バレンシアCF

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バレンシアCF
原語表記 Valencia Club de Fútbol
愛称 Che, Xotos
クラブカラー 白とオレンジ
創設年 1919年
所属リーグ リーガ・エスパニョーラ
所属ディビジョン プリメーラ・ディビシオン
ホームタウン バレンシア
ホームスタジアム メスタージャ
収容人数 52.600
代表者 アグスティン・モレラ
監督 エルネスト・バルベルデ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

バレンシア・クルブ・デ・フトボルValencia Club de Fútbol)は、スペインバレンシアに本拠地を置くサッカークラブチームである。

現在はリーガ・エスパニョーラプリメーラ・ディビシオンに所属しており、UEFAチャンピオンズリーグでは1999-2000、2000-01の2シーズン連続で準優勝している。下部チームにバレンシアCF・メスタージャがあり、ダビド・アルベルダダビド・シルバなどの選手をトップチームに輩出している。

目次

歴史 [編集]

バレンシアの選手達(1927年)

同リーグでの名門と呼ばれるクラブに比べ、比較的創設が遅めではあるが、スペイン第三の都市バレンシアを代表するクラブとして、レアル・マドリードバルセロナアトレティコ・マドリードビルバオなどを追うような形でその歴史を歩んできた。

1960年代には、フェアーズ・カップで3年連続で決勝戦に進出し、二連覇を達成。連覇の1年目には、同じリーガ・エスパニョーラの強豪バルセロナを下してタイトルを獲得している。

1970年代には、アルゼンチンのマリオ・ケンペスがプレー。1976-77、77-78シーズンと2年連続でピチーチ賞に輝き、79-80シーズンにはカップウィナーズカップヨーロッパスーパーカップを獲得している。しかし、その後は素晴らしいとは言い難い時期が続き、1985-86シーズンにはセグンダ・ディビシオンに降格してしまった。

1990年代後半からは、堅固な守備陣を基盤としたカウンターサッカーのスタイルを確立。エクトル・クーペルが監督に就任した99-00シーズンにはクラウディオ・ロペスガイスカ・メンディエタキリ・ゴンサレスジェラール・ロペスらをチームの中心に据え、切れ味抜群の超高速カウンターを武器にUEFAチャンピオンズリーグで決勝戦にまで勝ち上がった(決勝戦ではレアル・マドリードに敗戦)。翌2000-01シーズンには、チームを支えたクラウディオ・ロペスジェラール・ロペスらが抜け、戦力の低下が懸念された中、下馬評を覆して再びUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦に進出。決勝戦ではバイエルン・ミュンヘンPK戦の末惜敗したものの、欧州全土に強豪クラブとしてその名を轟かせた。

2001-02シーズンからはクーペルインテルに転出し、ラファエル・ベニテスが監督に就任した。ほぼ無名のベニテスの手腕を疑問視する声も根強かったが、ベニテスは就任一年目にして約30年ぶりのリーガ・エスパニョーラ制覇を達成、更に2年後の2003-04シーズンにはリーガ・エスパニョーラUEFAカップの二冠をチームに齎すなど顕著な実績を残した。特にこの年のバレンシアは堅守速攻型のカウンターサッカーがベニテスの下で浸透し、非常に組織力の高いチームであった。その中核を担ったのがGKのサンチャゴ・カニサレスやボランチのルベン・バラハダビド・アルベルダであった。

2004-05シーズンにはフロントとの衝突からベニテスがリバプールに転出し、かつてチームを率い、カウンターのスタイルを根付かせたクラウディオ・ラニエリが監督に復帰するも、国内外でチームは低迷。マルコ・ディバイオステファノ・フィオーレべルナルド・コッラーディらのイタリア人を多数獲得したチームのイタリア化は事実上失敗に陥った。ラニエリはシーズン終了を待たずに解任。その後はかつてベニテスの下でアシスタントコーチを務めたアントニオ・ロペスが指揮を執った。

2005-06シーズンには、かつてチームでプレーし、スペインサッカー界でも屈指の理論派若手監督として名を馳せていたキケ・サンチェス・フローレスを招聘しチームの建て直しを図った。新加入のダビド・ビジャの活躍もありチームは3位でシーズンを終える。

2006-07シーズンにはビジャに加えリバプールから獲得したフェルナンド・モリエンテスセルタからレンタルバックした生え抜きのダビド・シルバらが活躍。しかし、ルベン・バラハやエドゥ、更にはビセンテ・ロドリゲスなど主力級の選手が軒並み怪我により長期離脱。シーズン初めはリーガ・エスパニョーラ、UEFAチャンピオンズリーグの二冠も有り得るかと思わせる好発進だったが、これにより失速。終盤にはなかなか馴染めなかったホアキン・サンチェスがようやくフィットし、活躍を見せたが結局リーガでは4位、チャンピオンズリーグではチェルシーに敗れベスト8に終わっている。

2007-08シーズン中盤、フロントとの対立からフローレス監督を解任し、PSVを率いていたロナルド・クーマン監督を招聘。クーマン監督は就任直後にアルベルダカニサレスアングロの3選手を戦力外扱いする。しかし、クーマンのオランダ型の攻撃的な4-3-3のシステムはチームにフィットせず、更に戦術面の改革を図るも、超短期的な改革は後に多大な損害と崩壊を残すだけであった。クーマンは成績不振により解任され、新たにボロ監督が就任すると、上記の3選手は練習・試合に復帰した。コパ・デル・レイは勝ち取ったものの、チャンピオンズリーグでは最下位でグループリーグ敗退、リーガでも終盤まで残留争いをし、非常にネガティブなシーズンとなってしまった。

2008-09シーズンは、若手監督の有望株、ウナイ・エメリを監督に迎えた。前年からの選手とフロントの混乱や、チーム財政の悪化[1]といった問題が山積した状態であったため前評判は芳しいものではなかった。しかしトラブルをきっかけにチームは結束を固め、ビジャが得点王を争うなど奮起。予想を上回る6位でシーズンを終了した。

2009年夏の移籍市場ではクラブの財政難から主力選手の放出が囁かれたものの、バレンシア市の融資を受けられたこともあって多くの主力選手の残留に成功。前シーズンのリーグ王者バルセロナや大型補強をしたレアル・マドリードには及ばないもののリーグ3位を堅守、UEFAチャンピオンズリーグ本戦への出場権を手に入れた。しかし、財政難により夏の移籍市場にてビジャをバルセロナへ、シルバをマンチェスター・シティへと移籍させた他、9シーズンに亘り活躍したカルロス・マルチェナビジャレアルへと移籍させた。

2011年3月20日のセビージャ戦で東日本大震災への支援のために、選手名がカタカナ表記のユニホームを用意して着用した。ユニホームはスペイン赤十字社に寄贈し、同社がオークションに出して収益は日本の被災者の方々への義援金とすることを決定している。[2]

2011-12シーズンは最終的に3位でリーグ戦を終了し、クラブ史上初の3シーズン連続3位とUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。 ただし、このシーズンに獲得した勝ち点は61であり、プリメーラが20チーム制となった1987-88シーズン及び、勝利による勝ち点が3ポイントとなった1995-96シーズン以来では最も少ない勝ち点の3位である。 ちなみに1994-95シーズンに3位となったレアル・ベティスの獲得勝ち点は46であり、これを現行の勝利=3ポイントとして計算しなおすと勝ち点61となる。 シーズン終了後、4シーズンにわたりチームを率いたウナイ・エメリ監督の退任が決定。

2012-13シーズンからはバレンシアでプレー経験のあるマウリシオ・ペジェグリーノが監督に就任。だが成績不振により12月に解任された。後任にはエルネスト・バルベルデが就任。

スタジアム [編集]

エスタディオ・デ・メスタージャ

ホームスタジアムはメスタージャである。1919年に創設されてから1923年までの間は、アルジロススタジアムをホームスタジアムとしていた。

現在、2009年の完成を目指して新たなスタジアムの計画が進行している。しかし、財政が火の車になってしまい選手の規模縮小を招いてしまった直接的な原因(メスタージャの土地がほとんど売れなかった)がこのプロジェクトである。結果、2009年2月に工事が中断され、それ以降は手付かずの状態となっていた。

また、このプロジェクトはソレール元会長の所有している建設会社が主な受注先である事から、自らの懐を潤すためであったのではないかと言われている。

2011年12月12日、クラブは建設が凍結していた新スタジアムの工事を再開することを発表した。これは、スペイン国内に7つの銀行を保有する金融グループBankiaと合意に達し、資金調達の目処が立ったことからの決定であった。 しかし2012年5月Bankiaが不動産融資関連で巨大な不良債権を抱え、スペイン政府に資金支援を要請し、一部国有化された。それに伴い2012年9月20日Bankiaはクラブとの合意を破棄した事から、再びクラブは資金難に陥り、新スタジアム”ノウ・メスタージャ”の完成予定は未定になっている。

タイトル [編集]

国内タイトル [編集]

優勝6回 : 1941-42, 1943-44, 1946-47, 1970-71, 2001-02, 2003-04
準優勝6回 : 1947–48, 1948–49, 1952–53, 1971–72, 1989–90, 1995–96
優勝7回 : 1940-41, 1948-49, 1953-54, 1966-67, 1978-79, 1998-99, 2007-08
準優勝9回 : 1933–34, 1943–44, 1944–45, 1945–46, 1951–52, 1969–70, 1970–71, 1971–72, 1994–95
優勝1回 : 1999
準優勝3回 : 2002, 2004, 2008
優勝1回 : 1949
準優勝1回 : 1947
優勝2回 : 1930–31, 1986–87

国際タイトル [編集]

準優勝2回 : 1999-2000, 2000-01
優勝2回 : 1961-62, 1962-63
準優勝1回 : 1963-64
優勝1回 : 2003-04
優勝2回 : 1980, 2004
優勝1回 : 1979-80
優勝1回 : 1998

成績 [編集]

優勝 準優勝 昇格 降格

現所属メンバー [編集]

2013年3月7日現在
No. Pos. 選手名
1 ブラジルの旗 GK ジエゴ・アウヴェス (Flag of Italy.svg)
3 フランスの旗 DF アリ・シッソコ
4 フランスの旗 DF アディル・ラミ (Flag of Morocco.svg)
6 スペインの旗 MF ダビド・アルベルダ
7 ブラジルの旗 MF ジョナス
8 アルジェリアの旗 FW ソフィアン・フェグリ (Flag of France.svg)
9 スペインの旗 FW ロベルト・ソルダード
10 アルゼンチンの旗 MF エベル・バネガ (Flag of Spain.svg)
11 アルゼンチンの旗 MF パブロ・ピアッティ (Flag of Italy.svg)
12 ポルトガルの旗 DF ジョアン・ペレイラ
13 スペインの旗 GK ビセンテ・グアイタ
No. Pos. 選手名
14 スペインの旗 DF アントニオ・バラガン
15 スペインの旗 MF ホナタン・ビエラ
16 パラグアイの旗 FW ネルソン・バルデス
17 メキシコの旗 MF アンドレス・グアルダード (Flag of Spain.svg)
18 スペインの旗 DF ビクトル・ルイス
20 ポルトガルの旗 DF リカルド・コスタ
21 スペインの旗 MF ダニエル・パレホ
22 フランスの旗 DF ジェレミー・マテュー
23 スペインの旗 MF セルヒオ・カナレス
24 アルゼンチンの旗 MF ティノ・コスタ (Flag of France.svg)
28 スペインの旗 MF ファン・ベルナト

括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

バレンシアCF・メスタージャ所属選手
No. Pos. 選手名
29 スペインの旗 DF アルベルト・ダルマウ
No. Pos. 選手名
43 ポルトガルの旗 GK クリスティアーノ・ペレイラ (Flag of Germany.svg)
監督


期限付き移籍(レンタル移籍)選手 [編集]

in
No. Pos. 選手名
パラグアイの旗 MF ネルソン・バルデス (ルビン・カザン)
out
No. Pos. 選手名
アルゼンチンの旗 MF フェルナンド・ガゴ (CAベレス・サルスフィエルド)
スペインの旗 MF カルラス・ジル (エルチェCF)
No. Pos. 選手名
スペインの旗 FW パコ・アルカセル (ヘタフェCF)


11/12移籍 [編集]

歴代監督 [編集]

期間 名前 備考
1921-1922 フアン・アルメト・キンケ
1922-1923 アグスティン・サンチョ
1923-1927 チェコスロバキアの旗 アントン・フィヴバー
1927-1929 ジェームス・エリオット
1929-1931 チェコスロバキアの旗 アントン・フィヴバー
1931-1933 ロドルフォ・ギャロウエー
1933-1934 イングランドの旗 ジャック・グリーンウェル
1934-1935 チェコスロバキアの旗 アントン・フィヴバー
1935-1936 アンドレス・バルサ
1939-1942 スペインの旗 ラモン・エンシナス リーガ優勝1回,
コパ・デル・レイ優勝1回
1942-1943 レオポルド・コスタ・リノ
1943-1946 スペインの旗 エドゥアルド・クベルス リーガ優勝1回
1946-1948 スペインの旗 ルイス・カサス・パサリン リーガ優勝1回
1948-1954 スペインの旗 ジャシント・キンコセス コパ・デル・レイ優勝2回, スーペルコパ優勝1回
1954-1956 カルロス・イトゥラスペ
1956-1958 スペインの旗 ルイス・ミロ
1958-1959 スペインの旗 ジャシント・キンコセス
1959-1960 ペドロ・オットー・ブンベル
1960-1962 ドミンゴ・バルマンジャ
1962-1963 アルゼンチンの旗 アレハンドロ・スコペッリ UEFAカップ優勝2回
1963-1964 スペインの旗 ベルナルディーノ・ペレス
1964-1965 スペインの旗 エドムンド・スアレス・ムンド
1965-1966 サビノ・バリナガ
1966-1968 スペインの旗 エドムンド・スアレス・ムンド コパ・デル・レイ優勝1回
1968-1969 ホセ・イグレシアス・ジョセイト
1969-1970 エンリケ・ブケ
1970-1974 アルゼンチンの旗 アルフレッド・ディ・ステファノ リーガ優勝1回
1974-1975 ミロバン・チリッチ
1975-1976 ドゥラゴリュブ・ミロセヴィッチ
1976-1977 エリベルト・エレーラ
1977 マヌエル・メストレ
1977-1979 マルセル・ドミンゴ
1979 スペインの旗 ベルナルディーノ・ペレス
1979-1980 アルゼンチンの旗 アルフレッド・ディ・ステファノ UEFAカップウィナーズカップ優勝1回
1980-1982 スペインの旗 ベルナルディーノ・ペレス コパ・デル・レイ優勝1回, UEFAスーパーカップ優勝1回
1982 マヌエル・メストレ
1982-1983 ミラン・ミラニッチ
1983 コルド・アギーレ
1983-1984 スペインの旗 フランシスコ・ガルシア・パキート
1984-1985 ロベルト・ヒル
1985-1986 オスカル・ルベン・バルデス
1986-1988 アルゼンチンの旗 アルフレッド・ディ・ステファノ
1988 ロベルト・ヒル
1988-1991 ウルグアイの旗 ビクトル・エスパラゴ
1991-1993 オランダの旗 フース・ヒディンク
1993 フランシスコ・レアル
1993-1994 ウルグアイの旗 エクトル・ヌネス
1994 スペインの旗 ホセ・マヌエル・リエロ
1994 オランダの旗 フース・ヒディンク
1994-1995 ブラジルの旗 カルロス・アルベルト・パレイラ
1995 スペインの旗 ホセ・マヌエル・リエロ
1995-1997 スペインの旗 ルイス・アラゴネス
1997 スペインの旗 ホルヘ・バルダーノ
1997 スペインの旗 ホセ・マヌエル・リエロ
1997-1999 イタリアの旗 クラウディオ・ラニエリ コパ・デル・レイ優勝1回,
UEFAインタートトカップ優勝1回
1999-2001 アルゼンチンの旗 エクトル・クーペル スーペルコパ優勝1回
2001-2004 スペインの旗 ラファエル・ベニテス リーガ優勝2回,
UEFAカップ優勝1回
2004-2005 イタリアの旗 クラウディオ・ラニエリ UEFAスーパーカップ優勝1回
2005 スペインの旗 アントニオ・ロペス
2005-2007 スペインの旗 キケ・サンチェス・フローレス
2007-2008 オランダの旗 ロナルト・クーマン コパ・デル・レイ優勝1回
2008 スペインの旗 ボロ
2008-2012 スペインの旗 ウナイ・エメリ
2012 アルゼンチンの旗 マウリシオ・ペジェグリーノ
2012- スペインの旗 エルネスト・バルベルデ

歴代所属選手 [編集]

GK [編集]

DF [編集]


MF [編集]


FW [編集]


関連項目 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ AFP BB News (2008年12月3日). “バレンシア 破産の危機が報じられる”. 2009年7月14日閲覧。
  2. ^ バレンシアから届いた日本への思い スポーツナビ 2011.4.21付記事 (アーカイヴ)
  3. ^ Spanish Cup Winners
  4. ^ リーガ・エスパニョーラコパ・デル・レイコパ・デ・ラ・リーガスーペルコパ・デ・エスパーニャ欧州カップ戦などの通算得点数
  5. ^ 19 goals in the La Liga
  6. ^ 24 goals in the La Liga
  7. ^ 24 goals in the La Liga
  8. ^ 28 goals in the La Liga

外部リンク [編集]