アロマテラピー

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精油の瓶とディフューザー

アロマテラピー: aromathérapie[※ 1])は、精油(エッセンシャルオイル)を用いて、病気の予防や治療、心身の健康やリラクセーションストレスの解消などを目的とする技術・療法である[1]。使用される精油は、や果皮、樹木など植物に由来し、揮発性の芳香化合物・薬効成分を含んでいる。アラビアやヨーロッパで昔から行われている民間療法のひとつで[2]錬金術と深く関係して発展した[3]アロマセラピー: aromatherapy[※ 2])とも称され、日本語では芳香療法、聞香療法と訳される。アロマテラピーには、精油を使った芳香浴、吸入、全身浴、部分浴、精油の塗布、精油を植物油で希釈して行うオイル・マッサージ、精油の内服などの方法がある[1]。精油を用いる療法全般を指し、嗅覚刺激によるアプローチ以外も含まれる。医療の分野では補完・代替医療のひとつとして知られ、病気の予防、治療だけでなく、介護や看護の場面で行われ、これはメディカル・アロマテラピーと呼ばれる[1]。広義では美容を目的とするエステティック・アロマテラピー、サイコ・アロマテラピー(芳香心理学英語版[4])、香りを楽しむアロマテラピーなども含まれる。

アロマテラピーという言葉は、1920年代にフランスの調香師ガットフォッセが創作したとされ[2]、アロマ(芳香)とテラピー(療法)を組み合わせた造語である。本来精油を使った治療技術を指すが、その字面から拡大解釈され、お香など精油以外を使用する芳香浴も含めてアロマテラピーと呼ばれることもある。

名称[編集]

「アロマテラピー」(: aromathérapie[※ 1])という言葉は、20世紀に入ってからフランスの調香師ルネ・モーリス・ガットフォセによって作られたフランス語である。「アロマ」はラテン語を語源とする「芳香」(ἄρωμα - arôma)、「テラピー」はギリシャ語を語源とする「療法」(θεραπεία - therapeia)で、「アロマテラピー」はこのふたつを組み合わせた造語である[5]。これを英語で発音すると「アロマセラピー」(: aromatherapy[※ 2])となる。日本では、医療の世界でアロマセラピーと呼ばれることが多い[6]

「アロマトテラピー」と「ト」が入る表記も、「芳香療法」を意味する単語として文法的語源的には正しい[要出典]

方法[編集]

精油の芳香分子を拡散させるディフューザーなどを用いた芳香浴や吸入、全身浴・部分浴といった入浴、精油原液の塗布、精油を植物油で希釈して行うオイル・マッサージ、精油の内服などの方法がある[1]。精油の内服は日本では少ないが、病院で行われることがある。フランスでは、アロマテラピーは主に病院で行われるが、精油を植物油で希釈したものを座薬、浣腸剤としても利用する。

歴史[編集]

ヨーロッパの古文書に見られる蒸留装置アレンビック
日本に伝来したらんびきの断面模式図

人工香料が作られるまで、香りは全て植物または動物から採られた。古代では、樹脂などをそのままか、またはそれらを混ぜて使った。その後、芳香成分(精油)が動物性・植物性の油に溶けることに気づき、香りを映した香油や香膏(軟膏)が作られ、水にも少し溶けることから、香り水も利用された[7]。「香水」と訳されるperfumeは、ラテン語のper‐fumum(煙を通して、煙によって)に由来する言葉で、昔は固体・液体を総称しperfumeと呼んだ。この節では、芳香成分をアルコールに溶かしたperfumeを「香水」とし、他は「香料」「香油」などとした[7]

概要[編集]

香料植物の利用は古代にさかのぼり、焚香料(インセンス)としての利用が最も古いと考えられている[7]。香りの心身への影響も知られ、精油を用いた治療も古くからおこなわれた。ギリシャ・ローマの医学が伝わったアラビア圏では医学・錬金術が発達し、精油や芳香蒸留水(ハイドロゾル)が治療に使われた。12世紀にアラビアからヨーロッパに医学・錬金術が伝わり、蒸留技術が普及すると、精油が広く医療に利用され、アルコールの蒸留技術が確立し蒸留酒が広まると香料植物・ハーブを使ったリキュール(薬用酒)が流行し、のちに香水として利用された。20世紀に入ってから、精油を用いた治療がアロマテラピーと名づけられた。また日本には、精油を蒸留する蒸留器「らんびき」が16世紀半ば江戸時代には伝来しており、蘭方医学で精油が治療に使われていた[8][9]。アロマテラピーという言葉が日本へ紹介されたのは、1980年代以降である。

古代[編集]

香料植物の利用は古代にさかのぼり、香りの心身への影響も知られ、精油を用いた治療も古くからおこなわれた。人類は洋の東西を問わず、植物の芳香を祭祀・儀礼・治療美容に用いてきた。香料が初めて記録に登場するのは紀元前3000年ごろの古代メソポタミアで、香料が神に捧げられていた。また、花やスパイスの香りを油に移すために使用したと考えられる土器も発見されている。

エジプトで乳香(フランキンセンス)などの香料植物が祭祀、美容、医療に大いに利用され、没薬(ミルラ)はミイラ作り用いられたことで知られる。上流階級の間では、身体に香をたいたり、香膏が利用され、ツタンカーメン王の墓からは、アラバスタ―製の香油壺が発見されている[10]

エジプトの香料文化の影響を受けたギリシャでは、香料の調合・製造の技術が発達した。ローマでは香料文化はさらには繁栄し、香油、香膏粉末や固形の香料が利用された[10]。このころの香料の製法は大プリニウス(22 / 23年 – 79年)『博物誌』やディオスコリデス(40年頃 - 90年)『薬物誌』に残された。『薬物誌』は、アラビア・ヨーロッパで1500年以上薬学の最も権威あるテキストとして利用された。

古代インドでも、香料は宗教儀式で重要な役割を果たし、ジャスミンバラモン教の経典に神聖な花として記されている[10]。古代中国では、香料植物は香薬・香辛料として利用され、『神農本草経』にも多くの芳香性生薬が記録されている。仏教が伝来してからは、麝香沈香などが薫香線香など焚香料としても使われ、6世紀になると仏教とともに日本に香文化が伝えられた[10]

精油を用いた治療も古くからおこなわれ、古代メソポタミアの医書には、テレピンノキからとったテレピン油があり、傷薬として使われていた[11]

このように、香料植物や精油は古代から利用され、世界の各地域で独自に発展し、近代医学が発達する以前の人間の健康を助けた。今でもそれらは、伝統医学民間療法として受け継がれている。

アラビア錬金術と水蒸気蒸留法[編集]

イブン・アルバイタールの彫像。スペイン・アンダルシア地方、マラガ

イスラーム圏ではギリシャ・ローマの医学をベースにユナニ医学が発達し、錬金術の発展で化学が進歩した。中世イスラーム世界の錬金術と化学英語版では、抽出・蒸留・発酵などの手法が薬物製造に結び付けられ、薬学はひとつの科学としての基礎を持った[11]陶器ガラスの製造も高度な技術が発展し、蒸留など薬物製造に用いる器具が作られた。イスラーム圏の錬金術師・薬剤師たちによって、香気成分抽出法英語版のひとつである水蒸気蒸留法が確立されたといわれ、蒸留装置アレンビックの考案・改良者として哲学者・錬金術師ジャービル・イブン=ハイヤーン(721年? – 815年?)の名が知られるが、この装置は「らんびき」の名で日本まで伝わっている。アラビア圏では、芳香蒸留水や精油といったハーブ蒸留物英語版が製造され[12]、治療に用いられた。医学の大家であるイブン・スィーナー(980年頃-1037年頃)の『医学典範』(al-Qānūn fī al-Ṭibb)には、バラ精油を用いた治療法が記されており、香油や香膏を使ったマッサージについても説明されている[13]

水蒸気蒸留法やその器具についての最も古い記述は、医師・薬剤師・植物学者・科学者であったイブン・アルバイタール(1188年 - 1248年)の『薬と栄養全書』(Kitab al-Jami fi al-Adwiya al-Mufrada)である。製造された精油は香料・香油として用いられたり、高価な薬に混ぜて使われた。またこの本には、バラ水やオレンジ水といった芳香蒸留水について、詳細な化学情報が説明されている[14]

ヨーロッパにおける精油療法の発展[編集]

ヒエロニムス・ブランシュヴァイク 『蒸留術の書』。中央にあるのは蒸留塔

中世ヨーロッパでは、香料植物の栽培と利用はもっぱら修道院の仕事であり、アラビアから錬金術が伝来するまで、植物成分を水や植物油やワインに浸出して用いた。

当時の西洋文化圏の最先端であるユナニ医学やアラビア錬金術は、十字軍によるアラビア侵略を契機に徐々にイタリア、スペインなどヨーロッパに伝わっていった。(キリスト教における香油の利用については、病者の塗油塗油などの記事を参照のこと。)

アラビアの錬金術は12世紀にはヨーロッパに伝わり、13世紀になると貴金属の製造を目的とするものと、パラケルスス(1493年|1494年 - 1541年)に代表される医学的な錬金術に分かれた[3]。医学的な錬金術では、蒸留などの化学操作によって、自然物に含まれる第五精髄(第五元素、エーテル。不老不死の秘薬エリクシルと同一視された)の抽出が目指され、パラケルススは医化学の祖と呼ばれる。こうして蒸留技術は医学の面で広く求められるようになり、ルネサンス時代には多くの蒸留書が書かれた。ドイツの外科医ヒエロニムス・ブランシュヴァイク英語版(1450年 – 1512年)『蒸留術の書』(または『蒸留小書』[11]Liber de arte distillandi simplicia et composita、1500年)がよく知られている。この本では、蒸留法や器具、蒸留物の保存法、原料となる植物や蒸留水の効能について説明された。第2版には、精油療法の理論的な背景として、マルシリオ・フィチーノ(1433年 - 1499年)が健康と長命について語った『生について』(De Vita、1489年)ドイツ語訳が収録された[3]。聖職者や一部の貴族だけが修得したラテン語ではなく、一般の読み書きに使われたドイツ語で書かれており、外科医(床屋外科)や薬剤師、薬種商(薬の材料を扱う商人)など知識層以外の人々にも広く読まれた。(外科医や薬剤師は徒弟に入って修行する一種の職人であり、商人である薬種商と共に知識階級ではなかった。)17世紀初頭まで50版以上出版された[3]

Olitätenのボトルのラベル

蒸留技術の一般化で精油の生産量が増大し、14世紀頃にはヨーロッパ全域でハーブ栽培が一般化した。蒸留技術が一般化すると中流家庭にも簡単な蒸留器が導入され、自家製の芳香蒸留水が作られるようになった[15]。15世紀にはいると、イタリアで様々な薬用リキュールがつくられるようになり、1480年には、医学の町として知られるイタリアの都市サレルノで、多くのリキュールが薬として生産された[16]。ハーブ製品や精油、リキュール(薬用酒)が生産され、各地に運ばれ販売された。

幼年教育の祖フリードリッヒ・フレーベルの故郷として知られるドイツテューリンゲン地方の森にあるオーベルヴァイスバッハ英語版はハーブ薬、精油・香膏などの香油(ドイツ語:Olitäten、英語:perfumed oils)、チンキ剤、石けんなどのハーブ製品の産地として何世紀にもわたって知られていた[17]。原料となる植物を採取する森のエリアは各家庭に受け継がれ、ハーブ薬を販売するルートも父から息子に受け継がれた。彼らは精油などのハーブ製品をヨーロッパ中に売り歩き、Buckelapotheker (英語:Rucksack Pharmacists、リュックサックの薬屋)と呼ばれた[18]

ペストの薬としても重宝されたリキュールは、のちに香水として利用されるようになり、ラベンダー水やローズマリー水(ハンガリーウォーター)が香水の原型といわれる。ルネサンス期(14世紀)の蒸留技術の発達で、イタリアでは香水の製造技術は急速に進歩し、地中海沿岸地域のイタリア・フランス南部では、王侯貴族や富裕層の間で香水が流行した[19]。18世紀の終わりには、フランスのグラースが香水の生産地として栄えた。

医化学の発展と精油療法の衰退[編集]

クマリンの化学構造

19世紀にはいると合成香料が誕生し、徐々に工業生産されるようになった。1876年にウィリアム・パーキンクマリンの合成に成功し、1882年にフランスのウビガン (Houbigant) 社がクマリンを使って香水「フジェール・ロワイヤル 」(Fougere Royale)を発表した。この香水は高く評価され、人工香料による香水の製造が本格的に始まった[20]オットー・ヴァラッハ(1847年 – 1931年。ノーベル化学賞受賞)、アウグスト・ケクレ (1829年 - 1896年)、レオポルト・ルジチカ(1887年 - 1976年、ノーベル化学賞受賞)らの研究で、多くの人工香料を安価に製造できるようになり、高級品であった香水は一般に普及した。

1804年には、ドイツの薬剤師フリードリヒ・ゼルチュルナー(1783年 - 1841年)によって、初めて阿片から有効成分モルヒネが分離、抽出された。これによって薬用植物の有効成分が化学物質であることがわかり、以降植物から薬効成分だけを抽出する研究が進み、薬剤として用いられるようになった。

こうした化学・近代医学の発展で、天然香料のみを使った自然香水や、精油を用いるヨーロッパの伝統医学(医療錬金術、錬金術医学)は下火になっていった。

「アロマテラピー」の提唱と精油療法の再評価[編集]

ルネ・モーリス・ガットフォセ

フランス[編集]

20世紀初頭、科学的な分析・検証の上で精油を心身の健康に応用しようという試みが始まった。南フランスのプロバンス地方において、香料の研究者であったルネ・モーリス・ガットフォセフランス語版(1881年-1950年)は、自分の経験から精油の治療効果に注目し、研究を始めた。1910年彼の息子が誕生した日に、実験中に手に火傷を負い、とっさに手近にあったラベンダー精油に手を浸したところ[21]傷の治りが目ざましく良かったことから、精油の医療方面での利用を研究し始めたとされる。しかし、アロマテラピーの起源として広く流布したエピソードであるが、彼の孫娘によると火傷は上半身全体に及ぶ重篤なもので、火傷の回復が思わしくなかったため、民間で火傷に効果があるといわれたラベンダー精油をのちに使用したのだという[22]。彼は1919年にPropriétés bactéricides de quelques huiles essentielles を著し、1937年に『芳香療法』(原題Aromathérapie – les huiles essentielles hormones végétales)を発表し「アロマテラピー」という言葉を使った。フランスではモンシェール医学博士や薬剤師セブランジュが精油を活用し、アロマテラピーの発展に貢献した。アロマテラピーは数年の間医師たちに注目されたが、第二次世界大戦の混乱で忘れられてしまった[23]

ジャン・バルネ

フランスの医学博士ジャン・バルネフランス語版(1920年-1995年)は、第二次世界大戦とインドシナ戦争に従軍した際に、負傷者に精油を使った医療を実践して功績をあげ、軍籍をはなれた後も民間の病院でアロマテラピーを行った[23]。1964年に『ジャン・バルネ博士の植物=芳香療法』(原題L'Aromathérapie ou Aromathérapie, Traitement des maladies par les essences des plantes、多くの版が存在する)を著し、アロマテラピーを再び有名にした。フランスでは医学博士による精油の活用・研究が続き、現在でも医療グレードの精油を使って病院で治療が行われている。

イギリス[編集]

外科医助手だったマルグリット・モーリー(本名マルガレーテ・ケーニヒ、オーストリア生まれ、1895年 - 1968年)は、フランスのシャバーヌ博士の"Les Grandes Possibilités par les Matières Odoriférantes " (芳香物質の大きな可能性、1835年)やルネ=モーリス・ガットフォセの『芳香療法』(1937年)といった書籍に影響を受け[24]、アロマテラピーを主に美容方面に活用できる技術として研究した。モーリーのアロマテラピー・マッサージは、精油を植物油で希釈して行うオイル・マッサージで、バレエ・リュスなどの芸術運動の影響を受け、感覚を通じた陶酔感・充足感を重視した[23]。パリ・スイス・イギリスにクリニックを開いて美容法として顧客にアロマテラピーを施術し、生徒を育成した[25]。美容や健康、アロマテラピーについて『生命と若さの秘密―マルグリット・モーリーのアロマテラピー』(原題Le Capital "Jeunesse"、1961年)にまとめ、これは後に英訳された評判となった。

ヒッピーだったロバート・ティスランドの『アロマテラピー:~芳香療法の理論と実際~』(原題The Art of Aromatherapy、1977年)のヒットで、のアロマテラピーは一般に知られるようになった。現在のイギリスでは、主に美容面で利用されてる。

ドイツ[編集]

ドイツでは自然療法がさかんで、ハイルプラクティカー(自然療法士)という国家資格が存在する[26]。アロマテラピーは自然療法の一環として行われ、方法は精油の吸入が中心である[23]

日本のアロマテラピー[編集]

ポプリ

精油の蒸留法は江戸時代に伝わり蘭方医学などで用いられていた[27]。明治時代にはニホンハッカなどの精油を輸出していた時期もあったが、合成香料や海外の廉価品におされ、廃れてしまった。

1970年代に、小学生やその親たちの間でポプリが流行し、ドライハーブへの関心が高まった。アロマテラピーが紹介されたのは1980年代で、はじめジャン・バルネやロバート・ティスランドらによる英仏の専門書が高山林太郎により邦訳され、やがて海外で技術を学んだ者たちが国内で実践を始めた。

現在の日本のアロマテラピーには大きく分けてフランス系とイギリス系の二つの流れがあり、フランス系のアロマテラピーは医師の指導のもと精油を内服するなど、医療分野で活用されている。イギリス系のアロマテラピーはアロマセラピストと呼ばれる専門家によって施されるなど、医療とは区別され、心身のリラックスやスキンケアに活用されている。1990年代にエステブームなどに乗って広まったこともあり、日本に伝わったアロマテラピーの方法はイギリス系に近いものであるが、近年では国内でも精油への科学的アプローチが進み、代替医療としてアロマテラピーに関心を寄せる医療関係者も増えている。

アロマテラピーのしくみ[編集]

アロマテラピーの主役である精油が心身に働きかける経路は二つある。ひとつは嗅覚刺激、もうひとつは皮膚や粘膜を通して血流に乗り体内に入る経路である。しかし精油は数十から数百の揮発性有機物の混合物であり、ひとつひとつの成分がどのように身体へ影響するのかを追跡するのは容易ではなく、人体への影響の詳細は不明な部分が多い。

アロマテラピーや精油の科学的研究は始まったばかりで、徐々に増えてきているとはいえ、質の高い臨床研究はまだ少ない[1]ランダム化比較試験の実施が極めて難しく(香りがすれば被験者にも分かってしまうため)、また主に医療の補助的手段として用いられるため、アロマテラピーだけでははっきりした結果が得られないことも多いなど[1]、評価が難しい面がある。質の高い臨床研究と、そのための研究デザインの作成が必要とされている。一般書などでいわれる精油の効能は民間療法の伝承がベースになっており、そのほとんどは科学的根拠が存在しない。

精油の嗅覚刺激[編集]

蒸散した精油の芳香成分は鼻で感知され、嗅覚刺激として大脳辺縁系に到達する(嗅覚の詳しいシステムについては嗅覚の項を参照)。ここで重要なのは、嗅覚をつかさどる部位が、の中でも本能的な部分である旧皮質に存在することである。脳は嗅覚刺激を受け取ると無意識のうちに情動を引き起こし、視床下部に影響を与える。視床下部は身体機能の調整を行う中枢であるため、匂いは本能的に身体諸器官の反応を引き起こす鍵となりうる。

精油の香りによって得られる安心感・快感・緊張感・覚醒感・瞑想感などにともなう情動が、心身のバランスを促すことが期待される。

精油が血流に乗る経路[編集]

芳香成分が血流にいたるまでには様々なルートが考えられる。吸収された成分は、最終的にはほとんどが肝臓や腎臓で代謝され、尿とともに排泄される。

吸収ルートは大別すると次の4つである。

  • ボディトリートメントなどによって、皮膚から真皮毛細血管に至るルート。
  • 呼吸により、鼻から喉・気管支・肺にとどく間に粘膜に吸着し、粘膜下の血管に入るルート。
  • 呼吸により肺胞でのガス交換時に酸素とともに血流に乗るルート。
  • 経口で口から小腸に至る消化管から吸収されるルート(坐剤として肛門や膣の粘膜から吸収させる例もある)。

皮膚は多層構造になっており、皮膚に吸収された芳香物質の血管への到達は極めて緩慢である。呼吸器からの吸収はこれよりも早いが、空気中の芳香物質の濃度を考えれば吸収されるのは微量と思われる。皮膚や呼吸を通して吸収されるルートに比べ、消化管での吸収は非常に急激で多量である。消化管の粘膜に対する強い刺激が予想され、また異物である精油成分の血中濃度が急速に高まるため、代謝系に大きな負担がかかる恐れがある。強酸である胃酸による成分の変性の可能性も捨てきれない。このため、精油の経口もしくは坐剤による使用は、十分に知識のある医師の判断のもとで行われるべきである。

精油の体内での作用[編集]

ここでは、伝統的な植物療法から推測される精油の働きについて述べるにとどめる。

生体組織への直接的な関与
例:ローマン・カモミールの(筋肉などの)鎮痙作用、ローズマリーの血行促進作用、ラベンダーの止血作用、など
防御システムを助ける働き
例:ティートリーの抗菌作用、フランキンセンスの免疫強化作用、ユーカリの去痰作用、など
代謝を助ける働き
例:ジュニパーの利尿作用、グレープフルーツのリンパ系刺激作用、など
心身のバランスへの関与
クラリセージエストロゲン様作用、ペパーミント三半規管の調整作用、ネロリの抗不安作用、など

なおこれらの作用はそれぞれの精油の働きの一端に過ぎない。精油はそれぞれに様々な性格をもち、組み合わせることによりさらに多様な作用を見せる場合もある。また、経口毒性があるため、用法を誤ればかえって心身に害をもたらすので注意が必要である。

精油の皮膚への作用[編集]

収れん作用(アストリンゼント作用)
例:イランイランサイプレスサンダルウッド白檀)、ジュニパーフランキンセンス乳香)、ローズオットーローズマリーなど
保湿作用(モイスチャー作用)
例:
エリモント作用(皮膚をやわらかくする働き)
例:ベンゾイン安息香)など

問題[編集]

事故例[編集]

アロマテラピーを業務で行っていたエステティックサロン店で衣類やタオルが自然発火を起こす事故が続発し、問題となった[28]。これは精油中に含まれる不飽和脂肪酸などが重合を起こしたり、酸化される際に生じる熱が繊維の断熱性によって蓄積したり、乾燥機にかけて反応が加速し発火点に至ることが原因である。(→乾性油)。

ペットの中毒事例[編集]

近年「アニマル・アロマセラピー」として、ペットの治療やノミ取りに精油を使うことが流行し、それに伴いペットの中毒事例が報告されている。アメリカ獣医師会雑誌に収録された論文では、犬猫におけるティートゥリーオイルによる中毒事故が443件(2002 - 2012年)報告されている(データはthe ASPCA Animal Poison Control Center databaseによる)[29]。中毒を起こした精油の量は0.1mL - 85mLであったが、最小量の0.1mLは、精油1滴を平均で0.05mLとしてもわずか2滴である。

動物は食性の違いによって、化学物質の代謝や分解能力に違いがあり、一般的に、草食動物に比べて肉食動物は代謝酵素が少なく、化学物質の代謝能力は低いとされている。ペットとして飼われる動物では、肉食動物のやフェレットは、遺伝的に脂溶性物質(精油)の代謝能力が特に低いことがわかっている[30][31]。アニマル・アロマセラピーは、草食動物である馬に対する精油の使い方が基本にあり、人間用の処方がそのまま犬・猫に利用されている場合も見うけられる[30]。精油や精油を含んだペット用品の安易な利用が、ペットの中毒事故の温床となっている。ごくわずかな精油でペットが中毒し、時に死に至ることもあるが、その危険性は日本ではほとんど知られていない。

精油の偽装とその危険[編集]

精油の流通量は生産量を大きく上回っており、天然の精油に、別の安価な精油や合成物質を加える「偽和」という偽装行為が広く行われている[23][32][33]。精油の真偽の判定は、ガスクロマトグラフィーという手法で行われ、装置はガスクロマトグラフという。天然精油を正確に分析できるガスクロマトグラフを所有する会社や大学は、ごく少数である。

アロマテラピーに偽和された精油が用いられた場合、アレルギー反応や湿疹、やけど症状などを引き起こす恐れがあり、治療効果が期待できないだけでなく、非常に危険である[23]

精油取引や精油の製造、成分分析に30年以上携わっていたTony Burfieldは、精油の粗悪品に関して生産者と販売者が一方的に悪者扱いされるが、市場価格を下回る金額の精油を要求しているのは消費者である、と指摘している。現在の風潮では、誠実な製造業者・販売業者が生き残ることは不可能に近く、実際その多くが倒産している[34]。現在精油の業界は、巨大で強力な一握りの国際的企業に支配されている。こういった企業のバイヤーはしばしば、不可能なほど安く原料を手に入れようとし、生産者が存続できるだけの利益すら認めようとしない[34]

精油原料の乱獲と自然破壊[編集]

歴史的にみて香料植物の多くは高額で取引され、王侯貴族などの富裕層に愛好されてきたが、そもそも香料植物の多くは稀少なものである。その上、精油は植物を蒸留するなどして作られるため、原料として大量の香料植物を必要とする(バラの場合約5tの花から精油1kgが採取され、収率は0.02%。柑橘類は、果実に対して収率は0.2 - 0.5%程度である[10])。アロマテラピーが世界的に普及し、大量の精油が求められることで、精油の原料となる香料植物の乱獲や、大規模栽培による自然破壊が問題となっている。特にローズウッド (クスノキ科)、白檀(サンダルウッド)、乳香(フランキンセンス)など、樹木から採取する精油は、乱獲や森林伐採の影響を大きく受ける。樹木の成長には時間がかかり、植林などの対応がとられても結果が出るのはかなり先のことになるためである[35]。白檀のように成長が遅い品種では、精油を採取するまで最低30年かかり、採取対象としては60 - 80年を経たものが望ましいとされる[36]。ローズウッドは乱獲により絶滅に瀕しており、ワシントン条約レッドリストに登録されている[37][38][39]

また、精油が大規模栽培されることで、自然が破壊される問題もある、例えば、ティートゥリーは抗菌力に定評があり、過去何度も流行して急速に生産が拡大し、ブームの度合いによって値段が乱高下した。オーストラリアに自生するティートゥリーが乱獲されて森が奥地まで切り開かれた。そして、知識のあるなしにかかわらず、大勢の人間がティーツリーの栽培に乗り出してプランテーションが作られ、自然が大規模に破壊された[40]。現在ではプランテーションの管理者も育ち、蒸留や収穫の技術も進化し、持続可能な栽培に取り組む農家もあるが、自然破壊の問題が解決されたわけではない。日本でもアロマテラピーは普及し、精油の消費量は急速に増えているが、環境面の問題はあまり認識されていない。そのため、精油を購入する際に、環境に配慮して作られた製品か、フェアな取引がなされているかといった情報を提示するメーカーはごく一部である。適正価格とは言えないような安価な精油も流通しており、偽和によって水増しされた精油が100パーセント天然と偽って販売されるケースも懸念されている。

アロマテラピーに使われる主な精油[編集]

一般書などでいわれる精油の効能の多くは民間療法がベースになっており、科学的根拠のないものが多い。近年使用されるようになった精油で、科学的根拠のないものについては、流布している効能の由来は不明である。中には皮膚に強い刺激を与えるもの、経口毒性があるもの、アレルギーを引き起こす恐れのある精油もあるため、注意が必要である。

精油名(五十音順) 英名 学名 抽出部位 一般的な抽出方法 主な作用
(薬効が科学的に証明されたものに限らない)
イランイラン ylang ylang Cananga odorata バンレイシ科 水蒸気蒸留法 鎮静作用、収れん作用、催淫作用など
オレンジスイート orange Citrus sinensis ミカン科 果皮 圧搾法 食欲増進作用など
カモミール・ローマン roman chamomile Anthemis nobillis キク科 水蒸気蒸留法 鎮静作用、鎮痛作用、通経作用など
クラリセージ clary sage Salvia sclarea シソ科 葉と花 水蒸気蒸留法 抗うつ作用、緩和作用、ホルモン調整作用など
グレープフルーツ grapefruit Citrus paradisi ミカン科 果皮 圧搾法 食欲増進作用など
ビャクダン(白檀・サンダルウッド) sandalwood Santalum album ビャクダン科 心材 水蒸気蒸留法 鎮静作用、収れん作用、強壮作用、消毒作用、抗炎症作用など
セイヨウネズ(ジュニパー) juniper Jumiperus communis ヒノキ科 果実 水蒸気蒸留法 浄化作用、収れん作用、利尿作用など
スイートマージョラム sweet marjoram Origanum majorana シソ科 水蒸気蒸留法 鎮静作用、血圧降下作用など
ゼラニウム geranium Pelargonium graveolens フウロソウ科 水蒸気蒸留法 ホルモン調整作用、抗うつ作用など
ティートリー tea tree Melaleuca aleternifolia フトモモ科 水蒸気蒸留法 免疫賦活作用、殺菌作用、坑真菌作用、消毒作用など
ネロリ neroli Citrus aurantium var.amara ミカン科 水蒸気蒸留法 鎮静作用など
乳香(フランキンセンス・オリバナム) frankincense, olibanum Boswellia carteri カンラン科 樹脂 水蒸気蒸留法 細胞成長促進作用、収れん作用、鎮静作用、抗菌作用など
ペパーミント peppermint Mentha piperita シソ科 水蒸気蒸留法 殺菌・抗菌作用、健胃作用など
ベルガモット bergamot Citrus bergamia ミカン科 果皮 圧搾法 食欲増進作用、抗うつ作用など
ユーカリ eucalyptus Eucalyptus globulus フトモモ科 水蒸気蒸留法 殺菌作用、消炎作用、鎮痛作用、去痰作用、抗ウイルス作用など
ラベンダー lavender Lavandula angustifolia シソ科 花と葉 水蒸気蒸留法 鎮静作用、免疫賦活作用、殺菌作用、消毒作用、鎮痛作用、細胞成長促進作用など
レモン lemon Citrus limon ミカン科 果皮 圧搾法 消毒作用、殺菌作用など
レモングラス lemongrass Cymbopogon citratus
(西インド型)
Cymbopogon flexuosus
(東インド型)
イネ科 水蒸気蒸留法 抗うつ作用、食欲増進作用、消炎作用など
ローズオットー(ダマスク・ローズ) rose otto Rosa damascena バラ科 水蒸気蒸留法 収れん作用、子宮強壮作用など
ローズマリー rosemary Rosmarinus officinalis シソ科 水蒸気蒸留法 収れん作用、利尿作用、刺激作用、頭脳明晰作用、発汗作用など

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b フランス語発音: [aʁɔmateʁapi] アロマテラピ
  2. ^ a b 英語発音: [əˌroʊməˈθerəpi] アロウマラピ

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f 今西二郎 編集 『医療従事者のための補完・代替医療 改訂2版』 金芳堂、2009年
  2. ^ a b ラベンダーの香りと神経機能に関する文献的研究 由留木裕子 鈴木俊明 関西医療大学紀要6, 2012年
  3. ^ a b c d ヒロ・ヒライ 『エリクシルから第五精髄、そしてアルカナへ: 蒸留術とルネサンス錬金術』
  4. ^ Aromachology and its Application in the Textile Field C. X. Wang, Sh. L. Chen
  5. ^ アロマテラピー余話 R林太郎語録 高山林太郎
  6. ^ 一般社団法人 日本アロマセラピー学会 臨床医を中心に組織された医療従事者の全国的な研究団体
  7. ^ a b c 諸江辰男 著『香りの来た道』 光風社出版、1986年
  8. ^ らんびき -陶製の蒸留器- 内藤記念くすり博物館
  9. ^ 草野巧 著 『図解 錬金術』 新紀元社、2008年
  10. ^ a b c d e 長谷川香料株式会社 著 『香料の科学』 講談社、2013年
  11. ^ a b c 酒井シヅ (編集)『薬と人間』 スズケン、1982年
  12. ^ ヒロ・ヒライ『蒸留術とイスラム錬金術』 雑誌「アロマトピア第48号 イスラム文化の香りとハーブ」 フレグランスジャーナル社、2001年収録
  13. ^ 今西二郎 著『補完・代替医療 メディカル・アロマセラピー』 金芳堂、2006年
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  15. ^ 永岡治 著『クレオパトラも愛したハーブの物語 魅惑の香草と人間の5000年』 PHP研究所、1988年
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  20. ^ フレグランスのABC 日本フレグランス協会
  21. ^ 佐々木薫 『最新版アロマテラピー図鑑』 主婦の友社、2009年、6頁。
  22. ^ 髙山林太郎が語るアロマテラピー ヒストリー 高山林太郎
  23. ^ a b c d e f 高山林太郎 著 『ルーツ of アロマテラピー』 現代書林、2002年
  24. ^ 「バレエ・リュス」とアロマテラピー R林太郎語録 高山林太郎
  25. ^ Marguerite Maury Oils and Plants
  26. ^ 世界のアロマテラピー アロマテラピーワールドマガジン 公益社団法人日本アロマ環境協会
  27. ^ トヨタコレクション企画展 江戸の医術のことはじめ ~ 漢方と蘭方の出会い ~
  28. ^ 産経ニュース エステ店でマッサージオイルが発火
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  33. ^ オークモスアブソリュートのキャラクタリゼーション 古賀 哲,樫村 英昭,秋枝 毅
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  37. ^ ワシントン条約の対象種(附属書)一覧表 (2014/6/24 現在) 経済産業省作成 トラフィックイーストアジアジャパン
  38. ^ Aniba rosaeodora The IUCN Red List of Threatened Species
  39. ^ Conservation Policy Update 2007 Aromatherapy Trade Council
  40. ^ 精油の由来とその行方 ティートゥリーオイルの変遷と将来 山本芳邦 山本香料株式会社

参考文献[編集]

  • 今西二郎 編集 『医療従事者のための補完・代替医療 改訂2版』 金芳堂、2009年
  • ロバート・ティスランド/トニー・バラシュ 『精油の安全性ガイド(上・下巻)』 フレグランスジャーナル社
  • カート・シュナウベルト 『アドバンスト・アロマテラピー』 フレグランスジャーナル社
  • スーザン・カーティス 『エッセンシャルオイルブック』 双葉社
  • 吉田隆子 『お部屋でできるアロマテラピー40』 同文書院
  • ロジェ・ジァロア編 『フランスアロマテラピー大全』 高山林太郎訳 フレグランスジャーナル社
  • サイモン・シン著『代替医療のトリック』新潮社
  • 日下部知世子著『アロマティックライフ』 グラフ社 ISBN 978-4-7662-1167-2
  • 「アロマトピア第48号 イスラム文化の香りとハーブ」 フレグランスジャーナル社、2001年
  • 諸江辰男 著『香りの来た道』 光風社出版、1986年
  • 永岡治 著『クレオパトラも愛したハーブの物語 魅惑の香草と人間の5000年』 PHP研究所、1988年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]