ウェイン・ルーニー

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ウェイン・ルーニー Football pictogram.svg
Wayne Rooney Euro 2012 vs Italy.jpg
名前
本名 ウェイン・マーク・ルーニー
愛称 ワッザ
ラテン文字 Wayne Mark Rooney
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1985年10月24日(29歳)
出身地 マージーサイド州リヴァプール
身長 178cm[1]
体重 86kg[2]
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC
ポジション FW (CF)
背番号 10
利き足 右足
ユース
1996-2002 イングランドの旗 エヴァートン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2004 イングランドの旗 エヴァートン 67 (15)
2004- イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド 306 (157)
代表歴2
2000-2001 イングランドの旗 イングランド U-18 4 (2)
2001-2002 イングランドの旗 イングランド U-19 12 (7)
2002-2003 イングランドの旗 イングランド U-20 1 (0)
2003- イングランドの旗 イングランド 102 (47)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年5月20日現在。
2. 2015年3月27日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ウェイン・マーク・ルーニーWayne Mark Rooney, 1985年10月24日 - )は、イングランドリヴァプール出身のプロサッカー選手プレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドFC所属。イングランド代表ポジションフォワード

来歴[編集]

エヴァートンFC[編集]

リヴァプール北東部に位置するクロクステスの出身[3]。小さい頃から物を蹴るのが好きで、2歳の頃には寝てる両親の頭を蹴りあげるほどだった、1995年に地元のサッカークラブのエヴァートンFCの下部組織に入団し[4]、2002年8月17日、プレミアリーグの開幕戦に16歳と298日でトップデビューする[5]。同年10月2日、リーグカップレックスハムAFC戦で初ゴール(2ゴール)を挙げ、当時のエヴァートンFCの最年少得点記録を16歳と342日で更新[6]。17日後の同年10月19日、プレミアリーグのアーセナルFC戦でもゴールを挙げ、当時のプレミアリーグ最年少得点記録を16歳と360日で更新するとともに[7](2か月後の同年12月28日にジェイムズ・ミルナーが(当時16歳と309日)、2005年4月10日にジェームズ・ヴォーンが(当時16歳と271日)それぞれ記録を更新している[8])、アーセナルFCの無敗記録を30試合でストップさせている[9]。同年11月3日のリーズ・ユナイテッドAFC戦でもゴールを決め、チームのリーズのホームでの50年ぶりの勝利に貢献[10]。同年12月26日のバーミンガム・シティFC戦では初のレッドカードをもらっている[11](ちなみに、この時、イエローカードは累計で4枚貯まっている[12])。同時期にBBCスポーツによる2002年度の最優秀新人スポーツ選手に選ばれる[13]。2003年1月にプロ契約を結ぶ[14](それまでは練習生であった)。2002-03シーズンは公式戦37試合に出場し8得点を記録[12]

2003-04シーズン、26試合に先発出場(デビューシーズンは途中出場が半分以上だった)、9得点を記録。監督デイヴィッド・モイーズと関係が悪化し、退団を決意[15]。2004年8月31日に移籍金2,560万ポンド、6年契約でマンチェスター・ユナイテッドFCに移籍した[16]

マンチェスター・ユナイテッドFC[編集]

2008年チャンピオンズリーグにて

2004-05シーズン、欧州選手権での怪我の影響によりシーズン開幕に出遅れるも、2004年9月28日のUEFAチャンピオンズリーグオールド・トラッフォードでのフェネルバフチェSK戦に先発出場するとハットトリックと1アシストの活躍でチームの勝利に貢献するとともに[17]チャンピオンズリーグの最年少ハットトリック記録を18歳と335日で更新する[18](また、このデビュー戦以後ルーニーがゴールを決めるとユナイテッドは必ず勝つというジンクスが約1年4か月続く)。19歳の誕生日となる10月24日のプレミアリーグのアーセナルFC戦で、再び無敗記録を49試合にまで伸ばしていたアーセナルFCをPKと終了間際の1得点で破る[15]。2005年5月21日、FAカップの決勝戦でアーセナルFCにPK戦の末に敗れるもルーニーはMVPを受賞[19]。チーム最多の17ゴールでシーズンを終え、PFA年間最優秀若手選手賞も受賞したが、イエローカードも累計で17枚貰った[15]

2005-06シーズン、チームはリーグカップで優勝し、ルーニーは決勝戦のウィガン・アスレティックFC戦で2ゴールを挙げマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた(また自身初のタイトル獲得となった)[20]。プレミアリーグ終盤の4月29日チェルシーFCとの試合でパウロ・フェレイラと接触し右足第4中足骨ほか複数個所を骨折してシーズンを終えた[21][15]。チーム最多の18ゴール、10アシストを挙げ、PFA年間最優秀若手選手賞を受賞した。

2006-07シーズン、リーグに35試合出場し14得点13アシストを記録。若返りを図り無冠が続いたチームに4年ぶりのリーグ優勝を齎した。

2007-08シーズン、背番号8を背番号10に変更。リーグを2連覇し、UEFAチャンピオンズリーグを優勝。

2008-09シーズンは12月に行われたFIFAクラブワールドカップガンバ大阪戦で2ゴール、LDUキト戦で決勝ゴールを挙げるなど3得点で得点王とMVPを獲得。プレミアリーグでもリーグ6位タイの12ゴールを挙げリーグ3連覇に貢献した。UEFAチャンピオンズリーグでは2年連続で決勝に進出したものの、準優勝に終わった。

2009-10シーズン開幕戦で得点を挙げ、プレミアリーグ通算100得点を達成した。またウィガン戦でもゴールを決め、ユナイテッドでの公式戦100ゴールをマークした。しかしUEFAチャンピオンズリーグ準決勝1stレグのバイエルン・ミュンヘン戦で負傷し、ファーガソン監督は完治しないまま2ndレグでもルーニーを起用。チームはアウェーゴールの差で敗退し、自身の怪我も悪化してしまった。リーグ戦では31節までに26ゴールを記録していたが結局その後に1ゴールも決めることができず、得点王もチェルシーのディディエ・ドログバに譲った。

2010-2011シーズンは開幕から出遅れ、一時は移籍願望を表明していたものの[22]、直後の2010年10月22日に2015年まで契約を延長した[23]。2011年2月12日のマンチェスター・シティとのホームでのダービーマッチにて、1-1の後半33分、右からのクロスに跳び上がってオーバーヘッドキック。ゴール右隅に蹴り込んだ。ファーガソン監督は「素晴らしいゴールは他にもあったが、見事さでは並ぶものがない」と絶賛し、ルーニーも「蹴った瞬間に自分の最高の得点になると分かった」と、自画自賛した[24]。このゴールはプレミアリーグ20周年を記念したベストゴール投票で1位に選ばれた[25]。4月2日のウェストハム戦でハットトリックを挙げ、ユナイテッド移籍後のプレミアリーグ通算100得点を達成した[26]

2011-12シーズンは開幕戦からゴールをあげ、3節のアーセナル戦ではFK2本とPKでハットトリックを達成し、8-2の大勝を導いた。直後のボルトン戦でもハットトリックを達成した。ルーニーはこのシーズン2009-10シーズンに記録した26ゴールを更新する自己最多の27ゴールを挙げた。

2012-13シーズンのホーム最終戦のスウォンジー戦後、今シーズン限りで退団が決定したアレックス・ファーガソン監督がルーニーの移籍志願を明かした[27]

2014-15シーズンからチームの主将に就任決定[28]

代表[編集]

イングランド代表でのルーニー

2003年2月12日にA代表に初招集され、2月17日オーストラリア代表との親善試合で17歳と111日でA代表デビューした。マイケル・オーウェンの持つ18歳と59日での代表最年少出場記録を更新したが、2006年5月30日セオ・ウォルコットが17歳と75日でその記録を更新した。同年9月6日に行われたEURO2004予選、アウェーでのマケドニア戦で17歳と317日で初ゴールを決め、イングランド代表最年少得点記録を更新した。

2004年ポルトガルで開催されたEURO2004のイングランド代表メンバーに選出される。第1戦目となる6月13日フランス戦に先発出場。続くスイス戦にも先発出場すると、前半23分と後半30分にゴールを決めチームの勝利に貢献し、本大会における最年少得点記録を更新した(が、4日後にスイス代表ヨハン・フォンランテンがその記録を更新した)。グループリーグ最終戦となるクロアチア戦にも先発出場し、スイス戦に続き2ゴールを挙げ、同試合のMVPに輝く。チームはBグループを2位通過するも準々決勝、開催国ポルトガルの前にPK戦の末に6対5で敗退。ルーニーは前半30分に左足甲を骨折し、負傷交代した。

2006年ドイツW杯2005-06シーズン終盤に負った怪我の影響により6月10日の初戦に出遅れるも、6月15日トリニダード・トバゴ戦に途中出場、6月20日スウェーデン戦に先発出場し、無得点に終わるもチームは2勝1分でBグループを首位通過。マイケル・オーウェンの膝十字靭帯の断裂により、以後1トップに固定される。7月1日の準々決勝、EURO2004で敗退を喫したポルトガルとの試合で、後半17分にリカルド・カルヴァーリョの股間を踏みつけたとして主審オラシオ・エリソンドから退場処分を受ける。試合は延長戦まで持ち込まれ、チームはPK戦の末に3対1で敗退した。

2010年 南アフリカ大会では、大会前のシーズンで自己最多26得点をあげたことや、10番を託されたこともあり大きな期待を寄せられたが、大会中は不振に悩まされ結局2大会連続無得点に終わった。

2010年 南アフリカ大会のグループリーグアルジェリア戦に引き分けた直後、ブーイングをしていたサポーターに対して「ブーイングしてくれてうれしいね。これが忠実なサポートというもんだ」と吐き捨てた。

2011年10月7日EURO2012予選G組の対モンテネグロ戦(モンテネグロ)にて、相手選手を蹴り一発退場処分を受けた[29]。これを受けてUEFA10月13日、ルーニーに対してEURO2012本大会一次リーグ3試合全てを対象とする出場停止処分を科した[30]。12月8日、UEFAはこの処分に異議を申し立てていたルーニーの聴聞会を開き、出場停止処分を3試合から2試合に軽減した[31]UEFA EURO 2012では出場停止が明けたグループリーグ第3戦のウクライナ戦で先発出場し、決勝点を挙げイングランドの首位通過に貢献した[32]

2014 FIFAワールドカップではイタリア戦でアシスト、ウルグアイ戦でゴールをそれぞれ記録し、チームの全2ゴールに貢献した。

2014年11月15日のUEFA EURO 2016予選スロベニア戦で、イングランド代表史上9人目となる通算100試合出場を、史上最年少で達成した[33][34]。またこの試合で代表通算44得点目となる同点ゴールを挙げ、得点数ではイングランド代表史上3位タイとなった[34]

植毛について[編集]

2010年に投票で「最も醜いサッカー選手」に選ばれた[35]ルーニーの外見上の特徴の一つとして、頭髪の薄さが挙げられる。クリスティアーノ・ロナウドリオ・ファーディナンドウェズ・ブラウンらに連日のように薄毛をからかわれ、ルーニーの誕生日にかつらをプレゼントされる、マイケル・オーウェンTwitterで「顔は12歳児のようだけど、髪の毛は60歳」とつぶやかれる[36]など、チームメイトから日常的にネタにされていたという。

2011年6月にロンドンの有名医院にて植毛手術を行ったことをTwitterにて報告。植毛を行った理由について「25歳でハゲるつもりはなかったから」と語った[37]。植毛手術には1万ポンド(約138万円)を費やし、さらに手術後にはフォロワーに対して整髪用ジェルに関する意見を募った[38]。 このルーニーの植毛には世界中が注目し、カミングアウトした勇気を讃えるメディア、オフ期間にサッカー以外の話題で注目を浴びることへの懐疑的な意見を持つメディアのほか、この件をさらにネタにするメディアなど、反応は賛否両論であった[39]。イギリス紙ザ・サンは、「Hair we grow!(here we go!をもじったもの)」という見出しをつけて大きく報じた[40]。 余談であるが、ルーニーが植毛手術を行った直後に同じマンチェスター・ユナイテッドのライアン・ギグスが2009年に植毛手術を行ったことが明らかになった[41]

人物[編集]

  • ルーニーという父方のアイルランドにルーツをもつ[15]。ファーストネームのウェインについても同様である。
  • 2003年に幼馴染のコリーン・マクローリンと婚約し、2008年に晴れて結婚した[42]2009年11月2日に長男が[43]2013年5月21日に二男が誕生した[44]
  • 父親は少年サッカーのコーチだった。父親とおじはサッカーの試合を操作したとして逮捕されたことがある[45]
  • 弟の1人のジョン・ルーニーサッカー選手
  • 幼少期は後に選手として所属するエヴァートンFC のファンであり、ライバルチームのリヴァプールFCが嫌いである。そのため、ユナイテッド移籍後もアンフィールドでは激しいブーイングを受ける(もっとも、ユナイテッドとリヴァプールの間柄もライバル関係である)。
  • スポーツ選手だが喫煙者であり、酔っ払って屋外で喫煙し、さらにトイレではない場所で放尿したことをマスコミにスクープされた。この件で、コカコーラとのスポンサー契約を一時中断する事態になった。[46]
  • 2014年6月、アメリカの経済誌フォーブス世界のアスリートの年収を公表した。ルーニーの年収は2340万ドル(約24億円)であり、世界のアスリートの中で43位。サッカー選手の中では7位[47]
  • 世界有数の人気選手であり、Twitterのフォロワー数は2014年6月現在で約916万人である。世界のあらゆるアスリートの中でもクリスティアーノ・ロナウドカカレブロン・ジェームズネイマールロナウジーニョに次いで6番目に多い[48]
  • 父親とおじがボクシング経験者であった事から少年時代はサッカーと並行してボクシングにも熱中しており、15歳の時にエヴァートンのコーチの進言でボクシングを止めてサッカーに専念する事を決断した。プロサッカー選手となった後でもボクシングをやったり、観戦したりする事があるという[49][50]

個人成績[編集]

クラブ[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
イングランド リーグ戦 FLカップ FAカップ 期間通算
2002-03 エヴァートン 18 プレミア 33 6 3 2 1 0 37 8
2003-04 34 9 3 0 3 0 40 9
2004-05 マンチェスター・U 8 29 11 2 0 6 3 37 14
2005-06 36 16 4 2 3 0 43 18
2006-07 35 14 1 0 7 5 43 19
2007-08 10 27 12 0 0 4 2 31 14
2008-09 30 12 1 0 2 1 33 13
2009-10 32 26 3 2 1 0 36 28
2010-11 27 11 0 0 2 1 29 12
2011-12 34 27 0 0 1 2 35 29
2012-13 27 12 1 0 3 3 31 15
2013-14 29 17 2 0 0 0 31 17
通算 イングランド プレミア 373 163 20 6 33 17 426 196
総通算 373 163 20 6 33 17 426 196

代表での成績[編集]

代表国 出場 得点
2003  イングランド 9 3
2004 11 6
2005 8 2
2006 8 1
2007 4 2
2008 8 5
2009 9 6
2010 11 1
2011 5 2
2012 5 4
2013 10 6
2014 13 8
2015 1 1
通算 102 47

記録[編集]

  • イングランド代表 代表デビュー 17歳111日 歴代2位
  • イングランド代表 最年少得点記録 17歳317日 歴代1位
  • イングランド代表 出場数 100試合 歴代 9位

代表での得点[編集]

タイトル[編集]

クラブ[編集]

イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッド

個人[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Wayne Rooney”. Official Website of the Premier League. 2011年3月12日閲覧。
  2. ^ Wayne Rooney”. UEFA.com. 2012年5月23日閲覧。
  3. ^ Wayne Rooney” (英語). 2011年9月14日閲覧。
  4. ^ Is Rooney the new Pele?” (英語). 2004年6月23日閲覧。
  5. ^ Tottenham 17/08/2002 15:00” (英語). 2002年8月17日閲覧。
  6. ^ Wrexham 0-3 Everton” (英語). 2002年10月2日閲覧。
  7. ^ Arsenal 19/10/2002 15:00” (英語). 2002年10月19日閲覧。
  8. ^ Rooney joins Ton Up club” (英語). 2010年2月2日閲覧。
  9. ^ Rooney ends Arsenal's run” (英語). 2002年10月19日閲覧。
  10. ^ Rooney sinks Leeds” (英語). 2002年11月3日閲覧。
  11. ^ Rooney off in stalemate” (英語). 2002年12月26日閲覧。
  12. ^ a b Games played by Wayne Rooney in 2002/2003” (英語). 2011年4月6日閲覧。
  13. ^ Rooney voted top youngster” (英語). 2002年12月8日閲覧。
  14. ^ Rooney quietly joins the big time” (英語). 2003年1月18日閲覧。
  15. ^ a b c d e ウェイン・ルーニー 『悪童自伝:物語は始まったばかり』 西竹徹・田島大、ランダムハウス講談社2007年ISBN 978-4-270-00227-8
  16. ^ Manchester United plc Report & Accounts 2005” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  17. ^ Man Utd 6-2 Fenerbahce” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  18. ^ Michael Owen is three and easy with his third Champions League treble – here's Sportsmail's list of hat-trick heroes, including Alan Shearer, Andy Cole and Mike Newell” (英語). 2013年7月2日閲覧。
  19. ^ Arsenal 0-0 Man Utd (aet)” (英語). 2013年7月2日閲覧。
  20. ^ Man Utd ease to Carling Cup glory” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  21. ^ Curse of the metatarsal: John Terry set to join Wayne Rooney and David Beckham on long list of England's broken foot victims” (英語). 2012年3月16日閲覧。
  22. ^ ファーガソン:「ルーニーは移籍を望んでいる」 新天地はマンCかチェルシー?Livedoorスポーツ 2010年10月20日
  23. ^ 退団希望のルーニー、一転して契約延長Livedoorスポーツ 2010年10月23日
  24. ^ ルーニー「生涯最高」のスーパーゴール! マンUがダービー制すLivedoorスポーツ 2011年2月13日
  25. ^ ルーニーのオーバーヘッドがプレミア史上のベストゴールに選ばれるサッカーキング 2012年5月4日
  26. ^ マン・U、エース3発で逆転勝ちGoal.com 2011年4月2日
  27. ^ ルーニーはやはり移籍を希望、ファーガソンが認めるGoal.com 2013年5月13日
  28. ^ http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/08/13/kiji/K20140813008736910.html スポニチ Sponichi Annex 2014年8月13日
  29. ^ ルーニー退場「大きなミス」/欧州選手権 日刊スポーツ 2011年10月8日閲覧
  30. ^ ルーニー、1次リーグ全3試合出場停止 日刊スポーツ 2011年10月14日閲覧
  31. ^ ルーニーの出場停止が2試合に軽減”. 2012年4月6日閲覧。
  32. ^ ルーニー:「イングランドと対戦したいチームはない」”. Goal.com (2012年6月20日). 2012年6月20日閲覧。
  33. ^ ルーニーが100キャップ到達…9人目の快挙に「素晴らしい気分」”. サッカーキング (2014年11月16日). 2014年11月16日閲覧。
  34. ^ a b サッカー=イングランド代表ルーニー、最年少で100試合出場”. ロイター (2014年11月16日). 2014年11月16日閲覧。
  35. ^ 「最も醜いサッカー選手」はルーニー?W杯投票サイト”. AFPBB News(日本語) (2010年7月8日). 2011年6月7日閲覧。
  36. ^ ルーニー、やっぱり気にしていた!”. nikkansports.com (2011年5月9日). 2011年6月7日閲覧。
  37. ^ 頭髪の薄さが悩みのルーニーが激白「みんな、植毛をしたぜ」”. SOCCER KING (2011年6月4日). 2011年6月4日閲覧。
  38. ^ ルーニー植毛手術138万円!写真近日公開”. nikkansports.com (2011年6月6日). 2011年6月7日閲覧。
  39. ^ ルーニーが植毛成功頭をツイッターで公開”. nikkansports.com (2011年6月7日). 2011年6月7日閲覧。
  40. ^ ルーニー植毛成功「Hair we grow!」”. AFPBB.com (2011年6月5日). 2011年6月7日閲覧。
  41. ^ ギグス、2年前に植毛手術受けていた”. サンケイスポーツ (2011年6月10日). 2011年6月11日閲覧。
  42. ^ ルーニー マクローリンさんとジェノバで挙式”. AFPBB News(日本語) (2008年6月13日). 2009年6月23日閲覧。
  43. ^ Coleen Rooney gives birth to boy” (英語). BBC Sport (2009年11月2日). 2010年1月24日閲覧。
  44. ^ ルーニーに第2子が誕生”. APF BBニュース (2013年5月22日). 2013年5月22日閲覧。
  45. ^ サッカー八百長疑惑、W杯予選も捜査 日本の試合も監視 朝日新聞 2013年02月11日閲覧
  46. ^ ルーニー、喫煙&路上放尿…カペロご立腹”. サンケイスポーツ (2010年8月7日). 2010年10月8日閲覧。
  47. ^ The World's Highest-Paid Athletes Forbes.com 2014年6月発表。
  48. ^ The World Cup Reminds Everyone That Soccer Players Are The Most Popular Athletes HUFF POST 2014年6月30日閲覧。
  49. ^ ルーニー、14歳の時にサッカーを辞めようとしていた。翻意のきっかけは恩師の言葉「またフットボールを愛せるようになった」 フットボールチャンネル 2015年1月26日閲覧。
  50. ^ MAN UTD'S ROONEY: BOXING BACKGROUND HELPS ME tribal football 2015年1月26日閲覧。

外部リンク[編集]