ハビエル・サビオラ

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ハビエル・サビオラ
名前
本名 ハビエル・ペドロ・サビオラ
愛称 エル・コネホ(ウサギ)
ラテン文字 Javier SAVIOLA
基本情報
国籍 アルゼンチン
生年月日 1981年12月11日(26歳)
出身地 ブエノスアイレス
身長 169cm
体重 62kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション FW
背番号 9
利き足 右足
代表歴
2000- アルゼンチン 44 (12)


Template(ノート 解説)サッカー選手pj

ハビエル・ペドロ・サビオラJavier Pedro Saviola, 1981年12月11日 - )は、アルゼンチン共和国ブエノスアイレス出身、リーガ・エスパニョーラレアル・マドリードに所属するアルゼンチン代表サッカー選手。 ポジションはFW

愛称は「コネホ」。スペイン語でウサギを意味する言葉で、ヘルマン・ブルゴスが名付け親である。

目次

[編集] 経歴

生家はブエノスアイレス市内でも有数の富裕層が住む住宅街にあり、彼の家も富裕層といえる。10歳でリーベル・プレートのユースに加入し、1998年に16歳でトップチームに昇格。翌年には大活躍を見せ、南米年間最優秀選手に輝いた。更に2001年ワールドユースでは、7試合11得点でU-20アルゼンチン代表の優勝に貢献するとともに、自身も得点王とMVPを受賞した。

その活躍が認められて2001年、1998-1999シーズンのリーグ制覇以降低迷していたスペインのFCバルセロナへ移籍。後の移籍までの3年間連続で年間20ゴール以上の活躍を見せた。特にパトリック・クライファートリバウドとあわせてトリデンテとも称される存在感を見せた。しかし、その間大きなタイトルを獲ることが出来なかった。2004年オフには前会長ジョアン・ガスパールと結んだ法外な契約とフランク・ライカールト監督の戦術的選択によりサミュエル・エトーヘンリク・ラーションが加入したこともあってASモナコへ、さらに翌年はセビージャFCへと、相次いでレンタル移籍してプレーした。セビージャではリーグ戦の躍進とUEFAカップ獲得に貢献している。

レンタル期間の終了によりバルセロナへ復帰を果たした。そこには2シーズン続けて年間30ゴール以上決めたサミュエル・エトーがエースとして君臨しており、クラブは監督の戦術的選択に入っていない上に、レンタル先で必ずしも著しい結果を残せなかったサビオラを他クラブへ完全移籍させることを切望したが、サビオラ本人はバルサへの思いが強く、契約を選択し残留(なお、本人やクラブは「スポーツ上の理由からの残留」と言っている。)。バルセロナ所属のまま2006-2007シーズン開幕を迎えた。

バルセロナ時代のサビオラ
バルセロナ時代のサビオラ

エトーやリオネル・メッシが怪我によって長期離脱するという事態からチャンスを得、シーズン当初は活躍を続けた。しかし、その後は自身の負傷などもあって調子を落とし、特にチャンピオンズリーグなど重要な試合で活躍できず、彼らが復帰すると再び出場機会を失った。また、この年にはエイドゥル・グジョンセンが加入していたこともサビオラの立場を失う要因となった。バルセロナとの契約は同シーズンまでであったが、2007年5月になってバルサから提示された条件は現行の契約から大幅ダウンとなり、サビオラ自身もチーム内での存在の薄さを感じ、6月18日にバルセロナからの退団が決定した。それでも最もバルセロニスタから愛された選手の一人であり、同シーズンの新聞の調査ではサビオラを支持する票も多く、退団を惜しむ声は大きかった。

同年7月、彼が新天地として選んだのはバルセロナの最大のライバルであるレアル・マドリードであった。これは長年の敵対関係にある両クラブ間を渡り歩く「禁断の移籍」であり、彼の境遇からルイス・フィーゴの移籍時のようにサポーターの怒りを買うような「裏切り行為」と非難される事はなかったが、バルセロニスタの間からは戸惑いの声が聞かれた。レアル・マドリードの一員として迎えた2007-08シーズン、同じセカンドトップのポジションを争うライバルのラウル・ゴンサレスがかつてのような得点力を取り戻し、また自身の負傷もあって試合出場の機会は少なかった。

[編集] プレースタイル

やや引いた位置でボールを受け、抜群の敏捷性を生かしたドリブルやワンツーで相手を置き去りにして得点を決める。ゴールへの嗅覚も鋭く、バルセロナでの絶頂期には異常なまでのボールへの反応速度を見せ、得点を量産した。

シュートの際にゴールを見ないことでも知られる。一般的には、ゴールやGKの位置を確認してからシュートを放つのが基本であるが、サビオラの場合は顔を上げずにシュートモーションに入るため、GKは反応がしずらくなっている。故にサビオラのシュートにテクニカルなものは少ない。

本人は「仲間のお膳立てをするほうが得意」とも語っている。

[編集] エピソード

  • 大のバルセロニスタである(ただ、前述のようにレアル・マドリードに移籍)。
  • その幼い顔つきから女性に圧倒的に人気があり、「サビオラは女性にしかサインしない」と揶揄されたことがある。
  • 本人はいささかコンプレックスになっているらしく「ウサギってあだ名はあまり好きじゃないです」とも発言している。
  • FCバルセロナではロナウジーニョが入団するまではサビオラのユニフォームが一番人気だった。
  • 好きな選手はパブロ・アイマールシャビ。また、2人とは親友関係にあり、サビオラへのアシストの供給源でもある。

[編集] 所属クラブ

[編集] 個人記録

  • 1998年-1999年 リーベル・プレート 20試合 7得点
  • 1999年-2000年 リーベル・プレート 31試合 17得点
  • 2000年-2001年 リーベル・プレート 35試合 20得点
  • 2001年-2002年 FCバルセロナ   36試合 17得点
  • 2002年-2003年 FCバルセロナ   36試合 13得点
  • 2003年-2004年 FCバルセロナ   33試合 14得点
  • 2004年-2005年 ASモナコ       29試合 8得点
  • 2005年-2006年 セビージャFC    29試合 9得点
  • 2006年-2007年 FCバルセロナ   18試合 5得点
  • 2007年-    レアル・マドリード

[編集] タイトル

オリンピック
男子 サッカー
2004 サッカー

[編集] 関連項目


先代:
マルティン・パレルモ
南米年間最優秀選手
1999
次代:
ロマーリオ