クレイグ・ベラミー
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| 名前 | ||||
| 本名 | Craig Douglas Bellamy[1] | |||
| カタカナ | クレイグ・ダグラス・ベラミー | |||
| ラテン文字 | Craig BELLAMY | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1979年7月13日(32歳) | |||
| 出身地 | カーディフ | |||
| 身長 | 175cm | |||
| 体重 | 68kg | |||
| 選手情報 | ||||
| 在籍チーム | ||||
| ポジション | FW (CF) | |||
| 背番号 | 39 | |||
| 利き足 | 右足 | |||
| 代表歴 2 | ||||
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| 2. 2011年11月12日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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クレイグ・ベラミー(Craig Bellamy, 1979年7月13日 - )は、ウェールズ・カーディフ出身の同国代表のサッカー選手。ポジションはフォワード。プレミアリーグ・リヴァプールFC所属。
目次 |
[編集] 経歴
ノリッジ・シティFCの下部組織で育ち、1997年3月15日のクリスタル・パレスFC戦でプロデビューを飾る。2000年にコヴェントリー・シティFCに移籍したが活躍できず、それをクラブ側のせいにしたことから、コヴェントリーのファンから脅迫状まで届いた。2001年にニューカッスル・ユナイテッドFCに移籍したが、出場したUEFAチャンピオンズリーグの試合で相手に頭突きして3試合の出場停止処分を受けた。2002年、ナイトクラブで女性に暴行したとしてクラブから罰金を言い渡された。空港でコーチと喧嘩し、備品の椅子を放り投げる事件もあった。その後セルティックFC、ブラックバーン・ローヴァーズFCなどイギリスの中堅クラブを経て、2006年にリヴァプールFCに移籍。しかし2007年、フェルナンド・トーレスの加入に押し出される形となり、僅か1年でウェストハム・ユナイテッドFCに移籍した。2009年1月19日、ブラックバーン時代の恩師、マーク・ヒューズ率いるマンチェスター・シティFCに移籍。同年12月19日、ヒューズが解任され、ロベルト・マンチーニが就任すると、監督に楯突き、出場機会が減少した。2010年8月からは故郷のカーディフを本拠地とするカーディフ・シティFCへレンタル移籍。
2011年8月31日に、マンチェスター・シティからリヴァプールへの移籍が決定した(マンチェスター・シティとの契約解除に伴いフリートランスファーでリヴァプールへ移籍)。契約年数は2年、背番号はマンチェスター・シティの頃と変わらず39を使う(リヴァプールへは4年ぶりの復帰となる)。
ウェールズ代表としては1998年にデビューし、瞬く間に同国のスタープレーヤーとなった。獲得タイトルはないが、ウェールズという地方だけで見れば素晴らしい栄誉を既に手にしている。
[編集] 人物
- ウェールズ代表のスタープレーヤー。ウィンガーを得意ポジションとし、サイドから快足を飛ばしてドリブル突破しゴールへと向かうのがプレースタイル。スピードに乗ったドリブルは止めるのが難しく、彼の左サイドの崩しから数多くのチャンスが生まれる。
- 得点力が非常に高く、ペナルティエリア外側から内に切れ込んでバイタルエリアからのミドルシュートや、ペナルティエリア内でのFWらしいパスを受けてのシュートを得意とし、2005-2006シーズンはブラックバーン・ローヴァーズFCで17試合で13ゴールを挙げる活躍を見せた。
- 攻撃だけでなく守備意識も高く、豊富な運動量でフィールド中を駆け回り、最前線から最終ラインまで労を惜しまず献身的に守備をこなす。
- プレーは一流だが素行に難ありといわれてきたが、一時期に比べは落ち着きをみせている。しかし相変わらず、指揮官・コーチ陣との折り合いが、プレーに直結することは変わっておらず、クラブを転々とする結果となっている(近年では、マンチェスター・シティでレギュラーとして活躍していながらもマンチーニ監督との確執の末、カーディフへのレンタル放出、一年後にマンチェスター・シティとの契約解除、という事例を引き起こしている)。
- 私生活では、2006年6月、長年付き合っていたクレア・ジャンセンさんと結婚し、3人の子供を授かっている。息子のエリスはニューポート・カウンティAFCのアカデミーに所属するサッカー選手である。
- 問題児のイメージが常に付き纏うが、数千ポンド支援し、シエラレオネにサッカースクールを設立させるなど、チャリティー活動に積極的な一面を持つ。
[編集] ピッチ外でのベラミー
これまでにベラミーはコヴェントリー、ニューカッスル、リヴァプール、マンチェスター・シティ等で様々な問題行動を起こし、結果としてクラブから放出されることになっている。ニューカッスルではピッチ内外で引き起こしたトラブルの末スーネス監督と対立しローンに出され、リヴァプールでは後述のリーセとの喧嘩騒ぎの後、2007年7月にウェストハムへと売却された。この時期にはサンダーランドAFCやニューカッスルもベラミー獲得を検討したとされるが、ニューカッスルでは後に監督として就任することになる、同クラブの英雄アラン・シアラーがメディアを通じて「ベラミーの獲得は愚策だ。ニューカッスルのフロントは何も学んでいないのか?」と発言し、沙汰止みとなった。シアラー自身も彼に「老いぼれ」とメールされたことがある。
2007年2月のUEFAチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦のFCバルセロナ戦前日に酒の入ったカラオケの席でヨン・アルネ・リーセが歌わないとの事で、リーセの足をゴルフクラブで殴り乱闘を起こしたとイギリス各紙で報道された。しかし、翌日のFCバルセロナ戦(カンプ・ノウ)では、1ゴール、1アシストと全得点に絡み、FCバルセロナを破ってのベスト8進出に大きく貢献した。1点目はヘディングシュートで決め、2点目はベラミーがシュートも出来るところでリーセにパスを出して決まった。この試合でベラミーはゴール決めた後にゴルフクラブを振る仕草をするパフォーマンスをした。
2009年9月20日のマンチェスター・ユナイテッドとのマンチェスター・ダービーにおいて試合後にピッチに下りてきた観客を殴る愚行を行ったものの、FAは処分なしの厳重注意に留まった。
2011年1月9日には、カーディフ中心部で、男性2人に暴行を働き、傷害容疑で逮捕された。
[編集] 所属クラブ
ノリッジ・シティFC 1996-2000
コヴェントリー・シティFC 2000-2001
ニューカッスル・ユナイテッドFC 2001-2005
ブラックバーン・ローヴァーズFC 2005-2006
リヴァプールFC 2006-2007
ウェストハム・ユナイテッドFC 2007-2009
マンチェスター・シティFC 2009-
- →
カーディフ・シティFC 2010.8-2011 (レンタル移籍)
リヴァプールFC 2011-
[編集] 出典
[編集] 外部リンク
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1 ジョーンズ | 2 ジョンソン | 3 J・エンリケ | 5 アッゲル | 6 F・アウレリオ | 7 スアレス | 8 ジェラード | 9 キャロル | 11 マキシ | 14 ヘンダーソン | 16 コアテス | 18 カイト | 19 ダウニング | 20 スピーリング | 21 ルーカス | 22 ウィルソン | 23 キャラガー | 25 レイナ | 26 アダム | 30 スソ | 31 スターリング | 32 ドニ | 34 ケリー | 35 コーディ | 37 シュクルテル | 38 フラナガン | 39 ベラミー | 47 ウィズドム | 49 ロビンソン 監督: ダルグリッシュ |
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