マルティン・パレルモ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
マルティン・パレルモ Football pictogram.svg
Martin palermo fkm08.jpg
名前
愛称 エル・ロコ(奇人)、ティタン(タイタン)、エル・オプティミスタ・デ・ゴル(ゴールの楽天家)
ラテン文字 Martín Palermo
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 1973年11月7日(38歳)
出身地 ラプラタ
身長 187cm
体重 85kg
選手情報
在籍チーム アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ
ポジション FW
背番号 9
利き足 左足
代表歴 2
1999- アルゼンチンの旗 アルゼンチン 15 (9)
2. 2010年6月22日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj
ノートでこのテンプレートの色について意見を募集しています。
2006年、ボカ・ジュニアーズでのパレルモ(写真奥)

マルティン・パレルモMartín Palermo1973年11月7日 - )は、アルゼンチンブエノスアイレス州ラプラタ出身のサッカー選手。ポジションはフォワード
ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)に所属。

目次

[編集] 経歴

クラブ

地元の名門であるエストゥディアンテスでキャリアをスタートさせる。1997年にボカ・ジュニアーズへ移籍すると実力をいかんなく発揮し1998年前期リーグでは20得点で得点王に輝く。さらに南米年間最優秀選手に選ばれるなどボカファンのアイドルとなる。キャリアのハイライトは2000年に行われたトヨタカップレアル・マドリード戦。開始3分で電光石火の先制点、続く前半6分には追加点を奪うといった大活躍でヨーロッパ王者を撃破。同大会のMVPに選ばれた。2001年にはスペインのビジャレアルCFに移籍した。2001-02シーズンのコパ・デル・レイレバンテUD戦では、スタンド最前列の壁が崩壊した事故に巻き込まれ、残りのシーズンを棒に振る大怪我を負った。2008年8月、右膝十字靭帯を負傷する大怪我を負った。

代表

アルゼンチン代表ではコパ・アメリカ1999のメンバーとして初招集。同大会で3得点を記録したが、コロンビア戦にてPKを3本蹴って3本失敗という近代サッカー史に残る珍事の主役となる。(パラグアイ代表GKホセ・ルイス・チラベルトはPK3本を決めハットトリックを達成した試合の後で「パレルモ、ボールはこうやって蹴るものなんだよ」と発言している)これが直接的な原因では無いものの以降は代表とは縁が無い。2009年4月17日ディエゴ・マラドーナ監督によって、5月20日に行われる親善試合に招集されることが発表された。同年9月30日の親善試合・ガーナ戦では復帰後初得点を含む2得点を決める活躍をみせた。続く10月10日のW杯予選ペルー戦では後半ロスタイムに値千金の決勝ゴールを挙げた。2010 FIFAワールドカップ代表メンバーにも選ばれ、グループリーグ第3戦のギリシャ戦では自身ワールドカップ初得点を挙げた。

[編集] 人物

[編集] タイトル

ボカ

前期リーグ - 優勝(1998年、2000年、2005年、2008年)
後期リーグ - 優勝(1999年、2006年)

個人タイトル

[編集] 所属クラブ

[編集] 脚注


個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語