Wikipedia:井戸端

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Wikipedia:井戸端/過去ログ

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利用者権限グループの再編について[編集]

Wikipedia:井戸端/subj/新しい利用者グループの作成について に基づき、巻き戻し者や削除者、インターフェース編集者が導入されましたが、そろそろウィキペディア日本語版における権限構成を見直してもいい時期ではないかと思います。つきましては、次の提案を行わせていただきます。--rxy会話) 2014年8月31日 (日) 12:37 (UTC)

1. 利用者権限「ボット扱い利用者」(flood) の導入
2. インターフェース編集者 と 編集フィルター編集者 の統合

インターフェース編集者は技術的な知識を持っている利用者として信任されており、編集フィルター編集者 も同様の条件にて信任されているものとみなせるかと思います。また、編集フィルター編集者 における「対処操作の警告文」はMediaWiki: 名前空間に置かれているため、編集フィルター編集者 がこれを直接変更することができません。信任条件が等しいと思われるこれらのグループを、現在 編集フィルター編集者 が持つ権限を インターフェース編集者 を統合先として統合し、編集フィルター編集者 を廃止することを提案します。

2.1. インターフェース編集者 に対する "tboverride" の付与

インターフェース編集者が Template:編集画面の注意文 等の MediaWiki:Titleblacklist に該当するページの編集や作成できないため、「ページ名/利用者名のブラックリストによる制限を受けない」(tboverride) を付与。

3. ビューロクラットによる管理者権限の除去を可能にする

m:Bureaucrat を見ると、一部のプロジェクトではビューロクラットによる管理者権限の除去が可能となっているようです。つきましては、次の想定される利点と欠点を踏まえたうえで、日本語版ではどうするのかをこの際に協議したいと思います。

考えられる利点
  1. 自動退任手続きのプロセス数を減らせ、プロセス中断を減らせる可能性があります--rxy
  2. 解任投票が実施された際にプロセス中の辞任を停止させることが可能になると思われます(要議論)--rxy
  3. 権限除去に meta を経る必要がないため、臨時管理者を置きやすくなることが考えられます(現状では考慮する必要がないかもしれませんが)--rxy
随時追加
考えられる欠点
  1. ビューロクラットが暴走やアカウントを乗っ取られた際に被害が甚大になる可能性があります。--rxy
    • 注意: 現時点でもビューロクラットは自身が投稿ブロックを受けている場合でも権限付与が可能であることを併記しておきます。 --rxy
随時追加

これらについてご検討いただいたうえ、ご意見やご批判等いただけると幸いです。尚、運用にかかる方針等はこのページでの議論は避けたく思います。技術的な権限構成の再編のみでお願いいたします。今年中には「まとめ」に入れることを期待しております。また、実施に関しては最終的に bugzilla に投げる必要があるため、非日本語話者でも理解できる形の投票を行うことを明記しておきます。--rxy会話) 2014年8月31日 (日) 12:37 (UTC)

flood の導入について[編集]

  • 賛成 大量の処理をする際に、一時的にbot的な状態になれるということですかね。方針で用途をしっかり規定してもらえれば良いと思います。ただ、使った後にfloodフラグを外すのを忘れたりしないか心配ですね。悪用はもちろん、目的外利用や外し忘れでも即解任…くらいの厳しい縛りがあってもいいかも。--氷鷺会話) 2014年8月31日 (日) 14:54 (UTC)
  • 賛成 これは特に言うことなしです。氷鷺さんの言うようにミスを解任理由にするのであれば、ミスをしたことよりもミスによって生じた影響を考慮すべきだと思いました。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年8月31日 (日) 15:28 (UTC)
  • 賛成 WP:B/Rを利用した疑似floodのようなことは今までも議論の上の特例として行われてきましたし、方針として規定して運用する価値があると思います。もちろんその際には適切な事前合意と事後報告の両方が必要でしょうし、どの権限までfloodの自己付与を認めるかということも検討するべきだと思います。--W.CC会話) 2014年9月1日 (月) 09:56 (UTC)
  • 賛成 Meta:大量処理フラグを試訳してみました。濫用があれば制裁、除去し忘れていればビューロクラットが除去、など、このMeta方針を準用すれば過不足なく運用できそうです。--miya会話) 2014年9月8日 (月) 07:06 (UTC)
  • コメント ビューロクラットが全ての利用者について権限の与奪を可能にする、というのは、濫用や除去忘れがあった場合に当人に代わり除去する、という意図なんですよね。与奪の「与」のほうが必要になるケースはちょっと思いつきませんでした。与えるのはできるけど、やらない、というふうにビューロクラットは動けばよいのでしょうか。--Bellcricket会話) 2014年9月8日 (月) 11:19 (UTC)

インターフェース編集者と編集フィルター編集者の統合について[編集]

  • 賛成 --氷鷺会話) 2014年8月31日 (日) 14:54 (UTC)
  • コメント 方向性としては賛成なのですが、単純に編集フィルター編集者をインターフェース編集者の下位互換にしたほうが手っ取り早いかもしれません。管理者に対するfloodのような扱いをイメージしています。別に互換のグループが存在すること自体には問題はないはずです。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年8月31日 (日) 15:28 (UTC)
  • 賛成 賛成です。現状インターフェース編集者の可能なことはすべて管理者でも可能ですが、完全に統合してしまうと編集フィルターを扱いたい管理者は全員がインターフェース編集者と兼任することになります。(もちろん編集フィルターの編集を全管理者に認めてしまうならば別ですが。)それを踏まえると、Marine-Blueさんのご提案のような運用の方法がスマートかと思います。--W.CC会話) 2014年9月1日 (月) 09:56 (UTC)
  • コメント Marine-Blueさんの「下位互換」の方向に賛成です。「統合」となると、現在フィルター編集権だけ持っている人をどうするかなど、 細部をつめるのに時間と手間がかかります。ということで、インターフェース編集者も管理者同様、自他へのフィルター編集権の付与&除去(グループを追加: 編集フィルター編集者)ができるようにしませんか。以下に具体案を提示します。--miya会話) 2014年9月8日 (月) 07:28 (UTC)
インターフェース編集者も管理者同様「グループを追加: 編集フィルター編集者」を可能にする案
Wikipedia:編集フィルター/権限付与の申請(2014年9月現在)
付与の要件 2:日本語版内で、管理者もしくはフィルター編集者として信任を受けること。
特例として、管理者としての信任を受ければ・・・
↓ ↓ ↓
Wikipedia:編集フィルター/権限付与の申請 修正案
付与の要件 2:日本語版内で、管理者、インターフェース編集者もしくはフィルター編集者として信任を受けること。
特例として、管理者あるいはインターフェース編集者としての信任を受ければ・・・(以下、同様に修正)
いかがでしょうか。--miya会話) 2014年9月8日 (月) 07:28 (UTC)打消し線。--miya会話) 2014年9月15日 (月) 13:39 (UTC)
返信 (miyaさん宛) 「運用にかかる方針等はこのページでの議論は避けたく思います」と書いてあるのに、ここでそのような提案を何故されるのでしょうか。方針議論で紛糾して計画そのものが頓挫するといったことはウィキペディア日本語版だと珍しくありません。順序を決めて導入が決定した後で方針議論をすればいいように思います。--rxy会話) 2014年9月15日 (月) 12:40 (UTC)
 :: 返信 (rxyさん宛) 、失礼。打ち消し線を入れました。--miya会話) 2014年9月15日 (月) 13:39 (UTC)

"tboverride" の付与[編集]

  • ちょっとよく分かりませんでした。そもそもブラックリストによる制限はインターフェース編集者でも(管理者は?)受けるんでしたっけ? そして、それを回避する必要性、具体的にどういう場合にそれが必要になるのか、教えてください。--氷鷺会話) 2014年8月31日 (日) 14:54 (UTC)
    • はい、インターフェース編集者は Titleblacklist の影響を受けます。管理者は tboverride が権限に含まれていますが、インターフェース編集者にはこの権限が含まれていないためです。万一うっかり MediaWiki:Titleblacklist の編集で MediaWiki:Titleblacklist 自体にも適用される正規表現 (例えば .* <noedit> ;.*(?:hoge)* <noedit> 等; これらは何れも全名前空間、全ページに保護をした場合と同じ効果が得られる条件です)を書いてしまった場合、インターフェース編集者はこれを元に戻すことができなくなりますし、MediaWiki 名前空間から読み込まれている Template:編集画面の注意文 等はページの作成ごとに保護をすることが面倒ということで <noedit> 指定により tboverride 権限を持つ者以外の編集ができません。例示した構文のような単純かつ大規模な影響を及ぼすミスをやらかすインターフェース編集者はいないはずですが、仮に例示のような構文を適用してしまった場合、tboverride と 「ユーザーインターフェースを編集」(editinterface) 両方の権限を保有する利用者権限グループの所属者(管理者、スチュワード等)が気が付いて問題構文を修正や除去をするまでの間は全ページ全名前空間を保護したのと同等の効果となり、問題構文を記述した本人でも元に戻せなくなってしまいます。構文ミスは適切な知識があれば、やってしまった本人が最も早く気が付くはずですので、そのようなミスをやらかしたの場合でも迅速な復旧が可能となるようにこの権限を含む必要性があると思い、提案するに至りました。この現象は投稿時点における MediaWiki 最新評価版と TitleBlaxklist Extension にて検証済みです。--rxy会話) 2014年8月31日 (日) 15:41 (UTC)
  • 反対 ブラックリストで制限されている全保護相当のページや、ブラックリストに引っ掛かるアカウントを作成/編集する必要性があるとは思えません。ブラックリストで全保護されるページは作成する必要のないページが殆どです。インターフェース編集者が個人的な目的以外でアカウント作成を求められるシチュエーションも今のところないはずです。また、誤爆であればブラックリスト自体を修正すべきですし、インターフェース編集者はそれが物理的に許されるグループです。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年8月31日 (日) 15:28 (UTC)
    • なぜ必要とされるのかは理解出来ましたし、非可逆的な操作に関する過去の失敗事例の有無などは一切考慮しませんが、シチュエーションとして極めて限定的であるため賛成しづらいです。かなりの広範囲に対して、事前議論などの検証作業もなしに、Titleblacklistで全保護相当の制限を掛けるケースと言うものが通常では考えられず、保険が意味を成さないと思います。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年9月1日 (月) 06:56 (UTC)
      • MediaWiki:Editnotice-0 等から読み込まれる Template:編集画面の注意文 およびそのサブページ(Template:編集画面の注意文/Wikipedia/管理者伝言板/投稿ブロック 等)は TBL で全保護相当の扱いによって編集が制限されていますが、合意された依頼さえあればインターフェース編集者 (IFE) が対応してもいい案件だと思います。これの依頼を対応するために TBL の当該エントリを一時的にコメントアウトをして、依頼の対応をしている隙を突かれて悪戯をされるよりは、tboverride を IFE に与えてしまう方がリスクは低いはずですし、IFE による当該権限の濫用防止という観点から反対されているのであれば、抑々 tboverride は濫用されてもさほど大きな悪影響は及ぼさないと考えます。例示のコードは「例示」に過ぎないので、何らかの限定的範囲を制限するつもりが、+ と * を間違えるだけで広域に適用されてしまって、運が悪ければ TBL 本体にも適用されかねないというケースが無いとまで言い切れないと思います。また、現行の運用ではエントリの追加や修正、削除に構文の審査などは殆ど行われていませんし、「特定条件の実施に対する合意」が得られたものを管理者が正規表現の構文化をして直接適用すること自体も稀なことではないと思います。これ以上は方針論になってしまうので避けますが、その気になれば JavaScript を有効にしている閲覧者をフィッシングサイト等に転送したり、無防備な閲覧者をウイルスに感染させることもできる IFE に権限を濫用する輩がいることを想定したくないですね。--rxy会話) 2014年9月2日 (火) 18:10 (UTC)
  • コメント 認めることにデメリットは感じません。かつインターフェース編集者に許可されてしかるべき範囲の権限だと思います。--W.CC会話) 2014年9月1日 (月) 09:56 (UTC)
  • 賛成 使う機会はほとんど無いかもしれませんが、MediaWiki:Titleblacklist が編集できる利用者には、あわせて tboverride も認めるのが良いと考えます。IFEはMediaWiki空間の編集権限をゆだねられるほどと信頼される利用者ですから、tboverride を認めても問題はないでしょう。--miya会話) 2014年9月7日 (日) 22:44 (UTC)

ビューロクラットによる管理者権限の除去について[編集]

コメント 個人的には必要性こそ感じないものの、ローカルプロジェクト内で管理者権限の与奪が行えれば運用の柔軟性が向上することを期待しております。--rxy会話) 2014年8月31日 (日) 12:37 (UTC)

  • 賛成 これは良いですね。まぁ、リスクを考えると、管理者権限でも結構甚大な被害を引き起こすことはできますし、この提案について重視するほどではないと思います。--氷鷺会話) 2014年8月31日 (日) 14:54 (UTC)
  • 中立 積極的に反対する意味も必要性も感じません。metaへの除去申請はよっぽど紛糾してない限り難しいことではないと思います。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年8月31日 (日) 15:28 (UTC)
  • 賛成 運用の柔軟性が向上することは十分なメリットとなるはずです。ローカルには直接関係ありませんが、Metaのスチュワードの負担軽減にもなるかと。--W.CC会話) 2014年9月1日 (月) 09:56 (UTC)

その他[編集]

上記の提案以外でウィキペディア日本語版の権限構成で思うことがあれば、こちらにお願いします。--rxy会話) 2014年8月31日 (日) 12:37 (UTC)

自動巡回(autopatrol)[編集]

Portal:軍事/新着項目の更新を行っているのですが、巡回周りの権限についてちょっとだけ。現在巡回権限は自動承認に、自動巡回は管理者に付与されます。ですが、巡回権限は活用されているとは言いがたく、特別:新しいページが黄色に覆い尽くされて目が痛いぐらいです。他方、「この人の記事だから大丈夫だろう」って判断する余地も多いと感じており、autopatrolを導入してはいかがでしょう。性格上自薦ではなく他薦で押しつけた方がいいような権限なので、どうやって付与するかがネックで提案できなかったのですが、この際無責任に話題として投げてみます。なお、現状で巡回者(例:simple:Wikipedia:Patrollers)が権限として必要なほど不適切な巡回の問題があるとは感じていません。--Open-box会話) 2014年9月15日 (月) 05:30 (UTC)

  • コメント管理者伝言板権限申請に「自動巡回者への推薦」サブページを設けて、他者からの推薦のみ受付(推薦者、被推薦者ともに資格はRFA程度)、1週間異論が出なければ、ビューロクラットか管理者が付与、でいかがでしょうか。--miya会話) 2014年9月15日 (月) 12:24 (UTC)打消し線。--miya会話) 2014年9月15日 (月) 13:39 (UTC)
返信 (miyaさん宛) 「運用にかかる方針等はこのページでの議論は避けたく思います」と書いてあるのに、ここでそのような提案を何故されるのでしょうか。方針議論で紛糾して計画そのものが頓挫するといったことはウィキペディア日本語版だと珍しくありません。順序を決めて導入が決定した後で方針議論をすればいいように思います。--rxy会話) 2014年9月15日 (月) 12:40 (UTC)
  • 賛成 付与等の方針は別としても、導入する価値はあるように思います。--rxy会話) 2014年9月15日 (月) 12:40 (UTC)

女子スポーツ選手が結婚した場合の記事名について[編集]

女子スポーツ選手が結婚し登録名を変更する場合があります。昔は結婚すると引退する選手が多かったのですが、近年は結婚したり出産しても現役を続ける選手が増えています。

記事名を考える上で悩む選手も多いです。自分で作成したイベタ・メルツァー(旧姓ベネソバ)を結婚後に改姓したので改名したのですが、先日引退発表し結婚後の姓での活動は半年もありません。しかし本人が登録名を改名した以上離婚しない限り結婚後の姓での記事名が妥当かなと考えます。バルボラ・ザフラボバ・ストリコバは現在も日本の報道機関はバルボラ・ストリコバという旧姓表記なのですが[1]、結婚後の登録名は夫の姓を併用したBarbora Záhlavová Strýcováを使用しており、他言語版のすべての記事名が併用姓になっています。東レの選手紹介でバルボラ・ザフラボバストリコバとなっているので[2]、区切りから現在の記事名にしました。多くのテニス選手の記事を作成したのですが報道表記と違う記事名にしたのはこの選手だけなので悩みました。陸上金メダリストのジェシカ・エニスも昨年結婚しJessica Ennis-Hillに改名しました。現在は産休中で大会に出場していないので改名提案を保留にしているのですが復帰したらジェシカ・エニス=ヒルに改名するべきだと考えております。

引退後に結婚して改姓した場合や結婚しても登録名を変更しない選手は改名する必要はないですが、現役中に登録名を変更した場合は原則として改名しておくべきだと思います。日本人と外国人、現役選手と引退選手、知名度の高い選手と低い選手でも違うと思います。結婚した女子スポーツ選手の記事名についてどのように考えますか。ご意見お待ちします。--Rain night 2014年9月1日 (月) 08:24 (UTC)

  • コメント基本的に、個々の事例ごとにその都度判断すればいいと思います。Wikipedia:記事名の付け方では認知度が高いという観点も示されています。旧姓で抜きん出た活躍をし、結婚して改姓したが、その後はみるべきところがないとかいう場合には、記事名を旧姓のままとし、本文中で姓が変わったことに触れればいいでしょう。結婚ではないですが、一律で「結婚して姓が変わったらこうする」というふうに決めても、おかしな例は出てくると思います。個々の事案のなかで異論が出れば話し合って合意を形成していく、リダイレクトを活用する、ということでいいと思います。--柒月例祭会話) 2014年9月1日 (月) 09:52 (UTC)>一部修正--柒月例祭会話) 2014年9月2日 (火) 01:20 (UTC)
  • 統一したルールは作れないでしょう。いずれにしても改名合戦を避けるために記事の改名は慎重であるべきですし、情報源がどの表記を用いるかの事例がある程度出揃ってからでないと、改名提案があっても議論がはかどりません。結婚後に新姓で呼ばれた選手が、引退後にもっぱら旧姓で標記されるといった場合は、再度改名しなければならないこともあると思います。--有足魚会話) 2014年9月1日 (月) 10:44 (UTC)
  • 「結婚した女子」に限らず、改名するケースはざらにあります(力士の四股名やプロ野球の登録名など)。区別のしやすさや、知名度、活躍の度合いをみて、個々に判断すればいいでしょう。 --ねこぱんだ会話) 2014年9月2日 (火) 00:53 (UTC)
  • コメント この話についてはPortal‐ノート:スポーツ#結婚した選手の記事名についてノート:クルム伊達公子でも議論されておりました。クルム伊達公子については2001年の結婚以降は全てこの名前で活動していますが、2008年の改名提案で一度否決されたあと、翌年に再度提案されて改名した経緯があったようです。--NOBU会話) 2014年9月3日 (水) 13:46 (UTC)
  • コメント 最近碌に参加できていないのでこうしてコメントだけするのも気が引けますが、この問題は別に女子に限ったことではなくRain night氏も既にご存知かと思われますが、男子でもスイスのスタニスラス・ワウリンカが登録名を愛称の「スタン」に変更したり[3]、まだ日本語版に記事はありませんが台湾のNo2選手として知られる王宇佐(ワン・ユーツオ)がこれも同じく登録名に自身の英語名を採用した「ジミー・ワン」名義に4年ほど前から変更している等間々ある事例です(女子で登録名を愛称にしていた選手ではパム・シュライバーなどが有名ですね)。私も基本的には日本語メディアでの言及例の多寡や専門サイトでの表記を天秤に掛けながらその都度決めていくのが最善だと考えますが、こういった結婚後に改姓したり、複姓表記にしたり、自分の愛称を表記として登録申請している場合「私は今後こう呼ばれたい」と言う強い要望があるから申請して変更しているわけで、基本的に現役途中で表記を変更した選手に関しては男女関係なくその公式表記(この場合ではATP/WTAにおける表記がそれです)に合せるべきだと考えます。ただイベタ・メルツァーや実質プロとしての活動が終わっていた時期に登録名だけ変更した宮城ナナ辺りは判断が難しくなってくるでしょうから、柒月例祭氏の仰るように「改名後に特筆性のある実績を残したか」が鍵になるでしょう。例えばテニスの戦績で判断する場合なら記事名の変更基準としてプロジェクト:テニス#テニス記事作成基準のいずれかを改名後に満たしたかどうかで判断すればよいのではないかと考えます。この場合であればRain night氏が行ったベネソバ→メルツァーへの変更は妥当な物となりますが、宮城ナナをナナ・スミスとしてしまうことには疑義が生じるでしょう。--タールマン会話) 2014年9月6日 (土) 11:18 (UTC)
  • コメント 本人と本国の所属団体とIAAFが一致しているジェシカ・エニスは、提案が通ればジェシカ・エニス=ヒルに改名できると思います。同時に、女子も男子も一概に統一されていない場合がありますので、個々の事情を確認して判断する必要があるのではないかと思います。例えば日本では山田太郎と登録しIAAFではTaro Augusto Yamada(山田アウグスト太郎)とされていたり、本名は鈴木アンドリュー一郎で登録名は鈴木一郎とされていたりと事情が異なるので、外国人選手の場合も日本人選手の場合も情報源を集めてから、慎重に個別判断する形でよいのではないかと思います。女子選手が現役を退いてから著名活動を行われていない時期にご結婚される場合があると思いますが、このような場合は改名を控えたほうがよいのではないかと思います。引退後のご結婚後に少しニュースに出た程度では改名すべきではないと思いますし、タレント活動をしたり著名な選手に対する指導者活動をしたりした場合に検討してはいかがでしょうか。改名提案は検索ヒット数や一つの情報源ではなく、できるだけ多くの情報源を示してから提案の趣旨を説明していただけると話が進みやすくなるのではないかと思います。--Degueulasse会話) 2014年9月8日 (月) 18:11 (UTC)

コメントありがとうございます。陸上選手の改名提案で反対されたためどうするべきか悩んでいました。昔の選手は探しても情報源がみつからないことが多いです。登録名が変わった人全てを改名するべきだと考えているわけではないです。マーガレット・スミス・コートを英語版(en:Margaret Court)などのようにマーガレット・コートに改名するべきかは自分では判断がつきません。スタニスラス・ワウリンカが登録名をスタン・ワウリンカに変更したことは知っていました。他言語版の扱いや日本の報道も確認したいので保留にしていました。報道機関はスタニスラス・ワウリンカのままなのですが、楽天オープンではスタン・ワウリンカに[4]なってるようです。英語版は移動されていますが、他言語版の多くは移動されていないので、迷います。以前ミリヤナ・ルチッチの改名提案を行ったのですが、とくに意見はつかず、自分でも迷っていたのでそのままにしていたのですが今年の全米で4回戦まで進出しルチッチバロニと報道された[5]のでミリヤナ・ルチッチ=バロニに改名したほうがいいのかなと思いました。この場合はもう一度改名提案に報告するべきでしょうか。--Rain night 2014年9月11日 (木) 05:52 (UTC)

Wikipedia‐ノート:検証可能性 「通常は」信頼できないとされる出典が「信頼」できる場合他、解釈について[編集]

Wikipedia:検証可能性の記事内の表現についての解釈をお尋ねしたく参りました。「通常は信頼できないとされる出典」における「通常は」とは「原則は信頼できない出典を例示しており、例外的に信頼できる出典もありうる」と解釈しております。その解釈が正しいと仮定しての話となりますが、例外的に信頼できる出典となりうる条件等、整理された指針・ガイドラインなどがございましたら、ご教授下さると大変ありがたく存じます。また、「出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。」における「かならずしも」とは、これも「原則は出典とする情報源自体が中立性を満たす必要があり、例外的に中立性が不十分な情報源が出典と認められることもありうる」と解釈しているのですが、これは一般的な解釈であっていますでしょうか?私の解釈が正しいと仮定しての話となりますが、例外的に信頼できる出典となりうる条件や中立性を満たしている必要がなくとも出典として認められる条件など、指針・ガイドライン・過去ログなどがございましたら、ご提示・ご教授下さると大変ありがたく存じます。現在、編集にかかわっているノートの議論で、この部分を『「通常は」と書いているのだから、信頼できない出典でも問題ない』『「かならずしも中立性を満たしている必要はありません。」と書いているのだから、中立性が不十分な出典でも問題ない。』といったスタンスで主張を続けられる利用者の方がいらっしゃいまして、合意形成に支障をきたしております。私にはWikipedia:検証可能性の内容を恣意的に解釈されていると思われるのですが、皆様のご意見を賜りたく、井戸端にお邪魔させて頂きました。よろしくお願いいたします。--joker会話) 2014年9月3日 (水) 23:16 (UTC)

コメント ご案内の議論自体が長いのと錯綜しているのとでよく追えていないのですが、ウィキペディアには検証可能性のほか、中立的な観点及び独自研究を載せないという基本方針があります。とくに集団的自衛権のような、現実にも対立があり世論を二分するような主題については、検証可能だから書くということだけでは不適切です。中立的な観点に基づいて、解釈や見解の相違、論争の存在などについて、どちらかに肩入れすることなく客観的に説明するという姿勢が必要です。偏った観点からの説明や宣伝は排除すべきであり、用いる文献についても、一方的な立場からのものはあくまでそのような一方的な意見が存在するとして限定的に使うか、でなければ使いません。また、解釈の主流や傍流(当然これらの判断にも出典が必要になりますが)についても、その重みの違いを押さえることで、記事の中立性が担保されていくことになります。
以下は個人的意見ですが、自分の思想信条が一方の意見に与していたり思い入れがある場合、必然的に自分の考えに合う文献を選んで読み、それに拠ろうとしますから、主観的にも客観的にも中立的に書くことは困難です。したがって、挙げられたような、「信頼できない出典でも問題ない」とか「中立性が不十分な出典でも問題ない」などとして特定の文献を入れ込もうとする利用者は、そもそもこのような項目に関わるべきではないでしょう。--みっち会話) 2014年9月5日 (金) 13:59 (UTC)
コメント みっち様、コメントありがとうございます。中立性の担保、あらためて難しい問題であると考えさせられました。ありがとうございます。--joker会話) 2014年9月8日 (月) 12:41 (UTC)
referee/jokerさん。こんなところに居ましたか。ノート:集団的自衛権の話ですよね。
>例外的に信頼できる出典となりうる条件等、整理された指針・ガイドラインなどがございましたら、ご教授下さると大変ありがたく存じます。
Wikipedia:検証可能性#何を信頼できる情報源とするか「ウィキペディアにて「情報源(source)」という用語は3つの側面を持ちます。創作物自体(文章・記事・論文・書籍など)、創作物の製作者(著者など)、創作物の出版機関(東京大学出版会など)の意味に解釈されます。この3つ全てが情報源の信頼性に関わってきます。」
とあるように、「内容」「著者」「媒体」の3側面を総合して信頼できるかどうかを判断するのであって、「媒体」だけから信頼性を判断する訳ではありません。
>中立性を満たしている必要がなくとも出典として認められる条件
Wikipediaにおける中立性はWP:NPOVですが、日常用語の中立性とNPOVは違います。
Wikipedia:検証可能性#中立性「複数の出典間で見解が異なる場合、テキスト中で主張者とその言説を表記し、「ジョーン・スミスはXを主張し、一方でポール・ジョーンズはYであるとしている」などと記してください。 出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。多くの信頼できる情報源は中立的ではないことが多いです。」
とあるように、NPOVは両論併記です。両論併記なので、ジョーン・スミスの意見には非中立的なジョーン・スミスの出典が、ポール・ジョーンズの意見には非中立的なポール・ジョーンズの出典が付くことになります。両論併記になるので、必然的に出典は非中立的になります。しかし、両論併記することによって、Wikipediaとしては中立性NPOVを保つことができるようになる訳です。おわかりいただけたでしょうか。--119.173.35.101 2014年9月12日 (金) 16:32 (UTC)

関連する方針をまともに読んだ結果として上記の解釈に到達しているのだとすれば、深刻な誤謬であり、読んでいないのであれば読んでいないこと自体が誤謬であるとの感を免れません。すべてをいちいち言うつもりはありませんが、

>「出典とする情報源自体はかならずしも中立性を満たしている必要はありません。」における「かならずしも」とは、これも「原則は出典とする情報源自体が中立性を満たす必要があり、例外的に中立性が不十分な情報源が出典と認められることもありうる」と解釈している

Wikipedia:中立的な観点に従うべきなのはウィキペディアの記事(を書く利用者)ですあると、導入部の第1段落に明らかです。Wikipedia:中立的な観点にいうWikipedia:中立的な観点#中立性を達成するために、「中立的」についても上のIP利用者さんの説明を踏まえて読み直してください。

方針とガイドラインをよく読まずによくある間違いに陥っている、それ以上のご発言とは理解できませんでした。解釈を開陳し、意見を募る前によく読みなおしてください。--ikedat76会話) 2014年9月13日 (土) 04:36 (UTC)

  • コメント 私も「かならずしも中立性を満たしている必要はありません。」という方針は出典そのものの中立性を求めているものとは思いませんでした(私個人が書くときは極力中立なものを選ぶよう努力しているつもりですが、基本的には他人様の執筆に関してこの点を強く求めるつもりはない)。ただしノート:集団的自衛権のお話について申し上げれば、「土屋茂樹「集団安全保障と中立」には「一方的行為」という語はないが、そのことが即ち、「一方的行為」は要件にないということである。[6]」などと資料のどこにも書かれていない個人的感想を導き出したうえで、これを「説」と称したうえで他の資料にはっきりと書かれていることとこの「説」を「中立」に扱うよう求める主張ですので[7]、これはWikipedia:中立的な観点#中立的な観点とはの「深刻な論争がある主張を事実として記さない。」がいうところの「その主張について異なる信頼できる出典間で衝突があるのなら」という場合に該当dしないため、中立や信頼性の問題ではなく単なる独自研究の問題だと思います。例えばノートでは日刊ゲンダイについても話題になりましたが、そもそも日刊ゲンダイを「出典」とされたこちらの記述の、特に「に見られるように」以下に書かれているようなことは「出典」とされた日刊ゲンダイのニュース[8]のどこにも書かれておらず、やはり「その主張について異なる信頼できる出典間で衝突があるのなら」という場合に該当しません。ですのでこれも日刊ゲンダイのどこにも書かれていないことが記事に書かれているのですから、日刊ゲンダイという媒体が信頼できるかどうか以前の問題だと思います。ノート:集団的自衛権の問題はこちらでも指摘があるように個人的感想を記事に書いてしまっているという問題で、これは出典の信頼性や中立性以前のWikipedia:独自研究は載せないの問題だと思います。--Henares会話) 2014年9月13日 (土) 13:15 (UTC)
Henaresさん未だにマジでそんなこと言っているのですか。土屋論文[9]には「明確な態度または言葉によって反対の意思を表示しない限り、すべての国家は中立とみなされ、中立に由来する権利義務関係が発生し継続する。」と書いてあり、中立となるために「一方的行為」(=要するに中立宣言)が必要とは書いてありません。これほどまでに明白な出典を示されても、「一方的行為が不要と書いてない」(だから一方的行為をしないと中立国にはなれない)と屁理屈を続けるのが異常だと認識できないのでしょうね。--119.173.35.101 2014年9月16日 (火) 16:00 (UTC)

持論を書き込もうとするIPユーザーにWikipediaの方針を理解してもらう方法[編集]

IP:124.98.14.192ノート / 履歴は、「真宗げんり(入井善樹)です。PCに不慣れな者ですからの編集方法が…」と断りを入れたうえで、Wikipediaの方針・ガイドラインに沿わない編集を繰り返しています。

まず最初に「ノート:親鸞」におけるノートページの改ざんにあたる書き込みが行われたため、要約欄に理由を説明した上で除去しました。同様の書き込みが行われたため2回目は要約欄に「Help:ノートページ」を読むように促したうえで除去し、別の節に文章を移動しました。なお移動した文章は、記事のノートページに書き込むような内容ではなくIPユーザーの一次資料のみを出典とする持論です。
同様に「称名念仏ノート)」・「親鸞ノート)」・「現生正定聚ノート)」で、同一IPによるWikipediaの方針・ガイドラインに沿わない編集が繰り返されています。
対策として、IPの会話ページに「ログインのご案内」を2回書き込んでいます。
次にノート:現生正定聚において、IPユーザー(真宗げんりさん)が編集方針に沿っていないことを説明しました。
記事については、要約欄に理由を書き込んだうえで差し戻しています。
私の説明能力では全く進展がありません。利用者の行為についてのコメント依頼の提出も考えましたが、ノートページの利用方法すら読んでもらえないので井戸端に相談することにしました。よろしくお願い申し上げます。
編集傾向から真宗げんり(入井善樹)と名乗る同一人物による編集と考えられるIPアドレス。
参考までに利用者:入井善樹ノート / 履歴という利用者ページは存在しています。--Resto1578会話) 2014年9月5日 (金) 02:42 (UTC)・(追記)--Resto1578会話) 2014年9月13日 (土) 07:31 (UTC)
しばらく様子を見て、以後も同様の問題行為が継続されるようであれば管理者伝言板に報告して頂くのが最善だと思います。--Sspbxdh5592会話) 2014年9月13日 (土) 06:04 (UTC)
報告
Sspbxdh5592さん、コメントありがとうございます。対象IPアドレスが変わっているので報告いたします。
最新の編集は、利用者: 122.23.140.136によって2014年9月12日 (金) 17:51に「ノート:親鸞」に加筆[10]しています。--Resto1578会話) 2014年9月13日 (土) 07:31 (UTC)
  • コメント この利用者さんが「入井善樹」と名乗っておられるということですから、現実の「入井善樹」さんご本人だと解釈すると、浄土真宗本願寺派の布教使をおつとめの方であり、複数の真宗教学専門書の著者でいらっしゃいます。つまり、該当記事の専門家でいらっしゃいます。出来るのであれば記事の品質向上にご協力いただきたいものです。ただ、西本願寺派、もしくは個人的に偏ったお考えをお持ちである可能性もありますので、まずは各種方針をご理解いただく必要があるでしょう。場合によれば、一端ブロックで編集を一時的に停めていただいて、Wikipedia:出典を明記するあたりをお読みいただくよう誘導するのがいいかもしれません。また、ご本人と確認できるのでしたら、公開されているメールでやり取りすることも可能でしょう。--アイザール会話) 2014年9月13日 (土) 13:41 (UTC)
  • コメント
アイザールさん、コメントありがとうございます。
「入井善樹」さんご本人と仮定しての話ですが、入井善樹さんが住職を務められている寺院のサイトのプロフィール[11]に「1988年,真宗は大乗仏教といいながら、まったく利他行がない。この伝統教学のおかしさに気づき、勧学寮に三年間、100枚の論文を提出して諮問を受けた。議論したが認められず、文証の提示を要求したが出されなかった。勧学寮は御門主の諮問機関であって、末寺の質問に答える機関ではないという返答であった。かくて、不合格というレッテルを甘んじて受けなければいけなかった。私は納得がゆかず、世に問う意味で出版に力を入れた。」と自己紹介しています。
そのことを踏まえると、同氏の著書については「自主公表された情報源」であり、「通常は信頼できないとされる情報源」といえるのではないでしょうか?--Resto1578会話) 2014年9月15日 (月) 06:22 (UTC)
  • コメント あらためて調べてみましたが、西本願寺派とその他の宗派での教えは少々の違いがあるようです。私はいろいろあって真宗高田派の教えを少し齧ったことがあるのですが、西本願寺とは少し教え方が違います。また、高田派も室町時代に本願寺派と対立したことがあるとの事で、やはりいろいろと教えの違いや対立に伴う思想(敵意?)もあるのかもしれません。入井氏は西本願寺派(本流)の方だということで、最も親鸞の教えに関しては確実なものであろうと思っていますが、WP:NPVに沿って編集して頂くべきだとは思います。--Sspbxdh5592会話) 2014年9月14日 (日) 10:20 (UTC)
  • コメント
私は大谷派に属し有縁の方々から教えを受けているものですが、大谷派の学者の間においても真宗学を専攻する学者の解釈と仏教学を専攻する学者の解釈では、視点を異にするため解釈が異なることが多くあります。特に高田派は蓮如の思想による影響が直接ないので、本願寺系とは教義解釈が異なるかと思います。
「中立的な観点」については、「本願寺派(大谷派)は…と解釈する。」「真宗学者の○○は…という解釈をしている。」という形で出典を明記した上で併記する。また論争を回避ために共通見解といえる事柄以外は、「親鸞」の記事に列挙するのではなく、各教義の記事において詳細に記述するのが望ましいと考えています。(参照:ノート:親鸞/過去ログ2#「教え」のセクションに関しての提案〈提案者:Resto1578〉)
今回のIPによる編集は、「Wikipediaの方針をまだ把握していない新規参加者による問題のある投稿」ということではないのではと思ってきています。--Resto1578会話) 2014年9月15日 (月) 06:22 (UTC)

著名性・特筆性は相当高いが出典に難がある記事について[編集]

以上の2分野に関する記事群について、著名性や特筆性は非常に高いと思いますが、出典に難がある記事が多く、現状での維持は難しいのではないかと思います。 このように、相反する概念が同時に存在する場合、どのように対処すればいいでしょうか。 ご自身の経験則からでも構いませんので、ご教示お願いします。--Muck vht会話) 2014年9月6日 (土) 11:05 (UTC)

追記ですが、上の2つの記事群や、それに近い分野での事例に回答・助言を限定するものではありません。よろしくお願いします。--Muck vht会話) 2014年9月6日 (土) 13:48 (UTC)
  • いろいろ見た中での一般論という観点からという事で見ていただければと思います。

当該議事に出ている記事を削除したいと考えるならば、検証可能性あたりを理由にするのかな? と思うのですが、そもそも当該検証可能性中立的な観点独自研究は載せないの三大方針は、あくまで記事内容に関する方針ですので記事の存廃の確固たる理由として使うことはできないのではないでしょうか(記事の文章の除去と記事そのものの削除は同じではないわけです) 記事の特筆性の観点から簡単な検索でも何万件も出るのであれば、記事として再録する基準以上は満たしている。だけど記事の内容が不安定であれば、それは加筆待ちの状態と考えるのが普通ではないでしょうか?もちろん、別の記事に統合もありうるわけですが、少なくとも記事の削除ではないので、加筆依頼等記事内容の充実に時間を費やすべきでしょう。 あ、Wikipedia:編集方針にはこのように書かれていますよ。(以下一部抜粋、引用)「記事は、草稿あるいはノートと小さな事実の集積物にすぎないように見えるかもしれません。このみっともなさにあきれるのではなく、その可能性を楽しみにし、編集の過程を通じてそれが秀逸な記事に変わるということを信頼してください。もちろん、それを好きでなくてもよいのです。時には、本当に低水準の作品には、それを単に直すだけでなく、批判することもよいでしょう。ですが、最も大事なことは、それが直せる限りは直すと言うことです。」(引用終わり) 何にしても余程の瑕疵がないのであれば、ウィキペディアに〆切というものはないのですから気長に成長を待てばよいのかなと思います。--125.51.154.202 2014年9月8日 (月) 05:59 (UTC)

ご回答ありがとうございます。こういう記事に限れば、おそらくほとんどのユーザーが編集できない(当時のことがわからない)というのもあると思うので、やはり「様子見」ということでしょうか。Wikipediaは業務ではないため、数年スパンで考えていく必要があるという感じですかね。--Muck vht会話) 2014年9月8日 (月) 15:03 (UTC)
出典が示されず検証不可能記述には可能であれば出典を付記することが要求されますが、それが不可能であれば、除去するよりありません。不正確な(と言うか検証不可能なので正確性の判断がそもそもできない)記述や、また同時に些末な記述も同様に、いずれ除去されることになります。その結果一時的に記事は、「スタブ」(書きかけ)とも言える段階に落ち込むかもしれません。まあ長けりゃいってものでもないので、それは気にしないで。そこから検証可能な文献に基づき、また積み上げていけば良いのです(この作業は経験上、検証不可能な記述が少なければ少ないほど楽になります。特に初心の方は「検証不可能だけど、本当に削っていいのかな?」などと言った気遣いをしがちです。除去できる人間が除去しておけば、後の人の加筆が楽になります)。--Hman会話) 2014年9月10日 (水) 04:18 (UTC)

国民宿舎と一般の民営宿泊施設の個別記事・特筆性についての質問/相談[編集]

個別具体的な見解でも結構ですし、一般論でも結構です。適切な相談先の案内でも助かります。(プロジェクト:宿泊施設というのは機能していなさそうなので。)

個別具体的には三朝温泉にある国民宿舎ブランナールみささについてです。

国民宿舎は個別記事がぼちぼちあります。

なんとなくの感覚としては、国民宿舎(公共の宿)は一般の民営宿泊施設とは一線を画し、単に国民宿舎であるというだけで、宿泊施設名を列挙したり単独記事を作ることには妥当性がありそうな感じもします。(最近の国民宿舎は民間の運営に委託されてて、普通に泊まるぶんには民間宿泊施設と見分けがつかないものも増えていますけども。)

ブランナールみささには今、特筆性に関するタグが付与されていまして、私としては出典に基いて加筆する準備はあるといえばあるのですが、それにしても大幅な内容やボリュームの充実は見込めず、三朝温泉への統合でもいいかな、とも思っています。いずれにせよ、三朝温泉には宿泊施設として唯一ブランナールみささの実名が書かれることになります。それはちょっとWP:NPOV的にどうなのだろうという不安もあります。一種の宣伝みたいになってしまいかねないかなと。

三朝温泉には、登録有形文化財となっている民間宿泊施設もいくつかあり、それは一定の域で「特筆に値する」ものになるかなとも思います。おそらく、「宿泊ガイド・旅行ガイド」を避けたとしても、登録有形文化財という切り口で出典があるでしょう。(登録有形文化財は、「建物」だけで全国に9400件ほどあります[12]ので、「有形文化財になったぐらいでいちいち特筆性は認めないよ」という意見があっても、まあ一定の説得力は認めます)

それにしても同温泉に数ある宿泊施設の中から、2、3のものだけを具体名を書くのは中立性の問題とか宣伝とかとの整合性も気になります。たとえば三朝温泉のなかに==公共の宿==のような節を設けて統合し、ブランナールみささの実名や簡単な説明を残したり、登録有形文化財である宿泊施設名を具体的に記述したりすることについて、みなさんのご意見をお聞かせください。よろしくお願いします。--柒月例祭会話) 2014年9月8日 (月) 03:52 (UTC)

Twitterで以下の書き込みを見つけました。外部であれこれ言うくらいなら直接言ったほうが問題にならないと思いますので転記します。type76 ‏@type76_jawp 9月9日 国民宿舎と一般の民営宿泊施設の個別記事・特筆性についての質問/相談 王道の記事だってロクに埋まってないのに、ルールすれすれをどうやって狙えばいいんですかもクソもあるかよ。利用者:Akaniji/Wikipedia:境界ではなく中央を目指そう読んで出直せ #jawp   Ryota Yashima ‏@Ryota840 9月10日 @type76_jawp その表に「削除依頼 - 境界: 自分が良く知らない対象についての記事の特筆性 / 中央: 著作権侵害、プライバシー侵害」を加えてほしい #jawp   type76 ‏@type76_jawp 9月10日 @Ryota840 前TW。何が腹立つって最初から救いようのないクズならともかく、この人、ちゃんとした記事が書けること(北海道の神社の歴史)。デキる人が堕ちるのを見る気分で悲しい。#jawp--119.242.18.10 2014年9月13日 (土) 14:08 (UTC)
簡単に。プロジェクト:宿泊施設を機能させてください。協力者がいないと嘆くのではなくて、自由自在だと思ってよろこんでください。当然ながら作業が進めば、修正を求める者が現れますが、そのときは「協力者が現れた」と、受け止め方を切り替えてください。よきプロジェクトライフを。あと、IPさんのすることは、ここにチクるのではなくて、Twitterで言い返してください。こちらは、よきTwitterライフを。--Triglav会話) 2014年9月13日 (土) 15:38 (UTC)
ここで質問をすると、自分一人で頭をひねったりしても思いもつかないようなソリューションが示されるので、とても発展的だなとおもっています。今回のTriglavさんのアドバイスはその典型で、ああそういう発想があるのか、と感じ入りました。ちょっと今すぐはさすがに私も知識が無さすぎますが、知識がある方を集めるというところまででも主導する意義はあるでしょうね。
IPの方のツイッターの件は、まあなんというか、役に立つお話であればそれなりに傾聴するのですが、ほとんど何をおっしゃっているのか意味がわかりませんでした。IPさんがどうなのかは存じ上げませんが、私の場合は「王道」を書こうとするときに、まずその周辺を固めようと思うんですよね。ところがそこに先人の足跡があれば気になるんですよ。--柒月例祭会話) 2014年9月14日 (日) 06:07 (UTC)

既に統合提案をなさっている段階でのコメントで恐縮ですが、統合先を国民宿舎とするのはいかがでしょうか。こちらであればご懸念されているNPOV等の問題は回避できます。私見ですが、統合先としてもより適切ではないかと考えます(has aではなくis aであるため)。

アイデアとしてはウィキボヤージュトランスウィキを行うということも考えられるのですが、こちらは現状では難しそうです。--Saoyagi2会話) 2014年9月16日 (火) 21:47 (UTC)

管理行為のみ行う利用者を「目的外利用者」と断じることは妥当なのか?[編集]

何かの拍子に私が見たある利用者へのコメント依頼から思ったのですが、標準記事の編集を全く(あるいは少ししか)行わず、WP:AFDWP:RFBへの依頼投票、または依頼提出などの管理行為を主に活動する利用者の事を、「目的外利用者」と断じ、WP:BP#宣伝・広告投稿、目的外利用該当としてあれよあれよとブロックするのは妥当な行為といえるのでしょうか。よりよい百科事典を作り上げていくためのサイトであれば、確かに標準記事の編集を行うことが第一なのは私も理解していますが、記事を悪質なものにする荒らしユーザーへのブロック対処や、不要な記事などの削除などの対処をすることも必要でしょうし、標準記事を編集しないからと言って「目的外利用者」と断じることは実際(jawpの方針的に見ると)どうなのでしょうか。自身が同様の行為で批判されたこともあり、また考えが人それぞれの論点であるのは承知していますが、どうなのでしょう。--Sspbxdh5592会話) 2014年9月13日 (土) 01:12 (UTC)

  • コメント wikipediaの方針に照らしてどうなのかと言うより、jawp参加者の意識はどこにあるのかを問うてみた方がよろしいでしょう。方針なんて、コミュニティの合意があれば書き換える事はできるんですよ。日本国憲法じゃありませんが、民意に沿わないならそれは意味の無いものなのですから。個人的にはですね、ろくに記事を書いたことの無い人間が(この場合今現在書いているかは問題では無い)、記事について、或いは方針の解釈や削除の妥当性などについて正しい判断が行えるのか?と言う点は、甚だ疑問と思います。「現場を知らない」って奴ですね。そういう方は同じキャリアを持つ人より相当に精度が劣ると考えるのが自然である、と見なします。そして低品質の管理行為は時として非常に迷惑です。IP利用者の議論参加権や、新規利用者が各種投票権や動議提出権、半保護ページの編集権を得るためのハードルがあまりにも低い事を含め、一度考え直してみるべきかもしれませんね。--Hman会話) 2014年9月13日 (土) 01:32 (UTC)

コメント結論としてはHmanさんとあまり変わりありませんが、「民意」なんぞクソほどにどうでもいいという点で理路はやや異なります。

  • ウィキペディアの方針とガイドラインにもどのような参加が「目的内」であるか、などということは一言も書かれていません。ウィキペディアは百科事典を作るためのプロジェクトです。この大前提のもとにすべて(方針もガイドラインも電算機資源も…)があるのです。だから、百科事典としてのウィキペディアの質・量・信頼性の上での成長に寄与する以外に参加の目的となるものなどありえません。その点、民意なんぞどうでもいいのです。プロジェクトの目的はそもそも覆せないし、いやなら出て行けと(現実的に起こるかどうかはともかく)言われて文句は言えません。
  • 唯一言及があると言えるWikipedia:雑草とり(導入部第3段落)でさえ、「雑草とり」について意義を認めつつも「ウィキペディアへの最も大きい貢献は正確で、わかりやすく、内容が充実した記事を書くことです」「ウィキペディアへの最も大きい貢献は正確で、わかりやすく、内容が充実した記事を書くことです」と繰り返し、「記事を書くこと」を参加の仕方として中心に据えています。(付言するなら、記事を書く以外の仕方であっても、画像提供、技術的な協力…等の仕方があることを否定するつもりは全くありません)。
  • 削除が不要であるとは考えません(当たり前)。しかし、削除はあくまでも、さまざまな意味でマイナスになったものを削除してプラスマイナスゼロに戻してるだけです。繰り返しますが、百科事典としての質・量・信頼性における成長のために活動をするのです。現状維持のためではありません。削除するにしても、記事の主題に関する知識や情報源の探索の仕方が分かっていなければ不適切な判断に至るという例はいくらでもありえます。そのような削除は、本来プラスだったものをマイナスにするという意味で、プロジェクトへの妨害行為に等しいでしょう。
  • ここまでは原理的な話です。ここからは実情がどうかという話です。さて、「管理行為」(正しくは「カンリごっこ」)にいそしむ利用者のしていることが、プロジェクトの目的に有益であると考える期待値はきわめて低いでしょう。Wikipedia:コメント依頼/Naitou1980Wikipedia:井戸端/subj/特筆性を担保する情報源を探すのは誰の責任かのように、方針やガイドラインを正しく(ここでは「正しく」とは、百科事典の成長に寄与する方向で、という意味)理解し、行動しているかどうか。個々にはさておき、期待値としてはほぼ期待できません。かかる実情がある以上、それ相応の「扱われ方」をされてしかるべき利用者というのがいるわけで、そうした利用者は「扱われ方」を甘受しなければなりません。最善なのは、居る資格のない場所から自ら出てゆくことですが、多くの場合そういう自覚を持つことはないようです。--ikedat76会話) 2014年9月13日 (土) 04:24 (UTC)

最後に。エクスキューズをする前に、自分の活動の質を高める努力をまずするのがよろしいでしょう、とご忠告申し上げます。--ikedat76会話) 2014年9月13日 (土) 04:24 (UTC)

  • いやいや、「何かの拍子にみた」から思った、ってところからちょっと嘘っぽくいないですか?私から見るとどうみても、Sspbxdh5592さん、貴方自身も「ほとんど削除専門で」活動し、しかもその削除依頼における態度や精度について複数の方から問題視されているでしょう?「何かの拍子に見た」どころか、ご自身に重大な関わりがあるからみたんでしょう?
そういうトピックについては、ひろく一般論としての話をするよりも、もっとピンポイントで個別具体的にご自身の行動や見解が方針に適っているのか、整合性はあるのか、そういう観点で意見を募ったほうがいいですよ。そうでないと、「(俺左利きなんだけど)ふつう左手で字書くのって難しいの?」みたいな感じになってしまいます。
Ikedat76さんは民意なんてクソみたいに気にならない、とおっしゃいましたけど、私はクソがあったら気になるんですよね。自分の進路にあったら踏まないように避けるし、家の中にあったら片付ける。Sspbxdh5592さんの会話ページの拝見した限りでは、道路のクソを気にする前に家の中のクソを片付けたほうがいいんじゃないかなと思います。いや、気にしないならいいんですけどね、家の中のクソを気にしないで寝転がって、背中にクソがついたひとが電車に乗ってきたら、私は乗客として嫌だなあと思うんですよ。--柒月例祭会話) 2014年9月13日 (土) 09:32 (UTC)
コメント コメント依頼にあった利用者:Naitou1980氏については、「削除依頼によくいる」という漠然とした記憶はあったのですが、Naitou1980氏の編集が削除行為のみだったという事実は当該コメント依頼とここでの利用者:Ikedat76氏のコメントを見てから外部のチェッカーサイトによる記録を閲覧して初めて知ったのであり、私自身と何らかの関わりがあるとの認識の上で当該コメント依頼を閲覧した訳ではありません。それだけ、お断りしておきます。--Sspbxdh5592会話) 2014年9月13日 (土) 10:18 (UTC)
ノートで。--ikedat76会話) 2014年9月13日 (土) 12:10 (UTC)
  • コメント現実問題として議論専用アカウントなんてものを認めてしまうと、頻繁かつ無責任に争議を起こすことでコミュニティを疲弊させることを、簡単にできてしまいます。ですからそういう人を好意的に見れません。
     自分が編集をしていれば、他人の編集にも自分の立場に立って寛容になれるというものです。そうでなくてもあんまり相手に厳しいことを言えば「そういうおまえはどうなんだ」と突っ込まれる(かもしれない)ので自制が効くというものです。
     現在複数アカウントが禁止になった原因でもありますが、過去には編集アカウントと議論アカウントを分けて議論アカウントで攻撃的で無責任な言動をする人たちがいました。 
    人間議論専用アカウントを使うだけでも自制が効かなくなるものなのかもしれません。
     現在のwikipediaはアカウントに同一性をもたせ、一人の人間に一つのアカウントを長い間つかってもらうことで編集に責任をもたせようという流れにあるのだと思っています。
     そして編集経験が少ないひとはWikipediaへの理解そのものが不十分で議論してて疲れるというのも間違いなくあります。
     そういう人は自分の属するコミュニティの価値観や自分の感覚でものをいうので大変です。そういう人はガイドラインを読んでもピンと来ず、自分に都合のよいように解釈してしまいます(そもそもガイドラインは法律ではなく指針にすぎないのですが、そういう人に限って「ここにこう書いてある」と敷居高にものをいうので困ります)
     私もそういう人に絡まれている間はwikipediaを触る気持ちが萎えてしまいます。編集者も人間で、しかもボランティアなので、コミュニティを疲弊させる言動は努めて避けないといけません(自戒込)。
     コミュニティを疲弊させる言動は改めてもらわないと周りの人が快適な編集ができないですから注意することは問題ないでしょう。そして返答がなければ対話拒否でブロックやむなしではないかとおもいます(今回はこのケースでしょう)
     このようなことをいうと人治主義的というかムラ社会のようで不信感を持つ人もいるでしょう。中でも発達障害者は敵意がなくても人の感覚がわからないことがあるのでいつ排除されるかと思うと怖いものです。できるだけ善意に取り、言葉で説明をし、寛容さを失わないようにしたいものです。--Littlefox会話
  • コメント 管理行為のみ行う利用者を即「目的外利用者」と断じることはできないと思います。Wikipedia:削除依頼Wikipedia:投稿ブロック依頼に特化している利用者、ワンダリズムへの対処に特化している利用者がいても構わないと思います。それらもプロジェクトの一部ですし、各利用者の貴重な時間は限られていますから。Wikipedia:削除依頼Wikipedia:投稿ブロック依頼の悪用をしている利用者がいたら、それを問題にすればいいだけでのことです。「目的外利用者」としてブロックされてしまった利用者は、それらに特化しているという理由ではなく、悪用していると判断されてたのではないでしょうか?Takabeg会話) 2014年9月13日 (土) 17:08 (UTC)
    • 極めて初期の頃には、ルールの制定だのシステムの構築だの、そういった事に興味をそそられた・・・百科事典の執筆や編纂自体には興味の無い利用者も多数集まっても不思議はありませんが、おおよそ2010年以降くらいで、百科事典の執筆(それが宣伝や布教その他の為だったとしても、記事空間に有意な編集がある以上、一応執筆とさせて頂きます)以外の・・・つまり管理行為や削除依頼や投稿ブロックへの出入りなどを目的にアカウントを取得する方なんて、いらっしゃるのでしょうか。いらっしゃるとしたら一体どういう心境であるのか(早く言えば何が楽しいのか)、お伺いしたいものです。残念ながら特化されている方は上述した通り精度が低い傾向があり、全体的には、優秀な執筆者がもう少々管理系にも時間を割いてくれるのが理想で有る、とは思うのですが、かく言う私が削除依頼などにはほとんど出入りしておりませんので、あまり人の事を言えなかったりもします。--Hman会話) 2014年9月13日 (土) 17:34 (UTC)
  • コメント 既にWikipedia:コメント依頼/Naitou1980とそのノートのコメントで多くの意見が出ていますし、私見もその場で申したので省略します。さて、メイン活動が削除依頼かつ適切な行為をしている方(そんな人いるのか?)が「削除依頼専門を目的外利用者というのはおかしい、改めてコミュニティに問う」というのであれば理解できるのですが、議題提出者の履歴を見るに「薮蛇」になるだけのような気がします。--JapaneseA会話) 2014年9月13日 (土) 18:11 (UTC)
真っ先に反応して大いに反論した人物にも笑えますなあ。--Ks会話) 2014年9月13日 (土) 19:53 (UTC)

コメント 記事をろくに書かずに管理行為のみを行っている利用者を「典型的な目的外利用者」と断じている意見もあるようです[13][14]。確かにウィキペディアンとして記事を充実させることが最もウィキペディアに貢献していることだと思いますが、人によっては執筆・加筆は一切行わないが、メンテナンスをすることや荒らしユーザーを退治すること、管理者が対処しやすくなるようにサポートすることなどもウィキペディアに貢献する一つの方法だとも考えられると思います。必ずしも「管理行為のみを専門に行う利用者=目的外利用者」とは限らないと思います。
何人かのユーザーの履歴を確認したら

  1. WP:RCUWP:RFBの議論参加のみを専門に行うウィキペディアン
  2. WP:ANへの報告のみを専門に行うウィキペディアン
  3. 削除依頼への議論参加のみを専門に行うウィキペディアン
  4. 不特定多数の会話ページにふらつき、嫌味を言ったりちょっかいを出すことをメインに活動する元管理者
  5. 依頼・提案系ページのメンテナンス、荒らしユーザーや特定のLTAに対して命令形の口調や上から目線での警告(WP:ANでも管理者に対して頻繁に対処を急かす)、独自研究の除去WP:RFDの投票34点のみを専門に行うウィキペディアン
  6. プロキシユーザーのブロックのみを専門に行い、編集やブロック以外の他の管理者権限の行使を一切行わない管理者
  7. 管理者権限も一切行使せず、自動退任まであと数分~数時間になったら1~数編集、標準空間以外のページで意見を述べるだけの行為を長期にわたって永遠に繰り返している、つまり3ヶ月弱に1回しか編集しない「典型的な幽霊管理者
  8. 特定の複数のLTAに対処することをメインに活動し、標準空間の編集も荒らしユーザーの投稿の差し戻し・巻き戻し専門のウィキペディアン
  9. 特定のLTAの対処、削除依頼の投票(決まりきって削除票のみ)、独自研究のrevert、WP:RFAの投票の4点のみを専門に行い、要約欄に必ず記入するウィキペディアン

などといったいずれも記事をろくに書かずに特定の作業のみを専門に行うウィキペディアンを見受けられましたが、これらの利用者も「目的外利用者」となってしまうのですかね? そうなればたとえ管理者や削除者・巻き戻し者でも権限の行使、執筆活動の一方だけに没頭することなく両者をうまく両立させる必要があると思います。管理者権限を持っている利用者が権限行使そっちのけで執筆活動に没頭し、一般利用者としては優秀でも管理者権限を(自身が関わる案件を含めて)一切行使しなければ「幽霊管理者」と揶揄されかねないですから。--YBK75会話) 2014年9月14日 (日) 02:34 (UTC)5の下線部、8・9を追加--YBK75会話) 2014年9月15日 (月) 06:09 (UTC)

  • 第6項以外について、「果たしてjawpと言うPJに必要なのか?」と問われると、私は「要らん、もしくは邪魔なのでは?」としか答えようがありません。もっとも、記事を書いている人間が全員善人かつ必要と言う訳でもありませんが(大きな方針逸脱さえなければ別に問題ではないですが)。まあ所詮は趣味の世界ですからねえ。けどまあなんですか、最低限、軸がぶれない様に。たまにゃ記事くらいは書きましょう、って所でいいんじゃないですか。別に「かつては書いてた人がちょっと休憩中」とか、「第一線は退いた」くらいなら全然いいんですが、録に執筆経験も無いのにうろつかれても・・・説得力皆無やなあ・・・と言う状況は多々。--Hman会話) 2014年9月15日 (月) 02:29 (UTC)
    • コメント ウィキペディアというのは記事を書くことを前提に活動するのであって、管理系専門というのは私も「要らん、もしくは邪魔なのでは?」としか答えようがありません。昨日の私の投稿後、気づいた点があったので8・9を追加しましたが、この2点も「問題あり」とお考えの方もいらっしゃると思います。--YBK75会話) 2014年9月15日 (月) 06:09 (UTC)

コメントやはり削除依頼やブロック依頼といった記事や編集者を殺せる武器を使う利用者は攻撃者であり、警戒されて当然でしょう。ましてや編集活動をしていない利用者は外聞を恐れず、争議を乱発しても失うものがない。
私もCU依頼だのブロック依頼だのを出されることはあります。いまはコミュニティの良識が信頼できるので、不当なブロック依頼はまず通らないと信じることができます。しかし今後ブロック依頼専用アカウントみたいな人が増えたらその信頼も揺らいでしまうかもしれません。活動歴がほとんど無いアカウントでも一票は一票なので不安材料です。
削除専門で活動してるアカウントとは何なのかと考えると、Wikipediaを目障りに思っている人を想像してしまいます。真面目な人でも、いや真面目だからこそwikipediaいい加減な記事が書かれていると怒っている人はけっこういます。出版物とか論文の感覚で考えてるようです。そういう人はボランティアが無償でできる範囲で加筆を積み重ねることで少しずつ内容の確かな記事になっていくプロセスを理解していない。その辺りは実際に編集作業に関わらないと難しいのではないでしょうか。
最悪の想定として攻撃者がミートパペッドやソックパペッドである可能性もあり得るでしょう。
不当な削除依頼、ブロック依頼は善意の第三者が良識にもとづいて却下してくれるとはいえ、あまりに依頼が多くては一つ一つ審議することが負担になり、コミュニティが疲弊します。活動に対してバランスを欠いた削除依頼やブロック依頼を行う利用者には積極的にwikipediaへの理解を求め、改善を求めていくべきと考えています--Littlefox会話) 2014年9月15日 (月) 01:58 (UTC)

削除依頼でもブロック依頼ででもですが、「活動歴がほとんど無いアカウントでも一票は一票」と言う現状は末恐ろしいお話でございますね。唯一の救いは、「ことの是非の判断は機械的に多数決で行われるのではなく、管理者(削除者)と言う人間が総合的に勘案した上で行う」と言うところですか。最後の砦ですね。えー正直、あまりに活動歴がアレな人、もしくは付随コメントがアレな人の票は票として数えるべきでは無いと思いますし(良心的な管理者/削除者各位は当然その辺りは心得ていらっしゃると信じます)、そもそもで言うなら同義動議参加権その他のハードルが低すぎるのが問題な訳で。標準空間に有意な(著作権の発生する)200投稿以上、アカウント取得後6もしくは12ヵ月以上、くらいの枷はあってもいいんじゃないでしょうか。確認が大変ですけど。--Hman会話) 2014年9月15日 (月) 05:01 (UTC)誤変換を改める。--Hman会話) 2014年9月15日 (月) 11:11 (UTC)
コメント ウィキペディアンに求められていることはあくまでも記事を充実させることであって、管理系しか活動しないユーザーにはWP:AFDWP:RFBなどの議論に参加して欲しくないと思うので、依頼・投票・コメント資格の条件を厳格化する必要は生じてくると思います。--YBK75会話) 2014年9月15日 (月) 06:09 (UTC)
コメント Littlefoxさんご指摘の最初の一文(やはり削除依頼~警戒されて当然でしょう。)は某巨大掲示板では「自警」と言われているようです。WP:ANに頻繁に顔を出すような人の多く(特に対処を急かすユーザー)は記事もろくに書かずに管理系を中心に活動する傾向が強いようです。記事を書かないならWP:ANで「誰々をブロックしろ」「早急に対処しろ」なんて言う資格はないと思います。--YBK75会話) 2014年9月15日 (月) 06:09 (UTC)

コメント 管理系に専従する利用者ですが、理想像だけを掲げれば、「十分な知識と公正さで事に臨み、議論や依頼を適切に処理することに専任する利用者」となりますが、実際にはikedat76さんが指摘されているように、期待できないわけです。「マイルールを何とかして方針文書や前例として確立しようとする」「方針文書を盾にした嫌がらせや荒らし」「議論を通じて記事の成長を阻害する」「記事を削除して達成感を得る」等の管理系の強力な効果を悪用する利用者が目立ってしまいますし、これを早期に抑止できないと「喧嘩屋」としての実績を積んでしまい、相手をすることすら敬遠されるようになり悪影響を及ぼします。ですから、執筆を通じて「執筆者」としてのセンスを磨いていない利用者については、経験則的に警戒せざるを得ませんし、問題を起こしたものにだけ対処するのでは不利益が無視できません。
このような利用者が日本語版で跋扈する原因の一つには、各種の議論参加・意志決定への参加に対して求められる基準があまりに低い、もしくは存在しないことに原因があると考えます。いままで「IP利用者でも新アカウントでも自由に参加して下さい」とやってきたわけですが、その副作用というか逆用として、IPや使い捨てアカウントにはブロックの危険性も無いため無責任な議論参加が増加するのみならず攻撃的になりやすく、被ブロック者の生まれ変わりや、ソックパペットとしての運用すら疑われます。また、アカウント取得者に限定したところで、議論参加・投票権確保は容易であり、こちらも靴下・生まれ変わり・IPからアカウントの促成栽培による参加資格の確保といった問題が発生します。今回Wikipedia:コメント依頼/Naitou1980によって、粗雑な削除依頼への参加が問題視されましたが、もうこの手のいい加減であったり、機械的な議論参加による意志決定の妨害は拒絶すべき時に来てしまったのではないでしょうか。会話ページやノートページでもこの種の利用者による問題は発生しますが、これらについても「対話」「Wikipedia:善意にとる」が、荒らし目的の利用者により便利に使われ、粘着行動を始めとする嫌がらせを肯定する言い訳になるのはよろしくないかと。ただ、管理系専門では無い方にも、議論や管理系に係わると同様に攻撃的な方もいるのでその辺の兼ね合いは難しいのですが。

YBK75さんの例ですが、6以外は問題があると考えます。特に7は、アカウントが乗っ取られる危険性を考慮すると純粋に怖いですね。
Littlefoxさんの指摘された削除依頼については、もう一つ付け加えるなら、「外聞を気にする」とでもいいましょうか、Wikipediaに記事があることを特別視し、「俺基準」に達しない記事を削除することに熱心な方もいます。この種の意図から出た依頼は「俺様が価値が無いと認定してやる」とでも言うべき驕り高ぶった依頼になることも少なくないですし、付和雷同的につく票もしばしば礼儀を欠くものになりがちです(なお悪いことに、執筆者を批難する内容が含まれることもあります)。Wikipedia:礼儀を忘れないは、記事の対象に対しても配慮した方がよろしいかと。

しかし、いくら方針文書で手当てをしても、多くの執筆者がある程度のリソースを管理系にも割くことを怠れば結果は同じです。それが出来なければ、Hmanさんが言うところの「休憩中」「第一線を退いた」を口実として、「ちょっとだけ執筆」→「管理系で集中的に活動」といったスタイルを採る利用者によって、コントロールされるだけになると考えます。--Open-box会話) 2014年9月15日 (月) 04:15 (UTC)

コメント過去に井戸端で似たような話題が出ていたようです:Wikipedia:井戸端/subj/目的外利用者はブロック対象ですか?。これはWikipedia:投稿ブロックの方針の目的外利用の項でも参照されています。ここでは「記事を書かないで管理行為を主にしている。と言うだけでは目的外利用とはいえない」と言った意見が多いようでした。
なお、「管理行為を主にしている人のほとんどの管理行為は、方針にそぐわない不適切なものである」という主張が根拠なく示されていますが、統計をとる等の調査はされたのでしょうか。確かに管理行為メインなのに不適切な管理行為をしている人がいる。と言うのは事実です(Wikipedia:コメント依頼/Naitou1980)。ですがそれだけでは「記事を書かない人の管理行為のほとんどは不適切である」と断言できません(早まった一般化になってしまいます)。特に編集に制限をかける等の強い処置をするなら、それ相応の根拠を示すべきでしょう。参考ですが、英語版の私論en:Wikipedia:IPs are human tooでも、「IP利用者は荒らしばかりだ」という印象が誤りであると言うことが示されています。--180.49.191.143 2014年9月15日 (月) 04:50 (UTC)

そもそも論ですが「管理行為のみ行う利用者を「目的外利用者」と断じること」(このトピックのタイトル)などということが問題になるのでしょうか。

  • このトピックが作成されたのが 2014年9月13日 (土) 01:12 (UTC) 。
  • Wikipedia:コメント依頼/Naitou1980のトピック作成直近の版が2014年9月4日 (木) 23:24 (UTC) の第 52782624 版
  • この時点でコメント依頼の内容は、Naitou1980という利用者が「管理行為を主にしている」ことではなく「管理行為が方針にそぐわない不適切なものである」ことを問題にする方向でほぼ収束していたと言えます。
  • さて、トピックの提出者は「標準記事の編集を全く(あるいは少ししか)行わず、WP:AFDやWP:RFBへの依頼投票、または依頼提出などの管理行為を主に活動する利用者の事を、「目的外利用者」と断じ、WP:BP#宣伝・広告投稿、目的外利用該当としてあれよあれよとブロックする」と言っていますが、そんなものはどこに存在するのでしょうか。提出者のミスリードまたは印象操作以外には、どこにも存在しません。あるいは、議論の内容を適切に読解できていないのかも知れませんが。

以上の経緯からすれば、どっちにしても存在しない藁人形を持ち出して《危険なことを言っている奴らが居る》とばかりに煽っているだけじゃないのかと。

以前のWikipedia:井戸端/subj/目的外利用者はブロック対象ですか?について。「記事を書かないで管理行為を主にしている。と言うだけでは目的外利用とはいえない」とまとめるのはミスリードです。

  • 「「単に記事を書かないから追放した」というより、「ノートでの議論のための議論や演説ばかりで、コミュニティを疲弊させる利用者」とみなされた結果ではないでしょうか」(利用者:Rabit gti、2013年2月17日 (日) 10:28 (UTC))、「ブロックされる利用者はコミュニティと協調できずに何らかの失敗をしたはずです。…(引用者補填:ウィキペディアで活動をしていくのに必要な能力は)ウィキペディアの方針を学ぶことで向上するものではないからです。その人がウィキペディアでどのような活動をしたいかによって必要な能力は異なりますが、ウィキペディア外で得ている必要があります」(利用者:Degueulasse、2013年2月19日 (火) 10:48 (UTC))など、プロジェクトの目的に資さないのであればブロックされてもやむをえないという認識はある程度示されていると言えます。
  • 方針やガイドラインにそぐわず、プロジェクトの目的に資さない行動を継続し、改める意思すら示さない(示したからといって結果が伴わなくて良いという訳ではありません)であれば管理行為だけであろうがなかろうが、ブロックされて別におかしくなどありません。というか、それこそ投稿ブロックの目的というものです。
  • 方針とガイドラインにそぐわず、プロジェクトの目的に資するところがなければ、そこにアカウント/匿名の区別はべつにありません。なぜIPをことさらに持ち出すのか分からない。それどころか、いま現在も実施中の半保護には、IP利用者がIP利用者であることを悪用して議論をかく乱していることをもって実施されているものがあることを考えれば、そういうかく乱行為(当たり前ですが、方針とガイドラインに…(略)です)を今後もさせろ、と言っているのと区別がつき難いところです。

で、一周して最初に戻る。ブロックされたくなければまともな活動をすればいいでしょ。自分にとって不都合そうなものを藁人形論法で叩くより先にすることがあるでしょ。ただ、それだけ。--ikedat76会話) 2014年9月15日 (月) 08:47 (UTC)

書き忘れ2点。

  • 以前のトピックでWikipedia:ウィキペディアに参加する#執筆以外での協力が挙がってますけど、「協力」であるってこと忘れていませんか?と。ためにする議論とか、オレ様の気に入らない・知らないモノとかコトは記事にするのは許さない、とかそういう妨害行為は参加の仕方にそもそも入ってない。
  • 「民意」の話。説明不十分だったから補足。執筆+執筆以外での協力はOKが現状で、それに執筆じゃない妨害でもOK(妨害と露骨には書くまいけれど)を加えるという合意を日本語版でしたければ、まあ出来るんじゃないか。でも、それをやったときに(本当にやるかどうかはさておき)ウィキメディア財団が、日本語版がプロジェクトの邪魔にしかならないとして強権発動(閉鎖)をする権利は留保されていると思うんですけどね。そうなっても文句は言えない。なぜならこのプロジェクトのためのリソースだってウィキメディア財団が彼らのプロジェクトの目的のために確保しているもので、それ以外に使わせる理由なんかないから。だから、目的外利用NGに異論を唱えるとかいうのは、ウィキメディア財団の各種プロジェクト日本語版で活動を続けたいという前提がある限り、そもそも話しにならない。だから、「クソほどもどうでもいい」。したくないなら、勝手に1人でやめればいい。ツブしたいなら、それこそ迷惑だから出て行って、よそで好きにやってくれ。

--ikedat76会話) 2014年9月15日 (月) 08:57 (UTC)

  • コメント 大方の意見は出尽くしていると思いますが、多少コメントします。ウィキペディアは方針に則っていれば参加形態は特に問われることはないはずですし、得意な分野は人によって異なっているでしょう。「管理行為を主にした利用者」で、私は1人の利用者を思い浮かべました。その利用者は標準空間での編集はあまり多くないですが、裏方的な感じで、テンプレートやシステムメッセージなどの調整をメインに活動されています(今回大きな話題になっているような、削除依頼ではほぼ見かけません)。そして、他者と衝突することもあまりないようです。私としては、このような貢献形態も、もちろん「あり」だと考えます。不適切な管理行為ばかりの利用者は適切な措置が必要でしょうが、それはあくまで行動が不適切だからであり、的確なものであれば問題視する人自体出ないでしょう(むろん、記事を書くという貢献がない分、他者から見ての要求水準は高くなってしまうこともありますが)。--Jkr2255 2014年9月16日 (火) 09:55 (UTC)

「信頼できる情報源」について―ついでに「対象と無関係な」と「二次資料」についても[編集]

Wikipedia:コメント依頼/Naitou1980で取り上げられているWikipedia:削除依頼/寺田安裕香の件、『マイナビニュース[15]、『週刊プレイボーイ[16]、『GirlsNews[17][18]といった出典の信頼性が問題になっているわけですが、こういう芸能関係のイベント報道やインタビュー記事って、皆さん本当に「信頼できる情報源=事実確認や正確さに定評のある情報源」だと思っていらっしゃるのでしょうか?私の感覚で言うと、ああいう記事は本人や事務所からの情報をそのまま書いていて、ちょっとくらい怪しい情報が含まれていても余程のことがない限りいちいち事実確認などしないものだという認識なんですけど、皆さんの理解は違うのでしょうか?

それからもうひとつ、削除依頼の場で特筆性の根拠となる情報源について議論していたわけですから、情報源は「信頼できる」だけでなく、「対象と無関係な」「二次資料」であることも必要ですよね?だとすれば、本人のインタビュー記事やプレス発表の報道、ルーチン的に行われるイベント報道などは、対象から独立していないし、一次資料だし、全部ダメでなのではないでしょうか?

当該グラドルさんの記事を削除したいわけでも、Naitou1980さんを弁護したいわけでもなく、「信頼できる情報源」「対象と無関係な」「二次資料」について皆さんがどのように理解されているのかが知りたかったので、こちらで質問してみました。--Dwy会話) 2014年9月13日 (土) 18:46 (UTC)

マイナビニュース、週刊プレイボーイ、Girlsnewsは、当該タレントさんの事務所ではありません。対象から独立しています。Wikipedia:独立記事作成の目安には、「特筆性を示す出典がない、またはひとつしかないということだけでは削除の理由になりませんが、複数の独立した情報源によって言及されていない話題は、特筆性を示す出典が他に見つからないか試みた後、より広範な内容を扱う記事に記載するか、記事の統合を検討する方がよいかもしれません。」とも書かれています。さらには、「特筆性の有無がはっきりしない記事については、削除は最後の手段であるべきです。」とも書かれています。Wikipedia:特筆性 (人物)#基本的な基準には、「報道の程度が十分ではない場合、特筆すべきであることを検証するには、複数の独立した情報源が求められることでしょう。」と書かれていますが、当該記事は複数の情報源が提示されています。情報源として駄目と決めつけるのは乱暴ですし、Naitou1980さんが削除依頼で行ったような投票及びコメントは短絡的で、適切ではありません。ただ、私も何度か読んでみていて思いましたが、これらのガイドラインは抽象的な記述が多く、解釈に振幅が生じても不思議ではありません。記事の執筆、加筆を行うに当たってはむしろ執筆者を混乱させる傾向があると感じています。--ShellSquid/履歴 2014年9月14日 (日) 00:09 (UTC)
「信頼できる情報源」について。政治や経済に関する記事の出典としてマイナビやプレイボーイを持ち出されたら「信頼できる情報源じゃないだろ」と言い切ってしまってもいいと思いますが、グラビアアイドルに関する出典としてならこれらの雑誌は十二分に信頼性のある情報源として扱えるでしょう(新聞なんかより有用なこともあり得る)。
「対象と無関係な」「二次資料」について。GirlsNewsの発売記念イベント記事はこの2点についてはちょっとあやしいですが、マイナビのDVDレビュー(レビュアーがいるはず)、プレイボーイのインタビュー(対象についてインタビューを掲載するに足る人物と編集部が判断している)はクリアしているでしょう。--Claw of Slime (talk) 2014年9月14日 (日) 04:52 (UTC)
WP:RSに関しては私に先行してコメントしておられる御両人の言うとおり。
「対象と無関係な」について。「本人のインタビュー記事」でインタビューをしているのは一体誰なのでしょうね。対象から独立していないのでしょうか。マスコミといっても報道機関といっても良いけれど、新聞などでもプレス発表の報道をもとにした記事はめずらしくありません(その是非はさておき)。Dwyという方の論法をそのまま信じるなら、どんな資料も無差別に採用するべきではない情報源となり、どんな記事も書けなくなります。
Naitou1980という利用者の擁護をしていないという主張はたしかに正しいでしょう。なぜなら、もっとヒドイことを言っているから。WP:RSやWP:NOTEに何ら益するところのない、ためにする議論という以上でも以下でもないですね。--ikedat76会話) 2014年9月14日 (日) 13:56 (UTC)
  • ShellSquidさん:最初に申しあげましたように、私はここで当該記事の削除を主張しているのではありませんし、Naitou1980さんの弁護をするつもりもありません。Wikipedia:独立記事作成の目安は、単に複数の情報源があるだけではクリアできません。「特筆性」には「対象とは無関係な信頼できる二次情報源」が必要とされているから、「信頼できる情報源」「対象と無関係な」「二次資料」についての皆さんの理解をお尋ねしているわけです。確かにあまり説明もせずに一太刀に「全部ダメ」と切り捨ててしまったのは乱暴だったかもしれませんが、Shellsquidさんのように「複数の情報源が提示されています」でOKとしてしまうのはもっと乱暴だと思います。
  • (Claw of Slime) さん:Wikipedia:検証可能性などでは「信頼できる」を「事実確認と正確さについて定評のある」ということだと説明しています。芸能界は夢(=虚像)を売るのが商売ですから、タレントや事務所の言うことに多少の嘘が含まれているのはむしろ当たり前。芸能関係を扱うメディアが、タレントや事務所が披露するプロフィールやエピソードをいちいち裏取りして確認しているでしょうか?そんな野暮なことをしているわけがないというのが私の感覚です。Claw of Slimeさんは、ああいうメディアが本当に「事実確認と正確さについて定評のある」だとお思いですか?
マイイナビについては、アマゾンやDMMマゾンなどに出ている商品紹介の文章と比較してみても、おそらくプレス発表資料を適当にアレンジして書いているというのが私の印象です。プレーボーイのは本人のインタビュー記事です。情報源が本人ですし、おそらく出版前に事務所の検閲も受けているはず。こういうのは「対象と無関係な」とは言わないと思います。
  • Ikedat76さん:すでにお気づきかもしれませんが、Wikipediaの方針についてのDwyの意見は、たいていの場合英語版での議論の受け売りです。プレスリリースに基づいた報道が「対象と無関係な」といえないことはen:Wikipedia:Third-party sources#Press releasesに、インタビュー記事が一次資料であることはen:Wikipedia:No_original_research#defsen:Wikipedia:Identifying and using primary and secondary sources#Are news-reporting media secondary or primary sources?に記述されています。日本語版は英語版とは別ですが、私の認識が特異な異端の見解でないことを示す意味で紹介させていただきます。
  • 問題になっている出典がいずれも「一次資料」であることについては今のところ反論がないように見えますが、「一次資料」、「二次資料」、「三次資料」の定義はWP:PSTSにありますので、念のためにご案内しておきます。記事の対象を直接取材して報道しているものが「一次資料」であることは明らかだと思います。--Dwy会話) 2014年9月15日 (月) 17:41 (UTC)
  • Dwy様自身がいみじくもおっしゃっているように、タレントといった類は「夢(=虚像)を売るのが商売」なのですから、個々の情報が事実かどうかの判断は困難でしょうし、むしろ事実かどうかとは別に流される情報そのものが一人歩きします。ですからむしろ、「そのような情報が流れている」という「事実」で記事が構成されねばならないのでしょうね。もちろん犯罪でも起こせばより「事実」に近い「情報」が流れ、信頼性も増しますが、それだって「事実」なのかどうか。むしろ「事実」にこだわらない方が現実に即しているのではないでしょうか。『「そのような情報が流れている」という「事実」』の出典とするのであれば、芸能誌も有用だと思います。--Ks会話) 2014年9月16日 (火) 00:40 (UTC)
「そのような情報が流れている」を書くのであれば、そのような情報を流しているメディアは「資料」というより「対象そのもの」ですから、1次資料(あるいは0次資料)ということになります。仮に「信頼できる」ということになっても、その情報を使うときにはWikipedianの解釈を交えないようにしないと「独自研究」になってしまいます。事実か虚像かわからないものを解釈を交えずそのまま提示されても百科事典の記述にはなりにくいので、結局あまり使えない情報ということになると思います。--Dwy会話) 2014年9月16日 (火) 22:00 (UTC)
たとえば年齢詐称があったとしましょう。すると、「公式には何歳」という情報が本人や事務所から流れるわけでしょう。たとえばWebページに記述があったり、記者会見で発表されたり。それが『1次資料』ですよね。とすればそれを聞いて書かれた記事はそれを検証、批判して書くことが可能ですから、当然それは『二次資料』に当たるのでは?--Ks会話) 2014年9月17日 (水) 03:50 (UTC)
一次資料を基に書いているというのなら、以下の2通りの解釈ができると思います。
  • 実際に「一次資料」を検証、批判して書いていなけれれば、「二次資料」にはなりません。アリスが考えを書き留め、その記述をボブがそのまま引用して、その引用をクリスが紹介して、その記述をデイジーが引用して…というようなのは、単なる伝言ゲームで、批判・分析が入っていなければ、どこまで行っても「一次資料」のままです。…というような話が、en:WP:LINKSINACHAINに出ています。上にも言いましたが、今ここで問題にしている芸能メディアの記事は、「一次資料」を検証、批判して「虚像」を暴くような野暮はしないと思ます。一次資料の受け売りということなら、やっぱり「一次資料」ということになります。
  • あるいは、不充分ながらも検証、批判して書いているという認識であれば、しっかり事実確認をしているとは思えない(=信頼できない)「二次資料」という見方も可能でしょう。--Dwy会話) 2014年9月17日 (水) 17:36 (UTC)
「たいていの場合英語版での議論の受け売り」。で?だから?それがどうしたんですか?--ikedat76会話) 2014年9月16日 (火) 17:54 (UTC)
「記事の対象を直接取材して報道しているものが「一次資料」である」のであるなら、まあジャンルは違いますが、例えば動物や植物そのものや標本を検証して書かれた記載論文も一次資料になってしまいますね。すると、新種記載の論文が出典として使えないことになります。おかしくないですか?--Ks会話) 2014年9月17日 (水) 12:42 (UTC)
先行研究の助けを借りずに動植物そのものや標本の検証だけで書かれる論文の記述はそんなに多くないと思いますが、新発見や新学説の記述などは「一次資料」になると、en:WP:ALLPRIMARYでは言っています。論文のうち、標本等を検証したうえで先行研究の評価分析を行っている部分は、もちろん二次資料です。
それから「使えない」についてですが、「一次資料」は「検証可能性」特筆性の根拠としては使えませんが、Wikipedianの解釈を入れないように注意して使えば(それはとても難しいことですが)、記事の出典として使えますので、一応念のために申し添えておきます。--Dwy会話) 2014年9月17日 (水) 17:36 (UTC)誤記訂正--Dwy会話) 2014年9月19日 (金) 10:22 (UTC)
なるほど、つまり、芸能誌もインタビュー記事も注意すれば使える、という判断で結構ですね。--Ks会話) 2014年9月19日 (金) 07:53 (UTC)
コメント すぐ上のKs氏へ。この節での主題は「独立記事にできるか」です。既にある項目に記述する分には一次資料でOKです。一次資料のみで独立記事ができるかどうかが問題となっているわけです。次に、すぐ上のDwy氏の「一次資料は検証可能性への根拠としては使えません」についてですが、そのような事はありません。ちゃんと「一般的に、『一次資料』は注意して取り扱い」とあります。検証可能性というものを誤解してらっしゃるのでは?『古事記』の記述は一次資料ですが、岩波文庫の何ページという風に出典を明記できるので検証可能です(もしかして「一次資料は特筆性への根拠としては使えません」の書き間違いですか?)--123.220.9.32 2014年9月19日 (金) 10:02 (UTC)
ご指摘の通り、書き間違いでした。申し訳ございません。--Dwy会話) 2014年9月19日 (金) 10:22 (UTC)
コメント 厳密にいうと、一次資料のみではDwy氏のおっしゃるように、独立記事にはできないようです。私はそれでも構いませんし、その方が良いと思っていますが。しかし、現実には各分野において「出典として有効な一次資料」があれば、独立記事を作って良いことになっている場合も多いです。
例えば、漫画作品は、コミックスが出れば新項目を立てて良いことになっています。必然的にコミックスか掲載誌ぐらいしか出典がないので、あらすじ・登場人物・簡単な著者プロフィールぐらいのかなりしょぼい内容です(一応、二次資料が登場するまでの猶予とはなっていますが、永久に猶予のままの記事も多いでしょう)。歌手は、「2枚以上のアルバムをメジャー・レーベル(または重要なインディーズ・レーベル)から発表」。アダルト俳優では、「審査を通過した主演作品10本」で記事が立てれるようです。また、歌手やアダルト俳優は他にも「本人から独立している複数の信頼できる情報源において、些細ではない形で取り扱われた場合。この基準は新聞記事、雑誌記事、書籍、ドキュメンタリーなどあらゆる形を含みます」の場合も記事が書けるとしています。グラビアアイドルもこれに準じていると考えれるでしょう。
出典無しの記事も多いので、一次資料のみのしょぼい内容でも、ウィキペディアの命である「検証可能性」が満たされている分、まだマシとするのが現実との妥協点でしょうか。--123.220.9.32 2014年9月19日 (金) 11:16 (UTC)

二重リダイレクトについて[編集]

Wikipedia:リダイレクト#二重リダイレクトをしないについてです。ノーベル経済学賞を[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]に変えて回っていたIP(IP:118.8.175.187ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6)がいたのでWikipedia:リダイレクト#二重リダイレクトをしないとして、[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]をシンプルにアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞に修正していたのですが、他の執筆者から「[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]をアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞に修正するのは単なるリダイレクト回避であって二重リダイレクトの解消ではありません」「Wikipedia:記事名の付け方Wikipedia:リダイレクトに反したリダイレクトというわけではありませんし、わざわざIP利用者さんの履歴を追っかけて逐一直さなきゃいけないほどの緊急性も重要性もない」と言われました。[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]→ノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞といった経路になにか意味があるとは思えないのですが、私の編集は余計な編集だったのでしょうか。--チンドレ・マンドレ会話) 2014年9月15日 (月) 16:47 (UTC)--チンドレ・マンドレ会話) 2014年9月15日 (月) 16:56 (UTC)

二重ダイレクトの意味を取り違えていると思います。二重リダイレクトとは、AからCへリダイレクトしなければならないのに、間にBというリダイレクトを挟む状態を言います。
このアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞には2つのリダイレクトノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞がありますので、これを例に取り上げます。
ノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞へのリダイレクトになっており、かつアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞へのリダイレクトになっている場合、ノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞への二重リダイレクトという状態になります。この状態からノーベル経済学賞アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞へのリダイレクトに設定し直すのは二重リダイレクトの解消です。
一方でパイプリンクの[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]を[[アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]に置き換えるのは、リダイレクト回避(リダイレクトだったリンクを、本来転送したい場所へリンクしなおす)になります。[[ノーベル経済学賞|アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞]]のリンク先はノーベル経済学賞ですから、転送されて…ということです。
ただ、誤ったリダイレクトをおきなおすという作業ではないため、重要度は下がるかと思われますし、大量にあるのであればWikipedia:ボット作業依頼を活用されたほうがよいと思われます。もちろん、作業をしているIPユーザーにも告知をしたうえで行うことが望ましいでしょう。--アルトクール(/) 2014年9月15日 (月) 17:25 (UTC)

あらすじを書くコスト・手順について[編集]

最初に、映画や小説などのあらすじを執筆をしている人たちに感謝と尊敬の気持ちを伝えたいと思います。

たまたま、映画『ニュースの天才』を見た後、日本語版のあらすじの間違いに気付きました。「社員」を「社長」に、「親戚」を「兄弟」に修正しました。本当は、「大手コンピューターメー カー」ジーク・マイクロニクス社を「ソフトウェア会社」か「IT企業」に直したいのですが、既に録画は消去してしまったので確認できずに、今に至っています。英語版は正しいように見えます。(だったら、翻訳すればいいのに。)

そこで、今回、お尋ねしたいのは、映画や小説のあらすじを書くのに、要した時間や実際の手順についてです。映画は2回以上見てあらすじを執筆しているのでしょうか?時間にすると、最低でも4時間以上かけて。

それとも、単一、または、複数の映画データベース・サイトのあらすじを、著作権侵害にならないように考慮しながら、執筆しているのでしょうか?映画データベース・サイトでは結末までは書かれていないのが普通ですから、途中からはゼロからの執筆になります。

いつかは、邦画の抜けているあらすじを執筆したいと考えていますが、それに要するコスト(時間や労力)を考えると、少し途方に暮れています。何かコストをかけない上手い方法はないのでしょうか?--ワーナー成増会話) 2014年9月16日 (火) 22:27 (UTC)

コメント まず、批評、解説などの参考文献を集めるのが、近道かと思います。重要な場面をおさえておけば、2回目からは部分の確認だけですみます。あらすじも、その重要な場面と、それの説明に必要な情報だけにすることで、簡潔なものにできます。 --Yhiroyuki会話) 2014年9月17日 (水) 15:57 (UTC)
コメント 私の場合は、基本的には作品そのものを見て自分の文章で書きます。データベースサイトなどを見ると、結局似たような文章にしてしまい、無意識にパクリをやらかす危険がありそうだと感じるので。一旦自分の記憶で書いたあとに公式サイトやデータベースなどを見て、人物名や設定の間違い、話の流れを確認して修正に利用します。上映中の映画ではだいたい1回見ただけで書きますので、そういう感じになりますが、ウェブの宣伝記事など複数のものをチェックして見直せば、そう外さないで済むと思います。個人ブログの感想文なども、見落とした部分のチェックという意味では使えます(決して頭から信じたり、文章を拝借したりしてはいけませんが)。テレビドラマの場合も同じようにしていますが、結局録画をもう1、2回くらいは見てしまいますね。--Garakmiu2会話) 2014年9月17日 (水) 18:52 (UTC)
コメント 私はあまりやったことがない上にマンガですが、読みながら執筆しています。はっきり申しますと映画なら文献を探すより見た方が早いです。映画なんて、所詮2時間程度じゃないですか(連ドラやマンガ・アニメですとぞっとしますが)。まあ見ながら書くと大抵の人は冗長になってしまうと思います。そこから、些末な部分を除去するかキャラ紹介に入れたり、うんぬんかんぬんする作業に入ります。できれば二次資料をまとめた方がそりゃァ良いのですが、ストーリーを頭から終わりまで網羅している二次資料が手に入るかどうかが問題ですし、またそれを手に入れたとしても(実は映画ならそう難しくは無い)それはまとまりすぎていて、それを参考に執筆すると「これって著作権的にまずくない?」と言うことになったりします。なお、適度なタイミングでrefで参照箇所情報を放り込むと、検証が行いやすくなります。DVDならxxx版n分頃、とかになりますし、漫画なら○巻○話、になるでしょう。大した手間ではないでしょうから、是非励行して頂きたいです。--Hman会話) 2014年9月19日 (金) 02:29 (UTC)
コメント 今ドラマ記事に初挑戦中ですが、あらすじをちゃんと書こうと思うとやっぱり何度か見ることになりますね。プロット (物語)を各話単位できっちり書くと見慣れていない人には冗長に見えるかも知れませんが、実はそれでもはしょりすぎだったりします。Garakmiu2さんと同様に個人サイトもチェック用には使えると考えますし、個人的にはYhiroyukiさんがあげられた批評・解説も同様の評価です(全体を見てから別目的で書いているため、あらすじについては的外れな事も多いので)。ということで、Hmanさんの言われるぞっとする作業をやっています。真面目に書こうとしたのが運の尽きって事で諦めました。--Open-box会話) 2014年9月19日 (金) 04:24 (UTC)
マンガでしたらまだしも、連ドラ/アニメなどは地獄でしょうね。11回で終わったとしてもそれの25分なり45分掛けですか・・・。ちなみに私は、二次資料だけ見てあらすじを書くのも乱暴なのではないかと思っています。一次資料が手に入らない、入りにくい、もしくは執筆者個人の環境では手に入りにくい場合はやむを得ないですが、普通にDVDレンタルなりネカフェなりで参照できるものでしたら、両方参照しながら、と言うのが一応、理想的な執筆手法だと思います。Open-box氏のご指摘通り、二次資料はあらすじの執筆とは別目的の資料となりますので、それに100%依存して書いてしまうと頓珍漢なものに仕上がってしまう可能性が・・・。フィクション作品のあらすじのみのお話ではなく、例えばある資料をもとに執筆した箇所があれば、その資料で参考資料として挙げている資料にも、一応目は通しておくのが、理想であると考えて居ます。今は忙しいなら例え後日ででも、ですね(つまり検証可能とするだけではなく、執筆者自身も投稿前に可能な限り検証をするのです)。とは言え我々が余暇にjawpに使える時間は有限です。予算だってそうです。ですから以上はあくまで変態による理想論です。--Hman会話) 2014年9月19日 (金) 04:43 (UTC)