セルヒオ・アグエロ

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セルヒオ・アグエロ Football pictogram.svg
Suisse vs Argentine - Sergio Agüero (cropped).jpg
名前
本名 セルヒオ・レオネル・アグエロ・デル・カスティージョ
Sergio Leonel Agüero del Castillo
愛称 クン(KUN)
ラテン文字 Sergio AGUERO
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
スペインの旗 スペイン
生年月日 1988年6月2日(26歳)
出身地 キルメス
身長 173cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 マンチェスター・シティFC
ポジション FW(CF)
背番号 16
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2006 アルゼンチンの旗CAインデペンディエンテ 54 (23)
2006-2011 スペインの旗アトレティコ・マドリード 175 (74)
2011- イングランドの旗マンチェスター・シティFC 87 (52)
代表歴2
2005-07 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 7 (6)
2008 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-23 5 (2)
2006- アルゼンチンの旗 アルゼンチン 56 (22)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年5月14日現在。
2. 2014年9月4日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

セルヒオ・レオネル・アグエロ・デル・カスティージョ(Sergio Leonel Agüero del Castillo, 1988年6月2日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス州キルメス出身の同国代表サッカー選手プレミアリーグマンチェスター・シティFCに所属。ポジションはフォワード

略歴[編集]

インデペンディエンテ[編集]

アルゼンチンのCAインデペンディエンテでサッカー選手としてのキャリアをスタート。2003年7月23日ディエゴ・マラドーナの持つプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を更新する、15歳と35日でのトップチームデビューを飾る。2002-2003年後期リーグ、2003-2004年前期リーグでの出場はこの1試合のみであったが、2003-2004年後期リーグより徐々に出番を増やしていき(5試合0ゴール)、2004-2005年前期リーグでは7試合に出場、リーグ初ゴールを含む2ゴールを記録した。続く2004-2005年後期リーグで5試合で3ゴールを記録。

2005-2006年シーズンはチームの主力として前期・後期共に18試合出場9ゴールとブレイク。ワールドユースでの活躍も相まって世界で最も将来有望なサッカー選手の一人として認知され、「ニュー・メッシ」(このシーズン、メッシはFCバルセロナで大ブレイクを果たした)とも「マラドーナの後継者」(マラドーナ自身もその才能を認め「アグエロをA代表に招集すべき」と発言したこともある)とも呼ばれるようになった。彼の元には、早くから移籍金1200万ユーロで獲得に乗り出したビジャレアルCFの他、メッシの所属するFCバルセロナやバイエルン・ミュンヘンなど多くの欧州の強豪クラブからのオファーが届いたが、最終的にアトレティコ・マドリードへ同クラブ史上最高額(約2000万ユーロ)での移籍が決定した。

アトレティコ・マドリード[編集]

鳴り物入りで入団したアトレティコでは、2006-2007年のリーグ初戦となるラシン・サンタンデール戦でミスタとの交代で途中出場しリーガ・エスパニョーラデビューを果たす。やがてこのスペイン代表をベンチに追いやり、クラブの旗印であるフェルナンド・トーレスと2トップを組む機会が増えると、リーグ第3戦アスレティック・ビルバオ戦でリーガ初得点を記録した。2006年9月3日にはアルゼンチンのフル代表デビューも果たしており、順調なスタートを切るものの、トーレスとの強力2トップを活かすことが出来ぬまま7位でシーズンは終了。それでもリーグ全38試合に出場し、周りのサポートに恵まれない状況でも初挑戦となるヨーロッパのトップリーグで6ゴールを記録。そのポテンシャルの高さをうかがわせた。

アトレティコ・マドリードでプレーするアグエロ(左)

2007-2008シーズン、チームのエースでありキャプテンであったトーレスがリヴァプールFCに移籍し、チームの新たな顔としての期待が高まる中、かつてインデペンディエンテに所属し、トーレスの後釜としてビジャレアルCFから移籍したディエゴ・フォルランとの2トップでシーズン序盤からゴールを量産。最終的にはリーグ3位となる20ゴールを決め、チームの欧州CL出場件獲得に貢献した。2007年のFIFA世界最有望選手賞を受賞。2008年にはテレビ局による第1回アントニオ・プエルタ賞を受賞した。

2008-09シーズンはチャンピオンズリーグに初出場し、初戦のPSV戦では初ゴールを含む2ゴールを記録。しかしその後は1ゴールに終わり、チームも無敗ながらベスト16で敗退。リーガではアグエロ自身のゴールは17に減ったが、パートナーのフォルランがリーガ最多となる32ゴールを挙げるなどこのシーズンも2トップが爆発し、2年連続の4位・CL出場権獲得に大きく貢献した。

2009-10シーズンはリーガでの得点は12にさらに減少。しかしチャンピオンズリーグ、ヨーロッパリーグと欧州規模の大会で16試合に出場するなど、自身最多のシーズン54試合に出場。ヨーロッパリーグ決勝のフラムFC戦ではフォルランの2得点をアシストし、アトレティコの14年ぶりのタイトル獲得に貢献した[1]

2010-11シーズンはシーズン初戦のUEFAスーパーカップインテル戦で1得点1アシストの活躍で勝利に貢献しスタート[1]。2010年12月に、念願だったスペイン国籍の取得に成功した。チームの不調とともに自身の得点も伸び悩んだものの、リーグ終了までの全8試合で得点を記録[1]。リーグ最終戦のRCDマヨルカ戦ではアトレティコでは初のハットトリックを達成し、アトレティコのヨーロッパリーグ出場権獲得に貢献[1]。またこの3得点でシーズン通算20得点とし、得点ランキング3位に入った。

マンチェスター・シティ[編集]

2010-11シーズン終了から3日後に、退団希望を自身のサイトで発表[1][2]ユヴェントスFCチェルシーFCレアル・マドリードなどが興味を抱いたが[3]2011年7月28日にイングランドプレミアリーグのマンチェスター・シティFCに移籍[4]。移籍金は推定4500万ユーロで、5年契約を結んだ[4]。 2012年5月13日、プレミアリーグ最終節・クイーンズ・パーク・レンジャーズFC戦において後半ロスタイムに勝ち越しゴールを決め、マンチェスター・シティを44シーズンぶりとなるプレミアリーグ優勝へと導いた。 結局このシーズンは得点ランク3位となる23ゴールを決めた。 2014年1月には1か月の怪我から復帰した後のFAカップで途中交代1分のファーストタッチで得点を挙げた。

代表[編集]

代表でメッシとプレーするアグエロ(左)

FIFAワールドユース選手権2005ではアルゼンチン代表に一つ年上のリオネル・メッシと共に選出され、ナイジェリアとの決勝戦では試合途中から出場、勝ち越しとなったPKを獲得する等チームの優勝に貢献した。2006年9月3日のブラジルとの親善試合では、18歳3ヶ月でフル代表デビューを果たした。

FIFA U-20ワールドカップ2007ではチームのエースとして大会に臨み、グループリーグの北朝鮮戦でのFKからのゴールやトーナメント第一試合のポーランド戦での芸術的なゴール、決勝のチェコ戦での同点弾などの印象的な活躍で6得点・4アシストを挙げてチームを優勝に導き、大会得点王とMVPに輝いた。その後のコパ・アメリカ2007にもフル代表として選出されたが、ここではメッシやカルロス・テベスら厚いFWの選手層に阻まれ出番は限られた。2007年11月17日に行われたワールドカップ南米予選のボリビア戦でフル代表初ゴールを記録。

2008年8月には北京オリンピックに出場し、準決勝のブラジル戦で2ゴールを決めるなど、アルゼンチンの金メダル獲得に貢献した。

FIFAワールドカップ・南アフリカ大会ではグループリーグ第2戦の韓国戦で初出場し、ゴンサロ・イグアインのハットトリックとなる3得点目をアシスト。その後2試合に出場したものの、アルゼンチンは準々決勝でドイツに敗れた。

開催国として臨んだコパ・アメリカ2011では、開幕戦のボリビア戦で途中出場し、チームを引き分けに導く同点ゴールを記録。グループリーグ第3戦のコスタリカ戦では2得点を挙げ、この大会のアルゼンチン唯一の勝利に貢献[1]。チームは準々決勝のウルグアイ戦でPK戦の末に敗退し、ベスト8に終わった。

人物・エピソード[編集]

  • カルロス・テベスが憧れの選手。
  • リヴァプールFCのファンである。
  • アルゼンチン代表でリバプールFCのマキシ・ロドリゲスや、同世代のFCバルセロナ所属のアルゼンチン代表リオネル・メッシ、日本の浦和レッズに所属しているU-23日本代表のエスクデロ・セルヒオとその従兄弟でアトレチコ・ミネイロ所属のアルゼンチン代表ダミアン・エスクデロと親交が深いという。
  • 母国での人気や一部の評価はメッシよりも高い。15歳からインデペンディエンテのトップチームで活躍していたことや、メッシが早くからスペインに渡り、アルゼンチン国内リーグでのキャリアがないことなどが理由として考えられる。
  • 元妻はディエゴ・マラドーナの次女、ジャンニーナ・マラドーナ。2009年2月19日に第一子を出産。「ベンハミン・アグエロ・マラドーナ」と名づけられた。マラドーナにとっても初孫である。
  • 長男のベンハミン(1歳10か月)とアグエロの2人で部屋の中でPKをして遊んでいる動画をアグエロの公式サイト上に載せると、力強いシュートを打ち込むかわいい姿のベンハミンが話題となった。
  • アルゼンチンのプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を持つ。2007 FIFA U-20ワールドカップでは得点王とMVPに輝き、2007年のFIFA世界最有望選手賞を獲得している。
  • 愛称は「クン」。昭和50年代の日本のアニメ「わんぱく大昔クムクム」が由来。少年時代に練習を抜け出して見るほど熱中して見ており、「クムクム」を「クンクン」と発音したことから「クン」の愛称がついた。
  • 日本語では、「セルヒオ・アゲーロ」や「セルジオ・アグエロ」などと表記される事もあるが、彼はスペイン語圏出身であり、これらはスペイン語表記の読み誤りである。
  • 2014年6月、アメリカの経済誌フォーブス世界のアスリートの年収を公表した。アグエロの年収は2330万ドル(約24億円)であり、世界のアスリートの中で44位。サッカー選手の中では8位[5]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

クラブでの成績[編集]

クラブ シーズン リーグ 背番号 リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 欧州カップ戦 合計
試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点 試合 得点
アルゼンチンの旗 CAインデペンディエンテ 2002–03 プリメーラ - 1 0 - - - 1 0
2003–04 5 0 2 0 - - 7 0
2004–05 12 5 - - - 12 5
2005–06 36 18 - - - 36 18
合計 54 23 2 0 - - 56 23
スペインの旗 アトレティコ・マドリード 2006–07 プリメーラ 10 38 6 4 1 - - 42 7
2007–08 37 19 4 2 - 9 6 50 27
2008–09 37 17 1 0 - 9 4 47 21
2009–10 31 12 7 1 - 16 6 54 19
2010–11 32 20 4 3 - 4 3 40 26
合計 175 74 20 7 - 38 19 233 100
イングランドの旗 マンチェスター・シティ 2011–12 プレミア 16 34 23 1 1 3 1 10 5 48 30
2012–13 30 12 4 3 0 0 5 2 39 17
2013–14 23 17 3 4 2 1 6 6 34 28
合計 87 52 8 8 5 2 21 13 121 75
合計 316 149 30 15 5 2 59 32 410 198

= 代表[編集]

代表国 出場 得点
2006  アルゼンチン 2 0
2007 3 1
2008 9 4
2009 6 2
2010 5 2
2011 8 5
2012 7 2
2013 8 5
2014 8 1
通算 56 23

代表での得点[編集]

 #  日時 場所 対戦相手 スコア 最終結果 大会
1. 2007年11月17日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  ボリビア 1 – 0 3–0 2010 FIFAワールドカップ・南米予選
2. 2008年3月26日 エジプトの旗 カイロ  エジプト 1 – 0 2–0 親善試合
3. 2008年6月4日 アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ  メキシコ 4 – 1 4–1 親善試合
4. 2008年9月6日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  パラグアイ 1 – 1 1-1 2010 FIFAワールドカップ・南米予選
5. 2008年10月11日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  ウルグアイ 2 – 0 2–1 2010 FIFAワールドカップ・南米予選
6. 2009年3月28日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  ベネズエラ 4 – 0 4–0 2010 FIFAワールドカップ・南米予選
7. 2009年8月12日 ロシアの旗 モスクワ  ロシア 1 – 1 3–2 親善試合
8. 2010年5月24日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  カナダ 5 – 0 5–0 親善試合
9. 2010年9月7日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  スペイン 4 – 1 4–1 親善試合
10. 2011年6月20日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  アルバニア 3 – 0 4–0 親善試合
11. 2011年7月1日 アルゼンチンの旗 ラ・プラタ  ボリビア 1 – 1 1–1 コパ・アメリカ2011
12. 2011年7月11日 アルゼンチンの旗 コルドバ  コスタリカ 1 – 0 3–0 コパ・アメリカ2011
13. 2 – 0
14. 2011年11月15日 コロンビアの旗 バランキヤ  コロンビア 2 – 1 2–1 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
15. 2012年6月2日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス  エクアドル 1 – 0 4–0 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
16. 2012年10月12日 アルゼンチンの旗 メンドーサ  ウルグアイ 2 – 0 3–0 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
17. 2013年2月6日 スウェーデンの旗 ソルナ  スウェーデン 2 – 1 3–2 親善試合
18. 2013年6月11日 エクアドルの旗 キト  エクアドル 1 – 0 1–1 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
19. 2013年9月10日 パラグアイの旗 アスンシオン  パラグアイ 2 – 1 5–2 2014 FIFAワールドカップ・南米予選
20. 2013年11月18日 アメリカ合衆国の旗 セントルイス  ボスニア・ヘルツェゴビナ 1 – 0 2–0 親善試合
21. 2 – 0
22. 2014年9月4日 ドイツの旗 デュッセルドルフ  ドイツ 1 – 0 4–2 親善試合

タイトル[編集]

クラブ[編集]

スペインの旗 アトレティコ・マドリード
イングランドの旗 マンチェスター・シティ

代表[編集]

個人[編集]

  • FIFA U-20ワールドカップ2007最優秀選手
  • FIFA U-20ワールドカップ2007得点王
  • FIFA世界最有望選手賞 2007年
  • ゴールデンボーイ賞 2007年

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f Goal.com50:セルヒオ・アグエロ(26位)Goal.com 2011年8月7日
  2. ^ アグエロが移籍を決断Goal.com 2011年5月24日
  3. ^ アグエロの移籍先はマドリーかユーヴェ?Goal.com 2011年6月30日
  4. ^ a b シティ、アグエロ獲得を正式発表Goal.com 2011年7月29日
  5. ^ The World's Highest-Paid Athletes Forbes.com 2014年6月発表。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]