ラファエル・ナダル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ラファエル・ナダル Tennis pictogram.svg
Rafael Nadal 2011 Roland Garros 2011.jpg
2011年全仏オープンでのナダル
基本情報
ラテン文字名 Rafael Nadal
フルネーム Rafael Nadal Parera
愛称 ラファ (Rafa)
国籍 スペインの旗 スペイン
出身地 同・マヨルカ島
生年月日 1986年6月3日(28歳)
身長 185cm
体重 85kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2001年
ツアー通算 74勝
シングルス 65勝
ダブルス 9勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2009)
全仏 優勝(2005-08・2010-14)
全英 優勝(2008・10)
全米 優勝(2010・2013)
優勝回数 14(豪1・仏9・英2・米2)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2004・05)
全仏 出場なし
全英 2回戦(2005)
全米 ベスト4(2004)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2008年8月18日)
ダブルス 26位(2005年8月8日)
獲得メダル
テニス
オリンピック
2008 北京 男子 シングルス
2014年6月10日現在

ラファエル・ナダル・パレラRafael Nadal Parera, 1986年6月3日 - )は、スペインマヨルカ島マナコー出身の男子プロテニス選手。ATPツアーでシングルス65勝、ダブルス9勝を挙げる。身長185cm、体重85kg。

グランドスラム優勝回数歴代2位タイ記録、史上2人目となるキャリアゴールデンスラム達成、全仏オープン最多優勝・最長連覇記録を保持するテニス史上屈指の選手。特にクレーコートに非常に強いことで知られ、クレーコート最高勝率、クレーコート81連勝、クレー大会である全仏オープンモンテカルロ・マスターズローマ・マスターズバルセロナ・オープンの最多優勝記録などの数々の歴代記録を持つ。

北京五輪シングルス金メダリストで、デビスカップでのスペイン4度の優勝に貢献している。BIG4の1人。

来歴[編集]

プロ転向-2004年[編集]

彼の叔父はサッカー元スペイン代表DF(ディフェンダー)のミゲル・アンヘル・ナダルであり、ラファエルも12歳まではサッカーで有望選手だったという。もう一人の叔父であるトニー・ナダル英語版が子供のころから一貫してコーチを務めている。8歳の時にスペインの12歳以下の大会で優勝。その後テニスを職業に選び、2001年に15歳でプロ入りした。2003年4月21日、16歳10ヵ月で世界ランキング100位入り。2003年8月4日、17歳2ヵ月で世界ランキング50位入り。2004年8月のソポト大会でシングルス初優勝を飾り、アテネ五輪カルロス・モヤとのダブルスで出場している。全米オープンで、同じスペインのトミー・ロブレドと組んで男子ダブルス準決勝に進出したことがある。12月のアメリカとのデビスカップ決勝にも起用され、アンディ・ロディックを 6-7(6), 6-2, 7-6(6), 6-2 で破りスペインの優勝に貢献した[1]

2005年:4大大会初タイトル獲得[編集]

ナダルは2005年シーズンに急成長を始めた。シーズン序盤、中南米のクレーコートの大会でいくつかの勝利を収め、全仏オープンの前哨戦となるATPマスターズシリーズモンテカルロ18歳10ヵ月で優勝。世界ランキング10位入りを果たす。続くローマ・マスターズでも優勝。年頭には50位だったATPランキングも、全仏オープン開始前の5月9日には5位まで上昇した。

第4シードで出場した全仏オープンでは、ラース・ブルクスミュラーグザビエ・マリス、第30シードリシャール・ガスケ、第23シードセバスチャン・グロジャン、第20シードダビド・フェレールを倒し準決勝進出。準決勝で世界1位のロジャー・フェデラーを破り、決勝ではアルゼンチンの伏兵マリアノ・プエルタに競り勝って、「19歳2日」の若さでグランドスラム初優勝を達成。全仏オープンでの初出場・初優勝は1982年マッツ・ビランデル以来となり、大会でも4番目の年少記録だった。10代の男子テニス選手が4大大会で優勝したことも、1990年全米オープンに「19歳28日」で優勝したピート・サンプラス以来15年ぶりの快挙であった。

その後の4大大会では、ウィンブルドンは2回戦でジレ・ミュラー全米オープンは3回戦でジェームズ・ブレークに敗れるが、7月25日には19歳1ヶ月でロジャー・フェデラーに次ぐ世界ランキング2位の座につく。2005年度はATPツアーで年間11勝を挙げ、そのうち「ATPマスターズシリーズ」(男子テニスツアーで、4大大会に次ぐ大規模なトーナメント群。年間9大会を指定)では、モンテカルロローマカナダマドリードの4大会で優勝した。

2006年:全仏2連覇・全英準優勝[編集]

2006年のシーズンでも、ナダルはATPツアー大会の決勝戦でフェデラーに4連勝を記録した。同年5月、第7回「ローレウス・スポーツ賞」の「最優秀新人賞」を受賞。2006年にはクレーコートで、ギリェルモ・ビラスが持っていた「53連勝」の記録を更新する。

第2シードで出場した全仏オープンではロビン・セーデリングケビン・キムポール=アンリ・マチューレイトン・ヒューイットノバク・ジョコビッチイワン・リュビチッチに勝利し決勝進出。決勝戦ではフェデラーに 1-6, 6-1, 6-4, 7-6 で勝ち、大会2連覇を達成。クレーコートでの連勝記録を「60連勝」に伸ばし、それまで4大大会シングルス決勝戦で負けたことがなかったフェデラーに、初めての黒星をつけた。

同年のウィンブルドンでも初めて決勝に勝ち上がったが、全仏に続く2大会連続の決勝対決となったフェデラーに 0-6, 6-7, 7-6, 3-6 で敗れた(大会4連覇を達成したフェデラーは、試合終了後「芝では負けられなかった」と話した)。全米オープンでは振るわず、準々決勝でミハイル・ユージニーに 3-6, 7-5, 6-7, 1-6 で敗れた。

2007年:全仏3連覇・全英準優勝[編集]

2007年全仏オープン決勝でフェデラーを破り3連覇

2007年全豪オープンでは、ナダルは準々決勝でフェルナンド・ゴンサレスに完敗している。2007年5月20日、ナダルはATPマスターズシリーズハンブルク・マスターズ決勝でフェデラーに6-2, 2-6, 0-6で敗れ、2005年4月から続いていたクレーコートの連勝記録が「81連勝」でストップした(これはフェデラーにとって、対ナダル戦のクレーコート初勝利であった)。この記録は、ジョン・マッケンローが室内カーペットコートでマークした単一コートでの連勝記録「75連勝」を更新するものであった。

直後の全仏オープンではフアン・マルティン・デル・ポトロフラビオ・チポーラアルベルト・モンタニェスレイトン・ヒューイットカルロス・モヤノバク・ジョコビッチに勝利し決勝進出。決勝でフェデラーを6-3, 4-6, 6-3, 6-4で下し、大会3連覇を達成する。ウィンブルドンでは3回戦で相次ぐ降雨順延・中断に悩まされるなど、ハードなスケジュールの中で決勝に勝ち進む。フェデラーとの2年連続の決勝対決では 6-7, 6-4, 6-7, 6-2, 2-6 でまたも敗れたが、芝においても王者に肉薄しつつあることを十分に示す激闘だった。

2008年:全仏・全英連続優勝・五輪金メダル・世界ランク1位初就任[編集]

2008年ロジャーズ・カップ優勝

2008年全豪オープンでは、初進出の準決勝で世界ランキング38位のジョー=ウィルフリード・ツォンガに 2-6, 3-6, 2-6 のストレートで敗れた。全仏オープンでは、決勝でロジャー・フェデラーを 6-1, 6-3, 6-0 のストレートで下し、全仏ではビョルン・ボルグ選手以来2人目の4連覇を達成、全仏初出場から28連勝とした。ボルグは1978年-1981年にかけて全仏4連覇を達成したため、ナダルは27年ぶりの偉業を射止めたことになる。

全仏オープン終了後、6月のクイーンズ・クラブ選手権において芝生コートでの初優勝を果たす。その勢いに乗り、ウィンブルドンで、5連覇中のロジャー・フェデラーとの「4時間48分」に及ぶウィンブルドン決勝史上最長の試合を 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7 で制し、初制覇を成し遂げた。スペイン勢のウィンブルドン制覇は1966年マニュエル・サンタナ以来2人目で、同一年での全仏オープンとウィンブルドン選手権連続制覇は1980年のビョルン・ボルグ以来28年ぶりである。優勝を決めた自身のサービスゲームでは、フェデラーのバックを狙ったサービスや、それまで1度も使わなかったサーブ&ボレーなどの奇襲を駆使し、優勝を手にした。

ウィンブルドン優勝の後、ナダルは北京五輪で男子シングルスの金メダルを獲得し、決勝でチリ代表のフェルナンド・ゴンサレスを 6-3, 7-6, 6-3 のストレートで圧倒した。これまでオリンピックテニス競技でスペイン人選手の金メダル獲得はなかったが、ナダルが最初のスペイン人金メダリストに輝いた。8月18日、ナダルは初めて世界ランキング1位の座につき、ロジャー・フェデラーが保持してきた世界ランキング1位連続保持の世界最長記録を「237週」で止めた。左利きの選手としては、ジミー・コナーズジョン・マッケンロートーマス・ムスターマルセロ・リオスに続く歴代5人目の世界ランキング1位である。スペイン男子選手としてはカルロス・モヤフアン・カルロス・フェレーロに続いて史上3人目となる。全米オープンでは初めて第1シードに選ばれたが、準決勝でアンディ・マレーに 2-6, 6-7, 6-4, 4-6 で敗れ、初の決勝進出を逃した。

2009年:全豪初優勝・BIG4時代へ[編集]

2009年全豪オープンでは、準決勝でフェルナンド・ベルダスコ、決勝のフェデラー戦と2試合連続で長い5セット・マッチを乗り切り、ハードコート・グランドスラムで初優勝を飾った。スペイン人選手による全豪オープン優勝は史上初である。ところが、全仏オープンでは4回戦でロビン・セーデリングに 2-6, 7-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2005年に初出場してからの連勝記録が31で途切れた。この後、彼が両膝を痛めていたことが明らかになる。6月19日、ナダルは大会前年度優勝者として出場する予定だったウィンブルドンの出場断念を表明した。

その後のロジャーズ・カップにて第2シードで復帰を果たしたものの、第6シードのフアン・マルティン・デル・ポトロにストレートで敗れた。これにより、2009年8月17日付けのランキングでは2005年7月18日以来、およそ4年1ヶ月ぶりに3位に後退することとなった。翌週に開催されたシンシナティ・マスターズでも準決勝でノバク・ジョコビッチに圧倒され敗退。 全米オープンでは、準決勝で再びフアン・マルティン・デル・ポトロに 2-6, 2-6, 2-6 のストレートで敗れた。

2010年:世界1位復帰・キャリアゴールデンスラム達成[編集]

2010年ジャパン・オープン優勝

2010年、前年優勝者として挑んだ全豪オープンでは、準々決勝でアンディ・マレーを相手にサードセット途中棄権という結果に終り、その後慢性化している膝の怪我で二ヵ月の休養を余儀なくされた。怪我明けのBNPパリバ・オープンソニー・エリクソン・オープンでは準決勝で敗退したが、クレーコートシーズンに入ると、ATPワールドツアー・マスターズ1000モンテカルロ・マスターズBNLイタリア国際マドリード・マスターズのクレーコートマスターズを3大会連続優勝を果たし、マドリードの決勝戦ではロジャー・フェデラーを 6-4, 7-6 で下し、膝の怪我から復活しつつあることを印象付けた。クレーコートマスターズの3大会を同年に全て制覇したのはナダルが史上初である。

また、全仏オープンにおいて、全試合ストレート勝ちでの優勝を達成した。これは全仏男子テニス史上5度目(ボルグ2度・ナスターゼ1度・ナダル2度)の快挙である。

さらにウィンブルドンでも決勝に進出し、準々決勝でフェデラー、準決勝でジョコビッチを破ったトマーシュ・ベルディハを6-3, 7-5, 6-4で破って2年ぶり2度目の優勝。また全仏とウィンブルドンの同一年制覇も自身2度目である。

全米オープンでは、決勝でノバク・ジョコビッチ を6-4, 5-7, 6-4, 6-2で破り、悲願の全米初タイトルを手に入れた。これにより、グランドスラム年間3勝目をあげるとともに男子7人目のキャリア・グランドスラムおよび男子2人目のキャリア・ゴールデンスラムを達成した。これは、グランドスラムのオープン化以降3人目で24歳3ヵ月での達成は史上最年少の記録である。

2010年10月の楽天ジャパン・オープンで初来日し、準決勝でビクトル・トロイツキにマッチポイントを握られながらも、7-6, 4-6, 7-6 で制した。決勝ではガエル・モンフィスに、6-1, 7-5 で快勝して初来日を優勝で飾った。最終戦のATPワールドツアー・ファイナルで初めて決勝に進出したが、フェデラーに 3-6, 6-3, 1-6 で敗れた。

2011年:6度目の全仏優勝・全英&全米準優勝[編集]

4大大会4連続優勝を目指した1月の全豪オープンでは準々決勝でダビド・フェレールに、4-6, 2-6, 3-6 で敗れた。3月のインディアンウェルズ・マスターズマイアミ・マスターズでは決勝でノバク・ジョコビッチに敗れ準優勝となった。4月のモンテカルロ・マスターズではダビド・フェレールを 6–4, 7–5 で破り、オープン化以降では史上初となる同一大会7連覇を達成した。5月のマドリード・マスターズローマ・マスターズでも決勝に進み、史上初めてATPワールドツアー・マスターズ10005大会連続決勝進出と記録は作ったが、またしてもノバク・ジョコビッチに敗れた。

全仏オープンでは、決勝でロジャー・フェデラーを7-5, 7-6(3), 5-7, 6-1で破り、全仏ではビョルン・ボルグに並ぶ6回目の優勝を飾った。

ウィンブルドンでは、決勝でノバク・ジョコビッチに4–6, 1–6, 6–1, 3–6で敗れ、大会2連覇は成らなかった。全米オープンでもジョコビッチに 2–6, 4–6, 7–6(3), 1–6 で敗れ、2011年のジョコビッチ戦に6戦全敗となってしまった。 ジャパン・オープンで2年連続来日したが、決勝でアンディ・マレーに 6–3, 2–6, 0–6 で敗れ連覇を逃した。

2012年:7度目の全仏優勝[編集]

2012年全仏オープンにて

全豪オープン決勝では、昨年のウィンブルドン決勝から3大会連続でノバク・ジョコビッチと対戦となり、5-7, 6-4, 6-2, 6-7, 7-5で敗れ、3大会連続で4大大会優勝を逃した。この試合は、グランドスラムの決勝史上最長となる5時間53分に及んだ。

4月のモンテカルロ・マスターズでは決勝でジョコビッチを6-3, 6-1 で破りジョコビッチ戦の連敗を7で止め大会8連覇を果たした。全仏オープン決勝では、再びジョコビッチとの対戦となり、6-4, 6–3, 2–6, 7–5で破り3年連続7度目の優勝を果たし、オープン化以降ではビョルン・ボルグを抜き、全仏オープン最多優勝記録を更新した。

しかし、続くウィンブルドンでは当時ランク100位のルカシュ・ロソルにフルセットの末敗れ、2005年以来7年ぶりの2回戦敗退となった。大会後、膝の怪我によりロンドンオリンピック出場を断念し、開会式のスペイン選手団の旗手も辞退した。その後も怪我が回復せず、全米オープン、上海マスターズ、パリマスターズ、年間最終戦も欠場し年後半戦の主要大会全てを欠場することとなってしまった。

2013年:8度目の全仏優勝・2度目の全米優勝・再び世界1位に[編集]

全豪オープンは胃の感染症を理由に欠場。2月、復帰初戦のVTRオープンでは単複ともに決勝まで進出するも、どちらも準優勝に終わった。シングルスは当時世界ランク73位のオラシオ・ゼバロスに7-6, 6-7, 4-6で敗れた。翌週のブラジル・オープンで復帰後初優勝を飾ると、アビエルト・メキシコ・テルセルインディアンウェルズ・マスターズで優勝。ヨーロッパクレーシーズンは、モンテカルロ・マスターズ決勝でノバク・ジョコビッチに2-6, 6-7で敗れ大会9連覇とはならなかった。しかしその後のバルセロナ・オープンマドリード・マスターズローマ・マスターズの3大会で優勝。復帰してから全仏オープンまでで出場した8大会全てにおいて決勝進出し、そのうち6大会で優勝するなど完全復活を果たす。

全仏オープンでは、準決勝で第1シードのジョコビッチに4時間37分のフルセットで勝利し、決勝ではダビド・フェレールをストレートで下して大会2度目の4連覇と8度目の優勝を達成。グランドスラム1大会における8回の優勝は史上初であり、また、ギリェルモ・ビラスが保持していた全仏オープンでの最多マッチ勝利数を更新する59勝目を挙げた。

ウィンブルドンでは、1回戦で当時世界ランク135位のスティーブ・ダルシスに6-7, 6-7, 4-6で敗退してしまう。ナダルが4大大会初戦で敗退するのはプロ転向後初めてのことだった。しかし、その後の北米ハードコートシーズンでは好調さを取り戻し、カナダ・マスターズでは決勝で地元勢のミロシュ・ラオニッチを、翌週のシンシナティ・マスターズでも決勝で地元勢のジョン・アイズナーを下し、ハードコートのマスターズ大会で2週連続優勝を果たした。

全米オープンでも決勝に進出。ジョコビッチにセットカウント3-1で勝利し優勝。歴代単独3位となる4大大会13勝目挙げた。その後のチャイナ・オープンでは決勝でジョコビッチに敗退。上海マスターズパリ・マスターズでは、デル・ポトロとフェレールにいずれも準決勝で敗れた。

ATPワールドツアー・ファイナルではラウンドロビン全勝で3年ぶりに決勝まで勝ち進むも、ジョコビッチに敗れ準優勝に終わった。それでも2013年は10大会で優勝挙げ、3年ぶりにシーズンランキング1位に輝き、自身初の年間勝率90%超えを果たした。また1シーズンにおける獲得賞金が1,456万915ドルにのぼり、前年度のジョコビッチの記録を上回る歴代最多記録を更新した。

2014年:全仏5連覇・9度目の優勝・故障との闘い[編集]

年初にドーハで行われた大会で優勝し通算61勝目を挙げた。続く全豪オープンでは、失セット数1と安定したプレーで決勝に進出。決勝では4大大会初の決勝進出を果たした第8シードのスタニスラス・ワウリンカと対戦。過去12戦全勝と相性の良い相手ではあったが、試合中に負った怪我の影響や、ワウリンカの攻撃的なプレーに屈し 3-6, 2–6, 6-3, 3-6 で敗退し準優勝に終わった。2月開催のリオ・オープンでは、決勝でアレクサンドル・ドルゴポロフを破り優勝。3月、インディアンウェルズ・マスターズでは3回戦で、マイアミ・マスターズでは、決勝でノバク・ジョコビッチに敗退した。クレー・シーズン、モンテカルロ・マスターズバルセロナ・オープンの2大会では、過去9年間決勝進出を逃したことはなかったが、両大会とも準々決勝で敗退した。マドリード・マスターズでは決勝まで勝ち進み、錦織圭の途中棄権により4度目優勝を果たした。ローマ・マスターズでは決勝でジョコビッチに敗退。

全仏オープンでは決勝まで進み、キャリアグランドスラムを狙うジョコビッチを3-6, 7-5, 6-2, 6-4で破り、全仏5連覇と9度目の優勝及びピート・サンプラスに並ぶグランドスラム14勝目を挙げた。芝シーズンでは振るわず、前哨戦のハーレで初戦敗退、ウィンブルドンでは4回戦でニック・キリオスに敗退した。その後の北米マスターズ2大会と全米オープンは手首の怪我により欠場することとなった。10月チャイナ・オープンで復帰を果たすが、上海マスターズスイス・インドアを含め3大会で準決勝までに敗退した。ツアー・ファイナル虫垂炎の手術により欠場を表明した。

2015年:10年ぶりのランキング低水準 心身との闘い[編集]

1月はカタール・エクソンモービル・オープンダブルスで優勝。3月はアルゼンチン・オープンで優勝。第3シードで出場した2015年全豪オープンでは準々決勝で今まで17連勝してたトマーシュ・ベルディハに敗北。BNPパリバオープンではミロシュ・ラオニッチに敗れベスト8。マイアミ・マスターズ直前の練習で足首を捻挫するも大会に出場。同じスペイン人選手のフェルナンド・ベルダスコに敗れる。第3シードで出場したモンテカルロ・マスターズは準決勝でノバク・ジョコビッチに敗れた。2連覇中のマドリード・オープンでは決勝に進出するもアンディ・マレーに敗れた。5月11日に発表された世界ランキングで7位に転落し2005年5月2日以来10年ぶりのトップ5落ちとなった。[2] 6大会連続決勝進出中のBNLイタリア国際では準々決勝でスタン・ワウリンカに敗れた。これにより全仏オープン自身初となる第5シード以下での出場が確定。またモンテカルロマドリードローマのクレーコートマスターズ1000大会でいずれも優勝できないまま全仏オープンに出場するのも自身初となる。[3]

プレースタイル[編集]

強烈で重いトップスピンのグランドストローク、速く持続力のあるフットワーク、そして粘り強い守備を武器にしたアグレッシブ・カウンターパンチャー。高い運動能力とスピードで一見届かないと思われたボールも打つことができる守備力を持つ。また、重いトップスピンで相手を後方に追いやった後のドロップショットも武器。[4]

非常にスイングスピードが速く、通常のラリーの中から一発でノータッチ・エースを取れるだけのパワーを持っている。低い打点からボールを引きつけ完璧な構えから打つことで全身のパワーを乗せることができ、効率の良い身体の使い方と天性のバネにより、抜群のスイング・スピードを生み出している。[5]

ストロークにおいてとりわけ異彩を放っているのは、スピンとスピードが他の誰よりも高次元で両立していることである。ナダルは高低差の激しいボールを打つがそのショットはスピードにあふれ、かつバウンドは極端に高く弾む。テイクバックは小さめでコンパクトなスイングでハードヒットしているため、クレーコートの遅くイレギュラーが多く良く弾むコートを非常に得意としておりリターンにも強い。[6]

エピソード[編集]

記録[編集]

全期間[編集]

グランドスラム優勝回数歴代歴代2位記録「14回」
ロジャー・フェデラーに次ぎ、ピート・サンプラスと並ぶ2位タイ記録。
グランドスラム決勝進出回数歴代2位記録「20回」
ロジャー・フェデラーに次いで2位。
グランドスラム大会優勝連続年数記録「10年」
2005–更新中。
同一の大会優勝連続記録「8連覇」
モンテカルロ・マスターズを2005年から2012年まで。単独1位記録。
グランドスラム同一大会優勝回数記録「9回」
全仏オープンで記録。
全仏オープン最多優勝記録「9回」
ビョルン・ボルグの6回を上回る歴代最多記録。
全仏オープン連続優勝記録「5連覇」
2010年から更新中。
マスターズタイトル獲得連続年数記録「10年」
モンテカルロ・マスターズ優勝「8回」
大会最多記録。
ローマ・マスターズ優勝「7回」
2005年に初優勝。単独1位記録。
バルセロナ・オープン優勝「8回」
2005年に初優勝。単独1位記録。
ATP500シリーズ連続タイトル獲得年数記録「10年」

オープン化以降[編集]

キャリア・ゴールデン・スラム達成
男子ではアンドレ・アガシに続く史上2人目の達成。2008年北京五輪での金メダル獲得を経て、2010年全米オープン優勝によるキャリア・グランドスラムと同時に達成。
キャリア・グランドスラム達成「24歳3ヵ月」
最年少記録。
グランドスラムの3つの異なるサーフェスをすべて同じ年に優勝
男子唯一。
1セットも落とさずに優勝「5回」
全仏オープン最多決勝進出「9回」
全仏オープン連続決勝進出「5連続」
2010–更新中
全仏オープン連勝記録「35連勝」
2010–更新中
全仏オープンでの最多マッチ勝利数「66勝」
2014年大会までに66勝を挙げ、ロジャー・フェデラーの61勝を上回り歴代最多。
全仏オープン最高勝率「98.50% (66–1)」
2010–更新中。2009年大会の4回戦でロビン・ソデルリングに敗退した以外は全試合に勝利している。
全仏オープン 1セットも落とさずに優勝「2回」
2008,2010。ビヨン・ボルグとタイ記録。
全仏オープン初出場で優勝
マッツ・ビランデル
全仏オープン準決勝進出記録「9回」
全仏オープン連続準決勝進出記録「5連続」
2010–更新中。ロジャー・フェデラーとタイ記録。
マスターズ最多優勝「27回」
マスターズ最多決勝進出「40回」
マスターズクレーコート大会最多優勝「19回」
マスターズ1000 4大会連続優勝
2013年。ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
マスターズ1000 年間優勝「5回」
2013年。ロッド・レーバー、ジミー・コナーズ、ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
マスターズ1000 年間決勝進出「6回」
2013年。ロッド・レーバー、ロジャー・フェデラー、ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
マスターズ1000 年間準決勝進出「8回」
2013年。
マスターズ1000 9大会すべてに決勝進出経験
ロジャー・フェデラー、ノバク・ジョコビッチも記録。
クレースラム達成[13]
2010年。
クレーコートでの最多連勝記録「81連勝」
ギリェルモ・ビラスの53連勝を上回る歴代最多連勝。2005年モンテカルロ・マスターズ~2007年ハンブルグ・マスターズ決勝でフェデラーに敗れるまでの記録。
4つの異なる大会で7回以上優勝
2005–2013。
ローマ・マスターズ9年間で7回優勝
モンテカルロ・マスターズとローマ・マスターズ両方優勝「6回」
マスターズ 4年連続3タイトル以上獲得
ノバク・ジョコビッチとタイ記録。
マスターズ 21連続ベスト8
2008–2010
マスターズ最高勝率
ローマ→マドリード→カナダ→シンシナティ連続優勝
ノバク・ジョコビッチも記録
ティーンエイジャーでの優勝数「16回」
ビヨン・ボルグとタイ記録。

※他多数の歴代記録を保持

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 94回 (65勝29敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (14-6)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-2)
オリンピック (1-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (27-14)
ATPワールドツアー・500シリーズ (15-3)
ATPワールドツアー・250シリーズ (8-4)
サーフェス別タイトル
ハード (16-18)
クレー (46-8)
芝 (3-3)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2004年1月18日 ニュージーランドの旗 オークランド ハード スロバキアの旗 ドミニク・フルバティ 6–4, 2–6, 5–7
優勝 1. 2004年8月15日 ポーランドの旗 ソポト クレー アルゼンチンの旗 ホセ・アカスソ 6–3, 6–4
優勝 2. 2005年2月20日 ブラジルの旗 コスタ・ド・サイペ クレー スペインの旗 アルベルト・マルティン 6–0, 6–7(2–7), 6–1
優勝 3. 2005年2月27日 メキシコの旗 アカプルコ クレー スペインの旗 アルベルト・モンタニェス 6–1, 6–0
準優勝 2. 2005年4月3日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–2, 7–6(7–4), 6–7(5–7), 3–6, 1–6
優勝 4. 2005年4月17日 モナコの旗 モンテカルロ クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・コリア 6–3, 6–1, 0–6, 7–5
優勝 5. 2005年4月24日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 6–1, 7–6(7–4), 6–3
優勝 6. 2005年5月8日 イタリアの旗 ローマ クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・コリア 6–4, 3–6, 6–3, 4–6, 7–6(8–6)
優勝 7. 2005年6月5日 フランスの旗 全仏オープン クレー アルゼンチンの旗 マリアノ・プエルタ 6–7(6–8), 6–3, 6–1, 7–5
優勝 8. 2005年7月10日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 2–6, 6–2, 6–4
優勝 9. 2005年7月24日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー アルゼンチンの旗 ガストン・ガウディオ 6–3, 6–3, 6–4
優勝 10. 2005年8月14日 カナダの旗 モントリオール ハード アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ 6–3, 4–6, 6–2
優勝 11. 2005年9月18日 中華人民共和国の旗 北京 ハード アルゼンチンの旗 ギリェルモ・コリア 5–7, 6–1, 6–2
優勝 12. 2005年10月23日 スペインの旗 マドリード ハード (室内) クロアチアの旗 イワン・リュビチッチ 3–6, 2–6, 6–3, 6–4, 7–6(7–3)
優勝 13. 2006年3月4日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 2–6, 6–4, 6–4
優勝 14. 2006年4月23日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–2, 6–7(2–7), 6–3, 7–6(7–5)
優勝 15. 2006年4月30日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 トミー・ロブレド 6–4, 6–4, 6–0
優勝 16. 2006年5月14日 イタリアの旗 ローマ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–7(0–7), 7–6(7–5), 6–4, 2–6, 7–6(7–5)
優勝 17. 2006年6月11日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1–6, 6–1, 6–4, 7–6(7–4)
準優勝 3. 2006年7月9日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 0–6, 6–7(5–7), 7–6(7–2), 3–6
優勝 18. 2007年3月18日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–2, 7–5
優勝 19. 2007年4月22日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–4, 6–4
優勝 20. 2007年4月29日 スペインの旗 バルセロナ クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・カナス 6–3, 6–4
優勝 21. 2007年5月13日 イタリアの旗 ローマ クレー チリの旗 フェルナンド・ゴンサレス 6–2, 6–2
準優勝 4. 2007年5月20日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–2, 2–6, 0–6
優勝 22. 2007年6月10日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–3, 4–6, 6–3, 6–4
準優勝 5. 2007年7月8日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–7(7–9), 6–4, 6–7(3–7), 6–2, 2–6
優勝 23. 2007年7月22日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 6–4, 7–5
準優勝 6. 2007年11月4日 フランスの旗 パリ ハード (室内) アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 4–6, 0–6
準優勝 7. 2008年1月6日 インドの旗 チェンナイ ハード ロシアの旗 ミハイル・ユージニー 0–6, 1–6
準優勝 8. 2008年4月6日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 4–6, 2–6
優勝 24. 2008年4月27日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 7–5
優勝 25. 2008年5月4日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–1, 4–6, 6–1
優勝 26. 2008年5月18日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 6–7(3–7), 6–3
優勝 27. 2008年6月8日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–1, 6–3, 6–0
優勝 28. 2008年6月15日 イギリスの旗 ロンドン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–6(8–6), 7–5
優勝 29. 2008年7月6日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–4, 6–4, 6–7(5–7), 6–7(8–10), 9–7
優勝 30. 2008年7月27日 カナダの旗 トロント ハード ドイツの旗 ニコラス・キーファー 6–3, 6–2
優勝 31. 2008年8月17日 中華人民共和国の旗 北京五輪 ハード チリの旗 フェルナンド・ゴンサレス 6–3, 7–6(7–2), 6–3
優勝 32. 2009年2月1日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 3–6, 7–6(7–3), 3–6, 6–2
準優勝 9. 2009年2月15日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) イギリスの旗 アンディ・マレー 3–6, 6–4, 0–6
優勝 33. 2009年3月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6–1, 6–2
優勝 34. 2009年4月19日 モナコの旗 モンテカルロ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–3, 2–6, 6–1
優勝 35. 2009年4月26日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–2, 7–5
優勝 36. 2009年5月3日 イタリアの旗 ローマ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–6(7–2), 6–2
準優勝 10. 2009年5月10日 スペインの旗 マドリード クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 4–6, 4–6
準優勝 11. 2009年10月18日 中華人民共和国の旗 上海 ハード ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 6–7(3–7), 3–6
準優勝 12. 2010年1月9日 カタールの旗 ドーハ ハード ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 6–0, 6–7(8–10), 4–6
優勝 37. 2010年4月18日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ 6–0, 6–1
優勝 38. 2010年5月2日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 7–5, 6–2
優勝 39. 2010年5月16日 スペインの旗 マドリード クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–4, 7–6(7–5)
優勝 40. 2010年6月6日 フランスの旗 全仏オープン クレー スウェーデンの旗 ロビン・セーデリング 6–4, 6–2, 6–4
優勝 41. 2010年7月4日 イギリスの旗 ウィンブルドン チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 6–3, 7–5, 6–4
優勝 42. 2010年9月13日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–4, 5–7, 6–4, 6–2
優勝 43. 2010年10月10日 日本の旗 東京 ハード フランスの旗 ガエル・モンフィス 6–1, 7–5
準優勝 13. 2010年11月28日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 6–3, 1–6
準優勝 14. 2011年3月20日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–4, 3–6, 2–6
準優勝 15. 2011年4月3日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–4, 3–6, 6–7(4–7)
優勝 44. 2011年4月17日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–4, 7–5
優勝 45. 2011年4月24日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–2, 6–4
準優勝 16. 2011年5月8日 スペインの旗 マドリード クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 5–7, 4–6
準優勝 17. 2011年5月15日 イタリアの旗 ローマ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 4–6, 4–6
優勝 46. 2011年6月5日 フランスの旗 全仏オープン クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 7–6(7–3), 5–7, 6–1
準優勝 18. 2011年7月3日 イギリスの旗 ウィンブルドン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 4–6, 1–6, 6–1, 3–6
準優勝 19. 2011年9月12日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 2–6, 4–6, 7–6(9–7), 1–6
準優勝 20. 2011年10月9日 日本の旗 東京 ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 6–3, 2–6, 0–6
準優勝 21. 2012年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–5, 4–6, 2–6, 7–6(7–5), 5–7
優勝 47. 2012年4月22日 モナコの旗 モンテカルロ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-3, 6-1
優勝 48. 2012年4月29日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 7–6(7–1), 7–5
優勝 49. 2012年5月21日 イタリアの旗 ローマ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7-5, 6-3
優勝 50. 2012年6月11日 フランスの旗 全仏オープン クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 6–3, 2–6, 7–5
準優勝 22. 2013年2月10日 チリの旗 ビニャ・デル・マール クレー アルゼンチンの旗 オラシオ・ゼバロス 7-6(7–2), 6–7(6–8), 4–6
優勝 51. 2013年2月17日 ブラジルの旗 サンパウロ クレー アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 6–2, 6–3
優勝 52. 2013年3月2日 メキシコの旗 アカプルコ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–0, 6–2
優勝 53. 2013年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 4–6, 6–3, 6–4
準優勝 23. 2013年4月21日 モナコの旗 モンテカルロ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 2–6, 6–7(1–7)
優勝 54. 2013年4月28日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ニコラス・アルマグロ 6–4, 6–3
優勝 55. 2013年5月12日 スペインの旗 マドリード クレー スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 6–2, 6–4
優勝 56. 2013年5月19日 イタリアの旗 ローマ クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–1, 6–3
優勝 57. 2013年6月9日 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 6–3, 6–2, 6–3
優勝 58. 2013年8月11日 カナダの旗 モントリオール ハード カナダの旗 ミロシュ・ラオニッチ 6–2, 6–2
優勝 59. 2013年8月18日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード アメリカ合衆国の旗 ジョン・アイズナー 7–6(10-8), 7–6(7–3)
優勝 60. 2013年9月9日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–2, 3–6, 6–4, 6–1
準優勝 24. 2013年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3-6, 4-6
準優勝 25. 2013年11月11日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3–6, 4–6
優勝 61. 2014年1月4日 カタールの旗 ドーハ ハード フランスの旗 ガエル・モンフィス 6–1, 6–7(5–7), 6–2
準優勝 26. 2014年1月26日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 3-6, 2–6, 6-3, 3-6
優勝 62. 2014年2月23日 ブラジルの旗 リオデジャネイロ クレー ウクライナの旗 アレクサンドル・ドルゴポロフ 6-3, 7-6(7-3)
準優勝 27. 2014年3月30日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3–6, 3–6
優勝 63. 2014年5月11日 スペインの旗 マドリード クレー 日本の旗 錦織圭 2-6, 6-4, 3-0 途中棄権
準優勝 28. 2014年5月18日 イタリアの旗 ローマ クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–4, 3–6, 3-6
優勝 64. 2014年6月9日 フランスの旗 全仏オープン クレー セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3-6, 7-5, 6-2, 6-4
優勝 65. 2015年3月1日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー アルゼンチンの旗 フアン・モナコ 6–4, 6–1
準優勝 29. 2015年5月11日 スペインの旗 マドリード クレー イギリスの旗 アンディ・マレー 3–6, 2–6

ダブルス: 13回 (9勝4敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2003年7月27日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スペインの旗 アレックス・ロペス・モロン オーストラリアの旗 トッド・ペリー
日本の旗 トーマス嶋田
6–1, 6–3
優勝 2. 2004年1月11日 インドの旗 チェンナイ ハード スペインの旗 トミー・ロブレド イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
イスラエルの旗 アンディ・ラム
7–6(7–3), 4–6, 6–3
優勝 3. 2005年1月9日 カタールの旗 ドーハ ハード スペインの旗 アルベルト・コスタ ルーマニアの旗 アンドレイ・パベル
ロシアの旗 ミハイル・ユージニー
6–3, 4–6, 6–3
準優勝 1. 2005年4月24日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 フェリシアーノ・ロペス インドの旗 リーンダー・パエス
セルビア・モンテネグロの旗 ネナド・ジモニッチ
3–6, 3–6
準優勝 2. 2007年1月8日 インドの旗 チェンナイ ハード スペインの旗 バルトロメ・サルバ=ビダル ベルギーの旗 グザビエ・マリス
ベルギーの旗 ディック・ノーマン
6–7(4–7), 6–7(4–7)
準優勝 3. 2007年4月30日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 バルトロメ・サルバ=ビダル ルーマニアの旗 アンドレイ・パベル
ドイツの旗 アレクサンダー・ワスケ
3–6, 6–7(1–7)
優勝 4. 2008年4月27日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 トミー・ロブレド インドの旗 マヘシュ・ブパシ
バハマの旗 マーク・ノールズ
6–3, 6–3
優勝 5. 2009年1月9日 カタールの旗 ドーハ ハード スペインの旗 マルク・ロペス カナダの旗 ダニエル・ネスター
セルビアの旗 ネナド・ジモニッチ
4–6, 6–4, [10–8]
優勝 6. 2010年3月20日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 マルク・ロペス カナダの旗 ダニエル・ネスター
セルビアの旗 ネナド・ジモニッチ
7–6(10–8), 6–3
優勝 7. 2011年1月7日 カタールの旗 ドーハ ハード スペインの旗 マルク・ロペス イタリアの旗 ダニエレ・ブラッチアリ
イタリアの旗 アンドレアス・セッピ
6–3, 7–6(7–4)
優勝 8. 2012年3月18日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 マルク・ロペス アメリカ合衆国の旗 ジョン・イスナー
アメリカ合衆国の旗 サム・クエリー
6–2, 7–6(7–3)
準優勝 4. 2013年2月10日 チリの旗 ビニャ・デル・マール クレー アルゼンチンの旗 フアン・モナコ イタリアの旗 パオロ・ロレンジ
イタリアの旗 ポティト・スタラーチェ
2–6, 4–6
優勝 9. 2015年1月10日 カタールの旗 ドーハ ハード アルゼンチンの旗 フアン・モナコ オーストリアの旗 ユリアン・ノール
オーストリアの旗 フィリップ・オズワルド
6–3, 6–4

4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2005年 全仏オープン アルゼンチンの旗 マリアノ・プエルタ 6-7, 6-3, 6-1, 7-5
2006年 全仏オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1-6, 6-1, 6-4, 7-6
2007年 全仏オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-3, 4-6, 6-3, 6-4
2008年 全仏オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-1, 6-3, 6-0
2008年 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6-4, 6-4, 6-7, 6-7, 9-7
2009年 全豪オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-5, 3-6, 7-6, 3-6, 6-2
2010年 全仏オープン スウェーデンの旗 ロビン・セーデリング 6-4, 6-2, 6-4
2010年 ウィンブルドン チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 6-3, 7-5, 6-4
2010年 全米オープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 5-7, 6-4, 6-2
2011年 全仏オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-5, 7-6, 5-7, 6-1
2012年 全仏オープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 6-3, 2-6, 7-5
2013年 全仏オープン スペインの旗 ダビド・フェレール 6-3, 6-2, 6-3
2013年 全米オープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-2, 3-6, 6-4, 6-1
2014年 全仏オープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 3-6, 7-5, 6-2, 6-4
テニス4大大会男子シングルス優勝記録
順位 優勝回数 選手名
1位 17勝 *スイスの旗 ロジャー・フェデラー
2位タイ 14勝 アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス | *スペインの旗 ラファエル・ナダル
4位 12勝 オーストラリアの旗 ロイ・エマーソン
5位タイ 11勝 オーストラリアの旗 ロッド・レーバー | スウェーデンの旗 ビョルン・ボルグ
7位 10勝 アメリカ合衆国の旗 ビル・チルデン
8位タイ 8勝 イギリスの旗 フレッド・ペリー | オーストラリアの旗 ケン・ローズウォール | アメリカ合衆国の旗 ジミー・コナーズ | チェコスロバキアの旗 イワン・レンドル | アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ | *セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ
*は現役選手

成績[編集]

4大大会シングルス[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 通算成績
全豪オープン A 3R 4R A QF SF W QF QF F A F QF 45–9
全仏オープン A A W W W W 4R W W W W W 66–1
ウィンブルドン 3R A 2R F F W A W F 2R 1R 4R 39-8
全米オープン 2R 2R 3R QF 4R SF SF W F A W A 41–8

オリンピック[編集]

大会 2008 通算成績
夏季オリンピック G 6-0

ATPワールドツアー・マスターズ1000[編集]

大会 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 W–L
インディアンウェルズ A A 3R A SF W SF W SF F SF W 3R QF 44–8
マイアミ A A 4R F 2R QF F QF SF F SF A F 3R 35–10
モンテカルロ A 3R A W W W W W W W W F QF SF 53–4
マドリード 1 A 3R A A A F W F W F 3R W W F 37–6
ローマ A A A W W W 2R W W F W W F QF 47–4
カナダ A A 1R W 3R SF W QF SF 2R A W A 26–6
シンシナティ A A 1R 1R QF 2R SF SF QF QF A W A 18–8
上海 2 A 1R 2R W QF QF SF F 3R 3R A SF 2R 22–10
パリ A Q1 A A A F QF SF A A A SF A 12–4

1, 2008年までハンブルク・マスターズ(屋外クレー)、2009年からマドリード・マスターズ(屋外クレー)
2, 2002年から2008年までマドリード・マスターズ(室内ハード)、2009年から上海マスターズ(屋外ハード)

世界ランキング[編集]

2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
順位 200 49 51 2 2 2 1 2 1 2 4 1 3

受賞歴[編集]

  • ITFワールドチャンピオン(2008,2010)
  • ATP最優秀選手賞(2008,2010,2013)
  • ゴールデンベーグル賞(2005,2008-2009)
  • ローレウス世界スポーツ賞(2011)
  • アストゥリアス公スポーツ賞(2008)
  • ATPステファン・エドベリ スポーツマンシップ賞(2010)
  • BBC海外スポーツパーソナリティ賞(2010)
  • スペイン スポーツマン賞(2006,2008,2013)
  • レキップチャンピオンオブ・チャンピオン賞(2010,2013)
  • ESPY最優秀選手賞(2011,2014)
  • アーサー・アッシュ ヒューマニタリアン賞(2011)
  • ATPカムバック賞(2013)
  • ATP最優秀新人賞(2003)
  • ATP Most Improved Player(2005)
  • ローレウスカムバック賞(2014)

脚注[編集]

  1. ^ Davis Cup - Tie details - 2004 - Spain v USA
  2. ^ http://news.tennis365.net/news/today/201505/104409.html
  3. ^ http://news.tennis365.net/news/today/201505/104470.html
  4. ^ Nadal Has Improved Virtually Every Aspect of His Game”. ESPN (2008年7月3日). 2009年1月30日閲覧。
  5. ^ http://news.tennis365.net/lesson/pro/m_nadal01.html
  6. ^ http://news.tennis365.net/lesson/pro/m_nadal02.html
  7. ^ テニス選手のナダルが埼玉スタジアムでアルゼンチン戦を観戦
  8. ^ R・ナダル:「少年のように泣いた」-国全体でチームを誇りに
  9. ^ 公式声明 2011年3月17日付
  10. ^ サッカー=男子テニスのナダル、マジョルカ保有株を売却
  11. ^ 公式サイトラファとチャット・ダイジェスト[リンク切れ]
  12. ^ The World's Highest-Paid Athletes Forbes.com 2014年6月発表。
  13. ^ 全仏オープン、モンテカルロ・マスターズ、ローマ・マスターズ、マドリード・マスターズを同じ年に優勝。

外部リンク[編集]