フアン・マタ
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | フアン・マヌエル・マタ・ガルシーア Juan Manuel Mata García |
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| 愛称 | ファニート | |||||
| ラテン文字 | Juan Manuel MATA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1988年4月28日(25歳) | |||||
| 出身地 | カスティーリャ・イ・レオン州, ブルゴス県, ブルゴス |
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| 身長 | 170cm | |||||
| 体重 | 63kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF / FW | |||||
| 背番号 | 10 | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1998-2003 2003-2006 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2006-2007 2007-2011 2011- |
40 (9) 129 (33) 58 (16) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2004 2004 2006-2007 2007 2007- 2009- |
3 (2) 2 (1) 13 (12) 5 (3) 15 (3) 18 (6) |
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2013年1月20日現在。 2. 2012年7月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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フアン・マヌエル・マタ・ガルシア(Juan Manuel Mata García, 1988年4月28日 - )は、スペイン・ブルゴス出身のサッカー選手。頭の良い選手であり、ボールキープ能力やインテリジェンス、得点力に優れるプレイヤー[1]。チェルシーFC所属。スペイン代表。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。
目次 |
クラブ経歴 [編集]
レアル・マドリード [編集]
父親がブルゴスCFに在籍していた関係でカスティーリャ・イ・レオン州のブルゴスに生まれたが、その後父親がレアル・オビエドに移籍したこともありアストゥリアス州・オビエドで育ち、レアル・オビエドの下部組織でサッカーを始めた。3シーズンの間レアル・オビエドの下部組織に在籍し、15歳の時にレアル・マドリードの下部組織に移ると、カデテA、フニベールC、フニベールBと順調に昇格した。フニベールAではリーグ戦で18得点を挙げ、コパ・デ・カンペオネス・フベニールでは3得点を決めて優勝に貢献し、フニベール・カップでも3得点を決めた。2006-07シーズンはレアル・マドリード・カスティージャに昇格し、アルバロ・ネグレドの18得点に次ぐチーム2位の9得点を挙げたが、クラブはセグンダ・ディビシオンB(3部)に降格した。
バレンシアCF [編集]
レアル・マドリードとの契約延長交渉が決裂し、2007年3月に4年契約でバレンシアCFに完全移籍した[2]。ビセンテ・ロドリゲスの相次ぐ負傷やロナルド・クーマン監督の解任などが幸いして徐々にポジションを掴んだ。2008年3月20日のコパ・デル・レイ準決勝・FCバルセロナ戦では2得点し[3]、4月16日の決勝・ヘタフェCF戦では先制点を決めて3-1での優勝に貢献した[4]。2007-08シーズンの活躍からバレンシアCFのファンと選手が選ぶ最優秀若手選手賞に選ばれた。レアル・マドリードではトップチームに昇格できなかったが、バレンシアCFに移籍して花開くこととなった。
古巣レアル・マドリードと対戦した2008年のスーペルコパ・デ・エスパーニャではファーストレグで得点を決めて3-2で勝利したが、セカンドレグでは2-4で敗れ、2試合合計5-6で敗れて準優勝に終わった。2008-09シーズンの出だしは良好で、RCDマジョルカとの開幕戦で先制点を決めたほか、CAオサスナ戦ではダビド・ビジャからのロングボールをゴールネットに沈めた。ビジャとの連携は試合ごとに改善し、2008年9月25日のマラガCF戦ではビジャが決めた2得点の両方をアシストした。3日後のデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦では1得点3アシストと4得点すべてに絡む活躍を見せた[5]。終盤戦のスポルティング・ヒホン戦では決勝点となる3点目を決め、ホームでのセビージャFC戦では2-1の勝利を決めるPKを決めた(本来のキッカーであるビジャが負傷交代していたため)。2008-09シーズンは11得点13アシストという素晴らしい成績を残し、アシストランキングではFCバルセロナのシャビに次いでリーグ2位に位置した。
チェルシーFC [編集]
2011年8月21日にイングランドのチェルシーFC移籍がバレンシア公式サイト上で発表された。移籍金は2700万ユーロ程度と見られている。背番号はバレンシア時代と同じ10番。アンドレ・ビラス・ボアス率いるチェルシーでのデビュー戦となった2011年8月27日のノリッジ・シティFC戦で移籍後いきなり初ゴールを記録するなど、プレミアリーグへの適応の早さを見せた。[6]チェルシーでは神出鬼没な動きを見せ、攻撃に新たな色を加えている。2012年の10月にはプレミアリーグ月間最優秀選手に選出された。
代表経歴 [編集]
2006年のUEFA U-19欧州選手権にはスペイン代表の主力として参加し、 アルベルト・ブエノに次ぐ4得点を挙げて優勝に貢献した[7]。2007年2月1日、まだ18歳10カ月であったがイニャキ・サエス監督によってU-21スペイン代表に追加招集され、U-21イングランド代表との親善試合に出場した。この時のチームメイトにはFWロベルト・ソルダード、MFホセ・マヌエル・フラド、DFセルヒオ・サンチェス、DFミゲル・トーレス、MFエステバン・グラネロ、アントニオ・アダンなどがいた。
2008年11月14日、ビセンテ・デル・ボスケ監督によってスペインA代表に招集された。この時のチリとの親善試合では出場機会がなかったが、2009年3月28日の2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選・トルコ戦で63分にFWダビド・ビジャとの途中交代で初キャップを記録した。2009年6月にはFIFAコンフェデレーションズカップ2009に出場し、グループリーグのイラク戦で先発出場の機会を得た。準決勝のアメリカ戦ではMFアルベルト・リエラに代わって途中出場したが、0-2で敗れて3位に終わった。9月9日の2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選・エストニア戦で初得点を記録した。本大会ではグループリーグのホンジュラス戦でFWフェルナンド・トーレスとの途中交代で出場した20分間しか出場機会がなかったが、世界チャンピオンのトロフィーに名を刻んだ。
人物 [編集]
マドリード工科大学(Universidad Politecnica de Madrid)で身体運動科学とジャーナリズムを専攻している。趣味は卓球[8]と読書で、元チームメイトのエステバン・グラネロの影響で日本文学に興味を持ち、村上春樹の小説を愛好する[9]。
父親のフアン・マタ(息子と同名)はレアル・オビエドやブルゴスCF、UDサラマンカ等でプレーした元サッカー選手であり、FIFA公式代理人資格も持っている彼は息子の代理人を務めている[10]。
個人成績 [編集]
クラブでの出場成績 [編集]
| クラブ | シーズン | リーグ | 背番号 | リーグ戦 | カップ戦 | リーグカップ戦 | 欧州カップ戦 | 合計 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | 試合 | ゴール | ||||
| 2006–07 | セグンダ | 39 | 9 | - | - | - | - | - | - | 39 | 9 | ||
| 2007–08 | プリメーラ | 16 | 24 | 5 | 8 | 4 | - | - | 1 | 0 | 33 | 9 | |
| 2008–09 | 37 | 11 | 4 | 2 | - | - | 6 | 1 | 47 | 14 | |||
| 2009–10 | 10 | 35 | 9 | 2 | 0 | - | - | 14 | 5 | 51 | 14 | ||
| 2010–11 | 33 | 8 | 3 | 0 | - | - | 7 | 1 | 43 | 9 | |||
| 合計 | 129 | 33 | 17 | 6 | - | - | 28 | 7 | 174 | 46 | |||
| 2011–12 | プレミア | 10 | 34 | 6 | 7 | 4 | 1 | 0 | 11 | 2 | 53 | 12 | |
| 2012–13 | |||||||||||||
| 合計 | 34 | 6 | 7 | 4 | 1 | 0 | 11 | 2 | 53 | 12 | |||
| 合計 | 163 | 39 | 24 | 10 | 1 | 0 | 39 | 9 | 227 | 58 | |||
代表での得点 [編集]
- 2012年7月1日時点
| # | 日時 | 場所 | 相手 | スコア | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2009年9月9日 | 3–0 | 3–0 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 2 | 2009年10月10日 | 2–1 | 2–1 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 3 | 2009年10月14日 | 5–0 | 5–2 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 4 | 2011年3月29日 | 1-3 | 1-3 | UEFA EURO 2012予選 | ||
| 5 | 2011年10月7日 | 0-1 | 0-2 | UEFA EURO 2012予選 | ||
| 6 | 2012年7月1日 | 4-0 | 4-0 | UEFA EURO 2012決勝 |
タイトル [編集]
クラブ [編集]
- コパ・デル・レイ 2007-08
- FAカップ 2011-12
- UEFAチャンピオンズリーグ 2011-12
- UEFAヨーロッパリーグ 2012-13
代表 [編集]
- UEFA U-19欧州選手権 2006
個人 [編集]
- PFA年間ベストイレブン 2012-13
脚注 [編集]
- ^ “Mata makes his move”. UEFA.com (2009年1月16日). 2010年12月23日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “El Valencia le quita al Real Madrid al prometedor y cotizado Mata” (Spanish). Marca (2007年3月17日). 2010年12月23日閲覧。
- ^ “Mata seizes final chance for Valencia”. UEFA.com (2008年3月20日). 2010年12月23日閲覧。
- ^ “Morientes glad as Valencia get relief”. UEFA.com (2008年4月16日). 2010年12月23日閲覧。
- ^ “Villa goals ensure Valencia victory”. UEFA.com (2008年9月28日). 2010年12月23日閲覧。
- ^ “MATA: LONG-TERM AIMS”. chelseafc.com (2011年9月15日). 2011年11月27日閲覧。
- ^ “Spain sweep into U19 final”. UEFA.com (2006年7月26日). 2010年12月23日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “Juan Manuel Mata's biography” (Spanish). 公式サイト. 2010年12月2日閲覧。
- ^ “VALENCIA バレンシア 16 フアン・マタ”. OCNスポーツ 2010年12月2日閲覧。
- ^ “Valencia contract to complete Barcelona move”. Football Directa. (2009年8月5日)[リンク切れ]
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