Wikipedia:井戸端

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Wikipedia:井戸端/過去ログ

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自治体記事に不祥事の項目が無いのはなぜ?[編集]

都道府県市町村といった自治体についての記事には、不祥事の項目が、ほとんどに於いて無いような気がします。

不祥事項目がある方が、例えば、

についての記載が楽になるように思えるんですが。 以上の署名の無いコメントは、60.56.193.83会話/Whois)さんが 2014年7月5日 (土) 03:05(UTC) に投稿したものです(むじんくん会話)による付記)。

もちろん重大な事柄については書き加えるのも問題無いでしょうが、60.56.193.83さんがイメージされているのは、不祥事が明らかになったら容易に加筆できるようにしよう、ということで、ではその不祥事が、ウィキペディアに未来永劫記録されるほどの重大さを持つかどうか、という考慮が為されていないのでは。ウィキペディアはそういう所ではありませんから(WP:NOT#NEWS)、仮に60.56.193.83さんがおっしゃる通りに「不祥事」節を自治体の項目に加えたとしても、何も書かれず節しか無い状態が続いて、結局「不祥事」節は必要無い、ということになるだろうな、と思いました。--Bellcricket会話) 2014年7月5日 (土) 09:11 (UTC)
一部の自治体については単独記事という形でつくられているとは思いますが。例えば記事「大阪市問題」とか。しかし、これは「政令指定都市」「府庁所在地」「(東京都区部を1都市と扱えば)人口第三位の都市」「西日本の人口最大の都市」であり、全国で同様の問題が波及し改革の動きになったという要素もあったと思い、他の自治体でも少ない不祥事があっただけで単独記事にできるかといったら、削除されるとは思いますが。--TempuraDON会話) 2014年7月5日 (土) 09:38 (UTC)
汚職や裏金問題、職員の様々な不祥事は自治体ではなく、個人に属するべき問題であり、責任の所在、個人名公開の是非によって、はっきりできないなら書かれるべきではないでしょう。 入札にまつわる諸問題のように、法律違反が長年黙認されいたなどの問題についてはケースバイケース。 不祥事節に限らず、空欄の節は見つけたら削除が妥当でしょう。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 08:34 (UTC)
コメント そもそも「不祥事」という節があること自体間違いでしょう。「事件」としてその団体や人物に重大な影響を与えたものならともかく、たかだか「不祥事」止まりの些末な情報を無暗に載せるべきではありません。--氷鷺会話) 2014年7月16日 (水) 14:16 (UTC)
色々コメントをありがとうございます。自治体関係の不祥事といいますと、他にも、兵庫県議の「号泣会見」で問題となったような、「政治とかね」にまつわる問題、それに自治体自体が起こした諸問題(情報漏洩DV被害者の個人情報を加害者などに教えてしまう、などなど)がありますが、これらは全て、「不祥事」として記載すべきではない、ということでよろしいでしょうか。 --60.56.193.83 2014年7月27日 (日) 04:32 (UTC)
その通り、有名な怒号会見であれば議員本人のページに記載すればよく、例えば本人が所属する政党(この場合自民党)に記述する必要はないでしょう。 またDVの情報漏えいにまつわる個々の事件であれば、その事件がきっかけで日本で新しい法案が国会に提出された等でないかぎり収録に値するかどうかも微妙なところです。--Gyulfox会話) 2014年7月27日 (日) 10:54 (UTC)

書籍記事についての WhisperToMe さんの提案[編集]

利用者:WhisperToMeさんから、英語のメッセージを「利用者‐会話:山田晴通#Request for translation: Message for the Japanese village pump」にいただきました。下に、英文と、山田による翻訳を掲出します。


""Dear Japanese Wikipedia community,

Please write Wikipedia articles about books used as sources by Wikipedia articles. Having these articles can help Wikipedians determine the trustworthiness and aspects of the books they use as sources.

My instructions:

  • 1. Search a university database like this: http://info.lib.uh.edu (After entering the book's title, go to the left pane and select "reviews"). If you see at least two book reviews, there should be notability - You can also get a 14 day trial to Booklist and search for reviews there.
  • 2. If you see book reviews, try using Google to see if they are publicly available. If not, use en:WP:RX (the English Wikipedia resource request page) to obtain personal copies.
  • 3. Write your article using the book reviews as sources.

I hope this proposal can help the community.""

Thank you!


(山田の訳による大意)

日本語版ウィキペディア・コミュニティーの皆様

ウィキペディアの記事の典拠となっている書籍について、ウィキペディアに記事を書いてくだけますよう、お願いいたします。 そうした書籍についての記事があれば、それを典拠として使用してよいか、その書籍の信頼性や特性を見極める上で役立つかもしれません。

その際におこなっていただきたいこと: 1. まず、大学図書館のデータベースで検索をしてください。例えば、http://info.lib.uh.edu で、本のタイトルを入力して得た検索結果の画面で左のカラムに見える「Review」を選択してください。そこで同じ書籍について2件以上の書評(レビュー)が見つかれば、その書籍には特筆性があるはずです。また、Booklist online では、2週間の無料試用ができますので、これを用いて検索を行なうこともできます。

2.書評を見つけたら、次に、Googleで検索し、その書籍の内容が公開されていないか確認してください。もし公開されていない場合は、英語版ウィキペディアのリソース・リクエスト・ページ(en:WP:RX)へ個人的に使用可能なコピーの入手を求めてください。

3.書評を典拠とし、ご自身で記事を作成してください。

この提案が、コミュニティの一助となることを願っております。

ありがとうございました。


なお、山田個人としては、上記のWhisperToMeさんの見解を全面的に支持しているわけではありません。--山田晴通会話) 2014年7月10日 (木) 15:34 (UTC)


コメント WhisperToMe氏のご提案にはいくつも問題があり、とうてい受け入れられるものではありません。

1.

そうした書籍についての記事があれば、それを典拠として使用してよいか、その書籍の信頼性や特性を見極める上で役立つかもしれません。

そもそもWikipediaはレビューサイトではありません。ある書籍がある記事の出典や典拠としてとして適当なものであるかどうか、という点は、実際に読んでみなければわからないものです。また、素人目で見た限りでは内容的に充実しており十分典拠となり得るように思える書籍であっても、その分野に詳しい人の目から見ても十分な信頼性がある、と言えるとは限りません。いわゆる啓蒙書の類には、素人目にはわかりやすくて十分典拠になるように思えても専門家から見れば問題だらけ、という本も少なくありません。つまりある書籍が出典や典拠として十分な信頼性があるかどうか、という点に関しても、やはりその分野についてある程度精通している人でないと判断できません。Wikipediaにこの書籍の記事があるからこの本は十分典拠として利用できる、などという粗雑な判断を下すような人は、そもそもWikipediaの編集などすべきではありません。

2.

同じ書籍について2件以上の書評(レビュー)が見つかれば、その書籍には特筆性があるはずです

書評を典拠とし、ご自身で記事を作成してください。

二つ以上のレビューがあればその書籍の特筆性がある、という判断はあまりにも粗雑です。たとえ大学図書館のサイトであろうと、どこの誰が書いたかわからないレビューの信頼性は、せいぜい一般の個人ブログと同程度のものであり、特筆性を判断する基準にはなり得ません。ましてやそのレビューを(特筆性の)典拠にして記事を書くなどとはとんでもない話です。

3.

英語版ウィキペディアのリソース・リクエスト・ページ(en:WP:RX)へ個人的に使用可能なコピーの入手を求めてください。

リソース・リクエスト・ページの目的や機能や利用方法がよくわからないので断言は控えますが、最終的に個人的なやりとりをするのであっても、こういう公開の場所でコピーを求めるという行為は法律的に問題はないのでしょうか? もちろんWikiProjectとして公然とやっていることなので、アメリカの法律では問題ないのでしょうが。

--Loasa会話) 2014年7月15日 (火) 23:59 (UTC)(ミスタイプ修正 --Loasa会話) 2014年7月16日 (水) 09:50 (UTC))

  •  念のため付け加えておきますと、特筆性が認められる書籍の記事を書くこと自体はまったく問題ありません。ベストセラーになったような書籍なら当然、記事を立てるに値する特筆性は認められるでしょう。一般には無名だが、ある分野においては必読書とされているような書籍ももちろん十分特筆性ありと認められます。しかし、WhisperToMe氏のご提案は、その目的も手法もWikipediaのそれから外れたものであり、とうてい受け入れがたい、ということです。 --Loasa会話) 2014年7月16日 (水) 09:50 (UTC)
いくつか誤解があるようなので、以下コメントします。
  • WhiserToMeさんは「Wikipediaにこの書籍の記事があるからこの本は十分典拠として利用できる」のようなことは一切言っていません。Wikipediaの記事には(その記事がちゃんと書かれていればの話ですが)記事の対象が世の中でどのような評価を受けているかといったことも書いてあるはずだから、その書籍を典拠として使用してよいかどうか判断の助けになるだろうと言っているだけです。
  • 特筆性とは、立項される対象がその対象と無関係な信頼できる情報源において有意に言及されている状態であることを意味します。信頼できる情報源のデータベース(=大学図書館のデータベース)で、対象と無関係な情報源(=書評・レビュー)を捜し、有意な言及(=2件以上の書評の存在)を確認する…という手順は、大筋では「特筆性」の判断基準に沿ったものと言えます。
  • 大学のデータベースに収録された書評・レビューが全て「信頼できる情報源」と言えるのかという懸念は正当なものですし、実際に記事を立てる際には、個々の情報源について再確認が必要と思います。ただ、大学の蔵書や学術論文のデータベースから「どこの誰が書いたかわからないレビュー」みたいなものが出てくる可能性は非常に低いと思います。(少なくとも、WhisperToMeさんがリンクされたヒューストン大学のデータベースに限って言えば、そういう心配はそれほどしなくてよさそうな気がします)
  • 特筆性は「一般的な『名声』『重要性』『人気』といった言葉と似ていますが、一致したものではありません」ということになっています。「ベストセラー」(=人気)とか「必読書」(=重要性)というようなことは、判断基準として不適切です。
  • 日本の著作権法上、国外から書評やレビューのコピーを送ってもらって国内で(自分だけで)読むことが著作権の侵害となることはありません。--Dwy会話) 2014年7月19日 (土) 00:37 (UTC)

定義文の主語と述語の間に読点を追加する行為[編集]

どうもこんにちは。普段よりウィキペディアを楽しく利用させていただいております荒巻モロゾフと申します。「楽しく」とは申し上げましたが、もっと楽しくウィキペディアを利用するためには、改善すべき箇所がウィキペディア日本語版の利用者の全体的な行動指針にはいくつもあることを普段からひしひしと感じております。まずはそのうちの一つだけを、この井戸端で提議させてください。

それは各々の記事の頭の部分、定義文のスタイルについてです(Wikipedia‐ノート:スタイルマニュアル (導入部)にて発案するべき話なのかもしれませんが、利用者全体の問題ですので、できるだけ多くが目にするべきと考え井戸端で言うことにしました)。

今回提起する問題は本文の一番目の文の主部と述部の間に読点(、)を挟むスタイルを好む利用者がいるという事です。定義文の主語(主題の名前)と述語(定義)の間には読点が必要なのでしょうか?Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)に書かれている例にはその様なスタイルが掲載されていますが、これには何か文法的機能を有していて、だからわざわざ書き直してでもそういうスタイルを適用するべきとされているのでしょうか?もしくは何か他の権威ある文章の書き方のスタイルとして第一文の主語と述語の間には読点を置けと指導している教育機関があって、方針もそこの指導に基づいているのでしょうか?

単文の短文なのにわざわざ「○○は、××。」と書かれて(書き直されて)いるのを見ると、冗長・余計・言葉に詰まっていると思ってしまいます。他の言語版の定義文、少なくとも英語では普通の文章には主語と述語の間(動詞の前後)にコンマが挟まる事はありません。文字通り項目の第一印象を決定する部分ですので、ここに無頓着であると、日本語版利用者は他の部分にまで無頓着な人種であるととられかねないと危機感を感じました。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月13日 (日) 04:55 (UTC)

Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)#導入部の書き方の4つ目の段落内の箇条書き5項目目に「「(項目名)は」、「(項目名)とは」の後の読点は入れても入れなくてもよい」とあります。終了。

読点は意味の区切りや、場合によっては可読性の確保のため(長い主語と述語の区切り)のために使うものだから、あってもおかしくない。そういう場合に該当しないのに入っていたとしても、それで意味が分からなくなるならともかく、そうでないなら目くじら立てて「入れるな!」「入れさせろ!」とやりあう意味はない。要は、あってもなくても構わない。どっちかでなくてはならない、ではなくて必要なら入れる。必要もないのに入っていたとしても、そのことにより、定義を説明する文としての機能が損なわれないのであればどうでもいい。ウィキペディア日本語版で書くことを求められているのは、文学的文章ではなく客観的な説明のための文章であって、必要なのは印象ではなく機能性です。

ヤボ承知でに突っ込んで起きますけど、文法も文章を書くスタイルも異なる英語を持ち出すことになんか意味があるんですか?読点があってもなくても、それはその言語のスタイルだと思われるだけです(その言語のことを知らない人からすれば)。以前の定義文の体言止NGか否か、もそうですが、機能的に差異を生じず単なる個人的な感覚だけを根拠(!)に瑣末事にグダグダと時間が使われすぎています。機能的に本質な差異が生じない(個人的な美観なんかどうでもいい)ところにこうやってグダグダと固執することのほうが、本質的な問題に無頓着なダメな言語版だと思いますが。--ikedat76会話) 2014年7月13日 (日) 05:52 (UTC)

結論から言えば、日本語と言っても人それぞれクセのようなものがあり、読点の位置のようなものはぶれあって、WPはある程度の文章の特徴やクセは許容されていて、そこまで細かく決まってはいません。また何かを推進して決めなくて良いですよ。あなたにとって楽しくても、間違いでもなくどうでも良いことに関して強制される側のことも考えましょう。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 08:12 (UTC)

(Ikedat76さまへ)ふむふむ。つまり、『貴様の美意識なんぞ知るものか。ウィキペディアは専門家でも文筆業でもない素人連中でも誰でも寄稿が許されているのだ。「この様な文体は物書きとして許容できない」とか思っても心に堅く閉まっとけ!』という事になりますでしょうか。
では、訊き方を変えます。この様な編集この様な編集に対してはどの様に思いますか?もちろんこれらの記事は私が以前立項した拙いものでもあるし、たとえ現在でも私の最適であると思うスタイルが絶対のものであるとは考えていません(上の文章が疑問形で書かれているのもそのためです)。なので、こういう編集を見ても積極的に自分のやり方に戻そうなどという気は微塵も起きない訳なのですが、危惧しているのはもっと一般化された問題、細かなスタイルの違いだけで延々と編集合戦が行われたり争いが繰り広げられたりしたりはしないか(そして、それを誰も仲裁しようともしないかもしれない)という事です。その様な事の起りうる危険性が内包されているとあれらの編集を見て思ったのです。ようするに以前あった「Wikipedia:井戸端/subj/小説における著作物名の表記の『』と「」の区別の仕方について」の様な事が冒頭文でまで将来誰かと誰かの間で起きやしないかと心配しているのです。
そんな事に意味がある/ない、それもその人その人それぞれの勝手な事です。ええ、その通り。では意味があるのだと力説する人同士が激しく争いあったら?他の利用者たちは鍵括弧論争の時の様に怪獣大決戦にタジタジになるばかりで、関わり合いになる事を倦んで後手に回るのでしょうか。仮に喧嘩両成敗にするとしても迅速には行えないと思います。現に、上述した類例でもどちらへも何も対処できていません。
これは自ら日本語文献からの情報を収集しての立項と、複数の他言語版からの翻訳の経験のどちらともがある私にしか感じられない違和感なのかもしれませんが、英語版(とくにbe動詞is, are, was, wereで主語と目的語が繋がれた定義文)から日本語版へ翻訳された文章を見ますと、まず主語と述語の間には読点が挟まらないという傾向があるのです。もちろん日本語版特有のガラパゴス化が一概にNGだと言っている訳ではありません。ダメな事、それは先人がそうやっているからと言って、なぜそうしたのかを理解しないで無批判にかつ状況を考慮せず猿真似してしまう事だと私は思っております。だから訊きました、あれに何か意味があると思う人はおりませんかと。
(Gyulfoxさまへ)一つ質問があります。その「人それぞれのクセ」はWikipedia:秀逸な記事Wikipedia:良質な記事の選考に影響すると思われますでしょうか?--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月13日 (日) 11:54 (UTC)
明らかに推奨されるもの(丸括弧や数字は基本的に半角)(システムの都合上こうした方がいい)などがあれば大概草取りとして修正が入ります。しかし荒巻モロゾフさんのいうような修正が入るかは微妙です。--Gyulfox会話) 2014年7月13日 (日) 16:08 (UTC)
どっちでも良いでしょう。むしろ、わざわざ新規参加者の会話ページに乗り込んでいって「定義文の間に『、』を入れる編集はおやめください 」「意味のない行為は慎んで」[2]と言うことのほうが、よっぽど理解に苦しむ行動です。また、他の利用者が真面目に議論しているのを「怪獣大決戦」などと呼ぶのは失礼ですよ。--122.18.240.181 2014年7月13日 (日) 12:49 (UTC)

どう思うか?くだらないことするな、とは思うけどわざわざ乗り込んでいってあれこれカマすだの、差し戻すだの、そういうことをするのも同じ位くだらないと思いますけど。

誰かがもめ始めたら?くだらないことでもめるな、といって止めさせればいいでしょ。読点がその位置にあることで説明文・定義文としての機能に差があるんですか?瑣末な差異をグダグダやりあう、内容の充実に意を注いだらどうなんだ、と思いますけど何か間違ってます?--ikedat76会話) 2014年7月13日 (日) 14:49 (UTC)

読点#用法をお読みになることをお勧めします。そのほか、Googleで「読点 用法」で検索すると、[3][4]のように、「主語の後に打つ」ことを原則とする文書がでてきます。少なくとも、主語の後に読点を打つのが奇異であるとは考えられません。Wikipediaとしてはあってもなくてもどちらでも良いということにしてあるので、読点一つの追加だけの変更というのは好まれないでしょうが、まあ、善意による追加でしょう。--T6n8会話) 2014年7月13日 (日) 23:31 (UTC)

(Gyulfoxさまへ)文体は良質な記事の要素たりえるかをお訊きしたのですが……。
(122.18.240.181さまへ)喧嘩や多重アカウントや投稿ブロックだらけのウィキペディア活動歴なのにそれを鼻にかけて先輩面して威張り散らす傲慢な人や、外部サイトで利用者を名指しして陰口を叩く陰湿な人は怪獣ではないのですか?それに真面目に議論しているのを「理解に苦しむ」と言う事は失礼にあたらないんでしょうか?言いたいことがあるのなら、きちんとアカウントを持って特定の個人として認識される覚悟を持ってください。名無しで人を謗る事こそ最大の失礼であり、このサイトに潜む魑魅魍魎妖怪変化なんですよ。よいですか、先達は後継者の訓導に努めなければならないんです。ウィキペディアの執筆されるべき内容はとても多くて一人ではやりきれないし、自分が死んだ後もデータは残る訳です。少しでも見込みのある新規参加者を見つけたら怪獣化しない様に、そして自分の投稿を手伝って引き継いでくれる様に積極的に働きかけるべきなんです。自分さえよければそれでいいとか、自分の縄張りに入ってきたら排除する、そんな態度は共同作業を前提としたウィキではやっちゃいかん事です。
(ikedat76さまへ)「推敲」という言葉の語源をご存じですか?唐の詩人賈島が「僧推月下門(僧は推す月下の門)」という自作の詩句の「推(おす)」を「敲(たたく)」に換えようかと散々迷った末、韓愈に問うてようやく「僧敲月下門(僧は敲く月下の門)」に改めたという故事成語です。押そうが叩こうが些細な違いでしょうが、それだけの事が詩人を大いに悩ましたのです。
読点の位置をはじめとするさまざまな意味の違いを齎さない文体の違いによって、人はその文章から異なる印象を受けます。それだけではなく、熟達者ならば文体から筆者の人となりまでもが透けて見えることでしょう。そして今私は文体に推敲を重ねると読者からのよいフィードバックが返ってくる(高い評価を受けている)ということを実感しています(「※あくまで個人の感想です。商品の効能を保証するものではありません」と言われればそれまででしょうが)。
それは別に、ない事を重ねて物事を美化する事ではないし、中二病じみた美辞麗句でゴテゴテと飾る事でもありません。ただ理解の助けとなる様に視覚的ないし読み上げた場合の音声的な印象を考えて、そしてメタな語句を補って読者の思考の流れをコントロールすることにあります。いうなればそれはあたかもナレーターが語っているかの如くです。講師でも漫談師でもありません、あくまでもナレーターです。ナレーターなので自分の独自見解は述べないし、第四の壁を破ったりもしません。
まあそれはともかくとして、努力をしたのにそれが報われないという事はとても精神が参ってしまいます(「俺様は誰にも評価されなくていいんだー自分の好き勝手してやるぞー」という自己中心的なソウルの持ち主を除く)。努力を労いあい、仕事ぶりを評価しあい、利用者同士が親睦を結ぶ、そんな気持ちがここでは足りていません。ここでしょうもない雑談をしたっていいじゃないですか、なんたって井戸端なのですから。ギスギスした雰囲気の中では新規利用者も毒気に充てられてしまい、何を言われても暴れ続ける様なゴジラキングコングになってしまうことでしょう。なので「くだらないことでもめるな」と言われて揉めるのを止めることのできるミニラリトルコングのうちに褒めて伸ばしてやる必要があるのです。その口実として顛末な差異、いやそう言うと語弊がありますね、正しくは印象を左右する様な文体の違いを評価する事はとても大切なことでしょう。
ところでikedat76さんの活動を見てみますとずいぶんとまあ手広くしていらっしゃいますね。でもそれによってどれだけの人から愛されていますか?せっかく良かれと思って問題に取り組んだとしても、それが裏目に出て恨まれたりしては元も子もありませんよ。
(T6n8さまへ)その外部サイトこそが、私の探し求めていたものです。後者を見ますと、「文の分断につながりやすい箇所」として「文節中の主語の後」というものがあり、まさにこの事を言っていました。勘違いしないで頂きたいのは私は主語の後に読点を一切入れるなとは一度も申し上げていない事です。ただ、その行為に意味があるのかという事を訊きたかったんです。もしここが某質問サイトだったならベストアンサーに選んでいるところですね。ありがとうございます。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 03:57 (UTC)
(荒巻モロゾフさんへ)スタイルマニュアルでも統一していないような、微妙な表現の違いでわざわざ登録まもない利用者の会話ページに書き込むのは、ともすれば初心者いじめとも見られかねない行動だと考えます。もちろん善意からやっているのは間違いないとは思いますが、百科事典としての正確さを失うでもない、微妙な表現の差を取り上げた結果、角を矯めて牛を殺すような結果になっては本末転倒です。
あと、選考期間中も記事の編集は通常どおりに、投票者自身の手によってすら行えますので、表現などその場で修正できるようなことで秀逸や良質な記事の選考が影響を受けることは「制度上ありえない」と言い切って問題ないと考えます。--Jkr2255 2014年7月14日 (月) 08:06 (UTC)
選考と文体の関係に関するご意見ありがとうございます。普段お世話になっております(とまで言っていいのやらわかりませんが)Jkr2255さんが「制度上ありえない」とまでおっしゃるなら安心いたしました。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 11:06 (UTC)
コメント 荒巻モロゾフ氏の最初の投稿では、
改善すべき箇所が…いくつもあることを普段からひしひしと感じております。まずはそのうちの一つだけを、この井戸端で提議させてください。それは各々の記事の頭の部分、定義文のスタイルについてです。
単文の短文なのにわざわざ「○○は、××。」と書かれて(書き直されて)いるのを見ると、冗長・余計・言葉に詰まっていると思ってしまいます。他の言語版の定義文、少なくとも英語では普通の文章には主語と述語の間(動詞の前後)にコンマが挟まる事はありません。文字通り項目の第一印象を決定する部分ですので、ここに無頓着であると、日本語版利用者は他の部分にまで無頓着な人種であるととられかねないと危機感を感じました。
と述べられております。「読点を入れるのは意味がないので、読点を入れないように統一したほうがよい」としか受け取れません。「そうではない。読点を入れることに意味があるか訊いただけだ」とおっしゃるならば、他者の勘違いではなく、貴方の表現が不適切と思われます。--118.6.71.92 2014年7月14日 (月) 08:53 (UTC)
ではあなたを納得させるという勝負事では私の負けですね。「書き直してでもそういうスタイルを適用するべきとされているのでしょうか?もしくは何か他の権威ある文章の書き方のスタイルとして第一文の主語と述語の間には読点を置けと指導している教育機関があって、方針もそこの指導に基づいているのでしょうか?」という訊き方をしているのに「「読点を入れるのは意味がないので、読点を入れないように統一したほうがよい」としか受け取れません」と仰るのなら、まるでマリオに踏まれたノコノコの様に私には手も足も出ません。あなたはスターを取ったマリオの様に無敵の光に包まれています。脱帽です!><;惜しむらくはその功績が利用者名として記録されないことです。嗚呼、げに口惜しや……。--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月14日 (月) 11:06 (UTC)
コメント 私の引用した部分についてノーコメントということは、「訊きたい事はしっかり書いたが、余計な事も書いてしまった」というわけですね。余計な部分は省きもっとストレートに質問されたなら、「余計な部分」に対する回答も無くなるわけで、ベストアンサーのような回答を得られやすくなると思いますよ。--118.6.71.92 2014年7月14日 (月) 16:37 (UTC)
コメント西岡本」は一文が非常に短いので読点は無くても良さそうですが、「打出」の方は読点を入れたことで良くなったと思います。読点だけの編集は非効率だったかもしれませんが、「利用者‐会話:Sidiouschancellor#定義文の間に「、」を入れる編集はおやめください」での荒巻モロゾフさんの対応とコメントの内容はいろいろ不適切に思います。たまたま相手の方の対話スキルが高く、上手くかわしておられるようなのでその点は一安心ですが、読点を手直しするのに方針もスピード違反の論理も無関係ですし、管理者はそのようなことを担う方々ではありませんので、今後のために不正確な説明は訂正される方が望ましいでしょう。
たとえ読点ひとつであってもその有無が記事にとって重要だと主張されるのであれば、新規参加者の会話ページまで訪れて持論を力説されるよりも、記事のノートで提案の上、合意形成を経て記事を修正するかどうかを判断されるのが建設的で良いと思います。あるいは表記ガイドのルールに不備があると思われるなら、ルール改訂を提案することもできます。荒巻モロゾフさんの他にも同じ考えの編集者が相応の数いらっしゃるのであれば、それは容易に可能でしょう。
ところで、[5]の内容について若干読み違いがあるようですが、そこに例示されているのは「文節中の主語の後」であって「文中の主語の後」ではないので、ここでの荒巻モロゾフさんの問題提起(単文の中の読点)とは無関係ですよ。念のため。--ディー・エム会話) 2014年7月14日 (月) 13:33 (UTC)
文節と文の違いに拘ることでディー・エムさんが幸せになるというのならそれでいいではありませんか。文節と文の違いに拘るのが大好きであるならそれで幸せになれませんか?それを邪魔するなんてとんでもない!--荒巻モロゾフ会話) 2014年7月18日 (金) 01:13 (UTC)
Wikipediaは百科事典をつくる非営利のプロジェクトです。百科事典には事実のみが記載されるべきものであって、句読点を入れるか入れないかと言う些末な印象に対して議論することが無意味。営利目的のプロジェクトでない以上、見た目の印象によって受ける評価など、どうでもいいことです。統一していない現状がよくないと言うのであれば、どちらのスタンスかをはっきりと示して、スタイルマニュアルの改訂を訴えるべきでしょう。--翼のない堕天使会話) 2014年7月19日 (土) 09:26 (UTC)

寄付の最低額はなぜ値上がりしたのですか?[編集]

「(i)皆様が¥800の寄付をしてくだされば、日本におけるウィキペディアの募金活動は1時間以内に終わるでしょう。[今すぐ寄付をする]」

…あれれれれれれれれぇ~ 数日前まで¥700だったし、オイラ¥1500寄付したんだケドなぁ… …だまされたかなぁ…——以上の署名の無いコメントは、Fetk mokuamiノート履歴)さんが 2014年7月13日 (日) 14:37 (UTC) に投稿したものです(アルトクール(/)による付記)。

ドルベースだったら為替の変動とか?--125.2.37.237 2014年7月13日 (日) 15:09 (UTC)
このようなメッセージが表示されるのは、英語版、日本語版だけみたいです。それ以外の言語版利用者からは寄付を求めていないのでしょうか? ドルベースだとしても、最近の為替変動で100円も上昇するようなことはありません。--121.102.116.68 2014年7月16日 (水) 14:12 (UTC)
失礼します。「ウィキペディアン」と一部で呼称される方々はどの程度寄付をされているのでしょうか?
そういう方々に、嫌な印象を持っています。ウィキペディア内でのみ通用する権利を濫用し外部編集者に対し高圧的な態度を取るさまをよく目にしていました。ある項目に常駐のように注目し自分の好ましい編集内容でなければ内部的な権限で編集内容も制限するものです。プロフィールページを見ると匿名掲示板の利用者であることを宣言している者も多く一般社会での地位の低さをウィキペディア内の権限で発散しているようでもありました。
権利を行使している者は多少の責任も負うべきである、と自覚すべきだと思います。そうだから、そのような真っ当な方は、先に投稿されている方もいらっしゃいますが自然に寄付をされているのでしょう。これは自然だと思います。
私は高圧的なウィキペディアンが多く存在しているため、ウィキペディアに対する寄付を拒否します。
寄付をしていないウィキペディアンは恥ずべきです。早く募金活動の鬱陶しいポップアップを除去しましょう。—以上の署名の無いコメントは、106.136.154.239ノート)さんが 2014年7月26日 06:16 UTC に投稿したものです。

日本語版の記事・セクション見出しのフォント検討[編集]

4月にTypography refreshが適用されてベクタースキンのタイトルやセクション見出しのフォントがセリフ系に変更されたものの、それに対しjawp内外から不満の声が上がり、またIEの旧バージョンにおいて致命的なバグが露見したこともあり、緊急でフォント指定をsans-serfで上書きする応急処置が施され現在に至っています。その後、一部の方から応急処置をそのままにしていることが問題視され、IEバグ対処に絞って明朝基調のフォント設定に変更すべきという提案が出されましたが、私は現状維持のままフォント見直しの検討を行うべきとの立場を貫き、反対して参りました。もう3ヶ月も経ってしまいましたので、そろそろフォントの検討を再開してもよいだろうと思い、この場を設けさせていただきました。

今までの関連する議論ですが、あちこち飛んでいて追いかけるのは大変骨が折れる状況ですので、時系列に整理した資料を作成しましたので、そちらをご覧いただければと思います。

振り返ってみて私が思うのは、Typography refreshは少なくともjawpにおいては事前準備が不足していたということです。Wikipedia:お知らせでの予告、そして昨年末にはベータ版機能で体験可能になっていたことは事が起こった後で知りました(これを教訓にお知らせはきちんとチェックする習慣がつきました)。たぶん大多数の人がそうでしょう。まさに寝耳に水の状態だったわけで、いきなり仕様が変更されそれが自分の望んでいたものでなかった場合、エンドユーザーはそれをシステムの不具合であると認識します。そうなってしまうと、開発者がソフトウェアの誤動作ではないから不具合ではないと説得したところでもはや手遅れであまり意味がありません。もし事前に注意喚起がなされていれば問題点に備えることが出来たかもしれないし、一般閲覧者向けの告知を掲載することで混乱を最小限に出来たかもしれません。まあ、言っても仕方のないことなのですが、ならば、それをこれからやっていけばよいのだと思います。応急処置はそのための猶予期間と捉えていただけると、応急処置に不満を感じている方にも納得してもらえるかな、と思います。

さて、前段が終わってようやく見出しフォントの検討の話なのですが、現在Typography refreshによるデフォルトの指定は

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: "Linux Libertine",Georgia,Times,serif;
}

となっているところを、応急処置にて

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: sans-serif;
}

に上書きした状態になっています(その他にも変更箇所あります[6])。これを一般の閲覧利用者の満足度向上を第一基準に、なるべくTypography refreshの意向を尊重したフォント指定を検討していきたいと思います。むろん、見出しに明朝体などとんでもないという意見もあるでしょうが、ディスプレイ上で本文の小さい字に明朝体を使うという選択肢がほぼありえない以上、印刷媒体でのお約束は気にしなくても良いかなと思います。

まず、利用者が多く環境依存の問題が色々あるWindowsの従来環境をメインに考えましょう(なにせ、私はWindows 7環境しか持っていないので)。最初にフォントに関しての認識を共有する作業から始めたいと思います。

  • IE10以前のバージョンの多くの環境(問題に気付かない環境もありえます)で起こる、serif指定で韓国の「Batang」フォントが使われてしまう問題[7]のスクリーンショットを作りましたのでご覧ください。IETesterという擬似環境で問題再現のテストページを表示したものですが、IE5.5IE7IE9です。serif指定の一部の文字が「Batang」と同じになっているのが確認できるかと思います。
  • これまでの議論などで出てきたものを参考に、いくつかのフォントの組み合わせでh2、h3見出しのフォント比較ページを作り、それを4種類のブラウザ(私のWindows 7環境にインストールした実ブラウザです)で表示させたスクリーンショットを用意しましたのでご覧ください。
以下、各フォントについての所感を述べさせていただきます。
  • Linux Libertine - デフォルトのセリフフォント第1候補。ライニング数字なので和文とも調和するし自由にダウンロードできるが、Windows標準フォントではなくWindows利用者への知名度もそれほどあると思えないのであまりあてにしない方がいいかなと思います。
  • Gerogia - デフォルトのセリフフォント第2候補。太めでメリハリが効いており、ディスプレイ上での視認性も抜群ですが、和文の細身の明朝に対して自己主張し過ぎであり、高さが揃わないオールドスタイル数字が混じると不安定な印象を与えます。和文と合成しての使用には適さないと思います。
  • Times New Roman - デフォルトのセリフフォント第3候補「Times」のWindows標準搭載フォント。「Linux Libertine」はこれの代替フォントに相当するので「Gerogia」ではなくこちらを選択したい。Macとの互換性を考えると指定は「Times」の方が良いようです。
  • MS P明朝 - 言わずと知れたWindows標準搭載のリコー製のプロポーショナル明朝フォントです。ことディスプレイ表示に関しては評判は良くないです。細身で掠れた感じに見えます。Sleipnirやアンチエイリアスの追加ソフトを導入した環境では見やすくできますが、Firefoxや特にChromeでは残念な感じになります。できれば避けたいフォントだと思います。
  • IPAフォント - IPAが配布しているフォント。「IPA P明朝」はプロポーショナル明朝なのに対し、「IPAex明朝」と「IPAmj明朝」は欧文文字はプロポーショナルで和文文字は固定幅で単一フォントで慣例的な日本語文書を作成する用途に向いたフォントです。スクリーンショットでもいちおう和文フォントのみの例を入れてます。「Times New Roman」のウェイトには負けますが慣れれば許容範囲かもしれません。ただFirefoxでの表示品質が悪いようです。特に「IPAex明朝」の場合に横棒の掠れがひどいです。Linuxなども含めてそれなりに使われていますが、Windows標準フォントではないので選択肢としては割り引いて考えるべきでしょう。
  • HGP明朝 - MS-Officeと一緒にインストールされるリコー製のプロポーショナル明朝フォントです。一般の方のWindowsPCにはそれなりの割合で入っていることが期待できます。「HGP明朝B」がbold、「HGP明朝E」がextra-boldで、「Linux Libertine」「Times」と合わせるならBの方で十分かと思います。

次にOS X環境ですが、標準は字游工房製の「ヒラギノ明朝」があり、Mavericks(10.9) では「游明朝体」を搭載しています。また、Windows 8.1は同じく字游工房製の「游明朝」を搭載しています。そのため、最新OS環境では「游書体」を使うことでほぼ書体を統一することが可能になるようです。実際にフォント指定する場合はウェイトの違いとかあって調整が必要そう[8]ですが、それはあとで考えるのでいいでしょう。

などとつらつら書いてきましたが、まずは体験してみるのが早いということで、ガジェット化を求める声がありました。さらに、IEバグ該当環境だけに対策設定を適用するという提案があり、それに触発されてIEの旧バージョン、OS X環境、Windows環境を判別してフォント設定を切り替える処理を作りました。Wikipedia:ガジェット/提案#クライアント環境でフォント指定を切り替えるガジェットの提案と評価依頼にて提案させていただきましたのでご意見いただけますと幸いです。--Wolf359borg会話) 2014年7月17日 (木) 09:14 (UTC)

コメント ガジェット化の提案、お疲れ様です。フォントに関しては慣れと好みですからね… 現状の「暫定措置がなし崩し的に続いている」という状況はやはり好ましくありません。最終的には自動承認要件引き上げ時のように、投票で「既定のフォント」を決めたほうがいいかもしれませんね。。議論形式ですと、どうしても参加をためらって「望まない変更を嫌でも受け入れざる負えない事態になる」という利用者が一定数いる可能性がありますし、現時点で議論がまとまっていませんので、「MediaWiki:Sitenotice でローカル利用者全体に告知し、意見を募り、投票を実施する」くらいの影響はあると思います。MediaWiki‐ノート:Common.cssなんて、それこそ Wikipedia:お知らせ に掲載したとしても、辺境のページだと思われますので、影響に対する告知範囲としては不十分に思えます。私自身はもう変更に慣れてしまっているので、今更 jawp だけで設定を変えられても、個人用 CSS で上書きしてしまうのですが。どちらにせよ、Typography refresh に沿った更新を既定フォントとする必要性を判断するのは、コミュニティの意見を広く募る必要があると思います。--rxy会話) 2014年7月17日 (木) 12:34 (UTC)
コメント 議論のまとめと現状の論点整理、ありがとうございます。
暫定措置の技術面の調整や合意形成の再確認の方も、Wolf359borgさんとStarchild1884さんにほとんどお任せするような状況になっていて、その点は申し訳ありません。
ただ、暫定措置の合意成立の是非に関しては私もその批判を受ける立場にあるものと自覚しています。それゆえ暫定措置の解除に対しては発言を控え、推移を注視させていただいていますが、フォントの恒久的な仕様を話し合う議論に関しては、許される機会があれば意見を述べさせて頂きたいと思います。--ディー・エム会話) 2014年7月17日 (木) 16:42 (UTC)
コメント いずれ投票はするにしても、まずは手続きとか気にせず肩肘張らずに意見を出し合えばいいんじゃないかな。MediaWiki‐ノート:Common.cssでの件は、あんなところに人が集まるわけがないですし、いきなり提案がまずかったと思います。賛否の場になって反対されたらお流れで次に続かない。私は議論の場と材料を提供したに過ぎませんので今後の進め方に関してはお任せしますが、実際にサイト設定を変える場合は(IP含めた)全ユーザー向けのサイトノーティスは必要だと思います。--Wolf359borg会話) 2014年7月17日 (木) 21:57 (UTC)
とりあえず、広く意見を募るために MediaWiki:Sitenotice へこの井戸端へのリンクを含める提案を行いましょうか。--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 12:05 (UTC)
必要だと思うなら出してもらって構いませんけど、放っておいてもいいと思います。井戸端に話題出してそれに人が集まらないのであれば、現状に満足していてフォントをどうこうすることに関心がないという意思表示とも考えられますので。--Wolf359borg会話) 2014年7月18日 (金) 12:24 (UTC)
私の経験からすれば、井戸端での議論だとしても、いざ変更が反映されると大騒ぎされる方がいるので、告知不備といわれないように最大限の周知徹底を図りたいと思います。明確な反対が無いようであれば、Sitenotice への掲載提案を行いたいと思います。--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 13:27 (UTC)
了解しました。ですが私の発言を正しく理解していただけていないようです。私はサイト設定を変更するなら、全ユーザー向けのサイトノーティスは必要と申し上げています。これは一般の閲覧者へ最大限配慮すべきという当初よりの一貫した主張です。井戸端の話題に人が来ないのであれば、それは現状の暫定処置への追認と変更不要の意思表示と解釈できるということです。だってもう3ヶ月も経っているのですから。--Wolf359borg会話) 2014年7月18日 (金) 14:08 (UTC)
「セクション見出しのフォント検討」を行うのであれば、何れ将来的にjawpへ影響を及ぼす可能性は否定できませんので、やはり Sitenotice で告知をして良いフォントの提案を出してもらえばいいのではないかと思ったのですが。現時点では集まっていないのは、抑々「見慣れている」画面で、現状に不満があってもそういうものだと思っているか、登録利用者であればカスタムCSSで上書きしているために、このような場を見ていないということも考えられますし。…--rxy会話) 2014年7月18日 (金) 16:33 (UTC)
コメント ええとですね、まずWolf359borg氏の提案は「デフォルト設定のフォントをどう変更しようか」という話であり、議題が飛び過ぎです。まずフォントは更地に戻す、IEバグはスクリプトで直せるのでスクリプトを使う(IE10だけどフォントは自分でどうにか出来るよという人のために「IE10以前はゴシック体にするという機能のデフォルトで有効のガジェット(自分でオフに出来る)」が良いでしょう)、意見を収集しつつ本当にフォントを変える必要があれば変更する。以前から出されている意見ではありますが、これで良いのではないでしょうか。なんでも完璧完全に決めてからやろうとするから話が進まないのだと思います。
Wolf359borg氏のサンプルだと、h2要素が並んでいるという奇妙な状況なので、予想外の誤解が生じる可能性があります。デフォルト設定だと実際どう見えるのかは、ウィキペディア以外のウィキメディアプロジェクト(ウィクショナリーやコモンズ(日本語設定)など)を見に行ったほうが確実です。オールドスタイルフォントの数字を見たければ、ウィクショナリーの削除依頼ページが解り易いです(節に日付があるため)。
とにかく、バグ対応は行なうのは当然として、「プロジェクト全体の見た目の統一」というフォント変更理由の一つを、日本語版ウィキペディアだけが我儘を通して無視しているということをお忘れなきよう(不当に軽視されないよう)お願いします。以降この件に関しては、この井戸端ページでは積極的には意見をしないつもりでおります。なにとぞ今回は、前回氷鷺氏の使った手口のようなことはどなたもなさらないようお願いします。--Starchild1884会話) 2014年7月18日 (金) 22:16 (UTC)
積極的に意見しないとのこと、ありがとうございます。なお、私は具体的な提案をしているわけではなく、応急処置/暫定処置?どちらでもよいですが、それの後にWikipedia:井戸端/subj/現在のWikipediaのフォントにおいて多少行われていたフォント検討を再開しましょうと、場所と材料を提供したまでです。私が提示いたしましたスクリーンショットはただのフォント見本です。4種のブラウザで各フォントが実際にどう見えるかお見せするためのものです。個々人の環境で他プロジェクトのページを見に行っただけでは問題の共有に不十分であることはすでにディー・エムさんによって指摘[9]されています。--Wolf359borg会話) 2014年7月19日 (土) 04:43 (UTC)

特に告知をしてませんでしたしWP:RfAがあったりしたわけですが、さっぱり意見が来ませんね。ある意味予想通りといった感があります。このまま意見が集まらないようですと、本件に関するjawpコミュニティの関心の低さといいますか、取りも直さず、4月6日の応急処置が概ね歓迎されたもので現状からの変更は特に望まれておらず、MediaWiki‐ノート:Common.cssでの議論は一部の方の意見に過ぎなかったということのわかりやすい証明になるのだろうと思います。--Wolf359borg会話) 2014年7月21日 (月) 23:30 (UTC)

報告 Wikipedia:ガジェット/提案#クライアント環境でフォント指定を切り替えるガジェットの提案と評価依頼にて提案中だったガジェットが評価用として登録されました。個人設定 / ガジェット / インタフェース変更ガジェットの「対応ブラウザで見出しを明朝体・セリフ体にする」にチェックを入れることにより使用できます。キャッシュ破棄してリロードすれば効果を確認できるかと思います。見出しがゴシックで表示された後にセリフに再描画される動作がはっきり見えてしまう場合もあるかと思います。試して頂いてご意見いただけますと幸いです。--Wolf359borg会話) 2014年7月22日 (火) 15:40 (UTC)

情報 当方Mac環境なので、参考までにMacでの表示イメージをアップしました(サンドボックスでの簡易な表示テストです)。 → 表示テストのスクリーンショット(Mac OS 10.9.4 + Safari 7.0.5)

Georgia+MSP明朝はさすがに酷いでしょ…クオリティの問題もありますが、それよりも日本語文字が細すぎてバランスが明らかに変ですし、普通の読者には数字の「3」だけがずれているようにしか見えないと思います。Georgiaフォントだからずれてても気にならないという読者は滅多にいないでしょう(それ以前にこの記事名だけを見てGeorgiaが原因だと気付く人が稀でしょう)。TimesのほうもMSP明朝とうまく噛み合っていないのが見て取れると思います。--ディー・エム会話) 2014年7月25日 (金) 15:21 (UTC)

コメント Wikipedia:ガジェット/提案へのご意見[10]ならびに上記スクリーンショットご提供ありがとうございます。Georgiaに関しては私も同意です。Timesの方はあの例ですと問題ないレベルかと思います。ただ、さほど気にならないということでして、もう少し突っ込んで検討すると、そもそもWEBでの和欧混植自体どうなの?という問題があります。CSSで欧文フォント、和文フォントの順で指定すると欧文フォントにある文字は欧文フォントで表示され、そうでないものは和文フォントで表示される。実に単純な仕組みで便利ですが、ちょっとフォントのことを知っている人からすれば手抜きというか乱暴な方法です。なぜなら、欧文と和文の字体は構造が異なるので(参考サイト参照)、同じサイズのフォントを組み合わせただけだとはちぐはぐになってしまう可能性があります。わかりやすい例は約物や記号の高さや位置がずれてしまうことです。

- 欧文フォントと和文フォントを指定した例 -

3年B組金八先生 (テレビドラマ)

◯-●-◎-▲-□-■

1つめは曖昧さ回避の半角括弧が下にずれています。2つめはこんな記号文字をタイトルや見出しに使うかわかりませんが、欧文フォントに有る文字は小さく、無い文字は大きく表示されています。ハイフンの位置も当然下寄りです。個別にサイズや位置調整することが困難であることを考えますと、和欧混植ではなく和文フォントのみを指定し、欧文文字は和文フォント内の(和文に合わせて調整された)従属欧文フォントで表示させるべきだろうと思われます。ただこの場合は、HG明朝系は従属欧文が残念品質なので避けたいところです。--Wolf359borg会話) 2014年7月26日 (土) 00:10 (UTC)
コメント HG系の欧文フォント混植については全面的に同意です。ただ、日本語版ウィキペディアとしては欧米圏と違って日本語環境との相性も勘案せざるを得ないので、欧文フォントの種類としてはセンチュリーも選択肢に含めた方が良いのかもしれません[11]
MSP明朝の表示品質の評価に関しては、とりあえずWindowsが手近に無かったのでMSP明朝の表示見本もMacで出力したためにWindowsの各ブラウザ出力よりは相当ましに見えると思いますが、Windowsだともっとやせ細ってカクカク表示なMSP明朝(たぶんフォント本来の原型と違う)なのに対してTimesは普通に滑らかなアンチエイリアス表示されるので(おそらく欧文全般)、見出し文字として大サイズで表示するにはちょっとしんどい感じがします[追記 1]。MSゴシックやHG明朝などでも同様の問題は生じますが、元々細身で縦横の太さの差が小さいだけにMSP明朝の劣化が顕著な気がします。何となくですが、Windows環境でのフォント表示全般としてはIE11よりもCromeやFirefoxの表示品質が良くないように感じました。
ただ、これはどのフォントが優れているとか劣っているとかいう話ではなく、MSP明朝は元々のデザインコンセプトとして美観を重視していない反面、明朝体特有の縦横の強弱や装飾が控えめで低解像度の劣悪な表示環境でも文字がつぶれにくく判読しやすい(そのために低解像出力用のビットマップデータも備える)という便利な長所を持ったフォントでもあります。単純な話として、そのような小サイズ・低解像度での出力に適したフォントを大サイズの見出し文字に使用するというのは用途として完全にミスマッチであり、品質に問題を生じるのは当然といえば当然かもしれません。--ディー・エム会話) 2014年7月26日 (土) 09:37 (UTC)

コメント うまくお伝えすることができていない気がしますので、まだ出していないものも含めて私の意見をまとめて書きます。

  • 利用者側で特に何をしなくとも、「妥協できるレベルの品質」で閲覧できるようなフォント設定を目標に考えています。したがって一般的な環境に標準で入っているフォントを優先します。
  • Linux環境や特別なフォントをインストールしている環境では、利用者がユーザースタイルシートでカスタマイズできるだろうという前提で、特に考慮しなくてもいいかなと考えています。
  • フォントスタックとして欧文フォント、和文フォントをならべて指定すると、上で示した例のように上下位置がずれたり、記号文字などが意図しない大きさや字体で表示される場合があるため、和文フォントのみを指定して欧文文字は和文フォント内の従属欧文フォントにまかせるべきだと思っています。つまり、Linux Libertine、Georgia、Times New Roman、Centuryといったフォントは一切指定しないということです。
  • そうすることで、適切な和文フォントを選択しさえすれば欧文と和文のアンマッチの問題は考えなくてよくなります。ただし、HG明朝系の従属欧文は出来が悪いので候補から外します。
  • 一般ファミリ名のフォント指定の場合に古いIEで適切な和文フォントが使用されない問題に関しては、MSの和文フォントを最後に指定することで回避すべきだと思います。現状は sans-serifですが、仮にWindows 9xの古い環境で閲覧したら別の文字化けが起こる[12]と思われます。
  • 現状の日本語環境だとどうしてもゴシック系のほうが高品質なフォントの選択肢が増えるので、セリフ(明朝)系にこだわる必要はないと思っています。一部で誤解している方もおられるようですが、Typography refreshは全言語版にセリフ系見出しや共通の書体を強制するためのものではないはずです。セリフ見出しの選択はラテン系言語での検討によるものですし、全言語版で見た目を統一などはそもそも不可能です。Wikipedia:ウィキペディアの一覧からインド系やイラン系などの言語版を開いてみればそれは明らかだと思います。

といった感じなのですが、いかがでしょう。--Wolf359borg会話) 2014年7月26日 (土) 22:50 (UTC)

コメント 基本的にはそのような方向性で異論ありません。
ただ、2点目に関しては、最終的に投票等で決定する際の選択肢としてオプショナルなフォントが候補に挙がってくる可能性はありますし、具体的な取捨選択は最終段階でのコミュニティの決定に従うということで良いと思います。
6点目で言及されていることは端的に真実を突いていると思います。この問題に対してMW本家の説明が圧倒的に不足していることがそのあたりの誤解を大きくしている一因とも感じています。特にTypography refreshのデメリットや実践面の困難さに関連しそうな部分の説明が大幅に省略されていて、これを日本語版で本格的に検討するとしたらそのあたりの基本的な説明から大きな労力が必要になりそうだな、というのが「mw:Typography refresh」を最初に読んだときから強く感じていることでもあります。
「Typography refresh」の文書を読むと、h2節下のマージンや各見出しフォントのサイズ変化の拡大などが見出しを視認しやすくするための処置のように(自然に読むとそう受け取れるように)書かれていますが、実際のところは、見出しにセリフを使用した際の視覚的な違和感を軽減するためのデザイン調整であることは明らかで、最近でも断続的にマージンや本文テキスト色に微妙に調整が入っているようにも見えます(デバイスの調子か、気のせいかもしれませんが)。それだけ調整がシビアで難易度の高いデザイン上の方法論だということだと思いますが、それに対して得られる効果がそのような手間ひまに見合う程とも思えません。正直なところ、単にセリフフォントの導入ありきで、初期段階での反対意見への考慮が不十分なまま引っ込みがつかなくなっているだけのようにも見えます。もちろん英語版での導入に対しては当事者のコミュニティが決めたことですから異論は無いですが、他言語環境に対してはもっと柔軟な対応を促すようなアナウンスが欲しいところです。
まあ現状でもMW側も無茶な注文は言わないはずです。もし日本語版に対して固有のフォント指定無し( "serif" の指定だけ)でとにかく導入しろというのであれば、まず先に英語版の方からGeorgiaやLinux Libertine、Timesのフォント指定を全て省いて "serif" 指定のみで実践してもらわなければなりませんが、英語環境でそれが無理というのなら、日本語環境でも同様に詳細なフォント指定の選定なしには対応できませんし、そう簡単にいかない方法論だということは当然理解されているはずですから。--ディー・エム会話) 2014年7月27日 (日) 14:08 (UTC)
最後のパラグラフは1文目は同意。その後は考え過ぎじゃないかなあ。欧米の環境だとフォントスタックはただの代替フォントリストだけど、非ラテンの環境だと部分的に適用されるフォントのリストになっちゃっていて、しかもその字体の構造やデザイン思想からしてまるで違うという複雑な状況があり、それが理解されていないだけかと。参考までに私が今使っているフォント指定は

和文明朝指定

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: "游明朝","YuMincho","Hiragino Mincho ProN","MS P明朝","MS PMincho",serif;
    font-weight: bold; 
}

和文ゴシック指定

div#content h1, div#content h2, div#content #firstHeading {
    font-family: "游ゴシック",YuGothic,"Hiragino Kaku Gothic ProN","Noto Sans Japanese","メイリオ",Meiryo,"IPA Pゴシック",IPAPGothic,"MS Pゴシック","MS PGothic",sans-serif;
}
こんな感じです。明朝の場合はbold指定でMS P明朝でもそれなりに見られるレベル(IPA P明朝は半角部分が野暮ったいので外してます)。ゴシックのNoto Sans Japaneseは割りとお気に入りです。--Wolf359borg会話) 2014年7月28日 (月) 23:19 (UTC)

追記[編集]

  1. ^ Macでの表示見本画像にWindows7 & IE11 (MSP明朝+Georgia) の表示見本を追加しました→[1]。Wikipedia英語版のサンドボックスを用いての表示テスト結果です。
--ディー・エム会話) 2014年7月28日 (月) 13:08 (UTC)

翻訳、校正に関する[編集]

先ず最初に自己紹介をさせていただきたいと思います。

私は2007年からウィキペディア(そして他のウィキメディアのプロジェクト、主に英語)にこのアウント以外のユーザ名を使って投稿者とやっています。ということで、2014年と2007年の間で、色々な理由でたまに活発になりましたけれど、今現在の仕事のせいで英語のウィキペディアに活発に投稿は出来ません。どうせ、ウィキペディアのルールをよく知っていると思います。(複数アカウントに関するルールを含める。)

今のお読みになっている通り、自分の日本語能力はまだよくはないが、不自然な感じがまだあります。(実はね、JLPTN3です。)最近、日本語能力を磨くするように、英語ウィキペディアの秀逸な記事を翻訳して日本語ウィキペディアにご投稿いたしたいと思います。日本語能力にはまだ自信がないから、とりあえずアカウントの名前空間(例、利用者:舎利弗/テスト記事)に投稿しておきたいと思います。

本節のつもりに続きまして、実は今翻訳のガイドラインスタイルマニュアルなどの「編集案内」のページを読んでいますが、WikiProject Guild of Copy Editors (ウィキプロジェクト校訂者組合)は日本語ウィキペディアにおいて相当するウィキプロジェクトがあるかどうか伺いたいと思いますけど、もしなければ、翻訳された記事を校正していただくように、どちらのページにご提出させていたくべきですか?

本節をお読みになってありがとうございます。よろしくお願いいたします。舎利弗会話) 2014年7月19日 (土) 02:49 (UTC)

はじめましてDAI-nkと申します。
舎利弗さんがおしゃるウィキプロジェクトとはWikipedia:WikiProject Guild of Copy Editorsのことでしょうか?
だとしたら、残念ながら現在のWikipedia日本語版ではこれに該当するウィキプロジェクトはまだ立ち上がっていいないようです。念のため、Wikipedia:ウィキプロジェクト#日本語版のプロジェクト一覧もご確認ください。
私個人としては、ウィキペディア日本語版が項目数100万項目を達成し英語版との記事数の差を埋めるには、加筆、校正、翻訳、の効率化・合理化が必要であると考えています。効率化・合理化の実現のために舎利弗さんからもご協力いただければ幸いですが、それまでの間は利用者:舎利弗/sandboxなどで執筆すればいいのではないかと思います。--DAI-nk会話) 2014年7月23日 (水) 14:23 (UTC)

ブロック破りで差し戻された編集を書き直すことは問題となるか[編集]

こんばんは。環境の変化により、3年ぶりにウィキペディアの編集を再開することにしましたが、自分の主な分野であるダンジョンズ&ドラゴンズこの編集についてお尋ねしたいことがあります。この発表は事実なのですが、これを(自分の言葉で)復帰させることは「ブロック破りの編集を復活させる」行為に該当するでしょうか?この3年間の事情が良くわからないので、皆様のご意見をお願いいたします。--Purplefox会話) 2014年7月20日 (日) 11:10 (UTC)

  • コメント ブロックユーザーの書き込みについては、二つの考え方があります。参加・編集権の無い人間の書き込みであるのであるから、無条件即時差し戻し(追い返す)を原則とすると言う考え方と、何はともあれ書き込み内容が妥当であれば、百科事典の成長の観点からそれはそれこれはこれとして、検証可能性や著作権の問題をはじめ、その他の問題が無いのであれば、差し戻す必要は無いと言う考え方です。アンケートを採った訳ではありませんが、どちらかと言えば後者の考え方の方が支持されている感がございます(私はどちらかと言えば前者を支持していますが)。極端な例えですが、ブロックユーザーが「日本の総理大臣は安倍晋三」と、有益な加筆を、信頼できる情報源をがっつり付けて行ったとしましょう。さて、これは差し戻すべきでしょうか?・・・差し戻しても、数日や数週間後に、誰かがまた書く様なものであれば、是非も無し。消す必要などないのではないでしょうか。またそれほどの事でなくとも、貴殿の様な第三者が「有益かつ信頼性が高い情報であるので、是非とも記事に盛り込むべきだ」と考え得るなら、誰かがそういった理由で削除したものであっても、「あなたの責任で」復帰させることは特に問題は無いと思います。ただし編集合戦にお気を付け頂くと同時に、ノートの方で一筆入れておくと(会話ページは第三者から見えにくいので、適切とは言えません)、トラブルを避ける、ちょっとした手助けとなるでしょう。なお、一応「余りにも些末な情報」は、果たして必要かどうかからモメる可能性がありますので、念のため(私はD&Dにはそう詳しくございませんので、あくまで一般論として)。--Hman会話) 2014年7月20日 (日) 11:39 (UTC)
  • コメント 一般論としてはHmanさんが書かれているので置いておくとして。個別論としては、再加筆することが妥当な内容だと思います。但し、表現については気になるところがあったので修正して、修正理由をノートに記載しました。ノートの記載内容をご確認の上、よりよい表現があれば修正いただければと思います。--NISYAN会話) 2014年7月21日 (月) 08:28 (UTC)
  • コメント ブロック破りのユーザーは時に何かの政治的主張やWP内での自己主張を推進しようとして記事を追加・変更を行っていることが往々にしてあるので、その点どうなのという警戒はした方が良いでしょう。特に問題がなさそうで出典もしっかりしているようなら、書き直戻すのも問題ないと思います。--Gyulfox会話) 2014年7月21日 (月) 10:43 (UTC)
皆さんコメントをありがとうございます。Tokyodesert氏他が同様に差し戻した編集(私の分野の範囲外の記事)の中に、その是非はともかく有益と思われる編集もいくつか見受けられるのですが、これを書き直すと私がブロック破りをした人物に肩入れしているのではないかと嫌疑をかけられそうなのですが、皆様はどうお考えなのでしょうか?--Purplefox会話) 2014年7月21日 (月) 11:56 (UTC)
  • コメント そのブロック破りユーザーがブロックされた理由にも因ると思います。Gyulfox氏が挙げた政治的主張系もそうですが、虚偽出典や著作権侵害の常習犯の編集も見た目には「有益と思われる編集」であったりするので注意すべきでしょう。一々検証するのも馬鹿らしいので一律除去しているという人も私だけではないようです。復帰させる場合は、そのようなリスクが生じることも留意してください。--uaa会話) 2014年7月21日 (月) 12:30 (UTC)
  • コメント その件に関する十分な知見が自身にないと思われているのでしたら、手をつけないほうが無難かと考えます。記述復帰を行い、他の利用者の方と議論になった際に説得力のある意見を述べられないのでは、それこそ「肩入れ」と取られかねないかと。換言すれば、説得力を持つ議論が出来る見込みが立つのであれば、誤った印象を与えないよう十分に気をつけつつ記述を復帰させるのもよろしいかと思います。--WDS487会話) 2014年7月21日 (月) 12:33 (UTC)
  • コメント 一般論でいえば、「ブロック破りの編集を復活させる」ことかどうかは、もはや問題ではありません。「その編集が適切か不適切か」という観点で考えるだけで良いのです。編集内容そのものが問題とは限りませんが、逆に、単にブロック破りだったから差し戻されたとも限りません。適切な出典による適切な記述であれば問題はありません。--氷鷺会話) 2014年7月21日 (月) 13:14 (UTC)
いただいたコメントを見ますと、やっぱりいろんな人がいるのだなと感じます。「慎重になれ」という人もいれば「内容が問題ないなら良い」という人もいます。問題の編集を書き直す前にここで相談してよかったと思う次第です。ところで、件の差し戻された編集の中に、「画像とキャプションだけ」というものもあるのですが、これも復帰させていいものなのでしょうか?例は昭和駅です。--Purplefox会話) 2014年7月22日 (火) 14:45 (UTC)
報告 昭和駅の件の編集を復帰させましたが、現時点で差し戻しがないことをご報告します。--Purplefox会話) 2014年7月26日 (土) 13:57 (UTC)
色々ある様にも見えますが、現時点で「復帰などさせるべきではない」と言うご意見が皆無だと言う点には、ご留意ください。また、特に明言せずとも、恐らくほとんどの方は「慎重であれ」とお考えでしょうし、ご自信もそうなされているでしょう。復帰はいわば、あなたの責任で行うこととなります。復帰した内容に不適切なものがあれば、責められるのはブロックユーザーではなく、あなたです(まあ趣味のjawpごときでいちいちギャーギャー責められてもやってられない、って言うのはお互い様でして、よほどアホなコトをしない限り、普通の人は露骨に責める様なコトはしません。普通で無い方が混じっていることは否定しませんが)。他の方もご指摘の通り、ブロックユーザーは比較的、ろくでもない加筆を行う可能性が高いです。ですから、それを真に受けて無思慮・無調査に復帰する、と言うのはお勧めできません。ですが、ブロックユーザーの加筆をヒントに、ご自身で典拠を確認し、またjawpのルールに照らして問題が無いことも確認し、相応の自信と確信を持って、ご自身の責任で復帰、もしくは改良の上で再投稿なされるのでしたら、問題とされることはまずありえないものと、ほぼ断言してよろしいのではないかと存じます。こんなところで、いかがでございましょうか。--Hman会話) 2014年7月28日 (月) 18:33 (UTC)

改名した記事の「元記事」へのリンク修正[編集]

ある記事を改名して元記事へのリンクを新しい記事名へ修正していたところ、「Portal:日本の都道府県」(新着)と「Wikipedia:索引」「Wikipedia:月間新記事賞」からリンクされてるのを確認したのですが、これ一般の利用者が弄っても大丈夫なんですかね? 元記事名にはいささか問題があるため、リダイレクトの削除依頼に出す予定なのですが。--KAMUI会話) 2014年7月21日 (月) 14:36 (UTC)

月間記事賞に関しては[[新記事名|元記事名]]にしたほうが良いかもしれません。記事名が適切でないとしても、当時の状況をなるべく維持するという意味で。注記を入れておくと安心かもしれません。あとは普通に変更しても良いと私は思います。--Marine-Bluetalkcontribsmail 2014年7月22日 (火) 00:36 (UTC)
月間記事賞含めてご意見を参考に修正しました。ありがとうございました。--KAMUI会話) 2014年7月22日 (火) 09:22 (UTC)

フィクションの人物の注意喚起について[編集]

アニメキャラといったフィクションの実物の記事にはたいてい「架空の人物である」という注意喚起があるのですが、ここまでやらないと誤解する人がいるのでしょうか。ドラマにおける「この物語はフィクションです」という注意書きは実在する人物をモデルにしたという誤解を受けたからだと聞きますが。--Rikumio会話) 2014年7月24日 (木) 08:05 (UTC)

大抵の場合において、読み手が分別有る大人であれば、読み進めればわかることなのですが、冒頭でそう書いておけば、わざわざ時間を掛けて読み進めずとも数秒でわかります。「架空の人物」でも「○○と言う小説の登場人物」でもいいでしょう。人物に限らず、架空のものについてはそういう断り書きは必要なケースが多いでしょう(逆に申し上げれば、冒頭数秒で架空のナニモノカだと誰の目にも明らかに解るのであれば「架空の」との文句は必ずしも必須ではないでしょう。ただしやはり解りやすくするため、付けておく方がいいケースも多い、とは思います)。数秒で架空のナニモノカだとわかり読者の手間を省けるなら(理解が早まるなら)、その方が良いでしょう。稀に・・・稀にではないかもしれない・・・全くメタな視点を無視して、さも実在の人物であるかの様に書いてある架空の人物記事もあります。こういったものですと、基礎知識の無い人は勘違いしてしまうかもしれません!もしWPや人類文明が無限に続くのであれば、数十秒・数分の無駄が、無限に続く事になります。それはナンセンスでしょう。また、読み手が分別有る大人でない可能性がある点や、非日本語話者が機械翻訳で読んでいる可能性が有る点にも、一応留意した方が良いでしょう。--Hman会話) 2014年7月24日 (木) 08:19 (UTC)
質問:Rikumioさんにおたずねします。アニメキャラってどんな意味でしょうか。辞書になかったので私のような歳のものにはわかりかねます。また「フィクションの実物」とはどういうことでしょうか。フィクションとはそれに対応する実物がない場合に言うような気がします。ご教授ください。--ShikiH会話) 2014年7月24日 (木) 09:23 (UTC) 下線部追加、インデント修正。--ShikiH会話) 2014年7月24日 (木) 13:31 (UTC)
コメントすみません、「実物」は「人物」の間違いでした。「アニメキャラ」はアニメ作品の登場人物のことです。--Rikumio会話) 2014年7月24日 (木) 13:57 (UTC)
コメント あるキャラクターの記事を作成するにあたって、それが「実在の人物でない」ということは、定義文に含めるべき、記事対象の重要な特性であると考えます(「注意喚起」ではないでしょう)。もちろん、光源氏のように直後の段で架空の人物である旨が触れられていれば必要ないとは思いますが、作品名が挙げられていても、三国志演義あぶさんのように現実の人物も入り混じるような作品であれば、作品の登場人物として書くだけでは不十分という状況もありえます。--Jkr2255 2014年7月24日 (木) 10:02 (UTC)
コメントそういう見解もあるのですか。--Rikumio会話) 2014年7月24日 (木) 13:57 (UTC)
コメント ShikiHでございます。Rikumioさん、ご回答ありがとうございます。さて、架空の人物であるかどうかについては記事の早い段階で書いてくださると有り難く思います。わたしはアニメついては詳しくないので、テレビドラマについて書きます。たとえば「鬼平犯科帳は鬼平が主人公で、本名は長谷川平蔵宣以。御先手組頭だったので加役を任じられた。テレビドラマでは先代高麗屋が演じて好評を博したので、その息子の播磨屋が長く演じた」というような文章は百科事典にはふさわしくありません。架空の人物か実在か、こんな文章ではわかりません。知識の体系は年代、興味・関心によって、個人ごとにたいそう異なります。わかっている人にだけわかる、というのは困ります。フィクションのアニメーションにおいても、読者の知識を過大に前提としないようにお願いします。--ShikiH会話) 2014年7月24日 (木) 17:28 (UTC)

Template:精神分析学のノート欄へのリンクが何故か赤色表示される[編集]

主に精神医学・心理学系の記事を執筆しているPsychoticBlueと申します。よろしくお願いします。

この度様々なテンプレートの翻訳や編集をして気がついたのですが、ある種のテンプレートは、右下の端っこに表示されている「表 話 編 歴」というリンクの「話」の部分が赤色リンクになってしまいます。同じテンプレートのの英語版では、たとえノートページがつくられていなくても、赤リンクは表示されません。執筆者は思い入れのある記事の赤リンクを消そうとする習性があるため、やはり気になってしまいます。英語版同様、ノートページに書き込みがなくても赤リンクが表示されないようにしたいのですが、どのようにすればよいのでしょうか。以下が該当テンプレートの一例です。

Template:精神分析学

精神医学領域のテンプレートは同様の現象が起きているテンプレートが非常に多いです。それに対して、赤リンクにならないタイプのものも当然あります。

Template:DSMにおけるパーソナリティ障害

などです。この問題の解決方法を知っている方がいらっしゃいましたら、ご教授願えないでしょうか。よろしくお願い致します。--Psychotic Blue会話) 2014年7月28日 (月) 08:42 (UTC)

  • 報告 Template:精神分析学で使われているTemplate:Sidebarをリニューアルしたことで「話」が赤リンクになりましたが今修正しましたら「表」等と同様のリンクになりましたがどうでしょうか?--K-iczn会話) 2014年7月28日 (月) 12:46 (UTC)
ただ今確認したところ直っておりました。こんなことならもっと早く相談すべきでした。大変素早いご対応に感謝致します。ありがとうございました!--Psychotic Blue会話) 2014年7月29日 (火) 05:04 (UTC)

暗黙のルール「管理者はチェックユーザー依頼が無くても多重アカウントを理由に裁量で無期限ブロックできる」について[編集]

議論しましょう。「管理者は投稿ブロック依頼が無くても裁量で投稿ブロックを行う事ができる」という暗黙のルールもあります。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:04 (UTC)

  • 「管理者は投稿ブロック依頼が無くても裁量で投稿ブロックを行う事ができる」というのは、暗黙のルールではありません。定められた方針です。現状把握をが間違った状態での議論提示に益があるとは思えませんし、そういう未消化の状態で益にならない議論の提示を続けると、コミュニティを疲弊させる利用者として、さらなるブロックが求められるかもしれません。--アイザール会話) 2014年7月28日 (月) 16:07 (UTC)
    • 承知しました。「暗黙の」という部分については撤回させていただきます。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:10 (UTC)

暗黙のルール「管理者は解任されるレベルの悪行をしない限り責任を問われない」について[編集]

議論しましょう。Wikipediaのルールは日本の法律よりはアメリカの法律に近いですし、日米どちらの法律と比較しても穴だらけに見えます。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:04 (UTC)

  • Wikipediaの方針は、法律ではありません。根本的に、Wikipediaの理念をご理解いただいていない状態での提議に、あまり益があるとは思えません--アイザール会話) 2014年7月28日 (月) 16:11 (UTC)
    • Wikipediaの理念に「管理者はチェックユーザー依頼が無くても多重アカウントを理由に裁量で無期限ブロックできる」「管理者は解任されるレベルの悪行をしない限り責任を問われない」という状況は合致してますか?--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:27 (UTC)
      • 議論の内容が変わるのでしたら、節を終了させてください。--アイザール会話) 2014年7月28日 (月) 16:29 (UTC)
        • 承知しました。新しい節を作成させていただきます。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:52 (UTC)

提案「投稿ブロックは管理者の裁量では無く決められた手順に沿って合意の元に実施する」[編集]

現在は管理者の裁量がルールなので、管理者はチェックユーザー依頼が無くても多重アカウントを理由に裁量で無期限ブロックできます。

また、管理者は投稿ブロック依頼が無くても裁量で投稿ブロックを行う事ができます。

このようなルールはWikipediaの理念に反すると思いますので、管理者の裁量では無く決められた手順に沿って合意の元に実施するのが良いと思います。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:52 (UTC)

提案「管理者の解任以外に段階的な仕組みを用意する」[編集]

現状では段階的な仕組みが無く「管理者の解任」というコミュニティにとっても管理者本人にとっても非常にダメージの大きい方法しかありません。

よって、段階的な仕組みを用意する事を提案させていただきます。

思いついた限りでは解任までに「合意に基づく戒告」「謝罪」「コミュニティが合意した期間の謹慎」等の段階があると思います。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 16:52 (UTC)

  • あまりにも大雑把過ぎて、議論の足がかりにするにはちょっと、と。もう少し具体案を出していただければ、コミュニティも検討の余地があるかと思います。その場合は、上記のとおり、具体的な方針のページでお願いします。--アイザール会話) 2014年7月28日 (月) 17:08 (UTC)
    • それはかまいませんが、本件の場合は、どのページで議論させていただきましょうか?--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 17:58 (UTC)
      • えっとですね……それくらい自分で調べられませんか? その程度のことが分からなくて、百科事典編纂プロジェクトの方針改定に参画しようとするのは、あやうくないですか? というかWikipediaの運営の根幹にかかわる議論を複数同時並行的に進める余力をおもちでしょうか。--アイザール会話) 2014年7月28日 (月) 18:05 (UTC)
        • 「調べ事」では無く「決め事」だと思いましたので。とりあえず、異論が無ければこちらで進めさせていただこうかと考えておりますが、いかがでしょうか?--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 18:11 (UTC)
          • ここだけで扱う事項ではありません。適切なページにて、適切な方法で提案を行ってください。提案場所がわからないのであれば、あなたがまだ方針やガイドラインに対する理解が不足していることになりますので、方針やガイドライン、及び現行の慣例と運用をよく理解された後、必要に応じて適切な場所でご提案いただきたく思います。--rxy会話) 2014年7月28日 (月) 18:15 (UTC) 下線部追加--rxy会話) 2014年7月28日 (月) 18:16 (UTC)

こちらでも宣言しておきます。8月3日の午前0時まで投稿を自粛します。--Excre会話) 2014年7月28日 (月) 19:11 (UTC)

文章中の他言語版へのリンクについて[編集]

久々に加筆等を行おうと思って作業しております。ただ、以前は感じなかったのですが今回、多少なりとも悩んでいることについて質問させていただきます。私は主に近代ギリシャを中心としたバルカン半島諸国の歴史の分野で活動しておりますが、文章中に日本語版にはない項目については出来る限り他言語版へのリンクを付けるようにしております。この他言語版へのリンクなのですがどの言語を使うべきか悩んでおります。過去には英語版に記事が存在せずそれぞれの言語版に記事が存在する場合はその言語版へのリンクをつなげておりましたが、基本的に英語版へのリンクを付けるようにし、それぞれの言語版や英語版に無いときはフランス語やドイツ語など記事が存在する他言語版へのリンクを付けるようにしておりました。しかしながら、最近、ギリシャの項目にはギリシャ語、ルーマニアの項目にはルーマニア語、セルビアの項目にはセルビア語のそれぞれの言語版へのリンクがいいのではないかと思うことがあります。ただ、それぞれの言語版を見ると記事がまだまだスタブレベルであり、英語版や他の言語版が充実していることが多々有ります。この時、私的には悩みどころとなります。記事が充実している英語版にリンクさせるべきか、それともその項目が関係する言語版へのリンクさせるべきか、そして英語版、関係する言語版に記事がないことやスタブレベルな場合、記事が存在する、もしくは充実している言語版へのリンクさせるべきなのか・・・。皆様の良い知恵をお貸しいただければと思います。--Hideokun会話) 2014年7月28日 (月) 17:08 (UTC)

その時点で最も充実している言語版の記事につけるのが妥当と考えます。その他言語版が翻訳されて日本語版に存在するようになる可能性まで考慮するなら{{仮リンク}}のようなテンプレートもありますし、何より記事内容の充実という観点から考えれば関連性の高い言語版であっても内容に劣るリンクを選択するというのは推奨されざる選択に思えます。
Wikipedia:外部リンクの選び方#日本語以外の言語で記述されたサイトへのリンクにて同言語を強く推奨していることから発生した勘違いではないかと思ったのですが、これは他言語と日本語のリンク先が「同程度の内容であった場合」に限られていますので、ご質問にありますように内容の充実度という観点で見て同言語版が明らかにスタブレベルということでしたら選択の余地なく最も充実している言語版へのリンクが為されるべきであると考えます。--Nami-ja 会話 / 履歴 2014年7月29日 (火) 01:05 (UTC)