内田恭子

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うちだ きょうこ
内田 恭子
プロフィール
本名 木本 恭子
愛称 ウッチー
出身地 日本 神奈川県横浜市
ドイツ デュッセルドルフ生まれ)
国籍 日本
生年月日 1976年6月9日(32歳)
血液型 A型
最終学歴 慶應義塾大学商学部
所属事務所 株式会社CELL
職歴 フジテレビアナウンサー
活動期間 1999年-
ジャンル スポーツ・報道・バラエティ
配偶者 木本 公敏
公式サイト オフィシャルウェブサイト
出演番組・活動
現在 タモリのジャポニカロゴス
ジャンクSPORTS』など
過去 すぽると!
笑っていいとも!』など
  

内田 恭子(うちだ きょうこ、本名:木本恭子(旧姓:内田)1976年6月9日 - )は、日本フリーアナウンサータレント。元フジテレビアナウンサー。愛称は「ウッチー」。ドイツデュッセルドルフ生まれ、神奈川県横浜市出身、慶應義塾大学商学部卒。身長163cm。血液型A型

目次

[編集] 来歴・人物

1976年6月9日、父親の赴任先であった当時の西ドイツ・デュッセルドルフに生まれる。2才で日本に帰国したのち、小学校5年から高校2年生まではアメリカシカゴで生活。イリノイ州デアーフィールド高等学校(Deerfield High School)から神奈川県立外語短期大学付属高等学校へ編入。またドイツ語は乳幼児の頃にしかドイツに在住していなかったため、まったく話せない。生まれたとき、名前は当初「杏子」(読みは一緒)にする予定だったが、「杏」が当時人名用漢字の中に入っていなかったため「恭子」となった。

1999年にフジテレビ入社。同期入社の大橋マキが注目をあびる裏で報道記者として全国をかけ回る。『プロ野球ニュース』の終了および荒瀬詩織宇田麻衣子、大橋マキの退社にともない2001年4月から5年間同局の看板スポーツ番組『感動ファクトリー・すぽると!』のキャスターを務めた。

同局の看板アナウンサーとして活躍したが、2006年1月10日2003年春から交際中の吉本興業社員でダウンタウン浜田雅功の元マネージャーの木本公敏と婚約、同年3月31日で寿退社をし、退社後はフリーアナウンサー、タレントとして活動している。2006年7月23日、都内にて挙式。

[編集] エピソード

フジテレビの入社試験の際、カメラテストとして自己紹介をしなければならないが、内田は「人の心を読み取る力、観察する力、下着の色をあてる力は誰にも負けません」と自己分析している。フジの先輩・小島奈津子に若い頃、その軽いノリを通路上にて叱られ、それがいまだにトラウマ(心的外傷)を形成しているらしい。

2004年、すぽるとの放送中に、中日ドラゴンズの主力である川上憲伸投手の名前を、かわうえ投手と読んでしまう。本人による訂正謝罪はないままであった。翌日の東京スポーツ一面は「ウッチー大失態!」と報道された。人名の呼び間違いはこれに止まらず、積水化学工業小出義雄監督を、こいけ監督と呼んだり、ジーコをじこと呼んだり、大相撲の闘牙を、きとう関と呼んだことがある。2007年11月MCを務める「ハッケン!!」内で思惑をシワクと読んだ。またすぽるとの放送中で舌が回らずイランのサッカー選手メヒィディ・マハダビキアを「マハ・・・タ・・ビ・・ビキ」とまともに読めず詰まり噛む前の、読む以前の問題だと周囲を苦笑させた。本番中によく原稿を読み間違えてしまい、噛んでしまうことがあるので、別名「カミ様のうっちー」と言われた。

ケタはずれの音痴である。そのレベルは同じく音痴として有名なSMAP中居正広以上ともいわれ、真剣に歌ったにもかかわらず、『すぽると!』の司会パートナーで、先輩アナの三宅正治から「ウッチー、真剣に歌え!」と言われるほどだった。また『FNS27時間テレビ みんなのうた』では、内田の音痴を矯正する通し企画が行われるほどだった。

イタリアセリエAインテル・ミラノに所属するFWエルナン・クレスポの大ファンでもある。本人曰く「あのふさふさした髪型が良い!!」とのこと。だが、現在のクレスポは短髪である。短髪になったクレスポをどう思っているかは不明。

格闘家ボブ・サップを筆頭として、数々のスポーツ選手達と結婚前に浮名を流し写真週刊誌にて激写されたことはあまりにも著名な話である。すぽるとキャスターとして様々な現場を経験してきたが、自身はプロ野球選手を始めとしたスポーツ選手に連絡先を聞かれたことは一度も無いという(本人談)。これについてヤクルトスワローズ古田敦也は、「あれだけイヤそうな顔で球場来られたら、声かけ辛いでえ」と内田について語った。ジャイアンツの上原浩治も、『すぽると』に出演した際、内田に対してほぼ同様のコメントを残している。

2005年2月、読売ジャイアンツの宮崎キャンプに先輩の三宅アナと取材に訪れた折、ブルペンにいた工藤公康投手の投球練習を妨害して退去させられている。詳しくは「工藤公康」・「三宅正治」の記事を参照。

日本テレビより『NNNきょうの出来事』の後番組、『NEWS ZERO』のキャスターを打診されたが、2007年3月まではCMを除いてテレビはフジテレビ系列の番組しか出演しない約束をフジテレビとしていることと、『NEWS ZERO』と放送時間が重なる『タモリのジャポニカロゴス』と『グータンヌーボ』(関西テレビ制作)に2006年10月以降も出演しているため断ったとされる。2007年4月からフジ系列以外のテレビ出演が可能になったといわれているが、入社以来自分をここまで育ててくれたフジテレビに対する恩義から、その後も長らくフジ系以外のテレビ番組には出演していなかった。その後、自身初のエッセー本「チョコレートと犬とベッド」を発売するのを機に他局へのテレビ出演をついに解禁することとなった(ラジオは2007年春からTOKYO FMでレギュラー番組を持っている)。テレビにおける民放他局初出演は、2008年6月7日放送のテレビ朝日オーラの泉』(レギュラー番組では10月19日に開始する毎日放送の『地球感動配達人 走れ!ポストマン』)。

はねるのトびら』のコントにてインパルス板倉俊之が内田をまねて『イタッチー』として上記のエピソードをコントにしたことがある。月曜深夜時代、すぽるとの直後にはねるのトびらが放送されていたことから、直後に三宅アナウンサーと一緒に観ており「よく特徴をつかんでるなー」と言われた事があったという。またはねるのトびらに出演の際、「ウッチーとイタッチーの夢の共演」を果たしている。現在でも『スターだらけの大運動会』のコーナーでイタッチーが登場することがあるが、今では内田恭子をまねている面影もないため視聴者が気づきにくくなっている。

金子さやかと似ていると言われることがある。鹿賀丈史に鼻のあたりを中心に似ていると指摘されることもあるらしい。MY LITTLE LOVERのakkoと似ている。

2008年4月23日に出身大学である慶應義塾大学創立150周年記念の東京ディズニーシーで行われたイベントでは司会を務めた。

2008年6月7日放送の先述『オーラの泉』で、生まれつき心臓が悪いことを告白した。

相手の人のパンツの色を当てることができる (ライオンのごきげんようで自ら暴露) 実際に共演者のパンツの色をあてた

[編集] 賞詞

[編集] フジテレビ時代の出演番組

[編集] 現在の出演番組

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

[編集] 過去の出演番組

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] 連載

  • 内田恭子のうっとり・おっとりチャレンジ(ドマーニ小学館
  • 内田恭子と高須光聖のTable Talk(GQ JAPAN、コンデナスト・ジャパン)

[編集] 雑誌

  • 「LEE」8月号(集英社、7月7日発売)
  • 『マリオン21』(朝日新聞 7月10日夕方版)
  • ユナイテッド航空機内誌『私の大切』掲載(7月10日~9月9日機内搭載分)
  • 「美的」9月号「内田恭子の美的×知的対談」(小学館、7月23日発売)
  • TSUTAYAフリーペーパー「V.A.」(全国のTSUTAYAにて2008年7月24日より配布)
  • 「ロクシタンの秘密」 (枻出版社、8月1日発売)
  • 「Domani」9月号連載『3歩さがって黒ネコ。』 (小学館、8月1日発売)

[編集]

  • 「内田恭子のやさしいおもてなし」(ワニブックス、2007年12月20日発売)
  • 「チョコレートと犬とベッド」(幻冬舎、2008年6月27日発売)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク