エンリケ・セレソ

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エンリケ・セレソ Football pictogram.svg
Enriquecerezo.jpg
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 1948年2月27日(66歳)
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

エンリケ・セレソ・トーレスEnrique Cerezo Torres1949年9月18日- )は、スペイン映画プロデューサー。プロサッカーリーグリーガ・エスパニョーラプリメーラ・ディビシオンアトレティコ・マドリード会長(任2003年- )。

アトレティコ会長として[編集]

アトレティコ・マドリード会長ヘスス・ヒルの下でクラブはセグンダ・ディビシオン降格を味わうなど苦境に陥り、2002年にセレソはヒルからクラブ会長職を継承した。セレソは精力的な補強を行いクラブ強化を図ったが、カルロス・ビアンチの招聘も低迷を招くなど、苦しい状況が続いた。2006-07シーズン、ハビエル・アギーレを監督に招聘。2007-08シーズンにはリーガ4位と復活を印象付け、セルヒオ・アグエロディエゴ・フォルランの2トップが得点を量産することで、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。2009-10シーズンはシーズン途中より就任したキケ・フローレス監督の下で、UEFAヨーロッパリーグ優勝を果たしている。

その一方で前会長から受け継いだクラブの深刻な負債のため、ゼネラル・マネジャー(GM)のミゲル・アンヘル・ヒル・マリン(ヒル前会長の息子)と共にアトレティコのホームスタジアムであるエスタディオ・ビセンテ・カルデロン売却を推進し、サポーターのアイドルであったフェルナンド・トーレスを売却する(2007年)など、サポーターの抗議活動にもあっている[1]

アトレティコ・マドリードに関する略年表[編集]

出典[編集]

  1. ^ NumberWeb(2009-9-25) アトレティコサポーターがデモ行進。リーガ名門クラブが崩壊の危機へ(2010-6-5閲覧)

外部リンク[編集]