スペイン
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- スペイン
- España
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(国旗) (国章) - 国の標語 : Plus Ultra
(ラテン語: 更なる前進) - 国歌 : 国王行進曲

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公用語 スペイン語 ¹ 首都 マドリード (マドリッド) 最大の都市 マドリード (マドリッド) 統一 1714年 通貨 ユーロ(EUR, €)
※スペインのユーロ硬貨(EUR)時間帯 UTC +1 ³(DST: +2) ccTLD ES 国際電話番号 34 - 註1 : 地方公用語として、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語がある。
註2 : 1999年以前の通貨は、スペインペセタ。
註3 : カナリア諸島は UTC を採用
スペイン(スペイン語:España:エスパーニャ)は、ヨーロッパ南西部のイベリア半島に位置し、同半島の大部分を占める立憲君主制国家。西にポルトガル、南にイギリス領ジブラルタル、北東にフランス、アンドラと国境を接し、飛地のセウタ、メリリャではモロッコと陸上国境を接する。本土以外に、大西洋のカナリア諸島や、北アフリカのセウタとメリリャや、アルボラン海のアルボラン島を領有している。首都はマドリード。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は特に定められていないが、1978年憲法ではスペイン語で、España(エスパーニャ)、やEstado Español(エスタード・エスパニョール)などが用いられている。Reino de España(レイノ・デ・エスパーニャ)も用いられる。
日本語の表記はそれぞれ、スペイン、スペイン国、スペイン王国。これは英語のSpainに基づく。漢字で西班牙と表記し、西と略す。ただし、江戸時代以前の日本においては、よりスペイン語の発音に近いイスパニアという呼称が用いられていた。
スペインは、国王を元首とする王国であるが、1978年憲法では、それまでの憲法では明記されていた国号は特に定められていない。憲法で国号が定められなかったのは、君主制は維持するものの、その位置付けは象徴的な存在に変わり、国を動かすのは国民によって選ばれた議会が中心になることを明確化するためにとられた措置であった。しかし、慣例的に「スペイン王国」と呼称する場合も多い。
[編集] 歴史
詳細はスペインの歴史参照。歴代君主の一覧はスペイン君主一覧を参照。
- 紀元前146年 - 共和政ローマがそれまでヒスパニア地方を支配下に置いていたカルタゴを滅ぼす。
- 紀元前27年 - ローマが共和政から帝政に移行。その後の属州の再編でヒスパーニア・タラコネンシス、ヒスパーニア・バエティカ、ルシタニアの3州に分割して統治される。
- 415年~711年 - 西ゴート王国(首都トレド)
- 756年~1031年 - 後ウマイヤ朝(首都コルドバ)
- 1035年 - アラゴン王国独立。
- 1038年 - カスティーリャ伯フェルナンド1世、レオン=アストゥリアス王国を継承しカスティーリャ王国が成立。
- 1479年 - カスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン王フェルナンド2世の結婚によりスペイン王国(イスパニア王国)が成立。
- 1492年 - スペイン王国、グラナダを陥落させナスル朝滅び、レコンキスタ完成。クリストバル・コロンがアメリカ大陸を「発見」し、以降スペインによるアメリカ大陸の植民地化が進む。
- 16世紀前半 - エルナン・コルテス、ペドロ・デ・アルバラード、フランシスコ・ピサロをはじめとするコンキスタドーレスがアステカ文明、マヤ文明、インカ文明などアメリカ大陸の文明を滅ぼす。アメリカ大陸の住民はインディオと呼ばれ、奴隷労働によって金や銀を採掘させられ、ポトシやグアナフアトの銀山から流出した富はオスマン帝国やイギリスとの戦争によってイギリスやオランダに流出し、ブラジルの富と共に西ヨーロッパ先進国の資本の本源的蓄積の原初を担うことになった。これにより、以降5世紀に及ぶラテンアメリカの従属と低開発が規定された[2]。
- 1516年 - ハプスブルク家のカール大公がスペイン王カルロス1世として即位。スペイン・ハプスブルク朝の開始。1519年に神聖ローマ皇帝カール5世としても即位。ハプスブルク家の全盛時代を迎える。
- 1538年 - オスマン帝国にプレヴェザの海戦で敗れる。
- 1556年 - フェリペ2世即位(-1598年)。「太陽の没することなき帝国」(スペイン帝国)と呼ばれる。
- 1561年 - フェリペ2世、トレドからマドリードへ遷都。
- 1568年~1648年 - 八十年戦争(オランダ独立戦争とも呼ばれる)。
- 1571年 - ミゲル・ロペス・デ・レガスピがフィリピンを征服。
- 1580年 - アヴィシュ朝が断絶、以後スペイン王がポルトガル王を兼ねる。
- 1588年のアルマダの海戦で無敵艦隊が英国に敗れて後、スペイン・ハプスブルク朝の勢力は弱体化を開始する。
- 三十年戦争にも部隊を派遣。白山の戦いの勝利に貢献し、ネルトリンゲンの戦いでは戦勝の立役者となるなど神聖ローマ皇帝軍をよく支えた(莫大な財政援助も行っていた)。しかしその見返りにスペインが期待していた皇帝軍の八十年戦争参戦やマントヴァ公国継承戦争への参戦は実現せず、スペインの衰退を加速させる結果となる。
- 1640年にはポルトガル王政復古戦争によりポルトガルが独立し、1648年にはオランダ共和国独立を承認、1659年には西仏戦争を終結させるフランスとのピレネー条約を不利な条件で締結するなど、スペインの黄金時代は終わりを告げた。
- 1700年 - スペイン・ハプスブルク家が断絶。フランス・ブルボン家出身のフェリペ5世がスペイン王位を継承してブルボン朝(スペイン語風にボルボン朝とも)が始まる。
- 1701年~1713年 - スペイン継承戦争
- 1740年~1748年 - オーストリア継承戦争に参戦。
- 1756年~1763年 - 七年戦争に参戦。
- カルロス3世即位(1759年-1788年)。スペインの中興。
- 1808年 - ナポレオンの侵攻を受ける(スペイン独立戦争)。王位を一時奪われるが1814年復帰。
- 1809年~1810年 ブエノスアイレスの五月革命など、イスパノアメリカ各地でクリオージョによる自治運動が進む。
- 1825年 - シモン・ボリーバルをはじめとするリベルタドーレスの活躍によってボリビアが独立し、キューバとプエルトリコ以外の全てのアメリカ大陸の植民地を失う。
- 1868年~1874年 - 空位。
- 1873年~1874年 - 第一共和政。
- 1874年 - 王政復古。
- 1896年 - フィリピン革命勃発。
- 1898年 - 米西戦争により、アフリカ大陸以外の全ての植民地を失う(スペイン帝国の崩壊)。
- 1931年 - スペイン革命によりアルフォンソ13世が亡命し、第二共和政が成立。
- 1936年~1939年 - スペイン内戦。第二共和政が崩壊し、その後1975年までフランコによる独裁。
- 1968年 - 赤道ギニア独立。
- 1975年 - フランコ死去、フアン・カルロス1世が即位。ブルボン朝が復古。
- 1976年 - 西サハラ独立。
- 1978年 - 新憲法が承認され、立憲君主制に移行。
[編集] 政治
政体は立憲君主制(議会君主制)。かつてはフランコによる独裁政権だったが、1975年に王政復古し、現在は民主化されている。国王は国家元首であり、国家の統一と永続の象徴と規定されており、国軍の名目上の最高指揮官である。議会の推薦を受けて首相の指名を行なうほか、首相の推薦を受けて閣僚の任命を行なう。
議会は2院制であり、代議院(下院)は定数350議席で4年ごとの直接選挙で選ばれ、元老院(上院)は定数259議席で208議席が選挙によって選ばれ、残り51議席が地方自治体の代表で構成される。2009年現在の与党はスペイン社会労働党で、国民党と共に2大政党制を構成する。その他には、カタルーニャやバスクをはじめ地域政党が存在する。
[編集] 国際関係
1986年のEU加盟以降、EUの一員として他のEU諸国との関係が密接になる一方、旧植民地であったラテンアメリカ諸国との伝統的友好関係も非常に重要となっており、毎年スペイン・ポルトガルとラテンアメリカ諸国の間で持ち回りで開催されるイベロアメリカ首脳会議にも参加しているが、ラテンアメリカにスペイン企業が進出し過ぎていることから一部には、ラテンアメリカに対するレコンキスタ(本来はイスラム教徒に征服された国土の回復運動だが、ここでは文字通り「再征服」)であるという批判もある。また、特に南部アンダルシア地方にイスラム文化の影響が非常に強く残っていることなどもあり、他のEU諸国と比べるとイスラム諸国との友好関係の構築に比較的積極的であるといえる。
[編集] 地方行政区画
詳細はスペインの地方行政区画およびスペインの県を参照。
スペインは、17の自治州から構成される。また、各州は50の県に分かれる。
- アンダルシア州
- アラゴン州
- アストゥリアス州
- バレアレス諸島州
- バスク州
- カナリアス諸島州
- カンタブリア州
- カスティーリャ・ラ・マンチャ州
- カスティーリャ・イ・レオン州
- カタルーニャ州
- エストレマドゥーラ州
- ガリシア州
- ラ・リオハ州
- マドリード州
- ムルシア州
- ナバーラ州
- バレンシア州
また、アフリカ沿岸にも5つの領土がある。セウタとメリリャの諸都市は、都市と地域の中間的な規模の自治権を付与された都市として統治されている。チャファリナス島、ペニョン・デ・アルフチェマス島、ペニョン・デ・ベレス・デ・ラ・ゴメラ島は、スペインが直轄統治している。
[編集] 主要都市
人口の多い上位10都市は次のとおり(2006年1月、スペイン統計局の2007年1月発表のデータによる)。
| 都市 | 州 | 人口 | |
|---|---|---|---|
| 1 | マドリード | マドリード州 | 3,128,600 |
| 2 | バルセロナ | カタルーニャ州 | 1,605,602 |
| 3 | バレンシア | バレンシア州 | 805,304 |
| 4 | セビリア | アンダルシア州 | 704,414 |
| 5 | サラゴサ | アラゴン州 | 649,181 |
| 6 | マラガ | アンダルシア州 | 560,631 |
| 7 | ムルシア | ムルシア州 | 416,996 |
| 8 | ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア | カナリア諸島自治州 | 377,056 |
| 9 | パルマ・デ・マリョルカ | バレアレス諸島自治州 | 375,048 |
| 10 | ビルバオ | バスク州 | 354,145 |
このほかに、歴史上有名な都市としては、サンティアゴ・デ・コンポステーラ、バリャドリード、ブルゴス、コルドバ、グラナダ、トレドなどが挙げられる。
[編集] 地理
[編集] 地形
スペイン本土は高原や山地(ピレネー山脈やシエラネバダ山脈)に覆われている。高地からはいくつかの主要な河川(タホ川、エブロ川、ドゥエロ川、グアディアナ川、グアダルキビール川)が流れている。沖積平野は沿岸部に見られ、最大のものはアンダルシア州のグアダルキビール川の平野である。東部の海岸にも中規模な河川(セグラ川、フカール川、トゥリア川)による平野が見られる。
南部と東部は地中海に面し、バレアレス諸島が東部の海岸沖にある。北と西は大西洋に面し、北部で面している海域はカンタブリア海(ビスケー湾)と呼ばれる。カナリア諸島はアフリカ大陸の大西洋沖にある。
スペインが接する国境の長さは、アンドラ63.7km、フランス623km、ジブラルタル1.2km、ポルトガル1,214km、モロッコ6.3kmである。
[編集] 経済
1960年代以来、「スペインの年」と一部では呼ばれていた1992年頃までの高度成長期が過ぎ去り、低迷していたが、ヨーロッパの経済的な統合と、通貨のユーロへの切替えとともに経済的な発展が急速に進んでいる(2003年現在)。市場為替相場を基とした国内総生産は2008年は世界9位で カナダを超えるがサミットには参加していない。企業は自動車会社のセアトやペガソ、通信関連企業のテレフォニカ、アパレルのザラなどが著名な企業として挙げられる。
しかし、近年の世界金融危機の影響から、スペインも逃れられなかった。失業率は17%に達しており、国民の中には生活のために臓器売買を行う人間が増加しているという[3]。
[編集] 鉱業
スペインの鉱業資源は種類に富む。著名なすべての鉱物が存在するとも言われる。しかしながら、鉱業の歴史が長く、21世紀に至ると採掘量は減少してきた。
有機鉱物資源では、世界の市場占有率の1.4%(2003年時点)を占める亜炭(1228万トン)が有力。品質の高い石炭(975万トン)、原油(32万トン)、天然ガス(22千兆ジュール)も採掘されている。主な炭鉱はアストゥリアス州とカスティーリャ・イ・レオン州にある。石炭の埋蔵量は5億トンであり、スペインで最も有力な鉱物である。
金属鉱物資源では、世界第4位(占有率9.8%)の水銀(150トン)のほか、2.1%の占有率のマグネシウム鉱(2.1万トン)の産出が目立つ。そのほか、金、銀、亜鉛、銅、鉛、わずかながら錫も対象となっている。鉱山はプレート境界に近い南部地中海岸のシエラネバダ山脈とシエラモリナ山脈に集中している。水銀はシエラモリナ山脈が伸びるカスティーリャ地方のシウダー・レアル県に分布する。アルマデン鉱山は2300年以上に渡って、スペインの水銀を支えてきた。鉄は北部バスク地方に分布し、ビルバオが著名である。しかしながらスペイン全体の埋蔵量は600万トンを下回り、枯渇が近い。
その他の鉱物資源では、世界第10位(市場占有率1.5%)のカリ塩、イオウ(同1.1%)、塩(同1.5%)を産出する。
[編集] 軍事
詳細は「スペイン軍」を参照
スペイン軍はスペイン陸軍、スペイン海軍、スペイン空軍、グアルディア・シビルの4つの組織からなる。2001年末に徴兵制が廃止され、志願制に移行した。2007年の時点で総兵力は147,000人、予備役は319,000人である。イージス艦や軽空母、ユーロファイター タイフーン、レオパルド2EA6等最新鋭の兵器を配備している。
[編集] 国民
[編集] 民族
ラテン系を中核とするスペイン人が多数を占める。一方で統一以前の地方意識が根強く、特にカタルーニャ、バスクなどの住人はスペイン人としてのアイデンティティを否定する傾向にあり、ガリシアやカナリア諸島の住民もそれほど強硬ではないが地方民族としての意識を強く抱いている。また一般に「スペイン人」とされる旧カスティーリャ王国圏内の住民の間でも、イスラム文化の浸透程度や前身国家の存在などから、アラゴン、アンダルシアの住人とその他のスペイン人とでは大きな違いがある。
[編集] 民族の一覧
[編集] 言語
スペイン語(標準スペイン語。カスティーリャ語とも呼ばれる)が全国の公用語であり、その他カタルーニャ語、バレンシア語、バスク語、ガリシア語、アラン語が地方公用語になっているほか、アストゥリアス語とアラゴン語もその該当地域の固有言語として認められている。バスク語以外は全てラテン語に由来している、また、ラテンアメリカで話されているスペイン語は、1492年以降スペイン人征服者や入植者が持ち込んだものがその起源である。ラテンアメリカで話されるスペイン語とは若干の違いがあるが、当然相互に意思疎通は問題なく可能である。
ローマ帝国の支配以前にスペインに居住していた人々はケルト系の言語を話しており、ケルト系の遺跡が散在する。現在はケルト系の言葉はすたれている。
北スペインのフランス寄りに、バスク語を話すバスク人が暮らしている。バスク民族の文化や言葉は、他のヨーロッパと共通することがほとんどなく、どこからバスク人がやって来たのかが不思議とされる。このことが、バスク人がスペインからの独立を望む原因となっている。地域の学校ではバスク語が教えられているが、スペイン語との共通点はほとんどなく、学ぶのが困難とされている。
[編集] 言語の一覧
現在、エスノローグはスペイン国内に以下の言語の存在を認めている。
- スペイン語(国家公用語)
- カタルーニャ語(カタルーニャ州)
- バレンシア語(バレンシア州)
- ガリシア語(ガリシア州)
- アストゥリアス語(アストゥリアス州、カスティーリャ・イ・レオン州)
- アラゴン語(アラゴン州)
- エストレマドゥーラ語(エストレマドゥーラ州)
- バスク語(バスク州、ナバーラ州)
[編集] 宗教
カトリックが94%である。イベリア半島では近代に入って多様な宗教の公認とともに、隠れて暮らしていたユダヤ教徒が信仰を取り戻し始めている。戦争時など様々な折にスペインに「帰還」し、祖国のために闘ったセファルディムもいた。残りは、ムスリムなど。
なお、国民の大多数がカトリック教徒であるにも関わらず、近年ではローマ教皇庁が反対している避妊具の使用や同性婚を解禁するなど社会的には政教分離の思想が進んでいる点も特徴である。
[編集] 教育
詳細は「スペインの教育」を参照
2003年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は97.9%であり[4]、これはアルゼンチン(97.2%)やウルグアイ(98%)、キューバ(99.8%)と並んでスペイン語圏最高水準である。
主な高等教育機関としては、サラマンカ大学(1218年)、マドリード・コンプルテンセ大学(1293年)、バリャドリード大学(13世紀)、バルセロナ大学(1450年)、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学(1526年)、デウスト大学(1886年)などが挙げられる。
[編集] 文化
詳細は「スペインの文化」を参照
情熱的で明るい、気さくなスペイン人という印象が強いが、これは南スペインの人々で、北側の人々は違った性格が強い。
数百年の歴史を持つ闘牛は世界中に知られている。南部のアンダルシア地方のジプシー系の人々から発祥したとされるフラメンコという踊りと歌でも有名である。
[編集] 文学
詳細は「スペイン文学」を参照
スペイン文学においては、特に著名な作家として世界初の近代小説と呼ばれる『ラ・マンチャのドン・キホーテ』の著者ミゲル・デ・セルバンテスが挙げられる。セルバンテスに因み、1974年にスペイン語圏の優れた作家に対して贈られるセルバンテス賞が創設された。
[編集] 哲学
「スペイン現代思想」も参照
中世において、イスラーム勢力支配下のアル=アンダルスでは学芸が栄え、イブン=スィーナー(アヴィセンナ)などによるイスラーム哲学が流入し、12世紀のコルドバではアリストテレス派のイブン=ルシュド(アヴェロエス)が活躍した。その他にも中世最大のユダヤ哲学者マイモニデスもコルドバの生まれだった。コルドバにもたらされたイブン=スィーナーやイブン=ルシュドのイスラーム哲学思想は、キリスト教徒の留学生によってアラビア語からラテン語に翻訳され、彼等によってもたらされたアリストテレス哲学はスコラ学に大きな影響を与えた。
20世紀の哲学者としては、キルケゴールに影響を受けた実存主義者ミゲル・デ・ウナムーノや、『大衆の反逆』のホセ・オルテガ・イ・ガセットの名が挙げられる。
[編集] 食文化
詳細は「スペイン料理」を参照
スペインでは日本と異なる時間帯に食事を摂り、一日に5回食事をすることで有名。
- デサユノ(Desayuno):朝食。起きがけに摂る食事。パンなどを食べる。
- メリエンダ・メディア・マニャーナ(Merienda media Mañana):朝の軽食。午前11時頃、サンドイッチ、タパス(おつまみ)などを食べる。
- アルムエルソ(Almuerzo):昼食。一日のメインの食事で、午後2時頃、フルコースを食べる。
- メリエンダ(Merienda):夕方の軽食。午後6時頃、タパス、おやつなどを食べる。
- セナ(Cena):夕食。午後9時頃、スープ、サラダなどを食べる。
[編集] アルコール類
- スペイン・ワイン - イタリア、フランスに並ぶワインの産地。
- カバ(Cava) - シャンパーニュ地方産ではないのでシャンパンとは呼べないが、シャンパンと同じ製法で作られる発泡ワインである。主にカタルーニャ地方で造られている。
- シェリー酒 - シェリーは英名。スペイン名「ヘレス」。アンダルシア地方のヘレス・デ・ラ・フロンテーラ原産。
- サングリア - 赤ワインを基にしたカクテル。
[編集] スペイン料理
[編集] 世界遺産
スペイン国内には、ユネスコの世界遺産一覧に登録された文化遺産が34件、自然遺産が2件、複合遺産が1件ある。さらにフランスとにまたがって1件の複合遺産が登録されている。詳細は、スペインの世界遺産を参照。
[編集] 祝祭日
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | Año Nuevo | |
| 移動祝祭日 | 聖金曜日 | Viernes Santo | 復活祭の2日前の金曜日 |
| 5月1日 | メーデー | Día del Trabajador | |
| 8月15日 | 聖母被昇天の日 | Asunción | |
| 10月12日 | エスパーニャの祝日 | Día de la Hispanidad または Fiesta Nacional de España | |
| 11月1日 | 諸聖人の日 | Todos los Santos | |
| 12月6日 | 憲法記念日 | Día de la Constitución | |
| 12月8日 | 無原罪の聖母の日 | Inmaculada Concepción | |
| 12月25日 | クリスマス | Navidad del Señor |
[編集] スポーツ
詳細は「スペインのスポーツ」を参照
サッカーが最も盛んである。スペイン代表はFIFAワールドカップに11回の出場を果たしている。1998年のフランス大会予選のときに「無敵艦隊」と呼ばれ、以後そのように呼ばれる事もある。しかし最高成績は1950年のブラジル大会の4位であり、決勝に進出したことはない。一方欧州選手権では2度の優勝を経験している。
また、国内のリーグ戦であるリーガ・エスパニョーラは、世界各国の有力選手が集結しイングランドやイタリアのリーグと並んで注目を集めている。特にFCバルセロナ対レアル・マドリードの対戦カードはエル・クラシコと呼ばれ、スペイン国内では視聴率50%を記録、全世界で約三億人が生放送で視聴するとも言われる。
加えて、近年はモータースポーツも人気を博しておりサッカーに次ぐ盛況ぶりである。ロードレース世界選手権(MotoGP)の視聴率は40%を超えることもしばしば。世界ラリー選手権ではカルロス・サインツがスペイン人初のワールドチャンピオンに輝いた。フォーミュラ1(F1)ではフェルナンド・アロンソが当時F1史上最年少世界王者に輝き、スペインのスポーツ選手人気ランキングでサッカー選手のラウル・ゴンサレス(レアル・マドリード)を押さえ1位になるなど、その人気は過熱している。
自転車ロードレースも伝統的に盛んで、ツール・ド・フランス史上初の総合5連覇を達成したミゲル・インデュラインをはじめ、フェデリコ・バーモンテス、ルイス・オカーニャ、ペドロ・デルガド、オスカル・ペレイロ、アルベルト・コンタドール、カルロス・サストレといった歴代ツール・ド・フランス総合優勝者を筆頭に(2006年、2007年、2008年と3年連続でスペイン人による総合優勝)、名選手を数多く輩出している。また、例年8月末から9月中旬まで開催されるブエルタ・ア・エスパーニャはツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアとともに、グランツール(三大ツール)と呼ばれる自転車競技の最高峰的存在である。
またテニスの水準も高く、近年注目度の高いラファエル・ナダルをはじめフアン・カルロス・フェレーロ、カルロス・モヤといった世界1位になったことのある選手等数多くの名選手を輩出し、男子の国別対抗戦であるデビスカップでも毎年好成績を収めている。
さらに、バスケットボールもスペイン代表が2006年に世界選手権を制覇し注目を集めている。NBAで活躍する選手も2001-2002ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞したパウ・ガソルやホセ・カルデロン、セルヒオ・ロドリゲスらがいる。
近年ではシンクロナイズドスイミングにおいて独特の表現力で世界的に注目を集めている。
[編集] 脚註
- ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1])
- ^ エドゥアルド・ガレアーノ『収奪された大地 ラテンアメリカ五百年』大久保光夫訳 新評論 1986
- ^ 不況の余波はここまで…スペインで自分の臓器を売りに出す人が続出 livedoor ニュース - 2009年5月14日
- ^ https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/geos/rq.html 2009年3月30日閲覧
[編集] 参考文献
- 田沢耕『物語カタルーニャの歴史 知られざる地中海帝国の興亡』中央公論社(中公新書) 2000/12 (ISBN 978-4-12-101564-8)
- 岩根圀和 『物語スペインの歴史 海洋帝国の黄金時代』中央公論社(中公新書) 2002/02 (ISBN 978-4-12-101635-5)
- 野々山真輝帆『スペインを知るための60章』明石書店 2002/10(ISBN 4-7503-1638-5)
- 渡部哲郎 『バスクとバスク人』平凡社(平凡社新書) 2004/04
- エドゥアルド・ガレアーノ『収奪された大地 ラテンアメリカ五百年』大久保光夫訳 新評論 1986
[編集] 関連項目
- スペイン人の一覧
- スペイン関係記事の一覧
- スペイン映画
- スペインによるアメリカ大陸の植民地化
- ナチズム
- スペインに関する著書が多い作家・文化人
[編集] 外部リンク
政府
- スペイン政府 (スペイン語)(英語)
- スペイン王室 (スペイン語)(英語)
- スペイン大使館経済商務部 (日本語)
日本政府
- 日本外務省 - スペイン (日本語)
- 在スペイン日本国大使館 (日本語)
観光
その他
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