マンチェスター・シティFC

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マンチェスター・シティFC
原語表記 Manchester City Football Club
愛称 City / Citizens / The Sky Blues / The Blues
クラブカラー 水色
創設年 1887年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン マンチェスター
ホームスタジアム エティハド・スタジアム
収容人数 48,000
代表者 アラブ首長国連邦の旗 シャイフ マンスール・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン英語版
監督 チリの旗 マヌエル・ペジェグリーニ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

マンチェスター・シティ・フットボール・クラブManchester City Football Club, イギリス英語発音[ˈmænʧistə ˈsiti ˈfutˌbɔːl klʌb])は、イングランドマンチェスターに本拠地を置くサッカークラブである。

概要[編集]

プレミアリーグ有数の強豪クラブであり、2011-2012シーズンにはマンチェスター・ユナイテッドを僅差で凌ぎ、44シーズンぶりにリーグ制覇を果たした。世界規模、全国区のマンチェスター・ユナイテッドに対し「真のマンチェスター市民のクラブ」といわれている。ユナイテッドとの試合は「マンチェスター・ダービー」と呼ばれ、マージーサイド・ダービーノース・ロンドン・ダービーと並び3大ダービーの1つである。サポーターはクラブの愛称をもじりCityzensと呼称されている。[1]

2014年1月、世界4大会計事務所である『デロイト』の調査によると、2012-13シーズンのクラブ収入は3億1620万ユーロであり、世界のサッカークラブの中で6位である[2]。また、イギリスメディアが2012年に公表した調査によると、平均年俸は約740万ドルであり、FCバルセロナレアル・マドリードに次いで、世界で三番目に高いクラブであることが判明した。これはアメリカのスポーツチームで最も平均年俸が高いロサンゼルス・レイカーズニューヨーク・ヤンキースを上回る給与水準である[3]

歴史[編集]

初期[編集]

1880年より活動していたゴートン・アスレティックが1887年にウエスト・ゴートン (West Gorton F.C.) と合併し、プロ組織としてアーディックFC (Ardwick F.C.) が結成された。1894年に現在のクラブ名になる。

古豪チームとして70年代までに多くのタイトルを獲得し、80年代初頭まではおおむね強豪の一角だったが、以後は残留争いの常連に甘んじ、エレベータークラブ化していたうえ、1998-99シーズンにはディヴィジョン2(実質3部リーグ)での戦いを余儀なくされるなど、実力においてユナイテッドに大きく水をあけられていた(シティが3部リーグでプレーしていた1998-99シーズンには、ユナイテッドはUEFAチャンピオンズリーグを制覇している)。

オーナーによる投資[編集]

2007-2008シーズン[編集]

2007年7月6日に、クラブの公式サイトで 前イングランド代表監督スヴェン・ゴラン・エリクソンの監督就任とタイ前首相のタクシン・チナワットの会長就任を発表。8月には月間最優秀監督賞を受賞するなど上々のスタートを切ったが、後半失速し9位でシーズンを終えると、2008年6月2日成績不振によりエリクソンを解任。マーク・ヒューズを新監督に迎え、同年夏の移籍市場ではジョーヴァンサン・コンパニショーン・ライト・フィリップスらを獲得した。

2008-2009シーズン[編集]

2008年9月1日、タクシン・チナワット会長がオーナー権をUAEの投資グループのアブダビ・ユナイテッド・グループ・フォー・デベロップメント・アンド・インベストメント英語版(ADUG)へ売却。更に同年夏の移籍市場最終日となった同日、レアル・マドリードからロビーニョを獲得し、翌2009年冬の移籍市場では当時史上最高額ともいわれる移籍金でACミランからカカの獲得を試み失敗するも、あり余る資金力を背景にウェイン・ブリッジシェイ・ギヴンクレイグ・ベラミーなどの実力者達を獲得。しかし、最終的に2008-09シーズンはプレミアリーグを10位、UEFAカップをベスト8で終えることとなり期待された結果とは程遠いものだった。

2009-2010シーズン[編集]

2009年夏の移籍市場では再び巨額を投じ、カルロス・テベスエマニュエル・アデバヨールコロ・トゥーレらプレミアリーグで実績を残している選手達を中心に大規模な選手補強を行い、これまでキャプテンを務めていたリチャード・ダンや主力であったエラーノを放出してチームを編成し直した。2009-10シーズンは開幕から連勝を重ねて序盤は首位争いを演じるも、リーグ戦7戦連続引き分けるなど徐々に調子を落とし、2009年12月21日にヒューズは解任され、前インテル監督のロベルト・マンチーニを新監督として招聘した。2010年冬の移籍市場ではパトリック・ヴィエラアダム・ジョンソンらを獲得。一方で負傷などによって調子を落としていたロビーニョをサントスFCにレンタル移籍で放出した。マンチーニ監督就任後は守備を重視した戦術を浸透させ失点が減少、結果的には5位でのシーズン終了となりUEFAチャンピオンズリーグは逃したものの、UEFAヨーロッパリーグの出場権を獲得した。

2010-2011シーズン[編集]

2010年夏の移籍市場ではダビド・シルバヤヤ・トゥーレジェイムズ・ミルナーらを獲得。一方でスティーヴン・アイルランド、ロビーニョらを放出した。更に2011年冬の移籍市場ではエディン・ジェコを獲得し、アデバヨールら余剰戦力となっていた選手らをレンタル移籍させた。2010-11シーズンは1968-69シーズン以来35季ぶりとなるFAカップ優勝を果たしたほか、プレミアリーグを3位で終えてクラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得した。

2011-2012シーズン[編集]

2011年夏の移籍市場ではセルヒオ・アグエロサミル・ナスリガエル・クリシーらを獲得。更にアブダビ政府所有の航空会社エティハド航空と1億5千万ポンドと噂される額で10年間のスポンサー契約を締結。改修予定中のスタジアム名称をエティハド・スタジアムと変更した。

2011-12シーズンは序盤から圧倒的な攻撃力を維持し、無敗をキープして迎えた9節のオールド・トラッフォードでのマンチェスターダービーでは1-6での歴史的勝利を挙げ、その実力を世界的に知らしめた。

その後も両チームはデットヒートを繰り広げ、4月にはマンチェスター・ユナイテッドとの勝ち点差8とまで広がり2位に甘んじるも、ユナイテッドが終盤に入り勝ち点を取りこぼし、一方のシティはCLのバイエルン戦で交代出場の指示を拒否したとして戦力外扱いになっていたが、マンチーニ監督と和解したカルロス・テベスが無断帰国から復帰してチームに合流。息を吹き返したシティは連勝を重ね、マンチェスターダービー前には勝ち点3にまで差を詰めて迎えた第36節のユナイテッドとのマンチェスターダービーをヴァンサン・コンパニのヘディングシュートで1-0で制し、27節以来の首位に立った。そして最終節のQPR戦は勝てば得失点差でシティの優勝がほぼ決まる状況だったが、後半途中で相手が1人少なくなったにもかかわらず、やはり勝てばプレミア残留が決まるQPRの前に2点を奪われ、1-2で逆転を許した。しかしアディショナルタイム(AT)に入り、まずジェコのヘディングシュートで同点とし、最後はアグエロのシュートが決まり、3-2の逆転勝利で劇的な44シーズンぶりのリーグ制覇を果たした。シティ戦がATに入った時点で同時刻KOだったサンダーランド vs マンチェスター・ユナイテッド戦はユナイテッドが0-1で先に勝利したため、シティは引き分けでも優勝を逃すという状況だった。

また、初出場となったUEFAチャンピオンズリーグでは、バイエルン・ミュンヘンナポリビジャレアルと同組の「死の組」に入り、 3勝2敗1分けの勝ち点10を奪ったが、ナポリに競り負け惜しくも3位でヨーロッパリーグスライド。 そのヨーロッパリーグでもFCポルトには勝利したが、決勝トーナメント2回戦でスポルティング・リスボンにアウェーゴールの差で敗れ敗退し、欧州の舞台で輝きを放つことはできなかった。

2012-2013シーズン[編集]

2012-13シーズンはコミュニティシールドでは優勝したもののリーグ戦はユナイテッドに独走を許してしまい、早々に優勝を決めさせてしまう(最終結果はユナイテッドと勝ち点11差の勝ち点78で2位)。

CLではレアル・マドリーボルシア・ドルトムントアヤックスと同組という極めて困難なグループで1勝もできずに3分け3敗であえなく敗退した。

タイトル獲得への最後の頼みとなったFAカップでは決勝まで進出するが、圧倒的有利と言われたウィガンに後半終了間際の決勝ゴールを決められまさかの敗戦。これで無冠が確定したことにより決勝直後にマンチーニはシーズン終了を待たずして解任された。後任監督にはマヌエル・ペジェグリーニが就任。

2013-2014シーズン[編集]

2013年夏の移籍市場では、カルロス・テベスらを放出する一方、アルバロ・ネグレドヘスス・ナバスフェルナンジーニョステヴァン・ヨヴェティッチを獲得した。

2013-14シーズンは序盤は1試合平均3点を越すようなハイペースで得点を重ねる一方、アウェイでの戦いでは格下相手に不覚を取るなど好不調の差が目立った。しかし徐々に安定感が増していき、勝ち点を積み重ね続ける。4月13日に行われたリバプールとのプレミア頂上決戦は一時は2点差を追いつきながらも2-3で惜敗し、その後第26節の延期分サンダーランド戦にも2-2で何とか引き分け、自力優勝はおろか2位の可能性も一度は消滅したものの、リバプールが控えメンバー主体のチェルシーにアンフィールドで0-2で敗れた事で自力優勝の可能性が復活。諦めずにサンダーランド戦以降の5戦は全勝し、2シーズンぶりにプレミアリーグの覇権を奪回した。シティがこのシーズン首位に立ってた期間はわずか14日であった。(これはキャピタルワンカップで決勝まで勝ち進んだことによってリーグ戦が延期され、常に消化試合数がリバプールやチェルシーやア―セナルに比べて少なかったのが大きい。)またリーグカップも決勝でサンダーランドを3-1で下し二冠を達成した。また、チャンピオンズリーグでは初めてグループステージを突破したものの、トーナメント一回戦でFCバルセロナにホームでの第1戦で膠着状態の後半にマルティン・デミチェリスリオネル・メッシに犯した微妙な位置でのファールがPK&デミチェリスの退場と判定されたのが大きく響き、2試合合計1-4で破れベスト16に終わった。

2014-2015シーズン[編集]

夏の移籍市場では長年の補強ポイントであったセンターバックにエリアカン・マンガラを補強したのをはじめ、バカリ・サニャフランク・ランパードとリーグ内の実力者らを補強した。冬の移籍市場までに2位につけたがFWに負傷者が出たため、コートジボワール代表ウィルフリード・ボニーを獲得した。チャンピオンズリーグではグループステージでASローマバイエルン・ミュンヘンと同グループとなり、前半戦は苦戦を強いられるものの後半に巻き返し2シーズン連続で決勝トーナメント進出。決勝トーナメントではFCバルセロナと2シーズン連続での対戦となり、ジョー・ハートが幾度もビッグセーブを見せるものの合計スコア1-3で敗れ、ベスト16で敗退した。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

1936-37, 1967-68, 2011-12, 2013-14
1903-04, 1933-34, 1955-56, 1968-69, 2010-11
1969-70, 1975-76, 2013-14
1937, 1968, 1972, 2012

国際タイトル[編集]

1969-70

過去の成績[編集]

シーズン ディビジョン FAカップ リーグカップ 欧州カップ / その他 最多得点者 得点数
リーグ 試合数 得点 失点 勝ち点 順位
1988-89 ディビジョン2 46 23 13 10 77 53 82 2位 4回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 ポール・モールデン 17
1989-90 ディビジョン1 38 12 12 16 43 52 48 14位 3回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 クライヴ・アレン 11
1990-91 ディビジョン1 38 17 11 10 64 53 62 5位 5回戦敗退 3回戦敗退 フルメンバーズカップ 4回戦敗退 ナイアル・クイン 21
1991-92 ディビジョン1 42 20 10 12 61 48 70 5位 3回戦敗退 4回戦敗退 フルメンバーズカップ 2回戦敗退 デビッド・ホワイト 21
1992-93 プレミア 42 15 12 15 56 51 57 9位 準々決勝敗退 3回戦敗退 デビッド・ホワイト 19
1993-94 プレミア 42 9 18 15 38 49 45 16位 4回戦敗退 4回戦敗退 ナイアル・クイン
マイク・シェロン
6
1994-95 プレミア 42 12 13 17 53 64 49 17位 5回戦敗退 5回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 22
1995-96 プレミア 38 9 11 18 33 58 38 18位 5回戦敗退 3回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 13
1996-97 ディビジョン1 46 17 10 19 59 60 61 14位 5回戦敗退 2回戦敗退 ウーヴェ・ロスラー 16
1997-98 ディビジョン1 46 12 12 22 56 57 48 22位 4回戦敗退 1回戦敗退 ポール・ディコフ 9
1998-99 ディビジョン2 46 22 16 8 69 33 82 3位 3回戦敗退 2回戦敗退 フットボールリーグトロフィー 1回戦敗退 ショーン・ゴーター 22
1999-2000 ディビジョン1 46 26 11 9 78 40 89 2位 4回戦敗退 2回戦敗退 ショーン・ゴーター 29
2000-01 プレミア 38 8 10 20 41 65 34 18位 5回戦敗退 5回戦敗退 ショーン・ゴーター 11
2001-02 ディビジョン1 46 31 6 9 108 52 99 1位 5回戦敗退 4回戦敗退 ショーン・ゴーター 32
2002-03 プレミア 38 15 6 17 47 54 51 9位 3回戦敗退 3回戦敗退 ニコラ・アネルカ 14
2003-04 プレミア 38 9 14 15 55 54 41 16位 5回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退 ニコラ・アネルカ 24
2004-05 プレミア 38 13 13 12 47 39 52 8位 3回戦敗退 3回戦敗退 ロビー・ファウラー
ショーン・ライト=フィリップス
11
2005-06 プレミア 38 13 4 21 43 48 43 15位 準々決勝敗退 2回戦敗退 アンディ・コール
ダリウス・ヴァッセル
10
2006-07 プレミア 38 11 9 18 29 44 42 14位 準々決勝敗退 2回戦敗退 ジョーイ・バートン 7
2007-08 プレミア 38 15 10 13 45 53 55 9位 4回戦敗退 準々決勝敗退 エラーノ 10
2008-09 プレミア 38 15 5 18 58 50 50 10位 3回戦敗退 2回戦敗退 UEFAカップ 準々決勝敗退 ロビーニョ 15
2009-10 プレミア 38 18 13 7 73 45 67 5位 5回戦敗退 準決勝敗退 カルロス・テベス 29
2010-11 プレミア 38 21 8 9 60 33 71 3位 優勝 3回戦敗退 ヨーロッパリーグ ベスト16 カルロス・テベス 23
2011-12 プレミア 38 28 5 5 93 29 89 1位 3回戦敗退 準決勝敗退 コミュニティ・シールド 準優勝 セルヒオ・アグエロ 30
チャンピオンズリーグ グループステージ敗退
ヨーロッパリーグ ベスト16
2012-13 プレミア 38 23 9 6 66 34 78 2位 準優勝 3回戦敗退 コミュニティ・シールド 優勝 エディン・ジェコ 14
チャンピオンズリーグ グループステージ敗退
2013-14 プレミア 38 27 5 6 102 37 86 1位 準々決勝敗退 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト16 セルヒオ・アグエロ 28

現所属メンバー[編集]

2014-2015シーズン基本メンバー

Soccer.Field Transparant.png

ハート
# 1
サバレタ
# 5
コンパニ(C)
# 4
デミチェリス
# 26
コラロヴ
# 11
フェルナンジーニョ
# 25
ヤヤ・トゥーレ
# 42
ナスリ
# 8
シルバ
# 21
アグエロ
# 16
ジェコ
# 10


2015年1月14日現在
No. Pos. 選手名
1 イングランドの旗 GK ジョー・ハート
3 フランスの旗 DF バカリ・サニャ (Flag of Senegal.svg)
4 ベルギーの旗 DF ヴァンサン・コンパニ (Captain sports.svg) (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
5 アルゼンチンの旗 DF パブロ・サバレタ (Flag of Spain.svg)
6 ブラジルの旗 MF フェルナンド (Flag of Portugal.svg)
7 イングランドの旗 MF ジェイムズ・ミルナー
8 フランスの旗 MF サミル・ナスリ (Flag of Algeria.svg)
10 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 FW エディン・ジェコ
11 セルビアの旗 DF アレクサンダル・コラロヴ
13 アルゼンチンの旗 GK ウィリー・カバジェロ (Flag of Spain.svg)
14 コートジボワールの旗 FW ウィルフリード・ボニー
15 スペインの旗 FW ヘスス・ナバス
No. Pos. 選手名
16 アルゼンチンの旗 FW セルヒオ・アグエロ (Flag of Spain.svg)
18 イングランドの旗 MF フランク・ランパード
20 フランスの旗 DF エリアカン・マンガラ (Flag of Belgium.svg)
21 スペインの旗 MF ダビド・シルバ
22 フランスの旗 DF ガエル・クリシー (Flag of Martinique.svg)
25 ブラジルの旗 MF フェルナンジーニョ
26 アルゼンチンの旗 DF マルティン・デミチェリス (Flag of Italy.svg)
29 イングランドの旗 GK リチャード・ライト
35 モンテネグロの旗 FW ステヴァン・ヨヴェティッチ (Flag of Serbia.svg)
38 ベルギーの旗 DF デドリック・ボヤタ (Flag of the Democratic Republic of the Congo.svg)
42 コートジボワールの旗 MF ヤヤ・トゥーレ (副主将) ★

※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。
※23番はマルク・ヴィヴィアン・フォエを偲んで永久欠番。

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
18 イングランドの旗 MF フランク・ランパード (ニューヨーク・シティ)
out
No. Pos. 選手名
12 イングランドの旗 FW スコット・シンクレア (アストン・ヴィラ)
-- イングランドの旗 DF マイカ・リチャーズ (フィオレンティーナ)
-- オランダの旗 DF カリム・レキク (PSV)
-- ベルギーの旗 DF ジェイソン・デナイヤー (セルティック)
-- イングランドの旗 DF エリス・プラマー (セント・ミレン)
-- イングランドの旗 DF アダム・ドリュリー (セント・ミレン)
No. Pos. 選手名
-- アルゼンチンの旗 MF ブルーノ・スクリーニ (コルドバ)
-- ポルトガルの旗 MF マルコス・ロペス (リール)
-- フランスの旗 MF セコ・フォファナ (フラム)
-- スウェーデンの旗 FW ヨン・グイデッティ (セルティック)
-- スペインの旗 FW アルバロ・ネグレド (バレンシア)
-- イングランドの旗 FW ディバンテ・コール (バーンズリー)

リザーブ&アカデミー[編集]

No. Pos. 選手名

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK[編集]


DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


練習場[編集]

ホームスタジアムのエティハドスタジアムに隣接する場所に、16.5面のサッカーピッチ、ユースチーム向けのスタジアム、最先端トレーニングセンターや宿泊施設がある。

スポンサー[編集]

年度 メーカー 胸 スポンサー
2007–2008 le coq Thomas Cook
2008–2009
2009–2010 umbro ETIHAD
2010–2011
2011–2012
2012–2013
2013–2014 Nike
2014–2015

クラブパートナー[編集]

  • ETIHAD
  • Nike
  • etisalat
  • Nike
  • Abu Dhabi
  • aabar
  • NISSAN
  • HAYS
  • LG
  • EA SPORTS
  • QNET
  • ion
  • viagogo
  • T.M.Lewin

脚注[編集]

  1. ^ Be a Cityzen
  2. ^ Deloitte Football Money League 2014(2014年1月に国際監査法人『デロイト』が公表した2012-2013シーズンの欧州サッカーのクラブ収入ランキング)
  3. ^ 2012年にイギリスメディア『sportingintelligence.com』が調査した、世界のスポーツチームの平均年俸ランキング

外部リンク[編集]

公式
ニュース
その他