マルティン・パレルモ
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マルティン・パレルモ |
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| 名前 |
| 愛称 |
エル・ロコ(奇人)、ティタン(タイタン)、エル・オプティミスタ・デ・ゴル(ゴールの楽天家) |
| ラテン文字 |
Martín Palermo |
| 基本情報 |
| 国籍 |
アルゼンチン
イタリア |
| 生年月日 |
1973年11月7日(38歳) |
| 出身地 |
ラプラタ |
| 身長 |
187cm |
| 体重 |
85kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
ボカ・ジュニアーズ |
| ポジション |
FW |
| 背番号 |
9 |
| 利き足 |
左足 |
| 代表歴 2 |
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2. 2010年6月22日現在。
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2006年、ボカ・ジュニアーズでのパレルモ(写真奥)
マルティン・パレルモ(Martín Palermo、1973年11月7日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス州ラプラタ出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。
ボカ・ジュニアーズ(アルゼンチン)に所属。
[編集] 経歴
- クラブ
地元の名門であるエストゥディアンテスでキャリアをスタートさせる。1997年にボカ・ジュニアーズへ移籍すると実力をいかんなく発揮し1998年前期リーグでは20得点で得点王に輝く。さらに南米年間最優秀選手に選ばれるなどボカファンのアイドルとなる。キャリアのハイライトは2000年に行われたトヨタカップ・レアル・マドリード戦。開始3分で電光石火の先制点、続く前半6分には追加点を奪うといった大活躍でヨーロッパ王者を撃破。同大会のMVPに選ばれた。2001年にはスペインのビジャレアルCFに移籍した。2001-02シーズンのコパ・デル・レイ、レバンテUD戦では、スタンド最前列の壁が崩壊した事故に巻き込まれ、残りのシーズンを棒に振る大怪我を負った。2008年8月、右膝十字靭帯を負傷する大怪我を負った。
- 代表
アルゼンチン代表ではコパ・アメリカ1999のメンバーとして初招集。同大会で3得点を記録したが、コロンビア戦にてPKを3本蹴って3本失敗という近代サッカー史に残る珍事の主役となる。(パラグアイ代表GKホセ・ルイス・チラベルトはPK3本を決めハットトリックを達成した試合の後で「パレルモ、ボールはこうやって蹴るものなんだよ」と発言している)これが直接的な原因では無いものの以降は代表とは縁が無い。2009年4月17日、ディエゴ・マラドーナ監督によって、5月20日に行われる親善試合に招集されることが発表された。同年9月30日の親善試合・ガーナ戦では復帰後初得点を含む2得点を決める活躍をみせた。続く10月10日のW杯予選・ペルー戦では後半ロスタイムに値千金の決勝ゴールを挙げた。2010 FIFAワールドカップ代表メンバーにも選ばれ、グループリーグ第3戦のギリシャ戦では自身ワールドカップ初得点を挙げた。
[編集] 人物
[編集] タイトル
ボカ
- 前期リーグ - 優勝(1998年、2000年、2005年、2008年)
- 後期リーグ - 優勝(1999年、2006年)
個人タイトル
[編集] 所属クラブ
[編集] 脚注