リヴァプール

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シティ・オブ・リヴァプール
City of Liverpool
イングランドの旗
LiverpoolMontage.jpg
時計回りに、リヴァプールの都市景観、Royal Liver Building, リヴァプールのスカイライン、Albert Dock, Echo Arena Liverpool, Victoria street.
Coat of arms of Liverpool City Council.png
市章
位置
リヴァプールの位置の位置図
リヴァプールの位置
座標 : 北緯53度24分0秒 西経2度59分0秒 / 北緯53.40000度 西経2.98333度 / 53.40000; -2.98333
行政
イギリスの旗 イギリス
 連合王国 イングランドの旗イングランド
 リージョン 北西イングランド
 大都市カウンティ マージーサイド
 市 シティ・オブ・リヴァプール
地理
面積  
  市域 111.84km2(43.2mi2
標高 70m(230ft
人口
人口 (2006年現在)
  市域 435,500人
    人口密度   5,001人/km2(12,853人/mi2
  市街地 816,900人
  都市圏 1,103,089人
その他
等時帯 西ヨーロッパ時間UTC+0
夏時間 西ヨーロッパ夏時間UTC+1
郵便番号 L
市外局番 0151
ISO 3166-2 GB-LIV
公式ウェブサイト : http://www.liverpool.gov.uk/

リヴァプール (Liverpool) は、イギリスイングランド北西部マージーサイド州の中心都市。ザ・ビートルズ誕生の地として名高い。市域面積は111.84平方キロメートル、2005年の人口は447,500人。2008年の欧州文化首都の一つ。

地勢[編集]

アイリッシュ海に面し、マージー川の河口に位置する。18世紀より貿易港として発展した。近隣の都市としては、約50キロ東に位置するマンチェスター、約25km南に位置するチェスターなどが挙げられる。マンチェスターとは市域面積及び市域人口がほぼ同じ。

歴史[編集]

最初に記録に現れるのは1195年、"Liuerpol"または"dirty pool"としてである。それから12年後、1207年ジョン王が都市建設に勅許を出し、まだ村だったリヴァプールに自由都市の特権をあたえた[1]。とはいえ、しばらくは小さな港で、16世紀中ごろの人口は600人程度であった。しかし17世紀末に近郊のチェスター港が泥の堆積によって衰退、チェスターに代わってイングランド北西部商業都市の代表格にのし上がり、郊外では製造業が成長し、アメリカおよび西インド諸島との貿易が増大するにしたがい町は繁栄した。1715年、イギリス初の係船ドックが建設される。植民地との貿易が盛んになった18世紀当時のイギリスは、ヨーロッパからアフリカへ日用品や火器を、新大陸からヨーロッパへ砂糖などを持ち込む大西洋三角貿易において、ほぼ独占的な地位を築いていた。リヴァプールは、この北アメリカ、西アフリカをむすぶ三角貿易の拠点として中心的な役割を果たし、おもに奴隷貿易で急速に発展したという負の歴史も存在する。

三角貿易などを通じて資本蓄積を成し遂げたイギリスは、世界にさきがけて産業革命を進展させた。こうしたなか、1830年にはリヴァプールと内陸のマンチェスターを結ぶ鉄道が開通し、1860年代には鉄道交通の要所となる。綿織物工業が発展していたマンチェスターから運ばれた商品は、この街の港から世界に輸出され、19世紀末にはロンドンに次ぐ「帝国第二の都市」とまで呼ばれるようになった。シノワズリ(中国趣味)を摸した陶器生産の拠点でもあった。この間、多くの移民が主としてアイルランドから流入し、人口が急増。19世紀にはアメリカとの貿易および客船業務でイギリス第一の港へと成長した。最盛期は80万人近い人口を抱え、イギリス有数の工業都市・交易都市として栄えたリヴァプールだったが、第二次世界大戦時にドイツ軍のはげしい爆撃にさらされ、1940年代後半、綿貿易と繊維産業は急速に衰退した。さらに、1950年代以降イギリス全体が長期の不況に陥るのと並行して急速に斜陽化し、次第にその地位を低下させていった。だが、1960年代から1970年代には大規模なスラム浄化と再建計画がはじまり、現在は港湾部の各種施設やビートルズゆかりの建物などを利用した観光に力を入れている。

18世紀から19世紀の海港都市としての姿を残している一部の地区は「海商都市リヴァプール」の名で、2004年ユネスコ世界遺産に登録された。

経済[編集]

港では、穀物・食料・木材・非鉄金属・繊維などを輸入し、アイルランド行きの客船もでている。製造業は、医薬品・電気器具・精糖・製粉・ゴム製品などが盛ん。郊外では自動車の生産や精油もおこなわれる。

交通[編集]

飛行機[編集]

ジョン・レノンの名前を冠したリバプール・ジョン・レノン空港が市内にあるが、比較的近郊にあるマンチェスター空港のほうが規模が大きく、同空港からもリヴァプール行きの鉄道やバスが利用できるため、欧州系の航空会社などで日本から同市を訪れる場合には、マンチェスターをとりあえず目指すという方法もある。

鉄道[編集]

主な駅としてライム・ストリート駅があり、1時間に1本だが長距離列車でロンドンユーストン駅まで2時間半。マンチェスターバーミンガムなど、各地から列車が来る。

バス[編集]

ロンドンから5時間。他地域へのバスもある。

教育・文化[編集]

リヴァプールの三美神と称されるRoyal Liver Building, Cunard Building及びPort of Liverpool Building. いずれもPier Headに位置する。

リヴァプールにはリヴァプール大学リヴァプール・ホープ大学リヴァプール・ジョン・ムーア大学エッジヒル大学などの教育機関があり、多くの学生が学んでいる。また、市街の世界遺産を生かして芸術政策にも力を入れており、アルバート・ドックの一部を利用しているテート・リバプールマージーサイド海事博物館リヴァプール・ワールド・ミュージアムブルーコート・アート・センターなど、多くの博物館・美術館がある。このうち、マージーサイド海事博物館はヨーロッパ産業遺産の道のアンカーポイントの一つにもなっている。

ビートルズの4人の出身地として世界的に知られ、現在も多くのファンが訪れる。彼らの以前・以後にも多くのミュージシャンを輩出し、リバプールサウンドの言葉も生まれた。

スポーツ[編集]

リヴァプールFCエヴァートンFCがこの街を本拠地とするサッカークラブであり伝統的にライバル関係にある。両者の対戦は「マージーサイド・ダービー」と呼ばれる。著名な選手としては、リヴァプールはアラン・ハンセンケビン・キーガンスティーヴン・ジェラードジェイミー・キャラガーマイケル・オーウェンら、エヴァートンはゲーリー・リネカーウェイン・ルーニーらを輩出している。

出身人物[編集]

姉妹都市[編集]

脚註[編集]

  1. ^ 当初は対アイルランドスコットランドの前線基地として建設された。Oxford Dictionary of National Biography, Liverpool at 800, 2007年10月1日参照。

外部リンク[編集]

政府

観光

その他