!』の終了、『バイキング』の開始に伴い、放送時間を12:00 - 12:30に変更[29][30][31]。(『ワイド!スクランブル』の第1部と第2部の幕間に放送。形式上は左記番組の中断扱いであるが、事実上はフロート番組化)これに伴いタイトルロゴが一新され、また30秒の前CMを廃止して12:00きっかりに開始(クロスプログラムは廃止されステブレレス接続に)、そして番組冒頭では「ポーン」という時報音と共に、「12:00」を指したセット内の時計を映してから始まった。そして直後の『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』への接続は、番組が終了して直ぐに黒柳が告知してから、ステブレレスで始まる様になった。そしてこの日より、本番組と『おしゃべりクッキング』の枠移動に伴い、テレビ朝日系列の13:05 - 13:55枠はローカルセールス枠に転換された。なお同年9月29日より『ワイド!スクランブル』第2部の枠が12:30 - 13:45に拡大し、『おしゃべりクッキング』は13:45 - 14:00に繰り下がったが、本番組の変更はなかった。
    • 8月11日-8月15日 12:44まで時間を拡大して放送[32](付随して、本番組の後続番組『おしゃべりクッキング』は13:45-14:00に臨時枠移動・拡大し、『ワイド!スクランブル・第2部』も13:45まで延長放送する)。なおこの間の番組テーマは音頭調にアレンジされた。また終了後は『ワイド!スクランブル』の告知に変更した。
    • 10月6日、『ワイド!スクランブル・第2部・拡大SP[33]』(台風18号関連報道)を放送するため、急遽休止(この日放送予定だった石田純一がゲストの回は10月20日に延期)。
    • 11月19日 11月10日に83歳で死去した高倉健を偲んで「追悼・高倉健さん」と題して過去2回(1980年1988年放送分)のトークを放送(この日放送予定だった相葉雅紀がゲストの回は11月24日に延期。その影響でその日以降の放送分についても、玉突きで延期となった回が2日分発生した)。
    • 12月2日、11月28日に亡くなった菅原文太を偲んで菅原が出演した81年、85年の放送分をまとめて放送する(この日放送予定だった一青窈のゲストの回は12月16日に延期)。[34]

歴代の部屋(セット)[編集]

黒柳とゲストの間に置かれている生け花は、毎回取り替えられており、フラワーコーディネーターが、ゲストのキャラクターや、衣装との見栄えの相性を勘案しながら生けている。黒柳とゲストが座る椅子は基本的にはソファーだが、出演者の数や季節に応じてなどで全く異なる椅子に変更される時が不定期にある。

  • 初代 1976.02.02 - 1977.03.31
    • この初代では約1年ほどしか使用されなかったが、番組の開始からしばらくした後に黒柳とゲストが座るソファーが取り替えられて以降、頻繁にマイナーチェンジが行われている。
  • 2代目 1977.04.01 - 1996.03.29
    • 20年近く使用したが、何度かマイナーチェンジをしており、黒柳の背景の戸棚の色が色→黄緑色→色と2回、塗りなおされている。
    • また、黒柳の背景の戸棚と戸棚の間に取り付けてある絵画が何度も取り替えられている。
    • ちなみに理由は不明だが、絵画のうち、1990年頃まで15年近く取り付けてあったマリー・ローランサンの絵画は肖像権の関係か再放送(地上波・テレ朝チャンネル・BS朝日全て)や総集編の際には必ずぼかしがかけられている。
    • この時期に未だデビュー前であった俳優・津田寛治がアルバイトで大道具の一員として当番組のセットの組立てや解体をしていた[35]
  • 3代目 1996.04.01 - 2005.05.20
    • 番組スタートから20周年を記念し、セット変更を実施(模様替え)。
    • ちなみに、窓の外にある紺色の建物は、1996年のこのセット1年目に作られたが、1998年に解体。以後、窓の外は花広場のようになった。
    • 1997年頃までは、黒柳とゲストの座るソファーのクッションを先代である2代目のものを流用して使用していた。
  • 4代目 2005.05.23 -
    • 番組スタートから30年目突入を記念し、セット変更を実施(模様替え)。
    • 階段があり、これまでのセットと比べると高さを感じる作りになっている。
    • 黒柳と親交のある五月みどりが製作したパンダが付いたティッシュケースが置いてある。このケースにカトリーヌ・ドヌーヴ羽鳥慎一が興味を示した。

スタッフ[編集]

現在
  • 構成:野村正浩谷口秀一
  • SW:横関正人
  • SW/カメラ:田中雅積
  • カメラ:石井豪
  • VE:木村朋宏
  • 音声:高橋秀行、高橋英史
  • 照明:阿部誠・菅原祐(共に共立ライティング
  • 美術:吉村純子
  • デザイン:杉崎明日香
  • 美術進行:浅田幸栄
  • 大道具:北詰真士
  • 小道具:鈴木麻美子
  • 生花:石橋恵三子
  • メイク:川口カツラ店
  • 音効:藤井祥史(音響企画)
  • TK:清水雅子
  • デスク:伴倫子(テレビ朝日)、高畑裕子(vivia)
  • アシスタントプロデューサー:二亦博(vivia)
  • 制作進行:原恵美子(vivia)
  • AD:岸本泰宏、石澤元希
  • ディレクター:植松一裕・金子克彦・井上哲・光瀬史郎・梅崎早苗・江部木和美・望月美恵・池田由紀・田村真紀子(共にvivia)
  • プロデューサー:田原敦子(テレビ朝日)、栗井誠司・坂本美恵子(vivia)
  • ゼネラルプロデューサー:寺田伸也(2014年8月 - 、テレビ朝日)
  • 絵画協力:ナカジマアート
  • 技術協力:テイクシステムズ
  • 美術協力:テレビ朝日クリエイト
  • 制作:テレビ朝日vivia
過去
  • ゼネラルプロデューサー:藤井智久(2001年頃 - 2014年7月、テレビ朝日)
  • チーフプロデューサー・管轄:蓮実一隆(当時・テレビ朝日)
  • プロデューサー:
    • 中島力(初代・立ち上げ時のスタッフ、1976年2月 - 1986年頃、当時・NET→テレビ朝日)
    • 竹下克介(2代目、1986年頃 - 1993年頃、当時・テレビ朝日)
    • 市川幸介(テレビ朝日)
  • 美術:野口敏嗣
  • デザイン:小川由紀夫

ネット局と放送時間[編集]

現在のネット局[編集]

放送対象地域 放送局 系列 放送日時 放送日の遅れ
関東広域圏 テレビ朝日(EX) テレビ朝日系列 月 - 金曜 12:00 - 12:30 制作局
北海道 北海道テレビ(HTB) 同時ネット
青森県 青森朝日放送(ABA)
岩手県 岩手朝日テレビ(IAT)
宮城県 東日本放送(KHB)
秋田県 秋田朝日放送(AAB)
山形県 山形テレビ(YTS)[36]
福島県 福島放送(KFB)
新潟県 新潟テレビ21(UX)
長野県 長野朝日放送(abn)
静岡県 静岡朝日テレビ(SATV)
石川県 北陸朝日放送(HAB)
中京広域圏 メ〜テレ (NBN)
近畿広域圏 朝日放送(ABC)
広島県 広島ホームテレビ(HOME)
山口県 山口朝日放送(yab)
香川県・岡山県 瀬戸内海放送(KSB)
愛媛県 愛媛朝日テレビ(eat)
福岡県 九州朝日放送(KBC)
長崎県 長崎文化放送(NCC)
熊本県 熊本朝日放送(KAB)
大分県 大分朝日放送(OAB)
鹿児島県 鹿児島放送(KKB)
沖縄県 琉球朝日放送(QAB)

徹子の部屋〜Classics〜[編集]

  • テレ朝チャンネル1 - 日曜 6:50 - 7:20(セレクション放送)。その他土曜、月曜も午前・夜間・深夜時間帯のいずれかに編成されるが、放送時間帯は不定のため同チャンネルのホームページにある番組表を参照。
  • テレ朝チャンネル2 - 月 - 金曜 5:15 - 5:55、6:55 - 7:30(前者はセレクション放送。後者は地上波放送日から1週遅れの時差放送)
    • 1976年の開始から現在に至るまで過去に放送された回から選りすぐりの内容を放送している(ノンスポンサー。途中のCMも完全にカットされ、5秒間のステーションIDが挿入されるのみ)。テレ朝チャンネル1・テレ朝チャンネル2とも基本的には放送素材に提供表示は一切入っていない(送出マスターから出していたため)が、当時の提供表示(その際、「当時の提供画面を割愛しています」という断りテロップを再編集時に表示)や前述の通り、セットの絵画にボカシがかけられている(主に放送日が相当古い回で、1976年開始当初 - 1990年頃までの放送が相当)。2012年7月からは同年4月以降に放送された回を中心にセレクション放送を行う(CS放送における本編の放送時間はいずれも26分間)。なお、テレ朝チャンネル・朝日ニュースターとも2012年7月から地上波でも行なっている字幕放送を実施。また、副音声解説放送の回では地上デジタル放送と異なり、モノラル二重音声での放送となる。

過去のネット局[編集]

  • 系列については現在のもの。○は放送当時テレビ朝日系とのクロスネットだった局。
放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
青森県 青森放送(RAB) 日本テレビ系列 遅れネット ○1987年3月31日で打ち切り。
青森朝日放送開局までの4年半、青森県では未ネット。
1979年3月までは夕方の放送
岩手県 IBC岩手放送(IBC) TBS系列 1990年代中頃に打ち切り(1994年4月時点でのネットされているのは東奥日報テレビ欄から確認)
岩手朝日テレビ開局でネット再開
秋田県 秋田放送(ABS) 日本テレビ系列 1990年9月打ち切り
秋田朝日放送開局までの2年間
[要出典]は未放送
福島県 福島中央テレビ(FCT) ○1979年4月2日 - 1981年7月2日
但し、金曜日分は自主制作番組(おはよう金曜日)のため放送せず。
福島放送開局に伴うネット番組整理のため終了
長野県 テレビ信州(TSB) 同時ネット ○1980年10月1日開局 - 1991年3月29日
長野朝日放送開局により終了
富山県 北日本放送(KNB) 遅れネット 1980年代頃に放送されたが短期間で打ち切り
石川県 北陸放送(MRO) TBS系列 不明 - 1990年3月
石川県では北陸朝日放送開局までの1年半の間は未放送
福井県 福井テレビ(FTB) フジテレビ系列 1980年代頃放送
福井放送(FBC) 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
2012年11月2日(金曜)16:25 - 17:00に単発で放送(ゲスト・前川清
※福井県が舞台の映画『旅の贈りもの 明日へ』(前川が主演)の宣伝のため
鳥取県・島根県 山陰放送(BSS) TBS系列 時期不明
岡山県 岡山放送(OHK) フジテレビ系列 同時ネット ○放送当時の愛称・テレビ岡山、当時の放送エリアは岡山県のみ
番組開始 - 1979年3月30日
瀬戸内海放送の岡山県へのエリア拡大により終了
徳島県 四国放送(JRT) 日本テレビ系列 遅れネット 1996年頃は平日10:00 - 10:45に放送
開始・終了時期は不明
長崎県 長崎放送(NBC) TBS系列 時期不明
長崎文化放送開局でネット再開
大分県 テレビ大分(TOS) フジテレビ系列
日本テレビ系列
○開始時期不明 - 1993年3月
大分朝日放送開局に伴うネット番組整理のため終了
鹿児島県 鹿児島テレビ(KTS) フジテレビ系列 同時ネット ○番組開始から1982年9月30日まで
鹿児島放送開局により終了
沖縄県 琉球放送(RBC) TBS系列 遅れネット 1994年4月から1995年9月まで
琉球朝日放送開局により終了
日本全域 BS朝日 BSデジタル放送 開局当初から放送されていたが、2012年3月30日で打ち切り。下記参照

ネット局に関する備考[編集]

地上波
  • テレビ朝日では、朝に再放送を行っていた時期があった。
  • 枠移動後の緊急時には本番組を休止し、『ワイド!スクランブル・第2部・拡大SP[37]』を放送することがある[38]
  • ABCは「全国高校野球選手権大会中継」の大阪大会の決勝戦(※以前は準決勝戦も放送していたが、現在は決勝戦のみ中継。)、全国大会の準々決勝、準決勝の試合が行われる日は放送休止となり別の日に代替放送されることがある(全国大会の決勝戦については全国放送のため番組そのものが休止)。また、1990年代14時台に放送した時期、高校野球全国大会の間は高校野球を優先する編成上番組を休止(この場合後日の代替放送もなかった)する処置を取ったことがある。また、系列局の中には『ワイド!スクランブル』終了後に全国高校野球選手権大会地区予選を放送する関係で、前座番組『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』同様に『おしゃべりクッキング』と2番組1セットで地区予選中継終了後に当日時差放送を取る局もある(大幅な時間延長で当日時差放送が行えないときは翌日の午前中に延ばす場合がある)。
    • 2014年の全国大会準々決勝放送時はネット返上となった(自社制作番組『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』は他日に臨時枠移動で対応)。
  • 1990年代前半以降における地上波放送はANNフルネット24局のみでの放送であるが、かつてはクロスネット局や他系列局でも数日遅れの遅れネットで放送されていた。
  • スポンサーCM枠は開始当初は40分通しのネットセールス1枠のみだったが、現在は前半枠をネットセールス・後半枠をローカルセールスとしている。なお、高校野球中継(全国大会・地方大会を問わず)が放送され、同日または翌日時差放送となる場合でもスポンサーCM枠はそのまま放送される。
BS朝日
  • 原則当日地上波放送分より3回分遅れの放送であるが、終戦特集や年末最後の放送などその日の内容によっては同日に放送される場合もあった。
  • 2005年4月から2006年3月までは日曜日の13:00 - 14:00に『徹子の部屋傑作選』としてこれまでの放送の中から2本分連続で放送されていた。
※ただし、スーパーベースボールなどの野球中継・サッカー中継が予定されている日は放送時間変更・番組休止になっていた。
※地上波より放送時間が5分短いが、CMの放送時間を地上波より短くして抑えているため本編部分が一部カットされるようなことはない。
※スポンサーは地上波と異なり30分通しの1枠のみで(日曜日放送の『徹子の部屋傑作選』はスポンサーなし、平日放送でもスポンサーなしとなることもあった)、地上波で行う途中のスポンサーの入れ替えもまったくない。
※2006年12月24日(日)には青島幸男がゲストだった回が急遽再放送された。本来は日曜日は放送予定にはないが、2006年12月20日に青島幸男が死去したことから故人を偲ぶために行われた。
  • 2012年3月30日を以って、本番組の放送を打ち切ることになり、テレビ朝日番組枠のBSアナログハイビジョン実用化試験放送時代を含めて15年ほど続いていたBSにおける放送が終了することになった。当該時間帯の後継番組は月曜日から木曜日は『ちい散歩』、金曜日は『エリアの騎士(アニメ)』が放送される。
テレ朝チャンネル2
  • 衛星チャンネル(朝日ニュースター)による運営だった時代、配信開始初期から2012年3月30日までは地上波での放送をそのまま録画して放送を行っていたため、衛星チャンネル(朝日ニュースター)の放送では、地上波では提供が表示される部分について、その日に地上波で放送された内容である「この番組はテレビ朝日系列で放送されたものです」という旨の部分的なブルーバックの表示に替えられていたため、事実上ノンスポンサーであった。以前はそのままスポンサーを表示していた。また、字幕放送のテロップも表示されるが、当時は朝日ニュースターで字幕放送を行っていなかった(字幕放送は2012年7月開始)。2012年3月30日で1日遅れの時差放送を打ち切り、テレビ朝日運営となった2012年4月からはテレ朝チャンネルと同様にこれまで放送された回から選りすぐりの内容を放送する『徹子の部屋〜Classics〜』として放送。加えて2012年7月からは同年4月以降に放送された内容と地上波放送から1週遅れの時差放送も行っている。衛星チャンネル(朝日ニュースター)による運営だった時代に地上波での放送をそのまま録画していた1日遅れの時差放送とは異なり、テレビ朝日局内に保存されている番組素材から再編集して放送するため先述のように放送日が相当古い回を除いて提供表示は一切なく、CMも完全にカットされている(5秒間のステーションIDが挿入されるのみ)。

放送時間の変遷[編集]

地上波[編集]

  • 1976.2-1996.3 月-金・13:15 - 13:55
  • 1996.4-1997.9 月-金・13:55 - 14:50(『ワイド!スクランブル』開始に伴い移動、但しこの時期に朝日放送高校野球中継の影響で放送休止になったことがあった)
  • 1997.10-2014.3 月-金・13:20 - 13:55(『ワイド!スクランブル』短縮に伴い再移動)
  • 2014.4- 月-金・12:00 - 12:30(『ワイド!スクランブル』2部制堅持も、一旦中断番組への移行に伴い再々移動)

BS朝日[編集]

  • 2000.12(開局時)-時期不明 月-金・19:00 - 19:30
  • 時期不明-2006.3 月-金・17:30 - 18:00
  • 2006.4-2008.3 月-金・21:30 - 22:00
  • 2008.4-2010.3 月-金・18:30 - 19:00
  • 2010.4-2012.3 月-金・17:30 - 18:00

2012年3月をもって時差放送打ち切り。

スペシャル[編集]

  • 社名変更記念特別番組「わが家の友だち10チャンネル・徹子のナマナマ10時間半
    1977年4月1日放送。日本教育テレビから全国朝日放送(テレビ朝日)に社名を変更したことを記念した特別番組。生放送。この回から「フラッシュクイズ」を廃止しトークのみとなる。ゲストは寛仁親王
  • 15周年記念週間
    1991年2月18日 - 22日放送。有楽町マリオン内の有楽町朝日ホールから公開録画。ゲストは久米宏ミヤコ蝶々杉良太郎明石家さんま山田五十鈴
  • 20周年記念スペシャル
    1996年1月3日12時 - 16時放送。サブ司会に渡辺謙を迎える。公開録画。ゲストは久米宏加山雄三山城新伍中尾ミエ板東英二飯島愛神田うの小沢昭一タモリ。小沢は前述通り黒柳との恒例の扮装(小沢「クレヨンしんちゃん」・黒柳「セーラームーン」)、タモリは黒柳と過去の密室芸の総集編を振り返ってのトーク、その他のゲストは黒柳と通常のトーク。
  • 25年目突入記念
    2000年2月2日放送。ゲストは森光子
  • 徹子&光一の生部屋(なまべや)
    2002年9月11日、夜に生放送。サブ司会としてKinKi Kids堂本光一を迎える。徹子の部屋初の生放送で、黒柳とも関わりの深いジャニーズ事務所の歴史を振り返りながら、この放送日にCDデビューをはたすタッキー&翼を祝福するという特別番組。ゲストはタッキー&翼のほかに森光子、西川貴教陣内孝則地井武男大仁田厚。この番組は厳密には徹子の部屋というよりは、タッキー&翼の「徹子の部屋形式」の特別番組となっている。なお、この特番では2000年12月にステレオ音源化された「徹子の部屋のテーマ」が約2年ぶりにオリジナルのモノラル音源で放送された。
  • 祝30年!スペシャル
    2005年5月8日、30周年記念として2時間のスペシャル版が放送された。全編ロケによる構成で、VTRゲストはタモリ、野際陽子、渡辺謙。
  • 祝35周年!突入企画
    2010年5月1日、35年突入記念として、ゴールデン2時間スペシャル「出張!徹子の部屋 お宝映像も大放出!」が夜に放送された。
  • 祝35周年!突入企画2
    2011年4月27日、35年突入記念として、ゴールデン2時間スペシャル「出張!徹子の部屋2 お宝映像も大放出!」が夜に放送された。
  • 祝35周年!スペシャル
    2011年10月2日、35周年記念として、ゴールデン2時間スペシャル「出張!徹子の部屋〜トットちゃん初体験SP!〜」が夜に放送された。
  • 新春!徹子の部屋スペシャル いま甦る昭和の名場面
    2013年1月1日の朝に放送。石原裕次郎、坂本九、美空ひばり、丹波哲郎、森繁久彌、嵐寛寿郎、渥美清・倍賞千恵子(2人でゲスト出演した回)、高倉健・吉永小百合(2人でゲスト出演した回)、長谷川一夫の出演回をほぼノーカットで放送した[39]。石原裕次郎の出演回のVTRは妻石原まき子が保存していた映像を放送した[40]

受賞歴[編集]

  • 1995年 黒柳が「徹子の部屋」司会者としての業績により第3回橋田賞受賞。
  • 1997年 6月 スタッフ一同に対して第23回放送文化基金賞が贈られた。
  • 2006年 スタッフ一同に対して第54回菊池寛賞が贈られた。
  • 2010年 4月27日で放送8961回となり、同一の司会者による最多放送記録としてギネス世界記録に認定。

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 2000年12月1日より実施、それまではモノラル放送
  2. ^ 一部放送回のみ実施。
  3. ^ 「徹子の部屋秘蔵ライブラリー」(2010年2月4日放送)
  4. ^ 番組基本情報 新春!徹子の部屋スペシャル いま甦る昭和の名場面 テレビ朝日
  5. ^ 合田道人『紅白歌合戦の舞台裏』
  6. ^ 2008年5月2日放送分の小島よしおの回より
  7. ^ TBS系列『ザ・ベストテン』など以前からこの髪型にしているが、舞台などでは髪をまとめずに下ろすこともある。
  8. ^ a b c 永江朗『聞き上手は一日にしてならず』 新潮社〈新潮文庫〉、2008年、11-33頁
  9. ^ a b 「テレビ放送60年、ともに歩む 黒柳徹子さん」『朝日新聞』2013年1月1日
  10. ^ 収録時間帯については読売テレビ系列・日本テレビ系列『情報ライブ ミヤネ屋』(2009年10月7日放送分)によると、時間帯は14時 - 17時まで
  11. ^ 森村誠一がゲストの際には番組途中で大好物である蕎麦が出されたが、森村が蕎麦を食べるのに夢中になってしまって番組進行が止まるというハプニングがあった。
  12. ^ 「徹子の部屋秘蔵ライブラリー」(2010年6月24日放送)
  13. ^ 徹子の部屋 追悼 小沢昭一さん テレビ朝日
  14. ^ 第1回「学生服とセーラー服」の扮装(1976年10月)に始まり、以後、第2回「国民服」(1977年8月)、第3回「老後の茶飲み友達」(1986年3月)、第4回「パイロットと客室乗務員」(1987年2月)、第5回「医者と看護婦(現:看護師)」(1987年6月)、第6回「神主と巫女」(1988年2月)、第7回「コックとウェイトレス」(1991年2月)、第8回「新郎新婦」(1994年8月)、第9回「クレヨンしんちゃんとセーラームーン」(1996年1月)、第10回「おひなさま」(1998年3月)、第11回「茶髪少年とガングロ」(2000年10月)、第12回「大国様と白うさぎ」(2001年10月)、第13回「唐来参和とメイウエスト」(2003年2月)、第14回「恵比寿様と弁天様」(2007年1月)、第15回「学生服とセーラー服」(2010年2月)に至る。
  15. ^ 徹子の部屋 追悼 小沢昭一さん テレビ朝日
  16. ^ タモリとの付き合いは、タモリが当時のNET(現テレビ朝日)の『赤塚不二夫の世界』というお昼の生番組でインチキ牧師役でテレビデビューした時に、あまりの面白さに黒柳が「今の人、誰?凄いじゃない」と直接、テレビ局の赤塚へ電話を掛けてからだという。これが芸能人からの最初の「面白い!」の電話だったという。(参考『バカは死んでもバカなのだ 赤塚不二夫対談集』毎日新聞社刊、462頁)タモリが当番組に初出演した当時は未だ本格的な芸能活動を始める前でサラリーマンであった。
  17. ^ これは当時のタモリの持ちネタの一つで、他番組でも、魚をさばいた後で、身の部分を捨てて、頭や内臓などを使用した鍋料理などを作って食べさせることがあった。
  18. ^ 放送事故、ハプニングタレコミコーナー 徹子の部屋より
  19. ^ 但し、RABでは、1987年3月31日でネットを打ち切り、ABA開局までの4年半は未ネット。
  20. ^ 探偵ナイトスクープDVD VOL8収録分より
  21. ^ [1](2011年9月15日閲覧)より。
  22. ^ 松任谷の冠番組オールナイトニッポンTV』(フジテレビ系列)に黒柳がゲスト出演した際に、黒柳に「最終回に出たい」と発言した。
  23. ^ 「徹子の部屋」に最年少ゲスト・芦田愛菜が初登場!ザテレビジョン、2011年1月16日。
  24. ^ 1977年10月~1978年3月に同局の水曜19:00 - 19:30で放送された『ピラミッドクイズ』(司会:西川きよし)。
  25. ^ 「放送学研究 別冊3 朝の時間帯」(日本放送協会・総合放送文化研究所 1984年)16・34頁
  26. ^ 「徹子の部屋」など各局が森さん追悼番組 - 2012年11月15日
  27. ^ その時、同番組にCGキャラで登場した野原しんのすけ(声:矢島晶子)は、「おお、いい所で宣伝しましたね、徹子さん。」と発言した。
  28. ^ スマートフォン向け農園ゲーム「ファーミー」に黒柳徹子さんが登場! テレビ朝日「徹子の部屋」とコラボレーション企画を実施 - 2013年11月15日
  29. ^ 『徹子の部屋』、4月から“正午の顔”に 17年ぶり放送枠変更オリコン 2014年1月24日(当日閲覧)
  30. ^ 「徹子の部屋」正午放送 「いいとも!」後継番組と勝負スポニチアネックス 2014年1月24日(当日閲覧)
  31. ^ テレ朝「弱点だった」昼帯17年ぶり大幅改編「徹子」「ワイド」… Sponichi Annex 2014年3月15日閲覧。
  32. ^ 大会休止に伴う休止・以降番組
  33. ^ 通常時の「第2部」も別途放送したが、これとは別パート扱いで放送。
  34. ^ 「徹子の部屋」で文太さんの追悼特集放送 - 2014年12月1日
  35. ^ 2010年6月30日放送回
  36. ^ フジテレビ系列時代は、午前中に遅れネットしていた。
  37. ^ 通常編成時に存在する「第2部」とは別番組(パート)扱い。
  38. ^ 2014年10月6日にはじめて当該ケースが発生。テレビ朝日番組表 2014年10月6日閲覧。
  39. ^ 番組基本情報 新春!徹子の部屋スペシャル いま甦る昭和の名場面 テレビ朝日
  40. ^ 徹子の部屋 【新春!スペシャル いま甦る昭和の名場面】の番組概要ページ - TVトピック検索

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

NETテレビ→テレビ朝日系列 平日13:15 - 13:55枠
前番組 番組名 次番組
徹子の部屋(第1期)
(1976.2 - 1996.3)
テレビ朝日系列 平日13:55 - 14:50枠
徹子の部屋
(1996.4 - 1997.9)
劇的空間再放送
※13:55 - 14:48
夢情報〜夢野家の人々
※14:48 - 14:55
テレビ朝日系列 平日13:20 - 13:55枠
ワイド!スクランブル
※12:00 - 13:55
【11:30 - 13:05に変更】
徹子の部屋(第2期)
(1997.10 - 2014.3)
【ここまではネットワークセールス枠】
ゴゴワイド・第1部
(再放送枠)
※13:05 - 14:55
(2014.4 - )
【ここからローカルセールス枠】
テレビ朝日系列 平日12:00 - 12:30枠
ワイド!スクランブル・第2部
※12:00 - 13:05
【44分繰り下げ・縮小で継続】
徹子の部屋
(2014.4 - )
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