ラファエル・ナダル
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ラファエル・ナダル |
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|---|---|---|
| 基本情報 | ||
| ラテン文字名 | Rafael Nadal | |
| フルネーム | Rafael Nadal Parera | |
| 愛称 | ラファ (Rafa) | |
| 国籍 | ||
| 出身地 | 同・マヨルカ島 | |
| 生年月日 | 1986年6月3日(23歳) | |
| 身長 | 185cm | |
| 体重 | 85kg | |
| 利き手 | 左 | |
| バックハンド | 両手打ち | |
| ツアー経歴 | ||
| デビュー年 | 2001年 | |
| ツアー通算 | 36勝 | |
| シングルス | 32勝 | |
| ダブルス | 4勝 | |
| 4大大会最高成績・シングルス | ||
| 全豪 | 優勝(2009) | |
| 全仏 | 優勝(2005-2008) | |
| 全英 | 優勝(2008) | |
| 全米 | ベスト4(2008) | |
| 優勝回数 | 6(豪1・仏4・英1) | |
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||
| 全豪 | 3回戦(2004・05) | |
| 全仏 | 出場なし | |
| 全英 | 2回戦(2005) | |
| 全米 | ベスト4(2004) | |
| キャリア自己最高ランキング | ||
| シングルス | 1位 | |
| ダブルス | 26位 | |
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 テニス | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 2008 | 男子 シングルス |
ラファエル・ナダル(Rafael Nadal Parera, 1986年6月3日 - )は、スペイン・マヨルカ島出身の男子プロテニス選手。2005年から2008年の全仏オープン男子シングルスで大会4連覇を達成し、2008年北京五輪の男子シングルス金メダルも獲得した。左利き(本来は右利きであるが、幼少時に助言を受け左打ちに矯正した)。身長185cm、体重85kg。長髪にヘアバンド、ノースリーブのシャツ、膝下パンツがトレードマーク。
目次 |
[編集] 経歴
彼の叔父はサッカー元スペイン代表DF(ディフェンダー)のミゲル・アンヘル・ナダルであり、ラファエルも12歳まではサッカーで有望選手だったという。その後テニスを職業に選び、2001年に15歳でプロ入りした。ジュニア時代のナダルはリシャール・ガスケ(フランス)とライバル関係にあった。2004年の全米オープンで、同じスペインのトミー・ロブレドと組んで男子ダブルス準決勝に進出したことがある。
ナダルは2005年シーズンに急成長を始めた。シーズン序盤、中南米のクレーコートの大会でいくつかの勝利を収め、全仏オープンの前哨戦となるモンテカルロ、ローマでも優勝。年頭には50位だったATPランキングも、全仏オープン開始前には5位まで上昇した。全仏オープンでは、準決勝で世界1位のロジャー・フェデラーを破り、決勝ではアルゼンチンの伏兵マリアノ・プエルタに競り勝って、「19歳2日」の若さで初優勝を達成。全仏オープンでの初出場・初優勝は1982年のマッツ・ビランデル以来となり、大会でも4番目の年少記録だった。10代の男子テニス選手が4大大会で優勝したことも、1990年の全米オープンに「19歳28日」で優勝したピート・サンプラス以来15年ぶりの快挙であった。
その後の4大大会では不本意な早期敗退に終わり、ウィンブルドンは2回戦でギレス・ミュラー(ルクセンブルク)、全米オープンは3回戦でジェームズ・ブレーク(アメリカ)に敗れている。しかし2005年度はATPツアーで年間11勝を挙げ、そのうち「ATPマスターズシリーズ」(男子テニスツアーで、4大大会に次ぐ大規模なトーナメント群。年間9大会を指定)では、モンテカルロ、ローマ、カナダ、マドリードの4大会で優勝した。
2006年のシーズンでも、ナダルはATPツアー大会の決勝戦でフェデラーに4連勝を記録した。同年5月、第7回「ローレウス・スポーツ賞」の「最優秀新人賞」を受賞。2006年にはクレーコートで、アルゼンチンのギレルモ・ビラスが持っていた「53連勝」の記録を更新する。全仏オープン決勝戦ではフェデラーに 1-6, 6-1, 6-4, 7-6 で勝ち、大会2連覇を達成。クレーコートでの連勝記録を「60連勝」に伸ばし、それまで4大大会シングルス決勝戦で負けたことがなかったフェデラーに、初めての黒星をつけた。同年のウィンブルドンでも初めて決勝に勝ち上がったが、全仏に続く2大会連続の決勝対決となったフェデラーに 0-6, 6-7, 7-6, 3-6 で敗れた。(大会4連覇を達成したフェデラーは、試合終了後「芝では負けられなかった」と話した。)全米オープンでは振るわず、準々決勝でロシアのミハイル・ユーズニーに 3-6, 7-5, 6-7, 1-6 で敗れた。
2007年全豪オープンでは、ナダルは準々決勝でチリのフェルナンド・ゴンザレスに完敗している。2007年5月20日、ナダルはATPマスターズシリーズの「ハンブルク・マスターズ」決勝でフェデラーに6-2, 2-6, 0-6で敗れ、2005年4月から続いていたクレーコートの連勝記録が「81連勝」でストップした。(これはフェデラーにとって、対ナダル戦のクレーコート初勝利であった。)この記録は、ジョン・マッケンローが室内カーペットコートでマークした単一コートでの連勝記録「75連勝」を更新するものであった。直後の全仏オープンでは決勝でフェデラーを6-3, 4-6, 6-3, 6-4で下し、大会3連覇を達成する。ウィンブルドンでは3回戦で相次ぐ降雨順延・中断に悩まされるなど、ハードなスケジュールの中で決勝に勝ち進む。フェデラーとの2年連続の決勝対決では 6-7, 6-4, 6-7, 6-2, 2-6 でまたも敗れたが、芝においても王者に肉薄しつつあることを十分に示す激闘だった。
2008年全豪オープンでは、初進出の準決勝で世界ランキング38位のジョー・ウィルフリード・ツォンガ(フランス)に 2-6, 3-6, 2-6 のストレートで敗れた。全仏オープンでは、決勝でフェデラーを 6-1, 6-3, 6-0 のストレートで下し、全仏ではビョルン・ボルグ選手以来2人目の4連覇を達成、全仏初出場から28連勝とした。ボルグは1978年-1981年にかけて全仏4連覇を達成したため、ナダルは27年ぶりの偉業を射止めたことになる。
全仏オープン終了後、6月のイギリス「クイーンズ・クラブ選手権」において芝生コートでの初優勝を果たす。その勢いに乗り、ウィンブルドンで、5連覇中のフェデラーとの「4時間48分」に及ぶウィンブルドン決勝史上最長の試合を 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7 で制し、初制覇を成し遂げた。スペイン勢のウィンブルドン制覇は1966年のマニュエル・サンタナ以来2人目で、同一年での全仏オープンとウィンブルドン選手権連続制覇は1980年のビョルン・ボルグ以来28年ぶりである。優勝を決めた自身のサービスゲームでは、フェデラーのバックを狙ったサービスや、それまで1度も使わなかったサーブ&ボレーなどの奇襲を駆使し、優勝を手にした。
ウィンブルドン優勝の後、ナダルは北京五輪で男子シングルスの金メダルを獲得し、決勝でチリ代表のフェルナンド・ゴンザレスを 6-3, 7-6, 6-3 のストレートで圧倒した。これまでオリンピックテニス競技でスペイン人選手の金メダル獲得はなかったが、ナダルが最初のスペイン人金メダリストに輝いた。8月18日、ナダルは初めて世界ランキング1位の座につき、フェデラーが保持してきた世界ランキング1位連続保持の世界最長記録を「237週」で止めた。左利きの選手としては、ジミー・コナーズ、ジョン・マッケンロー、トーマス・ムスター、マルセロ・リオスに続く歴代5人目の世界ランキング1位である。スペイン男子選手としてはカルロス・モヤ、フアン・カルロス・フェレーロに続いて史上3人目となる。全米オープンでは初めて第1シードに選ばれたが、準決勝でアンディ・マレー(イギリス)に 2-6, 6-7, 6-4, 4-6 で敗れ、初の決勝進出を逃した。
2009年の全豪オープンでは、準決勝でフェルナンド・ベルダスコ(同じスペインの選手)、決勝のフェデラー戦と2試合連続で長い5セット・マッチを乗り切り、ハードコート・グランドスラムで初優勝を飾った。スペイン人選手による全豪オープン優勝は史上初である。ところが、全仏オープンでは4回戦でロビン・ソデルリング(スウェーデン)に 2-6, 7-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2005年に初出場してからの連勝記録が31で途切れた。この後、彼が両膝を痛めていたことが明らかになる。6月19日、ナダルは大会前年度優勝者として出場する予定だったウィンブルドンの出場断念を表明した。
2003年5月28日にマヨルカ天文台で発見された小惑星が、この島の出身者であるナダルにちなんで「ラファエル・ナダル (小惑星)」 (128036 Rafaelnadal) と名づけられたこともよく知られている。
現在、全豪・全仏・ウィンブルドンと3つの違うサーフェスの4大大会で優勝しており、これは、ビランデル、コナーズ、アンドレ・アガシ、フェデラー、そしてナダルの5人だけが達成している偉業であり、キャリア・グランドスラムの達成に注目があつまっている。
[編集] プレースタイル
左腕から繰り出す強烈なフォアハンドのトップスピンショットと広いコートカバーリングでラリーを支配する稀代のベースラインプレイヤー。アンフォースト・エラーの少なさ、優れた身体能力を武器としており、特にクレーコートに強さを見せる。
バウンドが高く球足が遅いクレーコートは、ナダルの強烈なトップスピンや俊敏なフットワークが最大限に活かされる場である。圧倒的な強さを誇り、全仏オープンをデビューから無敗のまま4連覇した実績がそれを証明している。クレーコートでの試合ではベースラインよりかなり後方で構え、スライドを生かした堅いディフェンスと鋭いカウンターで試合を支配する。
スイングスピードが極めて速く、フォアハンド・ストロークの威力と正確性は世界最高クラスである。フォアハンドで回り込み、逆クロスに打つショットは彼の大きな武器の1つである。高い回転量を誇るトップスピンを生かして厳しいアングルをベースラインの後ろから狙い、エースを取ることができる。フラット系のバックハンド・ストロークもスピードがあり、追い込まれた状態から放つランニング・ショットも得意としている。
サーブは球速こそ190km/h前後であるが、回転が掛かっていて非常に重く、曲がるため、対戦相手は攻勢に出ることが難しい。特にワイドに逃げていくスライスサーブは、急激な変化により対戦相手をコートから追い出すこともある。ボレーの技術も以前に比べて向上し、ハードヒットの合間に放たれるドロップショットも相手にとっては脅威である。
ネットに出てきた相手に対して放つパッシング・ショットは、強烈な回転で激しく上下動する。ボレーヤーが届かないアングルへのパッシング・ショットは強いトップスピンがあってこその武器である。不可能とも思える体勢から逆襲するカウンターもナダルの持ち味の一つである。相手からすれば決まったと思えるショットにも、鋭い読みと反応・足の速さで追いつき、返球できる。
メンタル面も優れており、ロジャー・フェデラーが常に冷静に淡々と事を運ぶタイプであるのに対して、ナダルは声を荒げてショットを放ち、派手なガッツポーズをするなど自らを鼓舞して能力を引き出すタイプである。またその豪快なイメージとは裏腹に、ペットボトルのラベルの向きを気にしたり、サーブに入る前の動作など、神経質ともいえる彼独特の一連のルーティーンをこなしている。しかし、その野生的なプレースタイルの代償としてケガが非常に多い選手でもある。
[編集] 4大大会優勝
| 年 | 大会 | 対戦相手 | 試合結果 |
|---|---|---|---|
| 2005年 | 全仏オープン | 6-7, 6-3, 6-1, 7-5 | |
| 2006年 | 全仏オープン | 1-6, 6-1, 6-4, 7-6 | |
| 2007年 | 全仏オープン | 6-3, 4-6, 6-3, 6-4 | |
| 2008年 | 全仏オープン | 6-1, 6-3, 6-0 | |
| 2008年 | ウィンブルドン | 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7 | |
| 2009年 | 全豪オープン | 7-5, 3-6, 7-6, 3-6, 6-2 |
[編集] 外部リンク
- ラファエル・ナダル - ATPツアーのプロフィール(英語)
- ラファエル・ナダル - デビスカップのプロフィール(英語)
- ラファエル・ナダル公式ホームページ
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