フェルナンド・トーレス
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| フェルナンド・トーレス | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | フェルナンド・ホセ・トーレス・サンス | |
| 愛称 | エル・ニーニョ | |
| ラテン文字 | Fernando TORRES | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1984年3月20日(25歳) | |
| 出身地 | フエンラブラダ(es:Fuenlabrada) | |
| 身長 | 183cm | |
| 体重 | 74kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ||
| ポジション | FW | |
| 背番号 | 9 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 2001-2007 2007- |
アトレティコ・マドリード リヴァプールFC |
214 (82) 37 (27) |
| 代表歴2 | ||
2003- |
スペイン U21 |
10 (3) 63 (22) |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年9月28日現在。 2. 2009年6月14日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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フェルナンド・ホセ・トーレス・サンス(Fernando José Torres Sanz, 1984年3月20日 - )は、スペインのマドリード出身のサッカー選手。リヴァプール所属スペイン代表。
目次 |
[編集] 人物
1998年のヨーロッパの最優秀U-15プレイヤーに選出されるなど、若くして才能を開花させ、「El Niño (エル・ニーニョ)」の愛称を持つ。スペイン語で「Niño」は少年を指し、本来「ひとりの少年」は「Un niño (=A kid)」であるが、限られた才能を持つ者は、「唯一の者」という意を込めて「El Niño (=The Kid)」と呼ばれる(通常「El Niño」はイエス・キリストを指すことから、日本ではトーレスの愛称を「神の子」と訳すこともある)。
[編集] 略歴
[編集] クラブ
1984年3月20日、フェルナンド・トーレスはマドリード郊外のフエンラブラダに生まれる。家族をはじめとする周囲の影響で幼い頃からアトレティコのファンで、14歳となる1998年に同クラブに入団。同年、各国のユースチームが出揃うナイキカップに出場すると、レアル・マドリードやマンチェスター・ユナイテッドといったチームがいるなか優勝を果たし、翌1999年にアトレティコ・マドリーとの契約すると2001年5月27日にトップデビューを果たし、1週間後に初得点を記録した。
セグンダ・ディビシオン2001-02シーズン、トーレスは36試合に出場し6得点を記録。チームは2部リーグ優勝で2年振りにプリメーラ・ディビシオンに復帰。プリメーラ・ディビシオン2002-03シーズン、トーレスは一部リーグデビューを果たし、29試合13得点を記録。
翌2003-04シーズンには弱冠19歳にしてチームの主将に任命され35試合に出場し自身最多となる19得点を上げるなど飛躍のシーズンとなった。またチームの順位も7位まで上昇。続く2004-05シーズン38試合出場16得点、2005-06シーズン36試合出場13得点、2006-07シーズン36試合出場14得点と5シーズン連続で10得点以上を記録し、主将としてチームを牽引したものの念願のUEFAチャンピオンズリーグ出場は果たせず、イングランドのリヴァプールへの移籍を決断した。
プレミアリーグ2007-08シーズン、開幕前のトーレスの下馬評はプレミアリーグの機動的で展開の速いスタイルに順応できるのか疑問視する声も多かったが、アンフィールドで行われたチェルシー戦で先制弾を放つ順調なスタートを切り、結果的に24得点を上げ得点ランキング2位に付き、シーズン通して33得点を記録し一躍コップ[1]のアイドルとなった。チームは勝ち点76ポイント得失点差39で4位。
プレミアリーグやEURO2008での活躍が認められ、2008年のバロンドールを選ぶ投票ではクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシに次ぐ3位に付いている。
2年目となる2008-09シーズンでは、EURO2008の疲れからかハムストリングの故障を繰り返し、スタンドでの観戦が多かった。だが、リーグ戦24試合の出場にとどまったにもかかわらず14得点とエースとしての仕事はしっかりと務めた(リーグ得点ランキングは4位、チーム内得点ランキングはスティーブン・ジェラードに次ぐ2位)。ちなみに、この年のリヴァプールはクリスマスのリーグ戦折り返し時点で首位に立っており、最終的に勝ち点86と過去最高の勝ち点を獲得し19シーズンぶり19回目の優勝に近づいていたが惜しくも勝ち点4届かず2位に終わった。トーレスの怪我がなければリーグ優勝は確実だったと言われている。
[編集] 代表
国際大会のデビューは2001年にイングランドで開催されたUEFA U-17欧州選手権で、スペイン代表として出場したトーレスは得点王と最優秀選手を受賞し、同国の優勝に貢献。この結果によりトリニダード・トバゴで開催された2001 FIFA U-17世界選手権の出場権も獲得し、欧州王者として大会に挑むも予選敗退に終わった。翌年にノルウェーで開催されたUEFA U-19欧州選手権のメンバーにも選出され、UEFA U-17欧州選手権に続いて得点王と最優秀選手を受賞、更にチームも優勝という成績を収めた。
2004年にポルトガルで開催されたEURO2004の代表に選出され、初のA代表での国際大会となったが1試合の先発出場と2試合の途中出場に止まり、得点を上げることもできず予選敗退に終わった。
2006年にドイツで開催された2006 FIFAワールドカップに出場し、グループステージでは3得点を記録しベスト16進出に貢献。
2008年にスイスとオーストリアで共催されたEURO2008では、中心選手として大会に臨み、2得点を決めて優勝に貢献。コンビを組むダビド・ビジャの故障により決勝のドイツ戦はトーレスの1トップとなったが、前半33分にシャビのスルーパスに反応し、先にコースに入ったフィリップ・ラームを外側から追い抜きイェンス・レーマンの鼻先で体勢を崩しながらもループシュートを決め、結局このゴールが決勝点となりスペイン代表の優勝を決めた。また、トーレスは大会優秀選手にも選出された。
[編集] エピソード
- アトレティコ・マドリード時代には、「バルサキラー」の異名を持っていた。FCバルセロナ戦では必ずといっていいほどゴールを決めていたことがその所以であり、バルセロナが連覇した2004-05、2005-06シーズン、バルセロナは対アトレティコ戦をすべて彼のゴールにより敗れている。
- アトレティコ・マドリード時代の対FCバルセロナ戦では度々スペイン代表DFカルレス・プジョルを振り切る場面があった。
- その一方でアトレティコ・マドリードのシンボルでありながら、最大のライバルであるレアル・マドリードとのマドリードダービーでは得点ができない期間が続いた。2006-2007シーズンにようやく待望のゴールを挙げ、ダービーで得点できないエースというイメージを過去のものとした。
- 頻繁に髪形を変えることでも知られる。本人曰く気分転換とのことだが、EURO2004に出場した際にも髪型を変えたものの、同大会の2試合目からは髪を切って出場している。
- リヴァプール入団以前から、地元の友人らとアトレティコと共にリヴァプールFCを応援していたとインタビュー等で明らかにしている。
- リヴァプール移籍後も変わらずアトレティコ・マドリーのサポーターであることを宣言しており、「アトレティコで何かをやってから引退したい」と発言している。一方、「自分に決定権があるなら、レアル・マドリードにだけは絶対に行かない」とも語っている。
- 移籍当初英語が不得手だったため適応を疑問視されたが、同胞のホセ・マヌエル・レイナやシャビ・アロンソが公私にわたってサポートしたため活躍することが出来た。
- 長袖の着用が多く、イングランドでは夏以外は1年間を通してほとんど長袖である。
- 間合いを詰めてきた相手の背後にスペースを見つけ、縦にボールを蹴り出し、相手を外側から抜き去るメイア・ルアと呼ばれるテクニックを得意とする。
- 2008年にイギリスで行われた「プレミアリーグで最も好きな選手は?」というアンケートで1位に選ばれた。
[編集] 個人成績
| クラブ | シーズン | リーグ | リーグ戦 | カップ戦 | リーグカップ戦 | 欧州カップ戦 | 合計 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | |||
| 2000–01 | セグンダ | 4 | 1 | 2 | 0 | - | - | - | - | 6 | 1 | |
| 2001–02 | セグンダ | 36 | 6 | 1 | 1 | - | - | - | - | 37 | 7 | |
| 2002–03 | プリメーラ | 29 | 13 | 2 | 1 | - | - | - | - | 31 | 14 | |
| 2003–04 | プリメーラ | 35 | 19 | 5 | 2 | - | - | - | - | 40 | 21 | |
| 2004–05 | プリメーラ | 38 | 16 | 6 | 2 | - | - | 5 | 2 | 49 | 20 | |
| 2005–06 | プリメーラ | 36 | 13 | 4 | 0 | - | - | - | - | 40 | 13 | |
| 2006–07 | プリメーラ | 36 | 14 | 4 | 1 | - | - | - | - | 40 | 15 | |
| 合計 | 214 | 82 | 24 | 7 | - | - | 5 | 2 | 243 | 92 | ||
| 2007–08 | プレミア | 33 | 24 | 1 | 0 | 1 | 3 | 11 | 6 | 46 | 33 | |
| 2008–09 | プレミア | 23 | 14 | 3 | 1 | 2 | 0 | 9 | 2 | 37 | 17 | |
| 合計 | 56 | 38 | 4 | 1 | 3 | 3 | 20 | 8 | 83 | 50 | ||
| 合計 | 270 | 120 | 28 | 8 | 3 | 3 | 25 | 10 | 326 | 141 | ||
[編集] 代表
2003年9月6日(土)に行われた国際親善試合の対ポルトガル戦でデビュー。
- 2004 EURO2004・ポルトガル大会 - 1次リーグ敗退
- 2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会 - ベスト16 3試合/3得点
- 2008 EURO2008・オーストリア・スイス大会 - 優勝 5試合/2得点 ベスト11
[編集] タイトル
- 2001 U-16欧州選手権 - 優勝・得点王・最優秀選手
- 2002 U-19欧州選手権 - 優勝・得点王(4得点)最優秀選手
- 2008 EURO2008・オーストリア・スイス大会 - 優勝
[編集] 脚注
| リヴァプールFC - 現所属メンバー |
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1 カバリエリ | 2 ドッセーナ | 4 ヒーピア | 5 アッゲル | 8 ジェラード | 9 トーレス | 11 リエラ | 12 ファビオ・アウレリオ | 14 アロンソ | 15 ベナユン | 17 アルベロア | 18 カイト | 19 バベル | 20 マスチェラーノ | 21 ルーカス | 22 インスア | 23 キャラガー | 24 ヌゴグ | 25 レイナ | 26 スピーリング | 27 デゲン | 28 プレッシ | 29 ネメト | 30 イタンジュ | 31 エル・ザール | 32 ダービー | 34 ケリー | 35 フリン | 36 アーウィン | 37 シュクルテル | 38 リンドフィールド | 39 エクセルストン | 41 ハンセン 監督: ベニテス |
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