Wikipedia:井戸端

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Wikipedia:井戸端/過去ログ

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自治体記事に不祥事の項目が無いのはなぜ?[編集]

都道府県市町村といった自治体についての記事には、不祥事の項目が、ほとんどに於いて無いような気がします。

不祥事項目がある方が、例えば、

についての記載が楽になるように思えるんですが。 以上の署名の無いコメントは、60.56.193.83会話/Whois)さんが 2014年7月5日 (土) 03:05(UTC) に投稿したものです(むじんくん会話)による付記)。

もちろん重大な事柄については書き加えるのも問題無いでしょうが、60.56.193.83さんがイメージされているのは、不祥事が明らかになったら容易に加筆できるようにしよう、ということで、ではその不祥事が、ウィキペディアに未来永劫記録されるほどの重大さを持つかどうか、という考慮が為されていないのでは。ウィキペディアはそういう所ではありませんから(WP:NOT#NEWS)、仮に60.56.193.83さんがおっしゃる通りに「不祥事」節を自治体の項目に加えたとしても、何も書かれず節しか無い状態が続いて、結局「不祥事」節は必要無い、ということになるだろうな、と思いました。--Bellcricket会話) 2014年7月5日 (土) 09:11 (UTC)
一部の自治体については単独記事という形でつくられているとは思いますが。例えば記事「大阪市問題」とか。しかし、これは「政令指定都市」「府庁所在地」「(東京都区部を1都市と扱えば)人口第三位の都市」「西日本の人口最大の都市」であり、全国で同様の問題が波及し改革の動きになったという要素もあったと思い、他の自治体でも少ない不祥事があっただけで単独記事にできるかといったら、削除されるとは思いますが。--TempuraDON会話) 2014年7月5日 (土) 09:38 (UTC)
汚職や裏金問題、職員の様々な不祥事は自治体ではなく、個人に属するべき問題であり、責任の所在、個人名公開の是非によって、はっきりできないなら書かれるべきではないでしょう。 入札にまつわる諸問題のように、法律違反が長年黙認されいたなどの問題についてはケースバイケース。 不祥事節に限らず、空欄の節は見つけたら削除が妥当でしょう。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 08:34 (UTC)
コメント そもそも「不祥事」という節があること自体間違いでしょう。「事件」としてその団体や人物に重大な影響を与えたものならともかく、たかだか「不祥事」止まりの些末な情報を無暗に載せるべきではありません。--氷鷺会話) 2014年7月16日 (水) 14:16 (UTC)

書籍記事についての WhisperToMe さんの提案[編集]

利用者:WhisperToMeさんから、英語のメッセージを「利用者‐会話:山田晴通#Request for translation: Message for the Japanese village pump」にいただきました。下に、英文と、山田による翻訳を掲出します。


""Dear Japanese Wikipedia community,

Please write Wikipedia articles about books used as sources by Wikipedia articles. Having these articles can help Wikipedians determine the trustworthiness and aspects of the books they use as sources.

My instructions:

  • 1. Search a university database like this: http://info.lib.uh.edu (After entering the book's title, go to the left pane and select "reviews"). If you see at least two book reviews, there should be notability - You can also get a 14 day trial to Booklist and search for reviews there.
  • 2. If you see book reviews, try using Google to see if they are publicly available. If not, use en:WP:RX (the English Wikipedia resource request page) to obtain personal copies.
  • 3. Write your article using the book reviews as sources.

I hope this proposal can help the community.""

Thank you!


(山田の訳による大意)

日本語版ウィキペディア・コミュニティーの皆様

ウィキペディアの記事の典拠となっている書籍について、ウィキペディアに記事を書いてくだけますよう、お願いいたします。 そうした書籍についての記事があれば、それを典拠として使用してよいか、その書籍の信頼性や特性を見極める上で役立つかもしれません。

その際におこなっていただきたいこと: 1. まず、大学図書館のデータベースで検索をしてください。例えば、http://info.lib.uh.edu で、本のタイトルを入力して得た検索結果の画面で左のカラムに見える「Review」を選択してください。そこで同じ書籍について2件以上の書評(レビュー)が見つかれば、その書籍には特筆性があるはずです。また、Booklist online では、2週間の無料試用ができますので、これを用いて検索を行なうこともできます。

2.書評を見つけたら、次に、Googleで検索し、その書籍の内容が公開されていないか確認してください。もし公開されていない場合は、英語版ウィキペディアのリソース・リクエスト・ページ(en:WP:RX)へ個人的に使用可能なコピーの入手を求めてください。

3.書評を典拠とし、ご自身で記事を作成してください。

この提案が、コミュニティの一助となることを願っております。

ありがとうございました。


なお、山田個人としては、上記のWhisperToMeさんの見解を全面的に支持しているわけではありません。--山田晴通会話) 2014年7月10日 (木) 15:34 (UTC)


コメント WhisperToMe氏のご提案にはいくつも問題があり、とうてい受け入れられるものではありません。

1.

そうした書籍についての記事があれば、それを典拠として使用してよいか、その書籍の信頼性や特性を見極める上で役立つかもしれません。

そもそもWikipediaはレビューサイトではありません。ある書籍がある記事の出典や典拠としてとして適当なものであるかどうか、という点は、実際に読んでみなければわからないものです。また、素人目で見た限りでは内容的に充実しており十分典拠となり得るように思える書籍であっても、その分野に詳しい人の目から見ても十分な信頼性がある、と言えるとは限りません。いわゆる啓蒙書の類には、素人目にはわかりやすくて十分典拠になるように思えても専門家から見れば問題だらけ、という本も少なくありません。つまりある書籍が出典や典拠として十分な信頼性があるかどうか、という点に関しても、やはりその分野についてある程度精通している人でないと判断できません。Wikipediaにこの書籍の記事があるからこの本は十分典拠として利用できる、などという粗雑な判断を下すような人は、そもそもWikipediaの編集などすべきではありません。

2.

同じ書籍について2件以上の書評(レビュー)が見つかれば、その書籍には特筆性があるはずです

書評を典拠とし、ご自身で記事を作成してください。

二つ以上のレビューがあればその書籍の特筆性がある、という判断はあまりにも粗雑です。たとえ大学図書館のサイトであろうと、どこの誰が書いたかわからないレビューの信頼性は、せいぜい一般の個人ブログと同程度のものであり、特筆性を判断する基準にはなり得ません。ましてやそのレビューを(特筆性の)典拠にして記事を書くなどとはとんでもない話です。

3.

英語版ウィキペディアのリソース・リクエスト・ページ(en:WP:RX)へ個人的に使用可能なコピーの入手を求めてください。

リソース・リクエスト・ページの目的や機能や利用方法がよくわからないので断言は控えますが、最終的に個人的なやりとりをするのであっても、こういう公開の場所でコピーを求めるという行為は法律的に問題はないのでしょうか? もちろんWikiProjectとして公然とやっていることなので、アメリカの法律では問題ないのでしょうが。

--Loasa会話) 2014年7月15日 (火) 23:59 (UTC)(ミスタイプ修正 --Loasa会話) 2014年7月16日 (水) 09:50 (UTC))

  •  念のため付け加えておきますと、特筆性が認められる書籍の記事を書くこと自体はまったく問題ありません。ベストセラーになったような書籍なら当然、記事を立てるに値する特筆性は認められるでしょう。一般には無名だが、ある分野においては必読書とされているような書籍ももちろん十分特筆性ありと認められます。しかし、WhisperToMe氏のご提案は、その目的も手法もWikipediaのそれから外れたものであり、とうてい受け入れがたい、ということです。 --Loasa会話) 2014年7月16日 (水) 09:50 (UTC)
いくつか誤解があるようなので、以下コメントします。
  • WhiserToMeさんは「Wikipediaにこの書籍の記事があるからこの本は十分典拠として利用できる」のようなことは一切言っていません。Wikipediaの記事には(その記事がちゃんと書かれていればの話ですが)記事の対象が世の中でどのような評価を受けているかといったことも書いてあるはずだから、その書籍を典拠として使用してよいかどうか判断の助けになるだろうと言っているだけです。
  • 特筆性とは、立項される対象がその対象と無関係な信頼できる情報源において有意に言及されている状態であることを意味します。信頼できる情報源のデータベース(=大学図書館のデータベース)で、対象と無関係な情報源(=書評・レビュー)を捜し、有意な言及(=2件以上の書評の存在)を確認する…という手順は、大筋では「特筆性」の判断基準に沿ったものと言えます。
  • 大学のデータベースに収録された書評・レビューが全て「信頼できる情報源」と言えるのかという懸念は正当なものですし、実際に記事を立てる際には、個々の情報源について再確認が必要と思います。ただ、大学の蔵書や学術論文のデータベースから「どこの誰が書いたかわからないレビュー」みたいなものが出てくる可能性は非常に低いと思います。(少なくとも、WhisperToMeさんがリンクされたヒューストン大学のデータベースに限って言えば、そういう心配はそれほどしなくてよさそうな気がします)
  • 特筆性は「一般的な『名声』『重要性』『人気』といった言葉と似ていますが、一致したものではありません」ということになっています。「ベストセラー」(=人気)とか「必読書」(=重要性)というようなことは、判断基準として不適切です。
  • 日本の著作権法上、国外から書評やレビューのコピーを送ってもらって国内で(自分だけで)読むことが著作権の侵害となることはありません。--Dwy会話) 2014年7月19日 (土) 00:37 (UTC)

漢数字が含まれる記事のとき、ソートキーはひらがなか数字か[編集]

過去に同じ質問があれば申し訳ありません。

先日、第三長良川橋梁第三大川橋梁 (会津鉄道会津線)第二大川橋梁 (会津線)第一大川橋梁 (会津線)第四大川橋梁 (会津鉄道会津線)第五長良川橋梁第六大川橋梁 (会津鉄道会津線)第五大川橋梁 (会津鉄道会津線)にて、ソートキーに数字が入っており、Category:日本の鉄道橋における順序がおかしくなっていたため、ひがらなに直したのですが、すべてKone様により差し戻されてしまいました。記事名に漢数字が入っていた場合、ソートキーは数字に直すべきでしょうか?

--Vielen dank会話) 2014年7月11日 (金) 22:49 (UTC)

完全ではありませんがソートキー順の参考に。--Frozen-mikan会話) 2014年7月12日 (土) 03:17 (UTC)
数字が妥当と考えます。 ソートキーの役割は、Categoryページで順序よくページ名を並べることです。さて、くだんの橋梁名に関してですが、第一・第二というのは、同じ河川に架かる橋梁に対し、名称が重複しないように番号を振ったもの。漢数字ではあるものの、国道の番号と同じく、ナンバリングであることが明らかです。
となれば、第一○○・第二○○・第三○○の順に並ぶのが見やすい順序であることは自明であり、数字で振っておくのが妥当だと思います。ひらがなにした場合は、第一・第五・第三・第二・第四の順に並ぶため、好ましい順序とは思えません。
別の工夫も必要。ところで、Category:日本の鉄道橋を見ますと、第一~・第二~との橋梁名が複数以上あり、大川と長良川の橋が「た」の項に交互に並んでおり、芳しくないのも事実です。ただ、これはソートキーをひらがなにしたところで解決する問題ではありません。「なからかわきようりよう3」など、ソートキーの頭文字を「第○」とせず、番号は数字として後ろに持っていくなど、別の工夫も必要でしょう。むろん、これには別途ルールの策定も必要ですが。
--ikaxer会話) 2014年7月12日 (土) 03:31 (UTC)
台風記事が多少参考になるかもしれません。--KAMUI会話) 2014年7月12日 (土) 12:47 (UTC)
みなさま、ご意見ありがとうございました。カテゴリの並び順としては、数字を後ろにする方法が最も並びが綺麗と思います。この方法でいけないか再度適切な場所で提起してみたいと思います。--Vielen dank会話) 2014年7月16日 (水) 04:44 (UTC)

モバイル版の改良について[編集]

私はいつもスマートフォンからモバイル版ページで閲覧・編集しているのですが、その際不便を感じることが多々あります。そこでいくつか改良して欲しい点を挙げていきます。

表示
  • モバイル版では、赤リンク・記事ページ等からノートへのリンク・カテゴリが表示されません。まあこれらの多くは編集する側が少し不便なだけとも言えるので、(可能であれば)「ログインユーザーのみ」表示、といった形には出来ないでしょうか?
  • また、Wikipedia:井戸端/subj/モバイル版でのテンプレートの表示でも書いたように、一部テンプレートが表示されない状態が続いています。また、スタブ系のテンプレートも表示されていないことも確認しています。こちらもなるべく早急に解決していただきたいです。
編集
  • まずは携帯電話からの編集についてですが、多くの通信会社に対してソフトブロックがかけられており、「非ログイン状態からの編集」や「アカウントの作成」が出来ません。これはIPアドレスの問題、それとフィーチャーフォンからの編集の際発生する問題に対処するために取られた措置のようです。しかし、現在ではスマートフォンの普及により、後者の問題はほぼ解決されています。また、編集画面も携帯電話からの編集がしやすいように改善もされており、果たしてこのブロックが正しいかどうか微妙なところです。前者の問題でソフトブロックが継続されるのは仕方ないですが、せめてアカウント作成だけは出来るようにしてはどうでしょうか?(そもそもそういったことは可能でしょうか?)
  • また、モバイル版からの差し戻しも可能になれば幸いです。

それから、こういったモバイル版に関する意見や質問を書き込んだり、独自の仕様について説明するページ(ヘルプページなど)があれば便利かと思います。以上のことに関して、皆さんの意見をお聞かせ下さい。--花が凄奴会話) 2014年7月12日 (土) 06:18 (UTC)

ブロックに関してのみ: フィーチャーフォンからでない場合でも、スマートフォンを含む携帯電話端末から行われる投稿は、IP アドレスの変更間隔が非常に短いことや、その特性を悪用した悪意のある利用者によって多数の問題投稿が行われてきた経緯があるので、広域ブロックが継続されることは仕方がないかと思います。アカウントの作成を許可した状態でのブロックも可能ですが、それはブロックの効果が低減しますので、あまりその形式によるブロックは行われないように思います。必要であればその都度、解除(免除)申請を行っていただければと思います。本来であれば、ブロックは限定的かつ最小限に、可能であるならば問題投稿者のみに絞ることができれば最善なのですが…。その他の機能提案は、 bugzilla: にて直接英語にてご提案いただいたほうが効果的かと思います。--rxy会話) 2014年7月12日 (土) 09:35 (UTC)
返信ありがとうございます。やはり難しいですか…。確かにWi-Fi接続やパソコンからのアクセスでブロックを回避することも可能ですし、現状維持がいいのかも知れませんね。それと、bagzillaへの提案については、あまり英語には自信がないので少し気が引けますが、一度検討してみます。--花が凄奴会話) 2014年7月12日 (土) 11:10 (UTC)
コメント 日本語で状況説明をしたいなら、Wikipedia:バグの報告を活用する方法もあります。あと、モバイルビューでは(特にブロックの処置がなくても)ログインユーザーでしか編集ができないようになっています。--Jkr2255 2014年7月14日 (月) 22:34 (UTC)
バグの報告から対処してもらうことも可能なんですか…それなら私でもできそうですね(皆さんのお手を煩わすことになるので自力でbagzillaに提案する方が良いのでしょうが)。それと、非ログイン状態での編集を避けているので、ご指摘の点には気づいておりませんでした。ありがとうございます。--花が凄奴会話) 2014年7月15日 (火) 13:16 (UTC)

定義文の主語と述語の間に読点を追加する行為[編集]

どうもこんにちは。普段よりウィキペディアを楽しく利用させていただいております荒巻モロゾフと申します。「楽しく」とは申し上げましたが、もっと楽しくウィキペディアを利用するためには、改善すべき箇所がウィキペディア日本語版の利用者の全体的な行動指針にはいくつもあることを普段からひしひしと感じております。まずはそのうちの一つだけを、この井戸端で提議させてください。

それは各々の記事の頭の部分、定義文のスタイルについてです(Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (導入部)にて発案するべき話なのかもしれませんが、利用者全体の問題ですので、できるだけ多くが目にするべきと考え井戸端で言うことにしました)。

今回提起する問題は本文の一番目の文の主部と述部の間に読点(、)を挟むスタイルを好む利用者がいるという事です。定義文の主語(主題の名前)と述語(定義)の間には読点が必要なのでしょうか?Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)に書かれている例にはその様なスタイルが掲載されていますが、これには何か文法的機能を有していて、だからわざわざ書き直してでもそういうスタイルを適用するべきとされているのでしょうか?もしくは何か他の権威ある文章の書き方のスタイルとして第一文の主語と述語の間には読点を置けと指導している教育機関があって、方針もそこの指導に基づいているのでしょうか?

単文の短文なのにわざわざ「○○は、××。」と書かれて(書き直されて)いるのを見ると、冗長・余計・言葉に詰まっていると思ってしまいます。他の言語版の定義文、少なくとも英語では普通の文章には主語と述語の間(動詞の前後)にコンマが挟まる事はありません。文字通り項目の第一印象を決定する部分ですので、ここに無頓着であると、日本語版利用者は他の部分にまで無頓着な人種であるととられかねないと危機感を感じました。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月13日 (日) 04:55 (UTC)

Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)#導入部の書き方の4つ目の段落内の箇条書き5項目目に「「(項目名)は」、「(項目名)とは」の後の読点は入れても入れなくてもよい」とあります。終了。

読点は意味の区切りや、場合によっては可読性の確保のため(長い主語と述語の区切り)のために使うものだから、あってもおかしくない。そういう場合に該当しないのに入っていたとしても、それで意味が分からなくなるならともかく、そうでないなら目くじら立てて「入れるな!」「入れさせろ!」とやりあう意味はない。要は、あってもなくても構わない。どっちかでなくてはならない、ではなくて必要なら入れる。必要もないのに入っていたとしても、そのことにより、定義を説明する文としての機能が損なわれないのであればどうでもいい。ウィキペディア日本語版で書くことを求められているのは、文学的文章ではなく客観的な説明のための文章であって、必要なのは印象ではなく機能性です。

ヤボ承知でに突っ込んで起きますけど、文法も文章を書くスタイルも異なる英語を持ち出すことになんか意味があるんですか?読点があってもなくても、それはその言語のスタイルだと思われるだけです(その言語のことを知らない人からすれば)。以前の定義文の体言止NGか否か、もそうですが、機能的に差異を生じず単なる個人的な感覚だけを根拠(!)に瑣末事にグダグダと時間が使われすぎています。機能的に本質な差異が生じない(個人的な美観なんかどうでもいい)ところにこうやってグダグダと固執することのほうが、本質的な問題に無頓着なダメな言語版だと思いますが。--ikedat76会話) 2014年7月13日 (日) 05:52 (UTC)

結論から言えば、日本語と言っても人それぞれクセのようなものがあり、読点の位置のようなものはぶれあって、WPはある程度の文章の特徴やクセは許容されていて、そこまで細かく決まってはいません。また何かを推進して決めなくて良いですよ。あなたにとって楽しくても、間違いでもなくどうでも良いことに関して強制される側のことも考えましょう。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 08:12 (UTC)

(Ikedat76さまへ)ふむふむ。つまり、『貴様の美意識なんぞ知るものか。ウィキペディアは専門家でも文筆業でもない素人連中でも誰でも寄稿が許されているのだ。「この様な文体は物書きとして許容できない」とか思っても心に堅く閉まっとけ!』という事になりますでしょうか。
では、訊き方を変えます。この様な編集この様な編集に対してはどの様に思いますか?もちろんこれらの記事は私が以前立項した拙いものでもあるし、たとえ現在でも私の最適であると思うスタイルが絶対のものであるとは考えていません(上の文章が疑問形で書かれているのもそのためです)。なので、こういう編集を見ても積極的に自分のやり方に戻そうなどという気は微塵も起きない訳なのですが、危惧しているのはもっと一般化された問題、細かなスタイルの違いだけで延々と編集合戦が行われたり争いが繰り広げられたりしたりはしないか(そして、それを誰も仲裁しようともしないかもしれない)という事です。その様な事の起りうる危険性が内包されているとあれらの編集を見て思ったのです。ようするに以前あった「Wikipedia:井戸端/subj/小説における著作物名の表記の『』と「」の区別の仕方について」の様な事が冒頭文でまで将来誰かと誰かの間で起きやしないかと心配しているのです。
そんな事に意味がある/ない、それもその人その人それぞれの勝手な事です。ええ、その通り。では意味があるのだと力説する人同士が激しく争いあったら?他の利用者たちは鍵括弧論争の時の様に怪獣大決戦にタジタジになるばかりで、関わり合いになる事を倦んで後手に回るのでしょうか。仮に喧嘩両成敗にするとしても迅速には行えないと思います。現に、上述した類例でもどちらへも何も対処できていません。
これは自ら日本語文献からの情報を収集しての立項と、複数の他言語版からの翻訳の経験のどちらともがある私にしか感じられない違和感なのかもしれませんが、英語版(とくにbe動詞is, are, was, wereで主語と目的語が繋がれた定義文)から日本語版へ翻訳された文章を見ますと、まず主語と述語の間には読点が挟まらないという傾向があるのです。もちろん日本語版特有のガラパゴス化が一概にNGだと言っている訳ではありません。ダメな事、それは先人がそうやっているからと言って、なぜそうしたのかを理解しないで無批判にかつ状況を考慮せず猿真似してしまう事だと私は思っております。だから訊きました、あれに何か意味があると思う人はおりませんかと。
(Gyulfoxさまへ)一つ質問があります。その「人それぞれのクセ」はWikipedia:秀逸な記事Wikipedia:良質な記事の選考に影響すると思われますでしょうか?--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月13日 (日) 11:54 (UTC)
明らかに推奨されるもの(丸括弧や数字は基本的に半角)(システムの都合上こうした方がいい)などがあれば大概草取りとして修正が入ります。しかし荒巻モロゾフさんのいうような修正が入るかは微妙です。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 16:08 (UTC)
どっちでも良いでしょう。むしろ、わざわざ新規参加者の会話ページに乗り込んでいって「定義文の間に『、』を入れる編集はおやめください 」「意味のない行為は慎んで」[1]と言うことのほうが、よっぽど理解に苦しむ行動です。また、他の利用者が真面目に議論しているのを「怪獣大決戦」などと呼ぶのは失礼ですよ。--122.18.240.181 2014年7月13日 (日) 12:49 (UTC)

どう思うか?くだらないことするな、とは思うけどわざわざ乗り込んでいってあれこれカマすだの、差し戻すだの、そういうことをするのも同じ位くだらないと思いますけど。

誰かがもめ始めたら?くだらないことでもめるな、といって止めさせればいいでしょ。読点がその位置にあることで説明文・定義文としての機能に差があるんですか?瑣末な差異をグダグダやりあう、内容の充実に意を注いだらどうなんだ、と思いますけど何か間違ってます?--ikedat76会話) 2014年7月13日 (日) 14:49 (UTC)

読点#用法をお読みになることをお勧めします。そのほか、Googleで「読点 用法」で検索すると、[2][3]のように、「主語の後に打つ」ことを原則とする文書がでてきます。少なくとも、主語の後に読点を打つのが奇異であるとは考えられません。Wikipediaとしてはあってもなくてもどちらでも良いということにしてあるので、読点一つの追加だけの変更というのは好まれないでしょうが、まあ、善意による追加でしょう。--T6n8会話) 2014年7月13日 (日) 23:31 (UTC)

(Gyulfoxさまへ)文体は良質な記事の要素たりえるかをお訊きしたのですが……。
(122.18.240.181さまへ)喧嘩や多重アカウントや投稿ブロックだらけのウィキペディア活動歴なのにそれを鼻にかけて先輩面して威張り散らす傲慢な人や、外部サイトで利用者を名指しして陰口を叩く陰湿な人は怪獣ではないのですか?それに真面目に議論しているのを「理解に苦しむ」と言う事は失礼にあたらないんでしょうか?言いたいことがあるのなら、きちんとアカウントを持って特定の個人として認識される覚悟を持ってください。名無しで人を謗る事こそ最大の失礼であり、このサイトに潜む魑魅魍魎妖怪変化なんですよ。よいですか、先達は後継者の訓導に努めなければならないんです。ウィキペディアの執筆されるべき内容はとても多くて一人ではやりきれないし、自分が死んだ後もデータは残る訳です。少しでも見込みのある新規参加者を見つけたら怪獣化しない様に、そして自分の投稿を手伝って引き継いでくれる様に積極的に働きかけるべきなんです。自分さえよければそれでいいとか、自分の縄張りに入ってきたら排除する、そんな態度は共同作業を前提としたウィキではやっちゃいかん事です。
(ikedat76さまへ)「推敲」という言葉の語源をご存じですか?唐の詩人賈島が「僧推月下門(僧は推す月下の門)」という自作の詩句の「推(おす)」を「敲(たたく)」に換えようかと散々迷った末、韓愈に問うてようやく「僧敲月下門(僧は敲く月下の門)」に改めたという故事成語です。押そうが叩こうが些細な違いでしょうが、それだけの事が詩人を大いに悩ましたのです。
読点の位置をはじめとするさまざまな意味の違いを齎さない文体の違いによって、人はその文章から異なる印象を受けます。それだけではなく、熟達者ならば文体から筆者の人となりまでもが透けて見えることでしょう。そして今私は文体に推敲を重ねると読者からのよいフィードバックが返ってくる(高い評価を受けている)ということを実感しています(「※あくまで個人の感想です。商品の効能を保証するものではありません」と言われればそれまででしょうが)。
それは別に、ない事を重ねて物事を美化する事ではないし、中二病じみた美辞麗句でゴテゴテと飾る事でもありません。ただ理解の助けとなる様に視覚的ないし読み上げた場合の音声的な印象を考えて、そしてメタな語句を補って読者の思考の流れをコントロールすることにあります。いうなればそれはあたかもナレーターが語っているかの如くです。講師でも漫談師でもありません、あくまでもナレーターです。ナレーターなので自分の独自見解は述べないし、第四の壁を破ったりもしません。
まあそれはともかくとして、努力をしたのにそれが報われないという事はとても精神が参ってしまいます(「俺様は誰にも評価されなくていいんだー自分の好き勝手してやるぞー」という自己中心的なソウルの持ち主を除く)。努力を労いあい、仕事ぶりを評価しあい、利用者同士が親睦を結ぶ、そんな気持ちがここでは足りていません。ここでしょうもない雑談をしたっていいじゃないですか、なんたって井戸端なのですから。ギスギスした雰囲気の中では新規利用者も毒気に充てられてしまい、何を言われても暴れ続ける様なゴジラキングコングになってしまうことでしょう。なので「くだらないことでもめるな」と言われて揉めるのを止めることのできるミニラリトルコングのうちに褒めて伸ばしてやる必要があるのです。その口実として顛末な差異、いやそう言うと語弊がありますね、正しくは印象を左右する様な文体の違いを評価する事はとても大切なことでしょう。
ところでikedat76さんの活動を見てみますとずいぶんとまあ手広くしていらっしゃいますね。でもそれによってどれだけの人から愛されていますか?せっかく良かれと思って問題に取り組んだとしても、それが裏目に出て恨まれたりしては元も子もありませんよ。
(T6n8さまへ)その外部サイトこそが、私の探し求めていたものです。後者を見ますと、「文の分断につながりやすい箇所」として「文節中の主語の後」というものがあり、まさにこの事を言っていました。勘違いしないで頂きたいのは私は主語の後に読点を一切入れるなとは一度も申し上げていない事です。ただ、その行為に意味があるのかという事を訊きたかったんです。もしここが某質問サイトだったならベストアンサーに選んでいるところですね。ありがとうございます。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 03:57 (UTC)
(荒巻モロゾフさんへ)スタイルマニュアルでも統一していないような、微妙な表現の違いでわざわざ登録まもない利用者の会話ページに書き込むのは、ともすれば初心者いじめとも見られかねない行動だと考えます。もちろん善意からやっているのは間違いないとは思いますが、百科事典としての正確さを失うでもない、微妙な表現の差を取り上げた結果、角を矯めて牛を殺すような結果になっては本末転倒です。
あと、選考期間中も記事の編集は通常どおりに、投票者自身の手によってすら行えますので、表現などその場で修正できるようなことで秀逸や良質な記事の選考が影響を受けることは「制度上ありえない」と言い切って問題ないと考えます。--Jkr2255 2014年7月14日 (月) 08:06 (UTC)
選考と文体の関係に関するご意見ありがとうございます。普段お世話になっております(とまで言っていいのやらわかりませんが)Jkr2255さんが「制度上ありえない」とまでおっしゃるなら安心いたしました。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 11:06 (UTC)
コメント 荒巻モロゾフ氏の最初の投稿では、
改善すべき箇所が…いくつもあることを普段からひしひしと感じております。まずはそのうちの一つだけを、この井戸端で提議させてください。それは各々の記事の頭の部分、定義文のスタイルについてです。
単文の短文なのにわざわざ「○○は、××。」と書かれて(書き直されて)いるのを見ると、冗長・余計・言葉に詰まっていると思ってしまいます。他の言語版の定義文、少なくとも英語では普通の文章には主語と述語の間(動詞の前後)にコンマが挟まる事はありません。文字通り項目の第一印象を決定する部分ですので、ここに無頓着であると、日本語版利用者は他の部分にまで無頓着な人種であるととられかねないと危機感を感じました。
と述べられております。「読点を入れるのは意味がないので、読点を入れないように統一したほうがよい」としか受け取れません。「そうではない。読点を入れることに意味があるか訊いただけだ」とおっしゃるならば、他者の勘違いではなく、貴方の表現が不適切と思われます。--118.6.71.92 2014年7月14日 (月) 08:53 (UTC)
ではあなたを納得させるという勝負事では私の負けですね。「書き直してでもそういうスタイルを適用するべきとされているのでしょうか?もしくは何か他の権威ある文章の書き方のスタイルとして第一文の主語と述語の間には読点を置けと指導している教育機関があって、方針もそこの指導に基づいているのでしょうか?」という訊き方をしているのに「「読点を入れるのは意味がないので、読点を入れないように統一したほうがよい」としか受け取れません」と仰るのなら、まるでマリオに踏まれたノコノコの様に私には手も足も出ません。あなたはスターを取ったマリオの様に無敵の光に包まれています。脱帽です!><;惜しむらくはその功績が利用者名として記録されないことです。嗚呼、げに口惜しや……。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 11:06 (UTC)
コメント 私の引用した部分についてノーコメントということは、「訊きたい事はしっかり書いたが、余計な事も書いてしまった」というわけですね。余計な部分は省きもっとストレートに質問されたなら、「余計な部分」に対する回答も無くなるわけで、ベストアンサーのような回答を得られやすくなると思いますよ。--118.6.71.92 2014年7月14日 (月) 16:37 (UTC)
コメント西岡本」は一文が非常に短いので読点は無くても良さそうですが、「打出」の方は読点を入れたことで良くなったと思います。読点だけの編集は非効率だったかもしれませんが、「利用者‐会話:Sidiouschancellor#定義文の間に「、」を入れる編集はおやめください」での荒巻モロゾフさんの対応とコメントの内容はいろいろ不適切に思います。たまたま相手の方の対話スキルが高く、上手くかわしておられるようなのでその点は一安心ですが、読点を手直しするのに方針もスピード違反の論理も無関係ですし、管理者はそのようなことを担う方々ではありませんので、今後のために不正確な説明は訂正される方が望ましいでしょう。
たとえ読点ひとつであってもその有無が記事にとって重要だと主張されるのであれば、新規参加者の会話ページまで訪れて持論を力説されるよりも、記事のノートで提案の上、合意形成を経て記事を修正するかどうかを判断されるのが建設的で良いと思います。あるいは表記ガイドのルールに不備があると思われるなら、ルール改訂を提案することもできます。荒巻モロゾフさんの他にも同じ考えの編集者が相応の数いらっしゃるのであれば、それは容易に可能でしょう。
ところで、[4]の内容について若干読み違いがあるようですが、そこに例示されているのは「文節中の主語の後」であって「文中の主語の後」ではないので、ここでの荒巻モロゾフさんの問題提起(単文の中の読点)とは無関係ですよ。念のため。--ディー・エム会話) 2014年7月14日 (月) 13:33 (UTC)
文節と文の違いに拘ることでディー・エムさんが幸せになるというのならそれでいいではありませんか。文節と文の違いに拘るのが大好きであるならそれで幸せになれませんか?それを邪魔するなんてとんでもない!--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月18日 (金) 01:13 (UTC)
Wikipediaは百科事典をつくる非営利のプロジェクトです。百科事典には事実のみが記載されるべきものであって、句読点を入れるか入れないかと言う些末な印象に対して議論することが無意味。営利目的のプロジェクトでない以上、見た目の印象によって受ける評価など、どうでもいいことです。統一していない現状がよくないと言うのであれば、どちらのスタンスかをはっきりと示して、スタイルマニュアルの改訂を訴えるべきでしょう。--翼のない堕天使会話) 2014年7月19日 (土) 09:26 (UTC)

寄付の最低額はなぜ値上がりしたのですか?[編集]

「(i)皆様が¥800の寄付をしてくだされば、日本におけるウィキペディアの募金活動は1時間以内に終わるでしょう。[今すぐ寄付をする]」

…あれれれれれれれれぇ~ 数日前まで¥700だったし、オイラ¥1500寄付したんだケドなぁ… …だまされたかなぁ…——以上の署名の無いコメントは、Fetk mokuamiノート履歴)さんが 2014年7月13日 (日) 14:37 (UTC) に投稿したものです(アルトクール(/)による付記)。

ドルベースだったら為替の変動とか?--125.2.37.237 2014年7月13日 (日) 15:09 (UTC)
このようなメッセージが表示されるのは、英語版、日本語版だけみたいです。それ以外の言語版利用者からは寄付を求めていないのでしょうか? ドルベースだとしても、最近の為替変動で100円も上昇するようなことはありません。--121.102.116.68 2014年7月16日 (水) 14:12 (UTC)

外部サイトでのウィキペディア利用者に対するネットいじめ[編集]

これを見てください。

673 :名無しの愉しみ:2014/07/15(火) 11:03:52.95 ID:???
利用者:荒巻モロゾフ
池脱兎よ、コイツ締めていいぞ

Ikedat76さんが外部サイトでこんな不名誉なあだ名を付けられて名指しでバカにされている現状を私は見過ごすことができません。 別に私の方は何を言われたところでいいんだ。どうせ道楽と割り切ってるんだから。だけどね、ウィキペディアの当人たちは真面目にやってる筈の議論を、よその家の火事や犬の喧嘩やプロレスとかをわいわいがやがやと取り囲んで見物する様な感覚で、安全な外野から名無しで好き勝手言うだなんて頭のネジが飛んでると思うんですよ。学校裏サイトでのネットいじめみたいで実に陰湿で不愉快極まりないです。こんな口の悪い人が普通の利用者面してウィキペディアに何食わぬ顔で投稿しているなんて思いたくありません。きっとせいぜい冷やかしに来る程度のライトユーザーなんだ、きっとそうに違いありません。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月15日 (火) 04:27 (UTC)

言わせておけばいいんじゃないですか?確かに不快かもしれませんがウィキペディアでそれに対して何をしようと言うのですか。名誉毀損だどうのっていうことであれば、2chに削除依頼出すなり、警察へ通報するなりすれば良いです。ウィキペディアは2chではありませんし、その逆でもありません。--アルトクール(/) 2014年7月15日 (火) 04:41 (UTC)
荒巻モロゾフさん、あなたはいったいここで何を求めているのですか。そもそも、なぜウィキペディア内に直接的には無関係な外部サイトの話を持ち出されるのですか。「不名誉なあだ名」と理解しているのなら、なぜ本人が目にする可能性が高いであろう、ウィキペディア内にその話題を持ち込むのか、配慮に欠けているのではありませんか? 「知らぬが仏」「触らぬ神に祟りなし」という言葉もあるように、ウィキペディア内にそれを持ち込むことによって、本人が他のサイトで不愉快となるような投稿があることを知らなかった場合、不快とさせる可能性を考慮されなかったのですか? まして、Echo という通知の新システムによって、利用者名がどこかのページからリンクされた場合、それが当該利用者に通知されるようなシステムになっています(無効化も可能)。今後はこのような配慮に欠ける行動は慎まれること、ネット上の罵詈雑言を無視されることを強くお勧めいたします。--rxy会話) 2014年7月15日 (火) 09:10 (UTC)
管理者の方にとってすらWikipedia:善意にとるという方針は形骸化しているのですね。実に悲しい事です。私は特定の利用者が何年もの間陰口を叩かれ続けている、誰かの名前が出ればそれはほぼ確実に批判する文脈、誰かを名指しで責める事はあっても誰かを名指しで褒める事がまずない、そんな状況をとても疎ましく思っているのです。数年前は向こうにもChatamaさんやNekosuki600さんが時折現れてはひょうきんさを振りまいて場の雰囲気を和ませてくれていました。だけど……今はもう、あの方々はいない、ChatamaさんはWikipediaでの活動を休止され、Nekosuki600さんに至っては亡くなられた、それは別に向こうへだけ影響したのではありません。ウィキペディア日本語版コミュニティー上でも父親的なオーラを放っていたお二方が消えたことは、場をギスギスしたものにし、井戸端をこんなファイトクラブにしてしまった(アルトクールさんはIRCにChatamaさんがいなくなって随分と寂しくなったことをご存じかと思います)。人類学的な言い方をすれば部族社会における「ビッグマン」と呼ばれる仲裁役・心の拠り所である人だったのでしょう。
別の板のウィキペディアに関連するスレッドではこのような意見をききました。
俺は最初「井戸端」という名前から、2chの的などうでもいいことを、
良くも悪くもフランクにしゃべれる場所を想像した。

ウィキプロジェクトやウィキマネーや、あるいやバーンスターやウィキラブなんかが
そのツールだったのかもしれないが、おそらく導入当初の意図とはかけ離れた現状だ。

もはや、「同じ釜の飯を食う」とか「飲みニュケーション」とかいう発想は
古く蔑まれる価値観になったのかもしれないが、
共同作業を歌う割には、仲間意識を涵養する場所がない。

で、他者と関わるのは記事の修正や意見交換においてであるが、
コメ依頼やら「議論」とやらに出てくるヤツラは、手を引いて上に引っ張りあげるのでなく
足を引っ張って下に引きずりこむ作用を為しているようにみえる。

世界史的にいうのなら、今の記事書きたちは、
小邦の君主が(あるいは部族レベルの長が)乱立してるだけで、
共和制でも共産主義にも、ましてや民主主義にも相当しないと思う。

wiki国という、一つの国民という意識はない。それが最大の問題点である。

…こんな感じでござるか?拙者、wikiもううだめかもわからんね派。啓蒙してくだちい。

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1284376020/761

みんなで足の引っ張り合い、誰かの名前が出ればそれは「あいつをブロックしてくれ」「あいつ死ね」という意味であって、決して「ありがとう」や「おつかれさま」ではない、そんなウィキペディアに私は嫌気がさしたのです。我々は何万人いようと一つのチームだというのに、なんでそんなに仲良くできないコミュ障だらけの烏合の衆なのかと。そんな気持ちがまるで、プレートが徐々に歪んでいって大地震が引き起こされるかの様に、急に私の心の中に押し寄せました。一番の引き金はこんな事を言う利用者がいたという事でしょう。でも私はこの人を許すまじとは思わないんです。あんな風になったのはもちろん理由があっての事で、私には思い当たることがあるのです。こんな記事こんな記事を書くことができるのになんであんな人なのか、その理由を私は察してしまったのです。あの人は自分のウィキペディアへの執筆が報われない事を非常に退屈していたのでしょう。
バーンスター行方不明
ちょうど左の画像の要領で!そのために、色々とウィキペディアの他の場所へちょっかいをかけないと気が済まなくなったのです。ひたすら自分の定められた領分から出ないでおとなしくしている、そんな事を続けているといつか壊れてしまう、そんな性分だったんだということに気づいたのです。確かに記事を褒める制度はある、でも利用者そのものを褒める制度、バーンスターは実質上死亡状態です。貶される事はあっても褒められる事のない世界、のめりこんだら誰だって狂ってしまう!!だから私には外部掲示板の連中と一緒になってあの人を凹々に非難するなんてできやしないのです。

それは程度の差はあれ私も同じ様なもの、どこぞのニコ生主やツイッター民の様に炎上して有名になりたいという歪んだ欲や単に暇を紛らわしたいという気持ちが井戸端へ私を運びました。利用者名を出したり会話ページに書き込むことがまるで呪いをかけるかの様な、新着メッセージのお知らせを見たら心臓が止まる様な、そんな暗黒のウィキペディア社会が突然怖くなりました。かつて私に協力してくれた人たちも頻繁には活動しなくなっており、私の周囲では心の支えとなる人が消えていっていた事に気づきました。いや、それだけではない、今のこのサイトは先生がいなくなって子供だけになった学校、もしくは学級崩壊と同じです!!

おっと、取り乱してしまいましたね。「要求はなにかさっさと答えろ」でしたか……では要求は以下の2つです。
  • 井戸端でちゃんと井戸端会議させてください。この井戸端会議というのはただの雑談のことです。どうか雑談場所を2ちゃんねるに奪わせないでください。お互いに利用者名と結びつけた形で正々堂々とお話がしたいんです。
  • ウィキペディア内部外部を問わず、特定の利用者名が出た時にそれが9割の確率で批判となる様な風潮をやめさせるよう努力してください。これは方針を変えるとか、外部サイトに法的な手段を取るという方法では絶対に実現しません。具体策としてはバーンスターを復興すること。何か相談に乗ってくれた人には感謝の気持ちを示すことの励行。優良な記事ならぬ優良な利用者(いわゆるMVP的なもの)制度の創設などです。
私の言う事が気に入りませんか?外部からの意見を取り入れてフィードバックするのは許されない行為ですか?嫌いだから変えたいんじゃなくて好きだから嫌いな部分がなくなってほしいと思ってるんです。そりゃ今のウィキペディアのこの殺伐とした雰囲気が大好きな人もいない訳はないのかも知れません。もしそんな人が牛耳るのがここウィキペディアであるのなら、どうぞ私を井戸端騒乱罪や新規利用者脅迫罪、特定電子掲示板情報晒し返し罪、ならびに神聖なるウィキペディアをアンサイクロペディアのノリでの会話を用ひ侮辱したる罪にて無期限の投稿ブロックにかけてください。私はネットユーザーである前に一人の人間です。人間らしくウィキペディアに貢献できないのならいっそのことウィキペディアンとしての死を選びます。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月15日 (火) 12:37 (UTC)
コメント 何点かコメントいたします。
  • 「荒らしに構うのも荒らし」という言葉があります。少なくとも、こちらで何を言おうが外部サイトでの言行をこちらからコントロールする術はありません。もちろん荒巻モロゾフさんが善意でやっていることまで否定するつもりはないのですが、不用意な形で取り上げるのは、「荒らしに餌を与える」という、誰も望まない結果を招いてしまうだけです。
  • 私自身、通知に恐怖を抱くほうでしたが、最近は感謝もそこそこ送られるような状況となっていて、むしろ改善してきました。荒巻モロゾフさんから見れば不十分かもしれませんが、すでに意識改革の土台はできつつあると感じています。--Jkr2255 2014年7月15日 (火) 13:09 (UTC)
コメントありがとうございます。外部での反応があるのはヒットマーク、いわゆる向こうの言葉でいうところの「効いてる効いてる」「よほど都合が悪いようだな」という状態であると思うのです。金品による見返りのないボランティアであるからといって、労いや感謝の気持ちを互いに表しあうことまでも不必要だと思っているような、自分の事に精一杯な人が多すぎると思うんです。不十分と思う事を挙げてみますと、いくつもの分野別やウィキプロジェクト主催の利用者表彰制度国別のバーンスターなどですね。複数の言語版にあるそういったプラスの評価を与えあう手段のヴァラエティーが日本語版にも必要です。自分でもやれる範囲内から手を付けていきたいと思ってます。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月16日 (水) 03:17 (UTC)
コメント 批判ってそんなに忌み嫌われるものですかね。レベルの低い罵詈雑言を受ければ良い気持ちがしないことは確かですが、批判がプロジェクトの改善に向かっていくこともあるのですから、一律に批判を封じ込めたらウィキペディアの発展も無くなるでしょうね。健全な批判は受け止め、低俗なものはスルーする力も必要と私は思います。--T_suzu (Talk/History) 2014年7月15日 (火) 13:29 (UTC)
この場合は止揚ブレインストーミングを前提とした知的な批判ではなく、純粋な個人への人格攻撃の事だと思ってください。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月16日 (水) 03:17 (UTC)
荒巻モロゾフさんのウィキペディアに対する熱意はよく理解しました。しかし、Jkr2255さんがおっしゃる通り、「風潮」というものは統制されるべき/できる性質のものではないので、これに関してはどうしようもありません。当該サービスにおける利用者の良心と善意に頼るしかありません。
次に、バーンスター制度の復興に関してですが、これに限らなくても、感謝のボタンや、ウィキラブという機能でも代替できますので(ウィキラブはバーンスターを包摂していますね)、無理にバーンスターを復興させる意味は感じません。また、Wikipedia:月間感謝賞 という利用者に対する感謝を表明する場所もありますので、ご興味があれば活用していただければ幸いです。
ただ、井戸端での雑談となれば、最低限ウィキペディアに関する事項であれば多少は大目に見てもらえる…かもしれませんが、あまりに逸脱する場合、そもそもそれは Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアはブログ、ウェブスペース、ソーシャルネットワーク、追悼サイトではありません という方針に抵触することになります。雑談の場合はやはりそれを目的としたサービスに対して、その役割を担っていただくことが最適であると考えます。
最後に、投稿ブロックに関しては、現ウィキペディア日本語版の慣例からすると、方針に対する明らかかつ重大な、もしくは度重なる抵触がない限り、自己に対するブロック依頼すら認められていないようですので、方針に抵触しない限りは本人希望でもかけることはできません。予めご了承ください。--rxy会話) 2014年7月15日 (火) 13:35 (UTC)
ご理解ありがとうございます。雑談とはいいましてももちろんウィキペディアの利用に関連した事に限られます。井戸端なのに肩の力が入りすぎな人が多いので、雑談のニュアンスでいた方が初心者も取っつきやすいと思いまして。要は気持ちの問題です。方針に抵触といえば過去にこのような削除もあったのですね。やはり仮にバーンスターを奨励するページを再開するにしても個人ページ内がよいでしょうね。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月16日 (水) 03:17 (UTC)
コメント
>バカにされている現状を私は見過ごすことができません
見過ごしてください。
>別に私の方は何を言われたところでいいんだ
そのとおりです。Ikedat76さんも同じ考えを持っていると思ってください。
「学校裏サイト」は実社会を架空社会でウォッチしているから問題なのであって、ウィキペディアの架空社会を2chの架空社会でウォッチしている段階では心配するほどの重症化には至りません。
それと、2chは2chの使い方があります。荒巻モロゾフ様もそのコツを掴んでいただくことで探されている答えが見つかるような気がします。--Triglav会話) 2014年7月15日 (火) 17:24 (UTC)
「バカ発見器」と揶揄されるツイッターでの相次ぐ個人情報暴露騒ぎや、忘れられる権利などが取り沙汰されるネットを「架空」と呼ぶのはどうかと思いますが。確かに個人情報を出していない限りは実生活にまで被害は及びませんね。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月16日 (水) 03:17 (UTC)
コメント 荒巻モロゾフさんのコメントの論旨がその都度まちまち(しばしば真逆)で文意を判断しづらいのですが、要するに「炎上して有名になりたいという歪んだ欲や単に暇を紛らわしたいという気持ち」でご自身が書き込まれた井戸端投稿を、単なる「雑談」として笑って見過ごしてほしいということでしょうか? それとも、そのような険悪な書き込みは井戸端の良好な雰囲気を汚してしまうので問題視すべきということでしょうか?
もし前者を要求されているのであれば、明らかな方針違反なので受け入れられる余地はないでしょう。しかし後者であるなら、それは望ましい変化として歓迎されるでしょう。
荒巻モロゾフさんの討論コメントは直近の話題に関連する数件ぐらいしか拝見していませんが、それらの特徴として、ご自身が望む方向での返答に窮すると本論と無関係な第三者の中傷を含んで話題を拡散させるという独特の対話の癖をお持ちのようなので、その点は意識的に改めることを強くお勧めします。たとえ既に書き込んでしまったコメントであっても、投稿者本人の意思で不適切な発言の訂正・取り消しは可能です。
改善の取り組みを思い立たれたのであればまず何よりも、これら[5] [6] [7]のコメント内の不穏当な表現に<del>〜〜〜</del>で取り消し線を引くなど、今からでも訂正するに越したことはないと思います。
それだけでも十分に、荒巻モロゾフさんの周囲において上記のような問題の大部分は解消されると思います。--ディー・エム会話) 2014年7月17日 (木) 14:49 (UTC)
ディー・エムさん。あなたは「明らかな方針違反」と言いましたが、どの方針に違反するのでしょうか?世の中には一つの言葉の中にいくつもの気持ちを込めて話す人が居るのですよ。他人に一つの解釈を強制してはいけません。精神の世界においては真実はいつも一つとは限らないのです。相手の行動を悪意にとり「不適切」「不穏当」などと呼ばわるのはWikipedia:五本の柱のうちの一つ、Wikipedia:エチケットに違反しているとは思いませんか?それとも自分の心を乱しておちょくり倒すような書き込みをする人間はもれなく悪であり、それは方針に照らし合わせても悪なのでしょうか。私がブロックされるには重大な方針違反をしなければいけないそうですから、理由の如何を問わずあなたの心を険悪にするという事が重大な方針違反の一つとして追加される日が来れば私は自動的にバンされることでしょうね。
よいですか、ウィキペディア日本語版は耳目を塞がれた病人なのです。我々のウィキペたんはヘレン・ケラーの様な三重苦を背負いつつある。外の世界から引きこもり、フィードバックを受け取れなくなっている。情報を有機的に受け取らなくなってブレインとしての働きもまた衰えている。それは貧しさのせいです。ここで言う貧しさとはお金や物のことではありません。人の心の貧しさです。あなたを含め、日本のウィキペディアのみなさまへは心の救貧・防貧が必要です。あなたもまた怒りや恐怖に心を支配され、五本の柱を実行できていない。ウィキを書ければそれでよいなどというのは大間違いです。
ディー・エムさんがもし、あなたが私に興味を持つのなら、私もあなたに興味を持ってとことん付き合いましょう。ただし、ウィキペディアンとしての本分をお忘れにならないでください。私には五本の柱全てを行動を以て実行するというポリシーがあります。あなたも是非そうしてください。お互いに頑張りましょう。何が嫌いかではなく、何が好きかで物を語りましょう!それともそのような事を強要されるのはイヤですか?ウィキペディアの方針を守ることが!?--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月17日 (木) 15:36 (UTC)
などです。--ディー・エム会話) 2014年7月17日 (木) 17:04 (UTC)
下に2つ付けてるそのアボリジニの狩猟道具とても素敵ですね。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月17日 (木) 17:18 (UTC)
コメント ウィキペディアの方針は狩猟のための凶器ではありませんので、誤解なさらないようお願いします。
すみません、ご質問を1件見落としていました。遅まきながらお答えします。
井戸端ページなどでの不快な人格攻撃の類を無くしてほしいという荒巻モロゾフさんご本人の要望に沿って、「~それを鼻にかけて先輩面して威張り散らす傲慢な人」・「怪獣」・「魑魅魍魎」・「頭のネジが飛んでる」・「コミュ障だらけの烏合の衆」など荒巻モロゾフさんの一連の発言を不穏当な表現として改善するよう助言した私の言動が「Wikipedia:エチケット」に反すると思うかどうか? とのご質問ですね。思いません。
それと、それら発言の悪意の有無に関しては発言者ご本人が述べられている以上のことを私は存じませんし言及もしていないので、それは私の判断の外です。--ディー・エム会話) 2014年7月18日 (金) 11:07 (UTC)
とにかくがんばれ(頭に自分で投げたブーメランが刺さらない程度に)!こういう風な仕事をやってくれる人は大切な同志です!ありがとう!--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月18日 (金) 11:54 (UTC)
荒巻モロゾフさん、これ以上相手を刺激するような行為はお止め下さい。継続される場合、Wikipedia:投稿ブロックの方針#コミュニティを消耗させる利用者 としてブロックされる可能性が高くなります。また、ディー・エムさんにおいても、態々鎮火しかけていたトピックに燃料をまいて再炎上させるような行為はお止め下さい。このトピックはもう終わりとしましょう。--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 12:03 (UTC)
ごめんなさい。個人間での不必要な井戸端の使用はもうしません。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月18日 (金) 12:29 (UTC)

日本語版の記事・セクション見出しのフォント検討[編集]

4月にTypography refreshが適用されてベクタースキンのタイトルやセクション見出しのフォントがセリフ系に変更されたものの、それに対しjawp内外から不満の声が上がり、またIEの旧バージョンにおいて致命的なバグが露見したこともあり、緊急でフォント指定をsans-serfで上書きする応急処置が施され現在に至っています。その後、一部の方から応急処置をそのままにしていることが問題視され、IEバグ対処に絞って明朝基調のフォント設定に変更すべきという提案が出されましたが、私は現状維持のままフォント見直しの検討を行うべきとの立場を貫き、反対して参りました。もう3ヶ月も経ってしまいましたので、そろそろフォントの検討を再開してもよいだろうと思い、この場を設けさせていただきました。

今までの関連する議論ですが、あちこち飛んでいて追いかけるのは大変骨が折れる状況ですので、時系列に整理した資料を作成しましたので、そちらをご覧いただければと思います。

振り返ってみて私が思うのは、Typography refreshは少なくともjawpにおいては事前準備が不足していたということです。Wikipedia:お知らせでの予告、そして昨年末にはベータ版機能で体験可能になっていたことは事が起こった後で知りました(これを教訓にお知らせはきちんとチェックする習慣がつきました)。たぶん大多数の人がそうでしょう。まさに寝耳に水の状態だったわけで、いきなり仕様が変更されそれが自分の望んでいたものでなかった場合、エンドユーザーはそれをシステムの不具合であると認識します。そうなってしまうと、開発者がソフトウェアの誤動作ではないから不具合ではないと説得したところでもはや手遅れであまり意味がありません。もし事前に注意喚起がなされていれば問題点に備えることが出来たかもしれないし、一般閲覧者向けの告知を掲載することで混乱を最小限に出来たかもしれません。まあ、言っても仕方のないことなのですが、ならば、それをこれからやっていけばよいのだと思います。応急処置はそのための猶予期間と捉えていただけると、応急処置に不満を感じている方にも納得してもらえるかな、と思います。

さて、前段が終わってようやく見出しフォントの検討の話なのですが、現在Typography refreshによるデフォルトの指定は

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: "Linux Libertine",Georgia,Times,serif;
}

となっているところを、応急処置にて

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: sans-serif;
}

に上書きした状態になっています(その他にも変更箇所あります[8])。これを一般の閲覧利用者の満足度向上を第一基準に、なるべくTypography refreshの意向を尊重したフォント指定を検討していきたいと思います。むろん、見出しに明朝体などとんでもないという意見もあるでしょうが、ディスプレイ上で本文の小さい字に明朝体を使うという選択肢がほぼありえない以上、印刷媒体でのお約束は気にしなくても良いかなと思います。

まず、利用者が多く環境依存の問題が色々あるWindowsの従来環境をメインに考えましょう(なにせ、私はWindows 7環境しか持っていないので)。最初にフォントに関しての認識を共有する作業から始めたいと思います。

  • IE10以前のバージョンの多くの環境(問題に気付かない環境もありえます)で起こる、serif指定で韓国の「Batang」フォントが使われてしまう問題[9]のスクリーンショットを作りましたのでご覧ください。IETesterという擬似環境で問題再現のテストページを表示したものですが、IE5.5IE7IE9です。serif指定の一部の文字が「Batang」と同じになっているのが確認できるかと思います。
  • これまでの議論などで出てきたものを参考に、いくつかのフォントの組み合わせでh2、h3見出しのフォント比較ページを作り、それを4種類のブラウザ(私のWindows 7環境にインストールした実ブラウザです)で表示させたスクリーンショットを用意しましたのでご覧ください。
以下、各フォントについての所感を述べさせていただきます。
  • Linux Libertine - デフォルトのセリフフォント第1候補。ライニング数字なので和文とも調和するし自由にダウンロードできるが、Windows標準フォントではなくWindows利用者への知名度もそれほどあると思えないのであまりあてにしない方がいいかなと思います。
  • Gerogia - デフォルトのセリフフォント第2候補。太めでメリハリが効いており、ディスプレイ上での視認性も抜群ですが、和文の細身の明朝に対して自己主張し過ぎであり、高さが揃わないオールドスタイル数字が混じると不安定な印象を与えます。和文と合成しての使用には適さないと思います。
  • Times New Roman - デフォルトのセリフフォント第3候補「Times」のWindows標準搭載フォント。「Linux Libertine」はこれの代替フォントに相当するので「Gerogia」ではなくこちらを選択したい。Macとの互換性を考えると指定は「Times」の方が良いようです。
  • MS P明朝 - 言わずと知れたWindows標準搭載のリコー製のプロポーショナル明朝フォントです。ことディスプレイ表示に関しては評判は良くないです。細身で掠れた感じに見えます。Sleipnirやアンチエイリアスの追加ソフトを導入した環境では見やすくできますが、Firefoxや特にChromeでは残念な感じになります。できれば避けたいフォントだと思います。
  • IPAフォント - IPAが配布しているフォント。「IPA P明朝」はプロポーショナル明朝なのに対し、「IPAex明朝」と「IPAmj明朝」は欧文文字はプロポーショナルで和文文字は固定幅で単一フォントで慣例的な日本語文書を作成する用途に向いたフォントです。スクリーンショットでもいちおう和文フォントのみの例を入れてます。「Times New Roman」のウェイトには負けますが慣れれば許容範囲かもしれません。ただFirefoxでの表示品質が悪いようです。特に「IPAex明朝」の場合に横棒の掠れがひどいです。Linuxなども含めてそれなりに使われていますが、Windows標準フォントではないので選択肢としては割り引いて考えるべきでしょう。
  • HGP明朝 - MS-Officeと一緒にインストールされるリコー製のプロポーショナル明朝フォントです。一般の方のWindowsPCにはそれなりの割合で入っていることが期待できます。「HGP明朝B」がbold、「HGP明朝E」がextra-boldで、「Linux Libertine」「Times」と合わせるならBの方で十分かと思います。

次にOS X環境ですが、標準は字游工房製の「ヒラギノ明朝」があり、Mavericks(10.9) では「游明朝体」を搭載しています。また、Windows 8.1は同じく字游工房製の「游明朝」を搭載しています。そのため、最新OS環境では「游書体」を使うことでほぼ書体を統一することが可能になるようです。実際にフォント指定する場合はウェイトの違いとかあって調整が必要そう[10]ですが、それはあとで考えるのでいいでしょう。

などとつらつら書いてきましたが、まずは体験してみるのが早いということで、ガジェット化を求める声がありました。さらに、IEバグ該当環境だけに対策設定を適用するという提案があり、それに触発されてIEの旧バージョン、OS X環境、Windows環境を判別してフォント設定を切り替える処理を作りました。Wikipedia:ガジェット/提案#クライアント環境でフォント指定を切り替えるガジェットの提案と評価依頼にて提案させていただきましたのでご意見いただけますと幸いです。--Wolf359borg会話) 2014年7月17日 (木) 09:14 (UTC)

コメント ガジェット化の提案、お疲れ様です。フォントに関しては慣れと好みですからね… 現状の「暫定措置がなし崩し的に続いている」という状況はやはり好ましくありません。最終的には自動承認要件引き上げ時のように、投票で「既定のフォント」を決めたほうがいいかもしれませんね。。議論形式ですと、どうしても参加をためらって「望まない変更を嫌でも受け入れざる負えない事態になる」という利用者が一定数いる可能性がありますし、現時点で議論がまとまっていませんので、「MediaWiki:Sitenotice でローカル利用者全体に告知し、意見を募り、投票を実施する」くらいの影響はあると思います。MediaWiki‐ノート:Common.cssなんて、それこそ Wikipedia:お知らせ に掲載したとしても、辺境のページだと思われますので、影響に対する告知範囲としては不十分に思えます。私自身はもう変更に慣れてしまっているので、今更 jawp だけで設定を変えられても、個人用 CSS で上書きしてしまうのですが。どちらにせよ、Typography refresh に沿った更新を既定フォントとする必要性を判断するのは、コミュニティの意見を広く募る必要があると思います。--rxy会話) 2014年7月17日 (木) 12:34 (UTC)
コメント 議論のまとめと現状の論点整理、ありがとうございます。
暫定措置の技術面の調整や合意形成の再確認の方も、Wolf359borgさんとStarchild1884さんにほとんどお任せするような状況になっていて、その点は申し訳ありません。
ただ、暫定措置の合意成立の是非に関しては私もその批判を受ける立場にあるものと自覚しています。それゆえ暫定措置の解除に対しては発言を控え、推移を注視させていただいていますが、フォントの恒久的な仕様を話し合う議論に関しては、許される機会があれば意見を述べさせて頂きたいと思います。--ディー・エム会話) 2014年7月17日 (木) 16:42 (UTC)
コメント いずれ投票はするにしても、まずは手続きとか気にせず肩肘張らずに意見を出し合えばいいんじゃないかな。MediaWiki‐ノート:Common.cssでの件は、あんなところに人が集まるわけがないですし、いきなり提案がまずかったと思います。賛否の場になって反対されたらお流れで次に続かない。私は議論の場と材料を提供したに過ぎませんので今後の進め方に関してはお任せしますが、実際にサイト設定を変える場合は(IP含めた)全ユーザー向けのサイトノーティスは必要だと思います。--Wolf359borg会話) 2014年7月17日 (木) 21:57 (UTC)
とりあえず、広く意見を募るために MediaWiki:Sitenotice へこの井戸端へのリンクを含める提案を行いましょうか。--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 12:05 (UTC)
必要だと思うなら出してもらって構いませんけど、放っておいてもいいと思います。井戸端に話題出してそれに人が集まらないのであれば、現状に満足していてフォントをどうこうすることに関心がないという意思表示とも考えられますので。--Wolf359borg会話) 2014年7月18日 (金) 12:24 (UTC)
私の経験からすれば、井戸端での議論だとしても、いざ変更が反映されると大騒ぎされる方がいるので、告知不備といわれないように最大限の周知徹底を図りたいと思います。明確な反対が無いようであれば、Sitenotice への掲載提案を行いたいと思います。--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 13:27 (UTC)
了解しました。ですが私の発言を正しく理解していただけていないようです。私はサイト設定を変更するなら、全ユーザー向けのサイトノーティスは必要と申し上げています。これは一般の閲覧者へ最大限配慮すべきという当初よりの一貫した主張です。井戸端の話題に人が来ないのであれば、それは現状の暫定処置への追認と変更不要の意思表示と解釈できるということです。だってもう3ヶ月も経っているのですから。--Wolf359borg会話) 2014年7月18日 (金) 14:08 (UTC)
「セクション見出しのフォント検討」を行うのであれば、何れ将来的にjawpへ影響を及ぼす可能性は否定できませんので、やはり Sitenotice で告知をして良いフォントの提案を出してもらえばいいのではないかと思ったのですが。現時点では集まっていないのは、抑々「見慣れている」画面で、現状に不満があってもそういうものだと思っているか、登録利用者であればカスタムCSSで上書きしているために、このような場を見ていないということも考えられますし。…--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 16:33 (UTC)
コメント ええとですね、まずWolf359borg氏の提案は「デフォルト設定のフォントをどう変更しようか」という話であり、議題が飛び過ぎです。まずフォントは更地に戻す、IEバグはスクリプトで直せるのでスクリプトを使う(IE10だけどフォントは自分でどうにか出来るよという人のために「IE10以前はゴシック体にするという機能のデフォルトで有効のガジェット(自分でオフに出来る)」が良いでしょう)、意見を収集しつつ本当にフォントを変える必要があれば変更する。以前から出されている意見ではありますが、これで良いのではないでしょうか。なんでも完璧完全に決めてからやろうとするから話が進まないのだと思います。
Wolf359borg氏のサンプルだと、h2要素が並んでいるという奇妙な状況なので、予想外の誤解が生じる可能性があります。デフォルト設定だと実際どう見えるのかは、ウィキペディア以外のウィキメディアプロジェクト(ウィクショナリーやコモンズ(日本語設定)など)を見に行ったほうが確実です。オールドスタイルフォントの数字を見たければ、ウィクショナリーの削除依頼ページが解り易いです(節に日付があるため)。
とにかく、バグ対応は行なうのは当然として、「プロジェクト全体の見た目の統一」というフォント変更理由の一つを、日本語版ウィキペディアだけが我儘を通して無視しているということをお忘れなきよう(不当に軽視されないよう)お願いします。以降この件に関しては、この井戸端ページでは積極的には意見をしないつもりでおります。なにとぞ今回は、前回氷鷺氏の使った手口のようなことはどなたもなさらないようお願いします。--Starchild1884会話) 2014年7月18日 (金) 22:16 (UTC)
積極的に意見しないとのこと、ありがとうございます。なお、私は具体的な提案をしているわけではなく、応急処置/暫定処置?どちらでもよいですが、それの後にWikipedia:井戸端/subj/現在のWikipediaのフォントにおいて多少行われていたフォント検討を再開しましょうと、場所と材料を提供したまでです。私が提示いたしましたスクリーンショットはただのフォント見本です。4種のブラウザで各フォントが実際にどう見えるかお見せするためのものです。個々人の環境で他プロジェクトのページを見に行っただけでは問題の共有に不十分であることはすでにディー・エムさんによって指摘[11]されています。--Wolf359borg会話) 2014年7月19日 (土) 04:43 (UTC)

特に告知をしてませんでしたしWP:RfAがあったりしたわけですが、さっぱり意見が来ませんね。ある意味予想通りといった感があります。このまま意見が集まらないようですと、本件に関するjawpコミュニティの関心の低さといいますか、取りも直さず、4月6日の応急処置が概ね歓迎されたもので現状からの変更は特に望まれておらず、MediaWiki‐ノート:Common.cssでの議論は一部の方の意見に過ぎなかったということのわかりやすい証明になるのだろうと思います。--Wolf359borg会話) 2014年7月21日 (月) 23:30 (UTC)

報告 Wikipedia:ガジェット/提案#クライアント環境でフォント指定を切り替えるガジェットの提案と評価依頼にて提案中だったガジェットが評価用として登録されました。個人設定 / ガジェット / インタフェース変更ガジェットの「対応ブラウザで見出しを明朝体・セリフ体にする」にチェックを入れることにより使用できます。キャッシュ破棄してリロードすれば効果を確認できるかと思います。見出しがゴシックで表示された後にセリフに再描画される動作がはっきり見えてしまう場合もあるかと思います。試して頂いてご意見いただけますと幸いです。--Wolf359borg会話) 2014年7月22日 (火) 15:40 (UTC)

リンク切れになっている記事で先頭の漢字1文字に分類されるページがあるのは何故ですか?[編集]

Category:外部リンクがリンク切れになっている記事/2014年7月を見ると、東映アニメーション東海パルプは「と」の分類されていますが、丹波哲郎井上堯之は、それぞれ「丹」や「井」に分類されていて、「た」や「い」には分類されていません。これは丹波哲郎井上堯之のページの書き方に問題があるのですか?--ワーナー成増会話) 2014年7月17日 (木) 10:51 (UTC)

いくつか記事を確認したところ、外部リンク節に{{リンク切れ}}を使用している場合はその記事のデフォルトソートが働いて「あ - ん」に分類される一方、脚注節に{{リンク切れ}}がある(つまりテンプレが<ref> </ref>で囲まれている)場合はデフォルトソートが機能せず「ア - ン」「A - Z」「数字、漢字」などに分類される可能性があるようです。--ButuCC+Mtp 2014年7月17日 (木) 12:44 (UTC)

翻訳、校正に関する[編集]

先ず最初に自己紹介をさせていただきたいと思います。

私は2007年からウィキペディア(そして他のウィキメディアのプロジェクト、主に英語)にこのアウント以外のユーザ名を使って投稿者とやっています。ということで、2014年と2007年の間で、色々な理由でたまに活発になりましたけれど、今現在の仕事のせいで英語のウィキペディアに活発に投稿は出来ません。どうせ、ウィキペディアのルールをよく知っていると思います。(複数アカウントに関するルールを含める。)

今のお読みになっている通り、自分の日本語能力はまだよくはないが、不自然な感じがまだあります。(実はね、JLPTN3です。)最近、日本語能力を磨くするように、英語ウィキペディアの秀逸な記事を翻訳して日本語ウィキペディアにご投稿いたしたいと思います。日本語能力にはまだ自信がないから、とりあえずアカウントの名前空間(例、利用者:舎利弗/テスト記事)に投稿しておきたいと思います。

本節のつもりに続きまして、実は今翻訳のガイドラインスタイルマニュアルなどの「編集案内」のページを読んでいますが、WikiProject Guild of Copy Editors (ウィキプロジェクト校訂者組合)は日本語ウィキペディアにおいて相当するウィキプロジェクトがあるかどうか伺いたいと思いますけど、もしなければ、翻訳された記事を校正していただくように、どちらのページにご提出させていたくべきですか?

本節をお読みになってありがとうございます。よろしくお願いいたします。舎利弗会話) 2014年7月19日 (土) 02:49 (UTC)

ブロック破りで差し戻された編集を書き直すことは問題となるか[編集]

こんばんは。環境の変化により、3年ぶりにウィキペディアの編集を再開することにしましたが、自分の主な分野であるダンジョンズ&ドラゴンズこの編集についてお尋ねしたいことがあります。この発表は事実なのですが、これを(自分の言葉で)復帰させることは「ブロック破りの編集を復活させる」行為に該当するでしょうか?この3年間の事情が良くわからないので、皆様のご意見をお願いいたします。--Purplefox会話) 2014年7月20日 (日) 11:10 (UTC)

  • コメント ブロックユーザーの書き込みについては、二つの考え方があります。参加・編集権の無い人間の書き込みであるのであるから、無条件即時差し戻し(追い返す)を原則とすると言う考え方と、何はともあれ書き込み内容が妥当であれば、百科事典の成長の観点からそれはそれこれはこれとして、検証可能性や著作権の問題をはじめ、その他の問題が無いのであれば、差し戻す必要は無いと言う考え方です。アンケートを採った訳ではありませんが、どちらかと言えば後者の考え方の方が支持されている感がございます(私はどちらかと言えば前者を支持していますが)。極端な例えですが、ブロックユーザーが「日本の総理大臣は安倍晋三」と、有益な加筆を、信頼できる情報源をがっつり付けて行ったとしましょう。さて、これは差し戻すべきでしょうか?・・・差し戻しても、数日や数週間後に、誰かがまた書く様なものであれば、是非も無し。消す必要などないのではないでしょうか。またそれほどの事でなくとも、貴殿の様な第三者が「有益かつ信頼性が高い情報であるので、是非とも記事に盛り込むべきだ」と考え得るなら、誰かがそういった理由で削除したものであっても、「あなたの責任で」復帰させることは特に問題は無いと思います。ただし編集合戦にお気を付け頂くと同時に、ノートの方で一筆入れておくと(会話ページは第三者から見えにくいので、適切とは言えません)、トラブルを避ける、ちょっとした手助けとなるでしょう。なお、一応「余りにも些末な情報」は、果たして必要かどうかからモメる可能性がありますので、念のため(私はD&Dにはそう詳しくございませんので、あくまで一般論として)。--Hman会話) 2014年7月20日 (日) 11:39 (UTC)
  • コメント 一般論としてはHmanさんが書かれているので置いておくとして。個別論としては、再加筆することが妥当な内容だと思います。但し、表現については気になるところがあったので修正して、修正理由をノートに記載しました。ノートの記載内容をご確認の上、よりよい表現があれば修正いただければと思います。--NISYAN会話) 2014年7月21日 (月) 08:28 (UTC)
  • コメント ブロック破りのユーザーは時に何かの政治的主張やWP内での自己主張を推進しようとして記事を追加・変更を行っていることが往々にしてあるので、その点どうなのという警戒はした方が良いでしょう。特に問題がなさそうで出典もしっかりしているようなら、書き直戻すのも問題ないと思います。--Gyulfox会話) 2014年7月21日 (月) 10:43 (UTC)
皆さんコメントをありがとうございます。Tokyodesert氏他が同様に差し戻した編集(私の分野の範囲外の記事)の中に、その是非はともかく有益と思われる編集もいくつか見受けられるのですが、これを書き直すと私がブロック破りをした人物に肩入れしているのではないかと嫌疑をかけられそうなのですが、皆様はどうお考えなのでしょうか?--Purplefox会話) 2014年7月21日 (月) 11:56 (UTC)
  • コメント そのブロック破りユーザーがブロックされた理由にも因ると思います。Gyulfox氏が挙げた政治的主張系もそうですが、虚偽出典や著作権侵害の常習犯の編集も見た目には「有益と思われる編集」であったりするので注意すべきでしょう。一々検証するのも馬鹿らしいので一律除去しているという人も私だけではないようです。復帰させる場合は、そのようなリスクが生じることも留意してください。--uaa会話) 2014年7月21日 (月) 12:30 (UTC)
  • コメント その件に関する十分な知見が自身にないと思われているのでしたら、手をつけないほうが無難かと考えます。記述復帰を行い、他の利用者の方と議論になった際に説得力のある意見を述べられないのでは、それこそ「肩入れ」と取られかねないかと。換言すれば、説得力を持つ議論が出来る見込みが立つのであれば、誤った印象を与えないよう十分に気をつけつつ記述を復帰させるのもよろしいかと思います。--WDS487会話) 2014年7月21日 (月) 12:33 (UTC)
  • コメント 一般論でいえば、「ブロック破りの編集を復活させる」ことかどうかは、もはや問題ではありません。「その編集が適切か不適切か」という観点で考えるだけで良いのです。編集内容そのものが問題とは限りませんが、逆に、単にブロック破りだったから差し戻されたとも限りません。適切な出典による適切な記述であれば問題はありません。--氷鷺会話) 2014年7月21日 (月) 13:14 (UTC)
いただいたコメントを見ますと、やっぱりいろんな人がいるのだなと感じます。「慎重になれ」という人もいれば「内容が問題ないなら良い」という人もいます。問題の編集を書き直す前にここで相談してよかったと思う次第です。ところで、件の差し戻された編集の中に、「画像とキャプションだけ」というものもあるのですが、これも復帰させていいものなのでしょうか?例は昭和駅です。--Purplefox会話) 2014年7月22日 (火) 14:45 (UTC)

改名した記事の「元記事」へのリンク修正[編集]

ある記事を改名して元記事へのリンクを新しい記事名へ修正していたところ、「Portal:日本の都道府県」(新着)と「Wikipedia:索引」「Wikipedia:月間新記事賞」からリンクされてるのを確認したのですが、これ一般の利用者が弄っても大丈夫なんですかね? 元記事名にはいささか問題があるため、リダイレクトの削除依頼に出す予定なのですが。--KAMUI会話) 2014年7月21日 (月) 14:36 (UTC)

月間記事賞に関しては[[新記事名|元記事名]]にしたほうが良いかもしれません。記事名が適切でないとしても、当時の状況をなるべく維持するという意味で。注記を入れておくと安心かもしれません。あとは普通に変更しても良いと私は思います。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年7月22日 (火) 00:36 (UTC)
月間記事賞含めてご意見を参考に修正しました。ありがとうございました。--KAMUI会話) 2014年7月22日 (火) 09:22 (UTC)