ラファエル・ナダル・パレラ(Rafael Nadal Parera, 1986年6月3日 - )は、スペイン・マヨルカ島出身の男子プロテニス選手。2005年から2008年の全仏オープン男子シングルスで大会4連覇を達成し、2008年北京五輪の男子シングルス金メダルも獲得した。さらに、2010年キャリア・グランドスラムを達成している。左利き(本来は右利きであるが、幼少時に助言を受け左打ちに矯正した)。これまでにATPツアーでシングルス46勝、ダブルス7勝を挙げる。身長185cm、体重85kg。
[編集] 来歴
[編集] プロ転向-2004年
彼の叔父はサッカー元スペイン代表DF(ディフェンダー)のミゲル・アンヘル・ナダルであり、ラファエルも12歳まではサッカーで有望選手だったという。もう一人の叔父であるトニー・ナダル(英語版)が子供のころから一貫してコーチを務めている。その後テニスを職業に選び、2001年に15歳でプロ入りした。2004年8月のソポト大会でシングルス初優勝を飾り、アテネ五輪にカルロス・モヤとのダブルスで出場している。全米オープンで、同じスペインのトミー・ロブレドと組んで男子ダブルス準決勝に進出したことがある。12月のアメリカとのデビスカップ決勝にも起用され、アンディ・ロディックを 6-7(6), 6-2, 7-6(6), 6-2 で破りスペインの優勝に貢献した[1]。
[編集] 2005年
ナダルは2005年シーズンに急成長を始めた。シーズン序盤、中南米のクレーコートの大会でいくつかの勝利を収め、全仏オープンの前哨戦となるモンテカルロ、ローマでも優勝。年頭には50位だったATPランキングも、全仏オープン開始前には5位まで上昇した。全仏オープンでは、準決勝で世界1位のロジャー・フェデラーを破り、決勝ではアルゼンチンの伏兵マリアノ・プエルタに競り勝って、「19歳2日」の若さで初優勝を達成。全仏オープンでの初出場・初優勝は1982年のマッツ・ビランデル以来となり、大会でも4番目の年少記録だった。10代の男子テニス選手が4大大会で優勝したことも、1990年の全米オープンに「19歳28日」で優勝したピート・サンプラス以来15年ぶりの快挙であった。
その後の4大大会では不本意な早期敗退に終わり、ウィンブルドンは2回戦でジレ・ミュラー(ルクセンブルク)、全米オープンは3回戦でジェームズ・ブレーク(アメリカ)に敗れている。しかし2005年度はATPツアーで年間11勝を挙げ、そのうち「ATPマスターズシリーズ」(男子テニスツアーで、4大大会に次ぐ大規模なトーナメント群。年間9大会を指定)では、モンテカルロ、ローマ、カナダ、マドリードの4大会で優勝した。
[編集] 2006年
2006年のシーズンでも、ナダルはATPツアー大会の決勝戦でフェデラーに4連勝を記録した。同年5月、第7回「ローレウス・スポーツ賞」の「最優秀新人賞」を受賞。2006年にはクレーコートで、アルゼンチンのギリェルモ・ビラスが持っていた「53連勝」の記録を更新する。全仏オープン決勝戦ではフェデラーに 1-6, 6-1, 6-4, 7-6 で勝ち、大会2連覇を達成。クレーコートでの連勝記録を「60連勝」に伸ばし、それまで4大大会シングルス決勝戦で負けたことがなかったフェデラーに、初めての黒星をつけた。同年のウィンブルドンでも初めて決勝に勝ち上がったが、全仏に続く2大会連続の決勝対決となったフェデラーに 0-6, 6-7, 7-6, 3-6 で敗れた。(大会4連覇を達成したフェデラーは、試合終了後「芝では負けられなかった」と話した。)全米オープンでは振るわず、準々決勝でロシアのミハイル・ユージニーに 3-6, 7-5, 6-7, 1-6 で敗れた。
[編集] 2007年
2007年全豪オープンでは、ナダルは準々決勝でチリのフェルナンド・ゴンサレスに完敗している。2007年5月20日、ナダルはATPマスターズシリーズの「ハンブルク・マスターズ」決勝でフェデラーに6-2, 2-6, 0-6で敗れ、2005年4月から続いていたクレーコートの連勝記録が「81連勝」でストップした。(これはフェデラーにとって、対ナダル戦のクレーコート初勝利であった。)この記録は、ジョン・マッケンローが室内カーペットコートでマークした単一コートでの連勝記録「75連勝」を更新するものであった。直後の全仏オープンでは決勝でフェデラーを6-3, 4-6, 6-3, 6-4で下し、大会3連覇を達成する。ウィンブルドンでは3回戦で相次ぐ降雨順延・中断に悩まされるなど、ハードなスケジュールの中で決勝に勝ち進む。フェデラーとの2年連続の決勝対決では 6-7, 6-4, 6-7, 6-2, 2-6 でまたも敗れたが、芝においても王者に肉薄しつつあることを十分に示す激闘だった。
[編集] 2008年
2008年全豪オープンでは、初進出の準決勝で世界ランキング38位のジョー=ウィルフリード・ツォンガ(フランス)に 2-6, 3-6, 2-6 のストレートで敗れた。全仏オープンでは、決勝でフェデラーを 6-1, 6-3, 6-0 のストレートで下し、全仏ではビョルン・ボルグ選手以来2人目の4連覇を達成、全仏初出場から28連勝とした。ボルグは1978年-1981年にかけて全仏4連覇を達成したため、ナダルは27年ぶりの偉業を射止めたことになる。
全仏オープン終了後、6月のイギリス「クイーンズ・クラブ選手権」において芝生コートでの初優勝を果たす。その勢いに乗り、ウィンブルドンで、5連覇中のフェデラーとの「4時間48分」に及ぶウィンブルドン決勝史上最長の試合を 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7 で制し、初制覇を成し遂げた。スペイン勢のウィンブルドン制覇は1966年のマニュエル・サンタナ以来2人目で、同一年での全仏オープンとウィンブルドン選手権連続制覇は1980年のビョルン・ボルグ以来28年ぶりである。優勝を決めた自身のサービスゲームでは、フェデラーのバックを狙ったサービスや、それまで1度も使わなかったサーブ&ボレーなどの奇襲を駆使し、優勝を手にした。
ウィンブルドン優勝の後、ナダルは北京五輪で男子シングルスの金メダルを獲得し、決勝でチリ代表のフェルナンド・ゴンサレスを 6-3, 7-6, 6-3 のストレートで圧倒した。これまでオリンピックテニス競技でスペイン人選手の金メダル獲得はなかったが、ナダルが最初のスペイン人金メダリストに輝いた。8月18日、ナダルは初めて世界ランキング1位の座につき、フェデラーが保持してきた世界ランキング1位連続保持の世界最長記録を「237週」で止めた。左利きの選手としては、ジミー・コナーズ、ジョン・マッケンロー、トーマス・ムスター、マルセロ・リオスに続く歴代5人目の世界ランキング1位である。スペイン男子選手としてはカルロス・モヤ、フアン・カルロス・フェレーロに続いて史上3人目となる。全米オープンでは初めて第1シードに選ばれたが、準決勝でアンディ・マレー(イギリス)に 2-6, 6-7, 6-4, 4-6 で敗れ、初の決勝進出を逃した。
[編集] 2009年
2009年の全豪オープンでは、準決勝でフェルナンド・ベルダスコ(同じスペインの選手)、決勝のフェデラー戦と2試合連続で長い5セット・マッチを乗り切り、ハードコート・グランドスラムで初優勝を飾った。スペイン人選手による全豪オープン優勝は史上初である。ところが、全仏オープンでは4回戦でロビン・セーデリング(スウェーデン)に 2-6, 7-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2005年に初出場してからの連勝記録が31で途切れた。この後、彼が両膝を痛めていたことが明らかになる。6月19日、ナダルは大会前年度優勝者として出場する予定だったウィンブルドンの出場断念を表明した。
その後のロジャーズ・マスターズにて第2シードで復帰を果たしたものの、第6シードのフアン・マルティン・デル・ポトロにストレートで敗れた。これにより、2009年8月17日付けのランキングでは2005年7月18日以来、およそ4年1ヶ月ぶりに3位に後退することとなった。翌週に開催されたWSファイナンシャル・グループ・マスターズでも準決勝でノバク・ジョコビッチに圧倒され敗退。 全米オープンでは、準決勝で再びフアン・マルティン・デル・ポトロに 2-6, 2-6, 2-6 のストレートで敗れた。
[編集] 2010年
2010年、前年優勝者として挑んだ全豪オープンでは、準々決勝でアンディ・マレーを相手にサードセット途中棄権という結果に終り、その後慢性化している膝の怪我で二ヵ月の休養を余儀なくされた。怪我明けのBNPパリバ・オープンとソニー・エリクソン・オープンでは準決勝で敗退したが、クレーコートシーズンに入ると、ATPワールドツアー・マスターズ1000のモンテカルロ・マスターズ、BNLイタリア国際、マドリード・マスターズのクレーコートマスターズを3大会連続優勝を果たし、マドリードの決勝戦ではロジャー・フェデラーを 6-4, 7-6 で下し、膝の怪我から復活しつつあることを印象付けた。クレーコートマスターズの3大会を同年に全て制覇したのはナダルが史上初である。
また、この年の全仏において、全試合ストレート勝ちを達成した。これは全仏男子テニス史上5度目(ボルグ2度・ナスターゼ1度・ナダル2度)の快挙である。
さらにウィンブルドンでも決勝に進出し、準々決勝でフェデラー、準決勝でジョコビッチを破ったトマーシュ・ベルディハを6-3, 7-5, 6-4で破って2年ぶり2度目の優勝。また全仏とウィンブルドンの同一年制覇も自身2度目である。
全米オープンでは、決勝でノバク・ジョコビッチ を6-4, 5-7, 6-4, 6-2で破り、悲願の全米初タイトルを手に入れた。これにより、グランドスラム年間3勝目をあげるとともに男子7人目のキャリア・グランドスラムを達成した。これは、グランドスラムのオープン化以降3人目で最年少の記録である。
2010年10月の楽天ジャパン・オープンで初来日し、準決勝でビクトル・トロイツキ(セルビア)にマッチポイントを握られながらも、7-6, 4-6, 7-6 で制した。決勝ではガエル・モンフィス(フランス)に、6-1, 7-5 で快勝して初来日を優勝で飾った。最終戦のATPワールドツアー・ファイナルで初めて決勝に進出したが、フェデラーに 3-6, 6-3, 1-6 で敗れた。
[編集] 2011年
4大大会4連続優勝を目指した1月の全豪オープンでは準々決勝でダビド・フェレールに、4-6, 2-6, 3-6 で敗れた。3月のインディアンウェルズ・マスターズとマイアミ・マスターズでは決勝でノバク・ジョコビッチに敗れ準優勝となった。4月のモンテカルロ・マスターズではダビド・フェレールを 6–4, 7–5 で破り、オープン化以降では史上初となる同一大会7連覇を達成した。5月のマドリード・マスターズ、ローマ・マスターズでも決勝に進み、史上初めてATPワールドツアー・マスターズ10005大会連続決勝進出と記録は作ったが、またしてもノバク・ジョコビッチに敗れた。
全仏オープンでは、決勝でロジャー・フェデラーを7-5, 7-6(3), 5-7, 6-1で破り、全仏ではビョルン・ボルグに並ぶ6回目の優勝を飾った。
ウィンブルドンでは、決勝でノバク・ジョコビッチに4–6, 1–6, 6–1, 3–6で敗れ、大会2連覇は成らなかった。全米オープンでもジョコビッチに 2–6, 4–6, 7–6(3), 1–6 で敗れ、2011年のジョコビッチ戦に6戦全敗となってしまった。 ジャパン・オープンで2年連続来日したが、決勝でアンディ・マレーに 6–3, 2–6, 0–6 で敗れ連覇を逃した。
[編集] エピソード
[編集] ATPツアー決勝進出結果
[編集] シングルス: 67回 (46勝21敗)
|
|
| サーフェス別タイトル |
| ハード (11-14) |
| クレー (32-4) |
| 芝 (3-3) |
| カーペット (0-0) |
|
| 結果 |
No. |
決勝日 |
大会 |
サーフェス |
対戦相手 |
スコア |
| 準優勝 |
1. |
2004年1月18日 |
オークランド |
ハード |
ドミニク・フルバティ |
6–4, 2–6, 5–7 |
| 優勝 |
1. |
2004年8月15日 |
ソポト |
クレー |
ホセ・アカスソ |
6–3, 6–4 |
| 優勝 |
2. |
2005年2月20日 |
コスタ・ド・サイペ |
クレー |
アルベルト・マルティン |
6–0, 6–7(2–7), 6–1 |
| 優勝 |
3. |
2005年2月27日 |
アカプルコ |
クレー |
アルベルト・モンタニェス |
6–1, 6–0 |
| 準優勝 |
2. |
2005年4月3日 |
マイアミ |
ハード |
ロジャー・フェデラー |
6–2, 7–6(7–4), 6–7(5–7), 3–6, 1–6 |
| 優勝 |
4. |
2005年4月17日 |
モンテカルロ |
クレー |
ギリェルモ・コリア |
6–3, 6–1, 0–6, 7–5 |
| 優勝 |
5. |
2005年4月24日 |
バルセロナ |
クレー |
フアン・カルロス・フェレーロ |
6–1, 7–6(7–4), 6–3 |
| 優勝 |
6. |
2005年5月8日 |
ローマ |
クレー |
ギリェルモ・コリア |
6–4, 3–6, 6–3, 4–6, 7–6(8–6) |
| 優勝 |
7. |
2005年6月5日 |
全仏オープン |
クレー |
マリアノ・プエルタ |
6–7(6–8), 6–3, 6–1, 7–5 |
| 優勝 |
8. |
2005年7月10日 |
ボースタード |
クレー |
トマーシュ・ベルディハ |
2–6, 6–2, 6–4 |
| 優勝 |
9. |
2005年7月24日 |
シュトゥットガルト |
クレー |
ガストン・ガウディオ |
6–3, 6–3, 6–4 |
| 優勝 |
10. |
2005年8月14日 |
モントリオール |
ハード |
アンドレ・アガシ |
6–3, 4–6, 6–2 |
| 優勝 |
11. |
2005年9月18日 |
北京 |
ハード |
ギリェルモ・コリア |
5–7, 6–1, 6–2 |
| 優勝 |
12. |
2005年10月23日 |
マドリード |
ハード (室内) |
イワン・リュビチッチ |
3–6, 2–6, 6–3, 6–4, 7–6(7–3) |
| 優勝 |
13. |
2006年3月4日 |
ドバイ |
ハード |
ロジャー・フェデラー |
2–6, 6–4, 6–4 |
| 優勝 |
14. |
2006年4月23日 |
モンテカルロ |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–2, 6–7(2–7), 6–3, 7–6(7–5) |
| 優勝 |
15. |
2006年4月30日 |
バルセロナ |
クレー |
トミー・ロブレド |
6–4, 6–4, 6–0 |
| 優勝 |
16. |
2006年5月14日 |
ローマ |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–7(0–7), 7–6(7–5), 6–4, 2–6, 7–6(7–5) |
| 優勝 |
17. |
2006年7月11日 |
全仏オープン |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
1–6, 6–1, 6–4, 7–6(7–4) |
| 準優勝 |
3. |
2006年7月9日 |
ウィンブルドン |
芝 |
ロジャー・フェデラー |
0–6, 6–7(5–7), 7–6(7–2), 3–6 |
| 優勝 |
18. |
2007年3月18日 |
インディアンウェルズ |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
6–2, 7–5 |
| 優勝 |
19. |
2007年4月22日 |
モンテカルロ |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–4, 6–4 |
| 優勝 |
20. |
2007年4月29日 |
バルセロナ |
クレー |
ギリェルモ・カナス |
6–3, 6–4 |
| 優勝 |
21. |
2007年5月13日 |
ローマ |
クレー |
フェルナンド・ゴンサレス |
6–2, 6–2 |
| 準優勝 |
4. |
2007年5月20日 |
ハンブルク |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–2, 2–6, 0–6 |
| 優勝 |
22. |
2007年6月10日 |
全仏オープン |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–3, 4–6, 6–3, 6–4 |
| 準優勝 |
5. |
2007年7月8日 |
ウィンブルドン |
芝 |
ロジャー・フェデラー |
6–7(7–9), 6–4, 6–7(3–7), 6–2, 2–6 |
| 優勝 |
23. |
2007年7月22日 |
シュトゥットガルト |
クレー |
スタニスラス・ワウリンカ |
6–4, 7–5 |
| 準優勝 |
6. |
2007年11月4日 |
パリ |
ハード (室内) |
ダビド・ナルバンディアン |
4–6, 0–6 |
| 準優勝 |
7. |
2008年1月6日 |
チェンナイ |
ハード |
ミハイル・ユージニー |
0–6, 1–6 |
| 準優勝 |
8. |
2008年4月6日 |
マイアミ |
ハード |
ニコライ・ダビデンコ |
4–6, 2–6 |
| 優勝 |
24. |
2008年4月27日 |
モンテカルロ |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
7–5, 7–5 |
| 優勝 |
25. |
2008年5月4日 |
バルセロナ |
クレー |
ダビド・フェレール |
6–1, 4–6, 6–1 |
| 優勝 |
26. |
2008年5月18日 |
ハンブルク |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
7–5, 6–7(3–7), 6–3 |
| 優勝 |
27. |
2008年6月8日 |
全仏オープン |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–1, 6–3, 6–0 |
| 優勝 |
28. |
2008年6月15日 |
ロンドン |
芝 |
ノバク・ジョコビッチ |
7–6(8–6), 7–5 |
| 優勝 |
29. |
2008年7月6日 |
ウィンブルドン |
芝 |
ロジャー・フェデラー |
6–4, 6–4, 6–7(5–7), 6–7(8–10), 9–7 |
| 優勝 |
30. |
2008年7月27日 |
トロント |
ハード |
ニコラス・キーファー |
6–3, 6–2 |
| 優勝 |
31. |
2008年8月17日 |
北京五輪 |
ハード |
フェルナンド・ゴンサレス |
6–3, 7–6(7–2), 6–3 |
| 優勝 |
32. |
2009年2月1日 |
全豪オープン |
ハード |
ロジャー・フェデラー |
7–5, 3–6, 7–6(7–3), 3–6, 6–2 |
| 準優勝 |
9. |
2009年2月15日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
アンディ・マレー |
3–6, 6–4, 0–6 |
| 優勝 |
33. |
2009年3月22日 |
インディアンウェルズ |
ハード |
アンディ・マレー |
6–1, 6–2 |
| 優勝 |
34. |
2009年4月19日 |
モンテカルロ |
クレー |
ノバク・ジョコビッチ |
6–3, 2–6, 6–1 |
| 優勝 |
35. |
2009年4月26日 |
バルセロナ |
クレー |
ダビド・フェレール |
6–2, 7–5 |
| 優勝 |
36. |
2009年5月3日 |
ローマ |
クレー |
ノバク・ジョコビッチ |
7–6(7–2), 6–2 |
| 準優勝 |
10. |
2009年5月10日 |
マドリード |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
4–6, 4–6 |
| 準優勝 |
11. |
2009年10月18日 |
上海 |
ハード |
ニコライ・ダビデンコ |
6–7(3–7), 3–6 |
| 準優勝 |
12. |
2010年1月9日 |
ドーハ |
ハード |
ニコライ・ダビデンコ |
6–0, 6–7(8–10), 4–6 |
| 優勝 |
37. |
2010年4月18日 |
モンテカルロ |
クレー |
フェルナンド・ベルダスコ |
6–0, 6–1 |
| 優勝 |
38. |
2010年5月2日 |
ローマ |
クレー |
ダビド・フェレール |
7–5, 6–2 |
| 優勝 |
39. |
2010年5月16日 |
マドリード |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
6–4, 7–6(7–5) |
| 優勝 |
40. |
2010年6月6日 |
全仏オープン |
クレー |
ロビン・セーデリング |
6–4, 6–2, 6–4 |
| 優勝 |
41. |
2010年7月4日 |
ウィンブルドン |
芝 |
トマーシュ・ベルディハ |
6–3, 7–5, 6–4 |
| 優勝 |
42. |
2010年9月13日 |
全米オープン |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
6–4, 5–7, 6–4, 6–2 |
| 優勝 |
43. |
2010年10月10日 |
東京 |
ハード |
ガエル・モンフィス |
6–1, 7–5 |
| 準優勝 |
13. |
2010年11月28日 |
ロンドン |
ハード (室内) |
ロジャー・フェデラー |
3–6, 6–3, 1–6 |
| 準優勝 |
14. |
2011年3月20日 |
インディアンウェルズ |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
6–4, 3–6, 2–6 |
| 準優勝 |
15. |
2011年4月3日 |
マイアミ |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
6–4, 3–6, 6–7(4–7) |
| 優勝 |
44. |
2011年4月17日 |
モンテカルロ |
クレー |
ダビド・フェレール |
6–4, 7–5 |
| 優勝 |
45. |
2011年4月24日 |
バルセロナ |
クレー |
ダビド・フェレール |
6–2, 6–4 |
| 準優勝 |
16. |
2011年5月8日 |
マドリッド |
クレー |
ノバク・ジョコビッチ |
5–7, 4–6 |
| 準優勝 |
17. |
2011年5月15日 |
ローマ |
クレー |
ノバク・ジョコビッチ |
4–6, 4–6 |
| 優勝 |
46. |
2011年6月5日 |
全仏オープン |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
7–5, 7–6(3), 5–7, 6–1 |
| 準優勝 |
18. |
2011年7月3日 |
ウィンブルドン |
芝 |
ノバク・ジョコビッチ |
4–6, 1–6, 6–1, 3–6 |
| 準優勝 |
19. |
2011年9月12日 |
全米オープン |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
2–6, 4–6, 7–6(7), 1–6 |
| 準優勝 |
20. |
2011年10月9日 |
東京 |
ハード |
アンディ・マレー |
6–3, 2–6, 0–6 |
| 準優勝 |
21. |
2012年1月29日 |
全豪オープン |
ハード |
ノバク・ジョコビッチ |
7–5, 4–6, 2–6, 7–6(5), 5–7 |
[編集] ダブルス: 10回 (7勝3敗)
| 結果 |
No. |
決勝日 |
大会 |
サーフェス |
パートナー |
対戦相手 |
スコア |
| 優勝 |
1. |
2003年7月27日 |
ウマグ |
クレー |
アレックス・ロペス・モロン |
トッド・ペリー
トーマス嶋田 |
6–1, 6–3 |
| 優勝 |
2. |
2004年1月11日 |
チェンナイ |
ハード |
トミー・ロブレド |
ジョナサン・エルリック
アンディ・ラム |
7–6(7–3), 4–6, 6–3 |
| 優勝 |
3. |
2005年1月9日 |
ドーハ |
ハード |
アルベルト・コスタ |
アンドレイ・パベル
ミハイル・ユージニー |
6–3, 4–6, 6–3 |
| 準優勝 |
1. |
2005年4月24日 |
バルセロナ |
クレー |
フェリシアーノ・ロペス |
リーンダー・パエス
ネナド・ジモニッチ |
3–6, 3–6 |
| 準優勝 |
2. |
2007年1月8日 |
チェンナイ |
ハード |
バルトロメ・サルバ=ビダル |
グザビエ・マリス
ディック・ノーマン |
6–7(4–7), 6–7(4–7) |
| 準優勝 |
3. |
2007年4月30日 |
バルセロナ |
クレー |
バルトロメ・サルバ=ビダル |
アンドレイ・パベル
アレクサンダー・ワスケ |
3–6, 6–7(1–7) |
| 優勝 |
4. |
2008年4月27日 |
モンテカルロ |
クレー |
トミー・ロブレド |
マヘシュ・ブパシ
マーク・ノールズ |
6–3, 6–3 |
| 優勝 |
5. |
2009年1月9日 |
ドーハ |
ハード |
マルク・ロペス |
ダニエル・ネスター
ネナド・ジモニッチ |
4–6, 6–4, [10–8] |
| 優勝 |
6. |
2010年3月20日 |
インディアンウェルズ |
ハード |
マルク・ロペス |
ダニエル・ネスター
ネナド・ジモニッチ |
7–6(10–8), 6–3 |
| 優勝 |
7. |
2011年1月7日 |
ドーハ |
ハード |
マルク・ロペス |
ダニエレ・ブラッチアリ
アンドレアス・セッピ |
6–3, 7–6(7–4) |
[編集] 4大大会優勝
- 全豪オープン:1勝(2009年)〔準優勝1度:2012年〕
- 全仏オープン:6勝(2005年-08年、10年&11年) ※2005年-08年、大会4連覇
- ウィンブルドン:2勝(2008年、10年)〔準優勝3度:2006年&07年,11年〕
- 全米オープン:1勝(2010年)〔準優勝1度:2011年〕
| 年 |
大会 |
対戦相手 |
試合結果 |
| 2005年 |
全仏オープン |
マリアノ・プエルタ |
6-7, 6-3, 6-1, 7-5 |
| 2006年 |
全仏オープン |
ロジャー・フェデラー |
1-6, 6-1, 6-4, 7-6 |
| 2007年 |
全仏オープン |
ロジャー・フェデラー |
6-3, 4-6, 6-3, 6-4 |
| 2008年 |
全仏オープン |
ロジャー・フェデラー |
6-1, 6-3, 6-0 |
| 2008年 |
ウィンブルドン |
ロジャー・フェデラー |
6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7 |
| 2009年 |
全豪オープン |
ロジャー・フェデラー |
7-5, 3-6, 7-6, 3-6, 6-2 |
| 2010年 |
全仏オープン |
ロビン・セーデリング |
6-4, 6-2, 6-4 |
| 2010年 |
ウィンブルドン |
トマーシュ・ベルディハ |
6-3, 7-5, 6-4 |
| 2010年 |
全米オープン |
ノバク・ジョコビッチ |
6-4, 5-7, 6-4, 6-2 |
| 2011年 |
全仏オープン |
ロジャー・フェデラー |
7-5, 7-6, 5-7, 6-1 |
[編集] 4大大会シングルス成績
- 略語の説明
| NH |
開催なし |
A |
欠場 |
LQ |
予選敗退 |
#R |
#回戦敗退 |
QF |
ベスト8 |
SF |
ベスト4 |
F |
準優勝 |
W |
優勝 |
[編集] 脚注
- ^ Davis Cup - Tie details - 2004 - Spain v USA
- ^ 公式サイトラファとチャット・ダイジェスト
- ^ テニス選手のナダルが埼玉スタジアムでアルゼンチン戦を観戦
- ^ R・ナダル:「少年のように泣いた」-国全体でチームを誇りに
- ^ サッカー=男子テニスのナダル、マジョルカ保有株を売却
[編集] 外部リンク
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男子テニス世界ランキング1位 |
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| 1973年8月23日のATPランキング導入以降の記録 · (最初に在位した年-最後に在位した年 - 在位総週) · 現在の1位は強調表示, 2011年7月4日更新 |
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