ハビエル・アギーレ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ハビエル・アギーレ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| ラテン文字 | Javier Aguirre | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1958年12月1日(50歳) | |
| 出身地 | メキシコシティ | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | DF | |
| 代表歴 | ||
| 1983-1992 | 59 (13) | |
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
ハビエル・アギーレ(Javier Aguirre Onaindia, 1958年12月1日 - )は、メキシコのメキシコシティ出身のサッカー選手、サッカー指導者。
選手時代のポジションはディフェンダー。メキシコ代表選手として1986年ワールドカップ・メキシコ大会に出場した。
[編集] 略歴
監督としては、メキシコ国内のクラブで実績をあげた後、メキシコ代表監督に就任。2002年ワールドカップ予選では、本大会出場の危ぶまれる状況にあった同代表を建て直し、本大会16強に導いた。大会終了後はスペインのCAオサスナの監督に就任。弱小であった同クラブを着実に育て上げ、2005-06シーズンにはリーガ・エスパニョーラで4位に入り、翌シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得できるまでに強化した。その実績を買われ、翌シーズンからはアトレティコ・マドリードの監督に招聘された。リーガの監督の中でも屈指の人格者として知られ、人心掌握術には定評がある。2008年12月、UDアルメリアの監督にウーゴ・サンチェスが就任し、スペイン1部で指揮を取るメキシコ人監督はふたりになった。2009年に入ってから2分3敗と1勝も出来ず、解任された。2009年4月、スヴェン・ゴラン・エリクソン監督の解任を受けて、7年ぶりにメキシコ代表監督に就任することになった。
[編集] 選手経歴
- 1978-1980
クラブ・アメリカ - 1980
ロサンゼルス・アズテックス - 1980-1984
クラブ・アメリカ - 1984-1986
CFアトランテ - 1986-1987
CAオサスナ - 1987-1993
チーバス・グアダラハラ

