資生堂

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株式会社 資生堂
Shiseido Co.,Ltd.
Image:Shiseido logo.svg
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4911 1949年5月16日上場
略称 資生堂、SHISEIDO
本社所在地 104-8010
東京都中央区銀座七丁目5番5号
電話番号 03-3572-5111
設立 1927年(昭和2年)6月24日
業種 化学
事業内容 化粧品、化粧用具、トイレタリー製品、理・美容製品、美容食品、医薬品の製造・販売
代表者 前田新造代表取締役執行役員社長)
資本金 645億06百万円
売上高 連結:7,234億84百万円
単独:2,731億58百万円
総資産 連結:6,758億64百万円
単独:4,910億09百万円
従業員数 連結:28,793名 単独:3,497名
決算期 3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 5.48%
(株)みずほ銀行 5.17%
ステート・ストリート・バンク&トラスト 4.99%
主要子会社 資生堂グループ参照
関係する人物 福原有信創業者
福原信三(初代社長
山名文夫デザイナー
杉山登志(CMディレクター)
福原義春名誉会長
外部リンク www.shiseido.co.jp
特記事項:各種経営指標は2008年3月期のもの
創業1872年
  

株式会社 資生堂(しせいどう、英称Shiseido Co., Ltd. )は、東京都中央区銀座七丁目5番5号に本社を置く、化粧品製造販売を中心とする日本の企業である。東京証券取引所第一部上場。

目次

[編集] 概要

汐留オフィス (汐留タワー)

国内第1位の化粧品メーカーであり、世界では第5位である。登記上の本店は東京都中央区銀座七丁目の資生堂銀座ビルだが、実質的な本社機能は東京都港区東新橋一丁目の汐留タワー(日本テレビ向かい側)内に移管している。

商号の由来は、中国の古典『易経』の一節「至哉坤元 萬物資生」。「資生」は中国清代の文献に良く見られ、日本語で「経済」と翻訳された時期があった。

シンボルマークは「花椿」と呼ばれ、資生堂に関連する活動にも「椿」の名称がよく用いられる。このシンボルは1987年に広告での使用を中止し、1989年以降は製品からもはずすなど対外的な使用を取りやめていたが、2004年に復活している。

資生堂商品は世界的にも品質の評価が高く、欧米でも高級品として定着している。また近年ではアジア(特に中国)での成長が著しい。また、芸術関係への助成(企業メセナ)にも定評がある。

過去には生理用品や洗濯用洗剤、歯磨剤も発売されていたが、売上不振によりいずれも撤退している。

第一勧銀グループの一員である。

[編集] 沿革

[編集] 主なブランド(アルファベット順)

2000年代に入り、100以上に増えすぎてしまったブランドを整理・統合し、新ブランドなどに集約・特化する「メガブランド構想」を打ち出し大再編に踏み切ったが、一時的な混乱が生じた。低価格品や普及品分野においては「SHISEIDO」を冠さない方針により、エフティ資生堂の商品は「資生堂」の文字が外され「FT」としたが、すぐに復活した。コスメニティ事業では「FITIT」と名乗ったがどちらも浸透せず、ブランド価値が分散する結果になった。組織をブランド単位に分割する施策は縦割りの弊害を招き、元に戻された。

また、子会社である大阪資生堂(現・資生堂大阪工場)は、製品表記を「資生堂」のみに一本化させる目的で会社が消滅した。

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[編集] 以前あったブランド

[編集] 女性用化粧品

  • ELIXIR(エリクシール) 略称はEI
  • UV WHITE(ユーヴィーホワイト) 略称はUVW
※いずれもELIXIR SUPERIEURの前身となるスキンケアブランド。共に現行品だが、縮小が進んでいる。
※資生堂インターナショナルのd program(dプログラム)の前身となる敏感肌向けスキンケアブランド。縮小が進んでいる。
  • TAPHY(タフィ)略称はTA
BEAUTY VOLTAGEの前身となるスキンケアブランド。まだ現行品だが、縮小が進んでいる
  • TAPHY MILD(タフィマイルド)略称はTAM
TAPHYと同時に展開する敏感肌向けライン。EVENESE DR(イブニーズDR)とコンセプトが似ている。縮小が進んでいる。
  • OPTUNE(オプチューン)
TAPHYの前身となるスキンケアブランド。
OPTUNEの前身となるスキンケアブランド。
プルミエの前身となるスキンケアブランド。CMキャラクターは薬師丸ひろ子で、自身の曲も使用された。
INTEGRATEおよびINTEGRATE GRACYの前身となるセルフメーキャップブランド。
  • INOUI ID(インウイ アイディー)
※一部の百貨店で専用カウンターを設けて発売していた。
  • PN(ピエヌ)略称もPN
  • PROUDIA(プラウディア)
※以上2ブランドは2005年にMAQuillAGE(マキアージュ)へ統合
ピエヌの前身となるメーキャップブランド。
  • WHITIA(ホワイティア)
アクアレーベルの「青の美白ライン」の前身となるセルフスキンケアブランド。
  • ASPLIR(アスプリール)
アクアレーベルの「赤の保湿ライン」の前身となるセルフスキンケアブランド。
※資生堂の高級香水のひとつ。原料の調達難航のため、製造が中止された。
  • Neue(ノイエ)
※ヘアケアブランド。CMキャラクターは第1期は江角マキコ、第2期はGackt

[編集] 男性用化粧品

ワックスなどの整髪料が中心。2005年にunoに統合され、ラインナップ縮小が進んでいる(一部商品は存続)。男性用ファンデーションやアイブロー、接着剤のボンドそっくりの形をしたヘアワックスなど、当時無香料でモノクロカラーを押し出していたunoとは正反対の奇抜な製品が多かった。
1993年発売。資生堂の男性用化粧品の中では最高価格の商品であった。3種類の香りのコロンと10種類の無香料基礎化粧品からなるラインナップであり、現行のSHISEIDO MENよりも更に高い価格設定(3000円~15000円)であった。2008年3月をもってSHISEIDO MENに移行する形で全商品生産終了。事実上のブランド閉鎖となった。ちなみに同じく男性用のLORDOS(ロードス)とブランド名が類似するが、こちらは全種類に香料が含まれていることや、パッケージのデザイン、ラインナップの差異、容器の形状などが異なることから完全に別のブランドである。LORDOSは1972年発売以来の現行品である。
資生堂商事(現エフティ資生堂)からの発売。平忠彦を起用したCMで大きな話題に(後述)。
  • Wing(ウィング)
コンビニエンスストア専用ブランド。初期のCMキャラクターは柳葉敏郎。現在コンビニ向け販売は、ミニサイズのunoが引き継いでいる。
※unoの前身となった若者向け男性化粧品。CMキャラクターに陣内孝則を起用し話題になった。
※若者向け男性化粧品。上條淳士のイラストレーションが広告に使われた。
オウム真理教アーレフへ改称し、名称が酷似するため廃止したとされる。
※資生堂商事からの発売。CMキャラクターはBARBEE BOYS
  • MG5 GALAC(エムジーファイブ・ギャラック)
MG5からの派生ブランド。容器のデザインがMG5の円筒状に対し、角柱状のボトルであった。1980年代に廃止。
※CMキャラクターは石原裕次郎

[編集] その他

[編集] 洗濯用洗剤

1960年代に発売されていた。ザ・ピーナッツによるCMソングも作成されていた。
1980年代に発売されていた。現在は洗濯洗剤事業から撤退。

[編集] 歯磨

1980年代に展開していた歯磨剤ブランド。ヒノキチオール配合。
1980年代に展開していた歯ブラシ・歯磨剤ブランド。仲村トオルを起用したCMも話題になった。現在は歯磨事業から撤退。

[編集] 清涼飲料水

1980年代1990年代初期に展開していた清涼飲料水ブランド。化粧品店等の店頭に自動販売機が設置してあった。現在は清涼飲料水部門から撤退。

[編集] 生理用品

※現在は生理用品事業から撤退。ユニ・チャームに譲渡。

[編集] アトリエマサ

  • マサ大竹(まさおおたけ) 本名:大竹 政義(おおたけまさよし)MASA代表他、

資生堂ビューティークリエーション研究所長、資生堂美容室(株)取締役副社長、SABFA校長  日本ヘアデザイン協会副理事長、I.C.D.JAPAN理事

  • 資生堂全ブランドメーキャップのイメージやソフト情報を統括すると同時に、自らも各種メディア、ファッションコレクションショーなどの幅広い分野でヘア・メーキャップのクリエーション活動を行っている。
  • 海外はニューヨークカーネギーホールでのビューティークリエイティブショーをはじめとし、美容セミナー等のトータルビューティープレゼンテーション活動を国内外で意欲的に行っている。
  • 1987年 国際的に多くの功績があったとしてイタリア美容協会より「ランボー賞」を受賞
  • 1996年 世界美容家協会(I.C.D)世界大会において、I.C.Dシュバリエ(ナイト)賞を受賞
  • 2008年 黄綬褒章を受章
  • 国内では毎年、資生堂ZOTOSゾートスヘアコングレスを大規模なショーとして開催している。

[編集] 資生堂グループ

[編集] 広告

[編集] 提供クレジット

一社提供の場合、提供クレジットに「提供」と付かず、単に「SHISEIDO」もしくはCIマークのみ表示する場合が多い。

かつてのクレジットの文言は「東京・銀座 資生堂」だった。90年代初期には「ヒトを彩るサイエンス SHISEIDO」というクレジットも存在した。

[編集] 特別番組

  • 2006年8月28日夜9時にTBS系(毎日放送制作)でCMづくりにかける製作者たちの2時間ドラマ「メッセージ~伝説のCMディレクター・杉山登志~」が放送されたが、資生堂の単独提供で、内容も資生堂のCM作りにかけた男たちの物語だった。CMのCMキャンペーンの一環でもあり(放送直前にCMの60秒バージョンが放送されている)資生堂とCMの関係の強さを表していた。この放送でのクレジットは「一瞬も、一生も、美しく SHISEIDO」で、これはこの番組を制作した毎日放送が同様に制作している「皇室アルバム」におけるスポンサースローガンと同じである(資生堂は現在の「皇室アルバム」のスポンサーでもある。東京のTBSでも資生堂の一社提供であったが、2009年4月時点では提供を降りている)。

[編集] スポンサー番組

 ※印はエフティ資生堂(旧資生堂ファイントイレタリー)名義での提供番組。

[編集] テレビ

[編集] ラジオ

HBCラジオCBCラジオABCラジオKBCラジオのスポンサーネット。

[編集] かつて提供した番組

[編集] テレビ

BSデジタル民放5局の土曜日23時台の番組のスポンサーになって話題を呼んだことがある。

[編集] ラジオ

[編集] 代表的なCMソング

[編集] 資生堂TECH21限定車

薄紫に塗装された車輌の両サイドに黒文字で、資生堂とTECH21ロゴを配置したカラーリングである。 ヤマハ発動機ワークス・チームのスポンサーカラーであるTECH21カラーは、1980年代後半に人気を博したため、排気量別に何種類かモーターサイクルが、ヤマハ発動機から限定販売された。

  • FZ250-PHAZER(1型)
  • FZR250(1型)
  • YSR50(1型)
  • CUTE(50㏄)
  • CHAMP-RS(50㏄)※2型迄存在する。
  • JOG-SPORTS EDITION(50㏄:3型)※他の限定車とは異なり、1989年モデルをモチーフにしたパールホワイトベースに銀文字の塗色となっている。

[編集] 鈴鹿8耐とTECH21

1985年、資生堂は新しい男性用化粧品としてTECH21を発売、主たる販売ターゲットである若年層に訴求するために、イメージキャラクターとしてレーシングライダーの平忠彦を起用した。さらに資生堂は、鈴鹿8時間耐久ロードレース(以下、鈴鹿8耐)に出走するヤマハワークス・チームのメインスポンサーとなり、TECH21のロゴFZR750(1985年)とYZF7501986年1990年)の車体及びライディングスーツやスタッフウェアに展開した。1980年代半ばの日本のレースシーンにおいて、モータースポーツに全く関係のない異業種がレーシングチームをフルスポンサーすることはまだとても珍しく、原色ばかりの当時のレーシングマシンのカラーリングの中にあってこれまた異色の色のマシン、そしてイメージキャラクターである平の知名度も相まって、TECH21チームはレース関係者やレースファンのみならず、レースに関心の薄い一般の人々の注目をも集めることとなった。サーキットを疾走する印象的な紫色を纏ったマシンとライダーである平が織り成すドラマティックとも悲劇的とも形容されるレース展開と内容は観る者を惹きつけ、その注目の度合いは参戦を重ねるとともに高まることとなった。そして資生堂のスポンサー開始から6年目の1990年、平とTECH21チームは遂に悲願の鈴鹿8耐優勝を達成し、この年をもって鈴鹿8耐における資生堂のスポンサーも終了した(TECH21チームとしては1987年にも優勝しているが、このとき平は怪我のため出走していない)。

詳細は平忠彦の項目を参照のこと。

[編集] 資生堂ランニングクラブ

資生堂は、女子陸上部を持っており、「資生堂ランニングクラブ」と称している。所属選手は近年、各競技大会において目覚しい成果をあげるようになってきている。2006年12月の全日本実業団対抗女子駅伝ではアンカー弘山晴美を擁して、悲願の初優勝を果たした。

[編集] 主な指導者

[編集] 主な部員

[編集] 元所属部員

[編集] 移籍選手

下記選手は2007年4月1日をもってセカンドウィンドAC(SWAC)へ移籍した。

[編集] 不祥事・裁判など

[編集] 「薄毛は子孫も迷惑」CM

新しい発毛促進剤「薬用アデノゲン」の発売に向け、2004年12月に30〜59歳の男性1550人に対してネット上で意識調査を実施し、集まったデータをもとに『薄毛はあなた一人の問題ではありません、子孫も迷惑です。』といった内容をホームページ上に掲載した。「薄毛の人は部長どまり?」、「偉くなるのは薄毛じゃない人」など、薄毛で悩んでいる人を侮辱するかの内容に対し、抗議が殺到した。

[編集] 裁判

店頭で商品の説明をする「対面販売」を守らなかったことを理由に特約店契約を解除され、資生堂化粧品の出荷を停止された小売業「冨士喜本店」(東京都台東区)が「対面販売の義務付けは値引き販売の防止が狙いであり、独占禁止法違反」などとして、訴訟を起こした。

  • 1991年 「対面販売」をしないのは契約違反として契約を解除された東京の冨士喜本店が「(対面販売を義務付けるのは)価格拘束をするためのもので違法。」とし、資生堂東京販売を提訴した。
  • 1993年 東京地裁の判決は冨士喜本店勝訴。さらに同年、今度は千葉の河内屋もほぼ同様な理由で契約を解除されたため資生堂を公正取引委員会に申告した。
  • 1994年 冨士喜訴訟の控訴審判決は資生堂勝訴となった。訴訟で敗訴した冨士喜本店は上告した。
  • 1995年 公正取引委員会は価格拘束の疑いがあるとして資生堂に排除勧告を行った。資生堂は排除勧告を受けいれた。その流れで価格の乱れを防ぐため、化粧品専門店だけの限定ブランド(ベネフィーク)を発売した。
  • 1996年4月1日 化粧品の再販撤廃。
  • 1998年12月18日 最高裁は同訴訟でのメーカー側勝訴を確定した。判決で金谷利広裁判長は「対面販売は顧客の信頼保持など合理的な理由があり、独占禁止法に反しない。」との初判断を示して、冨士喜本店の逆転敗訴とした二審判決を支持、同社の上告を棄却した。

裁判では「価格拘束をするのは違法だが、カウンセリング契約は合法。」という判断になり、その結果、2006年から発売された「マキアージュ」や「エリクシールシュペリエル」などのメガブランド戦略を実施するにあたって、大前提の価格拘束(維持)につながっている。

ノープリントプライスの商品であっても、暗にメーカー希望小売価格が存在している。資生堂商品のバーコード付近、成分表示付近のいずれかに2781Pから始まる記号が付いている商品はP以降でSより左側の数字が1000円単位、Sより右側が左から順に100円10円単位になっている。例として「2781P01S98」と表示されていた場合は1980円が、「2781P00S85」なら850円が暗黙のメーカー希望小売価格である。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク