清水建設

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清水建設株式会社
SHIMIZU CORPORATION
種類 株式会社
市場情報
東証1部 1803
大証1部 1803
名証1部 1803
本社所在地 105-8007
東京都港区芝浦一丁目2番3号シーバンスS館
電話番号 03-5441-1111
設立 1937年(昭和12年)8月25日
業種 建設業
事業内容 建設事業・開発事業
代表者 宮本洋一(代表取締役社長
資本金 連結:743億6,500万円
売上高 連結:1兆6,540億8,700万円
総資産 連結:1兆8,505億6,100万円
従業員数 連結:12,188名
単体:8,873名
決算期 3月
主要子会社 東京鐵骨橋梁
片山ストラテック
ミルックス
関係する人物 野村哲也(会長)
外部リンク www.shimz.co.jp/
特記事項:各種経営指標は2007年3月期のもの
  

清水建設株式会社(しみずけんせつ)は、1804年文化元年)に創業、東京都に本社がある大手総合建設会社ゼネコン)。大林組竹中工務店鹿島建設大成建設とともにスーパーゼネコン5社の一つ。

目次

[編集] 沿革

  • 1804年(文化1年) 初代清水喜助が江戸の神田で創業(喜助は現在の富山出身で、大工となり、日光東照宮の修理に参加した後、江戸に出る)。
  • 1838年(天保9年) 江戸城西の丸焼失後の再建工事に参加 。
  • 1858年(安政5年) 井伊直弼より、開港地・横浜の外国奉行所などの建設を請け負う。
  • 1859年(安政6年) 初代喜助死去。養子の清七が2代清水喜助となる。
  • 1868年(明治1年) 幕府の依頼で建設を始めた築地ホテル(外国人旅館)が完成。
  • 1872年(明治5年) 三井組ハウスが完成 。
  • 1881年(明治14年) 2代喜助死去、養子の清水満之助が跡を継ぐ。
  • 1887年(明治20年) 満之助死去、未亡人や支配人が経営を引き継ぐ。
  • 1892年(明治25年) 澁澤榮一の仲介で法律学者、穂積陳重の案により家法を定める。
  • 1915年(大正4年) 合資会社清水組となる。
  • 1925年(大正14年) 鶴見騒擾事件起こる。(清水と間組の下請けの喧嘩)
  • 大正から昭和にかけて大建築を多く手掛け、建設業のトップの地位を築く。
  • 1937年(昭和12年)8月25日 あらたに株式会社清水組を設立、合資会社清水組を合併する。
  • 1948年(昭和23年) 清水建設株式会社に商号変更。
  • 1961年(昭和36年)4月 株式を東京店頭市場に公開。
  • 1961年(昭和36年)10月 東証2部に上場。
  • 1962年(昭和37年)2月 東証1部に上場。
  • 1962年(昭和37年)10月 名証大証各1部に上場。
  • 2006年(平成18年)12月 大連の大型商業施設、「マイカル大連商場」の工事費用の残金支払いなどを巡り中国で争われていた裁判で、敗訴、逆に約1590万ドルを国貿大厦に支払った。[1]
  • 2008年(平成20年)1月 シャープ堺工場の建設工事に、暴力団との関係を指摘された業者が、清水建設の下請けに参入していたことが発覚し、元請の同社が、契約解除の方向に。また、2件の談合事件に関与し、指名停止処分を受けていながら、この新工場の周辺工事について、随意契約を交わしていたことが判明している[2]

[編集] 概要

  • 代表取締役社長 宮本洋一
  • 本社所在地 東京都港区芝浦一丁目2番3号シーバンスS館
  • 資本金 743億6,500万円
  • 売上高 1兆4,843億円(平成16年度・連結)
  • 従業員数 11,515人(2005年(平成17年)4月1日現在)
  • グループ企業:清水総合開発日本道路第一設備工業、ほか

みずほ銀行(旧第一勧業銀行)系。 1990年代前半には、テレビCMのイメージソングとして忌野清志郎の「パパの歌」が使われた。 因みに「パパの歌」の発売は1991年5月だが、発売前に行われた清水建設の社内パーティーに於いて、パーティーに参加した社員及び招待された社員の家族全員にシングルCDと、重機のキャタピラを模したボールペンが配られた。このシングルのジャケットは裏面に清水のロゴマークが使用された特別バージョンである。

[編集] 経営理念

  • 地球社会への貢献 Socio-dynamism
  • 人間尊重 Humanity
  • 革新志向 Innovation
  • 顧客第一 Market-in
  • 情熱 Zeal

[編集] 施工物件

歴史的にも数多くの名建築を手掛けている。例えば国立屋内総合競技場(主体育館:1964年 設計・丹下健三)など枚挙に暇がない。

詳しくは清水建設の歴史を参照のこと。

以下はほんの一例である。

[編集] 市川市再開発マンション鉄筋不足事件

  • 2005年8月 市川市のJR市川駅南口前の再開発区域の45階建てのマンション建設(A棟、ザ・タワーズ・ウエスト)を、三井不動産レジデンシャル野村不動産と共に受注したが、2007年(平成19年)11月7日 報道により工事中に25~29階の各階12本の外周柱で柱毎に22本必要な鉄筋が2本不足、30階の4本の柱で同様の不足、全体で計128本の鉄筋不足の発覚が明らかとなった。清水建設は施工ミスを認め補修工事を施し強度不足を解消する。
  • 2008年1月25日 2007年11月7以来中断していたA棟ザ・タワーズ・ウエストの工事を再開した。25~30階の補強工事と最上階までの本体工事を併せて行い、補強工事は2008年3月中に完了予定とし、2009年1月当初の予定通り完成を目指す。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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