精油

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白檀(サンダルウッド)の精油

精油(せいゆ)またはエッセンシャルオイル英語:essential oil)は、植物が産出する揮発性の[1]、それぞれ特有の芳香を持ち、水蒸気蒸留法または直接蒸留法によって植物から留出することができる[2]。植物は、代謝産出物、排出物、フェロモン、昆虫の忌避剤などとして精油を産出すると考えられており、葉や花弁、根などの特別なに貯蔵される[2]。一般に多数の化合物の複雑な混合物で、その芳香から主に食品産業で香料として利用されている[2]

概説[編集]

おおむね液状で水より軽く、水に溶けず(疎水性)、アルコール二硫化炭素石油エーテル脂肪油などに溶ける(親油性[1]。普通の油脂のようにアシルグリセロール(英語:Acylglycerol)、いわゆるグリセリド(英語:Glyceride、グリセリン脂肪酸エステルの総称)ではなく、植物の「精、精髄」(ラテン語: essentia)から精油と呼ばれ、油脂とは区別されている[3]

現在知られている精油は1500種類に及ぶが、香料または合成香料原料として利用されるのは約100種類ほどである[3]

大量の植物からわずかしか採れないため、バラ精油のようにかなり高額なものもある。(バラの場合約5tの花から精油1kgが採取され、収率は0.02%。柑橘類は、果実に対して収率は0.2 - 0.5%程度である[4]。)アロマオイルなどと混同されることもままあるが、合成香料を使用して大量生産されるそれらとは区別される。商品としての精油は100%植物由来であり、合成物質の添加、成分調整、アルコール希釈などの加工は行なわれていないと思われがちだが、必ずしもそうではなく、脱テルペン処理やブレンディングなど、何らかの処理がされているものも少なくない[2]。アロマテラピーという言葉を作った調香師ガットフォセは、香水用に脱テルペン処理などがされた精油を使用していた[2]

溶剤を用いて抽出されたコンクリート(香料)英語版アブソリュート(香料)英語版超臨界二酸化炭素英語版による抽出物は、揮発しない成分や水溶性タンパク質を含み、精油とは異なる物質と考えられているが、精油と呼ばれる場合もある[2]

成分[編集]

テルペン類のうち、カルボニル基やヒドロキシ基などの官能基を持つ誘導体はテルペノイドと呼ばれ、イソプレン(左上)を基本単位として構成される。

精油を構成する成分の大部分は、アセチルCoAから生じる[2]。精油は一般に多数の化合物の複雑な混合物で、主要な成分だけで10種類を超えるものも少なくない。主な成分はテルペン属またはベンゼン族の炭化水素、アルコール、アルデヒドケトンフェノール類、各種のエステル類などである[1]。複雑な構造を持ち、相互に分離することが困難な場合も多い。そのため精油の化学的研究は、19世紀末まで大部分が取り残されていた。精油の研究からテルペン化学や合成香料が発展した[3]

精油の成分は植物の種類だけでなく、生育の程度、場所、採取された季節、天候によっても大幅に異なる。またゲノムが不安定で多様な香りがあるタイムのように、様々な化学種(ケモタイプ)が認められる場合も多く、ある植物の組成が常に一定であることはありえない。概ね同じ香りの精油であっても、成分組成が異なると、生物活性(薬効)が異なる可能性がある[2]。(精油同様、生薬についても同じ問題があり、保険適用される漢方薬は、一定の薬効が得られるように、ある程度成分が調整されエキス剤に加工されている。ただし、エキス剤は加工する過程で揮発・蒸発しやすい精油などの成分が失われる場合があるため、一長一短であると言える。[5][6]

アロマテラピーでは、精油成分の化学(化合物中の原子団を区分した呼称)によるグループ分けが重視されているが、同じ化学基を持つ物質でも異なる香りを持っており、各物質の生物活性も化学基ではなく成分によって異なるため、化学基によるグループ分けは適当ではない[2]

植物における精油とその働き[編集]

一般に精油は植物の特殊な分泌腺で合成され、腺組織に蓄えられる[2]。単純に代謝産物、排出物としても生み出されると考えられるが、植物にとって様々な有用な作用を及ぼすものもある。次ような理由で植物は精油を産出すると考えられている。

  • 香りの誘因効果(フェロモン)により昆虫受粉種子の運搬を託す。
  • 精油の芳香などの忌避効果によって害虫やカビ真菌)などの有害な菌から植物を守る。
  • 葉に粘液性のある精油を産出し食べられないように身を守る。
  • 周囲に他の植物が生育するのを抑制する。
  • 精油が汗のように蒸散することにより、自らを冷却し太陽熱からその植物を守る。

歴史[編集]

日本に伝来したらんびきの断面模式図

水蒸気蒸留法は、中世イスラーム世界の錬金術と化学英語版の隆盛に伴いアラビアで発達し、精油は香料や薬として利用された。それ以前の古代エジプトなどでは、精油は冷浸法(アンフルラージュ)、温浸法(マセラシオン)、圧搾法などの方法で抽出され、香油、薬油として利用された。水蒸気蒸留法の最古の記録は、アンダルス(現スペイン・アンダルシア地方)の偉大な科学者で、医師・薬剤師・植物学者・科学者であったイブン・アルバイタール(1188年 - 1248年)の『薬と栄養全書』(Kitab al-Jami fi al-Adwiya al-Mufrada)であるといわれる[7]。精油の製造法は中世ヨーロッパに伝わり、医療に広く利用され、のちに香水に用いられた。

水蒸気蒸留装置アレンビック(らんびき)は、江戸時代には日本に伝来しており、精油は蘭方(西洋医学)で治療に使われた[8]。また、日本では明治から昭和にかけ、精油産業が盛んだった。薄荷は日本では19世紀から生産され、1960年(明治35年)頃から北海道・北見で生産が始まった[9]。1939年(昭和14)年に全盛期を迎え、世界市場の約70%を占めるほどであったが、輸入自由化、合成薄荷の登場、人件費高騰などの影響で衰退し、1983年(昭和58年)に北見の薄荷精製工場は閉鎖した[10]。樟脳は、楠が豊富な日本統治下の台湾で、樟脳油が大量に生産され、セルロイド製造や防虫剤に利用された。最盛期は世界最大の生産量であったともいわれるが、化学防虫剤、セルロイド代替品の登場で衰退し、現在国内ではごく一部で生産されるのみである[11]。精油原料としてラベンダーは、1937年(昭和12年)に曽田香料株式会社の創業者・曽田政治が、フランスのアントワン・ヴィアル社から種子を入手したことから北海道で栽培され、1942年(昭和17年)には日本最初のラベンダー油が採取された。1972年(昭和47年)頃から合成香料技術の進歩と輸入自由化の影響を受けて衰退し、現在は主に観光資源として観賞用に栽培されている[12]

用途[編集]

精油は特有の芳香を持つものが多く、香料として、副次的に抗菌作用を期待して、主に食品産業で、また家庭用品、殺虫剤、食肉産業、香水・化粧品などで用いられる。また強い洗浄力を持つものもあり、塗料業界でも使われている[2]

また、アラビア、ヨーロッパでは伝統的に精油を用いた治療が行われ、現在ではアロマテラピーまたはアロマセラピーと呼ばれ、医療や美容に用いられている[13]

植物から採取された精油は、水分、不純物を除いてそのまま香料として用いられる。また、から抽出される樟脳油のように、さらに蒸留して数種類の精油成分に分けることもある。樟脳油からは白油・赤油・藍色油が、薄荷油からは冷却法によって薄荷脳(メントール)と薄荷油が得られる[3][14]

抽出方法[編集]

水蒸気蒸留装置

精油は水蒸気蒸留法または直接蒸留法で抽出される。アブソリュート(香料)英語版コンクリート(香料)英語版など、他の香気成分抽出法英語版で抽出されたものは、厳密には精油ではないが、精油と呼ばれることもある。ここでは、水蒸気蒸留法以外の香気成分抽出法についても説明する。

水蒸気蒸留法・直接蒸留法

植物材料を蒸留装置に入れ、熱して精油成分を気化させて集める方法(具体的には「水蒸気蒸留」を参照。)材料と共に水を装置に入れる「直接蒸留法」と、別の容器で水を沸騰させる「水蒸気蒸留法」がある。この方法では、抽出時間が短いほど香りのよい精油が得られ、長くなるほどグレードは下がる[2]。100℃以上の熱がかかるので、熱による変質が起こる精油の採油方法としては適切でない。

直接蒸留法では、蒸留後の蒸留水に水溶性の芳香物質が微量に含まれており、芳香蒸留水ハイドロゾル、フローラルウォーター)と呼ばれる。ローズ精油のように生産にコストがかかるものの場合、芳香蒸留水は蒸留装置に戻されたり、有機溶剤抽出法を使うなどして、水溶液中の精油も回収されることが多い[2]

油脂吸着法

油脂に芳香成分を吸わせる古くからある抽出法で、古代エジプトで利用されていた。脱臭した動物油脂などに植物を添加して精油を吸着させたのち、エタノールで精油のみを油脂から抽出する古典的な方法。熱を加える温浸法(マセラシオン)と、室温で行う冷浸法(アンフルラージュ)がある。精油を吸着した油脂はポマードといい、そこからエタノールで抽出された精油はエキストラクト(エキス)、さらにそこからエタノールを蒸発させて除去したものはアブソリュート(Abs.)と呼ばれる。(油脂吸着法、揮発性有機溶剤抽出法、超臨界流体抽出法などで段階的な過程を経て最終的に得られた香料をアブソリュート(Abs.)と呼ぶ。)

冷浸法(アンフルラージュ)は、ジャスミンやバラなど、花から精油を抽出する場合に使われた方法。動物性脂肪(通常は精製した豚油[15])を塗ったトレーに花びらを並べて載せ、花びらに含まれる精油をトレーのオイルに吸収させる。その後、トレーに塗った動物性脂肪・植物油から精油を分離し純化させる。冷浸法では熱による変質の無い非常に高品質な精油が得られるが、コストが高く収率が低いため、現在ではほとんど行われていない。有機溶剤抽出法の理論のベースになっている[2]

溶剤抽出法

芳香成分を溶媒に溶かしだして得る液液抽出英語版法(分離する2種類の溶剤を用いた抽出法)。ジャスミンやバラなど、高価で収率の少ない植物に用いられる。植物を溶剤(溶媒石油エーテルヘキサンベンゼンなど)に浸し芳香物質を溶かし出した後、溶剤を気化させると芳香物質を含む半固形状の物質(コンクリートワックス状の塊)が残る。これをエチルアルコールに溶かし、-5℃~-12℃で冷却すると芳香成分とワックス成分が分離する。その後アルコールを除去して精油を得る。水蒸気蒸留法と比べてたさんの精油を抽出することができ、水溶性成分も損なわずに保持されるという利点がある。また、水蒸気蒸留法のような熱の影響を受けないため、ローズやジャスミンなどの微妙な花の香りを得るのに利用される。この方法で取りだした精油もアブソリュート(Abs.)と呼ばれる。ある程度の色素が含まれ、ワックス、有機溶剤が残留していることが多い。柑橘系精油の抽出法は低温圧搾法が知られるが、主な抽出法はそれではなく、柑橘製品の副産物として溶剤抽出法で生産されている[2]

超臨界流体抽出法・二酸化炭素抽出法[2]

二酸化炭素を超臨界流体の状態にして芳香成分を溶かし出して得る方法で、1970年代後期に開発された。カフェインレスコーヒーを作る方法と同じものである。二酸化炭素に200気圧という高い圧力をかけ超臨界状態にし、この中に植物を入れておき芳香成分をその中に拡散・浸透させる。その後圧力を抜き流体を気化させると芳香成分だけ残る。低温で瞬間的に抽出ができ、熱による成分の変質がない。二酸化炭素を用いるため、精油成分に化学的な影響を与えることも、有機溶剤抽出法のように溶剤が残るおそれもなく、不純物のない精油が得られるというメリットがある。高い気圧をかけるため多額の設備投資が必要だが、食品業界では最もよく利用される抽出法である[2]。この方法で抽出した精油はアブソリュート(Abs.)CO2エキストラクトと呼ばれる。

圧搾法
リモネンの構造式

物理的に圧力を加えて絞り出す方法で、柑橘類の精油を得るのに利用される。この方法は、水蒸気蒸留法が確立する前から利用された。圧搾法で抽出されたものも、厳密に分類しなければ、一応「精油」に含まれる。ただし、同じ植物原料を用いても、水蒸気蒸留法と圧搾法では、抽出された精油の成分組成は全く異なる。

柑橘類は果皮の表面にある油胞に精油を含有しているので、果皮に圧力を加えて油胞を潰すことで精油を得ることができる。果皮を絞るスクイーズ法と果皮をおろしがねのようなもので擦るエキュエル法がある。昔は手作業で行っていたが、現在では機械化されている。L-リモネンなどのテルペン類は熱による香りの劣化が激しいので、圧力をかける時に発生するわずかな熱による変性を防ぐため、冷却しながら圧搾処理することがあり(低温圧搾法)、これによって得られた精油は特にコールド・プレスと呼ばれる。(これはオリーブオイル抽出英語版と似た方法である。)ジュースパルプも共に遠心分離器にかけて分離される。他の抽出法に比べて不純物を含むため、品質の劣化が早い。柑橘系の精油は化学的に不安定であり、通常ブチルヒドロキシトルエン(BHT)やブチルヒドロキシアニソール(BHA)などが酸化防止剤として添加されるため、100%天然の精油というのは考えにくい[2]。ワックスや色素などの不揮発性成分が含まれ、光毒性のあるフロクマリンを含む場合も多い。フクロクマリンが除去されたFCF精油も生産されている[2]


また、手軽な精油の利用法としては、植物をアルコールに浸し精油を溶かし出したものもあり、これはティンクチャーまたはチンキと呼ばれる。(例:ハーブチンキ、アヘンチンキ)精油成分が溶けている液体であり、薬用酒などがこの方法で作られる。

品質[編集]

ガスクロマトグラフィー

分析[編集]

旋光性比重屈折率などの物理的な分析、ガスクロマトグラフィー質量分析赤外分光法酸化、エステル価の測定などの科学的分析がある。ただ、ガスクロマトグラフィーや質量分析器は、どんなに感度が良くても、化学的に天然のものと同じであれば、合成香料を検出することはできない[2]。人が実際に香りを嗅ぐ官能試験も行われる[16]

規格[編集]

世界[編集]

精油製品は、ヨーロッパにおける信頼性の高いの規格として、フランス規格化協会Association Française de Normalisation、略称AFNOR)による規格があり、いくつかの精油については標準的化学組成を示したモノグラフを発行している[13]。電気分野を除く工業分野の国際的な標準を策定する国際標準化機構(International Organization for Standardization、略称: ISO)でも精油の国際的な規格が定められており、これはフランス規格化協会の基準を受け入れている[16]。TC54という委員会が包装、状態、保管、サンプリング、旋光度の測定、組成などを評価している。精油の組成成分類の各量が基準に合わない場合、または天然精油に存在しない成分があった場合に、基準に合わない精油と見なされる[16]。ただし、基準に合致しても、100%天然であると保証されるわけではない。

精油の成分は植物の種類だけでなく、生育の程度、場所、採取された季節、天候によっても大幅に異なるが、国際標準化機構(ISO)が成分組成の基準に合わせるために、収穫時期・場所の異なる精油、他の植物精油や合成成分のブレンドが行われることがあり、ISOの基準が精油の加工の一因になってしまっている[2]

他に、芳香材料研究所(RIFM)、国際香粧品香料協会英語版(IFRA)、イギリス薬局方BP)、ヨーロッパ薬局方英語版(EP)、アメリカ薬局方英語版(USP)、国際精油&香料貿易協会(IFEAT)などの規格もある[13]。また、ほとんどの精油は、アメリカ食品香料製造者協会英語版(FEMA)から安全食品認定(GRAS)を、アメリカ食品医薬品局(FDA)から食用承認を受けている[2]

イギリスでは、精油供給業者が製品安全データシート(MSDS)を提供することが法的に義務付けられている。標準的に次の事項が表示される。

  • 官能試験の要約
  • 植物の名前と生息地
  • クロマトグラフィー/質量分析器(GC/MS)の結果(主要ピーク)
  • 比重
  • 屈折率
  • 旋光度
  • 引火点

日本[編集]

薬効・効果が認められたウイキョウ油、オレンジ油、桂皮油、丁子油、テレピン油薄荷油、ユーカリ油が日本薬局方に収載されており、医薬品として扱われる[17]。これらの精油を含むものは医薬品とみなされるが、含有する濃度が低い場合、化粧品への配合が許されるときがある[18]。日本薬局方に収載されたもの以外で、化粧品の範疇にも入らず医薬品的効能も謳わない精油は、高濃度の芳香成分・薬効成分を含むにも関わらず雑品扱いであり、販売・輸入に規制は存在しない[19][20]

公益社団法人日本アロマ環境協会(AEAJ)が、表示基準適合精油の認定制度を設けている[21]。これは同協会の法人正会員のみを対象にした認定制度で、次の3項目を認定条件とし、「精油のブランド」を認定する制度である[22]。精油の表示に対する認定制度であり、品質に関しては認定基準に含まれず、表示が十全であるかが基準となっている。

  • 精油商品に、定められた「精油製品情報」が整っていること:ブランド名、品名、学名、抽出部分(位)、抽出方法、生産国(生産地)または原産国(原産地)、内容量、発売元または輸入元
  • 精油商品に、定められた「使用上の注意事項」が明記されていること
  • 協会が求める「企業モラル」を遵守する旨の「確認書」を提出すること

成分組成に関する規格はなく、クロマトグラフィー/質量分析器(GC/MS)の結果の提出などは行われず、100%天然であることを保証するものではない。

グレード[編集]

精油製品には次の3つのグレードがある[13]

  • インダストリアルグレード:産業用に使用され、合成香料が含まれる。
  • 100%ピュア&ナチュラルグレード:合成香料は含まれないが、残留農薬についての保証はない。
  • オーガニックグレード:有機栽培された香料植物から採取され、残留農薬は含まれない。アロマテラピーで利用される。ヨーロッパでは、フランスの国際有機認定機関ECOCERTによる認証がある。有機栽培では農薬を使わないため、生産性が減少しコストが上がる。付加価値はつくが、通常の3倍の値段で販売できたとしても、オーガニックグレード精油は実際より過剰に出回っていると考えられている[2]。オーガニックグレードは食品や化粧品業界の需要はあまりなく、需要はアロマセラピストの小さな市場に限られている。100%ピュア&ナチュラルグレードとオーガニックグレード精油の組成に違いはなく、オーガニックグレードには残留農薬が含まれてないはずだが、相当量のサンプルを提供しない限り、残留農薬の有無を判断することは難しい[2]

医療グレード、メディカルグレード、セラピーグレードなどという通称もある。これらの呼称は、医療に用いるほど高品質な精油であると主張する際に使用されるようだが、このような基準があるわけではなく、単なる造語にすぎない[23]

加工・規格化・偽和[編集]

ほとんどの精油は、食品添加物や香水として利用する際にはアルコールで希釈する必要があり、アルコールに溶けやすくし、劣化や不溶沈殿物を防ぐために、脱テルペン処理が施される[2]。不快な臭いの元や毒性成分を取り除く処理も行われる。水増しや品質を良く見せるため、規格に合わせるために、合成物質の添加、ブレンディングなどの偽和も広く行われている。

精油の流通量は生産量を大きく上回っており、天然の精油に、別の安価な精油や合成物質を加え、様々な溶剤で偽和する偽装行為は広く行われている。偽和とは、1種類以上の粗悪な成分の添加などを行い、製品の基準を下げる行為と解釈されている。規格化、成分補強、液体化、成分再構成(天然精油と似た香りを化学的に再現すること)、営利化(水増し)が行われ、ラベルと違う学名の精油が販売されることもある。真正ラベンダー油の名でラバンジン油が、サンダルウッド油の名で合成香料サンタルが販売された例もある。ヨーロッパ薬局方に記載された精油で、薬局等で販売されているものを成分分析したところ、その品質は許容範囲を超えた物であったという報告もある[2]

フランスにおける真正ラベンダーの生産量は、1967年の87トンから1998年には12トンと減少しているが、この期間でラベンダー油の世界需要は100倍に増加している[16]。生産量と流通量の差分は、偽和によって水増しされた精油によって賄われている。長年精油で偽和が行われてきたことで、皮膚炎や皮膚感作の発生率が上昇している。無害と考えられる精油も、人によって毒性が発現しているが、偽和に用いられた成分による免疫感作の可能性が高い。日本ではラベンダー精油のパッチテストの結果、10年間で陽性率が上昇していた。職業病としてアロマセラピストの皮膚炎も増加している[2]

薬理効果・臨床研究[編集]

精油が医療に使われるようになったのは、精油には、材料の植物が持つのと同じ生物活性(薬効)が凝縮されているのではないか、という推論による。そのためアロマセラピーでは、現在でも昔の植物療法の薬効が引用されることが多いが、この推論は間違っていることがわかっている。例えばオレンジ油は外皮から抽出される脂溶性成分からなり、果皮や果肉に含まれる水溶性のビタミンB類やビタミンCカルシウムタンパク質などは含まれない。つまり、材料植物に見られる薬効のすべてが精油にあるわけではない。近年の研究で、植物の各成分には異なる薬理作用があることがわかってきた。

精油の多くは、in vitro試験(試験管内で行う試験)では強い抗微生物作用を示すが、精油の持つ薬効を検証することは困難である。精油は種類によってだけでなく、療法の様式、生産された場所や年度、偽和の有無、提供動物種、実験に用いられた組織などによって異なる結果がみられる。したがって、微生物や動物や人間の組織を使ったin vitro試験で、実際の作用を判断することは不可能である。精油の特性に関するエビデンスは、ほとんどがin vitro試験によるもので、臨床研究も極めて少なく、結果も否定的なものが多かった。また、プラセボ効果が占める割合も極めて高い。科学者やアロマセラピストが不十分な研究を行い、それを科学的エビデンスとして繰り返し周知することで、一般に事実であると思われる事例も見受けられ、問題になっている。精油の研究は、異なる香りを使った正確なランダム化比較試験の実施が極めて難しいことや、臨床研究を行う人が従来のアロマテラピー理論を無批判に受け入れていたことなどから、有意な研究が少なかった。近年の研究と比べると、過去の臨床研究には、デザインや結果に欠陥が見受けられる。科学者による信頼に足る臨床研究も徐々に増え、精油の効果に肯定的な研究結果も報告されている。心理的効果については、いくつかの香りが人の情動に影響を与えることがわかっているが、研究はまだ始まったばかりであり、今後の研究が期待される。

イギリス薬局方には、シナモン(下痢止め、駆風薬(胃腸内のガス止め))、クローブバッド、クローブリーフ(歯痛用局部麻酔薬、関節炎、副鼻腔炎)、カモミール・ジャーマン(抗炎症剤)、ペパーミント(消化不良、気管支炎、過敏性腸症候群)などが掲載されている。また慣習的・伝統的に、抗炎症剤や消毒薬、去痰薬や駆風薬として利用されるものもある。

安全性[編集]

精油は食品、化粧品、香水などで希釈物質と主に広く利用され、数多くの問題が起こっているが、特に感作作用(生体を抗原に対して感じやすい状態にする作用)が問題視されている。科学技術の発達で、顧客の要望に合わせてデザインされた精油が数多く作られ、毒性のリスクが上昇したのである。精油の安全性は、現在全体的に見直し・再調査がされており、精油を使った製品や売買、使用に将来規制がかかる可能性がある。現在ヨーロッパでは、2002年欧州指令により、精油は使用条件と警告をラベルに記載するよう義務付けられている。

全ての精油は高濃度で使用すると毒性があり、特に内服は危険である。(現在内服は、フランスのごく一部の病院、または科学的研究に興味のない一部のセラピストが行なっている。)強い毒性のある精油は低濃度でも危険であるが、アロマテラピーでは使用されない。無毒とされる精油を用いても、人によっては毒性が発現するが、これは免疫感作の影響であると思われる。極めて微量の精油でも、継続的に使用することで毒性が発現する可能性がある。ある調査では、アロマセラピストの23%が手に皮膚炎を起こしていた。また、通常の療法と代替療法を併用すると逆の効果が現れるという報告が増加しており、医師とアロマセラピストが連携していない場合、深刻な問題が起こりかねない[2]

アロマテラピーの書籍には、科学的に有効性が証明されていない、矛盾だらけの薬効が数多く記載されている。植物の学名が述べられていないものも多く、どのように作用するかの説明もない場合がほとんどである。素人目に科学的に見えても、専門家には不十分極まりない情報も多い。アメリカでは1997年に精油の無根拠な効能を謳ったLafabre and Aromaが訴えられており[2]、2014年にはヤングリヴィングドテラが、医薬品として認可されていない自社精油の無根拠な薬効を喧伝したとして、アメリカ食品医薬品局(FDA)から警告を受けている[24][25][26]。アロマテラピーの書籍には、乳幼児にカモミール油を1日3回、5~10滴内服させるような危険な療法を勧めるものすら存在するが、実際にこれが行われた場合、死亡事故が起こる可能性がある。多くの書籍があるにもかかわらず、有害作用が記載されているものは少ない。

多くのアロマセラピストは科学的研究に興味がなく、学術的研究を完全否定するセラピストも存在する[2]。アロマテラピーはニューエイジと関係が深いため、むしろ独自の宇宙論や占星術、宝石、色彩、音楽療法などを重視し、リフレクソロジー指圧レイキ(手かざし)、ヨガなどの民間資格を持ち治療に併用する場合も多い[2]。何らかの疾患治療中のクライアントを施術する際に担当医と連携をとらなかったり、科学知識の不足からアレルギー反応による炎症を「好転反応」と間違って説明するなどの問題もある。アメリカ食品医薬品局(FDA)などから承認を受けていることを根拠に、精油の内服や原液塗布を推奨するセラピストも存在するが、無論これらの承認は、どんな濃度であっても内服・塗布に害がないということを意味するわけではない。また、新種や野生種からとられた精油、未知のケモタイプの精油など、安全性が確認されていないものも治療に使われる例があるが、これはクライアントを実験動物として扱うに等しい。

精油が採れる植物[編集]

精油原料となる植物は多岐にわたる。オレンジのように花、葉、果実から異なる精油が得られるような植物もある。以下に主な採油植物とその部位を示す。

香調(ノート)による分類[編集]

香水の世界では、香調(ノート)により香りを分類する考え方がある。香りを楽しむアロマテラピーでも、このような分類が援用されることもあるようである。考え方により4種類、7種類、8種類、12種類と分類数は多様で、分類法により含まれる香りは異なる。以下精油に関係のある香調の代表的なものを列記した。(シプレー調など複数の精油を用いる香調は省いた。)

賞香期限[編集]

製品化された精油は、開封後約1年が目安となるものが多い。柑橘系(ベルガモット、レモンなど)は約半年とされる。例外的に、サンダルウッド、乳香、パチュリー、ローズオットーの精油のように、歳を経るごとに質が良くなるものもある[15]

出典[編集]

  1. ^ a b c 久保亮五 他 編集 『岩波理化学辞典第4版』 岩波書店、1987年
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  4. ^ 長谷川香料株式会社 著 『香料の科学』 講談社、2013年
  5. ^ 品質ポリシーと製造管理 クラシエ
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  8. ^ らんびき -陶製の蒸留器- 内藤記念くすり博物館
  9. ^ 北見ハッカ記念館
  10. ^ ハッカの歴史 世界一のハッカ工場 北見ハッカ通商
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  12. ^ ラベンダーキャンパス化計画 東海大学
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  16. ^ a b c d 高山林太郎 著 『ルーツ of アロマテラピー』 現代書林、2002年
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  19. ^ 【医薬品・健康食品・化粧品・医療用具・健康器具編】Q6.医薬品・化粧品・健康食品・雑品の区別 薬事法ドットコム
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  23. ^ ペットに対するアロマセラピーの歴史 動物のアロマセラピー最新情報 日本アニマルアロマセラピー協会
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  26. ^ FDA Warning Letters: Young Living, dōTERRA Consultants Must Cease Marketing Claims That Essential Oils Fight Disease The Inquisitr News.

参考文献[編集]

精油や精油を用いた治療であるアロマテラピーの研究は日々進んでいるが、日本語の最新情報は極めて少ない。正確な情報を得るには、外国のものを含め最新の論文・専門雑誌・専門書を当たることが望ましい。過去に評価の高かった専門書も、古いものには間違った情報(更新された情報)があるため注意が必要である。

  • 長谷川香料株式会社 著 『香料の科学』 講談社、2013年
  • マリア・リス・バルチン 著 『アロマセラピーサイエンス』 田邉和子 松村康生 監訳、フレグランスジャーナル社、2011年
  • 今西二郎 著 『補完・代替医療 メディカル・アロマセラピー』 金芳堂、2006年
  • 高山林太郎 著 『ルーツ of アロマテラピー』 現代書林、2002年
  • クリシー・ワイルドウッド 著 『アロマテラピーの精油でつくる自然香水』 高山林太郎 訳、フレグランスジャーナル社、1996年
  • 久保亮五 他 編集 『岩波理化学辞典第4版』 岩波書店、1987年
  • 化学大辞典編集委員会 編集 『化学大辞典』 共立出版、1977年
  • 『お部屋でできるアロマテラピー40』 吉田隆子著 同文書院
  • 『アロマテラビーハンドブック』 香りの総合学院GRASSE監修 池田書店
  • 『これ一冊できちんとわかるアロマテラピー』 梅原亜也子 著 ㈱毎日コミュニケーションズ ISBN 978-4-8399-3447-7
  • 『アロマティックライフ』 日下部知世子 著 ㈱グラフ社 ISBN 978-4-7662-1167-2

関連項目[編集]