バレンシアCF
| バレンシアCF | ||||
|---|---|---|---|---|
| 原語表記 | Valencia Club de Fútbol | |||
| 愛称 | Los Pulos,Che,Xotos | |||
| クラブカラー | 白とオレンジ | |||
| 創設年 | 1919年 | |||
| 所属リーグ | リーガ・エスパニョーラ | |||
| 所属ディビジョン | プリメーラ・ディビシオン | |||
| ホームタウン | バレンシア | |||
| ホームスタジアム | メスタージャ | |||
| 収容人数 | 52.600 | |||
| 代表者 | アグスティン・モレラ | |||
| 監督 | ウナイ・エメリ | |||
| 公式サイト | 公式サイト | |||
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| ■テンプレート(■ノート)■サッカークラブPJ | ||||
バレンシアCF(Valencia Club de Fútbol)は、スペイン・バレンシアに本拠地を置くサッカークラブチームである。
現在はリーガ・エスパニョーラのプリメーラ・ディビシオンに所属しており、UEFAチャンピオンズリーグでは99-00、00-01の2シーズン連続で準優勝している。下部チームにバレンシアCF・メスタージャがあり、ダビド・アルベルダやダビド・シルバなどの選手をトップチームに輩出している。
目次 |
[編集] 歴史
同リーグでの名門と呼ばれるクラブに比べ、比較的創設が遅めではあるが、スペイン第三の都市バレンシアを代表するクラブとして、レアル・マドリード、バルセロナ、アトレティコ・マドリード、ビルバオなどを追うような形でその歴史を歩んできた。
1960年代には、フェアーズ・カップで3年連続で決勝戦に進出し、二連覇を達成。連覇の1年目には、同じリーガ・エスパニョーラの強豪バルセロナを下してタイトルを獲得している。
1970年代には、アルゼンチンのマリオ・ケンペスがプレー。1976-77、77-78シーズンと2年連続でピチーチ賞に輝き、79-80シーズンにはカップウィナーズカップ、ヨーロッパスーパーカップを獲得している。しかし、その後は素晴らしいとは言い難い時期が続き、1985-86シーズンにはセグンダ・ディビシオンに降格してしまった。
1990年代後半からは、堅固な守備陣を基盤としたカウンターサッカーのスタイルを確立。エクトル・クーペルが監督に就任した99-00シーズンにはクラウディオ・ロペス、ガイスカ・メンディエタ、キリ・ゴンサレス、ジェラール・ロペスらをチームの中心に据え、切れ味抜群の超高速カウンターを武器にUEFAチャンピオンズリーグで決勝戦にまで勝ち上がった(決勝戦ではレアル・マドリードに敗戦)。翌00-01シーズンには、チームを支えたクラウディオ・ロペスやジェラール・ロペスらが抜け、戦力の低下が懸念された中、下馬評を覆して再びUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦に進出。決勝戦ではバイエルン・ミュンヘンにPK戦の末惜敗したものの、欧州全土に強豪クラブとしてその名を轟かせた。
01-02シーズンからはクーペルがインテルに転出し、ラファエル・ベニテスが監督に就任した。ほぼ無名のベニテスの手腕を疑問視する声も根強かったが、ベニテスは就任一年目にして約30年ぶりのリーガ・エスパニョーラ制覇を達成、更に2年後の03-04シーズンにはリーガ・エスパニョーラとUEFAカップの二冠をチームに齎すなど顕著な実績を残した。特にこの年のバレンシアは堅守速攻型のカウンターサッカーがベニテスの下で浸透し、非常に組織力の高いチームであった。その中核を担ったのがGKのサンチャゴ・カニサレスやボランチのルベン・バラハ、ダビド・アルベルダであった。
04-05シーズンにはフロントとの衝突からベニテスがリバプールに転出し、かつてチームを率い、カウンターのスタイルを根付かせたクラウディオ・ラニエリが監督に復帰するも、国内外でチームは低迷。マルコ・ディバイオ、ステファノ・フィオーレ、べルナルド・コッラーディらのイタリア人を多数獲得したチームのイタリア化は事実上失敗に陥った。ラニエリはシーズン終了を待たずに解任。その後はかつてベニテスの下でアシスタントコーチを務めたアントニオ・ロペスが指揮を執った。
05-06シーズンには、かつてチームでプレーし、スペインサッカー界でも屈指の理論派若手監督として名を馳せていたキケ・サンチェス・フローレスを招聘しチームの建て直しを図った。新加入のダビド・ビジャの活躍もありチームは3位でシーズンを終える。
06-07シーズンにはビジャに加えリバプールから獲得したフェルナンド・モリエンテス、セルタからレンタルバックした生え抜きのダビド・シルバらが活躍。しかし、ルベン・バラハやエドゥ、更にはビセンテ・ロドリゲスなど主力級の選手が軒並み怪我により長期離脱。シーズン初めはリーガ・エスパニョーラ、UEFAチャンピオンズリーグの二冠も有り得るかと思わせる好発進だったが、これにより失速。終盤にはなかなか馴染めなかったホアキン・サンチェスがようやくフィットし、活躍を見せたが結局リーガでは4位、チャンピオンズリーグではチェルシーに敗れベスト8に終わっている。
07-08シーズン中盤、フロントとの対立からフローレス監督を解任し、PSVを率いていたロナルド・クーマン監督を招聘。クーマン監督は就任直後にアルベルダ・カニサレス・アングロの3選手を戦力外扱いする。しかし、クーマンのオランダ型の攻撃的な4-3-3のシステムはチームにフィットせず、更に戦術面の改革を図るも、超短期的な改革は後に多大な損害と崩壊を残すだけであった。クーマンは成績不振により解任され、新たにサルバドール・ゴンサレス“ボロ”監督が就任すると、上記の3選手は練習・試合に復帰した。コパ・デル・レイは勝ち取ったものの、チャンピオンズリーグでは最下位でグループリーグ敗退、リーガでも終盤まで残留争いをし、非常にネガティブなシーズンとなってしまった。
08-09シーズンは、若手監督の有望株、ウナイ・エメリを監督に迎えた。前年からの選手とフロントの混乱や、チーム財政の悪化[1]といった問題が山積した状態であったため前評判は芳しいものではなかった。しかしトラブルをきっかけにチームは結束を固め、ビジャが得点王を争うなど奮起。予想を上回る6位でシーズンを終了した。
2009年夏の移籍市場ではクラブの財政難から主力選手の放出が囁かれたものの、バレンシア市の融資を受けられたこともあって多くの主力選手の残留に成功。前シーズンのリーグ王者バルセロナや大型補強をしたレアル・マドリードには及ばないもののリーグ3位を堅守、UEFAチャンピオンズリーグ本戦への出場権を手に入れた。しかし、財政難により夏の移籍市場にてビジャをバルセロナへ、シルバをマンチェスター・シティへと移籍させた他、9シーズンに亘り活躍したカルロス・マルチェナもビジャレアルへと移籍させた。
2011年3月20日のセビージャ戦で東日本大震災への支援のために、選手名がカタカナ表記のユニホームを用意して着用した。ユニホームはスペイン赤十字社に寄贈し、同社がオークションに出して収益は日本の被災者の方々への義援金とすることを決定している。[2]
[編集] スタジアム
ホームスタジアムはメスタージャである。1919年に創設されてから1923年までの間は、アルジロススタジアムをホームスタジアムとしていた。
現在、2009年の完成を目指して新たなスタジアムの計画が進行している。しかし、財政が火の車になってしまい選手の規模縮小を招いてしまった直接的な原因(メスタージャの土地がほとんど売れなかった)がこのプロジェクトである。結果、2009年2月に工事が中断され、それ以降は手付かずの状態となっていた。
また、このプロジェクトはソレール元会長の所有している建設会社が主な受注先である事から、自らの懐を潤すためであったのではないかと言われている。
2011年12月12日、クラブは建設が凍結していた新スタジアムの工事を再開することを発表した。これは、スペイン国内に7つの銀行を保有する金融グループBankiaと合意に達し、資金調達の目処が立ったことからの決定である。この新スタジアム”ノウ・メスタージャ”は2013年の完成を予定している。
[編集] タイトル
[編集] 国内タイトル
- プリメーラ・ディビシオン:6回
- 1941-1942, 1943-1944, 1946-1947, 1970-1971, 2001-2002, 2003-2004
- コパ・デル・レイ:7回
- 1941, 1949, 1954, 1967, 1979, 1999, 2008
- スペインスーパーカップ:1回
- 1999
[編集] 国際タイトル
- UEFAカップ:3回
- 1961-1962, 1962-1963, 2003-2004
- UEFAスーパーカップ : 2回
- 1980, 2004
- UEFAカップウィナーズカップ:1回
- 1980-1981
[編集] 過去の成績
| シーズン | リーグ | コパ・デル・レイ | 国際大会 | |
|---|---|---|---|---|
| 1996-97 | 1部 | 10位 | ベスト16 | UEFAカップ ベスト8 |
| 1997-98 | 1部 | 9位 | ベスト16 | |
| 1998-99 | 1部 | 4位 | 優勝 | UEFAカップ 2回戦敗退 |
| 1999-00 | 1部 | 3位 | 2回戦敗退 | CL 準優勝 |
| 2000-01 | 1部 | 5位 | 2回戦敗退 | CL 準優勝 |
| 2001-02 | 1部 | 1位 | 1回戦敗退 | UEFAカップ ベスト8 |
| 2002-03 | 1部 | 5位 | 2回戦敗退 | CL ベスト8 |
| 2003-04 | 1部 | 1位 | ベスト8 | UEFAカップ 優勝 |
| 2004-05 | 1部 | 7位 | 2回戦敗退 | UEFAカップ ベスト32 |
| 2005-06 | 1部 | 3位 | ベスト8 | |
| 2006-07 | 1部 | 4位 | ベスト16 | CL ベスト8 |
| 2007-08 | 1部 | 10位 | 優勝 | CL グループリーグ敗退 |
| 2008-09 | 1部 | 6位 | ベスト8 | UEFAカップ ベスト32 |
| 2009-10 | 1部 | 3位 | ベスト16 | EL ベスト8 |
| 2010-11 | 1部 | 3位 | ベスト16 | CL ベスト16 |
-
優勝 準優勝 昇格 降格
[編集] 現所属メンバー
- 2011年9月1日現在
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括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。
(※1)トルコはEU圏外だが、リーガ・エスパニョーラでは外国人枠とは見なさない。
[編集] 期限付き移籍(レンタル移籍)選手
- in
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- out
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[編集] フォーメーション
- 2011-12
[編集] 11/12移籍
詳細は「:en:List of Spanish football transfers summer 2011」を参照
[編集] 歴代監督
| 氏名 | 国籍 | 期間 |
|---|---|---|
| フアン・アルメト・キンケ | 1921-1922 | |
| アグスティン・サンチョ | 1922-1923 | |
| アントン・フィヴバー | 1923-1927 | |
| ジェームス・エリオット | 1927-1929 | |
| アントン・フィヴバー | 1929-1931 | |
| ロドルフォ・ギャロウエー | 1931-1933 | |
| ジャック・グリーンウェル | 1933-1934 | |
| アントン・フィヴバー | 1934-1935 | |
| アンドレス・バルサ | 1935-1936 | |
| ラモン・エンシナス | 1939-1942 | |
| レオポルド・コスタ・リノ | 1942-1943 | |
| エドゥアルド・クベルス | 1943-1946 | |
| ルイス・カサス・パサリン | 1946-1948 | |
| ジャシント・キンコセス | 1948-1954 | |
| カルロス・イトゥラスペ | 1954-1956 | |
| ルイス・ミロ | 1956-1958 | |
| ジャシント・キンコセス | 1958-1959 | |
| ペドロ・オットー・ブンベル | 1959-1960 | |
| ドミンゴ・バルマンジャ | 1960-1962 | |
| アレハンドロ・スコペッリ | 1962-1963 | |
| ベルナルディーノ・ペレス | 1963-1964 | |
| エドムンド・スアレス・ムンド | 1964-1965 | |
| サビノ・バリナガ | 1965-1966 | |
| エドムンド・スアレス・ムンド | 1966-1968 | |
| ホセ・イグレシアス・ジョセイト | 1968-1969 | |
| エンリケ・ブケ | 1969-1970 | |
| アルフレッド・ディ・ステファノ | 1970-1974 | |
| ミロバン・チリッチ | 1974-1975 | |
| ドゥラゴリュブ・ミロセヴィッチ | 1975-1976 | |
| エリベルト・エレーラ | 1976-1977 | |
| マヌエル・メストレ | 1977 | |
| マルセル・ドミンゴ | 1977-1979 | |
| ベルナルディーノ・ペレス | 1979 | |
| アルフレッド・ディ・ステファノ | 1979-1980 | |
| ベルナルディーノ・ペレス | 1980-1982 | |
| マヌエル・メストレ | 1982 | |
| ミラン・ミラニッチ | 1982-1983 | |
| コルド・アギーレ | 1983 | |
| フランシスコ・ガルシア・パキート | 1983-1984 | |
| ロベルト・ヒル | 1984-1985 | |
| オスカル・ルベン・バルデス | 1985-1986 | |
| アルフレッド・ディ・ステファノ | 1986-1988 | |
| ロベルト・ヒル | 1988 | |
| ビクトル・エスパラゴ | 1988-1991 | |
| フース・ヒディンク | 1991-1993 | |
| フランシスコ・レアル | 1993 | |
| エクトル・ヌネス | 1993-1994 | |
| ホセ・マヌエル・リエロ | 1994 | |
| フース・ヒディンク | 1994 | |
| カルロス・アルベルト・パレイラ | 1994-1995 | |
| ホセ・マヌエル・リエロ | 1995 | |
| ルイス・アラゴネス | 1995-1997 | |
| ホルヘ・バルダーノ | 1997 | |
| ホセ・マヌエル・リエロ | 1997 | |
| クラウディオ・ラニエリ | 1997-1999 | |
| エクトル・ラウル・クーペル | 1999-2001 | |
| ラファエル・ベニテス | 2001-2004 | |
| クラウディオ・ラニエリ | 2004-2005 | |
| アントニオ・ロペス | 2005 | |
| キケ・サンチェス・フローレス | 2005-2007 | |
| ロナルト・クーマン | 2007-2008 | |
| サルバドール・ゴンサレス“ボロ” | 2008 | |
| ウナイ・エメリ | 2008- |
[編集] 歴代所属選手
詳細は「:Category:バレンシアの選手」を参照
[編集] GK
ホルヘ・バルトゥアル
ホセ・マヌエル・オチョトレーナ 1988-1992
アンドニ・スビサレッタ 1994-1998
サンティアゴ・カニサレス 1998-2008
アンドレス・パロップ 1998-2005
フアン・ルイス・モラ 2005-2008
ティモ・ヒルデブラント 2007-2008.11
レナン 2008-2009
ミゲル・アンヘル・モジャ 2009-
[編集] DF
ホセ・リバス
フランシスコ・フェレイラ
アントニオ・プチャデス 1946-1958
ペップ・クララムント 1966-1978
キケ・サンチェス・フローレス 1984-1994
フランシスコ・カマラサ 1987-2000
ハビ・ナバーロ 1993-1994,1995-2000
ビセンテ・エンゴンガ 1994-1997
エンリケ・ロメロ 1994-1997
ホルヘ・オテロ 1994-1997
イバン・カンポ 1995-1997
ジョスリン・アングロマ 1997-2002
アメデオ・カルボーニ 1997-2006
ミロスラヴ・ジュキッチ 1997-2003
ガブリエル・ポペスク 1998-2000
ヨアキム・ビヨルクルンド 1998-2002
マウリシオ・ペジェグリーノ 1999-2005
ヘラルド・ガルシア・レオン 1999-2000
ロベルト・アジャラ 2000-2007
ファビオ・アウレリオ 2000-2006
カルロス・マルチェナ 2001-2010
ダビド・ナバーロ 2001-2007、2009-2011
クーロ・トーレス 1999-2009
マルコ・カネイラ 2004-2006
ラウール・アルビオル 2004-2009
エミリアーノ・モレッティ 2004-2009
ミゲル・モンテイロ 2005-
アシエル・デル・オルノ 2006-2008
イバン・エルゲラ 2007-2008.12
アンヘル・デアルベルト 2009-
ジェレミー・マテュー 2009-
ブルーノ 2009-
[編集] MF
クルト・ヤーラ 1973-1975
フランク・アルネセン 1981-1983
フェルナンド・ゴメス 1983-1998
レオナルド 1991-1993
ガイスカ・メンディエタ 1992-2001
マジーニョ 1994-1996
ヴァレリー・カルピン 1996-1997
ダビド・アルベルダ 1997-
アリエル・オルテガ 1997-1998
ジェラール・ロペス 1997-2000
フランシスコ・ファリノス 1997-2000
ルイス・ミジャ 1997-2001
デニス・シェルバン 1998-2001
キリ・ゴンザレス 1999-2003
ズラトコ・ザホヴィッチ 2000-2001
ディディエ・デシャン 2000-2001
ルベン・バラハ 2000-2010
ビセンテ・ロドリゲス 2000-2011
パブロ・アイマール 2001-2006
フランシスコ・ルフェテ 2001-2006
ファビアン・カノッビオ 2003-2004
ホルヘ・ロペス・モンターニャ 2003-2004, 2005-2007
モハメド・シソッコ 2003-2005
パブロ・エルナンデス 2004-
ステファノ・フィオーレ 2004-2005
マリオ・レゲイロ 2005-2007
ファビアン・エストヤノフ 2005-2008
ウーゴ・ヴィアナ 2005-2010
エドゥ 2005-2009
シスコ 2004-2005
シシ 2001-2008
ステファン・サンデー 2007-
エベル・バネガ 2008-
[編集] FW
ムンド 1939-1950
サリフ・ケイタ 1974-1976
マリオ・ケンペス 1976-1981, 1982-1984
ファン・サンチェス 1992-1993, 1999-2004
プレドラグ・ミヤトヴィッチ 1993-1996
オレグ・サレンコ 1994-1995
クラウディオ・ロペス 1996-2000
ゴラン・ヴラオビッチ 1996-2000
ミゲル・アンヘル・アングロ 1997-2009
ロマーリオ 1997-1999
クリスティアーノ・ルカレッリ 1998-1999
アドリアン・イリエ 1999-2002
ヨン・カリュー 2000-2003
ミスタ 2001-2006
リカルド・オリベイラ 2003-2004
ベルナルド・コッラーディ 2004-2005
マルコ・ディ・ヴァイオ 2004-2006
パトリック・クライファート 2005-2006
ダビド・ビジャ 2005-2010
フェルナンド・モリエンテス 2006-2009
ニコラ・ジギッチ 2007-2008,2009-2010
ハビエル・アリスメンディ 2007-2008
フアン・マタ 2007-2011
ロベルト・ソルダード 2010-
[編集] 関連項目
- バレンシアCF・メスタージャ - バレンシアCFの下部チーム
[編集] 脚注
- ^ AFP BB News (2008年12月3日). “バレンシア 破産の危機が報じられる”. 2009年7月14日閲覧。
- ^ バレンシアから届いた日本への思い スポーツナビ 2011.4.21付記事 (アーカイヴ)
[編集] 外部リンク
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1 D・アウヴェス | 2 ブルーノ | 3 マドゥロ | 4 ラミ | 5 トパル | 6 アルベルダ | 7 ジョナス | 8 フェグリ | 9 ソルダード | 10 バネガ | 11 アドゥリス | 12 A・バラガン | 13 グアイタ | 14 ピアッティ | 15 デアルベルト | 16 カナレス | 17 J・アルバ | 18 V・ルイス | 19 パブロ | 20 R・コスタ | 21 パレホ | 22 マテュー | 23 ミゲル | 24 A・コスタ | 25 C・ペレイラ | 28 ベルナト 監督: エメリ |
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ラ・リーガ プリメーラ・ディビシオン, 2011-12
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