Wikipedia:井戸端
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[編集] 「現状維持に理由は要らない」は正しいのか?
各所にお知らせしているのでご存じの方も多いかと思いますが、Wikipedia‐ノート:ネタバレにおいて、乱用・誤用が目立つネタバレ系テンプレートを一旦全て剥がし、テンプレートが必要な記事があれば貼り直してもらうことで対処しようという提案をしています。該当する記事数は約1万5千、全記事のおよそ2%です。このことは決定事項なのですが、後から異論が出たため議論に移行しているので、現時点では事実上作業は停止しております。
① 「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」として、現状を変えることに反対するという意見がありました。「現状を変えるべき」という意見は、過去何度も「廃止提案」という形で出ており、ある程度の理解が得られた物も存在しており、無下に否定することはできないと思います。一般論として「現状維持に理由は要らない」という意見は正しいのでしょうか。私は「現状維持に問題ありという指摘がある中で現状維持したいのであれば、現状維持で良いという根拠を示すべき」だと思うのですが。(「出典を出すのは書きたい人」というルールと混同?)
② また、「『乱用・誤用が目立つ』という根拠が無い」という指摘もあったのですが、この根拠は過去の議論を見れば分かることだと思います。過去の議論を全て追えとは言いませんが、それにしたって議論に参加する上で押えておくべきポイントというのは存在するはず。そういったものを全然確認しない状況での「反対」は、真っ当な反対意見として扱うべきなのかという点も疑問に思います。自分が理解できないということをもって反対とするのは誤りなのではないか、と。
③ なお私は、「お互いが揚げ足取りに終始するのは無意味だから、色々な意見があることを認めた上で、その中で最善策を提案すべき」と考えて、既知の案の中では最善であろう「一旦全剥がし」を提案しました(議論の経た今でも「既知の案の中では最善」だと思われます)。これは何度も明確に述べているのですが、なかなかご理解いただけないようで困っております。自分ではよく分からないので質問したいと思いますが、このような考え方による提案は間違っているでしょうか? 私は、「変えるべき」という意見も「そのままで良い」という意見もどちらも存在し一定の理解を得られていることは事実であり、そうであればきちんと両方の意見を聞いた上で折衷案を模索するべきだと考えているのですが。
井戸端に持ち込むべき話なのか迷いましたが、議論とは無関係に一般論としてどうなのかを聞いてみたかったのでこちらへ伺いました。ノートでのあの水掛け論には参加したくないが、井戸端で一般論なら答えても良いぞという方もいらっしゃるかもしれないとも思います。宜しくお願いします。--Starchild1884 2012年1月22日 (日) 21:32 (UTC)
コメント 「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」という発言はありませんので、こちら元の発言を載せておきます。
- 「現状を変えないこと」に理由は要りません。
- 「『現状を変えるべき」という提案に必要なのは「変えるべき理由」ですが、反対に必要なのは「変えるべき理由の否定」であって「変えないべき理由」ではありません。「変えないべき理由」を用いて「変えるべき理由の否定」を行うことはありますが両者はイコールではなく、「変えないべき理由」以外で「変えるべき理由の否定」が行われることも多々あります。
- 1つ目の発言については誤解が生じても仕方ない部分はありますが、2つ目の発言があれば「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らない」などということを意味していないことは容易にご理解頂けると思います。
- なお現状は「問題があるからA案で解決しなければならない」という提案に対して「本当に問題があるのか? あるのであればその問題とはどのようなものなのか?」ということを確認している段階です。この段階で「問題が何であるか」を理解するための説明を求めても応じて頂けなければ「現状を変えるべき理由」が共有できず、「A案に反対するなら何か対案を出せ」や「問題を解決しなくていい理由を示せ」といわれましてもそもそもできるわけがありません。--マクガイア 2012年1月23日 (月) 11:11 (UTC)
コメント わざわざ「議論とは無関係に一般論として」「ノートでのあの水掛け論には参加したくないが、井戸端で一般論なら答えても良いぞという方もいらっしゃるかもしれない」と書いているのに、リンク先のノートの議論を持ち出して、広く意見を聞く機会を潰さないで下さい。--Starchild1884 2012年1月30日 (月) 22:19 (UTC)
- 議論をひと通り見てきましたが、主に議論に加わっている3名について、あまりにも議論(物事の進め方といったほうが良いかも)に対するスタンスが違いすぎて、決まるものも決まらない様に見えます。(誰が良いとか悪いとかという話ではありません)114.145.136.235 2012年1月24日 (火) 23:32 (UTC)
コメントマクガイアとは過去にいくつかの議論をした経験があるが、彼の議論の進め方はいわゆる「いつまでも納得しない議論者」のやり方なので、妥協点あるいは一致点を議論で見つけ出すというスタンスをとることができない。彼と議論するだけ無駄だと思う。--Afaz 2012年1月31日 (火) 07:29 (UTC)
コメントWikipedia‐ノート:ネタバレにおいて、懸念していたことが起こりつつあります。Wikipediaのルールに照らしあわせれば、頭痛氏とマクガイア氏の2名が納得しない限り、物事は進められないのでしょうか。 114.145.136.235 2012年2月2日 (木) 10:54 (UTC)
コメント 「マクガイア氏はいつまでも納得しない人物である」というコンセンサスでも得られれば話は別ですが、そうでない限り無下にはできないと思います。今のところそれは目的ではないです。--Starchild1884 2012年2月9日 (木) 21:40 (UTC)
コメント 結局のところ、上記マクガイア氏ご自身により訂正の入った「現状維持に理由は要らない」も、一般論として正しいのでしょうか? 第三者のご意見をお伺いしたいです。私にはマクガイア氏が自分で納得しているだけにしか見えないのですが。--Starchild1884 2012年2月9日 (木) 21:40 (UTC)
コメントWikipedia‐ノート:ネタバレの議論には参加していませんが、ずっと眺めている者です。私個人の考えですが、「現状を変えないことに理由はいらない」は全ての場合にあてはまるものではないと思いますが、「変えるべきという主張」に対して求められているのは、「変えないべきという主張」ではなく「変えるべきという主張の否定」だという意見は正当だと思います。もっと言えば、「変えるべきという主張」に対しては、「変えないべきという主張」をしてもよいが、「変えるべきという主張の否定」でも何ら問題はないと考えます。つまり、積極的な現状を維持する理由が必ずしも必要なのではなく、「変えるべきという主張の否定」のような消極的な現状を維持する理由を挙げるだけでも問題はないと思います。そうでなければ、「現状を維持する明確な理由は見つからないけれども、少なくともこの提案が通ったら誤った結論になる」という人の主張が全く通らないことになります(Wikipedia‐ノート:ネタバレの議論がそうだと言っているわけではなく一般論です)。もちろん、誤った結論に辿り着くことは望ましくないわけですから、このような人の主張が全く通らないというシステムは不適切だということになるのではないでしょうか。--F@ST 2012年2月10日 (金) 03:28 (UTC)
コメント ご意見ありがとうございます。しかし、F@ST氏の仰るような場合でも、「変えるべきという主張の否定」で合意、少なくとも賛意を得る必要があるのではないかと思います。意見を言うことは当然構わないが、その主張が賛意すら得られていないのであれば、そのような意見を理由に議論を停滞させる/議論の停滞を正当化するのは誤りなのではないか、ということです。賛意のない意見が「全く通らない」のは当然だと私は思います。- 「現状を維持する明確な理由は見つからないけれども、少なくともこの提案が通ったら誤った結論になる」というような意見を出した場合でも、他者から「その通りである」という賛意を得て初めて意義が生じるのであって、一人で言っているだけの場合は無意味だと思います。そうでないと、「いつまでも納得しない人物」に対して対抗手段をとれません(もちろんコメント依頼などで「いつまでも納得しない人物」認定をして退場願うという手段はありますが、コメント依頼提出の面倒さはF@ST氏もご存知かと思います)。--Starchild1884 2012年2月10日 (金) 22:02 (UTC)
コメント 「合意または賛意が必要」という気持ちはわからないでもないですが、それだと「賛同する人の数が多ければよい」ということになってしまわないでしょうか。議論においては少数意見が的を射ているということも少なくはないと思いますので、「合意または賛意が必要」と言い切ることには私としてはためらいがあります(合意・賛意を得ているに越したことはないでしょうけれども)。複数の主張が存在すれば議論が多少停滞するのはやむを得ないのではないかと思います。- 少数意見には2種類あると思います。1つは、ただ単に主張している人物が「いつまでも納得しない人物」である場合です。この場合は、手間はかかるかもしれませんがコメント依頼で「この人物は議論を停滞させることを目的としている」という認定を得るしかないと思います。もう1つは、「純粋な少数意見」です。この場合は、「純粋な少数意見への反論」をしていくべきだと思います。真に取るに足らない主張であるならば、その主張を論破することも容易なのではないでしょうか。逆に、なかなか論破できない少数意見なら、例え主張者が1人であっても無視することは適切ではないと思います。--F@ST 2012年2月11日 (土) 13:00 (UTC)
コメント 「賛同する人の数が多ければよい」ということにはならないと思います。少数意見が的を射ているならばそれに賛意が出るはずで、賛意が無いならばそれは的を射ていないのだと思います。また、的を射ていると考えている少数意見を認めてほしいならば、それはその発言者が努力して賛意を得る作業をすべきだと思います。その努力を怠って、ただ「この少数意見を認めろ」と繰り返すだけだとしたら、それは少し変です。- 「論破」に関しては、F@ST氏の意見に一定の賛意を表明します。ただ、「例え主張者が1人であっても無視することは適切ではないと思います」というのは、少し「1人の主張者」に誤解を生じさせる可能性がある気がします。「意見を無視しない」というのは「意見を全面的に受け入れる」ということではないので、「意見を全面的に受け入れない限り賛成しない」と言われるのは困ります。歩み寄りの姿勢が無いのであれば、それはもう発言内容に関わらず「いつまでも納得しない人物」なのではないでしょうか。--Starchild1884 2012年2月12日 (日) 22:43 (UTC)
コメント Wikipediaでの議論の場合、「賛意を得ていない」のか「賛同する人がその議論に気付いていないだけ」なのかがわかりにくいため、現時点で賛意が出ていない主張でも的を射ていないと断言できるかというと難しいように思います。あと、これはWikipedia‐ノート:ネタバレの議論をしばらく眺めている立場としてですが、議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい状態であるように思います。雰囲気として入りにくいというだけではなくて、弁が立たない人はついていけない状態だと思います(仮に少数意見に賛成でも「賛成です」の一言だけ書き込むわけにもいかないでしょうし)。そういう点で少数意見のままなのではないかな、という印象も受けました。- 「意見を全面的に受け入れない限り賛成しない」という主張は確かに強引ですから、被主張者が十分に歩み寄りを見せたのであれば、「いつまでも納得しない人物」なのかもしれません。ただ、やはりその判定はコメント依頼によるべきだと思いますし、なんと言いますか、コメント依頼による結論が出る前にマクガイアさん・頭痛さん (もう名前を出してしまいますが)に対して「いつまでも納得しない人物」扱いをするのは議論を進めるうえでも得策ではないのではないかと思います。たしかに両名が反対意見を唱えているため、議論は停滞していますが、まだ彼らが「いつまでも納得しない人物」と決まったわけではないのですから、「あなたたちのせいで停滞している」のような扱いはしないほうがよいのではないでしょうか。--F@ST 2012年2月13日 (月) 03:00 (UTC)誤解を招くかもしれないので微修正--F@ST 2012年2月13日 (月) 06:30 (UTC)
コメント 「議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい」というのは、確かにその通りで申し訳なく思います。ただ、私が「一旦剥がす提案」を開始した時点でも過去ログは膨大で、議論を開始するにあたり大変難儀して過去ログを読んだりしましたから、これはもう、Wikipedia‐ノート:ネタバレに限らずウィキペディアの議論の問題と言わざるを得ません。議論に深入りせずとも、きちんとした理由とともに賛否を付ければ無下にされることは無いと思います(仮に誰かが無下にしても、他の誰かが拾うだろうという意味)。実際、Wikipedia‐ノート:ネタバレでもそうなっています。- 「いつまでも納得しない人物」かはどうかコメント依頼を出さねば決定できない、というのは確かにその通りなのですが、何と言いますか「そういう風に受け取る人が多数いる」時点でもう駄目だと思うんですよ。コメント依頼を出す手間をかけさせる(出すことを検討させる)時点で駄目だと言いましょうか。実際、私は、議論の本筋に関係ないことでコメント依頼を出すことを検討しなければならないことを苦痛に感じています。マクガイア氏に関しては、ここでも114.145.136.235氏とAfaz氏が、Wikipedia‐ノート:ネタバレでは風の旅人氏がマクガイア氏の態度に苦言を呈している状況で、何も私一人だけが騒いでいるというわけではありません。特に、「現状維持に理由は要らない」などというはっきりしない理由で反対するのではなくきちんと反対理由を述べて賛意を得れば水掛け論をせずとも済むではないか、という今のような場合では、そういった方向で意見調整するのを頑なに拒むのは宜しくないのではないか、と。人の時間をいたずらに消費させているわけですから。
- 頭痛氏は「反対者がいるから反対」という意見であり、対話相手としてはその意見はどうかとは思うもののそれはそれで一貫しているので、私は特に彼に関しては特別視していません。--Starchild1884 2012年2月13日 (月) 21:15 (UTC)
コメント Wikipedia‐ノート:ネタバレが「議論が複雑かつ長期になりすぎていて新規の参加者が入りにくい」状態であるのは、これからどうこうできる問題ではないですが、事実として入りにくい状態であることは間違いないので、そういう理由から少数意見のままであるのかもしれません。- 「そういう風に受け取る人が多数いる時点でもう駄目だと思う」という考えは理解できます。ただ、気持ち的にはそうだと思いますが、やはりコメント依頼を経て結論が出ていない以上は駄目というわけにもいかないと思います。あと、「現状維持に理由は要らないなどというはっきりしない理由で反対するのではなく」ということですが、マクガイアさんは「『現状を変えるべき』という意見の否定には、理由は要らないなどということを意味していない」と述べていますし、この点については両者の間に誤解が生じているのではないかと思いました。Starchild1884さんの「提案に反対の主張をするなら対案を出すべきだ」という考え方は議論の促進にも繋がりますし、個人的に、物事を解決する際にはそれが理想なのだろうとも思いますが、「対案まで出さなくても、その提案に反対だという意思表示とその根拠があれば、主張として十分ではないか」とマクガイアさんは言いたいだけなのではないかなと私は感じました(「現状維持に理由は要らない」という言い方が語弊を生んでいるのではないかと)。
- 頭痛さんについては、上のほうでお名前が挙がっていました関係上、並べて記した次第です。今回の件で特別視されていないのであれば、私のほうで特に深い意味をもって挙げさせていただいたわけではないので気になさらないでください。--F@ST 2012年2月14日 (火) 13:37 (UTC)
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コメント F@ST氏の発言としての「対案まで出さなくても、その提案に反対だという意思表示とその根拠があれば、主張として十分ではないか」には同意します。- が、当のマクガイア氏はそのようには考えていないのではないかな、と。つい先日もWikipedia‐ノート:ネタバレで反対理由を改めて述べていましたが、どうも、現状が分からなくなっているのではないかと疑われる発言でした。マクガイア氏としては、何か言われてもおちゃらけた顔文字や質問返しなどで議論をなあなあで流せば済むのでしょうけれど。
- 別に少数でも反対意見が出るのは構わないし、その意見をきちんと聞くことが重要なのはその通りなのですが、指摘しても駄々をこねたり「自分の発言の意味を理解しないお前が悪い」みたいなことを平気で言う人には関わりたくないのが正直なところだと思います。ネタバレ関連議論に関してマクガイア氏に突っ込む人が少ないのは、そういった点も大きいのではないかな、と。彼が自分の意見を「(F@ST氏が言うところの)純粋な少数意見」だと考えているならば、それは議論全体として不幸なことだと思います。--Starchild1884 2012年2月20日 (月) 23:28 (UTC)
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[編集] 他言語版への仮リンク
他言語版への仮リンクに関してのガイドラインはありますか? 便利な側面もあるとは思いますが、たとえば、アルメニア人虐殺問題やハリル・クートなどを見るとコテコテ貼りすぎのように感じてしまいます。リンク自体を隠して日本語だけ残すとか、数的や割合的に赤色リンクの減らすとか、そういったガイドラインがあれば教えてください。それと、日本語版って無意味な内部リンクが多いですね。Wikipedia:内容に関連するリンクだけを作成も弱い感じです。詳しい利用者の方々、よろしくおねがいします。Takabeg 2012年1月30日 (月) 22:38 (UTC)
- 仮リンクに関するガイドラインは、私の知る限りはありません。Takabeg さんがすでに認識しておられる通り、Wikipedia:内容に関連するリンクだけを作成に準ずることになるのでしょう。私個人は、Takabeg さんの挙げられた2例が特に問題とは感じませんでした。「コテコテ貼りすぎ」と感じられる理由としては、「1.見た目が悪い」「2.関連が薄い」の2点が想像されます。1について、私個人はTemplate‐ノート:仮リンクで述べた通り、見た目は二の次で機能が大事だと思っています。また、赤リンクだということは、たまたま現段階で日本語版に記事が存在しない、というだけのことであって、赤リンクと青リンクを区別する理由はない、と思います。Wikipedia:赤リンクもご参照下さい。2について、私の感覚としては、「a. 当然リンクを貼るべきもの」「b. 貼るべきでないもの」「c. まあどちらでもよいもの」の3種類があり、確かに c に属するものにリンクを貼って回る行動がよく見られます。少しイラっとすることもありますが、b にリンクを貼るのでなければまあいいや、と鷹揚に構えることにしています。そもそも、ガイドライン等でシロクロはっきりさせるべき、という論調はあちこちで見られるのですが、私はグレーゾーンがあってしかるべき、だと思っています。シロとクロの領域を増やそう、という議論はあってもよいかもしれません。--白駒 2012年2月1日 (水) 23:24 (UTC)
- どうもです。自分のほうは、少しイラっとすることはないのですが、仮に無意識にイラっとしているのだとすると、その原因は、やはり、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版、英語版と並ばれてしまっているところだと思います。「なんちゃら語版」の代わりに原語での表記とかできるなら、3文字分の領域を使って、少しは情報を伝達していることになりそうなのですが。なんとかならないものでしょうか ?Takabeg 2012年2月2日 (木) 10:49 (UTC)
- 他言語版へのリンクを関連項目の節にまとめるのもひとつの手でしょう。--有足魚 2012年2月5日 (日) 04:49 (UTC)
[編集] 法令・特許などを出典にする場合
前から記事を書いていて気になったことがあるので、少し話題として提起してみます。
ウィキペディアの記事を書く上で、法令や特許といった、官公庁が出している公開情報を出典とする場合があります。例えば、
- 殺人を犯した場合、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる(刑法199条)。
というように書いた場合、この「刑法199条」に、さらに出典を付ける必要はあるのでしょうか。法律名と条文番号がわかっていれば、内容は(どんな本やサイトで調べようと)一意なはずなので、じゅうぶん検証は可能ですし、国の法令データシステムや官報といった公式のものはともかく、それ以外の出典を付けてしまうと、逆に「それでないと確認できない内容なのかな」という疑念すら抱きかねません(考え過ぎかもしれませんが)。
もちろん、憲法第9条と自衛隊の関係のような、法文そのものではなく解釈が問題になるようなケースでは、解釈の側に出典が必須なのは間違いないところです。--Jkr2255 2012年2月2日 (木) 12:38 (UTC)
- とりあえず、刑法199条に関する記事やwsへのリンクなどは必要でしょう。もしくは、そういった「法令を確認できるリンク集」みたいなのを整備して、テンプレートでそれへのリンクページを生成するようなものを作っておけばなお良いのではないでしょうか。解釈の要るものはともかく、法令文章をそのまま載せるのであれば「出典」としてのリンク等は不要でしょう。--青子守歌(会話/履歴) 2012年2月2日 (木) 13:50 (UTC)
コメント Wikipedia:独自研究は載せない#一次資料と二次資料における「なお、(1)専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説、(2)分析、総合、解釈、評価にあたる主張を全く行わない記事、のような場合には、ウィキペディアの記事がもっぱら一次資料に基づいていてもかまいません。」に該当するケースだと思います。分析・総合・解釈・評価などを伴わなければ、最低限、法律名・条番号など一次資料(法令の条文や特許等)を特定する情報が正しく記載してあれば問題ないと思います。但し、閲覧者は必ずしもその対象国(例えば日本)の事情に詳しくない場合もありますので、「その正確性を簡単に検証できる」か否か判断に迷う場合は、その一次資料にアクセスするための追加情報(公式文献・公式サイトなど信頼性の高いところが望ましい)も必要に応じて併記した方がよりよいと思います。--Penn Station 2012年2月2日 (木) 15:17 (UTC)
コメントないからといって書いた人に怒鳴り込む必要はないけど、書く側としては情報源を提示したほうがいい。しなくてもいい、というものではないと思います。- 1)この刑法199条として書かれている条文が、正しく条文なのかを判断する上で情報源を示されていることは好ましい。ウィキペディアでは、「官公庁が出している公開情報」を見て書いているとは限らないわけです。出典ないし検証可能性を満たすための情報源と言うのは、書いた人が何を見て書いたのかを示すものであって、読者に確認してもらうための案内ではないですから、「それでないと確認できない内容なのかな」と思うかどうかは関係ない。誤字などを含んでいた場合、執筆者のせいなのか、元となる情報源に間違いがあったのかがわからない。
- 2)案内についていうと、その刑法199条を、読者が自分で確認したい場合に、どうすればいいか、百科事典の読者が常に承知しているとは想定すべきではないでしょうから、案内として、その条文を参照できる元を示すことが望まれます。そこでは、執筆者が見たもの、執筆の上で参考にしたものを挙げるのではなく、広く閲覧可能なものや、信頼性が高いもの、オリジナルに近いものなどを選んで掲載することになります。刑法ならまあある程度はわかるとしても、もっと知られていない法律もあるわけですし。だから、参照先を示す必要はある。
- 3)条文は、作られたときから、将来にわたって不変のものではありません。数年前に書き換えられているかもしれないし、来年書き換えられるかもしれません。六法なら何年のものか、法令データシステムなら、いつ閲覧したものかを書き記しておく必要があります。つまり、どんな本やサイトで調べようと一意ではない、のです。
- なお、文脈しだいですけど、例示されているようなものが本文にある場合は、条文そのものなのか、説明として書いているのだけれど、他の表現を用いる必要がなかった、思いつかなかったのか、という区別ができません。括弧書きの「刑法199条」がcitationの参照先とも読めてしまう。
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- 殺人を犯した場合には、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる(刑法199条)
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- という書き方も成立するはずですよね。あと、百科事典としては、条文がそのまま書かれているのは、将来的には修正されるべき状態で、逐条解説などを情報源として、条文そのものの参照先として、法令データベースなどを示すというのが好ましい。法令だけで書かれてる状態は記事の初期段階というか。。
- 独自研究の方針は関係ないと思う。「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」ではないですし、「もっぱら一次資料に基づいていてもかまいません」が、それは情報源となる一次資料を示さないことを認めるものではありません。--Ks aka 98 2012年2月4日 (土) 10:52 (UTC)
- 最後の文節に関して。おそらく誤解あるようですが「情報源となる一次資料を示さないことを認める」という話はどなたも言及されていないのでは。また「解説」とは「よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。」(広辞苑第六版)ですので、社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章は、いずれも広い意味で解説に含まれると考えています。--Penn Station 2012年2月5日 (日) 07:28 (UTC)
- 「情報源となる一次資料を示さないことを認めるものではありません」てのは、独自研究の方針は関係ない、ということを言う説明です。
- 独自研究の方針は、検証可能なだけでは駄目で、二次資料も必要ですよ、というのが主旨です。その例外が「分析、総合、解釈、評価にあたる主張を全く行わない記事」で、だからこの場合は一次資料があれば、二次資料はなくてもいい。というのが、Penn Station さんが書かれている理屈だと思うんです。でも、「この「刑法199条」に、さらに出典を付ける必要はあるのでしょうか。」という問いに対して、「二次資料はなくてもいい」というのは、求められていない答えだと思うんですよ。憲法九条の「条文」の出典に、芦部憲法を持ち出さないといけない、という意見が出てくる余地はないと思う。だから、ロジックとして、独自研究を持ち出すのは、関係ないんじゃないか、というのがぼくが書きたかったこと。これは独自研究ではなく検証可能性の話じゃないか、と。
- 「独自研究の方針は関係ないと思う。」ではじまる段落では書かなかった、ぼくとPenn Station さんの意見の違いとして、Penn Station さんは「法律名・条番号など一次資料(法令の条文や特許等)を特定する情報」と書かれているけれど、ぼくは執筆者が見たものを示すべきと言っている。それは一次資料でも二次資料でも関係なく、「見たもの」(ただ、条文の情報源としては、芦部憲法のような二次資料ではなく六法全書とかの一次資料がいいと思う)。で、ぼくの場合は「法令」という資料はなくて、その法令が載っているものが資料、という感覚なのですね。そこを踏み込んで議論するつもりはなくて、自分の意見は自分の意見として書いたのですが、そこに踏み込むとしても、独自研究のなかの話ではなくて、検証可能性とか情報源の扱いの話ではないか、と思います。
- もうひとつのほう。「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章は、いずれも広い意味で解説に含まれる」と思いますけど、記事に掲載された「条文そのもの」が、「よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。」ではないですよね。条文をベースにして、「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章」なら「解説に含まれる」と思います(法律の条文をどう読むかというのは、それだけで解釈を含むことも多いですが)。「条文そのもの」が「社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章」だというのは、確かに社会の倫理や慣習によって築き上げられたものとして法があり、その一部としての条文が、社会の倫理や慣習を分析して説明しているという面はあるけど、これを百科事典を書く文脈の中で「解説」とはいわないと思う。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 15:23 (UTC)
- 最後の文節に関して。おそらく誤解あるようですが「情報源となる一次資料を示さないことを認める」という話はどなたも言及されていないのでは。また「解説」とは「よくわかるように物事を分析して説明すること。また、その説明。」(広辞苑第六版)ですので、社会のルール・慣習や特許アイディアなどを明文化した文章は、いずれも広い意味で解説に含まれると考えています。--Penn Station 2012年2月5日 (日) 07:28 (UTC)
コメント刑法に関して私が最近見た中では、カルネアデスの板にある刑法37条の記法が良いと思います。法文そのものはウィキブックスを参照できます。これを簡単に書くテンプレートが欲しいですね。- なお、Ks aka 98 さんのコメントにあるように、法律の条文は変わることがあります。特に刑期については結構変わることがあったと記憶しています。いつの時点の条文なのかは必要な情報ですね。
- 私としてはここで紹介したように刑法199条の形の記述にしてほしいですが、「刑法199条」と書いてあれば出典としては必要最低限ではあると考えます。「殺人を犯した場合、死刑、無期あるいは5年以上の懲役となる」が法律の条文の内容を表しているが、条文そのものではないことはすぐに検証できるので。--アルビレオ 2012年2月5日 (日) 07:54 (UTC)
[編集] 嘘の出典提示の是非と悪質性
質問 「Wikipedia:出典を明記する」の運用と、嘘の出典提示の是非についてお聞きしたいと思います。
ウィキペディアでは出典の重要性が随所で語られていますが、近年、出典を巡る諍いも散見されます。最近見かけた例ですと「出典として文献Aを明記し、記述を追加した。ところが、他者が文献Aを検証したところ、そのような記述は全く存在しなかった」というパターンがございます。
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- 例:『宇宙完全動物図鑑』を出典として挙げたうえで「イヌは爬虫類である」との記述が加えられた。他者が『宇宙完全動物図鑑』を検証したところ、該当頁にそのような記述はなかった。
このような場合、執筆者の行為は「Wikipedia:出典を明記する」の趣旨を明らかに逸脱しており、容認しかねる行為のように思いますが、いかがでしょうか。原因としては、下記のようにいくつかのパターンが考えられます。
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- 執筆者は文献Aに該当記述がないことを知っていたが、故意に出典として挙げた。
- ⇒ 出典元を偽り虚偽の記述を執筆しており、悪質である。
- 執筆者は文献Aを検証しておらず、不用意に出典として挙げた
- ⇒ 参考にした事実はないのに参考にしたたと偽っており、悪質である。
- 執筆者が文献Aを検証したのは事実だが、勘違いしてしまった。
- ⇒ 文献Aを理解する能力が欠けており、百科事典を執筆するに足る技能を持っていない。
- 執筆者は文献Aに該当記述がないことを知っていたが、故意に出典として挙げた。
私の個人的な見解としては、いずれのパターンも問題あるように見受けられます(3番目は情状酌量の余地があるかもしれませんが)。出典が重視されるウィキペディアにおいては、かなり重大な荒らし行為の一つではないかと思います。故意性があろうとなかろうと、原則的にNGとなる編集行為だと思っています。しかしながら、それを指摘されても余り反省する様子のない利用者も散見されるため、自分の見解とコミュニティのみなさんの見解と齟齬がないか心配になってきました。そこで、ここで確認したいと思います。
なお、参考になるかどうかはわかりませんが、以前「出典として文献Aを明記したが、それは真っ赤な嘘であり、実際は文献Aを参照していなかった」「実際に参照したのは文献Bだったが、出典には挙げず文献Bを意図的に隠していた」という事案がありました。
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- 例:『宇宙完全動物図鑑』を出典として挙げたうえで「イヌは爬虫類である」との記述が加えられた。しかし、執筆者が実際に参考にしたのは『宇宙完全動物図鑑』ではなく『宇宙完全トンデモ論文事典』であったが、その事実を隠していた。
ご参考までに(例文中の書名などは全て架空のものです)。--Nnkrkrhhdi 2012年2月5日 (日) 05:12 (UTC)
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コメント Nnkrkrhhdiさんこんにちは。Rienziと申します。虚偽の出典を提示するという行為は、それが「故意」「不用意」「錯誤」そのいずれであっても、きわめて悪質であると考えます。脚注をつけ、一見しっかりした出典をつけているように見せかけて、虚偽の出典に基づく記述を行うユーザーは、その内容を問わず、荒らし認定し、警告→必要とあればブロック、という対処で問題ないかと思います。特に、虚偽の出典の提示に関し、反省や謝罪のないユーザーに対しては、強硬な姿勢で臨んでかまわないかと思います。『湊ヒロム』の記事のようなケースなど、「出典はあるが、その出自を偽装する」行為は、許されるべきではありません。私が遭遇したケースでは、「出典はあるが、出典掲載希望者(私)がドイツ語話者ではないことを理由に、徹底してその提示を拒否した」というケースがありました。当該記事本文は、秘匿された出典や合成された情報の固まりであるとの判断から、削除されています。→ノート:ヴァルドルフ学校/過去ログ1をご参照ください。また、当該記事の事実上主たる執筆者であったユーザーは、荒らし認定され無期限ブロックされています。また、最近遭遇したケースでは、「出典付きで記述を行ったが、記事に記載した情報には意図的な秘匿(シュタイナー学校に有利な内容、ロビー活動団体に不利な内容のカット)があった」というものもありました。(→ノート:シュタイナー教育)すでに挙げられている三つのパターンに加え、以下の2パターンも、「出典の明記違反として対応する」という姿勢が必要かと考えております。
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- 執筆者は文献Aに該当記述がある事を知っていたが、文献の存在をにおわせつつもその提示を拒否した。(出典の意図的な秘匿)
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- 執筆者は文献Aに該当記述がある事を知っており、出典を明記して記述を行ったが、自分の都合の良いようにカットを行った(独自研究・情報の合成)
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- 長文失礼いたしました。--Rienzi 2012年2月5日 (日) 05:43 (UTC) ...発言の一部に、行き過ぎた表現があったとみられ、一部の方に不快感を与えてしまった形跡がありますので、取り消します。--Rienzi 2012年2月6日 (月) 16:38 (UTC)
コメント 当然ながら誤った出典情報を掲載するのは問題がありますので、修正を求めるか修正されない場合は別の出典への置換または当該記述の除去も必要だと思います。Rienziさんの挙げられている出典提示の拒否も同様です(恣意的な一部内容の隠蔽も場合によっては悪質ですが、問題のレベルが若干異なる気がします)。話がこじれた場合は当該議論へのコメント依頼を行うか、同じ利用者が同じ問題を繰り返す場合は利用者に対するコメント依頼も検討すべきでしょう。- なお上記パターンの2つ目には「この文献には該当記述がある筈だ」(あると思っている)という不用意な場合の他に、「この文献に該当記述があるかないか知らないけれど、それっぽい文献なので、出典提示要求を避けるためにとりあえず出典として挙げておく」という意図的な場合もあり得ると思います。--Penn Station 2012年2月5日 (日) 09:00 (UTC)
コメント 単純に「錯誤」であるのなら、それを認めた上で余程繰り返されない限りは、特に問題は無いと思います。間違いは誰にでもあるのですから。意図的な虚偽記述はもちろん許されるものではなく、Wikipedia:投稿ブロックの方針#対象行為の例示にも「6.事実に反し、ウィキペディアの価値や信頼を損ないかねない記事の投稿」とあります。継続度と改善を求める対話の趨勢によっては速やかにブロックを検討せねばなりません。虚偽出典の提示は一見正常な編集と見分けが付きにくく、非常に深刻な破壊行為です。--Hman 2012年2月5日 (日) 12:11 (UTC)
コメント まず、意図的なのか、不用意に挙げたのか、うっかり間違ったり読み違えたりしたのか、はたまた情報源というものを軽視しているのか、というのは、編集履歴や差分だけからはわからないことも多いです。どの程度の対応関係を求めるかってのも、人によって、記事の性質によって違うところもありますし。安易に「荒らし」とか「悪質」とか呼んではいけないと思う。- 不用意に出典として挙げるのは勘弁してくれ、文献もちょっと丁寧に読もうな、ということを伝えたうえで、繰り返されるなら、コメント依頼でもブロックでも。意図的なのが明らかな悪戯の類や、立派な講釈をたれながら編集強行されるような場合は、管理者伝言板やブロック依頼で。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 15:46 (UTC)
質問 非常に興味深いトピックスを見かけたので、ひとつ質問をさせていただきます。ある可変IPユーザーについてですが、
- 2年以上にわたって大量(少なくとも500は超えているんじゃないでしょうか)の記事を投稿している。
- 記事の加筆にあたって参考文献の書籍を参照したところ、その中には「虚偽の出典を提示」「出典を秘匿した記事」に該当するものが相当量(自分で確認しただけでも30超)存在する。
- 最初に会話ページで出典の提示を求めるが、返答無し。
- 次に、記事中の要出典範囲を付けた箇所に参考文献に記載されている書籍の具体的なページ数を注釈で付記するように伝える。返答はあるが、記事を改善をするとの回答は無し。ページ数の付記も無し。
- その方が取得したと思われるアカウントを発見、文体と編集分野を見て同一人物の可能性が高いと考える。
- 上記のIPと同一人物かどうか、以前にブロックを受けた人物のソックパペットではないかと質問する。
- 上記のIPと同一人物かどうかについては、明確な回答無し。ソックパペットであることは否定する。
- 会話ページに「新規の記事の立項・既存の記事の加筆をする前に、過去に編集した記事を改善していただきたいのです」と書くが、この呼びかけに返答は無い。
- 当該人物は依然として記事の立項、加筆を行っている。私とは別の人物に虚偽の出典を提示したと指摘されている。
- 当該人物がアカウント取得以前に立項・加筆した記事を見るが、やはり虚偽の出典が提示されている。
- 私はこの方を意図的に虚偽の出典を提示している悪質な行為を行っている人物と見做しているのですが、客観的に見て上記の人物の行為は「意図的」「悪質」と判断できるのでしょうか。また、この方に過去に投稿した記事の虚偽の出典の除去と秘匿している出典の提示を行わせ、行動を改善させる方法はあるのでしょうか。--オオミズナギドリ 2012年2月6日 (月) 13:06 (UTC)
- 管理者伝言板に報告をするか、コメント依頼でオオミズナギドリさんが問題視をしている行為について具体的に取り上げて、ほかの方の意見を伺ってみてください。--海獺 2012年2月6日 (月) 14:27 (UTC)
- 「コメント依頼で〜」とのことですが、いかんせん私はウィキペディアの編集歴がそれほど長くは無く、コメント依頼の意義・目的・利用法が今一つ理解できていない私には無理です。管理者伝言板についても、今回のような長期にわたる事例を報告するには向いていないように思えます。--オオミズナギドリ 2012年2月6日 (月) 15:28 (UTC)
- 「虚偽の出典を提示」「出典を秘匿した記事」が「意図的」かどうか、その行為が「悪質」かどうかはともかく、対話拒否とか、検証可能性の方針の無理解あるいは意図的な無視として、管理者伝言板に報告されたらブロックされると思います。ソックパペットである可能性があれば、どのアカウントのソックパペットと疑われるのかも書いてもらえれば、ブロック逃れでブロックされることもあるでしょう。長期的であっても、今もそのような編集がなされているなら、そこでブロックすることで、一時的に抑制することはできますし、全体像として、ウィキペディアへの被害が深刻なら、レンジブロックやISPへの連絡という手段もあります。そういう風に、問題があると思われる行為について、広く意見を求めることで行為の妥当性や対応策を聞くために、コメント依頼を用いることは、コメント依頼の目的に合致しています。コメント依頼や伝言板で情報を共有することで、対応する人の数も増えますし、管理者の権限を用いることで、システム的な対応をとることもできます。行動を改善させる方法があるかどうかはわかりませんが、オオミズナギドリさんほかの対応で改善されないなら、これ以上の労力をかけても改善できないと考えることも許容されると思いますよ。--Ks aka 98 2012年2月6日 (月) 16:50 (UTC)
- 依頼を提出しました。(Wikipedia:コメント依頼/虚偽の出典が提示された記事を大量に投稿するユーザーについて)これでいいのでしょうか……。--オオミズナギドリ 2012年2月7日 (火) 14:44 (UTC)
- 「虚偽の出典を提示」「出典を秘匿した記事」が「意図的」かどうか、その行為が「悪質」かどうかはともかく、対話拒否とか、検証可能性の方針の無理解あるいは意図的な無視として、管理者伝言板に報告されたらブロックされると思います。ソックパペットである可能性があれば、どのアカウントのソックパペットと疑われるのかも書いてもらえれば、ブロック逃れでブロックされることもあるでしょう。長期的であっても、今もそのような編集がなされているなら、そこでブロックすることで、一時的に抑制することはできますし、全体像として、ウィキペディアへの被害が深刻なら、レンジブロックやISPへの連絡という手段もあります。そういう風に、問題があると思われる行為について、広く意見を求めることで行為の妥当性や対応策を聞くために、コメント依頼を用いることは、コメント依頼の目的に合致しています。コメント依頼や伝言板で情報を共有することで、対応する人の数も増えますし、管理者の権限を用いることで、システム的な対応をとることもできます。行動を改善させる方法があるかどうかはわかりませんが、オオミズナギドリさんほかの対応で改善されないなら、これ以上の労力をかけても改善できないと考えることも許容されると思いますよ。--Ks aka 98 2012年2月6日 (月) 16:50 (UTC)
- 「コメント依頼で〜」とのことですが、いかんせん私はウィキペディアの編集歴がそれほど長くは無く、コメント依頼の意義・目的・利用法が今一つ理解できていない私には無理です。管理者伝言板についても、今回のような長期にわたる事例を報告するには向いていないように思えます。--オオミズナギドリ 2012年2月6日 (月) 15:28 (UTC)
- 管理者伝言板に報告をするか、コメント依頼でオオミズナギドリさんが問題視をしている行為について具体的に取り上げて、ほかの方の意見を伺ってみてください。--海獺 2012年2月6日 (月) 14:27 (UTC)
コメント 切り分けましょう。ウィキペディアの目的は信頼される百科事典を作ることです。出典として機能していないものを改善していくことと、機能していない出典を提示する行為や提示した人物の意図・目的を推し量ることは、切り離して考えたほうが良いと思います。このセクションのタイトルにそのまま答えるならば、「それが嘘の出典ならば、ウィキペディアの目的に反している状態なので、まず記事の内容が改善されるべきです。是非などというレベルではありません。行為そのものが悪質かどうかは記事とは切り離して考えましょう」ということになります。Nnkrkrhhdiさんが、行為そのものや編集者の意図にフォーカスしているのであれば、悪質なのかどうかはこの場所で判断することではなく、コメント依頼で具体的差分を参照しながらの判断になると思います。--海獺 2012年2月6日 (月) 14:27 (UTC)
質問 便乗で質問させてください。最初の質問の方とは違った意味になりますが、存在そのものが疑われる「虚偽の疑いがある出典」があった場合の判断と対処について教えてください。ある項目の記事内に、ニュース記事を出典とした二つの事柄についての記述があるのですが、片方の記事内の記述が、もう片方の出典に使われたニュース記事(ネットで確認できます)とそっくりな文構成になっています。そして、そのそっくりな文体の記事の出典となっているニュース記事は、リンクもなく、タイトルや中身で検索して出てくる最古のものは、2ちゃんねるのコピペです。そのコピペもWikipediaの出典に記載された配信日付から4年も前のものです。配信元やそのリソースの通信社で検索しても該当するような記事が出てきません。(詳細は、Kotoitoさんがわかりやすくまとめてくださってます[1]。)配信元の通信社にメールで確認を入れてみましたが、残念ながら返答がありません。このような出典は、虚偽であると判断して削除しても構わないものでしょうか?それとも、もっと虚偽かどうか判断するために確認できることがあれば、教えて頂けるとうれしいです。本件はコメント依頼でも出しているのですが、コメントがつかないので、井戸端で質問させて頂きました。不適切だった場合は平にご容赦ください。--Masal2010 2012年2月11日 (土) 20:04 (UTC)
- 時期の矛盾があるようですので、その記述をした方が文字通り検証できる出典として2010年のダイレクトなソースを出していただければ問題がないと思います。しかしながらざっと読んだ限りKotoitoさんの検証により、いったん除去して検証がされてから復帰でもよいと思います(混乱があるといけませんので付記しておきますが、「削除」とは管理権限を使用して過去版でも閲覧不能にすること、「除去」とは現在版から取り除くことを指します)。--海獺 2012年2月12日 (日) 02:02 (UTC)
- 海獺さん、ありがとうございます。存在が疑われる出典のニュース記事は、ノートに理由を書いた上で一旦除去し、出典に該当する本文には要出典のテンプレートをつけて、引き続き確実な出典を呼びかけてみます。一週間しても何も出ない場合は、本文も除去して、他の文章に置き換えしようと思っています。出典の中に類似の調査があり[2]、出典にはついていないですが、その調査を元にしたニュース記事もあり[3]、そのニュース記事を出典として文章を置き換えても、前後のつながりはおかしくならないような内容です。この対処に問題がありましたら、恐れ入りますが、ご指摘のほどお願いいたします。それから、削除と除去の違いについて、ご教授ありがとうございます。よく調べもせず適当な言葉を使ってしまい、お恥ずかしい限りです。--Masal2010 2012年2月12日 (日) 19:39 (UTC)
コメント (インデント戻す)みなさま、多様なご意見ありがとうございます。私が冒頭挙げた3パターン以外にも、多様なパターンがありそうですね。
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- 執筆者は文献Aに該当記述がないことを知っていたが、故意に出典として挙げた。
- ⇒ 出典元を偽り虚偽の記述を執筆しており、悪質である。
- 執筆者は文献Aを検証していないが、内容を勝手に推測して出典として挙げた。
- ⇒ 参考にした事実はないのに参考にしたたと偽っており、悪質である。
- (Penn Station(ノート/履歴/ログ)さんのご意見より。「要出典逃れ」が目的ということでしょうかね)
- 執筆者は文献Aを検証しておらず、不用意に出典として挙げた。
- ⇒ 参考にした事実はないのに参考にしたたと偽っており、悪質である。
- 執筆者が文献Aを検証したのは事実だが、勘違いしてしまった。
- ⇒ 文献Aを理解する能力が欠けており、百科事典を執筆するに足る技能を持っていない。
- 執筆者は文献Aを検証したのは事実だが、要請されても出典を挙げることを拒む。
- 執筆者は文献Aを検証し出典を明記したが、恣意的に一部内容を隠蔽した。
- 執筆者は文献Aに該当記述がないことを知っていたが、故意に出典として挙げた。
安易な荒らし呼ばわりは望ましくないので、Ks aka 98(ノート/履歴/ログ)さんの仰るような段取りでまずは対話を試みる、そのうえで改善等が見られなければHman(ノート/履歴/ログ)さんの仰るような手続きに移行するというのがコンセンサスでしょうか。オオミズナギドリ(ノート/履歴/ログ)さんの挙げた例やMasal2010(ノート/履歴/ログ)さんの挙げた例を見ると、出典に関連する問題はかなり多岐にわたっていそうです。まだまだ出典の重要性について、浸透していないということなのかもしれません。執筆者に対して出典の重要性を啓発できれば、ウィキペディア日本語版の信頼性の向上に資すると思うのですが……。冒頭の事例ですが、虚偽の出典を記載した執筆者は、白駒(ノート/履歴/ログ)さんによってそのことが暴かれると、
白駒さん、こんにちは。パラドックスについてのご質問有難う御座います。私は久保論文の中身を精査した所、喫煙とはちょっと別の内容だったのかも知れません。(中略)しかし、白駒さんが間違いを詫びて頂き、当方も間違った部分がありましたので、出典先の訂正をさせて戴きました。御指摘戴きまして有難う御座います。これからもどうぞ宜しくお願い致します。
— 当該人物の会話ページ, 2011年12月18日 (日) 19:18 (UTC)の編集
と主張しています(ここで当該人物が「白駒さんが間違いを詫びて頂き」と主張しているのは、白駒(ノート/履歴/ログ)さんが自ら文献を調査した結果、自らのご意見の中で足りなかった部分を補筆したことを指しているようです。)。虚偽の出典を出した側が「ちょっと別の内容だったのかも知れません」などとおかしな言い訳をしたり(出典を検証したはずなのに、だったのかもしれないとはどういうことか)、なぜ文献調査までしてくれた白駒(ノート/履歴/ログ)さんに対して虚偽出典を出した側が上から目線で「白駒さんが間違いを詫びて頂き、当方も間違った部分がありましたので、出典先の訂正をさせて戴きました」などと発言しているのか、疑問点は多々あるでしょうが、要は「虚偽の出典を提示するのは不正行為だ」ということが浸透していないのではないでしょうか。上の言い訳を読む限り、当人には不正行為を働いたという認識が薄そうです。おそらく他で問題視されている方も同様でしょう。この場は海獺(ノート/履歴/ログ)さんの仰るように「行為そのものや編集者の意図にフォーカス」を当てる場ではないと思います。ですので、虚偽出典の提示は「ウィキペディアの目的に反している」ということでコンセンサスが得られるのであれば、それを一歩進めて「それをより浸透させるにはどうしたらいいか」検討できれば有用かと思います。私には「投稿ボタン押下時に警告メッセージを表示する」くらいしか思いつかないのですが(もう実装されてますよね……)、何か他に方策やアドバイスがあればと思うのですが、いかがでしょうか。--Nnkrkrhhdi 2012年2月18日 (土) 01:59 (UTC)
[編集] 「公式サイト」からの「自著持ち込み」
具体的事例を踏まえての質問ですが、一般論として皆さんのご意見を伺いたいと思います。
人物Aについての記事が、その人物の「公式サイト」の記述と酷似しているため削除依頼を出したところ、自分がAの公式サイト作成者であると名乗る人物Bから自著作物の持ち込みであるという主張があり、「公式サイト」の当該ページに、ウィキペディアへの言及が記載されました。
一般的に「公式サイト」は、当事者が作成していると解し、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないに照らして、こうした場合は削除すべきではないかと考えますが、ここでは人物Bは、自分はAではないと主張しています。仮にそれを事実であるとしても、職務著作と見なせれば、同様の対処が出来ると思うのですが、具体的にどのような手続きが望ましいのでしょうか?
逆の見方をすれば、「自分は、公式サイトの作成者であり、本人ではない、著作権侵害ではなく、自身の記事を作らないには反しない」という人物Bの主張は、どのような情報が提示されれば適正なものと認められるべきなのでしょうか? (私自身には、およそ適正な主張であるとは思えないのですが)--山田晴通 2012年2月5日 (日) 13:09 (UTC)
コメント Wikipedia:自分自身の記事をつくらないは、それ自体が削除の理由とはなっていないので、きちんとライセンスの処理ができ、なおかつ特筆性など別途な問題がないのであれば、存続としても問題ありません。ただ、公式サイトの場合、そのコンテンツをCC-BY-SAとして(誰もが改変可能、再配布可能な形で)公開してしまっていいのか、という問題があります(特に、同じページに「All rights reserved」など、CCでない著作権表記がなされている場合)。--Jkr2255 2012年2月5日 (日) 14:21 (UTC)
コメント「Wikipedia:自著作物の持ち込み」に従っている場合はCC-by-saになることも承諾済みと解してかまわないはず。(わかってなさそうな人には確認とった方がいいのかもしれないけど、それはまた別の話)--iwaim 2012年2月6日 (月) 02:17 (UTC)
コメント一般的に「公式サイト」は、当事者またはその関係者が作成していると解し、Wikipedia:自分自身の記事をつくらないに照らして、こうした場合は基本的に推奨されないが、常に削除すべきではない。人物Bが、自分はAではないと主張している限り、Bが単独でAの公式サイトのコンテンツをCC-BY-SAで許諾する権限を持つと考えるのは難しいが、公式サイトに記載されているのであれば、その規模や運営実態にもよるが、Aもその事実を知り、許諾していると考えられるため、少なくとも著作権侵害のみを理由として削除するには及ばない。- といったところでしょか。
- 「自身の記事を作らないには反しない」というのは、著作権関係ないです。「公式サイトの作成者」であるからこそ、いかに当人が「客観的に事実関係のみ」を主張したとしても、ウィキペディアでは中立的なものとしては受け入れられない。当事者や利害関係者は(権利持ってても)ウィキペディアで記事を作るな、という文書(それと、間違いは直せる、の二本立て)。権利侵害であれば削除ですが、権利侵害でなければ存続ではなく、特筆性やらなんやらで削除で合意すれば削除。ただし、「Wikipedia:自分自身の記事をつくらない」は直ちに削除理由にはならない。著作権だけで言えば、著者が「客観的に事実関係のみ」と言っているなら、創作性がないと本人が認識しているということで権利侵害とは考えないということもできるかもです。
- 本題のほうですが、Aの公式サイトにおいて作成者Bが作った著作物を考えると、職務著作物ならBは通常許諾できる立場にはないです。たとえば大企業のウェブページのコンテンツを、ウェブ広報室の職員が商用利用・改変を認めるライセンシングの権限を持っているとは考えにくい。そのサイトに、他の人が権利を持つ著作物があって、それを許諾しようとしちゃっていることもあります。
- 基本的には、そのサイトで、そのコンテンツをCC-BY-SAとGFDLのデュアルライセンスでリリースしてると書いてもらって、ウィキペディア上でもそれを伝えてもらえるなら、受け入れちゃうという考え方でいいと思います。ただ、正しく権利者であっても、改変と商用利用を認めないとウィキペディアには掲載できないんで、というのは伝えたほうが親切だと思います。細かいところは法的にも確立していないので、詳しくはライセンス読んで自分で決めてくれ、と。
- もちろん、サイトの規模やコンテンツの状況を見て、信頼性を評価しないといけないですけれど。それは、許諾者が権利者でない場合に、後にウィキペディアの記事を削除しないといけない可能性があり、それには労力が必要だから。ただ、版指定削除導入前のように、その後の加筆が損なわれるわけではない。あとは、権利者と許諾者が違ったとしても、その両者の問題なので。
- 削除依頼の場では、どの程度信頼できるかということや、どの程度その記事、表現が必要かということを勘案して、削除か存続かを、コミュニティで決めればいいと思います。山田晴通さんが「およそ適正な主張であるとは思えない」なら権利侵害のおそれがなお払拭できないとして削除票を入れる。--Ks aka 98 2012年2月5日 (日) 16:49 (UTC)
- 応答が遅くなりましたことをまずお詫びします。また、コメントをいただいた皆さん、ありがとうございました。
- 「「Wikipedia:自分自身の記事をつくらない」は直ちに削除理由にはならない。」というのは、確かにそうですが、なかなか厄介な論点であるように改めて思いました。
- とりあえず、Ks aka 98さんがご指摘のように、「CC-BY-SAとGFDLのデュアルライセンスでリリースしてると書いてもらって、ウィキペディア上でもそれを伝えてもらえる」ように記事作成者に呼びかけ、それが確認されれば、削除依頼をいったん取り下げようと思います。ともあれ、どう対処すべきかよく分からないことも出てきそうですので、引き続きアドバイスを頂戴できれば幸いです。--山田晴通 2012年2月11日 (土) 10:50 (UTC)
[編集] Template:ISPとはどういう意味なのか?また、添付された後も編集を行なっていても大丈夫でしょうか。
Template:ISPがIPでの会話ページに貼られていました。これはどういう意味でしょうか。「もし、このIPアドレスから荒らしがあり、それが続く場合~」と書かれていますが、荒らしを一切行なってはいませんし、テンプレートが貼られた直後に青ざめて取り乱してしまい、慌てて取り消してしまった最後の編集では書き方や出典に不備があった以外は普通の編集です。こういったテンプレートは編集に不備があった程度で貼られてしまうものなのでしょうか?テンプレートの文に書かれている通りにアカウントを作成したのですが、テンプレートが添付された後も普通にIPでの編集を行なっていても大丈夫でしょうか?その点が気になっています。お教えください。--幻魔888 2012年2月6日 (月) 01:57 (UTC)
- Template:ISPはIPユーザーに対して注意事項を説明するためのものです。荒らしの件もいわば事前の警告のようなものですので、Template:ISPが貼られたからといって荒らし扱いされているわけではありません。もちろん編集は普通に行うことができます。アカウントとIPの併用はWikipedia:多重アカウントをよく確認して、不適切な使用にならないように注意してください。--でぃーぷぶるー2 2012年2月6日 (月) 02:09 (UTC)
分かりました。それを聞いて安心しました。家族共用のワイヤレスネットワークでインターネットに接続しているもので、貼られたことで慌ててしまいましたが、安心しました。アカウントを作ったのはテンプレートの文に従ってのことなのですが、以後不適切な使用にならないように十分に気をつけます。--幻魔888 2012年2月6日 (月) 02:29 (UTC)
[編集] 出典を提示できない場合
Wikipedia:井戸端/subj/嘘の出典提示の是非と悪質性の関連で、以前から悩んでいることがあるので質問させてください。
私は2011年12月頃から地方自治体の記事に歴代首長の一覧を追加しています。一覧を作成するにあたって、主に『栃木県町村合併誌』(栃木県)、『栃木県町村会七十年史』(栃木県町村会)、『栃木県歴史人物事典』(下野新聞社)を参考にしているのですが、『栃木県町村合併誌』は1950年代の発行、『栃木県町村会七十年史』は1991年6月18日に発行、『栃木県歴史人物事典』は1995年7月27日に発行された本です。なお、『栃木県町村合併誌』と『栃木県町村会七十年史』は首長の就任日とともに退任日も載っていますが、『栃木県歴史人物事典』は就任日のみで退任日は載っていません。
発行以降に就任した首長については当然のことながら本には掲載されていません。しかし、南河内町、上三川町、烏山町、岩舟町、黒磯市の記事で出典の本に記載のない事項を一部記載してしまいました。例示すると南河内町では坂本信亥氏の退任日と宇賀持正紀氏の事項は出典の本に記載がありません(記載する前に出典の本に記載がない部分については下野新聞の縮刷版などで内容を確認しています、他の自治体も同様)。
当時は深く考えなかったのですが、問題のある行為だったと後悔しています。この場合、どう対応すれば良いでしょうか。近年首長が交代した自治体だと全首長の一覧を載せている文献もなかなか見当たりません(なお、栃木県内ではここ数年で首長の世代交代が進んだため、『栃木県歴史人物事典』発行当時に現職だった首長で2012年2月現在でも首長を務めている人物は1人もいません)。このまま新たな出典を見つけられなければ、出典に記載がない部分を除去されても仕方がないと思います。みなさんのご意見をいただければありがたいです。よろしくお願いします。--まさふゆ 2012年2月6日 (月) 08:58 (UTC)
- 下野新聞の縮刷版を出典として付け加えればいいんだけれど、それではだめなのかな?--Ks aka 98 2012年2月6日 (月) 09:12 (UTC)
- コメントありがとうございます。上であげた自治体のうち岩舟町以外は任期途中で首長が辞職・死亡した例がないため(たぶん就任日と退任日は問題にならない)、縮刷版でも大丈夫じゃないかと感じています。岩舟町については合併問題で2008年以降町長が任期途中でたびたび交代しているため就任日と退任日が問題になるかなと。とりあえず縮刷版を出典として付けておいて、将来的に自治体史が刊行されて、その中で歴代首長の一覧が掲載されていれば、それを出典にするという方法も考えられますね。--まさふゆ 2012年2月6日 (月) 10:10 (UTC)
[編集] プロジェクト文章をもっと整備しませんか
Wikipedia:検証可能性・Wikipedia:独自研究は載せない・Wikipedia:中立的な観点はWPの三大基本方針なのですが、英語版と比べてほとんどメンテナンスされていないように思いました。特にWikipedia:中立的な観点は「以下のエッセイでは」と、翻訳元がエッセイであった時代のままです…。
いま、ぼちぼち翻訳してノートで査読を求めているところなのですが、どなたか着手してくださる方おりませんでしょうか…。--Tondenh 2012年2月6日 (月) 14:47 (UTC)
- こんばんは。はじめまして。最近のいくつかの方針文書のノートでのご提案、拝見しております。英語版から取り入れられる部分は積極的に取り入れていく方向でプロジェクト文書を整備することに賛成です。というより大歓迎です。当分の間まとまった時間がなかなか取れず反応も遅くなってしまうと思いますが、自分にできることがあれば、協力させていただきたいと思います。--Penn Station 2012年2月6日 (月) 15:05 (UTC)
- ありがとうございます。どこでPJ文章の査読をお願いすれば分からなかったので、Wikipedia:コメント依頼とプロジェクト:プロジェクト関連文書の両方を使っているのですが、これでよかったですかね。。--Tondenh 2012年2月7日 (火) 14:27 (UTC)
- 三大方針については現行のものでもそれほど問題はないとは思っています。もちろん、よりよくする行動は素晴らしいと思います。方針系だとWikipedia:著作権関連の方がひどい有様なので、そちらも余力があれば検討してみてください。--iwaim 2012年2月10日 (金) 06:07 (UTC)
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- 著作権周りですか…クリティカルな上に、英語版とあまりに構成が違うので取っかかりが掴めないです…。当初はWikipedia:剽窃の翻訳から着手したのですが、その文章から参照されている著作権関連とWikipedia:出典を明記する記事が日本語版にほとんど訳されておらず、方々の翻訳に手を出すことになってしまいました。。--Tondenh 2012年2月10日 (金) 08:31 (UTC)
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- もっと突っ込んだことを書けば、Wikipedia:剽窃に着手したのは、文献なしの執筆はWP:NORとWP:V、文献を読んでそのまま書けばWP:CPという状態をなんとかしたいと思ったのです。--Tondenh 2012年2月11日 (土) 16:45 (UTC)
[編集] Google Books日本語版ってどの程度使える物でしょうか
利用者‐会話:Takabeg#Google Booksについてからの派生となります。Google Booksが、その内容を収録している範囲にあっては、問題なく(もちろん著作権等の他種の問題は別として)使用できることは確かなのでしょうが、プレビューが使えなかったり、スニペットだけだったりすることも多いので(著作権者ともめたこともありましたし)、改名のように数が問題となる場合これに依存することは危険だと思います(補強する材料にはなると思います)。
ただ、これに関して日本語版Wikipediaとしてこれは便利だ! とかこれについてはダメだろう……となるところはどのようなものがあるのか、この際お聞きしようと思ってこの説を作りました。よろしくお願いします。--open-box 2012年2月8日 (水) 08:04 (UTC)
- 実質的には使い物にならないと思います。日本の出版物は原則的には除外されていて[4]収録数、収録範囲ともに英仏ほかとは比べ物にならないですし、メタデータの扱いについての指摘[5]もあり、保護期間切れのものなどもあるとしても、OCR上の困難もあります。たとえば「新書」でみるとこんな感じ。用例調査として用いるなら、最近の言葉ならグーグルで上手に調べて数桁の差がでるかどうか見る、古い用例でいいなら近代デジタルライブラリー、学術や報道で使われるようなものなら、ciniiやjournal@rchiveか(全文検索もできます)、NDLの雑誌記事検索あたりを見るのがよいと思います。--Ks aka 98 2012年2月8日 (水) 18:35 (UTC)
- Ks aka 98さんのご意見を読む限りでは、こちらの想定よりもまだ弱いのでしょうか……。運良く収録されている物を利用するぐらいは行けると考えていたのですがって、OCR結果は笑えてきました。いや、これは困りましたね。上手くスキャンされていないものは、『こりゃだめだ』と無意識のうちに除外していたようです。--open-box 2012年2月8日 (水) 22:39 (UTC)
質問者は、ノート:ヘド・ターコルー#改名提案で、私が「ノーマルのグーグル検索 」を批判し、「グーグルブック検索は数段マシですが」と言ったことに対して、過度の反応を示したようで、利用者‐会話:Open-boxでも書いたことを繰り返すことになりますが、ノーマルのGoogle検索にはインターネットの様々なものがヒットするのであてになりません、Google booksも様々な問題をはらんでいます。Google Booksの検索結果をmax値には、やはり様々なものがヒットしてしまいます。これはGoogleがノーマルのGoogle検索の結果をおりこんでいるからです。ただし、Google Booksの検索結果のminimum値には、そうしたものが引っかかってきませんので、少なくともWikipedia:信頼できる情報源以外のものを排除してくれます。つまり、Google検索は非常にリスクが高く、Google Booksのmax値はノーマルGoogleと同様にリスクが高く、Google Booksの検索結果のminimum値はそれらよりは優れているものの、日本語の書籍を対象にした場合、網羅的ではない欠点があると言えます。Takabeg 2012年2月8日 (水) 20:21 (UTC)
[編集] 発音についての原則は?
本人の発音と一般の表現が食い違う場合は、一般の表現でいいでしょうか。例:ハンナ・リデルは英国ではリデールと発音されるとあります。邦文文献はみなリデルです。福田令寿はご本人の著書によると、よしのぶとありますが、一般にれいじゅと発音されています。横井太平は文献により たいへい と だいへい があり、どちらがいいかよくわかりません。--Ichiro Kikuchi 2012年2月10日 (金) 00:56 (UTC)
- Wikipedia:検証可能性等を参照のうえ、Wikipedia:信頼できる情報源に載せられている表記を基本としてください。それが複数存在する場合には、多く使用されていると思われる方を、議論の上で決定してください。--ろう(Law soma) D C 2012年2月10日 (金) 04:51 (UTC)
[編集] IP利用者の会話ページにある謎のカテゴリ。
Category:愛知県の古墳を見てたまたま気がついたのですが、このカテゴリがあるIP利用者の会話ページに設定されているようです。
が、件の会話ページの方で編集画面を見てもこのカテゴリは付いてません。どうなってんでしょう?--KAMUI 2012年2月10日 (金) 11:21 (UTC)
こういカラクリになっていますTakabeg 2012年2月10日 (金) 11:24 (UTC)
- なるほど、理解しました :) --KAMUI 2012年2月10日 (金) 11:51 (UTC)
[編集] Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期の運用基準について
コメント依頼をなどの手順を踏む、という紳士協定的な取り決めはあるものの、明確な基準なしに行われているWikipedia:進行中の荒らし行為/長期の運用についてルール化などによる改善が必要ではないかと思うのですが、みなさんはどうでしょうか?
現状における問題点として例えば「議論で対立しているユーザーの一人が多重アカウントなどでブロックされたのをいいことに、対立しているユーザーの一部をそのソックパペット扱いして疑わしいユーザーリストにのせてしまう」、「素行の悪いIPユーザーの編集を投稿ブロックされた気に入らないユーザーの行為として押し付ける」など私怨による嫌がらせ行為のようなことが容易に可能であり、実際に散見されます。
最近の具体例(といっても私が巻き込まれてしまっているものですが)としては、LTA:Kuloleにおいて私『IP:118.17.132.195(ノート/履歴/ログ /Whois)』を含む複数のユーザーが利用者:Truesight氏、利用者:Goldsaint氏らによって無根拠にソックパペット扱いされている事例が挙げられます(なお私は利用者:Kulole氏の多重アカウント行為を擁護しているわけではありません)。
ルール化の必要性や現状の問題点について皆さんのご意見を一筆お書きください。というかこういう事例に巻き込まれた場合どう対処すべきでしょうか。--118.17.31.124 2012年2月10日 (金) 13:50 (UTC)
コメント 意見以前の問題として、“Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期”というものが、個人の思惑で勝手に認定できる?ということを知って、びっくり仰天しました。--すたすた坊主 2012年2月10日 (金) 14:15 (UTC)
コメントWikipedia:安易に荒らしと呼ばないという意味で、いきなりLTA:Kuloleのページを立ち上げたこと自体が不適切だったと思います。荒らし呼ばわりを正当化できるだけのしっかりした証拠が提示されない限り(LTA:Kuloleやそのノートでの議論を見る限り、その可能性は低そうですが)LTA:Kuloleは削除が相当でしょうし、GoldsaintさんやTruesightさんは確固たる根拠もなくあらぬ疑いをかけたことについて謝罪を行うべきだと思います。--Dwy 2012年2月11日 (土) 14:47 (UTC)
- 初稿者です。コメントありがとうございます。『IPユーザーなのでそこまで気にする必要もないか?』という思いも無いわけではありませんが、他のLTAを見ていても稀にですが同じような状態が散見されますので、やはり『巻き込まれたらそのまま泣き寝入り』という現状は問題ありそうですね。他にも運用に関する意見などをお持ちの方はコメント下さい。--118.17.31.124 2012年2月13日 (月) 15:01 (UTC)
- 不適切なLTAページは削除依頼で削除が検討されるべきでしょう。これまで野放しだった新規作成も、ブロック依頼などで合意が形成された場合に限るべきなど、一定の歯止めが必要かもしれません。--miya 2012年2月13日 (月) 16:24 (UTC)
- 「削除依頼で削除が検討されるべきでしょう」というご発言に従って、Wikipedia:削除依頼/Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Kuloleを提出しました。--Dwy 2012年2月16日 (木) 15:48 (UTC)
- 不適切なLTAページは削除依頼で削除が検討されるべきでしょう。これまで野放しだった新規作成も、ブロック依頼などで合意が形成された場合に限るべきなど、一定の歯止めが必要かもしれません。--miya 2012年2月13日 (月) 16:24 (UTC)
コメント こんばんは。存じている方が御二方いらっしゃいますね(118.17.31.124様とmiya様には はじめましてです)。「一生懸命に議論を尽くしてきた相手陣営が分身の術で実は1人だった」となれば荒らし扱いしたくなる気持ちはわかります(私も経験があるのでパペットリスト)。かと言ってLTAとして扱って良いかと言えば疑問を感じます。私の相手はスパマーも兼ねているので荒らし確定なのですが、Kulole氏がやった事は「荒らし」というわけでもないように思えますが。ただTruesight様の心情はよくわかりますし、疑心暗鬼になっている部分もあるのでしょう。 さて、現状の仕組みでは「誰でもLTAに認定できて、削除依頼以外に解除する方法がない」のでしょうか? だとすれば問題ですね--JapaneseA 2012年2月14日 (火) 16:24 (UTC)
ここにおられてLTAに反対を表明している人に十分な精査を行った上で判断しているのか問いたい。具体的にはどのような精査を行ったのかお答え戴きたい。まず削除ありきでの議論姿勢に違和感を感じる。--Truesight 2012年2月18日 (土) 01:11 (UTC)
LTAに述べられている全てのIPについては判らないが、ある特定のIP群については確信を持って利用者:Kulole(ノート / 履歴)であると表明する。これは恐らくCU係に聞けばすぐにでも判明することだろうと思う。ここでLTAに反対を唱えている人はなぜにIPが利用者:Kulole(ノート / 履歴)でないと言い切れるのかその根拠も聞きたい。--Truesight 2012年2月18日 (土) 01:26 (UTC)
- 「IPがKuloleでない」ではなく「IPがKuloleとは言い切れない」ですよ。違いが理解できませんか? そのあなたの「確信」とやらを第三者としては手放しに信用するわけに行かないということでしょう。「十分な精査を行った上で判断しているのか」問われているのはTruesightさんの方であって、答えるのはあなたのほうが先でしょう。また、CUとかいうがそれならそれで踏むべき手順があるはずです。--Kojidoi 2012年2月18日 (土) 04:53 (UTC)
- わたしの確信が手放しに信用できないから精査するのではないですか?まずは精査ありきであっていきなり削除票を投じるのは誤りであると思いますが、いかがか。--Truesight 2012年2月18日 (土) 13:50 (UTC)
コメント2 コメント依頼が出されるようなので、いくつか提案を申し上げます。1点目、Goldsaint様とTruesight様(以降、作成側の御二人と表記)には、コメント依頼で、各ユーザと各IPアドレスがKulole氏と同一人物として疑う理由を(できれば差分で)記載して下さい。私見ですが、高橋大輔でアカウントユーザが同じような日時にその記事だけ編集して後は何も編集していない、というのは確かに非常に怪しく感じますね。「あのね」という表現を使うかつ同じ記事で編集をしているなどは疑うに十分足るものでしょう。後はこれらをわかりやすくまとめて頂ければと思います(プロバイダはもちろんですが、このように私の作ったリストで恐縮ですが時系列や除外部分もあれば、わかりやすいですね)。2点目、作成側の御二人には、Kulole氏の何が荒らしに該当するのかを列挙して下さい(私が確認できたのは、ソックパペットですが、他にもあれば。)申し上げるまでもありませんが、強硬編集や独自研究などは問題行動ですが荒らしではありません。3点目、118.17.31.124様には、コメント依頼の議論に参加されるのであれば過去のどのIPが御自分なのか列挙して下さい。以上、大変不躾な要求、御容赦を--JapaneseA 2012年2月18日 (土) 06:39 (UTC)
コメント サブページ作成には当該の利用者が確かに荒らしであるという合意が存在することを前提とするべきだと思います。Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Kuloleに関しては既に有意なコメントが多数寄せられている状況なので移動によって対処するということで構わないでしょうが、今後このようなことがあった場合には原則として削除するのが望ましいと思います。あと、Wikipedia:進行中の荒らし行為/長期/Kuloleの作成者はコメントを募集するに当たってミートパペット行為を行っているので(多数の利用者の会話ページで呼びかけている一方でノート:フィギュアスケートの採点法の当事者であるDwyさんやX1RqXf1さんや私のところには連絡が来ていない)、そのことにも苦言を呈しておきます。--sergei 2012年2月19日 (日) 15:05 (UTC)
コメント3 Wikipedia:進行中の荒らし行為#114.150.59.14でも同様の問題があります。私はこの方にルール違反があるとは判断できかねるのですが、ましてや何をもって荒らしとするのか、甚だ疑問です。このケースでは、報告者サイドがブロック依頼→却下、進行中の荒らし行為に報告、私を含む第3者に勧められコメント依頼→しかし相手と議論中にISPへの通報を行い、コメント依頼を投げ出し、というように順番がめちゃくちゃです。できればここで発言された方に、荒らしかどうか御意見を伺いたく思います。--JapaneseA 2012年2月22日 (水) 03:05 (UTC)
- ここで問題になっているのは、長期荒らし認定やIPユーザーらをそのLTAとすることの適否についてでしょう。Wikipedia:進行中の荒らし行為#114.150.59.14(Wikipedia:コメント依頼/114.145.108.206)の件は、毎回違うIPで同一人物であると標榜して嫌がらせ行為を行なっている(JapaneseA氏以外はそういう認識)問題であり、全く違うでしょう。それに、あなたが問いたいのは当該IPユーザーの行為の筈。もし、意見を募りたいなら別の節を立てるべきでしょう。ここの議論を混乱させるだけです。--uaa 2012年2月22日 (水) 18:34 (UTC)
-
- それはあくまで具体例として挙げているだけです。しかし別の節を立てるという貴方様の御意見に別に反対するものでもありません。Wikipedia:井戸端#荒らしとする基準で続きを御話致します。--JapaneseA 2012年2月22日 (水) 22:52 (UTC)
[編集] WikiWomenCamp, Argentina, May 2012
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Hi, I am using Google Translator. I can not speak Japanese. I am helping to organise a conference for women involved with Wikimedia Foundation projects. (http://meta.wikimedia.org/wiki/WikiWomenCamp) If possible, would like a woman from Japan to attend. It will be an opportunity to gain leadership skills, and to interact with women from other countries who are trying to help improve Wikimedia in their own countries. In preparation for this conference, we are trying to benchmark the participation rates of women on Wikimedia projects, the places women participate and content related to women from specific countries. We have created a page about Japan at http://meta.wikimedia.org/wiki/WikiWomenCamp/FAQ/Perspectives/Japan. It would be fantastic if people from Japan could help improve this page, or create a version that is written in Japanese. Thank you for your help and patience. --22Kartika 2012年2月10日 (金) 16:34 (UTC) |
こんにちは、私はGoogle翻訳を使用しています。私が日本語を話すことはできません。私は、ウィキメディア財団のプロジェクトに関わる女性のための会議を整理するために貢献しています。可能であれば(http://meta.wikimedia.org/wiki/WikiWomenCamp)、日本からの女性が参加したいと思います。それはリーダーシップのスキルを得る機会となり、自分の国でウィキを改善するためにしようとしている他の国の女性と対話する。この会議の準備のために、我々はベンチマークウィキメディア·プロジェクトの女性の参加率をしようとしている、場所の女性が参加し、特定の国からの女性に関連したコンテンツ。我々はhttp://meta.wikimedia.org/wiki/WikiWomenCamp/FAQ/Perspectives/Japanで日本についてのページを作成しました。日本の人々がこのページの改善に役立つ、または日本語で書かれているバージョンを作成できれば素晴らしいだろう。あなたの助けと忍耐をありがとうございました。.--22Kartika 2012年2月10日 (金) 16:34 (UTC) |
[編集] 改名議論の混乱に関して3件のご意見を拝聴
面倒ごとは嫌なので深入りしたくないのですが・・・改名議論の解決をめぐって下記の議論と混乱があります。要は投票で多数となった意見で改名しようというものですが、経緯を眺めても疑問点だらけです。そこでご意見を伺いたいと思います。(敬称は省略しました申し訳ありません)——以上の署名の無いコメントは、Danbukuro(ノート・履歴)さんが 2012年2月11日 (土) 05:35 に投稿したものです(Don-hide 2012年2月11日 (土) 06:37 (UTC)による付記)。
[編集] 特に議論のある場所(他にも改名の火種はあり)
- ノート:九州の役
- ノート:小田原の役
- Wikipedia:投稿ブロック依頼/Tenseki→ 終了:無期限投稿ブロック。
[編集] 議論の時系列
- ノート:九州の役
- 改名提案2010年10月30日 (土) 15:06 (UTC) 約1年4か月前
- 投票提案2010年12月10日 (金) 20:54 (UTC) 約1年2か月前
- 投票提案2011年11月20日 (日) 16:26 (UTC) 約3か月前 再提案
- 投票合意2012年2月- 協議中?
- ノート:小田原の役
- 改名提案2011年5月7日 (土) 14:29 (UTC) 約9か月前
- 投票提案2011年12月9日 (金) 02:36 (UTC) 約2か月前
- 投票合意2012年2月- 協議中?
[編集] 新規・経験の浅い・ブロックされたアカウントの介入(2月初旬時点の状況)
- ▼武田征伐・紀州征伐・九州の役・小田原の役、征伐に介入している新規アカウント群
- 編集 99回(記事81回)利用者:高円寺藩
- 登録2009年4月13日 (月) 12:46 、初投稿2009年4月13日 (月) 12:52
- 編集194回(記事141回)利用者:小判キング
- 登録2010年2月28日 (日) 13:50 、初投稿2010年2月28日 (日) 13:56
- 編集220回(記事154回)利用者:貫鉄
- 登録2010年7月6日 (火) 16:47 、初投稿2010年7月6日 (火) 16:49
- 編集137回(記事117回)利用者:明銘
- 登録2010年10月16日 (土) 06:01 、初投稿2010年10月16日 (土) 06:02
- 編集 91回(記事83回)利用者:Babel5330
- 登録2011年7月31日 (日) 02:42 、初投稿2011年7月31日 (日) 02:56
- 編集 19回(記事18回)利用者:一鉄
- 登録2011年10月6日 (木) 10:55 、初投稿2011年11月7日 (月) 04:31
- 編集 35回(記事0回)利用者:Tenseki
- 登録2008年2月12日 (火) 09:34 、初投稿2008年2月12日 (火) 10:10
- 2012年2月5日にWikipedia:投稿ブロック依頼/Tenseki、賛成:8反対:0 「議論の妨害」「問題投稿」により同11日に無期限ブロック。
- 編集 21回(記事0回)利用者:多賀城佐
- 登録2012年1月29日 (日) 04:10 、初投稿2012年1月29日 (日) 04:16
- Tensekiさんの投稿ブロックを自身のものと誤認した上で2012年2月11日 (土) 09:14にブロック解除依頼を提出。
- 編集 20回(記事0回)利用者:Yayoinokoe
- 登録2012年2月8日 (水) 07:31 、初投稿2012年2月8日 (水) 07:32
- 管理者伝言板2012年2月9日 (木) 09:00に報告の上、2012年2月10日 (金) 12:11 から理由:「荒らし」で1週間の投稿ブロック。
- 編集5 回(記事0回)利用者:流れ木
- 登録2012年2月7日 (火) 11:06、初投稿2012年2月7日 (火) 11:35
- 自己申告IP投稿2012年1月28日 (土) 12:07、2012年1月28日 (土) 12:09
- 編集23 回(記事0回)利用者:Danbukuro
- 登録2012年2月11日 (土) 05:26、初投稿2012年2月11日 (土) 05:28
- 編集 99回(記事81回)利用者:高円寺藩
- ▼四国攻めの改名投票者のうち、投票直近に資格取得し投票直後に活動停止したアカウント
- 編集161回(記事115回) 利用者:ARP-77
- 編集118回(記事86回) 利用者:高尾区
- 編集 96回(記事72回) 利用者:神坂12号
- (チェックユーザー依頼は反対により不成立)
- ▼過去に各改名議論に参入したブロック中のアカウント
- 編集 98回(記事 58回)利用者:Joumonnokoe 紀州征伐へ介入
- (sockpuppetの疑い)
- 編集211回(記事211回)利用者:ヘブンリブル ヤマト王権に介入
- (WP:ILLEGIT)
- 編集249回(記事144回)利用者:三階菱 長州征討・関ヶ原の戦いの提案、紀州・九州・小田原・征伐へ介入
- (Wikipedia:投稿ブロック依頼/三階菱荒らし・問題投稿)
- 編集316回(記事254回)利用者:Sashimu 九州の役・長州征討へ介入
- (sockpuppetブロック逃れの疑い/但し利用者:MUSASHIであることは公表の上で活動)
- 編集329回(記事 0回)利用者:山吹色の御菓子 ヤマト王権に介入
- (Wikipedia:投稿ブロック依頼/山吹色の御菓子「Wikipediaの目的遂行を妨げる行動」および「コミュニティを消耗させる利用者」)
- 編集530回(記事204回)利用者:清涼里588 ヤマト王権に介入
- (WP:ILLEGIT)
- 編集641回(記事343回)利用者:Watchdog daemon九州の役・長州征討へ介入(メインアカウントは利用者‐会話:ikedat76)
- (各種方針の熟読期間)
- 編集926回(記事130/500回)利用者:MOTOI Kenkichi チェックユーザー依頼に介入
- 編集1,341回(記事124/500回)利用者:影綱 チェックユーザー依頼に介入
- (Wikipedia:投稿ブロック依頼/影綱 20110315「コミュニティを消耗させる利用者」)
- 編集1,244回(記事378/500回)利用者:MUSASHI ヤマト王権に介入
- (sockpuppetブロック逃れアカウントの疑い/但し利用者:Sashimuであることは公表の上で活動)
- 編集1,580回(記事484/500回)利用者:寂華 ヤマト王権に介入
- (sockpuppe:user:ヘブンリブル)
- 編集 98回(記事 58回)利用者:Joumonnokoe 紀州征伐へ介入
[編集] これらの状況を受けて3件のご意見を拝聴
[編集] 1.議論や投票に多重アカウントの介入が予想されるか?
- 予想されない
- 予想される
[編集] 2.これに対抗する手段は?通常以上に投票資格を引き上げることは妥当か?
- 通常条件で良い
- 資格の引き上げが妥当
[編集] 3.通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)
- どちらの記事も主題は「戦いの総称」で、征伐・攻め・役などの改名候補があります。予断がなければ改名提案とは定義を変えずに記事名を変更するものです。
- 提案者によると記事の範囲について「「征伐」というのは上下関係・大義名分を字の如く示し、実際そのように使用されている[6]・「征伐へ戻すということは厳密に言えば、記事の範囲が「戦役・政治事象になること」を意味するので現実的には「征伐≒役」となりますから、定義上の細かい問題を解決するには本文の冒頭で、説明すれば良い話[7]」と記事の範囲を変える提案であることを認めています。
- これは他の候補が歴史学的な出典を提示したのに反して、提案者が専門書として提出した『小田原征伐』」・『九州征伐』の著者神田伯龍が明治の講談師であり、出典が娯楽メディアの作品であることにも象徴されています。
- しかし準備された投票条件には定義を変更することは明記されておらず、投票者はただ単に記事名を変更する改名投票だと誤解して投票するでしょう。似たような問い合わせで対話を求めた利用者:Tensekiは変更内容の回答を拒否されてブロックで沈黙寸前です。
- そこでご意見を伺います。改題を伴う改名は事前に変更部分を公表せずとも良く、投票結果が多数なら提案者が自由に書き換えてよいか?それとも投票多数の場合は定義を変えることはできずに改名有効となるのか?
- 投票多数なら主題変更は有効
- 投票は改名に対するものなので改題は不可
[編集] 4.コメント
- まったく同一の議論の議論先が Wikipedia:コメント依頼/改名議論の混乱に関して3件のご意見を拝聴 にもございます。提案者に議論先の指定を依頼中です。--Don-hide 2012年2月11日 (土) 06:37 (UTC)
- 申し訳ありませんでした。どちらに書いていいか分からなかったので両方に書きました。どちらかは消したいと思います。どちらがよいですか?--Danbukuro 2012年2月11日 (土) 06:44 (UTC)
コメント まず、私は歴史の話にはかなり疎く、「九州の役」「九州征伐」「九州平定」「九州攻め」のどれが記事名にふさわしいか意見を述べられるほどの知識がないことをあらかじめ申し上げた上で、純粋に「投票方法(投票内容)の是非」という観点だけで申し上げます。- おたずねの1点目。「議論や投票に多重アカウントの介入が予想されるか?」という点ですが、これは投票資格を相当に慎重に見極めない限り介入はあり得る(逆に言えば多重アカウントの介入を許さない方法での投票資格を策定すべき)と考えます。今回の件でいえば「投票要綱決定時に○回以上の編集」とありますが、逆に言えば投票要項が決まらないように延々と議論を先延ばしできれば、その間に編集回数を稼ぐことが出来ますから、あまりいいルールではないように思います。これを避けようと思ったら「投票に移行する」と決めた時点での編集回数を資格にする方法があります(私は「広島市民球場」の記事名改名の際にこの方法をとりました)が、本件は投票に移行すると決めてからずるずると1年以上も議論が続いており、客観的に見て「遅きに失した」感が否めません。
- おたずねの2点目。「これに対抗する手段は?通常以上に投票資格を引き上げることは妥当か?」という点ですが、前にも述べたとおり「投票に移行する」と決めてから議論が膠着状態になっているという、いささか本末転倒な状況に陥っている感がありますので、一旦「(記事改名のための)投票提案そのものをリセットする」こととして、一から議論を立て直すべきではないかと考えています。本件で言えば、単に記事名を改名するのではなく、冒頭部の記述方法(定義文、冒頭の注意喚起テンプレートの記述など)も含めてセットで考えるべきではないかと考えていますが。
- おたずねの3点目。「通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)」ですが、これも2点目に対する意見で述べたとおりで、一旦本投票をリセットする前提で述べるならば、「記事名」「記事名の定義文」「冒頭部における注意喚起」をセットで考えるべきではないかと思ってます。その場合には、投票を含めて冒頭部の記述方法については「合意を得て定めている」(再議論なしに安易に冒頭部を書き換えることを認めない)ことを明記する必要があるでしょう。
- いずれにしても、本件は歴史の解釈という非常に微妙な問題ではあるわけで、加えて「ウィキペディアは多数決主義ではありません」という公式な方針があるわけで、投票を拙速に考えるべきではなく、また単に記事名の改名の是非だけに収れんするわけでも無く、記事名と定義をセットで議論しなおしてみるべきではないかと思う次第です。--Bsx 2012年2月11日 (土) 08:02 (UTC)
コメント 記事名について複数の候補があり、そのどれも一長一短であって優劣を定めがたいのであれば、その議論がうまく行かないのは当然です。それでも記事名はひとつしか付けられないのですから、どこかで妥協しなければ仕方が無いことでしょう。こういったことは過去の議論でも指摘されていることだと思うのですが、それにしてもこの記事の主題でこんなに議論が長期化するのは不思議だと感じます。第三者が見て関わりたくないと思われるような状態になっている時点で、その議論は失敗していると言えます。投票するにしても議論を仕切りなおすにしても、当事者間で決着をつけなければならないという意識を捨てなければ、また泥沼化するのではないかと思います。こういう場合、自分たちがやらなくても、他の人間が必要だと思えばやってくれるだろう、と考えることも悪いことではないでしょう。--有足魚 2012年2月11日 (土) 14:18 (UTC)
報告 勝手ながら、テーマと可読性を鑑み、上のアカウントユーザー一覧を登録日時系列に並び替えた上で、追加分と新事実(被ブロック等)とブロック理由追加の修正を入れさせていただきました。多重アカウントを問題にされるのであれば、投稿ブロックの原因を明示しておきませんとミスリードしかねませんので。追記加筆に問題があるというのであれば、問題の理由を明確にした上で、このコメント以外の、私が修正したユーザー一覧の分は元に戻していただいても構いません。- さらに訂正は入れませんでしたが、提案者のDanbukuroさんがアカウントユーザーの方々に対して「参加」でなく「介入」と表現されたこと、過去に参加されたユーザーの方々をピックアップする上で、別時代の改名議論の中で「ヤマト王権」だけを選択していること、「3.通常の改名でなく、記事の主題を変更するための提案の妥当性(改名と改題の混同)」において一方の改名候補のみを俎上に乗せ、問題としていることに提起されたテーマとは別の強い他意と作為性を感じました。--ジャムリン 2012年2月11日 (土) 16:30 (UTC)追記--ジャムリン 2012年2月11日 (土) 19:44 (UTC)
- コメントありがとうございます。それから特に他意はないのですが、ジャムリンさんのは当事者としての意見として拝聴いたします。当事者が話し合ってもなかなか解決しないものですね。記事主題の範囲(主題に入らない範囲)、記事に書く範囲(記事の包括範囲)、記事のタイトル(省くだけ省いたときに残る主題)、これらの混同がイメージ選考で議論が繰り返される要因なの課も知れませんね。できればこういう不毛なリソース投入を記事発展に転換できないものかと考える次第です。この件に限らず、これからもできるだけ第三者からの解決向けた意見が出れば良いな、と思います。--Danbukuro 2012年2月12日 (日) 02:11 (UTC)
-
- ご存知でしょうが、既に長い議論の果ての平行線で「Wikipedia:井戸端/subj/政権側が起こした戦役・事象の改名について」や「Wikipedia:コメント依頼/九州の役・小田原の役の改名について」で第三者の方も意見も募ったあとにそこで出された意見を踏まえての投票に向かったわけです。尚、多重アカウントの投票への参加については、投票参加の条件にCUに反対しないという条項が合意されております。
- 改題についてでもですが「小田原の役」は新規立項時は「小田原征伐」であり、その後加筆編集されたのちの現行記事内容も「前史」や政治的状況、そして「戦役」を包括した態を成しており、むしろ定義文に齟齬があるともいえます。そのような記事の現行状況について省いたことは意図的なことでしょうか?ここでまた第三者の方の意見を募ったことで解決に向かえば結構なことですが、解決手段として投票に向かっているのです。投票実行が決定した後になって、結局はブロック至る問題行動をもって新たに「乱入した」複数の方々の問題の解決の方法を模索するのでしたら判ります。ですが、ここで他の方から出された意見を持って、Danbukuroさん、あるいは別の新規アカウントの方、休眠していたアカウントの方、IPユーザーの方が新たに議論に参加されても、正しい議論経過を元に判断された意見ではないことで、また混乱の繰り返しになることを個人的には危惧しております。--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 06:57 (UTC)
コメント 「面倒ごとは嫌な新規利用者」がわざわざこのタイミングでこのような議論を始めるというのは、とても奇怪です。Danbukuroさんは他にアカウントをお持ちではないでしょうか?それは明瞭に示して頂かないと、ブロックされる可能性もあることを指摘しておきます。--秋田城之介 2012年2月12日 (日) 03:48 (UTC)
- 秋田城之介さんも当事者の方ですね。私はこのアカウントしか使っていません。話がそれるのでここではこの話題はここまでにしておきます。--Danbukuro 2012年2月12日 (日) 06:20 (UTC)
-
- 多重アカウントや新規アカウント登録ユーザーによる「介入」の件を問題にしているのは、Danbukuroさんの方です。ご自身も新規アカウント登録ユーザーであるのですから、ましてこうして該当議論に参加したのですから「2012年2月12日 (日) 06:28」「2012年2月12日 (日) 06:28」他者から見れば当然提起した事案に含まれる存在であることをご自覚願います。尚、議論に参加されたことで、上記一覧にDanbukuroさんの追加させていただきました。--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 06:57 (UTC)追記--ジャムリン 2012年2月12日 (日) 07:09 (UTC)
- Danbukuroさんが他のアカウントをお持ちで無いなら、ブロックされる可能性はありません。そのことを踏まえたうえで質問です。こちらで新規利用者を列挙するというのは、そこに何らかの問題があるからでしょうか?また、新規利用者の基準をどこに置かれているのでしょうか?--秋田城之介 2012年2月13日 (月) 16:44 (UTC)
- 過去というか途中経過で多重アカウントが存在していたのですから、当然今も狙われていて介入が予想されるのは容易です。
- 資格の引き上げは妥当だと思います。ただし投票条件を決めるには合意が必要だと思います。
- 今やっている改名投票で合意された条件には記事の定義を変えるような条項はないようです。投票結果の拘束力は記事名を改名するところまでで、改題は合意されているから不可じゃないんですか?改名するだけでなく、改名以上に記事を変えるなら投票前に合意条件に繰り入れとくべきだったと思います。--多賀城佐 2012年2月16日 (木) 11:21 (UTC)
- よく考えれば、変更する記事を想定した改名投票をした人と変更しない記事を想定した改名投票をする人が出ると混乱が予想されますよね?改名したあとにまた記事をどう変更するかどうか議論するのでしょうか?a、役=戦争記事。 b、攻め=戦争記事。 c、征伐=戦争記事+征伐記事。 の他にd、征伐=戦争記事のままという意見で征伐案に賛成する人がいるかもしれませんよね?これが同床異夢というやつですかね。--多賀城佐 2012年2月16日 (木) 22:34 (UTC)
コメント Danbukuroさんのような『新規利用者』が、このような提起をすること自体が、「混乱を招く行為」なんじゃないですか?自己矛盾ですよね。--小判キング 2012年2月17日 (金) 14:13 (UTC)
[編集] 安易な「皮肉」表現をやめませんか。
今日もカローラ2の記事で、あきらかにおかしい皮肉という表現をコメントアウトしたのだが、ウィキペディア上で用いられている皮肉が明らかに用語上おかしい場合が散見されているので、出来れば皮肉という言葉は避けるべきだと思うのだが、いかがだろうか。0null0 2012年2月11日 (土) 07:39 (UTC)
- やめませんかとか避けるべきだと思うのだが、いかがだろうかなどと言われても正直困ってしまいます。はっきり言って、そうですねとしか返答のしようがありません。・・・ちょっと真剣に考えてみましょうか。明らかに用語上おかしい場合なら、削除するか別の表現に置き換えるといいでしょうね。だって明らかにおかしいんですから。一方、用語上おかしくない場合なら、基本的にはそのまま残しておくべきでしょう。だっておかしくないんですから(他の問題があれば別ですけど)。・・・他に何か対処の方法があるのでしょうか・・・。まさか用語上おかしくない場合も含めて「皮肉」表現を一律に削除しようと考えているのですか?あるいは方針文書で「皮肉」表現の使用を全面的に禁止しようと考えているのですか?・・・もしそうであるならば、明らかに努力の方向性を間違っているので、やめるべきであると強く忠告させていただきます。とてつもない労力の無駄ですし、引用なんかで「皮肉」表現が適切に使用されている場合もあるでしょうしね(面倒なので、実例はパス)。・・・うーん、深読みしすぎで単なる「呼びかけ」なのかもしれませんね。「節電にご協力をー!」みたいなノリで。でも、安易に「皮肉」表現を使っちゃうような人は、こんなところを読んでないので無駄ですよ・・・。あ。ひょっとするとこの回答も皮肉なのかしら。--211.121.220.41 2012年2月11日 (土) 13:37 (UTC)
- 問題提起の仕方がずれていると思います。「皮肉」という特定の単語だけ取り上げたのでは本質を見失う恐れがあります。その言葉そのものが悪いのではなく、中立性を旨とするウィキペディアで編集者個人の見解を織りまぜてしまっている点がまずいわけです。--Kojidoi 2012年2月11日 (土) 19:04 (UTC)
[編集] イラストの使用
写真が用意できないので、回路図や簡易模式図をイラストレーターで描いて、投稿し、記事で使用するのは大丈夫ですか?--私が田中の中の田中です 2012年2月11日 (土) 07:59 (UTC)
- もちろん、写真でなくても説明に必要な図やイラストなら、本文に入れて問題ありません(自分で描くならライセンスの問題もないでしょうし)。なお、イラストレーターで作図なされる場合、SVGとして出力すれば、ウィキペディア上でもベクトルデータとして使うことができます。--Jkr2255 2012年2月11日 (土) 08:16 (UTC)
ありがとうございます。--私が田中の中の田中です 2012年2月11日 (土) 09:08 (UTC)
- 何かオリジナルとなる図版を元に、別途、自ら作成する場合を想定して書かせていただきます。回路図や大抵の模式図ならば誰が書いてもほぼ同じものが作成されるため、全く問題ないと思いますし、ご質問者に対する回答はそれで良いのだと考えます。ですが、一応、他の方が誤解されないように少しご注意を書かせていただきますと、写真はもちろん、イラストであっても図画そのものにオリジナリティが認められる場合には、安易にトレースされない方が良いでしょう。詳しくはトレース (製図)#トレース問題をご覧下さい。当該ケースのように世間で騒がれるものは商業的な「盗作」とされるものですが、著作権は(公衆上映といった例外があるにしても)商業目的の有無に関わらず生じますので、Wikipediaが非商業ベースだからといって安心すべきではないでしょう。多少関連する話題にWikipedia:井戸端/subj/textlogoなら著作権を侵害しない?があります。--Shigeru23 2012年2月16日 (木) 13:48 (UTC)
[編集] 童謡などの著作権について
先ほど、きらきら星の削除依頼を出したのですが。以前も同様の依頼を出したことがあります。歌謡曲に関しては、著作権意識が高いので記載が少なく、また記載があっても削除が早い傾向があるのですが、童謡に関しては著作権切れしていると思われている理由か、放置傾向にある様に思います。また、個人的に執筆したみなと (唱歌)に関しては、当初の作詞作曲に関しては著作権切れしているのですが、補作詞の方が著作権が生きている例も存在しています。それらの楽曲に対し「テンプレート:音楽著作権情報」などの添付を行って、著作権意識を高める必要があるのでは無かろうかと思います。どの様な方法で、どんなテンプレートにするか意見を頂きたいと思います。
また、ファイル:鉄道唱歌.oggの様に、作詞・作曲の著作権は切れていても、演奏者の著作権が生きているのでは無かろうかと考えるのもあります。その様な著作権に対する考え方についても、なんだかのガイドラインが必要に思います。
さらに、自ら演奏したり歌唱したりする分は著作権問題はない認識でおりますが、初音ミクの様なボーカロイドソフトを使用した場合。楽器のソフトなど(自由に使えるのがあれば、記事作成にプラスになると思います)、情報を頂きたいと思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- なんだかこうやって横から書くことで、全体的に読みづらくしてしまっているのではないかと一抹の不安を拭い去れないのですが……。私のこの文章は、お好きに編集していただいて構いません。さて――
- 自ら実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間内である場合:著作権管理団体の管理楽曲の場合は、利用者ご本人(もしくはウィキメディア財団が)著作権管理団体に使用料を支払わない限り、著作権の侵害となります。著作権管理団体の管理楽曲ではない場合――すなわち作家自身もしくは作家から権利を譲渡された音楽出版社(以下「著作権者」)が自己管理している楽曲の場合――は、著作権管理団体からではなく、著作権者からじかに許諾を得る必要があります。
- 自ら実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間を終了していた場合:たとえば「春の海」を実演してWikipediaに投稿できるかどうかといえば、問題なく投稿できます。「春の海」は、作家の宮城道雄先生の没後の翌年から起算して50年を経過し、著作権が消滅しました。
- 他人が実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間を終了していた場合:たとえば、ビクターが1930年12月に録音した「春の海」をWikipediaに投稿できるかどうかといえば、問題なく投稿できます。まず、「春の海」の著作権はすでに消滅しております。次に、ビクター音源の「春の海」はレコード発行の翌年から起算して50年が経過し、著作隣接権が消滅しました。
- 初音ミクの様なボーカロイドソフトを使用した音源の場合:そのボーカロイドソフトが正規版である限り、ボーカロイドソフトのメーカーの許諾は基本的には必要ありません。その他は上記の場合と同一です。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:56 (UTC)
- 自ら実演した音源を使用する場合で、その作品が著作権の保護期間内である場合:著作権管理団体の管理楽曲の場合は、利用者ご本人(もしくはウィキメディア財団が)著作権管理団体に使用料を支払わない限り、著作権の侵害となります。著作権管理団体の管理楽曲ではない場合――すなわち作家自身もしくは作家から権利を譲渡された音楽出版社(以下「著作権者」)が自己管理している楽曲の場合――は、著作権管理団体からではなく、著作権者からじかに許諾を得る必要があります。
[編集] 著作権情報テンプレートについて
「テンプレート:音楽著作権情報」の様なテンプレートの他、「テンプレート:音楽著作権有効」・「テンプレート:音楽著作権無効」と有効・無効で分ける。さらに、作詞・作曲でも分ける方法があると思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
| 本作の日本語詞は著作権の保護期間中のため、Wikipediaへの掲載は著作権侵害となります。#現在日本で歌われる版もご参照ください。 |
- 以上を、そのままたたき台にして以下の様なテンプレートを提案します。
| 本作の<変数1>は著作権の保護期間中のため、Wikipediaへの掲載は著作権侵害となります。<変数2>もご参照ください。 |
- <変数1>には作詞・作曲・日本語訳詞など、<変数2>には詳細説明がある場所を入れます。また<変数2>以降は省略可能としてはと思います。
- また、著作権有効・無効で分ける場合は、無効側のテンプレートは以下の通りになると思います。
| 本作の<変数1>は著作権の保護期間を経過しパブリックドメインになり、Wikipediaへの掲載は著作権侵害となりません。<変数2>もご参照ください。 |
- 管理しやすい方法に合わせた形になると思います。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 01:02 (UTC)
-
- 修正版です。一テンプレ方式で、著作隣接権に対応した形にしています。
| 本作の<変数1>は著作権の保護期間中のため、Wikipediaへの掲載は著作権侵害となります。<変数2>もご参照ください。また、演奏などの著作隣接権についても注意ください なお<変数3>は、著作権保護期間を経過しています |
-
- --Taisyo 2012年2月12日 (日) 13:59 (UTC)
先ほど、Template:音楽著作権有効を作成しました。まだ提案段階なので、完成度は高くないです(この様な作業に不慣れなのも有ります)。--Taisyo 2012年2月19日 (日) 02:00 (UTC)
- 補足説明として、童謡と思われていたりして、著作権切れと解釈される場合が多い、著作権継続記事を想定記事にしています。よって添付の義務化を想定した物ではありません。著作権が有効と解釈されることが多い歌謡曲などは基本的に張らなくて良いと思います。--Taisyo 2012年2月19日 (日) 14:48 (UTC)
コメント 基本的にこのテンプレートは既に廃止されている{{人物}}や{{学校記事}}などと同様に読者にとっては不要な注意書きテンプレートであり、使用すべきでないと考えます。どうしても編集者へ注意を呼びかけるべき記事がある場合には適宜{{編集画面の注意文}}を用いるべきではないでしょうか。--Web comic 2012年2月19日 (日) 16:02 (UTC)
[編集] 演奏物の著作権について
今回提案に出したファイル:鉄道唱歌.oggですが、演奏者西日本旅客鉄道の著作権が有効なのでは思っています。もっとも、PD音源を活用しているのであれば問題ないですが。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- Taisyoさん、お久しぶりです。西日本旅客鉄道には著作権そのものは無いはずですが、現行の著作権法では、著作隣接権保護期間は50年なので、そのあたりで判断する必要があるようです。Takabeg 2012年2月11日 (土) 15:04 (UTC)
ファイル:鉄道唱歌.oggを拝聴いたしました。本作の権利に関する詳しい事情は西日本旅客鉄道に伺ってみなければ分かりませんが、ひとまず西日本旅客鉄道が外部の作曲家に発注して制作した楽曲であると仮定するならば、(著作権の保護期間内は)Wikipediaへの投稿はNGです。列車内や駅構内で西日本旅客鉄道の音源を無断で録音した場合は、「作曲家の著作権」と「西日本旅客鉄道の著作隣接権」を侵害しています。また、残念ではありますが、ご自身で演奏された音源の場合でも、作曲家(JASRACに信託した楽曲であればJASRAC)の許諾なしでは、作曲家の著作権を侵害してしまいます(ただし西日本旅客鉄道の著作隣接権は侵害しません)。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:02 (UTC)
- 鉄道唱歌の著作情報について。一般的な作詞・作曲者の大和田建樹および多梅稚については、保護期間が経過しパブリックドメイン運用が可能になっています。おそらく、「西日本旅客鉄道の著作隣接権」の問題が一番だと思います。「やくも車中録音」なので。もっとも、「車中で聞こえるエンジン音」などに関しては著作権問題はありませんが。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 02:12 (UTC)
Taisyoさんのおっしゃるとおりです。著作者たち、つまり作詞者の大和田建樹は1910年に、作曲者の多梅稚は1920年に(別ヴァージョンであれば、作曲者の上眞行は1937年に)、それぞれ亡くなっていますし、三木佐助が著作権を譲渡されて著作権者となったことはあるようですが、著作権は著作者の死後50年を経過したと認められる時において消滅しますので、現行の日本国の著作権法によれば、作品そのものはパブリクドメインです。実際、JASRACの作品データベース検索サービスにも登録されていません (見落としたのかもしれませんが)。本件の場合、著作権はクリアできていて、問題となってくるのは、著作隣接権のほうです。ただ、このファイルはセーフっぽいですよ。確信にいたるには、もう少し調べる必要があるので調べてみます。Takabeg 2012年2月12日 (日) 02:20 (UTC)
- また、一般論になりますが、Commonsでは原著作権者の国と合衆国の双方においてパブリックドメインではないとアップロードできないという原則がありまして、最近こういう議論が行われています。多梅稚は1920年に亡くなっており、アメリカでは著作権保護期間が死後95年後だと言われたり、いや、それはGATT条約より以前だからいいんじゃないのとか言われたり、ちょっとややこしくなってきますが、これで、Commonsにあるファイルのかなりの部分が失われるのは間違いありません。実際にはCommonsにアップロードしてはいけないにもかかわらず、日本国の地方公共団体の旗や章のうちパブリックドメインになっておらず、しかも著作者および著作権者が明確に表示されているものをはじめ、ただ単に管理者の主観的希望で削除されないものもありますから、一概には何ともいえません。少なくとも、私にはファイル:鉄道唱歌.oggを削除依頼に出す意思はありません。Takabeg 2012年2月12日 (日) 02:35 (UTC)
ファイル:鉄道唱歌.oggの作家が、明治後期から大正初期にかけての作家であるとは存じ上げませんでした。確かに、それならば間違いなく著作権は消滅していますね。仮にアップロード者ご自身で実演(制作)された音源であれば問題ありません。仮に西日本旅客鉄道の音源であれば、西日本旅客鉄道がその音源を駅構内などで公表した翌年から起算して50年を経過したものであれば問題ないかと。どちらなのか私には判別がつきませんが……。
Commonsの議論も、存じ上げませんでした。保護期間が95年……。英国の香港統治並みですね……。--Isamit 2012年2月12日 (日) 03:13 (UTC)
- 隣接権というのは、実演家,レコード製作者,放送事業者及び有線放送事業者に付与されるものですから、西日本の場合、隣接権そのものが発生しないのでは?Takabeg 2012年2月12日 (日) 05:58 (UTC)
-
- いえ、その「レコード製作者」がまさにJR西日本になりますので、著作隣接権は間違いなく発生します。著作隣接権は、第一義的にはおっしゃるとおり、音を最初に固定化した者に発生します。そのため、まさかJR西日本が音源制作まで自社ではやっていないでしょうから、まずは外注先の制作会社に「レコード製作者」としての著作隣接権が発生します。その後、その制作会社は、できあがった音源をJR西日本に納品(すなわち権利を譲渡)しますので、著作隣接権は制作会社からJR西日本に移転したと推定するのが自然です。--Isamit 2012年2月12日 (日) 08:24 (UTC)
- JR西日本に問い合わせるチャンスをお持ちのかたがいたら、質問して確認していただきたいのですが、志願者、できたらツテのある方 (Commonsで、本件ではなく別件で、日本の組織に問い合わせた方々はいらっしゃいまして、無視されるケースも多々あるようですので)はいらっしゃいますか?Takabeg 2012年2月12日 (日) 08:32 (UTC)
- いえ、その「レコード製作者」がまさにJR西日本になりますので、著作隣接権は間違いなく発生します。著作隣接権は、第一義的にはおっしゃるとおり、音を最初に固定化した者に発生します。そのため、まさかJR西日本が音源制作まで自社ではやっていないでしょうから、まずは外注先の制作会社に「レコード製作者」としての著作隣接権が発生します。その後、その制作会社は、できあがった音源をJR西日本に納品(すなわち権利を譲渡)しますので、著作隣接権は制作会社からJR西日本に移転したと推定するのが自然です。--Isamit 2012年2月12日 (日) 08:24 (UTC)
聞いたところ、国鉄のときから使われているゼンマイオルゴールのタイプのようですが(JRになってから電子音が出たので、電子音の鉄道省歌などに関してはJRが著作権者だとは思いますが)、この場合国鉄から著作物の引継ぎがあったと考えるべきでしょうか?もし仮にゼンマイタイプだとしたら、鉄道唱歌を鳴らす機器に関しては1964年に登場していますから、この音源のオルゴールが仮にも1964年前後のタイプであるのであれば(車両の部品や機器を融通しあうことはよくあること)、Isamit 2さんのおっしゃられる[西日本旅客鉄道がその音源を駅構内などで公表した翌年から起算して50年を経過したものであれば問題ない]にあたるのではないでしょうか?--220.144.119.143 2012年2月12日 (日) 13:36 (UTC)
- やくも (列車)は、国鉄型の国鉄381系電車が使われています。おそらく、1982年あたりに製造された車両がほとんどだと思います。オルゴール。夜行列車などに使われているのは知っていました。もし、最古のオルゴールが1964年だとしたら、それでも著作隣接権は生きていることになることになると思います。さらに古いのがあるとしたら別ですが。最近、新幹線などでは電子音の良い日旅立ちが流れていますね。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 13:59 (UTC)
- 220.144.119.143さん:まず、「著作権」と「著作隣接権」はそれぞれに異なります。著作権は前述のとおり消滅していますので、著作隣接権の問題になってまいります。「電子音の音源」は比較的新しい音源でしょうからひとまず置いておくとしまして。「オルゴールの音源」の著作隣接権は、車輛の部品や機器には左右されません。「レコード製作者」が「オルゴールの音源」を公表した翌年から起算して50年を経過していなければ、「オルゴールの音源」の著作隣接権は消滅することができません。さて、ここで「レコード製作者」が当時の国鉄だった場合、現在は誰になるのかということですが、当然ながらJR西日本が引き継いでいると推定するのが自然です。仮に、その「オルゴールの音源」が1964年内に公表された場合、2014年12月31日までは著作隣接権が存在することになります。--Isamit 2012年2月12日 (日) 14:38 (UTC)
著作隣接権の開始は八幡電機産業が、オルゴールのドラム部分を初製造したときからと思います。沿革を見ていると、1964年からのように思います。--Taisyo 2012年2月13日 (月) 22:55 (UTC)
- 仮に、1964年に八幡電機産業が制作した原盤(ドラムのマスター)が使われた音源であれば、その音源の媒体がオルゴールになろうがCDになろうが音楽ファイルになろうが関係なく、製造時ではなく公表時から50年です(※50年間一度も公表されなかった場合は、製造時からでOKです)。また、著作隣接権は、八幡電機産業からJR西日本に譲渡されていると推定されます。ただし、1964年に制作した原盤は古くなったので、新しく原盤を制作してオルゴール音源を製造しようと考えることは大いにありえる話です。新たに制作された原盤を使用して製造された音源であれば、それはそれで新たに著作隣接権が発生します。たとえば2000年に制作された原盤を使用して製作したオルゴール・CD・音楽ファイルの著作隣接権は、2050年12月31日まで有効です。--Isamit 2012年2月14日 (火) 02:58 (UTC)
- 著作隣接権の独自解釈がひとりあるきしてしまうのもアレですので、申し上げておきますと、著作隣接権というのは、その立法趣旨からもわかるように著作物を公衆に伝達するという役割をもつと見なされた人にだけに付与されるものです。たとえば、出版社にも著作隣接権を付与すべきかすべきでないかをめぐる議論は今でも続いています。また、オルゴール製作者にも著作隣接権が付与されるはずで、その保護期間は、音が「固定」されてから50年間です。しかし、JR西の行為がその種の事業者として認められているか知りませんし (それでツテのある人に聞いてほしいと申し上げました)、また、果たして、本作を利用した目的が「著作物を公衆に伝達するため」とは考えられがたいですし、万が一、JR西が「著作物を公衆に伝達するため」に本作を採用したと主張しても、その判断はかなり主観的なものになってきますので、私は判断しかねます。八幡電機産業からJR西日本に譲渡とされたという可能性もありますが、そうであっても、音が「固定」されてから50年間となります。Takabeg 2012年2月14日 (火) 03:45 (UTC)
まだ、勘違いがあるようですので。元々の前提が悪かった部分もあるのですが(鉄道唱歌のオルゴールをJR西日本が使っている)、そもそも『日本国有鉄道』が使っていた物で、それを引き継いで使っているということです。また、JR西日本だけではなく他の旅客会社でも同様の機械を使っています。いくつか考えがあるのですが、八幡電機産業は製造はしても知的所有権までは放棄していない(別の会社の商品で音源協力をしている参考)。日本国有鉄道が著作隣接権を持ち組織消滅と共に無効になった。日本国有鉄道分割後はJR各社が引き継いだです。一番考えられるのは八幡電機産業が著作隣接権を持っていると解釈するべきだと思います。その他、同様の問題のある音源はファイル:TEC-0-bell instrument.oggも同様に思います。--Taisyo 2012年2月14日 (火) 13:34 (UTC)
- いつごろ固定されたものですか?Takabeg 2012年2月14日 (火) 13:55 (UTC)
-
- はっきりとは言えませんが、放送装置が使用された時点が固定時期と解釈して良いのではと思います。だとしたら1965年頃でしょうか。正しいことが言えないのは申し訳ないですが(機器の製造開始が1964年として)。--Taisyo 2012年2月14日 (火) 13:59 (UTC)
- 装置が製造された時点が「固定時期」になります。ちなみに元は何かの曲なのですか (無知で申し訳ないです)?そうであれば、こういう意見もあって、著作権そのものが切れていない場合で著作物性が認められた場合は、著作隣接権ではなく、著作権そのものが争われると思います。また、レコード製作者、オルゴール製作者などの音源を製作することをナリワイとする事業者には著作隣接権が付与されますが、国鉄やJRが演奏家、レコード (とそれに類するもの)製作業者 (八幡電機産業もこれに入ると思われます)、放送事業者、有線放送事業者などでない場合(調べてみると、もしかしてそういう事業もやってるのかもしれませんが)、著作権者になりえても、著作隣接権者たり得ないはずです。Takabeg 2012年2月14日 (火) 14:08 (UTC)
- 日本の隣接権について、
- 古いオルゴールを、新たに作り直しただけでは、最初に固定したものの複製であって、新たに権利が生じるわけではありません。
- 公衆が再生できるような場所にオルゴールを設置しているなら、それは「公衆に伝達するという役割」のために著作物が固定されていると考えられます。
- ただし、レコード製作者の権利は、「著作物を公衆に伝達するという役割をもつと見なされた人にだけに付与されるもの」ではありません。業としてなされる必要はなく、素人である個人でも製作者になりえます(中山p.446.)。
- オルゴール製作者は隣接権を持ちます(RIAJの解説[9]や著作権条文プラス[10]。後者は行政書士のサイトのようです)。
- 保護期間満了は、公表時から50年。
- 米国著作権法では、隣接権の概念がなく、録音物(sound recordings)は著作物とされ(第102条a-7)、レコード製作者の権利があるが([11]、なお「法律上は原則として実演家及びレコード製作者の共同著作物であると解釈されている」との見解もあり。「著作権審議会マルチメディア小委員会ワーキング・グループ検討経過報告―マルチメディアに係る制度上の問題について」平成七年二月/1995年2月[12]2 実演家・レコード製作者の経済的権利(一)放送・送信に関する権利<国際的動向>)、放送などによる公の実演に関する権利は認められていないが、デジタル転送の方法により公になされる(publicly by means of a digital audio transmission)」レコードの排他的実演権が1995年に創設されています([13]・[14]p.236.・106条・114条)。むしろわかりやすい解説は「著作物等の保護と利用円滑化方策に関する調査研究「諸外国の著作物等の保護期間について」報告書 平成20年2月」PDFp.87 かな。保護期間もこちらでわかります。--Ks aka 98 2012年2月14日 (火) 17:34 (UTC)
- ありがとうございます。少し物知りになったかもしれません。ただ、文化庁は、著作物の公衆への伝達に重要な役割を果たしている者(実演家,レコード製作者,放送事業者及び有線放送事業者)に与えられる権利といっているので、"「著作物を公衆に伝達するという役割をもつと見なされた人にだけに付与されるもの」ではありません。業としてなされる必要はなく、素人である個人でも製作者になりえます(中山p.446.)" に関しては、あまり拡大解釈しないほうがいいのではないかでしょうか?多種の解釈があるのでしょうか?Takabeg 2012年2月14日 (火) 23:11 (UTC)
- 日本の隣接権について、
- 装置が製造された時点が「固定時期」になります。ちなみに元は何かの曲なのですか (無知で申し訳ないです)?そうであれば、こういう意見もあって、著作権そのものが切れていない場合で著作物性が認められた場合は、著作隣接権ではなく、著作権そのものが争われると思います。また、レコード製作者、オルゴール製作者などの音源を製作することをナリワイとする事業者には著作隣接権が付与されますが、国鉄やJRが演奏家、レコード (とそれに類するもの)製作業者 (八幡電機産業もこれに入ると思われます)、放送事業者、有線放送事業者などでない場合(調べてみると、もしかしてそういう事業もやってるのかもしれませんが)、著作権者になりえても、著作隣接権者たり得ないはずです。Takabeg 2012年2月14日 (火) 14:08 (UTC)
- はっきりとは言えませんが、放送装置が使用された時点が固定時期と解釈して良いのではと思います。だとしたら1965年頃でしょうか。正しいことが言えないのは申し訳ないですが(機器の製造開始が1964年として)。--Taisyo 2012年2月14日 (火) 13:59 (UTC)
[編集] 楽器ソフトについて
楽譜を打ち込んで使えるソフトがあれば便利だと思いますが。著作物の著作権問題のないソフトがあれば教えて頂きたいと思います。--Taisyo 2012年2月11日 (土) 11:56 (UTC)
- ボーカロイドについては初音ミクやがくっぽいどの「エンドユーザー使用許諾契約書」にもあるように、この契約に則る限り「商用・非商用問わず利用可」と判断できるかと。また、DAWで出力した自作の音楽データにソフトウェアメーカーが権利を主張したと言う話は聞いたコトがありません。商用ソフトという点が気になるってならRosegardenやLMMSを使えばいいと思いますが。--KAMUI 2012年2月11日 (土) 13:17 (UTC)
打ち込みソフトはただの道具であり、楽曲(歌詞および旋律)の作者ではないので、その道具を使って生み出されたご自身の作品に、打ち込みソフトのメーカーの著作権は発生しないと思います。もちろん、道具ですから、他人の作品を打ち込むこともできるわけでして、この場合は(著作権の保護期間内は)その人の著作権が有効のままです。打ち込みソフトを使おうが、紙とペンで五線譜を書こうが、道具はあくまでも道具でしかありません。なお、ソフト自体はメーカーの知的財産なので、コピーしたらもちろんNGです。--Isamit 2012年2月12日 (日) 02:11 (UTC)
- 楽器系のソフトに関しては、ほとんどの場合は著作権の問題は少なそうです。先ほどの初音ミクの件。商用利用に対して、一部の項目で許可を求めているので、完全商用利用を求めているウィキペディアのライセンス的に問題が有りそうです。声提供者の著作権も有りそうですし。あと「Softalk」と「棒読みちゃん」についても、「AquesTalk」のライブラリーを活用している関係上、難しいのかなと考えます。--Taisyo 2012年2月12日 (日) 11:21 (UTC)
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- ウィキペディアにアップロードされるファイルは、GFDLとCC-BY-SAを満たす必要があります。初音ミクのエンドユーザ使用許諾を見る限りでは、3条に使用許諾が必要な場合と言う項目があり、無条件に使用が許可されているわけではありません。著作権の問題と言うより、Taisyoさんが書かれているように、ソフトのライセンス(契約)の問題ではありますが。-- Daisydaisy 2012年2月14日 (火) 13:43 (UTC)
どんぐりころころではUTAUというソフトで作成された音楽ファイルが掲載されています。--118.108.158.229 2012年2月12日 (日) 15:10 (UTC)
- 使用許諾契約書がある場合は、使用者が、それに従う必要があります。著作権の問題ではなく、契約の問題です。ミクの場合は契約を守る限り、ソフトウェアの使用者が演奏作品をCC-BY-SAやGFDLで公開することはできないはずなので、まあ、削除するのがよいでしょう。wmf:Resolution:Licensing policy/jaを使うという手はあるかもですが。--Ks aka 98 2012年2月14日 (火) 17:34 (UTC)
[編集] 著作隣接権
現時点で著作権に関したルールなどは整備されていますが、著作隣接権に関するルールなどは不十分に思います。こちらを参考に考えていく必要がある様に思います。--Taisyo 2012年2月13日 (月) 22:42 (UTC)
[編集] 検索ボックスの不調?
私の環境だけに起因するものなのか分かりませんが、先月から度々検索ボックスにおける全文検索が効きません(特徴としては不自然な読み込みの遅さみたいのが見られますね。これを書く前は英語版では機能していたのですが、投稿直前にもう一度確認したら同様に機能しなくなりました)。「全ての井戸端ログから検索」も同様に機能しておらず、過去にも同様の議論があったのでしたら申し訳ないのですが、これは既知の問題(=原因が分かっており時間と共に正常に戻る問題?)なのでしょうか?--タールマン 2012年2月12日 (日) 06:56 (UTC)
[編集] 出典のない記述の扱いについて
「AとBとCでは○○である」という記述があり、ABCは公式サイト上の情報等で、アクセス可能だとします。この場合、当方は「○○である」という部分が出典に基づいていないなら削除対象と考えているのですが、ごくまれに異論もあるようです(具体例、加藤桃子#エピソード、ノート:加藤桃子)。具体例のノートには、「出典が出るまで記載を維持する」という意見があるのですが、極めて異様なものに思えてなりません。
「AとBとCでは○○である」という記述は独自研究ではないのか、また、このような記述をコミュニティはどう扱うべきなのか、広くご意見いただきたくお願いします。--Wikied 2012年2月12日 (日) 14:30 (UTC)
- 独自研究ではないような気がしますが、Wikipedia:特筆性に引っかかってくるものはありますね。「取るに足らないようなもの」と見なされる情報が無差別に収集され満載されている感がありますし、使われているのも、自前のサイトなど二次資料ではないものが多いですから。Takabeg 2012年2月12日 (日) 15:27 (UTC)
- 先ほど、Wikiedさんは、検証可能性を満たさない記述ということで「削除」を実行されましたが、ノートの使用をお奨めします。実際、検証は可能です。しかし、「その日の収録で○○を着ていた」的なものは取るにたらない情報の部類に入るので、私も削除そのものには賛同します。Takabeg 2012年2月12日 (日) 15:35 (UTC)
コメント女流棋戦への参加時の服装のところでしたら、マイナビオープンサイトでは確認できませんでしたし、「加藤桃子女流王座が五番勝負を振り返る」では掲載されている写真がどの場面のものか明らかではないようですから、「女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している」は検証困難なものと思われます。これらが確認できるならば、たとえば12/15の里見香奈女流三冠-加藤桃子女流王座戦や10/6の島井咲緒里初段-加藤桃子奨励会1級戦[15]、第1期五番勝負第5局および記者会見[16]でチェックの服を着ていたとするのは、独自研究ではないと考えます。ただし、検証可能で、独自研究ではないとしても、WP:NOTから、「ワンピースを着用している」ことを書く必要はないとして、除去が適当だと考えます。--Ks aka 98 2012年2月12日 (日) 16:18 (UTC)
Wikied氏が立ち上げた議論、ノート:加藤桃子#瑣末な記述 が、この井戸端でのWikied氏の議論提起の背景ですので、簡単に説明します。
1) 「2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している」記述については、両棋戦の公式ブログ(マイナビ女子オープン公式ブログ、リコー杯女流王座戦中継ブログ)で、「専門知識がなくとも分別のある大人であれば誰でもその正確性を簡単に検証できる解説」として、検証可能です。
加藤が両棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)で姿を見せたのは延べ17日で、そのうち16日で「チェックのワンピース」を着用しております。
ノート:加藤桃子#瑣末な記述 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」の中で、どのように検証できるかを具体的に示しております。
2) ノート:加藤桃子#瑣末な記述 での議論では、
「加藤またはマスコミが『女流棋戦参加時にチェックのワンピースを着ている』ことに言及した」のを確認できるまでは、現状の簡素な記述を維持するのが適当だろう」
といった所に落ち着いています。
3) Wikied氏は、「自分が開始した ノート:加藤桃子#瑣末な記述 での議論が継続している状況で、さらに井戸端で議論を開始する」ことを適当と考えたようですが、私Pooh456としては、議論の場は ノート:加藤桃子#瑣末な記述 に絞るのが妥当と考えます。
4) 井戸端での議論を提起したWikied氏に言いたいのですが、2012年1月18日 (水) 11:26 (UTC)に、やはり井戸端に「排除されるべき宣伝的要素」という議論を提起した際(差分)、
「それとWikied氏は議題を提起する際に『稀に「ルールにそのような明記はない」として記載を急ぐ人もいます。』とおっしゃっていますが、わざわざ「稀」などと言う言葉を付けて持論を強調するのは控えて頂きたい。仮に事実であったとしても、傍から見ると自身の対立意見が少数派(マイノリティ)であるような印象操作を行っているように見えます。--Saishusengen 2012年1月20日 (金) 15:50 (UTC)」
と苦言を呈されましたね。しかるに、今回、「『ごくまれに』異論もあるようです」という発言をし、Saishusengen氏が戒めた「自身の対立意見が少数派(マイノリティ)であるような印象操作」を反復したのは、甚だ遺憾です。--Pooh456 2012年2月12日 (日) 17:44 (UTC)
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- 1)示されているリンク先のページでは、「加藤が両棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)で姿を見せたのは延べ17日で、そのうち16日で「チェックのワンピース」を着用しております。」ということは確認できませんでした。今日閲覧した http://mynavi-open.jp/weblog/ では、加藤桃子の文字すらありません。出典の示し方の問題だとは思いますが。
- 2)まあそんなところだと思います。
- 3)一般論として意見を集めるのならば、井戸端へ提起することは適切ですが、ここではどういう状態を問題にしているのかがわかりにくかったように思います。「女流棋戦への参加時の服装のところでしたら、」と仮定してコメントしたのは、そのためです。より一般的なこととして、問いかけの意図を推察しながらコメントするならば、A、B、Cでは直接言及がない場合、そこにある写真情報など「○○である」という事柄が、特に専門的な知識がなくとも、一意に読み取れるならば独自研究ではなく、そうでないなら独自研究となるおそれがあり、いずれにしても、直ちに削除・除去の対象となるものではなく、また直ちに記述するのが当然と考えられるものではありません。ぼくの意見が、「ごくまれ」かどうかはわかりませんが、方針上は、そのようになると理解しています。そういう一般論ではなく、具体例についてどうあるべきかは、当該ノートで話し合うのがよいでしょう。方針の理解の問題ならば、稀かどうかは関係なく検討されるでしょうし、それが現実的な運用や解釈にかかわることなら、ある意見が多数派なのか稀なのかは、正しく伝えられている限り、有益な情報となります。事実でないことを「稀」とするなら、印象操作といえるでしょうけれど、事実であるならば、それを印象操作というべきではないと思います。--Ks aka 98 2012年2月12日 (日) 18:30 (UTC)
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- Ks aka 98氏の(1)で「確認できませんでした」「出典の示し方の問題だとは思いますが」という指摘を受けました。
- これについては、先に「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」の中で、どのように検証できるかを具体的に示しておりますと述べておりますが、「書換試案」の方を確認頂きましたでしょうか? Ks aka 98氏の書き方ですと、「現状の記事 『加藤桃子』の該当箇所を見たが」というように見えますが如何でしょう。
- なお「書換試案」で摘示している写真は、全て、記事「加藤桃子」の該当箇所で出典として示している両棋戦の公式ブログ(「マイナビ女子オープン公式ブログ」、「リコー杯女流王座戦中継ブログ」)から抜き出したもので「書換試案」の方に「どちらの棋戦で、何年何月何日の写真」ということを明記しています。--Pooh456 2012年2月13日 (月) 01:28 (UTC)
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- 2012年2月11日 (土) 07:38(UTC)の試案なら、写真の画像ファイルじゃなくて、その写真が掲載されているページへのリンクにしてください。exif読ませて対応するスケジュールも示してとかでもなければ、画像ファイルだけでは、いつのなんの棋戦か検証不能です。たとえば「(2)10月6日の本戦1回戦(対 島井咲緒里女流二段)」のリンク先は、DSC_0031-thumb-350x479-8115.jpgではなく、http://mynavi-open.jp/weblog/51--5/ としてください。
- 独自研究かどうかの話をするなかで、検証できているかどうかはひとつのポイントなので、現状「できていない」ことを前置きする必要があります。「今日閲覧した http://mynavi-open.jp/weblog/ では、」などと、限定して、それを指摘しました。加藤桃子#エピソードでは、「2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している。」とあり、その情報源は13[17]、14[18]しか示されていない。
- しかし、ここでの具体的な「出典の示し方」はノートないしは別の話題としてやるべき話で、どういう案であっても、正しく検証できればいいです。できないなら、独自研究以前の話。今はできていないけど、できたとして、独自研究について考えるとすると、というのがこの井戸端での話題だと考え、2012年2月12日 (日) 16:18 (UTC)の書き込みの文章は、そういう流れにしたつもりでした。--Ks aka 98 2012年2月13日 (月) 04:08 (UTC)
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- 「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で私Pooh456が 2012年2月11日 (土) 07:38 (UTC) に示した「書換試案」ですが、Ks aka 98氏の 2012年2月13日 (月) 04:08 (UTC) の「写真の画像ファイルじゃなくて、その写真が掲載されているページへのリンクにしてください」という指摘を受けて修正しました。--Pooh456 2012年2月13日 (月) 05:08 (UTC)
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コメントノート:加藤桃子#瑣末な記述で話題になっている件について言えば、無数にあると思われる資料の中から恣意的な基準で特定のイベントの時のものだけを選び出して「○○の時○○だった」と結論付けるのは、Wikipediaの編集者独自の分析が加わっていますから、立派な独自研究です。 --Dwy 2012年2月15日 (水) 16:06 (UTC)
(インデント戻します)
ノート:加藤桃子#瑣末な記述で話題になっている件について言えば、無数にあると思われる資料の中から恣意的な基準で特定のイベントの時のものだけを選び出して「○○の時○○だった」と結論付けるのは、Wikipediaの編集者独自の分析が加わっていますから、立派な独自研究です。 --Dwy 2012年2月15日 (水) 16:06 (UTC)
につきコメントします。
Dwyさんが指摘なさる「ノート:加藤桃子#瑣末な記述で話題になっている件」とは、「記事「加藤桃子#エピソード」の『女流棋戦への参加時の服装 2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している』のことでしょうか?
その「記事「加藤桃子#エピソード」の『女流棋戦への参加時の服装 2012年現在、女流棋戦の対局、記者会見、前夜祭、就位式(女流王座、2012年2月9日)などでは、チェック柄のワンピースを着用している』が「独自研究でない」については、「ノート:加藤桃子#瑣末な記述#コメントアウトについて」で、Wikipediaのルール Wikipedia:合意形成 によって、既に合意が成立しておりますのでご確認下さい。
合意形成・合意成立については、ノート:鬼束ちひろ#Wikied氏の編集について での、
Wikipedia:合意形成#合意形成 に、「合理的な期間〔通常は168時間程度(約7日間・約1週間)が妥当でしょう〕内に異論がなければ、提案がそのまま決定事項となります。」と示されているのはご存じですね?2012年1月3日 (火) 00:25 (UTC)から、前記に示された合理的な期間が経過しています。この議論の開始時に、利用者‐会話:Wikiedで議論を開始したことを通知しております。差分Wikied氏が、2012年1月3日 (火) 00:25 (UTC)から2012年1月9日 (月) 23:55 (UTC)までの間に、Wikipediaでの多数の編集行為を行っているのは明らかで、本ノートでの議論の開始を知らなかったと貴殿が主張するのは無理があるでしょう。(Wikied氏の投稿記録 )既に完了した議論を蒸し返さないよう願います。--Pooh456 2012年1月10日 (火) 07:58 (UTC)
を参考になさるとよろしいかと存じます。
ちなみに、上記のノートで成立した合意を無視して強行編集を行い、編集合戦を引き起こして投稿ブロックされ(私、Pooh456も、同罪と言うことで投稿ブロックされましたので付言します)ノート:加藤桃子#瑣末な記述#Wikied 氏の編集について で、手厳しい苦言を呈されている方もおられます。その苦言に対しては反論がなかったので、その方は納得なさったようです。ノート:加藤桃子#瑣末な記述#Wikied 氏の編集について は無事に収束しております。
さて 「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で、「無数にある資料」って、記事「加藤桃子」の該当箇所で出典として示している両棋戦の公式ブログ(「マイナビ女子オープン公式ブログ」、リコー杯女流王座戦中継ブログ」)」以外は新聞の報道などですが。失礼ですが、私は両棋戦の公式ブログで、加藤桃子が登場しているものを全て見ております。それ以外の「無数にある資料」とは具体的には何でしょう?Dwyさんは、私が「ノート:加藤桃子#瑣末な記述」 で、2012年2月13日 (月) 05:04 (UTC)に示した書換例をきちんと読んで、リンク先を見てからそう言っておられるのでしょうか?こちらもご確認の上「無数にある資料」を具体的にお示し下さいますでしょうか。--Pooh456 2012年2月16日 (木) 01:27 (UTC)
- 「無数にあると思われる資料」と言ったのであって、「無数にある資料」とは言っていませんので、お間違えの無いように。
- まあ、プロの世界にデビューしてからそれほど時間がたっていない若い方ですから、資料が「無数」にあるわけではないかもしれません。でも、入手可能な全ての資料のなかでチェック柄着用というわけではないですよね?さらに言えば、全ての対局、記者会見等の時の服装が全てのイベントの全期間にわたって確認できていますか? たまたま入手できた資料だけにもとづき、しかもその資料を恣意的に選別して、「○○の時はチェック柄」と結論付けるのは、やはり「独自研究」です。
- だいたいノート:加藤桃子#瑣末な記述に挙げられた資料の中にも「チェック柄」でない「黒系のスーツに青いブラウス」があるじゃないですか。どうしてこの情報を無視して端折ってしまうのですか?
- ・・・という疑問に対して、Pooh456さんは立派な答えを持っておられることでしょう。でも、私のような人間がいくら写真とにらめっこしても、その答えは見つからない。だから、「チェック柄」は出典に直接準拠した情報ではなく、Pooh456さんの分析が加わった「独自研究」だと言うのです。--Dwy 2012年2月16日 (木) 15:15 (UTC)
- ウィキペディアの編集者が個々の事実を収集して、それを分析して何かの事実を見出すことは独自研究ではないでしょうか。そこには編集者自身の主観が入る恐れがあります。記述に当たっては、そういった分析そのものが第三者の資料に基づいたものである必要があります。もちろん信頼できる情報源に基づいたとしても、その情報源の発信元の主観による情報は排除できないでしょう。しかし、出典が明記されていれば誰の手によっているかが分かるので、信じるか信じないかは読者が判断できるのです。これが匿名のウィキペディアの編集者だとそうは行きません。
- もうひとつの点として、方針やガイドラインではどう見ても百科辞典の内容になりそうないものまで禁止していません。いくつかの例がウィキペディアは何ではないかにありますが、そこで明確に挙げられていないからと言って書いてよい訳ではありません。瑣末な例を挙げていてはキリがないですし、その辺の理由は「何ではないか」の最後のほうに書いてあります。勝負事にゲンかつぎは良く行われることで、それが服装に現れることもあるでしょうが、そういった背景があるかどうかもわからないまま取り上げることが何かの理解につながるとは思えないです。こういったことで特筆性とか特記性とか言う用語を使う人もいますが、いずれにしてもその判断はウィキペディアの編集者が独断で決めていいものではないです。百科事典で特別な(あるいは特徴的な、特筆される)こととして書かれるものは、他の資料でも同じように特別なこととして取り扱われているはずです。--有足魚 2012年2月16日 (木) 16:16 (UTC)
- 当該ページを見ますと、問題の記述に関して、コトが明らかになるまで記事内容を現状維持しておきましょうという合意はできていても、情報の合成という種類の独自研究ではないとの合意ができているようには思えません。
- WP:SURPLUSはガイドラインですが、「記事の内容に、一部項目のみに偏って過剰な記述が見られたら、削ってバランスを取るべきです。」として「人物伝の記事における、その人物の業績にとって重要ではない、何年何月何日に何をしたといった箇条書き。」が過剰な記述として例示されております。女流棋士の服装がどうこうというのはどう考えても業績との関係は薄く、この例に類するものと考えるべきでしょう。すなわち記述の編集削除が推奨される事例です。これを明示的に禁止された条文がないといって「削除しなければならないとのルールはない」と強弁して当該記述の存続にこだわる姿勢は、たしかに「法律家ごっこ」と批判されても仕方が無いものだと思います。これだけ多くの人が異口同音にWP:N#NCONTENTにいう「記事内容の特筆性」の観点から疑義を表明しているという事実をPooh456氏はもっと重く受け止めるべきではないでしょうか。--Kojidoi 2012年2月17日 (金) 16:28 (UTC)
- どうやら「出典が無い」から「瑣末な内容」に論点が進んだようなので。当該存命人物記事の、問題となっている部分を見た一読者の感想を言うと、「ワンパターンで、服装センスがあんまりない人」になりました。本当はそうではないかも知れず、また記述した利用者の意図とは違いミスリードだと主張されるかも知れません。しかし、記事上でわざわざ複数の場に同じタイプの服で出席した事だけが書かれている限り、そう取られても仕方が無い。そして、異論をノートで主張されても、大部分の読者はそんなところは見ない。つまり、事実で検証可能でも、現状の記述では読者の解釈幅が広すぎて「ミスリードを誘発するもの」になっていると言いたい訳です。理由は簡単で、「なぜそうしている(そうなった)」(原因・動機等)か「それがどうした」(結果・影響等)が出典を伴って記載されていないためです。小生は、当該部分の問題点は「瑣末」ではなく「ミスリードを生む孤立情報」だと考えます。Wikipediaに限らず、報告書であれフィクションであれ文章は読者がどう読むかを意識し、ミスリードを防ぐべく制御が求められるものだと思っています。これは我々が単独でまっとう出来るとは思えません。そのため、Wikipediaは他者の改訂が可能なのだと受け止めています。現状のままでは、小生は当該記述は消去すべきと考えます。--Babi Hijau 2012年2月19日 (日) 15:21 (UTC)
[編集] 電化製品系統、電装機器系統のウィキプロジェクト
電化製品系統、電装機器系統などエレクトロニクスのウィキプロジェクトは現在ありますか?探したのですが見つかりません。あと、ポータルではエレクトロニクスが存在していますが、更新が2年ほどとまいます。もう休止したのでしょうか?--110.233.144.47 2012年2月13日 (月) 18:23 (UTC)
[編集] ノート内での発言をリバースする行為
利用者‐会話:Quatreのユーザーが私の発言を削除し続け逆切れ寸前です。こういう場合の対処はどうしますか?--114.180.137.238 2012年2月15日 (水) 11:36 (UTC)
- Template‐ノート:フィギュアスケート ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ チャンピオン - 女子シングルにメッセージを残せばいいと思います。利用者でなくトピックに焦点を当てたほうが建設的ですし、記事やテンプのノートにメッセージを残しておけば、他の利用者が気づいてくれる機会が飛躍的に増します。Takabeg 2012年2月15日 (水) 11:40 (UTC)
- なるほど分かりました。ただ、記事であればテンプレートを貼り付けノートで議論の提唱を行う事ができますが、テンプレートの場合ノートを見る機会があまり無いような気がするのとテンプレートにテンプレートを貼り付けることはできないと思いますのでどうしたものかと思っているしだいです。--114.180.137.238 2012年2月15日 (水) 11:48 (UTC)
- 逆切れしてるのは。--114.180.137.238 ではありませんか?私は1998-からグランプリシリーズと書き加えようかと提案してますが、無視されてます。--Quatre(talk/Contributions) 2012年2月15日 (水) 11:51 (UTC)
- なるほど分かりました。ただ、記事であればテンプレートを貼り付けノートで議論の提唱を行う事ができますが、テンプレートの場合ノートを見る機会があまり無いような気がするのとテンプレートにテンプレートを貼り付けることはできないと思いますのでどうしたものかと思っているしだいです。--114.180.137.238 2012年2月15日 (水) 11:48 (UTC)
それから逆切れなんて表現は攻撃性に満ちてますよ。本当に逆切れしてるのはあなたなのでは?--Quatre(talk/Contributions) 2012年2月15日 (水) 11:58 (UTC)
コメント 自分のノートを改竄して良いとするルールとダメとするルールの2つがあり、ルールが矛盾しているのです。詳細はWikipedia‐ノート:荒らし#Wikipedia:荒らしの「ノート荒らし」の項目の矛盾ついてを御覧下さい。--JapaneseA 2012年2月15日 (水) 14:43 (UTC)
[編集] 移動立項法の是非と移動残渣処理の必要性について
Wikipedia:リダイレクトの削除依頼/2012年2月#2月11日より15日において、リダイレクト「利用者:Akaniji/学界の春」の削除が審議されています。この審議において、利用者名前空間で作成した下書きを標準名前空間に投稿する方法として、ページの移動を用いるのは主流ではなく違和感があるので、避けるべき方法ではないか、との指摘があります。当該審議中でも触れましたが、本法のメリットとして、翻訳記事立項におけるメリットが挙げられます(コピペ法で必要な要約欄における再度の履歴継承が不要)。デメリットとしては、主流ではない、違和感を感じる、不自然である、の3点が挙げられています。
また、利用者名前空間に残る移動残渣についても、削除は不要、白紙化も不要ではないかと思います。そもそもリダイレクト削除は、百科事典の項目として有害あるいは無用な誘導項目名を削除するのが目的であって、利用者名前空間における記事はリダイレクトであるか否かを問わず、百科事典の編纂に資する限り、ほぼ完全にその利用者の裁量に委ねられるべきと思います。特段の意味もないのに白紙化をするのは面倒ですし、管理者のリソースを割くのはなおさらです。無駄な白紙化(=新版の作成)や削除(=遮蔽)は、サーバー容量の無駄遣いともいえると思います。
以上、移動立項法の是非とその移動残渣の処理の必要性の2点について、皆さんのご意見をお聞かせください。よろしくお願いします。--Akaniji 2012年2月19日 (日) 01:18 (UTC)
コメントリダイレクトはサーバー資源をほとんど消費しないので、そもそも削除すべき理由があまりありません。リダイレクト削除にかなりの人的リソースをさくようなことになる結論は避けるべきだと思います。積極的に削除すべきリダイレクトは「リダイレクト削除の方針」に書いていますので、そのどれに該当するかがこの場合の論点になるかと思いますが、おっしゃるとおり、どれにも当てはまらないのではないでしょうか。--Afaz 2012年2月19日 (日) 12:41 (UTC)
コメント 当該リダイレクトの削除依頼に関わっている者ですが、≪移動立項法の是非≫についてはどちらでもいいのではないでしょうか?確かに翻訳記事であれば再度の履歴継承が不要になるので楽になるわけですが、仮にそれを採用して、作成される記事に何か問題があるかというと問題とは思いません。翻訳記事でなければ全ての記述が立項者本人によるものでしょうから、なおさら問題はないと思います。≪移動残渣の処理の必要性≫については、「Wikipedia‐ノート:リダイレクト削除の方針#移動元リダイレクトを削除対象外とする提案」が取り入れられれば解決されるように思います(現時点の最終提案あたりがシンプルで良さそうな気もします)。--NISYAN 2012年2月20日 (月) 15:49 (UTC)
コメントふたつに分けましょう。
- 下書きページから移動するのがいいか、コピペするのがいいか。コピペだと、一見して履歴がきれいに見えるし、移動についての知識がなくてもいい。移動だと、下書き時の執筆の経緯が辿れるし、他者の投稿があったときに履歴継承の面で問題が生じにくい。
- その後、白紙化や削除すべきか。他の理由(権利侵害があるとか)がなければ、移動の残滓となるリダイレクトでも、コピペの元となった記述でも、削除や白紙化をする必要は感じません。したいという利用者は、すればいいと思いますけれども。--Ks aka 98 2012年2月20日 (月) 16:01 (UTC)
コメント くさかさんのように二つに分けます。
- 利用者名前空間で推敲を行った後に、移動機能を用いるか、コピペで立項するかは、記事を書いた利用者の好みで決めていただければよく、管理者としてはどうでもいい問題です。移動後のリダイレクトにせよ、立項後に不要になった下書きにせよ、跡地を整頓したい利用者からの即時削除要求には対応しなくてはなりません。移動後のリダイレクトや下書きを残すメリットも思い当たりませんが、一方で削除しないデメリットも思いつきません。削除するべきだと主張される方は、デメリットを説明していただければと思います。
- 移動か、コピペかは、前述のとおり好みの問題と認識しています。コピペだと履歴がきれいになる(推敲の際に履歴が増えることを気にしなくていい、下書きに含まれている問題(誤記述・履歴不継承)も抹消できる)、移動だと移動機能を用いることで作業が簡略化できる(移動先を指定する際に利用者名を消すだけでいい、要約欄に記入が不要)。くさかがいう、「移動についての知識がなくてもいい」と「他者の投稿があったときに履歴継承の面で問題が生じにくい」については私はよくわかりません。--36.54.32.46 2012年2月21日 (火) 12:13 (UTC)
[編集] 要出典について20120220
事前の要出典の貼り付けもなく大量削除をなさったり、要出典を大量に貼り付けるユーザー様がいらっしゃいます。個人的にはどちらも避けるべきだと思うのですが、どこまでがルール内で、どこからがルール違反なのかは、難しい問題です。しかし、あまりに大量に要出典を出されると、たとえ出典があっても対処しきれないでしょう。それが当たり前になってくると、すべてのページで問題が生じかねません。かといって、すべての文章に注釈を加えていくというのは、非常にナンセンスのようにも感じます。
個人的には、2~3個ていどの要出典の貼り付けなら問題ないと思うのですが、一度に5個・10個となると、それが当たり前と思われると、やはり問題があるように感じます。他人任せにせず、自分でネット検索するだけでも、要出典の貼り付けの数は減らせるように思うのです。最近の要出典の乱用には、正直うんざりさせられています。皆様はどのようにお考えでしょか? アドバイスをお願いします。 --123.255.169.184 2012年2月20日 (月) 06:53 (UTC)/Ks aka 98による転記--Ks aka 98 2012年2月20日 (月) 09:15 (UTC)
- 具体的な利用者名への言及は避けるとしても、出典…それもref的なものの有無をもって独自研究だと主張する利用者のうちに、問題著しいケースが多いように感じます。まあガイドライン:独自研究は載せない冒頭において独自研究の何が拙いかが明記されており、新説や自作語の発表とか特定視点に誘導的になりたいがために主張レベルの偏った理屈を並べ立てる(WP:NPOV)辺りが拙いことは判断が付くのですが、こと短絡利用者に在っては「分別ある大人の視点」や「軽くその方面に知識がある程度の判断」や「公式サイトや関連サイト・あるいは関係する書籍から得られる情報とつきあわせても否定しうる要素が見当たらない」ような事柄に関して、ただ「ref的な記述が無い」ことを持って独自研究と決め付けるのみならず、記事を除去したり構成を破壊したり…で、その編集の論拠を問い質しても「出典が無い」以上の答えが返ってこない(何某の文献に反するなど具体的な指摘は一切無し)上に、編集合戦に持ち込んででも自身の編集版に執着すれば周囲の疲弊しか生まない…で、拙いことにそういう「ref的なものが無い」を独自研究と短絡する利用者にあっては、特定視点に誘導的になりたいがために特筆性に難のあるケース(特異な例を報じたニュースを典拠に据えている)を大きく取り沙汰して情報の合成に走っている「本当の意味で拙い独自研究」を平気で放置する傾向も。まあ、いずれにしても「独自研究だと主張する論拠が独自の解釈」では拙い訳で、そういう短絡利用者にあっては「何某かの資料を以って出典を請求する典拠とする」よう呼び掛けるべきだと思いますね。--夜飛(話/歴) 2012年2月20日 (月) 09:47 (UTC)
- (補記)ただ、特に医療関連や存命中人物の記事など、本当にクリティカルな分野に記述するなら、WP:Vはおおいに尊重されるべき要素だと思います。その場合において、分別ある大人の視点で真偽不詳な記述は拙いと判断できます。まあいずれにせよ、出典の有無や独自研究の除去に絡むトラブルは双子の問題(どちらに傾いても拙い)なんですけどね。--夜飛(話/歴) 2012年2月20日 (月) 09:56 (UTC)
- 「出典の明記」というテンプレートがあるので、それを使えば良いと思います。 --ゆきち 2012年2月20日 (月) 10:25 (UTC)
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- WP:Vはいかなる記事においても尊重するべきウィキペディアの基本方針であり、出典のない記述に要出典タグを貼るのは当然のことで、出典が得られる見込みのない記述が除去されるのも適切です。出典のない記述を繰り返す利用者こそ、ウィキペディアの方針に反する行動を取っているとみなされるべきです。
- 簡単に調査すればすぐに出典が得られるような記述に要出典タグが貼られている場合には、タグを除去したい利用者がその簡単な調査をして、出典を明記すればよいのです。編集合戦や呼びかけよりも、ずっと少ない労力で済むはずです。--Trca 2012年2月20日 (月) 12:03 (UTC)
- お三方ともアドバイス、ありがとうございます。「出典の明記」テンプレートで、更に揉めております(苦笑)。正直、このテンプレートは短い記事なら有効ですが、長い記事だと問題が生じますね。はたして長い文章のどこに出典を入れるのかは、主観を伴いますので…。削除する側にとっても、どれを削除するのか・残すのかというのは、結局はその人の主観や知識量に左右されてしまいます。
- まず、出典が必須なのは理解しております。少なくとも医療系については、複数のサイトで確認をとってから編集しています。私がここで言いたいのは、要出典を求めるのはいいが、その数が尋常ではない時に、どうするのか…という問題です。
- たとえば、「風邪は免疫力の低下から起こる」という文章が、出典がない状態であるとします。個人的には、これが事実であれば、出典を「記載」する必要性はないように思えます。常識の範囲だからです。仮に、この程度で出典を記載せよとなると、すべての文章に出典がつく必要性が出てしまい、運営に支障を生じかねません。むろん、議論により収まりがつかないようなら、この程度の記述でも出典を書いたほうが、スッキリするのでしょうが…。
- 大抵の場合であれば、ここで取り上げるほどの問題にはならないのですが、やはり10個くらいの要出典を出されたりするケースがあり、苦慮しています。2~3の要出典であれば、自分で検索して出典を追加するなどで解決可能ですが、5個10個…ともなると時間も手間もとられます。社会人にとっては、これは致命的なのです。
- どの程度なら出典が必要なのかは難しい問題ですが、他人に出典を求めるからには、要出典タグを貼る前に、最低限「グーグル検索して簡単にチェック」して、見つかれば自分で出典を貼る…というのを、ぜひともルール化してほしいように思います。図書館で調べろ・アマゾンで購入しろとは言いませんが、グーグル検索して2~3ペー検索結果をざっと流し読みする位は、Wikipediaの編集者として最低限度の責務であり、運営上においても効率的・公平的なのではないかと…。
- 要出典を乱用して、要出典を貼りまくっておけば、削除の大義名分を得られる…と勘違いしている方が、あまりに多いように思います。これは、バランス感覚を無視した、「ルールの乱用」のように思うのですが、いかがでしょうか。--123.255.169.184 2012年2月20日 (月) 11:52 (UTC)
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- 「出典の明記」というテンプレートがあるので、それを使えば良いと思います。 --ゆきち 2012年2月20日 (月) 10:25 (UTC)
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コメント ええと、一応突っ込み待ちなのかもしれないので、念のため。「『風邪は免疫力の低下から起こる』という文章が、出典がない状態であるとします。個人的には、これが事実であれば、出典を『記載』する必要性はないように思えます。常識の範囲だからです」とのことですが、風邪は免疫力の低下からは起こらないでしょう。免疫力の低下が遠因の一つになることはあるでしょうが、ウイルス等に感染した結果として免疫力が低下することもあるでしょうし。常識的に考えれば、免疫力の低下⇒風邪発症、ではなく、ウイルスに感染⇒風邪発症、というのがごく一般的な常識だと思います。もちろん、「ふつうはウイルスが体内に入っても風邪は発症しないけど、免疫力が低下すれば風邪が発症するんだよ」と力説する人もいるでしょうが、それは免疫力の低下が発症にいたる条件の一つだっただけで、原因として何を挙げるかといわれればふつうは「ウイルス(など)」でしょう。そもそも、さまざまな環境が重なって風邪が発症するのに、その環境の一つである「免疫力の低下」だけをとりあげて風邪の原因だと主張するのであれば、それこそ単なる独自研究でしょう。免疫力の低下が一つの特徴であるエイズだって、「エイズは何によって発症するのか?」「免疫力の低下によってです」とは答えないでしょう。「HIVによってです」というのが常識的答えだと思いますが。というか感染症なら全て「免疫力の低下」でなんでもかんでも片付けられそうですが。。。少なくとも百科事典のにほんごひょうげんとしては「風邪は免疫力の低下から起こる」は常識的に考えてよろしくないでしょ--フハハハ!! 2012年2月20日 (月) 13:29 (UTC)
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状況報告の必要があると思い、取り急ぎご用件までと言ったかたちで馳せ参じました。要出典を乱発したと言われているのは恐らく私のことでしょう。件の記事および差し戻しについては恐らくはこちら[19]となります。以前より出典の明記が貼付されていた案件であり、先月末に、BLP絡みや余りにも独自研究色の強い部分については編集除去し、猶予できる可能性のある部分には要出典を改めて貼付すると言うかたちで、まあ通常通りの編集を行ないましたところ、今回それが全面的に差し戻されましたので、やむなく対応しております次第です。これ以上要出典にするまでもない、ただちに除去すべきだと言うご意見につきましても、否定は致しません。--Hman 2012年2月20日 (月) 12:19 (UTC)追伸。やむなくと申し上げましたのは、現在病気のためブレイク中であるためです。本件以外については、いずれまた。--Hman 2012年2月20日 (月) 12:25 (UTC)
- 要出典タグの乱用は、特別にHmanさんに限定にしている訳ではございませんので、記事名・利用者名を記載いたしませんでした。また、Hmanさまの編集態度のすべてを否定している訳ではございませんし、双方にルール軽視があるわけでもございません。基本的に、ルールそのものの欠陥や、そのルールの解釈しだいで見方が異なること、TPOによりルールに矛盾が生じることがあるのが、根本的な原因なように思います。--123.255.169.184 2012年2月20日 (月) 12:37 (UTC)
- (インデント戻し:>123.255.169.184さん)まあ程度問題ですね。ただ、その程度問題において「ある妥当な記述に分別を逸して要出典が付与された場合」を例に出して「妥当かどうか危うい記述に要出典が付与された場合」の弁護は出来ない(スピード違反の弁護のようなもの)なのですから、ただ「各々のケースについて個別に判断されるべき」としかいいようがありません。その上で、ちょっと予備知識や信頼できそうな情報源を漁っただけでも妥当性の危うさが見え隠れするような記述は拙過ぎる訳で…少なくとも「ググッただけ」で出てきた確度の低い情報に無闇に飛び付いて妥当性を主張するのではなく、そこから信頼できる情報源を捜索し提示するくらいの労力を掛けるのは、共同作業という意味でも要出典の添付を根拠も示せず批判に徹するよりは良い結果が出ると思います。もっとも、信憑性のある情報を捜索するのは根気とセンスが要るんですけどね。--夜飛(話/歴) 2012年2月20日 (月) 12:43 (UTC)
- そう言った次第でしたらよろしいですし(井戸端で他の方のお手を煩わせることになり非常に恐縮していました)、他の記事(または他の利用者との論争)につきましても、要出典タグの除去や、典拠無き記述の復帰等をご遠慮頂けるのであれば、私は以上にて退散致します。ルールに不満があるのであれば、まずルールの改定に動くべきです。そしてルールが改定されるまでは、ルールを守って下さい。もちろん他の記事に何らかの記述を加筆成される場合も、原則的に出典を貼付してください。検証可能性は最低限のルールです。少なくとも、可能な限り尊重して下さい。記事のほとんどに出典が無いなど、異常事態です。また、ぐぐってみて検証可能で権威有る信頼できる情報源が出てくることは、ニュースを除けば、実は希です。ウワサレベルであればいくらでも出ては来ますが、もちろん典拠にはなりません。以上、よろしくご理解下さい。--Hman 2012年2月20日 (月) 12:48 (UTC)
コメントすべての文章に出典がある状態が、ウィキペディアの目指すべきところですので、それを避ける理由はありません。出典があるなら、直ちに対処するのは難しいかもしれませんが、対処自体が難しいわけではないです。対処までの期間は、読者のためにも、出典が付されていないことを明示しておくのがいい。記事全体の内容に関係する情報源があるなら、general referenceでもいいです。常識の範疇であるなら、いくらでも参照先が得られるはずですから、出典を示すことは容易です。容易に変更できない方針であるところの「検証可能性」を変えない限り、どんな分野でも、どんなに常識と思われる内容であっても、「出さないでもいい」という結論にはならないです。- グーグルで検索すれば出てくる、というのは、検証可能性の観点からは、あまり意味がありません。出てきたもののなかに信頼できる情報源として認められるものがあるなら、それを最初から出典として使えばいいのです。
- 数が尋常でないならば、それは記事に問題があるのであって、出典を求めることに問題があるのではありません。要出典タグが多過ぎるということならば、ページ全体に対して出典が不足しているということを示すテンプレートを使えばよいです。ないなら、作ればいい。
- 通常、「BLP絡みや余りにも独自研究色の強い部分については編集除去し、猶予できる可能性のある部分には要出典を改めて貼付する」という対応は、妥当なものと考えられます。「情報源がないならすぐに(またはやがて)除去すべき記述で、自分で探してまで残すべき記述とは思っていないが、情報源が示されるなら除去するほどでもない」という考えで除去していたりテンプレを貼っていたりするなら、自分で探すことを強要することはできないでしょう。
- しかし、「分別ある大人の視点」や「軽くその方面に知識がある程度の判断」や「公式サイトや関連サイト・あるいは関係する書籍から得られる情報とつきあわせても否定しうる要素が見当たらない」ような事柄に関して、ただ「ref的な記述が無い」ことを持って独自研究と決め付けるのみならず、記述を除去したり構成を破壊したり…で、その編集の論拠を問い質しても「出典が無い」以上の答えが返ってこないような「短絡利用者」もいます。
- 一方では、検証可能性は、そのように知識がなくとも記事改善のために何かができるようにしているとも言えるので、テンプレ貼りくらいは気にしないでいいと思うのですが、安易な除去や改変、執筆者との論争が起こるようでは困ります。それはそれで、その利用者の問題として、扱うべきかと考えます。--Ks aka 98 2012年2月20日 (月) 16:02 (UTC)
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- (コメント)この手の話は定期的に出てきますが(3年前にもありましたし)、まぁ出典が無い場合にそれを求めるのは当然としても、出典を求めてからあまり速攻で記述を消されたりすると書く方もメゲます。最低でも要約欄、あるいはノートページに「この部分に関しての出典希望」など出して、ある程度の期間は様子を見るようにしてもらえれば揉めることも少なくなるように思われます。まぁ、その期間も人によって違ってたりするので、その辺りはアレなんですけどね(^_^;--KAMUI 2012年2月21日 (火) 11:29 (UTC)
[編集] 複数のIPアドレスに渡る編集活動を1利用者に因ると推定する方法は?
可変IPユーザーだと思われるIP利用者に対して、推測される過去の編集歴を提示のうえ質問して返答がもらえなかった場合、本人からの明示がないまま同一の利用者による編集活動だと見なして対話を続けるにはどうすればよいでしょうか?ただし、ログインして活動しないことや、返答をしないことを問題視する意思がないものとします。--彼方陣 2012年2月21日 (火) 14:16 (UTC)
[編集] ノートページで他言語版の記述を複製・引用・翻訳するときの履歴の継承について
ノートページでの議論の中で他言語版の記述を複製・引用・翻訳するとき、どのような手順を踏めば履歴を継承したことになるのでしょうか?Wikipedia:翻訳のガイドラインでは「要約欄に、翻訳元となったページについての情報を、版も含めて記述してください」ということになっています。ある程度まとまった分量を「複製」あるいは「翻訳」するときにはこれに従うべきなのでしょうが、数行の記述を引用するときなどは、要約欄への記載など誰もやっていないと思います。私としては、少なくとも「複製」でなく「引用」の範囲内であれば、元のページへのウィキ間リンクを貼ることで、引用の要件である「出所表示」をしたことになるのかなと私なりに勝手に理解をしていましたが、Wikipedia:ウィキペディアを引用するでは「使用している記事(版)の「更新日時」(時刻も含む)を記載して下さい」となっており、ちょっとわからなくなってしまいました。
また、もし必要な手順を踏まずに複製・引用・翻訳してしまった場合、どのようにしてライセンス違反を解消すればよいのでしょう?ノートページの場合、投稿済みの記述を後から改変することはむしろ例外的なので、「履歴」のページを見なくても編集履歴はかなり正確に把握できます。そういう意味では、要約欄への記載にこだわらなくても、例えば署名を忘れたときにTemplate:Unsigned等で署名を補うように、後から必要な情報を補ってやる方法でもよいような気がするのですが、どうなのでしょう?
ここでの問題提起のきっかけになったのはWikipedia:削除依頼/Wikipedia‐ノート:検証可能性 20120211です。当該事例では、翻訳元情報の記載がない翻訳についてライセンス違反の可能性が指摘されたのに対して、その投稿以降の一連の議論をまとめてWikipedia‐ノート:検証可能性/英語版の翻訳に分割し、その分割の際の要約欄に翻訳元の情報を記載しているわけですが[20]、これでライセンス違反が解消されるのか、私としては疑問があります(翻訳時の履歴継承は良いとしても、その後の投稿の履歴については、元の投稿が特定版削除を受けてしまうと追えなくなるので)。こちらについても削除依頼の方でコメントをいただければありがたいです。--Dwy 2012年2月22日 (水) 17:26 (UTC)
コメント 引用は、記事にあるとおり、引用部とそれ以外が明確に区別でき、また引用部分が従たる部分にすぎないこと、引用元を明記することなどの条件を満たせば、もとの著作物のライセンスにかかわらず認められます。「方針について議論するために、英語版から数行を、どこからか明記して写す」程度であれば、問題となることはないでしょう。- また、最近は版指定削除といって、過去版の履歴を残したまま本文だけ消す機能が登場したので、(ノートに限らず)あとの版で履歴を補い、過去版の本文だけ消すことで、巻き添え削除せずに済ませられることもあります(例:Wikipedia:削除依頼/沈香)。--Jkr2255 2012年2月23日 (木) 01:17 (UTC)
コメント著作権法上認められる引用なら履歴継承は不要です。そうでないなら、必要です。ノートページでの改変が例外的であったとしても、その例外的な編集を行なうことは認められており、それがウィキペディアの方針や慣習から許されないものだとしても、そのノートページは自由な改変が認められているのですから、ライセンスが求める手順を踏んだ第三者による改変によって、元の著者に不利益が及ぶことがありえます。解消のための手順は削除依頼に書きました。--Ks aka 98 2012年2月23日 (木) 06:03 (UTC)
[編集] 荒らしとする基準
Wikipedia:進行中の荒らし行為#114.150.59.14でIP氏が、荒らしとして扱われています。私にはどうしてもそのように思えません。詳細はWikipedia:コメント依頼/114.145.108.206に議論がありますが、依頼者(Wikipedia:進行中の荒らし行為#114.150.59.14の報告者)が議論を放棄したため、こちらで続きを書きます。なお、コミュニケーションを図る上で双方に問題がなかったとは言えませんし、第3者からは「イヤガラセ目的」だとの声も出ています。それでも「荒らし」とするには今一つ弱いと思います。問題とされている行為は、以下の4点です。
- IP氏の論争相手の会話ページでの削除コメントの復活行為
- IP氏の多重アカウント
- IP氏の論争相手の履歴トレース行為
- IP氏の編集の是非(論争相手の編集を出典なしとして取消すなど)
私の判断では、1点目はこの議論でも挙げられているようにルールに矛盾があるため、問題なしと考えます。2点目は半日や1日に1回ルータの電源を切れば、毎回IPアドレスは変わります。節電やセキュリティの観点で、これは普通の行為です。私もこのように運用しています。3点目は編集に問題のある相手だと思えば、トレースはするでしょう。4点目は管理者判断で「IPさんの編集自体は不当なものではありません。」とされています(詳細はWikipedia:保護依頼#2月中旬(11日から20日)のレーザー交戦装置と隊員の削減)。要は全て悪意にとれば「荒らし」なのかもしれませんし、善意にとれば全く問題のないものと思います。逆に安易に他人を荒らし呼ばわりする行為は個人攻撃に該当するのではないでしょうか?最後に1点申し上げますが、私は当コメント依頼の依頼者・被依頼者・第3者とは深い関りがなく、はじめて意見を交わす人がほとんどです。何ら遺恨も利害関係もありません。議論を荒立てるつもりもありません。建設的な議論を望みます。--JapaneseA 2012年2月22日 (水) 23:06 (UTC)
- 何を以て荒らしとするか(あるいは荒らしではないか)コンセンサスが得られにくい場合は、Wikipedia:荒らしという方針文書に沿って、ひとつひとつの各事例に対して議論をしていくしかないでしょう。個別事例はその都度井戸端で議論される質のものではないと思います(コメント依頼が適切でしょう)。
- さて、「安易に他人を荒らし呼ばわりする行為は個人攻撃に該当するのでは」という発言は、ほかの利用者およびその行為に対するレッテル付けという意味では、同じような問題点を孕んでいます。つまり、安易に「個人攻撃ではないか」というのも「荒らしではないか」というのも、本質的には同じだと受け取られてしまう場合があります。
- その上であえてこのセクションに対するコメントですが、そのIPユーザーさんが継続して同一の項目や相手と議論をするならば(まして継続的に同じユーザーに警告を発する様な行為を進んでしているならば)、アカウントを取ることや「数字が変わりましたがIP○○と同じものです」など、合意形成に必要な手順を踏まないことには有意義にはならないでしょう。この案件についてJapaneseAさんが問題解決を望むのであれば、「荒らし」という語句が該当するかどうかに拘泥する必要は全くありません。議論参加者に誠意ある態度をとるように促すことが先決でしょう。--海獺 2012年2月23日 (木) 02:08 (UTC)(修正。敬称が抜けていた箇所に追記。ごめんなさい)--海獺 2012年2月23日 (木) 05:37 (UTC)
- 大変有益なコメントありがとうございます。本来はコメント依頼で発言する内容でしたが、コメント依頼が依頼者と被依頼者の双方でクローズする(合意クローズではありませんが。)方向にあるため、ここで議論を提示させて頂きました。私の発言に同様のレッテル貼りがあったとは気づきませんでした。御忠告大変ありがたく受け入れさせて頂きます。さて、「数字が変わりましたがIP○○と同じものです」この一言があるだけでも心象はかなり違いますね。アカウントを取る事を由としないIPユーザでも「この一言を添えない」とする理由はないはずですね。「アカウントを取れ」ではなく「数字が変わった事を言ってくれ」であれば、IPユーザも受け入れてくれると思います。最後に、やはりこの場で議論を続ける事が御指摘のようにふさわしくないと思います。大変勝手ながら、議論をクローズしたく思います。今後どうするか(コメント依頼で議論を続けるのか、新規コメント依頼か、Wikipedia:進行中の荒らし行為#114.150.59.14で発言するか)は別途考えます。以上ありがとうございました。--JapaneseA 2012年2月23日 (木) 03:46 (UTC)
[編集] 短いページの一覧の必要性
コメントこんばんは。 記事をメンテナンスしている時に、Wikipedia:短いページというページを見つけたのですが、このページについて、必要性がないのではないかと考えています。 このページの中にある短いページの一覧自体、2008年4月8日を最後に更新が止まっているため、一覧ページの中にある記事自体が本当にそのサイズなのか疑わしいです。更新が止まってから4年近く経っているためおそらくサイズが全く違っている記事が多いのではないでしょうか。 特別:短いページというページがありますので、現状ではそちらを見れば事足りるのではないでしょうか?Wikipedia:短いページでファイルサイズ区切りで分けられているのも、現状では意味を成していないと考えます。 かなり多いページにリンクしているみたいでしたので、必要性のある方ももしかしたらいるのかも、と思って、井戸端でまず質問してみました。--tail_furry 2012年2月23日 (木) 11:21 (UTC)