イケル・カシージャス

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イケル・カシージャス Football pictogram.svg
Iker Casillas Euro 2012 vs France.jpg
名前
本名 イケル・カシージャス・フェルナンデス
愛称 聖イケル(San Iker, Saint Iker[1][2]
聖人(El Santo[3][4]
ラテン文字 Íker Casillas
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 1981年5月20日(33歳)
出身地 モストレス
身長 185cm[5]
体重 85kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション GK
背番号 1
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999- スペインの旗 レアル・マドリード 478 (-489)
代表歴
2000–2014 スペインの旗 スペイン 156 (-90)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年5月26日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

イケル・カシージャス・フェルナンデスÍker Casillas Fernández1981年5月20日 - )は、スペインモストレス出身のサッカー選手リーガ・エスパニョーラレアル・マドリード所属。ポジションはGK。日本の報道ではカシリャスカシーリャスカシジャスと表記されることもある(ジェイスモを参照)。

人物・特徴[編集]

優れた反射神経を生かしたセービングで1対1の場面に強く、「世界最高のGK」の一人とされている[6]。また、UEFAチャンピオンズリーグ 2001-02決勝やUEFA EURO 2008準決勝のイタリア戦、2010 FIFAワールドカップ決勝のオランダ戦などに代表されるように大舞台に強い[7]ラウル・ゴンサレススペイン代表引退後はキャプテンを務め、UEFA欧州選手権2008および2012、2010 FIFAワールドカップで優勝を手にした。フランツ・ベッケンバウアーディディエ・デシャンに次いで3人目となるワールドカップと欧州選手権の2大会で優勝トロフィーを掲げた選手である[8]レアル・マドリードのサポーターであるマドリディスタ(Madridista)からは聖イケルサン・イケルSan Íker)と賞賛され[1]、クラブでもラウルの退団後はキャプテンを務めている。

元レアル・マドリードの選手であり晩年チームメイトであったボド・イルクナーは、カシージャスの優れている点に自分の与えられた仕事を全うする責任感の強さといつでも謙虚であり続ける姿勢を挙げた[9]。ライバルのFCバルセロナに所属し代表で共にプレーするシャビは、「チームに安定と信頼をもたらす存在である」と述べ、選手としてだけでなく人間性も高く評価した[10]。プライベートでも国際連合の親善大使を務め、社会奉仕活動を行なっている[11]

経歴[編集]

クラブ経歴[編集]

1981年5月20日公務員の父と美容師の母のもとに生まれる[12]。子供の頃は内向的な性格で[13]、当時憧れの選手はデンマーク代表ピーター・シュマイケルであった[14][15]。1990-91シーズンにレアル・マドリードの下部組織に入団。

1997年11月27日、高校在学中(16歳)にUEFAチャンピオンズリーグローゼンボリ戦に招集されたが、トップチームデビューしたのは1998-99シーズンになってからだった。そのシーズンにレアル・マドリードCでテルセーラ・ディビシオンを優勝し、翌1999-2000シーズンにはレアル・マドリード・カスティージャのレギュラーになると同時にトップチームの第3GKも務めた[13]。その後負傷により長期離脱したGKボド・イルクナーに代わってポジションを獲得し、歴代最年少の19歳4日でチャンピオンズリーグ決勝(バレンシア戦)に出場した[1]

2000年にはプリメーラ・ディビシオン最優秀新人選手賞であるブラヴォー賞を獲得。同年夏にアルバノ・ビザーリとの入れ替わりでセサル・サンチェスレアル・バリャドリードから加入。彼とポジションを争うことになり、2001-02シーズン終盤にはポジションを奪われた。しかし、セサルは同シーズンのチャンピオンズリーグ決勝バイヤー・レバークーゼン戦後半途中に負傷し、交代でピッチに立った[16]。レバークーゼンの怒涛の攻撃に対してファインセーブを連発し(特に後半ロスタイム、決定的だった相手CKからのディミタール・ベルバトフの至近距離からのシュートをたて続けに防いだ)、2年ぶり9回目の優勝に貢献した。その後も銀河系軍団と呼ばれるチームにあって守備面で大きな貢献をし、チームの顔の1人となった。その後セサルは退団し、レアルマドリードの守護神として定着した。

2007-08シーズンは実りの多いシーズンだった。ディフェンダーにファビオ・カンナヴァーロペペら実力者が加入し、31度目のリーグ優勝を果たすと共に、36試合32失点に抑えてサモラ賞(最少失点率)のタイトルを初めて受賞。シーズン中の2008年2月14日には、2017年までの契約延長で合意に達し、最終シーズンに30試合以上に出場すると自動的に契約が延長されるという、いわゆる「生涯契約」にサインした[17]。他クラブが彼を獲得する際の違約金は1億1300万ユーロに設定された。

エスパニョール戦のカシージャス(2009年)

2008年には自身2度目のUEFAベストイレブンにも輝いた。彼にバロンドールを求める署名活動が起こり、1万人以上の署名が集まった[18]。結果的に、クリスティアーノ・ロナウドリオネル・メッシフェルナンド・トーレスに次ぐゴールキーパーとして最高位の4位に入った。2008-09シーズンにはリーグ戦全試合に出場した。2008年冬の移籍市場でマンチェスター・シティはカシージャス引き抜きの為に違約金として史上最高額となる約175億円を用意したが、カシージャスはこの申し出を断った[19]2009年2月7日ラシン・サンタンデール戦で、フランシスコ・ブーヨが保持していたクラブのゴールキーパー最多出場記録(454試合)を更新した[20]

2009年10月4日セビージャFC戦でスーパーセーブを披露し、往年の名GKであるゴードン・バンクスから「史上最高のGKの一人」と評された[21]11月25日FCチューリッヒ戦で、11人目となるUEFAチャンピオンズリーグ通算100試合出場を達成した[22]国際サッカー歴史統計連盟が選ぶ2009年の最優秀ゴールキーパーとなり、歴代のランキングでも2位につけている[23] [24]

ラウル・グティの両キャプテンがクラブを去ったことに伴い、2010-11シーズンよりレアル・マドリードの主将に就任した。12月12日レアル・サラゴサ戦でレアル・マドリード史上9人目、GKとしては初のリーグ400試合出場を果たした。2010年にもUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーに4年連続で選ばれ、ジャンルイジ・ブッフォンの3度を超えて最多受賞GKとなった。2011年4月9日ビルバオ戦では3-0で完封勝利し、ブーヨの持っていた通算無失点試合数のクラブ記録に並んだ[25]コパ・デル・レイ決勝では、ラスト15分の間にメッシやペドロアンドレス・イニエスタらのシュートを3度スーパーセーブで防ぐなどの守りを見せ[7]、10年以上のキャリアで1度も手にしたことのなかったコパ・デル・レイのタイトルを獲得した。

CSKAモスクワ戦のカシージャス(2012年)

2011年には国際サッカー歴史統計連盟から4年連続で最優秀GKに選ばれるとともに、同賞制定25周年を記念して設定された「過去25年で最高のGK」にも選出された[26]。また、21世紀のGKランキングにおいては、ブッフォンに僅差で敗れたものの、3位のペトル・チェフを大きく引き離すポイントを獲得して2位に選ばれた[27]

その一方、緊張状態に陥っていたFCバルセロナとの和解のため、シャビカルレス・プジョルら代表でのチームメイトに直接電話をかけたこと[28]、恋人であるサラ・カルボネーロがクラブ内情を暴露したことなどから[29]ジョゼ・モウリーニョとの確執が発生。そんな中、2012-13シーズンには2013年1月23日のコパ・デル・レイ準々決勝のバレンシア戦にてアルバロ・アルベロアとの接触により左手を骨折し、長期離脱を余儀なくされる[30]。負傷から復帰した後も、緊急補強されたディエゴ・ロペスが正GKに定着したため、出場機会が得られない状況が続いた[31]。リーグ最終戦であるCAオサスナ戦では、ロペスが負傷していたのにも関わらずカシージャスは招集外となり、ヘスス・フェルナンデスがゴールを守った[32]

2013年夏にカルロ・アンチェロッティが監督に就任すると、アンチェロッティはロペスとカシージャスのローテーションを明言し[33]、リーグ戦をロペス、チャンピオンズリーグ及びコパ・デル・レイをカシージャスと使い分けた。2013-14シーズンの初試合となったチャンピオンズリーグ、グループリーグガラタサライSK戦でセルヒオ・ラモスとの接触プレーによる途中交代の不運もあったものの、ガラタサライSKとの2戦目でウムト・ブルトにゴールを奪われて以降9試合無失点に抑え、アベル・レシーノの持つスペインのクラブにおける無失点記録924分を28分上回った[34]。チャンピオンズリーグで決勝まで進んだことを受け、アンチェロッティは試合の間隔を開けないためリーガでも2選手を併用し[35]、レアル・バリャドリード戦とRCDエスパニョール戦に出場した。アトレティコ・マドリードとのダービーとなった決勝では、カシージャスのミスからディエゴ・ゴディンに先制点を許したものの、3度目となる欧州制覇を達成した[36]

代表経歴[編集]

U-15スペイン代表で、ウェンブリー・スタジアムで行われたイングランド戦で後半から出場。これが初めての代表戦であった。カシージャスはインタビューで、当時“フェラーリから地下鉄”と題するルポルタージュをしており、当時の監督から叱られたエピソードを語っている[13]

16歳の時にU-17スペイン代表に選ばれ、1997年エジプトで行われたFIFA U-17ワールドカップで3位入賞した。U-17代表ではキャプテンも務めた。1999年にはFIFAワールドユース選手権UEFA-CAF メリディアン・カップで優勝した(しかし、この時はダニエル・アランスビアが正GKだった)。

EURO2000スウェーデン戦で、19歳と14日でスペイン代表デビューを果たした。しかし、試合ではピッチに立ってわずか11分で相手にPKを与えてしまった[2]2002年日韓W杯のメンバー入りも果たし、正GKのサンティアゴ・カニサレスがアクシデントにより負傷したため、21歳にして正GKとして大会に臨んだ。アイルランド戦のPK戦では2回止め、一躍母国のヒーローとなった。日韓W杯の韓国戦でのセービングはFIFAによって歴代トップテンのセービングに選ばれた[37]

EURO2004予選では6試合で4失点に抑え、ノルウェーとのプレーオフに勝利して本大会出場を決めた。本大会では全試合出場。2006 FIFAワールドカップには副キャプテンとして臨んだが、決勝トーナメント1回戦のフランス戦では先制したにも関わらず3失点し、1-3で敗れた[38]

イングランド代表戦でのカシージャス(2009年)

EURO2008にはスペイン代表のキャプテンとして臨んだ。グループリーグのロシア戦とスウェーデン戦に出場し、安定感のあるセービングを見せたが、3戦目のギリシャ戦には控えのホセ・マヌエル・レイナが出場した。決勝トーナメント1回戦のイタリア戦はPK戦までもつれたが、アントニオ・ディ・ナターレダニエレ・デ・ロッシのシュートを止めてPK戦を4-2で勝利し[39]、スペイン代表が持っていた様々なジンクスを打ち破った。カシージャスの母親は、このPK戦を前にあまりの緊張からか気を失い、息子の勇姿を見逃した。グループリーグではズラタン・イブラヒモビッチに1失点しただけであり、準々決勝、準決勝、決勝の全てでクリーンシートを記録し、守備に安定感をもたらした。6月29日のドイツとの決勝を1-0で勝利し、スペインの44年ぶりの優勝に大きく貢献した。UEFA欧州選手権のトロフィーをキャプテンとして掲げた初のゴールキーパーとなり[40]ジャンルイジ・ブッフォンエドウィン・ファン・デル・サールと共にUEFA選定大会優秀選手に選ばれた。2008年10月、カシージャスとレイナの二人はアンドニ・スビサレッタフランシスコ・ブーヨが作り、長い間破られることがなかったスペイン代表の連続無失点記録(710分)を更新した[41]

ワールドカップトロフィーにキスをするカシージャスと、優勝を祝福するフアン・マタハビ・マルティネス

2009年9月5日2010 FIFAワールドカップ欧州予選ベルギー戦に5-0で勝利し、スビサレッタが保持するスペイン代表の無失点試合数56試合に並んだ[42]。そして、9月9日のエストニア戦を無失点に抑え、新記録となる57回目の完封を達成した(カシージャスは98試合で57完封、スビサレッタは通算126試合で56試合完封)[43]。11月14日にはアルゼンチンとの親善試合に出場し、ゴールキーパーとしては過去にスビサレッタしか果たしていないスペイン代表100試合出場を達成した。

EURO2008に続いてキャプテンとして出場した2010 FIFAワールドカップでは、初戦でスイスに敗れてしまうも、その後の2試合は勝利し、決勝トーナメントに進出。決勝トーナメント1回戦のポルトガル戦ではマドリーのチームメイトでもあるクリスティアーノ・ロナウドのFKを弾き出したり、準々決勝のパラグアイ戦ではオスカル・カルドソのPKをキャッチでセーブしたり、お互い史上初の優勝をかけた決勝のオランダ戦ではアリエン・ロッベンとの2度に渡る1対1の場面など多くのピンチがあったものの全てのシュートをセーブし、延長にもつれこみながらも1−0でスペイン代表史上初のワールドカップ優勝を果たした。ロッベンのシュートを阻止したシーンは、後にカシージャスが「最も思い出深く、誇りに思っているプレー」と語ることとなった[44]。またこの試合ではアンドレス・イニエスタが決勝点を挙げると、カシージャスはまだ試合中にも関わらず顔を手で覆い涙を流した[45]。決勝トーナメントの4試合を無失点に抑えたカシージャスは、レフ・ヤシン賞から名称を変えた大会最優秀GKであるゴールデングローブ賞の第1回受賞者となった。

2011年11月12日のイングランドとの親善試合に出場。代表通算126試合目の出場となり、スビサレッタの持つスペイン代表最多記録に並んだ[46]。さらに15日のコスタリカ戦で代表通算127試合に伸ばし、スビサレッタの記録を更新した[8]2012年5月30日の韓国戦で代表95勝目の最多記録を飾り、6月6日中国戦での1-0での勝利によって74試合目の完封勝利として、ファン・デル・サールの持つ代表最多完封勝利を更新した。

EURO 2012優勝杯を掲げるカシージャス

EURO2012においても全ての試合にフル出場。グループリーグ緒戦のイタリア戦でディ・ナターレにゴールを決められるも、その後509分間ゴールを割らせず大会を通じての失点を1にとどめ、ディノ・ゾフの持つ欧州選手権無失点記録494分を更新した。決勝のイタリア戦では代表100試合勝利を達成し[47]、ブッフォン、マヌエル・ノイアーと共にUEFA選定大会優秀選手に選ばれた。また、同年にはシャビと共にアストゥリアス皇太子賞のスポーツ部門を受賞した。2010年にスペイン代表として受賞して以来、自身2度目の受賞となった[48]

10月12日ブラジルW杯欧州予選ベラルーシ戦にフル出場して4-0で勝利。これにより無失点記録を727分に伸ばし、2008年に自身が打ち立てたスペイン代表の無失点記録708分を更新した[49]

2014年6月13日に行われたブラジルW杯のグループリーグ、グループBの初戦の対オランダ戦においてカシージャスは5点を奪われ、大敗を喫した。 その後同大会を持って代表引退を表明した。

その他[編集]

  • 長年の恋人だったスペインの芸能人のエバ・ゴンサレスは2003年のミス・スペインに選ばれている。また、南アフリカW杯決勝であるオランダ戦の試合後のインタビューでは、テレビカメラの前で恋人であるTVレポーターのサラ・カルボネーロに熱烈なキスをして話題になった[50][51]
  • カシージャスは縁起かつぎのため、チームメートがゴールを決めると、ゴールのクロスバーに触れるようにしている[16]
  • 母親はサミュエル・エトオのファンである。彼自身も仲がよく、FWとGKであることからいいライバル関係を築いている。また、エトオがズラタン・イブラヒモビッチとのトレードでインテルへ移籍した際、エトオのことを「悪夢だった」と語り、その能力を称賛している[52]
  • 2007年11月3日、セビージャとのアウェー戦当日の朝、カシージャスは当時監督のベルント・シュスターの許可を得てコンセントレーション(試合前泊)を離れ、3年に渡り脳腫瘍と戦う16歳の少女のもとを突然訪れた[53]。少女はマドリディスタで、彼女にとってカシージャスは1番のアイドルであった。2人はしばらくの間会話をかわし、セルヒオ・ラモスにも会いたいという彼女の頼みを聞き入れ、彼を呼び出して彼も含めた交流を行った。その後、彼女が亡くなった後、棺にはカシージャスのユニフォームとチームのポスターが添えられた。
  • 憧れの選手であるピーター・シュマイケルと対戦した2000年のUEFAチャンピオンズリーグでは、試合後すぐにシュマイケルのもとへ行きユニフォーム交換を行った[15]
  • 7歳下の弟ウナイ・カシージャスがおり、MFをしている[54]
  • 南アフリカワールドカップ後に、地元であるモストレスと両親の故郷であるナバラクルスの名誉市民となった。また、2011年1月にモストレスにある道路の1つが「イケル・カシージャス通り」と改名された[55][56]
  • 2014年1月3日、サラとの間に第一子となる長男が誕生した[57]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

クラブ成績[編集]

シーズン クラブ ディビシオン リーガ カップ UEFA その他 シーズン通算
出場 失点 出場 失点 出場 失点 出場 失点 出場 失点
1999-2000 レアル・マドリード プリメーラ 27 25 5 1 12 19 2 5 46 50
2000-01 34 37 0 0 11 15 2 4 47 56
2001-02 25 27 5 5 9 6 1 0 40 38
2002-03 38 42 0 0 15 21 2 1 55 64
2003-04 37 50 2 1 9 10 2 2 50 63
2004-05 37 30 0 0 10 11 - - 47 41
2005-06 37 38 4 6 7 7 0 0 48 51
2006-07 38 40 0 0 7 10 0 0 45 50
2007-08 36 32 0 0 8 13 2 6 46 51
2008-09 38 52 0 0 7 10 2 5 47 67
2009-10 38 35 0 0 8 9 0 0 46 44
2010-11 35 32 8 2 11 6 0 0 54 40
2011-12 37 31 4 6 10 7 2 5 53 49
2012-13 19 16 3 0 5 8 2 4 29 28
2013-14 2 2 9 1 13 9 0 0 24 12
プリメーラ通算 478 489 40 22 142 161 17 32 677 704

代表成績[編集]

親善試合 ワールドカップ 欧州選手権 コンフェデ杯 通算
出場 失点 出場 失点 出場 失点 出場 失点 出場 失点
2000 3 3 3 2 0 0 0 0 6 5
2001 3 2 2 0 0 0 0 0 5 2
2002 4 1 5 5 2 0 0 0 11 6
2003 3 1 1 2 6 4 0 0 10 7
2004 6 3 3 1 3 2 0 0 12 6
2005 1 0 9 4 0 0 0 0 10 4
2006 4 3 3 4 3 5 0 0 10 12
2007 1 0 0 0 8 3 0 0 9 3
2008 7 1 2 0 6 2 0 0 15 3
2009 4 1 5 4 0 0 4 4 13 9
2010 5 7 7 2 3 3 0 0 15 12
2011 7 5 0 0 4 2 0 0 11 7
2012 7 1 3 1 6 1 0 0 16 3
2013 3 1 1 0 0 0 3 4 7 5
2014 2 0 1 5 0 0 0 0 3 5
代表通算 61 28 46 27 41 22 7 8 156 90

FIFAバロンドール投票[編集]

バロンドール投票

フランス・フットボール誌が主催してヨーロッパ最優秀選手を決めるバロンドールには2002年に初めてノミネートされたが、このときは得票を得られなかった。2007年から3年連続でノミネートされ、2008年にはUEFA欧州選手権2008(優勝)やリーガ・エスパニョーラ(優勝)の活躍が評価され、自己最高位の4位にランクインした。

順位
2002 得票なし 0
2003 得票なし 0
2004 ノミネート外 ノミネート外
2005 ノミネート外 ノミネート外
2006 ノミネート外 ノミネート外
2007 27位 3
2008 4位 133
2009 16位 8
FIFAバロンドール投票

FIFA最優秀選手賞バロンドールが統合され、2010年からはFIFAバロンドールとして世界最優秀選手が発表されている。2010年には2010 FIFAワールドカップでの活躍が評価され、ディフェンスの選手としては最高位の7位にランクインした。それ以降の投票でも、ディフェンスの選手としては最高位にランクインしている。

順位 総得票率 監督票 主将票 記者票
2010 7位 2.90 0.49 1.44 0.96
2011 9位 1.29
2012 6位 3.18

代表[編集]

スペインでのEURO 2008優勝パレードの様子

タイトル[編集]

クラブ[編集]

代表[編集]

個人[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c Iker CasillasESPN Soccernet
  2. ^ a b スペイン代表12年目を迎えた“聖イケル””. uefa.com (2012年6月3日). 2012年6月24日閲覧。
  3. ^ Casillas, un 'santo' de leyenda”. diariovasco.com (2011年11月10日). 2012年6月24日閲覧。
  4. ^ Iker 'el Santo' Casillas”. Marca.com (2011年7月24日). 2012年6月24日閲覧。
  5. ^ CASILLAS”. レアル・マドリード公式サイト. 2011年4月3日閲覧。
  6. ^ イケル・カシージャス. goal.com
  7. ^ a b イケル・カシージャス(40位)Goal.com 2011年8月1日
  8. ^ a b カシージャス、代表最多試合出場選手にレアル・マドリード公式サイト日本語版、2011年11月16日
  9. ^ 元レアル・マドリーのイルクナー「カシージャスの長所は責任感の強さと謙虚な姿勢」. スポーツナビ、2011年11月15日
  10. ^ スペイン代表のシャビ「カシージャスはチームをひとつにしてくれる最高の主将」. スポーツナビ、2011年11月12日
  11. ^ REAL MADRID レアル・マドリー イケル・カシージャス. OCNスポーツ
  12. ^ Iker Casillas, portero del Real Madrid Iker Casillas, Real Madrid's goalkeeper. エル・ムンド
  13. ^ a b c インタビュー:レアル・カシージャスレアル・マドリード公式サイト、2011年2月18日
  14. ^ カシージャスが選ぶ歴代GKベスト10UEFA.com、2010年1月29日
  15. ^ a b イケル・カシージャス(レアル・マドリー/スペイン代表)「僕はこれからも成長を続ける」. OCNスポーツ、2011年11月28日
  16. ^ a b GK 1 カシージャスレアル・マドリード公式サイト日本語版
  17. ^ ラウルとカシージャス、生涯R・マドリーでプレーlivedoorスポーツ、2008年2月15日
  18. ^ 「カシージャスにバロンドールを」に1万人以上が署名livedoorスポーツ、2008年9月9日
  19. ^ マン・シティ、カシージャス引き抜きに失敗livedoorスポーツ、2008年12月3日
  20. ^ Casillas secures a place in Madrid folkloreUEFA.com、2009年2月9日
  21. ^ Praise for Casillasレアル・マドリード公式ウェブサイト、2009年10月7日
  22. ^ カシージャス、CL100試合出場達成Goal.com、2009年11月26日
  23. ^ The World's best Goalkeeper 2009IFFHS
  24. ^ All-Time World Goalkeeper Ranking (1987-2009)IFFHS
  25. ^ カシージャスに新たなる勲章Goal.com 2011年4月10日
  26. ^ カシージャス、4年連続で世界最高GKに選出”. レアル・マドリード公式サイト日本語版 (2011年1月4日). 2011年1月6日閲覧。
  27. ^ The World‘s best Goalkeeper of the 21st Century、IFFHS
  28. ^ カシージャスはレアルを退団するのか? 禁断のバルセロナ移籍の可能性を問う”. スポーツナビ (2013年10月26日). 2013年12月14日閲覧。
  29. ^ モウリーニョと選手の不仲を明かす?”. Goal.com (2013年1月29日). 2013年12月14日閲覧。
  30. ^ カシージャスが左手親指を骨折”. uefa.com (2013年1月24日). 2013年6月8日閲覧。
  31. ^ モウ:「私が監督でいる間はD・ロペスが出場する」”. Goal.com (2013年5月8日). 2013年6月1日閲覧。
  32. ^ リーガ第38節:オサスナ戦(H)レビュー”. レアル・マドリード公式サイト日本語版 (2013年6月2日). 2013年12月14日閲覧。
  33. ^ アンチェロッティ監督、「D・ロペスとカシージャスは1年間ローテーションしていく」”. wowow.com (2013年9月17日). 2013年12月14日閲覧。
  34. ^ カシージャス、スペインの無失点記録を更新Goal.com、2014年2月27日
  35. ^ レアル、リーガ残り4戦はD・ロペスとカシージャスが2試合ずつプレーyahoo.com、2014年5月4日
  36. ^ 同点ゴールを決めたラモス、カシージャスのミスを帳消しにyahoo.com、2014年5月25日
  37. ^ FIFA Fever Centennial Anniversary (1904–2004) DVD
  38. ^ Spain - FranceFIFA.com
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  40. ^ Germany 0 - 1 SpainESPN Soccernet、2008年6月30日
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  42. ^ Another record establishedレアル・マドリード公式ウェブサイト、2009年9月7日
  43. ^ カシージャス、代表記録を塗り替えるlivedoorスポーツ、2009年9月10日
  44. ^ 最多出場記録目前のカシージャス「W杯決勝のセーブは誇り」SOCCER KING 2011年11月12日
  45. ^ 最優秀GKカシージャス歓喜の涙…生放送キスもスポニチ、2010年7月13日
  46. ^ カシージャス、代表最多出場記録に並び「プレーに誇りを感じる」SOCCER KING 2011年11月13日
  47. ^ カシージャス、大舞台で代表100勝目/EURO、サンスポ、2012年7月2日
  48. ^ シャビ&カシージャスが皇太子賞を受賞、サンスポ、2012年9月6日
  49. ^ GKカシージャス、スペイン代表の無失点記録を727分に更新、サッカーキング、2012年10月14日
  50. ^ カシージャス、試合後のインタビューで熱烈なキス、サポティスタ、2010年7月12日。
  51. ^ スペインGKカシーリャス、優勝後に彼女のTVレポーターに熱烈キス、スカパー、2010年7月13日。
  52. ^ カシージャス エトーとの対戦は「悪夢だった」AFPBB News、2009年8月5日
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  57. ^ カシージャスに第一子誕生”. レアル・マドリード公式サイト日本語版 (2014年1月4日). 2014年1月4日閲覧。

外部リンク[編集]