リオ・ファーディナンド
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| 名前 | |||||||
| 本名 | Rio Gavin Ferdinand | ||||||
| 愛称 | リオ | ||||||
| カタカナ | リオ・ギャヴィン・ファーディナンド | ||||||
| ラテン文字 | Rio Gavin FERDINAND | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1978年11月7日(33歳) | ||||||
| 出身地 | ロンドン | ||||||
| 身長 | 195cm[1] | ||||||
| 体重 | 87kg[2] | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | DF (CB) | ||||||
| 背番号 | 5 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。 2. 2011年8月10日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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リオ・ギャヴィン・ファーディナンド(Rio Gavin Ferdinand, 1978年11月7日 - )はイングランド・ロンドン出身の同国代表サッカー選手。母はイングランドとアイルランドの血を引く白人で、父方からセントルシアの血を引く[3][4]。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入りまで
1978年11月7日、ロンドン南東部に位置するペッカムという街で、テーラーの父と保育士の母の間に生まれる。大家族であり、両親は共働きで家族を支えていた。両親は結婚しておらず、リオが14歳の時に別れてしまった。しかし、父は母と別れた後も近くに住んでおり、子供たちを連れて公園でサッカーのトレーニングをしてくれたという。幼稚園では騒がしい子供で、当時はディエゴ・マラドーナとマイク・タイソンがヒーローであった[5]。リオ自身は両親にまっすぐ教育された幸せな子供であったけれども、出生地のペッカムはロンドンでも特に荒んだ、貧しい人々が住む地域として知られ、贅沢をせずに生きる事を学んだという[6]。また暴力事件が頻繁に起きる地域であり、両親に近所のその様な人間とは絶対に関わってはいけないと教えられたという[7]。小学校では算数が得意で、 演劇も大好きであった。学校劇の「ダウンタウン物語」に出演。
[編集] プロ入り後
17歳となる1995年にウェストハム・ユナイテッド とプロ契約を結び、この時U-17イングランド代表にも選出される。プレミアリーグ95-96シーズン、5月5日のシェフィールド・ウェンズデイ戦で控えとして試合に初登録を果たし、96-97シーズンの1月に初先発で出場すると以後レギュラーを獲得。期待の新鋭として注目を集め、1997年11月15日にはA代表デビューも果たす。
2000年11月25日にリーズ・ユナイテッドに移籍金1,800万ポンド、当時の日本円にして約28億4,400万円で移籍。
2002年、02日韓W杯に出場。リーズ・ユナイテッドでは大黒柱として大活躍していたが、多大な負債を抱えていたリーズは主力を放出しなければならなくなり、大会期間中の7月22日に以前から取り沙汰されていたマンチェスターUへの移籍が決まる。同年の5月頃に移籍金は2,910万ポンド、当時の日本円にして約55億円と報道されたが、最終的には7月12日に3,000万ポンド、64億2,500万円と積み上がり合意に至った。[8]
2004年、ドーピング検査に出頭しなかった件で8ヶ月の重い出場停止処分を受ける。出場停止期間が明けてチームに復帰すると、再び不動のディフェンスリーダーとして活躍。2007-2008シーズンの二冠を含む数々のタイトル制覇に大きく貢献している。
2010年2月、代表主将であるジョン・テリーの不祥事(不倫疑惑)が発覚したため、テリーに代わって副将から主将に昇格。同年5月には2010 FIFAワールドカップイングランド代表に選出され主将に任命されたものの、大会直前の6月4日の練習で左膝の靭帯を損傷し離脱した[9]。
最近では、背中、腰、ふぐらはぎと相次ぐ怪我に悩まされている。怪我が響き、2009-2010シーズンの前半戦は公式戦6試合の出場に留まり、本来のパフォーマンスが取り戻せずにいる。
そのため、タブロイド紙等を中心に「クラブ側は放出要員として考えており、本人も移籍を検討。獲得を目指しているのはレアル・マドリードらしい」等の根拠のない報道や噂がたびたび流された。しかし本人は、マンUのオフィシャルマガジン『インサイド・ユナイテッド』の独占インタビューで、「このチームで現役を終えたい。マンチェスター・ユナイテッドでキャリアを終えることはオレの夢だ。クラブの黄金期を築いた選手として、ファンの記憶に残りたい」と断言している。[10]
[編集] エピソード
- 現在クイーンズ・パーク・レンジャーズFCに所属しているDFアントン・ファーディナンドは実弟、元イングランド代表FWレス・ファーディナンドは従兄弟である。
- マンチェスター・ユナイテッドではムードメーカーであるとされる[要出典]。
- ウエストハム時代のチームメイトであるフランク・ランパードとは親友。
- 子役俳優として舞台に出演したという経験があり、現在でも演技に強い興味を持つ(英国・ITVの特集より)。
- 身長はいくつかの説があり、188cmから198cmと幅広い。ただし試合前などチームメートと並んだ写真では188cmが妥当。イングランド代表の写真を見る限りジョン・テリーとほぼ同身長である。
- ディエゴ・マラドーナの熱心な信奉者である。
- ピーター・クラウチなどイングランド人選手に対してドッキリ企画を仕掛けていることでも有名[11]。
- 本人は少年時代アンチ・マンユナイテッドで、マンUなんて大嫌いだと公言していた。だがリーズ・ユナイテッドからマンチェスター・ユナイテッドに移籍して以降、あの発言は間違いだったと改めている。ちなみに嫌いだった理由は強すぎたからとしている。逆に発言を否定した理由はマンUの素晴らしさを知らなさすぎたから、と釈明した。移籍後初の古巣との対戦では「リオって誰だ?」というフラッグがリーズ・ユナイテッドファンから掲げられ、試合後の握手ではハリー・キューウェルが彼との握手を拒否した。
- 2001年に来日した際、直前に起きた大阪教育大学附属池田小学校での児童殺傷事件の事を耳にし、京都観光の予定を変更して一緒に来日したアラン・スミス(リーズ、マンUでのチームメイト)、自身の母と共に現場である同校を訪れ、校門前に献花をした。この話は、Numberに掲載され多くの人の知るところとなった。2002年W杯で来日した際と2008年12月にFIFAクラブワールドカップ出場のために来日した際にも同校に哀悼の意をささげ花束を贈っている。花束には「悲しく痛ましい事件を思い起こし、哀悼の意をささげ、献花したい。この花を飾ってください」という本人のメッセージが添えられていた。
[編集] 所属クラブ
- 1995年-2000年
ウェストハム・ユナイテッドFC
- 2000年-2002年
リーズ・ユナイテッドAFC - 2002年-現在
マンチェスター・ユナイテッドFC
[編集] 脚注
- ^ “Rio Ferdinand”. UEFA.com. 2011年6月8日閲覧。
- ^ “Rio Ferdinand”. Goal.com. 2011年6月8日閲覧。
- ^ Jackson, Jamie (2007年8月12日). “His name is Rio”. The Observer. 2008年11月5日閲覧。
- ^ Parker, Helen (2008年3月29日). “Caribbean property: Rio Ferdinand is ahead of the game”. The Daily Telegraph. 2008年11月5日閲覧。
- ^ Jones, Chris (21 June 2002). “Rio Ferdinand: The silver lining”. BBC Sport 2008年11月6日閲覧。
- ^ “The Best Possible Life Chances”. Southwark Council. 2008年11月6日閲覧。
- ^ Llewellyn Smith, Caspar (1 June 2008). “A united front”. London: The Observer 2008年11月6日閲覧。
- ^ 金子義仁『2005~2006ワールドサッカーすごいヤツ全集』フットワーク出版社〈フットワーク出版株式会社〉、2004年、271-273頁を参考。
- ^ FAがファーディナンドの離脱を発表 Goal.com 2010年6月5日
- ^ マンチェスター・ユナイテッド公式ホームページ 独占インタビュー インタビュー:リオ(前編)
- ^ Rio's_World_Cup_Wind-Ups
[編集] 外部リンク
- Official site
- Rio Ferdinand Live the Dream Foundation official site
- Profile at ManUtd.com
- Profile at StretfordEnd.co.uk
- Profile at TheFA.com
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