セルヒオ・アグエロ
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| 名前 | |||||||
| 本名 | Sergio Leonel Agüero del Castillo | ||||||
| 愛称 | クン(KUN) | ||||||
| カタカナ | セルヒオ・レオネル・アグエロ・デル・カスティージョ | ||||||
| ラテン文字 | Sergio AGUERO | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1988年6月2日(23歳) | ||||||
| 出身地 | キルメス | ||||||
| 身長 | 175cm | ||||||
| 体重 | 70kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | FW | ||||||
| 背番号 | 16 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年9月24日現在。 2. 2011年9月13日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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セルヒオ・アグエロ(Sergio Agüero, 1988年6月2日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州キルメス出身の同国代表サッカー選手。プレミアリーグのマンチェスター・シティFCに所属。ポジションはフォワード。
目次 |
[編集] 略歴
[編集] インデペンディエンテ
アルゼンチンのCAインデペンディエンテでサッカー選手としてのキャリアをスタート。2003年7月23日にディエゴ・マラドーナの持つプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を更新する、15歳と35日でのトップチームデビューを飾る。2002-2003年後期リーグ、2003-2004年前期リーグでの出場はこの1試合のみであったが、2003-2004年後期リーグより徐々に出番を増やしていき(5試合0ゴール)、2004-2005年前期リーグでは7試合に出場、リーグ初ゴールを含む2ゴールを記録した。続く2004-2005年後期リーグで5試合で3ゴールを記録。
2005-2006年シーズンはチームの主力として前期・後期共に18試合出場9ゴールとブレイク。ワールドユースでの活躍も相まって世界で最も将来有望なサッカー選手の一人として認知され、「ニュー・メッシ」(このシーズン、メッシはFCバルセロナで大ブレイクを果たした)とも「マラドーナの後継者」(マラドーナ自身もその才能を認め「アグエロをA代表に招集すべき」と発言したこともある)とも呼ばれるようになった。彼の元には、早くから移籍金1200万ユーロで獲得に乗り出したビジャレアルCFの他、メッシの所属するFCバルセロナやバイエルン・ミュンヘンなど多くの欧州の強豪クラブからのオファーが届いたが、最終的にアトレティコ・マドリードへ同クラブ史上最高額(約2000万ユーロ)での移籍が決定した。
[編集] アトレティコ・マドリード
鳴り物入りで入団したアトレティコでは、2006-2007年のリーグ初戦となるラシン・サンタンデール戦でミスタとの交代で途中出場しリーガ・エスパニョーラデビューを果たす。やがてこのスペイン代表をベンチに追いやり、クラブの旗印であるフェルナンド・トーレスと2トップを組む機会が増えると、リーグ第3戦アスレティック・ビルバオ戦でリーガ初得点を記録した。2006年9月3日にはアルゼンチンのフル代表デビューも果たしており、順調なスタートを切るものの、トーレスとの強力2トップを活かすことが出来ぬまま7位でシーズンは終了。それでもリーグ全38試合に出場し、周りのサポートに恵まれない状況でも初挑戦となるヨーロッパのトップリーグで6ゴールを記録。そのポテンシャルの高さをうかがわせた。
2007-2008シーズン、チームのエースでありキャプテンであったトーレスがリヴァプールFCに移籍し、チームの新たな顔としての期待が高まる中、かつてインデペンディエンテに所属し、トーレスの後釜としてビジャレアルCFから移籍したディエゴ・フォルランとの2トップでシーズン序盤からゴールを量産。最終的にはリーグ3位となる20ゴールを決め、チームの欧州CL出場件獲得に貢献した。2007年のFIFA世界最有望選手賞を受賞。2008年にはテレビ局による第1回アントニオ・プエルタ賞を受賞した。
2008-09シーズンはチャンピオンズリーグに初出場し、初戦のPSV戦では初ゴールを含む2ゴールを記録。しかしその後は1ゴールに終わり、チームも無敗ながらベスト16で敗退。リーガではアグエロ自身のゴールは17に減ったが、パートナーのフォルランがリーガ最多となる32ゴールを挙げるなどこのシーズンも2トップが爆発し、2年連続の4位・CL出場権獲得に大きく貢献した。
2009-10シーズンはリーガでの得点は12にさらに減少。しかしチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグと欧州規模の大会で16試合に出場するなど、自信最多のシーズン54試合に出場。ヨーロッパリーグ決勝のフラムFC戦ではフォルランの2得点をアシストし、アトレティコの14年ぶりのタイトル獲得に貢献した[1]。
2010-11シーズンはシーズン初戦のUEFAスーパーカップのインテル戦で1得点1アシストの活躍で勝利に貢献しスタート[1]。2010年12月に、念願だったスペイン国籍の取得に成功した。チームの不調とともに自身の得点も伸び悩んだものの、リーグ終了までの全8試合で得点を記録[1]。リーグ最終戦のRCDマヨルカ戦ではアトレティコでは初のハットトリックを達成し、アトレティコのヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献[1]。またこの3得点でシーズン通算20得点とし、得点ランキング3位に入った。
[編集] マンチェスター・シティ
2010-11シーズン終了から3日後に、退団希望を自身のサイトで発表[1][2]。ユヴェントスFC、チェルシーFC、レアル・マドリードなどが興味を抱いたが[3]、2011年7月28日にマンチェスター・シティFCに移籍[4]。移籍金は推定4500万ユーロで、5年契約を結んだ[4]。
[編集] 代表
FIFAワールドユース選手権2005ではアルゼンチン代表に一つ年上のリオネル・メッシ(大会得点王、MVP)と共に選出され、ナイジェリアとの決勝戦では試合途中から出場、勝ち越しとなったPKを獲得する(キッカーはメッシ)等チームの優勝に貢献した。2006年9月3日のブラジルとの親善試合では、18歳3ヶ月でフル代表デビューを果たした。
FIFA U-20ワールドカップ2007ではメッシが欠場する中、チームのエースとして大会に臨み、グループリーグの北朝鮮戦でのFKからのゴールやトーナメント第一試合のポーランド戦での芸術的なゴール、決勝のチェコ戦での同点弾などの印象的な活躍で6得点・4アシストを挙げてチームを優勝に導き、大会得点王とMVPに輝いた。その後のコパ・アメリカ2007にもフル代表として選出されたが、ここではメッシやカルロス・テベスら厚いFWの選手層に阻まれ出番は限られた。2007年11月17日に行われたワールドカップ南米予選のボリビア戦でフル代表初ゴールを記録。
2008年8月には北京オリンピックに出場し、リオネル・メッシらとともに前線で活躍。準決勝のブラジル戦で2ゴールを決めるなど、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。
FIFAワールドカップ・南アフリカ大会ではグループリーグ第2戦の韓国戦で初出場し、ゴンサロ・イグアインのハットトリックとなる3得点目をアシスト。その後2試合に出場したものの、アルゼンチンは準々決勝でドイツに敗れた。
開催国として臨んだコパ・アメリカ2011では、開幕戦のボリビア戦で途中出場し、チームを引き分けに導く同点ゴールを記録。グループリーグ第3戦のコスタリカ戦では2得点を挙げ、この大会のアルゼンチン唯一の勝利に貢献[1]。チームは準々決勝のウルグアイ戦でPK戦の末に敗退し、ベスト8に終わった。
[編集] 人物・エピソード
- カルロス・テベスが憧れの選手。
- リヴァプールFCのファンである。
- 母国での人気や一部の評価はメッシよりも高い。15歳からインデペンディエンテのトップチームで活躍していたことや、メッシが早くからスペインに渡り、アルゼンチン国内リーグでのキャリアがないことなどが理由として考えられる。
- アルゼンチン代表でリバプールFCのマキシ・ロドリゲスや、同世代のFCバルセロナ所属のアルゼンチン代表リオネル・メッシ、日本の浦和レッズに所属しているU-23日本代表のエスクデロ・セルヒオとその従兄弟でアトレチコ・ミネイロ所属のアルゼンチン代表ダミアン・エスクデロと親交が深いという。
- 婚約者はディエゴ・マラドーナの次女、ジャンニーナ・マラドーナ。2009年2月19日に第一子を出産。「ベンハミン・アグエロ・マラドーナ」と名づけられた。マラドーナにとっても初孫である。
- 長男、ベンハミン(1歳10か月)とアグエロの2人で部屋の中でPKをして遊んでいる動画をアグエロの公式サイト上に載せると、力強いシュートを打ち込むかわいい姿のベンハミンが話題となった。
- アルゼンチンのプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を持つ。2007 FIFA U-20ワールドカップでは得点王とMVPに輝き、2007年のFIFA世界最有望選手賞を獲得している。
- 愛称は「クン」。昭和50年代の日本のアニメ「わんぱく大昔クムクム」が由来。少年時代に練習を抜け出して見るほど熱中して見ており、「クムクム」を「クンクン」と発音したことから「クン」の愛称がついた。
- 日本語では、「セルヒオ・アゲーロ」や「セルジオ・アグエロ」などと表記される事もあるが、彼はスペイン語圏出身であり、これらはスペイン語表記の読み誤りである。
[編集] 所属クラブ
CAインデペンディエンテ 2003-2006
アトレティコ・マドリード 2006-2011
マンチェスター・シティFC 2011-
[編集] 個人成績
[編集] クラブでの成績
| クラブ | シーズン | リーグ | 背番号 | リーグ戦 | カップ戦 | リーグ杯 | 欧州カップ戦 | 合計 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | 試合 | 得点 | ||||
| 2002–03 | プリメーラ | - | 1 | 0 | - | - | - | 1 | 0 | ||||
| 2003–04 | 5 | 0 | 2 | 0 | - | - | 7 | 0 | |||||
| 2004–05 | 12 | 5 | - | - | - | 12 | 5 | ||||||
| 2005–06 | 36 | 18 | - | - | - | 36 | 18 | ||||||
| 合計 | 54 | 23 | 2 | 0 | - | - | 56 | 23 | |||||
| 2006–07 | プリメーラ | 10 | 38 | 6 | 4 | 1 | - | - | 42 | 7 | |||
| 2007–08 | 37 | 19 | 4 | 2 | - | 9 | 6 | 50 | 27 | ||||
| 2008–09 | 37 | 17 | 1 | 0 | - | 9 | 4 | 47 | 21 | ||||
| 2009–10 | 31 | 12 | 7 | 1 | - | 16 | 6 | 54 | 20 | ||||
| 2010–11 | 32 | 20 | 4 | 3 | - | 4 | 3 | 40 | 26 | ||||
| 合計 | 175 | 74 | 20 | 7 | - | 38 | 19 | 233 | 101 | ||||
| 2011–12 | プレミア | 16 | |||||||||||
| 合計 | |||||||||||||
| 合計 | 229 | 97 | 22 | 7 | 38 | 19 | 289 | 123 | |||||
[編集] 代表での得点
| # | 日時 | 場所 | 対戦相手 | スコア | 最終結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2007年11月17日 | 1 – 0 | 3–0 | 2010 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 2. | 2008年3月26日 | 1 – 0 | 2–0 | 親善試合 | ||
| 3. | 2008年6月4日 | 4 – 1 | 4–1 | 親善試合 | ||
| 4. | 2008年9月6日 | 1 – 1 | 1-1 | 2010 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 5. | 2008年10月11日 | 2 – 0 | 2–1 | 2010 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 6. | 2009年3月28日 | 4 – 0 | 4–0 | 2010 FIFAワールドカップ・南米予選 | ||
| 7. | 2009年8月12日 | 1 – 1 | 3–2 | 親善試合 | ||
| 8. | 2010年5月24日 | 5 – 0 | 5–0 | 親善試合 | ||
| 9. | 2010年9月7日 | 4 – 1 | 4–1 | 親善試合 | ||
| 10. | 2011年6月20日 | 3 – 0 | 4–0 | 親善試合 | ||
| 11. | 2011年7月1日 | 1 – 1 | 1–1 | コパ・アメリカ2011 | ||
| 12. | 2011年7月11日 | 1 – 0 | 3–0 | コパ・アメリカ2011 | ||
| 13. | 2011年7月11日 | 2 – 0 | 3–0 | コパ・アメリカ2011 | ||
| 14. | 2011年11月15日 | 2 – 1 | 2–1 | 2014 FIFAワールドカップ・南米予選 |
[編集] タイトル
[編集] クラブ
- UEFAインタートトカップ (1): 2007
- UEFAヨーロッパリーグ (1): 2009-10
- UEFAスーパーカップ (1): 2010
[編集] 代表
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子 サッカー | ||
| 金 | 2008 | サッカー |
- FIFAワールドユース選手権2005 - 優勝
- FIFA U-20ワールドカップ2007 - 優勝
- 北京オリンピック - 金メダル
[編集] 個人
- FIFA U-20ワールドカップ2007最優秀選手
- FIFA U-20ワールドカップ2007得点王
- FIFA世界最有望選手賞(2007年)
[編集] 出典
- ^ a b c d e f Goal.com50:セルヒオ・アグエロ(26位)Goal.com 2011年8月7日
- ^ アグエロが移籍を決断Goal.com 2011年5月24日
- ^ アグエロの移籍先はマドリーかユーヴェ?Goal.com 2011年6月30日
- ^ a b シティ、アグエロ獲得を正式発表Goal.com 2011年7月29日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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