スペインのスポーツ

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スペインのスポーツでは、主にスペイン国内のスポーツ事情について記述する。なお、競技そのものに関する詳細な記述に関しては個別の項目を参照の事。サッカーバスケットボールテニス自転車競技ハンドボールモータースポーツウォータースポーツゴルフスキーなどが人気のあるスポーツとなっている。またホスト国として1982 FIFAワールドカップや1992年のバルセロナオリンピックを開催している。

スペインのスポーツ界には、長年、ドーピングに甘いという評価がつきまとっている。これを払拭するため、2013年6月13日、スペインの議会は世界反ドーピング機関の勧告に見合う反ドーピング法を制定した[1]

サッカー[編集]

ユーロ2008で優勝したスペイン代表

他の欧州諸国の例に漏れず、スペインもサッカーが非常に盛んな国であり、国内トップリーグであるリーガ・エスパニョーラセリエAイタリア)・プレミアリーグイングランド)と並び、世界でも最高峰レベルのリーグの一つとして知られる。レアル・マドリードFCバルセロナといったトップクラスのクラブチームは世界中にファンを持ち、その人気は極めて高い。

サッカースペイン代表は、2010年 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会において、悲願だった初優勝を果たした。また、UEFA欧州選手権では優勝3回(1964年2008年2012年)、準優勝1回(1984年)の実績があり、世界的な強豪国の一つである。

バスケットボール[編集]

国内リーグ1部のACB(Asociación de Clubs de Baloncesto)はヨーロッパで人気・レベル共に最高峰のリーグで、NBAに次ぐ世界第2のリーグとも呼ばれている。同リーグにはFCバルセロナレアル・マドリードといった名門クラブを複数有し、それら所属チームはユーロリーグULEBユーロカップでしばしば優勝している。バスケットボールスペイン代表は日本で開催された2006年バスケットボール世界選手権で優勝、北京オリンピックでは1984年ロサンゼルス五輪以来2度目となる銀メダルを獲得。また、ユーロバスケットでは過去銀メダル6回、銅メダル2回を獲得し2009年ユーロバスケットでは遂に悲願の優勝を果たした。国内リーグ、代表共に世界屈指のレベルを誇る。

また、選手育成の評価も非常に高く、パウ・ガソルマルク・ガソルルディ・フェルナンデスホセ・カルデロンフアン・カルロス・ナバーロリッキー・ルビオセルヒオ・ロドリゲスホルヘ・ガルバホサなど多くのNBA選手・名選手を輩出している。

テニス[編集]

ラファエル・ナダル

スペインがテニスの男子団体戦・デビスカップに初参加したのは1921年であった。最初の代表選手たちの時期から、スペイン人選手たちはテニス界でも高いレベルで活動を始めた。マニュエル・アロンソ1921年ウィンブルドン選手権のチャレンジ・ラウンド決勝進出者(現在はベスト4に相当)になり、マニュエル・デ・ゴマーとエドゥアルド・フラッカーのペアは1923年ウィンブルドン選手権の男子ダブルス準優勝者になった。

それから40年あまりの歳月を経て、マニュエル・サンタナ1960年代の男子テニス界を代表する選手のひとりとして活動した。サンタナは1961年全仏選手権で初優勝を決め、スペイン人のテニス選手として最初のグランドスラム大会優勝者になった。その後1965年全米選手権1966年ウィンブルドン選手権で優勝し、全豪選手権を除くグランドスラム大会3冠を獲得した。

スペインの地には赤土のクレーコートが最も多いことから、当地の大半の選手はクレーコート開催の全仏オープンを最も得意にしている。1994年全仏オープンの男子シングルス決勝では、セルジ・ブルゲラアルベルト・ベラサテギがグランドスラム大会史上初の「スペイン対決の決勝」を実現させた。2000年にスペインはデビスカップ初優勝を実現させ、以後2004年2008年と3度の優勝を決めている。

女子選手は、男子選手に比べると選手層が薄いが、1980年代末から1990年代にかけてアランチャ・サンチェスコンチタ・マルチネスがスペインの女子2強豪として活動した。サンチェスは全仏オープン3勝・全米オープン1勝を挙げ、スペイン人女子選手として史上初の偉業を多数確立した。彼女はダブルス分野でも目覚ましい成績を残し、シングルス・ダブルスともに世界ランキング1位になった数少ない選手のひとりに数えられる。

2008年8月にラファエル・ナダルが世界ランキング1位になり、スペインにおけるテニス人気はさらに高まりを増している。ナダルは2009年全豪オープンの男子シングルス優勝により、スペイン人選手として最初の全豪オープン優勝者になった。オリンピックテニス競技においても、ナダルがスペイン人選手として最初の金メダルを獲得した。(それまでのスペインは、テニス競技では9個の銀メダルを獲得していた。)

ハンドボール[編集]

トップリーグであるLiga ASOBALはヨーロッパでも人気のあるリーグであり、所属チームがしばしばEHFチャンピオンズリーグでも優勝している。アトランタオリンピックシドニーオリンピック北京オリンピックで銅メダル、2005年のハンドボール世界選手権では優勝を果たした。

元スペイン代表選手でもあるイニャキ・ウルダンガリンセーリングのオリンピック選手でもあったクリスティーナ王女と結婚している。

自転車競技[編集]

ミゲル・インドゥライン

グランツールと呼ばれる、ロードレースの最高峰的レース、ブエルタ・ア・エスパーニャ1935年より開催している国として名高い。

国全体を見渡しても、ロードレースの人気は高いが、とりわけ、バスク国においては熱狂的な人気を誇り、バスク一周クラシカ・サンセバスティアンという、UCIワールドツアー対象レースとして組み入れられている著名なレースもバスク国で開催される。加えて、史上初のツール・ド・フランス総合5連覇を達成したミゲル・インドゥラインを筆頭に多くの名選手がバスク国から誕生しており、またエウスカルテル・エウスカディという世界トップクラスの自転車チームは、原則的にバスク出身者しか加入することができない(まれに例外の選手もいる)というルールが存在する。また、カタルーニャ州においても人気が高い。

ツール・ド・フランスにおいては、2010年現在、延べ13名の総合優勝者を輩出しているが、この数字は国別総合優勝者ランキングとしては第3位にあたる。加えて同レースにおいては、2006年以降、5連覇中である。このうち、2007年の総合優勝者、アルベルト・コンタドールは、翌2008年ジロ・デ・イタリアブエルタ・ア・エスパーニャでも総合優勝を果たし、史上5人目のグランツール完全制覇を達成した。

一方、2006年に起こったオペラシオン・プエルトに関連して、多くの当国自転車選手が引退ないしは出場停止処分に追い込まれたという事例があり、当国自転車競技界に深い影を落とした。直近でも、2012年2月6日、アルベルト・コンタドールが3年越しの調査の末、スポーツ仲裁裁判所(CAS)からクレンブデロール陽性により出場停止処分が下されている。

モータースポーツ[編集]

モータースポーツにおいては、他のヨーロッパ諸国と異なりF1の人気が低く、一方でロードレース世界選手権(MotoGP)を始めとする二輪ロードレースの人気が非常に高い、というのがかつてのスペインの特徴であった。観客動員で見ても、1990年代までF1のスペインGPは非常に空席が目立ち、MotoGPのスペインGP等でスタンドが満員となるのと対照的な光景が見られた。

これには、MotoGPにおいてはかつて50cc・125ccクラスで活躍したアンヘル・ニエトを始め、カルロス・チェカアレックス・クリビーレセテ・ジベルナウダニ・ペドロサなど、古くから同国出身の数多くのライダーが活躍していたのに対し、F1では近年まで同国出身のドライバーがほとんど活躍できなかったことも影響している。現在もMotoGPの人気は決して衰えておらず、2010年シーズンからはMotoGPのレースがスペイン国内で年4回(スペインGP・カタルーニャGPアラゴンGPバレンシアGP)も開かれるという異例の事態となっている。

しかし2000年代に入り、フェルナンド・アロンソがF1において活躍し、2005年2006年にはF1のワールドチャンピオンを獲得したことから、最近はF1の人気がMotoGP人気を凌駕するようになっている。F1においては「グランプリは1ヶ国につき年1開催」の原則が徹底されているにも関わらず、2008年から2012年にかけて唯一の例外としてスペインGP以外にヨーロッパGPバレンシア市街地コース)の開催が認められ、年2回のF1開催が実現していた点にもそれが現れている。

アロンソ以外のドライバーでは、フォーミュラ・ニッポンで活躍したことで日本でも有名なペドロ・デ・ラ・ロサ2009年にF1史上最年少デビューしたハイメ・アルグエルスアリなどが有名。2010年から2012年にかけてはスペインを本拠とするHRT F1がF1に参戦していた。

なおスペイン国内は真冬でも昼間は比較的温暖な気候であり、シーズンオフのマシンテストに適していること、さらに国際自動車連盟(FIA)の認定するグレード1(F1を開催できるグレード)のサーキットが複数存在するという事情から、国内のヘレス・サーキットカタロニア・サーキットなどでは毎年1~3月になると毎週のようにF1のマシンテストが行われることも、他国にはあまり見られない特徴である。

ゴルフ[編集]

国内各地に多くのゴルフ場が造られている。1997年にはライダーカップを開催した。セベ・バレステロスマスターズに2度優勝、ホセ・マリア・オラサバルもマスターズで2度優勝している。

陸上競技[編集]

1999年世界陸上競技選手権大会2010年ヨーロッパ選手権2012年世界ジュニア選手権を開催。主に長距離マラソン競歩種目を得意としており、世界選手権ではこれらの種目で7個の金メダルを獲得している。

脚注[編集]

関連項目[編集]