ロビー・ファウラー

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ロビー・ファウラー Football pictogram.svg
Robbie Fowler.jpg
名前
本名 Robert Bernard Fowler
愛称 ゴッド、ガラスのエース
カタカナ ロバート・バーナード・ファウラー
ラテン文字 Robbie FOWLER
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 1975年4月9日(39歳)
出身地 リヴァプール
身長 175cm
体重 80kg
選手情報
ポジション FW (CF)
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1993-2001
2001-2003
2003-2006
2006-2007
2007-2008
2008
2009-2010
2010-2011
2011-2012
イングランドの旗 リヴァプール
イングランドの旗 リーズ
イングランドの旗 マンチェスターC.
イングランドの旗 リヴァプール
ウェールズの旗 カーディフ
イングランドの旗 ブラックバーン
オーストラリアの旗 フューリー
オーストラリアの旗 パース・グローリー
タイの旗 ムアントン・ユナイテッド
369 (183)
30 (14)
80 (20)
30 (8)
13 (4)
3 (0)
26 (9)
28 (9)
13 (2)
代表歴
1993-1995
1994
1996-2002
イングランドの旗 イングランド U-21
イングランドの旗 イングランド B
イングランドの旗 イングランド
8 (3)
1 (1)
26 (8)
1. 国内リーグ戦に限る。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ロビー・ファウラー(Robert "Robbie" Fowler, 1975年4月9日 - )は、イングランドリヴァプール出身の元同国代表サッカー選手フォワード)。愛称はGOD(ゴッド)。

経歴[編集]

リヴァプール[編集]

リヴァプール育成機関で育ったロビー・ファウラーは1993-94シーズン9月25日チェルシー戦にてプレミアデビューを果たすと、いきなり12ゴールを挙げて注目を集める。更に翌1994-95シーズンに25得点、1995-96シーズンには28得点を記録し1996-97シーズンカップウィナーズカップでは7得点で得点王を獲得、リヴァプールのエースとして地位を確立する。その後、同じリヴァプールユース出身のマイケル・オーウェン等の成長、ファウラー自身の怪我や品行不良が祟って出場機会が激減すると2001-02シーズン途中にリーズ・ユナイテッドへ移籍する。ここで再び輝きを取り戻し、素晴らしい活躍を見せた。2006年1月から再びリヴァプールに復帰を果たし、3試合連続ゴールを挙げるなど大活躍、当初このシーズン終了までの契約であったが、この活躍により契約を延長する事に成功している。

リーズ・ユナイテッド[編集]

リヴァプールでの活躍の後、「ファウラーは死んだ」などとメディアに称されるほど一時は落ち込んだ。体中に爆弾を抱え本当に引退間際までおいつめられた時期もあった。しかし2001-02シーズンにリーズ・ユナイテッドに移籍すると、すぐにリーズの環境に適応し、かつての輝きを取り戻すかのように活躍しつづけた。

マンチェスター・シティ[編集]

リーズでの素晴らしい活躍を見せた後、2002-03シーズン途中からはマンチェスター・シティFCへ加入した。ここでニコラ・アネルカという相棒を得たファウラーはさらに輝きを増す。そして、2005年2月28日ノーリッチ戦で史上3人目となるプレミア通算150得点を記録し、名実ともにイングランド史上に残るストライカーとなった。

ノースクイーンズランド・フューリー[編集]

2008年9月に移籍したブラックバーン・ローヴァーズFCではリーグ戦3試合0得点に終わり、12月に自由契約となった。

2009年2月4日、2009–10シーズンからオーストラリアAリーグに加入するノースクイーンズランド・フューリーFCと契約[1]

イングランド代表[編集]

ファウラーの代表デビューは1996年3月27日ブルガリア戦。1998年W杯はメンバーからもれたが、UEFA欧州選手権2000ではメンバーに名を連ねた。リバプールでの不遇から2002年W杯メンバー入りは微妙と見られていたが、リーズでの活躍からメンバーに名を列ね決勝トーナメント1回戦デンマークとの試合で初のW杯出場を果たした。代表通算26試合7得点を記録している。

人物[編集]

ピッチ上でスパイクを投げ付けたり、ゴールパフォーマンスの際コカインを吸う真似をしてみたり、更にはプライベートでも喧嘩をやらかして逮捕されるなど、あげればきりがない程の問題を起こしている。しかし自らファウルを受けたために得たPK(ペナルティキック)のチャンスを「あれはファウルじゃないからPKをとらないでくれ」と審判に自己申告することもあり、リヴァプールでは憎めない悪童として、今なおも高い人気を博している。

トラブル[編集]

  • リヴァプールの湾岸労働者がストライキをやっているときに、ゴールパフォーマンスでストライキを支援するTシャツを出すが当然FAから罰金。 それと引き換えに、リヴァプールの労働者から大きな支持を得た。
  • グレアム・ル・ソーを噂があったとはいえ、証拠も無くホモ呼ばわりし、本人の前でオカマポーズを決めるなどしてイングランド代表合宿で大喧嘩になった。
  • リヴァプール時代、対戦相手のサポーターから「ファウラーはヤク中だ」という幕が出されていた事に気付き、その試合でゴールを決めたあとコカイン吸引パフォーマンス。当然FAから出場停止処分を受けた。
  • シーズン中に酒場で喧嘩を起こして鼻を骨折し、しばらく欠場。当然ジェラール・ウリエ監督(当時)激怒。
  • アシスタントコーチを殴り(はたき)、ベンチから外される。そのままリーズ・ユナイテッドに放出された。
  • リーズ移籍後、クリスマスパーティーの仮装でサバイバルゲームの格好をしたまま、ガソリンスタンドに乱入して警察に逮捕され、一晩留置される。リーズ警察に「俺様の顔も知らないのか」と逆切れ。
  • カーディフ時代、チームメイト達と共謀し、用具係(キットマン)を氷風呂に投げ込んだ。
  • リヴァプール復帰後、ポルトガルキャンプの打ち上げにて、ドゥデクペナントを引き連れ、酔って大暴れ。騒ぎの筆頭となってしまった。リヴァプールからの2度目の放出はこれが遠因である。

脚注[編集]

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  1. ^ ISM (2009年2月5日). “元イングランド代表FWファウラー、豪クラブ入り”. 2009年2月5日閲覧。

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