マツダ

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マツダ株式会社
MAZDA Motor Corporation
Mazda logo.svg
Mazda head office 2008.JPG
マツダ本社 2008年5月撮影
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7261
略称 マツダ
本社所在地 日本の旗 日本
730-8670
広島県安芸郡府中町新地3番1号
北緯34度22分37.3秒 東経132度30分10.8秒 / 北緯34.377028度 東経132.503000度 / 34.377028; 132.503000
設立 1920年1月30日
業種 輸送用機器
事業内容 乗用車・トラックの製造・販売等
代表者 山内孝(代表取締役会長・社長)
資本金 2,589億5,709万6,762円
(2012年3月31日現在)
発行済株式総数 29億9,937万7,399株
売上高 単体:1兆5,385億7,800万円
連結:2兆330億5,800万円
(2012年3月期)
営業利益 単体:△557億4,700万円
連結:△387億1,800万円
(2012年3月期)
純利益 単体:△1,395億2,300万円
連結:△1,077億3,300万円
(2012年3月期)
純資産 単体:4,985億5,900万円
連結:4,744億2,900万円
(2012年3月31日現在)
総資産 単体:1兆7,435億6,700万円
連結:1兆9,159億4,300万円
(2012年3月31日現在)
従業員数 単体:2万1,747人
連結:3万8,117人
(2011年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 三井住友銀行 3.6%
(2011年9月30日現在)
主要子会社 株式会社マツダオートザム
関係する人物 松田重次郎(事実上の創業者)
外部リンク www.mazda.co.jp
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マツダ株式会社英称:MAZDA Motor Corporation)は、日本自動車メーカーである。本社は広島県安芸郡府中町

目次

概要 [編集]

乗用車トラックの製造、販売等を事業とし、ロータリーエンジンを搭載した自動車を40年以上にわたり量産していた世界で唯一の企業である。特に、ドイツ英国を中心とする欧州オーストラリアでのブランド評価は高く、2011年及び2012年のオーストラリアのモデル別自動車販売台数ではMazda3(アクセラ)が首位となった[1][2]

国内生産比率が70%と日本車メーカーの中では高いが、為替抵抗力を高めるため今後は50%にまで下げる計画である[3]

現在の企業キャッチフレーズは「ZOOM-ZOOM[4]

社名について [編集]

長らく東洋工業株式会社が正式社名であったが、1984年に社名をブランド名に合わせてマツダ株式会社に変更。現社名のラテン文字表記をヘボン式ローマ字表記のMATSUDAとせず、MAZDAとしたのは、その字面が悪いこと、またゾロアスター教の主神アフラ・マズダーの綴りとのダブル・ミーニングをも意図してという由来・理由がある[5]。現在の「mazda」ロゴは1975年から、「M」を模ったマーク(通称:フライング・M)は1997年から使用されている。

自動車検査証上の表記や一般的な通称は「マツダ」、アルファベット表記「MAZDA」。中国語表記は、中国では「马自达」(馬自達)、香港では「萬事得」(万事得)、台湾では「馬自達」(馬自達)となっている。

歴史 [編集]

  • 1920年1月 - 松田重次郎により、東洋コルク工業株式会社として創業。
  • 1927年 - 社名を東洋工業株式会社に変更。
  • 1979年 - フォード・モーターが資本参加し、株式の24.5%を取得。
  • 1984年 - 社名をマツダ株式会社に変更。
  • 1996年 - フォード・モーターが出資比率を33.4%に引き上げ、社長もフォードより就任。
  • 2010年11月 - 米国自動車業界の不振を受け、フォード・モーターは株式を3.5%残して売却。
  • 2012年2月 - 1363億円の増資を実施。

歴代社長 [編集]

氏名 在任期間 備考
初代 海塚新八 1920年09月 - 1921年03月 広島産業銀行頭取。倒産寸前の清谷商会を再建するため、広島の財界人に呼びかけて東洋コルク工業株式会社を設立したが、病気のため半年ほどで辞任し、松田重次郎に社長の椅子を譲った。
2代 松田重次郎 1921年03月 - 1951年12月 創業者。社名を東洋工業株式会社に改称。広島市への原子爆弾投下の影響により、広島県庁に本社施設を一時提供。
3代 松田恒次 1951年12月 - 1970年11月 松田重次郎の長男。4輪車業界進出・ロータリーエンジン開発を推進し、コスモスポーツ発売。大ヒットモデル・ファミリアルーチェカペラ発売。広島東洋カープ初代オーナー。社長現職のまま死去。
4代 松田耕平 1970年11月 - 1977年12月 松田恒次の長男。低公害車のルーチェAP登場。コスモ復活。広島東洋カープ2代目オーナー。野球殿堂特別表彰者。広島東洋カープ3代目(現)オーナー・松田元広島エフエム放送社長・松田弘の父。
5代 山崎芳樹 1977年12月 - 1984年11月 松田家以外の初の社長。サバンナRX-7発売。ファミリア、カペラFF化。大型ワンボックスボンゴブローニィ登場。社名をマツダ株式会社に変更。サンフレッチェ広島の前身・東洋工業サッカー部の初代監督。
6代 山本健一 1984年12月 - 1987年11月 マツダの元技術者。ロータリーエンジン開発リーダー。R360クーペの生みの親。
7代 古田徳昌 1987年12月 - 1991年12月 通商産業省(現・経済産業省)出身、初の外部出身の社長。販売5チャンネル化推進。往年の軽自動車・キャロルがオートザムブランドで復活。高級セダンセンティア、カペラセダンの後継車・クロノスロードスター発売。サンフレッチェ広島初代球団社長。
8代 和田淑弘 1991年12月 - 1996年06月 住友銀行(現・三井住友銀行)出身。バブル崩壊で経営悪化、5チャンネル化が影響。ブローニィの後継ワンボックス・ボンゴフレンディ登場。カペラセダン復活。タクシー専用車から撤退。
9代 ヘンリー・ウォレス
(Henry Wallace)
1996年06月 - 1997年11月 フォード出身、初の日本人以外の社長。経営危機のマツダを救ったコンパクトカー、デミオ発売。
10代 ジェームズ・ミラー
(James Miller)
1997年11月 - 1999年12月 フォード出身者としては2代目。ミニバン・MPV初のモデルチェンジ。プレマシー発売。軽自動車完全OEM化。最高級車センティアの生産中止、FRセダン市場から撤退。
11代 マーク・フィールズ
Mark Fields
1999年12月 - 2002年06月 フォード出身者としては3代目。新キャッチコピー「ZOOM-ZOOM」展開。独自開発のSUVトリビュート、カペラの後継・アテンザ発売。
12代 ルイス・ブース
Lewis Booth
2002年06月 - 2003年08月 フォード出身者としては最後の4代目。英国出身。RX-8発売、デミオ初のモデルチェンジ。
13代 井巻久一 2003年08月 - 2008年11月 日本人では和田以来7年ぶり、生え抜きでは山本以来16年ぶりのトップ。ファミリアの後継・アクセラ発売。ミレーニア生産終了、高級車市場から完全撤退。ベリーサCX-7ビアンテ発売。ロードスター、デミオ、アテンザがモデルチェンジ。2010年6月まで代表取締役会長[6]
14代 山内孝 2008年11月 - 2013年06月(予定)[7] 代表取締役副社長からの昇格。アクセラがモデルチェンジ、SKYACTIV TECHNOLOGY展開開始。CX-5発売。アテンザがモデルチェンジ。2010年6月より代表取締役会長兼任[6]
15代 小飼雅道 2013年06月(予定)[7] - 取締役専務執行役員からの昇格[7]

ロータリーエンジン [編集]

マツダのブランドイメージの象徴的なエンジンである。 長らく、世界で唯一ロータリーエンジンを搭載した自動車を生産しているメーカーであった。しかし、2012年6月にRX-8の生産を終了したため、現在のところ新車購入可能なロータリーエンジン搭載車は存在しない。ただし、ロータリーエンジンの研究開発自体は継続されている。

車種一覧 [編集]

日本国内現行車種 [編集]

乗用車 [編集]

車種 初登場年 現行型 日本国外での車名 備考
発表 マイナーチェンジ
セダン
AXELA アクセラ 2003年 2009年6月11日(2代目) 2011年9月27日 Mazda 3 ファミリア後継
ATENZA アテンザセダン 2002年 2012年11月20日(3代目)[8] Mazda 6 カペラ後継
初代・2代目には「アテンザスポーツ」として5ドアハッチバックが設定された
3代目からフラックシップとして位置づけられた[9]
クーペ/コンバーチブル
ROADSTER ロードスター 1989年[10] 2005年8月25日(3代目) 2008年12月9日 Mazda MX-5 Miata(2代目まで)
Mazda MX-5(3代目以降)
2人乗りスポーツカーの製造台数 ギネス記録保持
SUV/クロスオーバーSUV
CX-5 CX-5 2012年 2012年2月16日 Mazda CX-5 日本市場ではCX-7と入れ替わり販売
ステーションワゴン
ATENZA アテンザスポーツワゴン 2002年 2012年11月20日(2代目) Mazda 6 カペラワゴン後継
ミニバン/1BOX
MPV MPV 1990年[11] 2006年2月2日(3代目) 2008年1月15日 Mazda MPV(2代目まで)
Mazda 8(3代目以降)
日本国内市場ではマツダの最上級ミニバン
PREMACY プレマシー 1999年 2010年7月1日(3代目) Mazda Premacy(初代まで)
Mazda 5(2代目以降)
 日産ラフェスタハイウェイスターとしてOEM供給している
BIANTE ビアンテ 2008年 2008年7月8日 BIANTEインドネシアで販売)
ハッチバック/2BOX[12]
AXELA アクセラスポーツ 2003年 2009年6月11日(2代目) 2011年9月27日 Mazda 3 ファミリアS-ワゴン後継
車検証では「ステーションワゴン」扱い
DEMIO デミオ 1996年 2007年7月5日(3代目) 2011年6月9日 Mazda 121(初代)
Mazda 2(2代目以降)
初代はレビューの車台を活用し登場
初代・2代目はステーションワゴンだった
VERISA ベリーサ 2004年 2004年6月28日 2006年8月4日 日本市場専売車 プレミアムコンパクトカー
MAZDASPEED AXELA マツダスピードアクセラ 2006年 2009年6月11日(2代目) 2011年9月27日 Mazda speed 3
軽自動車
AZ-OFFROAD AZ-オフロード 1998年 1998年10月13日 2004年10月25日 日本市場専売車 スズキジムニーOEM車種
FLAIR フレア 2012年[13] 2012年10月25日 日本市場専売車 AZ-ワゴン後継
スズキワゴンRのOEM車種
CAROL キャロル 1962年[14] 2009年12月17日(6代目) 日本市場専売車 スズキアルトのOEM車種
初代はエンジン・ボディとも自社開発
2・3代目は自社開発ボディにスズキ製エンジン搭載
完全OEMになったのは4代目以降
SCRUM WAGON スクラムワゴン 1989年[15] 2005年9月13日(4代目) 日本市場専売車 スズキエブリイのOEM車種
FLAIR WAGON フレアワゴン 2012年 2013年3月18日(2代目) 日本市場専売車 初代はスズキパレットの、2代目は同スペーシアOEM車種

商用車 [編集]

車種 初登場年 現行型 日本国外での車名 備考
発表 マイナーチェンジ
SCRUM TRUCK スクラムトラック 1989年 1999年1月19日(3代目) 日本市場専売車 スズキキャリイOEM車種
SCRUM VAN スクラムバン 1989年 2005年9月13日(4代目) 日本市場専売車 スズキエブリイのOEM車種
TITAN タイタン 1971年 2007年1月10日(6代目) 2012年5月24日 いすゞエルフのOEM車種
4代目までは自社開発された
完全OEMになったのは5代目以降
FAMILIA VAN ファミリアバン 1963年 2007年1月24日 2010年8月25日 マツダ初の本格的小型乗用車で9代目まで自社開発された
日産ADバンのOEM車種としては3代目
BONGO ボンゴ 1966年 1999年6月17日(4代目) 2010年8月 日産バネットとしてOEM供給している
以前は三菱デリカバンとしてOEM供給していた

日本国外専売車種 [編集]

車種 初登場年 現行型
販売年
世代数 日本国内販売期間 備考
Tribute トリビュート 2000年 2007年 2代 2000年 - 2005年
CX-7 CX-7 2006年 2006年 1代 2006年 - 2011年
CX-9 CX-9 2007年 2007年 1代 日本国外市場専売車
BT-50 BT-50 2006年 2011年 2代 日本国外市場専売車

今後の車種展開 [編集]

メーカーより今後発売が公表されている車種 [編集]

メーカーより今後販売終了が公表されている車種 [編集]

過去の販売車種 [編集]

乗用車 [編集]

車種 初登場年 販売終了年 世代数 日本国外での車名 備考
ミディアムクラス
ROADPACER ロードペーサー 1975年 1979年 1代 ホールデン社製のボディにロータリーエンジンを搭載。
4ドアセダンが設定された。
SENTIA センティア 1991年 2000年 2代 MAZDA 929 4ドアハードトップが設定された。
Ẽfini MS-9 アンフィニMS-9 1991年 1993年 1代 センティアのアンフィニ向けモデル。
4ドアハードトップが設定された。
LUCE ルーチェ 1966年 1991年 5代 MAZDA 929 マツダの基幹車種の一つ。
パーソナル&ラグジュアリーカー。ロータリーエンジン搭載車の日本国外での呼称はRX-4。
4ドアセダン・4ドアハードトップが設定された。
タクシー向けは1995年まで継続。
Cosmo コスモ 1981年 1990年 - マツダの基幹車種の一つ。
3代目モデルはルーチェと姉妹車の関係になり、4ドアセダン・4ドアハードトップも設定された。
Millenia ミレーニア 1993年 2003年 1代 MAZDA Millenia 1993年から1997年まで「ユーノス800」として販売された。
4ドアセダンが設定された。
Ẽfini MS-8 アンフィニMS-8 1992年 1997年 1代 クロノスファミリーの一つ。
4ドアハードトップが設定された。
ミドルクラス
Capella カペラ 1970年 1991年
2002年
7代 MAZDA 626 マツダの基幹車種の一つ。
4ドアセダンが設定された。
1991年から1994年まで販売を休止していた。
CRONOS クロノス 1991年 1995年 1代 MAZDA 626 マツダの基幹車種の一つ。
カペラ後継車であり、4ドアセダンが設定された。
Ẽfini MS-6 アンフィニMS-6 1991年 1994年 1代 MAZDA 626 クロノスファミリーの一つ。
5ドアハッチバックセダンが設定された。
Autozam Clef オートザム・クレフ 1992年 1994年 1代 クロノスファミリーの一つ。
4ドアセダンが設定された。
EUNOS 500 ユーノス500 1991年 1995年 1代 Xedos 6 クロノスファミリーの一つ。
4ドアセダンが設定された。
Persona ペルソナ 1988年 1992年 1代 4ドアハードトップが設定された。
EUNOS 300 ユーノス300 1989年 1992年 1代 ペルソナのユーノス向けモデル。
4ドアハードトップが設定された。
Savanna サバンナ 1971年 1978年 1代 MAZDA RX-3 グランドファミリアと姉妹車で、ロータリーエンジンモデルのみ販売された。
4ドアセダンが設定された。
Grand Familia グランドファミリア 1971年 1978年 1代 MAZDA 808
MAZDA 818
MAZDA Mizer
サバンナと姉妹車で、レシプロエンジンモデルのみ販売された。
4ドアセダンが設定された。
コンパクトクラス
CAROL 600 キャロル600 1962年 1964年 1代 軽自動車版のキャロル360の小型車版。
4ドアセダンが設定された。
Familia ファミリア 1964年 2003年 9代 MAZDA 323 マツダの基幹車種の一つ。
バンモデルの販売は1963年から。2012年現在もADバンのOEMでバンは継続している。
セダンモデルは4代目を除き、ハッチバックモデルは4代目以降設定された。
LANTIS ランティス 1993年 1997年 1代 MAZDA 323F
MAZDA 323 Astina
4ドアハードトップと5ドアハッチバック「クーペ」(下記)が設定された。
FAMILIA ASTINA ファミリアアスティナ 1989年 1994年 1代 MAZDA 323 Astina 5ドアハッチバックが設定された。
EUNOS 100 ユーノス100 1989年 1994年 1代 ファミリアアスティナのユーノス向けモデル。
5ドアハッチバックが設定された。
Autozam Revue レビュー 1990年 1998年 1代 Mazda 121 4ドアセダンが設定された。
ワゴン
LUCE ルーチェワゴン 1966年 1988年 - マツダの基幹車種の一つ。
ワゴンモデルは初代から3代目まで設定された。
Familia ファミリアワゴン 1985年 1994年 - マツダの基幹車種の一つ。
バンモデルの販売は1963年から。2012年現在もADバンのOEMでバンは継続している。
ワゴンモデルは6代目で設定された。
Capella CARGO カペラカーゴ 1987年 1999年 - マツダの基幹車種の一つ。
ワゴンモデルと商用車は5代目で設定された。
Capella WAGON カペラワゴン 1994年 2002年 - マツダの基幹車種の一つ。
ワゴンモデルは5代目(上記カーゴのマイナーチェンジ)・7代目で設定された。
Savanna Sports WAGON サバンナスポーツワゴン 1971年 1978年 1代
Familia S-WAGON ファミリア S-ワゴン 1998年 2004年 1代
クーペ / コンバーチブル
Cosmo コスモ 1967年 1996年 4代 コスモスポーツ・コスモAP・コスモL・コスモ・ユーノスコスモ。
マツダ初のロータリーエンジン搭載車。
スポーツは特撮TV番組、「帰ってきたウルトラマン」にて使用。
また、ユーノスコスモは量産車として世界で唯一、3ローターエンジンを搭載した高級パーソナルクーペ。
Savanna サバンナ 1971年 1978年 1代 MAZDA RX-3 グランドファミリアと姉妹車で、ロータリーエンジンモデルのみ販売された。
日産・スカイラインの連勝記録を止めたロータリーエンジン搭載車。
RX-3は日本国外とモータースポーツでの名称。
RX-7 RX-7 1978年 2002年 3代 MAZDA RX-7 サバンナRX-7・アンフィニRX-7・RX-7。
ロータリーエンジン専用スポーツカー。
トヨタ・2000GT同様、北米の法規に適合させるため、初代からリトラクタブル・ヘッドライトを使用している。
Capella Coupe カペラクーペ 1970年 1982年 3代
FAMILIA cabriolet ファミリア・カブリオレ 1986年 1989年 1代
Capella C2 カペラC2 1987年 1991年 1代
Etude エチュード 1987年 1990年 1代
MX-6 MX-6 1992年 1995年 1代 クロノスファミリーの一つ。
Eunos Presso ユーノスプレッソ 1991年 1998年 1代 オートザムAZ-3と姉妹車。
Autozam AZ-3 オートザムAZ-3 1991年 1998年 1代 ユーノスプレッソと姉妹車。
LANTIS ランティスクーペ 1993年 1997年 1代
RX-8 RX-8 2003年 2012年 1代 MAZDA RX-8
SUV/クロスカントリー/ピックアップトラック
PROCEED プロシード 1965年 2009年 5代 Bシリーズ プロシードとBシリーズは小型ピックアップトラック。OEMとしてフォードブランドでも販売。
初代には輸出専用のロータリーエンジン搭載の「ロータリーピックアップ」も設定された
PROCEED MARVIE プロシードマービー 1990年 1999年 1代 プロシードベースのSUV。乗用車ベースのトリビュートの登場に伴い、一代限りの生産に終わった。
PROCEED LEVANT プロシードレバンテ 1995年 2000年 2代 日本市場専売車 スズキ・エスクードのOEM車
ミニバン/1BOX
BONGO ボンゴ 1978年 1999年 2代 BONGO
EUNOS CARGO WAGON ユーノスカーゴワゴン 1990年 1993年 1代 日本市場専売車
BONGO FRIENDEE ボンゴフレンディ 1995年 2005年 1代 日本市場専売車
軽自動車
R360 coupe R360クーペ 1960年 1969年 1代 オールアルミVツインエンジンをはじめ、ラバースプリング、マグネシウムプラスチックなどの非鉄部材の多用により軽量化を図った。
現在のシティコミューターのようなコンセプトで、早すぎた登場とも言える。
Chantez シャンテ 1972年 1976年 1代 日本市場専売車
Porter ポーター 1968年 1976年 1代 日本市場専売車
Porter Cab ポーターキャブ 1969年 1989年 1代 日本市場専売車
Autozam AZ-1 オートザムAZ-1 1992年 1995年 1代 日本市場専売車
Laputa ラピュタ 1999年 2005年 1代 日本市場専売車 スズキからKeiのOEMを受けて販売された車種。
SPIANO スピアーノ 2002年 2008年 1代 日本市場専売車 スズキからアルトラパンのOEMを受けて販売された車種。
AZ-WAGON AZ-ワゴン 1994年 2012年 4代 日本市場専売車 スズキからワゴンRのOEMを受けて販売された車種。

商用車 [編集]

車種 初登場年 販売終了年 世代数 日本国外での車名 備考
3輪
CTL型3輪トラック
DB型3輪トラック
DC型3輪トラック
GA型3輪トラック
GB型3輪トラック
GCZ型3輪トラック
HB型3輪トラック
KC36型3輪トラック
LB型3輪トラック
MRA型3輪トラック
PB型3輪乗用車
TCS型3輪トラック
VB型3輪ライトバン
K360 1959年 1969年 1代 軽オート三輪。R-360クーペと共通のVツインエンジンを搭載。
ダイハツミゼットの対抗車種。愛称はケサブロー。
T600 1959年 1971年 1代 K360をスープアップした小型オート三輪。
T1100/T1500 1957年 1970年代初め 1代
T1500/T2000 1957年 1974年 1代 オート三輪1960年代ダイハツ工業と市場を二分した名車。
4輪
B360 1961年 1968年 1代
CTD型ダンプカー
B1500 1961年 1965年 1代 プロシードの先代車種
ロンパー(D1100 / D1500 / D2000) 1958年 1965年 1代 クラフトの先代車種
クラフト 1965年 1代
Eシリーズ(E2000 / E2300 / E2500)
BOXER ボクサー 1968年 1代
BONGO BRAWNY ボンゴブローニイ 1983年 2010年 1代 三菱自動車デリカ・カーゴとしてOEM供給されていた
TITAN dash タイタンダッシュ 2000年 2010年 1代 ボンゴブローニイトラック後継
マイクロバス
DUA型マイクロバス
ライトバス 1966年 1972年 1代 パークウェイ先代車種
パークウェイ 1972年 1997年 2代
タクシー / 教習車
カスタムキャブ 1989年 1995年 1代 HB型ルーチェをベースにしたタクシー専用車
Capella カペラ MAZDA 626
LUCE ルーチェ MAZDA 929
無人牽引車
ロボコン ※1970年代半ばまで構内作業用の電動無人牽引車の製造販売を行っていた。
種類も豊富で、特に6トン以上の牽引力を有する中・大型無人牽引車の製造は、
国産ではマツダが先駆けであった。
昭和40年代に発行された「自動車ガイドブック」にも掲載されている。

過去に発表されたコンセプトカー [編集]

RX-500

過去の販売製品(自動車以外) [編集]

  • コルク(東洋コルク工業時代)
  • さく岩機(マツダ株式会社に社名変更後も一貫して「TOYOさく岩機」のブランドで展開。1989年に子会社のマツダアステック株式会社に事業移管後、同社を2002年にスウェーデンのサンドビックグループに営業譲渡し撤退。)
  • 工作機械(1929年の東洋工業時代に製造を始め、1989年に事業を子会社のトーヨーエイテック株式会社に移管。)

日本国外向け車名解説 [編集]

仕向け地により、日本国内とは異なる車名となる場合がある。

  • Mazda8 - MPV
  • Mazda6 - アテンザ
  • Mazda5 - プレマシー 2010年7月にフルモデルチェンジされる。
  • Mazda3 - アクセラ
  • Mazda2 - デミオ 「121」の後継で、本来「1」となるところ、「I」(アイ)と紛らわしいため「2」とした。
  • Xedos 9 - ユーノス800/ミレーニア 日本国内では「9」系(ルーチェ/センティア)の下位で「8」。
  • Xedos 6 - ユーノス500 日本国内では「6」系(クロノス他)の中で唯一小振りなため、「5」とされた。
  • 110S - コスモ
  • RX-2 - カペラロータリー
  • RX-3 - サバンナロータリー
  • RX-4 - ルーチェロータリー
  • RX-5 - コスモAP
  • Bシリーズ - プロシード フォード製V6・V8搭載車もある。
  • Eシリーズ - ボンゴ/ボンゴ ブローニイ
  • Tシリーズ - タイタン

委託生産車種 [編集]

フォードからの委託生産車種 [編集]

フォードへの委託生産車種 [編集]

起亜自動車への委託生産車種 [編集]

販売チャンネル [編集]

  • マツダ店(メイン店舗。商用車・乗用車の全車種を販売している)
  • マツダアンフィニ(旧マツダオート店。乗用車を中心としたディーラーとして登場し、1991年11月アンフィニ店に改称、1996年4月にはユーノス店との統合と同時にマツダの名を冠しマツダアンフィニ店となる。アンフィニ店時代はRX-7やMS-8などの専売車種があったが、現在はマツダ店同様全車種扱いである。)
  • マツダオートザム店(元々は軽自動車・小型車を中心としたチャンネルで1989年にオートザム店として開設。経営母体は町の整備工場や中古車ディーラーが多かった。1998年から一定の基準を満たす店舗にマツダの名を冠し現在の名称に変更。軽自動車・小型車のみならずアクセラ・プレマシー・MPVなども取り扱うようになった。)
  • マツダ中販株式会社(業者向け中古車販売。元はユーザー向け販売も行っていたが、現在はオークション出品など、業者向け営業に特化。)

※その他のチャンネル

  • マツダモータース店 - 経営母体は主に町の整備工場で、他チャンネルへの統合等は行われなかった。マツダ販売会社グループには属しておらず、実質淘汰された格好。
  • ユーノス店(1989年9月開設。高級車志向のチャンネル。ロードスターやコスモなどの名車を生んだほかシトロエン車の販売も行ったが、販売が伸び悩み1996年4月アンフィニ店に統合。チャンネル廃止。)
  • オートラマ店(フォードブランド車のチャンネルとして、レーザーやテルスターなどマツダ車の姉妹車を数多く販売。現在は「フォード店」として営業中であり、マツダ製の車種は扱っていない。)

現在は、地方ディーラーの広域経営統合など販売網の再編成が行われ、「マツダ店」「マツダアンフィニ店」「マツダオートザム店」の体制になっている。

日本国内販売での企業努力 [編集]

  • マツダは過去に、1973年後半に勃発した第一次オイルショックでガソリン価格の高騰と国民全体に省エネルギー志向が強まった影響で、燃費性能の良くないロータリーエンジンが販売不振に陥った「ロータリーショック」と、バブル経済絶頂期の90年代前半にブランドイメージの向上を狙い、従来の「マツダ」ブランドの他に「ユーノス」「アンフィニ」「オートザム」の独自ブランドと販売網を新たに設けて販売網を拡大したもののバブル経済崩壊後の景気低迷の影響で結果的に失敗に終わり、低迷期が長く続いていた。その汚名返上と国内販売拡大を目的として、他メーカーに対抗して「大幅値引き」や「安売り広告」による販売拡大策を推し進めていたが、結果的に、マツダ車の代替時に他メーカーディーラーでのマツダ車の下取り価格に大幅な下落が生じ、マツダ車ユーザーやマツダ車ファンからマツダに対する信頼低下を招いたり、自動車ファンや自動車業界内で存在していた「マツダ地獄」や「マツダパターン」の比喩に代表されるマツダ全体の低迷とブランドイメージ低下に拍車を掛ける悪循環に陥っていた。
  • しかし、フォード傘下入り以降から、ユーザーに「魅力的かつ他社競合車種とのキャラクターの違いがハッキリしている」商品を揃える「ZOOM-ZOOM」のキャッチコピーに代表されるイメージアップ広告の積極化、絶対的な販売台数を減らしてでも大幅値引きに頼る販売を段階的に止めて、メーカーとディーラーとが一体となってマツダのブランドイメージ向上に努めている。

同業他社との関係 [編集]

日本国内 [編集]

スズキより軽自動車ワゴンRパレットアルトジムニーキャリイエブリイをOEM供給を受け、それぞれフレアフレアワゴンキャロルAZ-オフロードスクラム(キャリイ・エブリイ)として販売している。
以前は、普通自動車エスクードのOEM供給を受け、プロシードレバンテを販売。また以前は、スズキより軽自動車のエンジンプラットフォームの供給を受けてキャロルやAZ-1を製造していた。さらに、AZ-1をスズキにOEM供給し、キャラとして販売していた。
日産より商用車のADのOEM供給を受け、ファミリアバンとして販売している。逆に、マツダより商用車のボンゴとミニバンのプレマシーをOEM供給し、それぞれバネットバン・トラックラフェスタハイウェイスターとして販売している。
また、e-4WD機構の供給を受け、デミオベリーサに搭載し販売している。
いすゞより商用車のエルフのOEM供給を受け、タイタンとして販売している。
以前は、ディーゼルエンジンの供給を受け、タイタンやファミリアに搭載していた。
2010年に、トヨタとハイブリッド技術のライセンス供与に合意した[16]
また2012年には、メキシコ工場で製造するデミオをOEM供給し、2015年より北米向け小型車を販売する予定にしている[17]
1999年から2011年までボンゴをOEM供給し、デリカバン・デリカカーゴとして販売していた。

日本国外 [編集]

1979年に資本参加し24.5%の大株主となる。1996年には出資比率を33.4%に引き上げ、社長もフォード出身者が歴任した。2010年に株式の大半が売却され、出資比率が3.5%に低下したが、戦略的提携関係は継続している。
かつてはフォードの小型車向けエンジンやプラットフォームを開発してフォードグループ内で共用したり、アメリカ合衆国中華人民共和国で工場を共同運営していた。現在ではタイ王国でピックアップトラック生産の合弁事業を行っている。
2012年5月23日に、4代目ロードスターをベースにしたアルファ・ロメオブランドモデルの開発し、2015年から販売する計画を発表し、協議を開始している[18]。2013年1月18日に事業契約を締結した[19]
部品供給契約を結び、ロードペーサーを製造した。

開発・生産拠点 [編集]

本社 [編集]

本社工場(本社地区)

開発専門 [編集]

生産機能 [編集]

工場概要 [編集]

  • 出典:“Mazda in Brief 2004”
生産工場 拠点 生産車種 生産台数(2003)
本社工場(本社) 広島県 安芸郡 府中町広島市  
本社工場(渕崎) 広島県 広島市  
本社工場(向洋・むかいなだ 広島県 広島市  
宇品第1工場(U1) 広島県 広島市 南区 ロードスター、CX-9、CX-5、RX-8、デミオ、ベリーサ、MPV、ボンゴバン、ボンゴブローニイバン、ビアンテ
12車種混流可能
2004年12月15日に発生した、塗装ライン火災の影響で、2005年1月6日まで操業中止。
スリー・ウエット・オンに対応した新塗装ラインによる完全復旧は、4月27日。
宇品第2工場(U2) 広島県 広島市 南区 プレマシー/日産・ラフェスタハイウェイスター、デミオ、CX-7
2001年9月1日から2004年5月26日まで生産調整のため閉鎖。
防府工場(中関)1981年12月 - 山口県 防府市 トランスミッション
防府第1工場(西浦)1982年 山口県 防府市 アテンザ、アクセラ、プレマシー、トリビュート
防府第2工場(西浦)1992年 山口県 防府市 アテンザ、アクセラ、プレマシー、トリビュート
AutoAlliance International, Inc.(中止) アメリカ ミシガン州 Mazda6(アテンザ)
2012年8月をもってマツダ車の生産は終了
Ford Motor Kansas City Assembly アメリカ ミズーリ州 トリビュート
Ford Motor Edison Assembly アメリカ ニュージャージー州 B-シリーズ
Ford Motor Twin Cities アメリカ ミネソタ州 B-シリーズ
Ford Motor Valencia Body & Assembly スペイン バレンシア州 Mazda2(デミオ) 40,927
Faw Hainan Motor Co., Ltd.
一汽海南汽車有限公司(中止)
中国 海南省 323(ファミリア)、プレマシー 55,320
FAW Car Co. Ltd.
一汽轎車股有限公司
中国 吉林省 Mazda6(アテンザ) 29,980
Chang'an Automobile (Group) Co., Ltd.
重慶長安汽車股有限公司
中国 重慶 Mazda2(デミオ)、Mazda3(アクセラ)
Ford Lio Ho Motor Co., Ltd.
福特六和汽車股公司
台湾 桃園県中壢市 Mazda3(アクセラ)、323(ファミリア)、プレマシー、トリビュート 15,434
AutoAlliance (Thailand) Company Limited タイ ラヨーン県 B-シリーズ 30,652
Swaraj Mazda Ltd. インド パンジャブ州 T-シリーズ 9,635
P.T. National Assembler インドネシア ジャカルタ E-シリーズ 542
Vietnam Motors Corporation ベトナム ハノイ 323(ファミリア)、Mazda6(アテンザ)、プレマシー 2,022
Associated Motors Industries マレーシア スランゴール州 B-シリーズ 620
Ford Motors Philippines Co. フィリピン ラグナ州 323(ファミリア)、Mazda3(アクセラ)、トリビュート 新工場
Compania Colombiana Automotriz S. A. コロンビア ボゴタ Mazda3(アクセラ)、Mazda6(アテンザ)、BT-50、Mazda2(デミオ) 13,428
Manufacturas, Armadurias y Repuestos Equatorianos S. A. (M.A.R.E.S.A.) エクアドル キト 323(ファミリア)、B-シリーズ 3,405
Bahman Motor Center イラン テヘラン 323(ファミリア)、B-シリーズ 9,997
Willowvale Mazda Motor Industries (PVT) Ltd. ジンバブエ ハラレ 323(ファミリア)、626(カペラ)、B-シリーズ、T-シリーズ 2,320
Ford Motor Company of Southern Africa. (Pty) Ltd. 南アフリカ ハウテン州 323(ファミリア)、B-シリーズ 16,492

医療機関 [編集]

マツダ病院

物流拠点・国内港 [編集]

苫小牧小名浜千葉衣浦瀬野川防府多度津、須恵、東郷(福井市

他社への委託 [編集]

キャッチコピー [編集]

  • クルマの主流をかえるロータリーのマツダ(1970年代)
  • Better & Better(1970年代後半)
  • 社会にとってのBetterへ 走ることのBetterへ(1970年代後半)
  • 個性あざやかに 品質のマツダ(1980年代)

当時の広告、カタログでは、品質のマツダがついていたが、CM、プロモーションビデオの最後の部分は、品質のマツダがなかった。(上に、「個性あざやかに」下に「Mazda」の文字。)社名変更後は使われなくなった。

  • 新しいマツダ、始めます。(1995年~1996年)
  • For mobility pleasure(1995年~1996年)
  • 使えるクルマ・楽しいクルマ。That`s Mazda(1990年代後半)
  • 心を動かす新発想(2000年代前半)
  • ZOOM-ZOOM -もっと乗りたくなる。-(2002年-現在)
  • また提供クレジットでは、走る歓びと環境安全性能の調和をめざすマツダというキャッチコピーもある。

スポーツ [編集]

モータースポーツ [編集]

マツダ787B 2005年2月5日

かつては世界ラリー選手権(WRC)ル・マン24時間レースなどにワークスマツダスピード)として積極的に参戦していた。ロータリーエンジン搭載車でのエントリーが主体であるが、レシプロエンジン搭載車であるファミリアWRCに参戦、ランティスJTCCに参戦していたこともある。2000年以降、日本法人のマツダとしては全くモータースポーツにはエントリーしておらず、現在はモータースポーツへの参戦を停止している状態である。マツダスピードはブランド名だけ残して事実上解散してしまい、ノウハウと人材は社外に放散され失われた。2011年に787Bがル・マン24時間レースをゲストとして走る機会が与えられたが、そのためのレストア作業でさえも、補修パーツが生産できずストックしている中古パーツを再利用したり、完成したエンジンを始動させるエンジンベンチ台が社内に無く、仕方なしに実車に搭載して慣らし運転をするような状態であった[20]。なお、マツダ本社がモータースポーツから完全撤退した後も、アメリカやオーストラリアの現地法人では、活発なモータースポーツ活動が継続されていた。

2012年6月、マツダが2.2L直列4気筒ディーゼルターボエンジンを、ル・マン24時間レースに出場するLMP2クラスに供給し、2013年にエンジンサプライヤーとしてレースに復活する方向であることが発表された。マツダが参入するLMP2クラスは、2012年のエントリー車1/4に及ぶ13台で、日産製の4.5L V8(VK45DE LMP2:GT500で使用されていたエンジンを改良したもの)エンジンが使用されている。

レース実績など
レース車両
マツダ767B 兵庫県セントラルサーキット 2007年7月8日

etc

スポーツ関連団体 [編集]

広島東洋カープ
プロ野球セントラル・リーグ所属の球団で、持分法を適用しないマツダの非連結子会社。1968年に当時の社長であった松田恒次が球団筆頭株主になって以降、主要株主およびメインスポンサー。その際、当時の球団名「広島カープ」に当時の社名である東洋工業の「東洋」がついて現在の球団名になった。
マツダは球団筆頭株主ではあるが、運営はマツダ創業者一族であり球団株を合計50%以上取得している松田家一族が行っている。そのため球団オーナーは、松田耕平松田元と松田家から輩出している。
現在の常務取締役球団本部長の鈴木清明はマツダからの出向である。
以下はカープに対するスポンサードの具体例である。
  • 2005年から、ユニフォームおよびヘルメットのスポンサー(ヘルメットには製造車ブランド名が入る)。
  • 2009年、広島東洋カープの新本拠地(広島市民球場)が完成するとマツダが命名権を獲得し、「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」(マツダスタジアム)と称することになった。
  • 日本選手権シリーズではカープが日本一に輝いた場合の最優秀選手に対してはマツダ提供の高級乗用車が贈られた。(過去、1979年・1980年・1984年の3回。カープ以外の優勝であればトヨタ自動車協賛)2007年から乗用車の副賞は廃止されたが、マツダが日本野球機構(NPB)パートナーであることから、2007年以後カープを含む優勝球団の最優秀選手に対するマツダ賞の賞金として100万円が贈られている。
サンフレッチェ広島
Jリーグ所属のサッカークラブで、マツダの関連会社。マツダ(東洋工業)のサッカー部(東洋工業サッカー部)を母体としており、1992年の設立当初は球団筆頭株主、2007年からは次席株主。
主要スポンサーの一つでもあり、1992年から現在までユニフォームスポンサーを務めている。
  • 2013年現在、トップチームの公式戦用ユニ背中、練習用ユニ胸、ユース(高校生年代)チームのユニ背中。
  • AFCチャンピオンズリーグにおいてはトップチーム公式戦用ユニ胸。
マツダブルーズーマーズ
マツダの社会人ラグビーチーム(トップキュウシュウ所属)。現在同社のシンボルチームの一つ。
埼玉ブロンコス
bjリーグ所属のプロバスケットボールチーム。旧マツダオート東京→アンフィニ東京(現・関東マツダ)のバスケットボール部(アンフィニ東京ブロンコス)が前身(1996年廃部→クラブチーム化、後にプロ移行)だが、現在はマツダとの直接の関連はない(同業他社である富士重工業が一スポンサーとなっている)。

その他スポーツ関連 [編集]

  • マツダSC - 現在の同社のサッカークラブ。
  • マツダオート広島サッカー部 - かつて存在した同社地元(広島県)ディーラーのサッカークラブ。
  • マッハ隼人 - プロレスラー、元社員。
  • 石田義久 - 陸上競技(投てき)、メキシコシティおよびミュンヘンオリンピック日本代表、第2回アジア選手権金メダリスト。元社員。
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経営再建と他企業との関係 [編集]

バブル期の経営拡大路線が要因となり1990年代中盤に経営不振に陥るも、メインバンクである住友銀行(現・三井住友銀行)の協力や、以前から提携関係にあったフォード・モーターの経営参画により経営体質の改善に努めた。その結果、2000年代に入ってから販売不振にあえぐフォード本体とは対照的に、本来得意とする洗練されたスポーティなデザインと走行性能を重視した独自の商品戦略で、長期低迷していた業績の回復を果たした。特に欧米で販売好調が続き、2007年度の営業利益は過去最高の1,585億円を記録した。

これと同時にフォードグループの中・小型車部門において非常に重要な役割を担うようになった。フォードとは、以前からアジアオセアニア地域向け車両をマツダの車両ベースで販売したり、日本国内ではオートラマ店(現・フォード店)扱いで、マツダ車を日本フォードブランドとして販売する関係であったが、フォード主導での経営再建後は、マツダの得意分野であるFUNな乗り味や若々しいデザインを活かし、フォードグループのエンジン開発やフォードグループ共通のプラットフォーム開発など、フォード本体の車両開発に大きく関わるようになり、マツダはフォードグループの一員としての重責を果たすようになる。

マツダの経営再建に関わったフォードは筆頭株主となり、かつてはマツダ株式の33.4%を保有していた。しかし、世界金融危機 (2007年-)により自動車市場が縮小して業績が悪化したフォードは、自社が保有していたマツダ株式の大半を資金調達のために売却した。現在のフォードは持株比率3.53%の第4位の株主になっている[21]。2010年以降、マツダは会計上フォードの関連会社ではなくなっているが、両社の戦略的提携関係は継続されている。

なお、住友グループ白水会には名を連ねていないが、三井住友銀行(前身の住友銀行時代から)がメインバンクであることから、住友グループとは関係が深い。一部の資料では、マツダを住友グループに含めているものがある(このような企業は他にアサヒビールパナソニックなどがある)。 その関係からか、三井住友銀行をメインバンクとする企業の社用車にはマツダ車が多い。マツダは2012年6月、本社工場などの固定資産を三井住友ファイナンス&リースに139億円で売却し、これらの施設について今後はリース契約を結んで引き続き使用すると発表している。

バブル期から1990年代末にかけて、フランスシトロエン車やイタリアランチアの輸入をしていた時代もある。シトロエンは系列のユーノス店 (ほぼ全店舗) でBXZXエグザンティアが販売され、ランチアは一部のオートザム店でテーマデルタアウトビアンキ/ランチア・Y10を販売していたが、フォードとの関係強化に伴い撤退した。

事件・不祥事 [編集]

職場上司のパワハラによる社員の自殺 [編集]

2007年、当時25歳であった男性社員がうつ病を基に自殺した。男性は、入社20年のベテラン社員が担当していた購買業務を引き継ぐ形で異動し、時間外労働は自殺直前に月80時間を超えていた。しかし上司は男性を叱責し続け、孤立無援の状態に置かれた男性はうつ病を発症し、社宅の自室で首つり自殺した。この上司は男性の自殺後にも、職場で笑いながら「あ、亡くなったわ」「この忙しいのに」と発言したり、同僚が男性の机に花を飾ろうとしたときに「大っぴらにするな」と制したりした。葬儀の場でも、弔文原稿に目を通しながら冗談めいた口調で「泣かすよなあ」と発言した。
マツダは遺族側と裁判で争い、「過重労働はなく、上司もサポートしていた」などと主張していたが、2011年2月、神戸地裁にて「質的、量的に過剰な労働で、自殺は業務に起因する。一方で上司の適切なサポートもなく、同社は安全配慮義務を怠った」として過労自殺が認められ、約6400万円の支払いが命じられた[22][23][24]

下請法違反事件 [編集]

2008年6月、公正取引委員会がマツダに対して、下請事業者への代金支払に関して違法行為があったとして、勧告を行った。2005年7月から2006年11月の間、マツダが取引先から購入した部品について、下請事業者の合意無しに単価を一方的に引き下げた結果、下請代金支払遅延等防止法(下請法)にて禁止されている代金減額が生じたと判断された。これを受けてマツダは、公取から指摘された減額代金全額を、2008年3月に下請事業者へ返還した[25][26]

マツダ本社工場連続殺傷事件 [編集]

派遣法違反事件 [編集]

2009年6月、マツダが法定期間(3年)を超えて派遣社員を工場に勤務させたのは、労働者派遣法違反の疑いがあるとして、広島労働局が文書で指導を行った。マツダは本社工場や防府工場に派遣された5人の派遣社員を途中、期間従業員として約3か月間だけ直接雇用し、再び派遣社員で受け入れる方法で、法律上の直接雇用義務が生じる連続3年の派遣期間を超えないように操作していた。県労連は「全国初のケースではないか」としている[27]

工業技術短期大学校 [編集]

マツダ工業技術短期大学校は、技術・技能者を育成するために1988年に設立された、厚生労働省認定の2年制企業内短大である。施設はマツダ本社構内にある。設置学科と定員は、機械システム系生産技術科(2年制)、1学年64名である。教育施設として、教育研修棟とその他マツダ本社施設(自動車工学実習場、 製図室、体育館、プール等)を利用する。入校者は新規の高等学校卒業者と社内選抜者で構成され、全てマツダの社員である。新卒者の場合は入校のための入社試験を実施し、社内選抜者は生産職場に配属された20歳代前半の社員の中から職場推薦を受けた者を対象に選抜試験を行い決定している。

関連会社 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ マツダ車、豪で初の販売1位
  2. ^ 4WDs lead car sales to record highs
  3. ^ “【MAZDA】中長期施策の枠組み|経営方針”. http://www.mazda.co.jp/corporate/investors/policy/mid_term.html 
  4. ^ もともと、映画、「オンリー・ザ・ストロング」(Only The Strong)がきっかけで 、各国のモーターショーやテレビCM曲にも使われている。2005年から放映されている日本国内向けのCMでは、「♪ZOOM-ZOOM-ZOOM〜走る喜び〜」から始まる日本語の歌詞が加えられた「ZOOM-ZOOM」の曲に変更されている。「ZOOM-ZOOM」の語源は、英語圏の子供が自動車のことを「ZOOM-ZOOM(ブーブー)」と言うところからきている
  5. ^ マツダについて - マツダ公式サイト
  6. ^ a b 役員人事異動 - マツダ 2010年5月12日
  7. ^ a b c 代表取締役および役員の異動に関するお知らせ - マツダ 2013年5月9日
  8. ^ マツダ、新型「Mazda6」の生産を防府工場で開始 - マツダ 2012年8月2日
  9. ^ 新世代フラッグシップモデル、新型「マツダ アテンザ」を発売 - マツダ 2012年11月20日
  10. ^ マツダブランドへ移行したのは1998年。それ以前はユーノスブランド
  11. ^ 北米市場では1988年に先行登場。1991年から1997年まではアンフィニブランド
  12. ^ アクセラスポーツ、マツダスピードアクセラに至っては、マツダのWebサイト等ではスポーツカーに分類されている。かつてはデミオ、ベリーサがワゴンに分類された時期もあった。
  13. ^ AZ-ワゴンは1994年
  14. ^ 初代販売終了の1970年から2代販売開始の1989年まで空白期間が存在する。1989年から1997年まではオートザムブランド
  15. ^ 初代と2代は商用車登録。乗用車登録に移行したのは1999年の3代目以降。1989年初頭と1997年以降を除きオートザムブランド
  16. ^ マツダ、トヨタ式ハイブリッドでスベリ込みセーフ - 日経ビジネス 2010年4月7日
  17. ^ トヨタとマツダ、メキシコでの生産について合意 - トヨタ自動車・マツダ 2012年11月9日
  18. ^ マツダ、フィアットと協業プログラムを発表 (PDF) - 2012年5月23日 マツダ株式会社 フィアットグループオートモービルズ
  19. ^ マツダとフィアット、アルファ ロメオ車の生産に向けた事業契約を締結 (PDF) - 2013年1月18日 マツダ株式会社 フィアットグループオートモービルズ
  20. ^ 「マツダ 20年目の奇跡」 Racing on 2011年8月号
  21. ^ 主要株主である筆頭株主の異動のお知らせ (PDF)
  22. ^ 鬱で社員自殺、マツダ6400万円賠償命令「上司サポート無し」認定
  23. ^ 過労自殺で「会社の責任認める」判決が増えたワケ
  24. ^ 社員自殺、マツダに過失 地裁支部が6千万円支払い命令
  25. ^ マツダ、下請代金支払遅延等防止法に違反…公取から勧告
  26. ^ マツダ株式会社に対する勧告について
  27. ^ 労働局がマツダを文書指導 派遣社員、3年超受け入れ
  28. ^ 但し、買収翌年である2013年度より新ブランド「Times(タイムズ)」に全面統一とするため、「マツダ」の商標は年度内いっぱいで使用を打ち切る方針。

関連項目 [編集]

企業・資本参加 [編集]

ディーラー [編集]

その他 [編集]

外部リンク [編集]