アーユルヴェーダ

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アーユルヴェーダ: आयुर्वेद、ラテン翻字:aayurveda)はインド大陸の伝統的医学で、ユナニ医学(ギリシャ・アラビア医学)、中医学と共に世界三大伝統医学のひとつであり、相互に影響し合って発展した。その名は寿命、生気、生命を意味するサンスクリット語の「アーユス」(: आयुस्、ラテン翻字:aayus)と知識、学を意味する「ヴェーダ」(: वेद、ラテン翻字:veda)の複合語である。医学のみならず、生活の知恵、生命科学哲学の概念も含んでおり、病気の治療と予防だけでなく、より良い生命を目指すものである。健康の維持・増進や若返り、さらには幸福な人生、不幸な人生とは何かまでを追求する[1]。文献の研究から、ひとつの体系としてまとめられたのは、早くても紀元前5~6世紀と考えられている[2]。古代ペルシア、ギリシア、チベット医学など各地の医学に影響を与え、インド占星術とも深い関わりがある。

体系化には、宇宙の根本原理を追求した古層のウパニシャッド(奥義書,ヴェーダの関連書物)が重要な役割を果たし、六派哲学のひとつサーンキヤ学派の二元論、ヴァイシェーシカ学派の自然哲学、ニヤーヤ学派の論理学[3]も大いに利用された。

1998年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)に国立補完代替医療センター(NCCAM)ができたことをきっかけに注目され[4]、現在世界各地で西洋医学の代替手段として利用されている。

健康の基本的な考え方[編集]

アーユルヴェーダは、心、体、行動や環境も含めた全体としての調和が、健康にとって重要とみる。このような心身のバランス・調和を重視する考え方を、全体観(holism)という。古代ギリシャの医師ヒポクラテスに始まり、四体液の調和を重視するギリシャ・アラビア医学(ユナニ医学)や、陰陽・五行のバランスを重視する中医学など、伝統医学の多くが全体観の医学である。

アーユルヴェーダは、病気になってからそれを治すことより、病気になりにくい心身を作ることを重んじており、病気を予防し健康を維持する「予防医学」の考え方に立っている。理論的には、サーンキヤ学派の世界観・形而上学をベースとし、心身のより良いバランスを保つことで、健康が維持されると考えた。具体的には、五大(5つの祖大元素)からなるヴァータ(風)、ピッタ(胆汁)及びカパ(粘液)のトリ・ドーシャ(3つの体液)のバランスが取れていること、食物が正しく消化され、サプタ・ダートゥ(肉体の7つの構成要素)が良い状態であること、不快な状態がないことなどが健康の条件となる。

トリ・ドーシャ(三体液, 三病素)[編集]

トリ・ドーシャ(त्रिदोष)説は、生きているものは全て、ヴァータ(वात・風、風大・空大の複合、運動エネルギー)、ピッタ(पित्त・胆汁、火大・風大の複合、変換エネルギー)、カパ(कफ・粘液、水大・土大の複合、結合エネルギー)という3要素を持っており、身体のすべての生理機能が支配されているとする説[5]。ドーシャ(दोष)は、サンスクリット語で「不純なもの、増えやすいもの、体液、病素[4]、病気の発生に基本的なレベルで関係する要素、病気を引き起こす最も根本的な原因[5]」などを意味し、体液もしくは生体エネルギーを指す[6]。その異常が「病気のもと」となるため、病素とも訳される[5]。3つのドーシャは、さらに15のサブ・ドーシャに分けられ、それぞれに場所と機能がある。

ドーシャは正常な状態では生命を維持し健康を守るエネルギーであるが、増大・増悪すると病気を引き起こす[5]。病気とは、15のサブ・ドーシャの機能の悪化による、トリ・ドーシャのバランスの崩れと考えられるが、一般にヴァータの増大・増悪は呼吸器系疾患、精神・神経疾患、循環器障害を、ピッタの増大・増悪は消化器系疾患、肝・胆・膵疾患、皮膚病を、カパの増大・増悪は気管支疾患、糖尿病や肥満、関節炎、アレルギー症状を引き起こすと考えられている[1]

ドーシャのバランスを崩す原因としては、体質、時間、日常生活、場所、天体が挙げられ、特に体質(プラクリティ)が重視される。人間は個人により、先天的・後天的に各ドーシャの強さが異なり、性格や体質の違いとして現れる。体質は個性であると同時に、その人の病気へのかかり安さも意味する[1]。アーユルヴェーダでは、各人の体質に合わせた食事、生活、病気の治療法があると考え、指導や治療を行う。

ドーシャは1日のなかで、カパ(6-10時)→ピッタ(10-14時)→ヴァータ(14-18時)→カパ(18-22時)→ピッタ(22-2時)→ヴァータ(2-6時)の順で変化のサイクルがある。また1年のなかでも、カパ(春)→ピッタ(夏)→ヴァータ(晩秋から冬)で増えやすい時期のサイクルがある。人の一生の中でも、カパは若年期(0-30歳)に、ピッタは壮年期(3-60歳)に、ヴァータは老年期に増えやすい。その人の体質上偏っているドーシャが増えやすい時期・時間に、ドーシャのバランスを崩しやすいと考えられる。また、食べ物や日常の行動などでも、ドーシャの量は変化する。

現在のアーユルヴェーダではドーシャは3つとされるが、外科が取り入れられた古典『スシュルタ・サンヒター』では、第4の体液として血液が挙げられている[6]。この「血液・粘液・胆汁・風」がペルシャ経由でギリシャに伝わり、「血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁」を人間の基本体液とする四体液説の基になったともいわれる。

トリ・グナ(三要素、三徳)[編集]

サーンキヤ学派の特徴の一つにトリ・グナ(三要素、三徳)説があるが、この理論は他への影響が大きかった。トリ・グナが拮抗し互いにバランスを取ることで、自然界の諸現象や、人間の心身の状態、性格の違いなどが生まれると説明された[7]。トリ・グナは、アーユルヴェーダでは心の状態を左右するものと考えられ、トリ・ドーシャ説と関連付けられ重視された[4]

トリ・グナとトリ・ドーシャへの影響
要素 本性 作用 増加によるドーシャへの影響
サットヴァ(純質) 喜楽 照明 白色 3つのドーシャの調和
ラジャス(激質) 苦憂 衝撃・活動 赤色 ヴァータ(風)、ピッタ(胆汁)を乱す
タマス(闇質) 暗愚 抑制・隠覆 黒色 カパ(粘液)を乱す

ドーシャは、「同じ性質のものが同じ性質のものを増やす」という法則で変化する。動性を持つラジャスが増加すると、怒りやイライラがつのり、動性を持つドーシャであるヴァータ(風)とピッタ(胆汁)を増加させる。安定性・惰性を持つタマスが増加すると、怠惰になり精神活動は停滞し、カパ(粘液)を増加させる。このように、ラジャスとタマスの増加は、心身に悪影響を及ぼす。

一方、トリ・グナのひとつであるサットヴァは純粋性を持ち、ドーシャ(不純なもの)を増大させることはない。サットヴァの増大はトリ・ドーシャのバランスを安定させ、精神的には愛情や優しさ、正しい知性、心身の健康をもたらす。

サプタ・ダートゥ(七構成要素)[編集]

ダートゥ(Dhatu)は身体を構成する要素で、食物が消化されることで生じる。ドーシャとは違い目に見える物質であり、身体に形を与える[5]。この質が健康状態に深く関わると考えられており、その質が優れていることをサーラと言う。摂取した食物は消化されてダートゥが作られ、そのダートゥの一部から別のダートゥが作られる。生成の順序は次のとおりである[5]

  1. ラサ:乳糜、にゅうび。身体に栄養を与える体液。機能は「滋養」
  2. ラクタ:血液組織。機能は「命の維持」
  3. マーンサ:筋肉組織。機能は「塗り包む」
  4. メーダス:脂肪組織。機能は「潤滑」
  5. アスティ:骨組織。機能は「形を保つ」
  6. マッジャー:骨髄組織。機能は「充填」
  7. シュックラ:生殖組織。機能は「繁殖」

以上の順で、食物から組織が作られる。これらのダートゥを変換するためにはアグニ(消化の火)が働く。

アグニ(消化の火)が正常に働いていれば、食物はうまく消化されてオージャス(活気、活力素)が生み出され、生き生きとした健康な状況となる。オージャスはサプタ・ダートゥの髄質で、各ダートゥの生成過程で少しずつ作られるが、シュックラ(生殖組織)ができる段階で一番多く生成され、心臓に蓄積される[4]。オージャスと共に、マラ(汗、尿、便、爪、髪などの排泄物)が生成される。アグニが正常に働かないとアーマ(未消化物, 毒素)が生成され、排泄に異変が起きる。アーマは粘着性が強く、体内の通路を閉塞させて病気を引き起こす[5]

また、トリ・ドーシャはサプタ・ダートゥに依存している。ヴァータはアスティ(骨組織)に、ピッタはラクタ(血液組織)に、カパはそれ以外のダートゥに左右される。アスティが減少すると空間が増えるため、ヴァータが増え、ラクタが増加するとピッタが増え、それ以外のダートゥが増加するとカパが増える[5]

診断[編集]

診断を大きく分けると、

  1. 問診(プラシュナ)
  2. 触診(スバルシャナ)
  3. 視診(ダルシャナ)
  4. 聴診(サブタ・パリクシャー)

に分類できる。

視診には、舌診(ジフワ・パリクシャー)、眼での診断(ネトラ・パリクシャー)など、触診には、脈診(ナーディ・パリクシャー)、他に便や尿、痰などの排泄物でも診断を行う。

浄化法・治療法[編集]

アーユルヴェーダの浄化法は可能な限り身体に負担を掛けないように時間を掛けて、過剰なドーシャやアーマを身体外に排泄させるために1.前処置→2.中心処置→3.後処置の順番で施される。

  1. 前処置 プールヴァカルマ
    • アーマパーチャナアーマ(毒素)の消化法
    • スネハナ・カルマ油剤法
    • シローダーラー頭部の浄化、中枢神経の強壮、精神疾患などの治療
    • アビヤンガ(= Abhyanga とは塗布する意・オイルマッサージのこと)塗布するオイルの種類によって目的が違う
    • ピリツイル(スネハナカルマ + スウェーダナ・カルマ(発汗法のこと) / 王様の治療法と呼ばれ、熱い数リットルのオイルを全身に振り掛けマッサージする。麻痺、リューマチなどの難治性疾患に効果がある)
    • エラキリ(スネハナカルマ+スウェーダナ・カルマ / 関節痛、リューマチに効果がある)
    • ナバラキリ(スウェーダナカルマ)ナバラライス(薬米)と Bala などの生薬と牛乳を使用する
  2. プラダーナ・カルマ 中心処置 パンチャカルマ
    • ヴァマナ(催吐法・主に胃・肺・食道・喉の浄化を目的とする):Vaman
    • ヴィレチャナ(催下法、下剤):Virechan
    • バスティ(浣腸法):Basti
    • ナスヤ(点鼻法・主に喉・頭部・顔面を浄化する事を目的とする):NavanNasya
    • ラクタ・モークシャ(瀉血療法):Rakta Moksha
  3. 後処置 パシュチャートカルマ

八部門[編集]

  • 治病医学
    • 内科学(カーヤ・チキッツァー)
    • 小児科学(バーラ・タントラ)
    • 精神科学 = 鬼人学(ブーダ・ヴィディヤー)
    • 耳鼻咽喉科及び眼科学(シャーラーキャ・タントラ)
    • 外科学(シャーリャ・チキッツァー)
    • 毒物学(アガダ・タントラ)
  • 予防医学
    • 老年医学 = 不老長寿法(ラサーヤナ)
    • 強精法(ヴァジーカラナ)

思想的背景[編集]

『チャラカ・サンヒター』では「バラドヴァージャ」という仙人がインドラ神に赴き、アーユル・ヴェーダを受け取ったと述べられている。『チャラカ・サンヒター』は『アタルヴァ・ヴェーダ』を根拠とし、三人の仙人が風、水、火について述べることで三元素を解説している。学術的には、チャラカ・サンヒターは2世紀頃に成立し(文献と成立年代は矛盾しているが、不祥の太古、無限遠、未来を説明する場合であっても、便宜的に数字を置く慣行がある。仏教も同様である。)、第1巻第1章はヴァイシェーシカ学派、第3巻第八章はニヤーヤ学派、第4巻第一章はサーンキヤ学派の思想が反映されていると評価されている。 太古に完成したサンヒターに基づく技術のために進歩が否定されているように見えるが、実際にはアーユルヴェーダの薬草類には8世紀から19世紀の文献のものも含まれ、ムガール帝国時代に、イスラーム文化圏で発展したユナニ医学が取り入れられ医学的な進歩を享受するなど、太古のヴェーダの権威を残しつつ、柔軟に折衷されている。

取り入れられた思想・哲学[編集]

紀元前5・6世紀頃から、バラモン教の祭祀至上主義を打ち破ろうと自由思想家達が活躍し、ヴェーダの権威を否定する仏教ジャイナ教のような新宗教が起こり、ウパニシャッドの哲人たちが活躍し、4世紀頃には六派哲学が隆盛した。こうした時代の中で、医学から呪術性が排除され体系化され、アーユルヴェーダと呼ばれるようになった。『アタルヴァ・ヴェーダ』などに見られる呪術的な医療は、ウパニシャッドや六派哲学のひとつサーンキヤ学派の二元論、ヴァイシェーシカ学派の自然哲学、ニヤーヤ学派の論理学の活用によって、呪術性を排したひとつの体系に整理されたのである。

古代インドの文献のほとんどは正確な年代が不明であり、アーユルヴェーダ最古の文献『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』の成立年代はわからず、相互に言及されていないため前後関係も不明である。その作者とされるチャラカ、スシュルタが生きた時代も不明であり、紀元前6世紀とする説もあれば、紀元後4世紀とする説もある。ただし、『チャラカ・サンヒター』『スシュルタ・サンヒター』は特定の個人が書いたものではなく、多くの人間が関わって長い間改編され続け、現在の形になるまで10世紀近くかかったと考えられている[2]

ウパニシャッド[編集]

ウパニシャッド(奥義書)は、広義のヴェーダ文献の最後を構成する書物である。主なウパニシャッドだけでも13あり、紀元前500年前後の数百年間に成立したと考えられている。全ていずれかのヴェーダに属するとされ、ヴェーダ聖典を伝承する各学派によって伝えられた。

その基本思想は、多様で変化し続けるこの現象世界には、唯一の不変な実体(ブラフマン、梵)が本質として存在し、それが個人の本質(アートマン、我)と同じであるという「梵我一如」である。ブラフマンは客観的、中性の原理であり、それに対しアートマンは主体的・人格的な原理である。アートマンは元々「息」「気息」を意味し、転じて「生気」「身体」「自身」「自我」「自己」「霊魂」などを意味するようになった。ウパニシャッド哲学の全思想は、すべて梵我一如の概念の周辺で展開する。

六派哲学[編集]

4世紀にマガダ国から起こったグプタ朝の元で、世情は安定し豊かなインドの古典文化が花開いた。バラモン教(ばらもん教、婆羅門教, ヒンドゥー教の前身となる古代インドの宗教)が国教とされ、サンスクリット語が公用語として用いられた。(なお「バラモン教」は近代にヨーロッパ人がつけた造語で、元々バラモン教全体を指す呼称はなかった。)古来より伝わるバラモン教学が整備され、さまざまな学問の系統が確立し、スートラ(根本経典)がまとめられた[7]。インドの学問のほとんどは、輪廻からの解脱を目的とし、宗教と哲学がほとんど区別できない点に特徴がある。この時代の正統バラモン教の哲学学派には6系統があり(六派哲学)、サーンキヤ学派(数論、すろん)はヨーガ学派と、ヴァイシェーシカ学派ニヤーヤ学派と、ヴェーダーンタ学派ミーマーンサー学派と、姉妹学派と呼べるような密接な関係にある。なおこのヨーガ学派は正統バラモン教の一学派であり、12世紀以降に発達した身体的修練・調気等を重んじるハタ・ヨーガとは区別される[7]

サーンキヤ学派[編集]

伝説ではカピラ(紀元前350 - 250頃)に始まるとされる。現存する最古のテキストは、4~5世紀のイーシュヴァラクリシュナの『サーンキヤ・カーリカー(頌、じゅ)』であり、厳密な二元論を特徴とし、その徹底性は世界の思想史上でも稀有のものである。サーンキヤ学派は、精神原理としての「神我」(プルシャ, Puruṣa/ पुरुष、純粋精神, 自己)と、物質原理としての「自性」(プラクリティ, Prakriti/ प्रकृति、根本原質)の2つを世界の根源に想定しており、世界の創造・消滅共に神が関わらない点に特徴がある[7]。神我の本質は知のみで、純粋清浄・不変で、原子大で多数存在する。生産・活動は行わず、自性を観照するにとどまる。一方自性は、世界形成の質料因であり、非精神的な物質原理であり、唯一のものである。活動性・生産性を有し、世界はこの自性から展開する[7]

世界が展開する前の自性には、純質(sattva/ सत्त्व 、サットヴァ)、激質(Rajas/ रजस्、ラジャス)、闇質(tamas/ तमस्、タマス)という三徳(トリ・グナ, 3つの要素)が均衡した静止状態にある。神我の観照(関心)によって激質の活動が起こると、バランスが崩れて世界が開展される。展開の過程は以下の通りである。

  1. 自性(プラクリティ):根本原質[7]、自己[8]
  2. 大(mahat,マハット)すなわち覚(Buddhi, ブッディ):知の働きの根源状態[7]、心[8]
  3. 我慢(我執, アハンカーラ):自我意識[7]、統覚[8]。(アハンは「私」、カーラは「行為」を意味する[9]
  4. 十一根(自己が世界に触れるための11の器官[8])と五唯(知覚器官が捉える対象)
  5. 五大:5つの元素。五唯の知覚から、それらを担う実体として存在が推測される[8]

このように展開する自性にたいして、神我に変化はない。十一根・五唯・五大の内容は次の通りである。

  • 十一根
    • 意(または心根、Manas):思考器官
    • 五知根(Jnānendriyas、五感覚器官):目・耳・鼻・舌・皮膚
    • 五作根(Karmendriyas、五行動器官):発声器官・把握器官(手)・歩行器官(足)・排泄器官・生殖器官
  • 五唯(または五唯量、Pancha Tanmantra、パンチャ・タンマートラ、五微細要素[7], 五つの端的なるもの[10]):声唯(聴覚でとらえる音声)・触唯(皮膚でとらえる感覚)・色唯(視覚でとらえる色や形)・味唯(味覚でとらえる味)・香唯(嗅覚でとらえる香り・匂い)[7]
  • 五大(パンチャ・ブータまたはパンチャ・マハーブータ(pancha Mahābhūta)):五唯から展開して生じる五粗大元素[11][12]。土大(Pruṭhavī, プリティヴィーもしくはBhumi, ブーミ)・水大(Āpa, アープもしくはJala, ジャラ)・火大(Agni, アグニもしくはTejas, テジャス)・風大(Vāyu, ヴァーユ)の4元素に、元素に存在と運動の場を与える空大(Ākāsh, アーカーシャ, 虚空)を加えた5つ[7]

「神我、自性、覚(大)、我慢、十一根、五唯、五大」を合わせて「二十五諦」(二十五の原理)と呼ぶ[7][3]。(「諦(Tattva)」は真理を意味する[13]。)

覚は、自性から展開して生じたもので、認識・精神活動の根源であるが、身体の一器官にすぎず、神我とは別のものである。我慢は自己への執着を特徴とし、個体意識・個別化を引き起こすが、覚と同様に物質的なもので、身体の中の一器官とされる。我慢は、物質原理である自性から生じた覚を、精神原理である神我であると誤認してしまう。これが輪廻の原因だと考えられた。神我は自性を観照することで物質と結合し、物質に限定されることで本来の純粋清浄性を発揮できなくなる。そのため、「覚、我慢、五唯」の結合からなり、肉体の死後も滅びることがない微細身(みさいしん、リンガもしくはリンガ・シャリーラ(liṅga‐śarīra))は神我と共に輪廻に囚われる。神我は本性上すでに解脱した清浄なものであるため、輪廻から解脱するには、自らの神我を清めてその本性を現出させなければならない。そのためには、二十五諦を正しく理解し、ヨーガの修行を行わなければならないとされた[7]

解脱のためのヨーガの実修は、サーンキヤ学派やヨーガ学派だけに見られるものではなく、唯物論の立場で輪廻・霊魂を否定するチャールヴァーカと、ヴェーダを天与のものとして祭事に専念するミーマーンサー学派を除き、古代インド哲学・宗教の多くはヨーガの修行を採用している[7]

アーユルヴェーダとヨーガ学派は、共にサーンキヤ学派に大きな影響を受けている。現代の日本ではアーユルヴェーダはヨーガ(ただし現代のヨーガの多くは、ヨーガの密教版ともいうべきハタ・ヨーガの系統である)と共に語られることも多い。しかし、インドで人生の四目的とされる法(ダルマ)、財(アルタ)、愛(カーマ)、解脱(モークシャ)のうち、解脱は医学の説くところではなく[2]、アーユルヴェーダとヨーガはインドでは別々のものとみなされている[4]

ヴァイシェーシカ学派[編集]

ヴァイシェーシカ学派は、この世界が複数の構成要素(原子)から形成されているとするアーランバ・ヴァーダ(積集説)を代表する学派である。開祖カナーダ(別名カナブジュまたはウルーカ、紀元前2世紀頃)が書いたとされる『ヴァイシェーシカ・スートラ』を根本経典とするが、その成立はアーユルヴェーダの古典『チャラカ・サンヒター』が現在の様な形になった年代と相前後している[2]。この学派では、「実体(実)・属性(徳)・運動(業)・普遍(同)・特殊(異)・内属(和合)」の6つのパダールタ(六句義、六原理、6つの範疇)を想定して世界を分析・解明しようとした。これらの六原理は概念ではなく、実在するものだとされた。実体は、「四大と虚空、時間、方角、アートマン(我)、マナス(意)」からなり、四元素は直接知覚することのできない原子(極微)からなると考えた。原子が2つ以上結合して複合体となり、知覚できるものとなるが、これらの複合体は無常であり、破壊され変化する。属性は「色・香り・味・可触性・数・量・別異性・結合・分離・かなた性・こなた性・知覚作用・快感・不快感・欲求・嫌悪・意志的努力」の17が想定されている[7]。他のパダールタも同様に、多数の範疇を設定しながら詳細に分析され、現象界の諸事物の構成の説明が試みられている。このような範疇の設定や分析の手法は、『チャラカ・サンヒター』でも用いられている。また、諸範疇・諸元素が統合され、現実世界の諸事物を形成するために、最初の運動を引き起こす動力因として「アドリシュタ(不可見力)」が想定されている[7]

ヴァイシェーシカ学派は、きわめて分析的・科学的な自然哲学である。しかしその目的は、これら六実体原理・諸範疇についての正しい知によって、生天・解脱という至福を得ることであり[7]、他のインド哲学同様宗教的な思想だといえる。

ニヤーヤ学派[編集]

インドにおいて、正しい論証方法・論理学は古くから研究され、『チャラカ・サンヒター』でも、医師の心得として「論議の道」が44項目にわたって分類・検討されている[7]。論理学を意味するニヤーヤ学派は、ガウタマ(50 - 150年頃)を開祖とし、根本経典『ニヤーヤ・スートラ』が伝えられるが、これは250 - 350年頃に現在の形にまとめられたと考えられ、4世紀中頃のヴァーツヤーヤナの注釈によって体系が確立した[7]

ニヤーヤ学派の世界観は、その多くをヴァイシェーシカ学派に拠っており、独自性は論証方法の研究にある。インドの論理学は認識論と密接な関係にあり、ニヤーヤ学派も「正しい認識とはいかにあるべきか」をメインテーマとし、「直接知覚」「推論」「類比」「信頼できる人の教示・証言」の4つの認識方法を提示した。また、他との論争において、推論は「主張(宗)」「理由(因)」「実例(喩)」「適合(合)」「結論(結)」の「五分作法」にしたがって立証されなければならないと考えた。論争では、それぞれが五分作法にしたがって論議・検討し、ある事柄が妥当だと確定した場合、真実が知られたといえるとされた[7]

現代[編集]

日本[編集]

仏教医学伝来から昭和まで[編集]

アーユルヴェーダで利用される薬物は、仏教と共に中国に伝えられ、7~8世紀頃には遣唐使らによって日本に伝来した。正倉院に伝わる薬物の中には、アーユルヴェーダ薬物を起源とするものが多数あると言われる。また、日本最古の医学書『医心方』(982 - 984)には、アーユルヴェーダに強い影響を受けた仏教医学が多少説明されている[14]。ただ日本の医療は、5世紀初頭に中医学が伝来して以来、漢方(和法)として独自に発展を遂げ、明治までそれが主流であった。現在でも漢方は代替医療として、医師、鍼灸師柔道整復師らによって広く行われている。一方アーユルヴェーダが本格的に日本に紹介されるのは、鎖国の関係もあり大正になってからである。

日本でのインド医学の研究は、1921年(大正10年)に泉芳環「印度の医方及び薬物─ヘルンの図書の解説としてー」(仏教研究2巻4号)が研究誌に初めて掲載され、続いて1923 年(大正1年)に、同氏の「印度の古典に顕われたる医方及び薬物について」(仏教研究 4巻1号)、根淵竹孫「仏典より見たる古代印度の医学思想」(大乗2巻8号~3巻4号までの6編)があり、宇井伯寿によって「チャラカ本集に於ける論理説」の論文が印度学仏教学研究2巻に登場する[14]

昭和以降の研究[編集]

昭和に入ってからは、大地原誠玄によるアーユルヴェーダ古典の翻訳「国訳古代印度医典チャラカ本集」(立命館大学1巻10~4巻3号までの7編)、「シュスルタ医学」(大乗13巻4号~14巻4号)が発表され、1941年(昭和16年)には、の大地原誠玄によるサンスクリット語から翻訳「ススルタ本集」が出版された。戦後の研究論文としては、1961年(昭和36年)の善波周による「インド医学おける科学と論理」(印度学仏教学研究 9巻2号)が最初である[14]

本格的な研究は、1967年(昭和42年)のインド伝承医学研究会の設立に始まる。研究会設立後、研究会誌が発刊され、現在まで580編以上、3,400ページ以上にわたる多くの論文が書かれた[14]。同研究会は、幡井勉(東邦大学医学部教授)、丸山昌郎(日本民族医学研究所)らによって設立され、1968年(昭和43年)にインド伝承医学研究調査視察団が丸山博(大阪大学医学部教授)、幡井勉、石原明、岡部索道ら9名がインドを訪問し[14]、インドのグジャラート・アーユルヴェーダ大学[15]や研究所を視察した。翌年1969 年(昭和44年)には、丸山博教授が所属する大阪大学で、アーユルヴェーダセミナーが初めて開講された[14]

1970 年(昭和45年)には、丸山博教授らの呼びかけでアーユルヴェーダ研究準備会が発足し、同年アーユルヴェーダ研究会が有志約50名により設立された(会長:丸山博、事務局:大阪大学医学部衛生学教室)[14]。幡井勉は、東洋伝承医学研究所、ハタイクリニックを設立し、アーユルヴェーダと現代医学医を統合して治療を行った。また、稲村晃江はグジャラート・アーユルヴェーダ大学に入学し、5年間の教学課程を修了し日本人として初めてインド国家認定アーユルヴェーダ医師として認められ、さらに大学院も修了した[15]

1980年代には、アーユルヴェーダ医師クリシュナ U.Kが、東洋伝承医学研究所の副所長として活動し、日本語のアーユヴェーダの教科書を著した。1994年には、東洋伝承医学研究所で、専門家向け・素人向けの2本立てでアーユルヴェーダの教育プログラムが開始した[15]

1985年(昭和60年)第7回日本アーユルヴェーダ研究会総会で、日本初のアーユルヴェーダの臨床応用としてクシャーラ・スートラ(痔瘻の治療)[16]の臨床成績が報告された[14]。1987年(昭和6年)には日本アーユルヴェーダ研究会にヨーガ療法の研究者も加わり、学術発表の範囲も大きく変化した[15]

一般への普及と現状[編集]

1989年(平成1年)には、NHKで「中国・インド伝承医学」が放映され、一般に広く浸透した。1998年、アーユルヴェーダ研究会は日本アーユルヴェーダ学会(The Society of Ayurveda in Japan)に名称を改めた[14]

2008年(平成20年)、第30回日本アーユルヴェーダ学会総会が開催され、会長の稲村晃江(アーユルヴェーダ医師) の尽力で、日本アーユルヴェーダ研究会誌全37巻から優れた論文を抜粋した論文集が発刊され、過去の日本アーユルヴェーダ研究が集大成された[14]

日本アーユルヴェーダ学会は、日本の医療制度の中でアーユルヴェーダ医学の役割を明らかにし、広く治療をこなうために、「アーユルヴェーダの標準化と資格制度」に取り組んでいる[14]。現在日本においてアーユルヴェーダの国家資格は存在しないが、催吐法、催下法などのパンチャカルマ(浄化療法)、ネトラタルパナ(オイルに薬草粉を混ぜて点眼する眼の治療)のような点眼および目の洗浄、診断・薬剤の処方など、治療の多くは医行為に当たると考えられ[17]、医師がアーユルヴェーダを行う少数の病院でしか治療を受けることはできない(インドのアーユルヴェーダ医師の免許を持っていても、日本では医師免許が必須である)。医師向けのアーユルヴェーダの教育機関もごくわずかしか存在せず[15]、注目を集めつつあるとはいえ、日本では広く治療が行われているとは言えない。

アーユルヴェーダは、アメリカ経由で日本に紹介されたヨーガの人気に伴い、1990年代に一時的にブームとなった。現在日本では、その名を冠したマッサージサロン、エステティックサロンが多く存在する。その治療法の大部分は医行為に当たるため、多くのサロンでは、アーユルヴェーダの思想のエッセンスやマッサージの技法を取り入れた「アーユルヴェーダ・マッサージ」や、アーユルヴェーダ薬物を用いた薬茶を供するなど、ごく一部の療法を用いて施術を行っている。そのため、アーユルヴェーダは「インド式オイルエステ」などの別名で呼ばれることもあり、痩身マッサージやエステティックの一種だという短絡的な認識が広まっている[18]。また、週刊誌で風俗マッサージ店がアーユルヴェーダを名乗るなどの記事もあり、本来の全体的な生命科学としてのアーユルヴェーダとは正反対の用例が数多くみられる[18]。総合的な医療であるアーユルヴェーダから、一部の療法に限定して治療を行うことはできないため、日本のサロンで行われるアーユルヴェーダは、その名に反してエステティックもしくはリラクゼーションの一種であり、伝統医療としてのアーユルヴェーダとは区別して考える必要がある。

アーユルヴェーダ薬物は、日本では健康食品や健康茶として徐々に人気となっており、そのほとんどは輸入に頼っている。しかし、薬事法違反の危険性があるような販売方法がされたり、薬食同源・方剤原理が忘れられ、単一の薬草だけの効果がアピールされるなど、様々な問題が生じている[18]。また、漢方薬同様、現代医学の枠ぐみの中で薬効や処方が判断されてしまうことも多い[18]

日本にはアーユルヴェーダの研究施設はほとんどない。1999年に設立された富山県国際伝統医学センターでは、アーユルヴェーダを含めた世界中の代替医療が研究されていたが、2008年から研究は富山大学に移管され、センターは2010年に廃止された[19]

関連項目[編集]

アーユルヴェーダ以外のウパヴェーダ(副ヴェーダ)

その他

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「インド医学」 小松かつ子 民族薬物資料館
  2. ^ a b c d 矢野道雄 『科学の名著 インド医学概論 チャラカ・サンヒター』 朝日出版社、1988年
  3. ^ a b 「インド人の生命観(2)アーユルヴェーダの生命観」鷲尾倭文
  4. ^ a b c d e 上馬場和夫・西川眞知子『インド伝統医学で健康に!アーユルヴェーダ入門』地球丸、2006年
  5. ^ a b c d e f g h ウパディヤヤ・カリンジェ・クリシュナ, 加藤幸雄(共著) 『アーユルヴェーダで治すアトピー』 出帆新社〈アーユルヴェーダ叢書〉、2002年
  6. ^ a b 梶田昭 『医学の歴史』 講談社〈講談社学術文庫〉、2003年
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 川崎定信『インドの思想』 放送大学教育振興会、1993年3月
  8. ^ a b c d e 宮本啓一『インドの「二元論哲学」を読む』 春秋社、2008年
  9. ^ 世界大百科事典 第2版「アハンカーラ」. 株式会社日立ソリューションズ・ビジネス
  10. ^ 宮本啓一は『インドの「二元論哲学」を読む』で、音声などは知覚器官にとって、捉えるべき対象として端的にそこにあるものであり、「タンマートラ」の訳は「微細な要素」「素粒子」ではなく「五つの端的なるもの」だと述べている。
  11. ^ アーユルヴェーダからのアドバイスコーナー: 水木可葉. 日本アーユルヴェーダ学会
  12. ^ ボージャのラサ理論とラサの三段階説 本田善央. 『比較理論学研究』第3号 広島大学比較論理学プロジェクト研究センター研究成果報告書(2005)
  13. ^ 「「真実」―梵語合成語 satya-kriyā をめぐりて―」原実 龍谷大学現代インド研究センター
  14. ^ a b c d e f g h i j k 「日本アーユルヴェーダ学会の歩みと具現化への道」田澤賢次*. 日本統合医療学会誌 第3巻第1号(2010)
  15. ^ a b c d e 「日本におけるアーユルヴェーダの現状と将来」上馬場和夫. 富山県国際伝統医学センター次長
  16. ^ クシャーラ・スートラとは|肛門科. 洛和会音羽病院
  17. ^ 医行為とされた凡例 医行為とは. 新長田眼科病院 眼科医専門ページ
  18. ^ a b c d 「日本アーユルヴェーダ学会資格認定制度」上馬場和夫. 日本アーユルヴェーダ学会
  19. ^ 事業評価表 国際伝統医学センター運営管理費. 富山県

参考文献[編集]

  • クリュシナ・U・K著 『アーユルヴェーダ入門』東方出版
  • 上馬塲和夫、西川眞知子『インドの生命科学 アーユルヴェーダ』農山漁村文化協会、1996年4月 ISBN 4540950878
  • 上馬塲和夫、西川眞知子『アーユルヴェーダ入門 インド伝統医学で健康に!』地球丸、2006年3月 ISBN 4860671244
  • 青山圭秀『大いなる生命学―アーユルヴェーダの精髄』、三五館、1997年12月 ISBN 4883201341
  • シャンタ・ゴーダガマヤ『アーユルヴェーダハンドブック』上馬場和夫、西川眞知子、日高陵好訳、日経BP社、1998年9月 ISBN 4822290905
  • デイビッド・フローリー、ヴァサント・ラッド、上馬塲和夫『アーユルヴェーダのハーブ医学 東西融合の薬草治療学』出帆新社、2000年5月 ISBN 491549747X
  • 蓮村誠『ファンタスティック・アーユルヴェーダ 新訂2版』 知玄舎、2010年9月、ISBN 4434140450
  • 幡井勉『新版 アーユルヴェーダの世界―統合医療へ向けて』出帆新社、2003年10月 ISBN 486103003X
  • 『アーユルヴェーダ ススルタ大医典』クンジャ・ラル・ビシャグラットナ、鈴木正夫、伊東弥恵治訳、人間と歴史社、2005年10月 ISBN 489007158X
  • ゴピ・ウォリアー、カレン・サリヴァン、ハリッシュ・ヴァルマ『実践アーユルヴェーダ』大田直子訳、産調出版、2007年3月 ISBN 4882826089
  • デイヴィッド・フローリー、スバーシュ・ラナーデ、アヴィナーシュ・レーレ著、上馬塲和夫著・監修『改訂 アーユルヴェーダとマルマ療法』西川眞知子監修、大田直子訳、産調出版、2009年3月 ISBN 4882826976
  • 川崎定信『インドの思想』 放送大学教育振興会、1993年3月

外部リンク[編集]