西洋占星術

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人体と十二宮の照応関係を示した図(ベリー公のいとも豪華なる時祷書より)

西洋占星術(せいようせんせいじゅつ)は、アラブ世界西洋諸国で発達してきた占星術の体系である。ヘレニズム時代に成立した体系が基盤となっており、一般的にはホロスコープを用いる。占う対象に影響を及ぼすとされる諸天体が、出生時などの年月日と時刻にどの位置にあるかをホロスコープに描き出し、それを解釈する形で占う。

近代になって一般に広まったサン・サイン占星術[1]では、太陽のあるサインを基にして占う。日本の雑誌などでよく見かける十二星座を基にした星座占いは、これを通俗化したものである。

占星術一般がそうであるように、西洋占星術もまた、近代的な科学の発展に伴って「科学」としての地位から転落し、科学史などでは疑似科学に分類されるのが一般的である。

歴史[編集]

起源[編集]

西洋占星術の起源はバビロニアにあった。バビロニアでは、紀元前2千年紀に天の星々と神々を結びつけることが行われ、天の徴が地上の出来事の前兆を示すという考えも生まれた。『エヌーマ・アヌ・エンリル』(Enuma anu enlil, 紀元前1000年頃)はそうした前兆をまとめたものである。ただし、当時前兆と結び付けられていた出来事は、専ら君主や国家に関わる物事ばかりで、その読み取りも星位を描いて占うものではなく、星にこめた象徴的な意味(火星は軍神ネルガルに対応していたから凶兆とするなど)を読み取るものに過ぎなかった。

現代にも引き継がれている星位図を描く占星術は、天文学が発達し、惑星の運行に関する知識が蓄積していった紀元前1千年紀半ば以降になって興った(この頃も含め、古来、天文学と占星術の境界の曖昧な時代は長く続いた)。元々は暦のために整備された獣帯を占星術と結び付けることも、そのころに行われた。現存最古の星位図は、楔形文字の記録に残る紀元前410年の出生星位図(ある貴族の子弟の星位を描いたもの)である。ただし、この時点では、後のホロスコープ占星術に見られる諸概念はほとんど現れていなかった[2]

エジプト占星術[編集]

古代ギリシャやローマの著述家たちは、占星術をしばしばカルデア人エジプト人がもたらしたものとして叙述している。

確かに、紀元前4200年の星図をともなうエジプトの占星術の歴史は古い[3] 。エジプト人の占星術は、太陽とシリウスの組み合わせが主役になっている。それが、エジプトに肥沃さと活力をもたらしてくれるナイル川の氾濫を予言するものとされた。

しかし、西洋占星術に直接関わるような概念の発達には、エジプト占星術はほとんど寄与していない。「エジプト起源」がかつて語られたのは、アレクサンドロス3世(大王)の征服以後、ヘレニズム文化圏に組み込まれていたエジプト(特にアレキサンドリア)で、占星術が発達したことによって生じた誤伝らしく、正しくはヘレニズム時代における寄与と位置づけられるべきである[4]

ギリシャ人の占星術[編集]

332年にアレキサンダー大王によって占領された後、エジプトはギリシャの支配下にあった。そして、ヘレニズム文化が栄える中で、初めて本格的にホロスコープを用いる占星術が現れた。出生時における星々の位置から個人の星位図をトレースする試みが普及したことは、西洋占星術へのギリシャ人の最大の貢献である。このシステムは「ホロスコープ占星術」と名付けられた。アセンダント(後述)はギリシャ語で「ホロスコポス」とも呼ばれていたからである(星位図そのものを「ホロスコープ」と呼ぶようになったのは、これが語源である)。ギリシャで大いに発展したとはいえ、その大部分はバビロニアからもたらされたものであった。

ホロスコープの普及は、春分点歳差の発見者とされるヒッパルコス紀元前2世紀)以降のことである。かつて彼は占星術を生み出した人物であるかのごとく位置づけられたが、実際にはバビロニアで天文学と並行して発達した占星術の知識を、ヘレニズム世界にもたらした人物であったといえる[5]。そのバビロニアからもたらされたシステムは、後世作り上げられた完成の域にある程度達したものではあったが、ギリシャ人占星術師たちによっても、個人のホロスコープを描く上での重要な追加がなされはした。

プトレマイオス

ギリシャがローマ帝国の支配下に入った後も、専らギリシャ人たちによって占星術は発達を遂げた。ローマでもマルクス・マニリウスの『アストロノミカ』(西暦1世紀)などが現れたが、西洋のホロスコープ占星術の発展において特に重要だったのは、天文学者・占星術師クラウディオス・プトレマイオスの貢献である。天文学と占星術が未分化だった時代にあって、彼の天文学書『アルマゲスト』とともに、占星術書『テトラビブロス』(四つの書)は、その後の西洋占星術の伝統における基盤となった。『テトラビブロス』では第一の書で惑星の冷熱乾湿などの一般的原理が講じられ、第二の書で社会変化を占う占星術が、第三の書と第四の書で個人のホロスコープ占星術が論じられている[6]

ギリシャ人(特にプトレマイオス)のもとで、惑星(太陽、月も含む。後述)、ハウス十二宮などが合理化され、それらの機能も策定された(今日のものは若干の修正が施されている。以下では必要に応じて古典的な解釈にも触れている)[7]

占星術と科学[編集]

バビロニアでも部分的には見られたことだが、ヘレニズム時代以降に占星術の適用範囲は、実質上科学と位置づけられるもの全てに拡がった。すなわち、植物学化学錬金術)、動物学鉱物学解剖学医学などである。

天上の星々は地上の諸々の物質との照応関係を持つものとされ、星々に対応する金属(太陽と、水星と水銀など)、鉱石(これが誕生石の起源になったという説もある[8])などが定められた。また、人体との照応関係をもとに占星医学Iatromathematica)も発達し、その治療に用いる薬草類の研究が天体植物学として体系化された。さらに、前出のマニリウスは全5巻の『アストロノミカ』の第4巻で、占星地理学(世界の地域を十二宮に対応させる)を論じている。

占星医学[編集]

1702年の暦書に掲載された人体図

個人の運命を星位と結びつける観点は、人体の各部位を星々と結びつけることに繋がった。『テトラビブロス』の第三の書でも、占星医学が論じられている。学派によって、その照応関係は異なるが、概ね頭部を第1のサインである白羊宮に、足先を第12のサインである双魚宮にそれぞれ対応させ、その間に残るサインを当てはめていく。

外科医学でもこうした照応関係は重視され、後には瀉血で切る部位を決める際にも、占星術的な判断が用いられた。

ローマの占星術[編集]

ローマ帝国では、既に見たように理論面ではギリシャ人に多くを負い、独自の発展はほとんど見られなかった。

歴代ローマ皇帝には占星術を重視する者も見られ、占星術師トラシュルスを重用したティベリウス、占星術で最期を予言されたことに怯え、実際に暗殺されたドミティアヌスなどがいたが、キリスト教の広まりとともに衰えた。西ローマ帝国滅亡後にも迷信的とされた通俗占星術は命脈を保ったが、当時「科学」の一端を担っていた占星術の理論体系は、ヨーロッパ社会からは失われた[9]。中世のヨーロッパ社会では、ヴェズレーの大聖堂の彫刻など、獣帯を描いたものも見られたが、それらは主として暦を表していたに過ぎず、占星術との関連を論じるのは適切ではない[10]

東ローマ帝国では、レトリオスの『フロールイト』(500年頃)が、火、水、風、土のグランドトラインを論じるなど、『テトラビブロス』をいくらか発展させた研究も見られたものの、基本的には東ローマ帝国滅亡(1453年)まで古代ギリシャ占星術を教条化し、固持し続けた[11]

イスラム世界の占星術[編集]

ヘレニズム時代に体系化されたシステムは、ほとんどそのままアラブペルシャなどのイスラム世界の占星術師たちに引き継がれた。ダマスカスバグダードにあった彼らの研究拠点では、ヨーロッパが忘れていた天文学、占星術、数学、医学などのギリシャ語の古典がアラビア語に翻訳され、大いに発展を遂げた。彼らの知識はヨーロッパに逆輸入され、ルネサンスの開始を助けた。

アル=キンディー

アラブの占星術師たちのなかでは、占星術以外の翻訳でも大いに功があったアル=キンディー(アルキンドゥス)と、その弟子筋に当たるアブー=マーシャル(アルブマサル、Albumasar)が特に重要である。後述するように、アブー=マーシャルの著書『大序説』(ラテン語名Introductorium in Astronomiam)は、のちのヨーロッパに絶大な影響を及ぼした。もう一人重要なのが、ペルシャの数学者、天文学者、占星術師、地理学者アル=フワーリズミーである。彼の名前は「アルゴリズム」の語源としても知られる。

アラブ人たちは、天文学の知識も大いに増大させた。アルデバランアルタイルベテルギウスリゲルヴェガなどの星々を最初に命名したのも彼らである。

占星術においては、彼らは「アラビック・パーツ」(Arabic parts)として知られる擬似的な天体を多数作成ないし再発見した。アラビック・パーツは実在天体ではないが、実天体の位置やハウスの境界であるハウスカスプの位置から計算されるポイントとそれに付加された名称、象意の総体である。最も有名なアラビック・パーツであるPart of FortuneはASC + Moon - Sun[12]という式で計算される。

中世ヨーロッパ[編集]

アル=カビーシーの占星術書(1520年頃)

中世ヨーロッパでは、11世紀頃まではアラブの占星術理論を受け入れられるだけの知的基盤自体がなかったが[13]、いわゆる「12世紀ルネサンス」の中で、他の科学書とともに多くの占星術書がアラビア語からラテン語に翻訳され、占星術知識が再興・発展した。ヨーロッパの占星術師達はイスラム世界の占星術の技法を吸収し、またそこから新たな技法を見出すこととなった。例えばハウス分割において現在主流であるプラシーダスの技法はイスラム起源であり、プラシーダスがヨーロッパで広まる500年前にアブラハム・イブン・エズラがこのハウスシステムの計算方法を述べている[14]

1130年頃から1150年頃までに、クレモナのジェラルドらによって、プトレマイオスの『アルマゲスト』『テトラビブロス』、アブー=マーシャル『大序説』、偽プトレマイオス『ケンティロクイウム』(百の警句)[15]などが訳され、特にアブー=マーシャルはその後1世紀あまり占星術の権威と見なされた[16]。占星術書を特に多く翻訳したのはセビーリャのフアンである。彼はアブー=マシャール、マーシャーアッラーアル=カビーシーらの複数の著作、『ケンティロクイウム』などの翻訳をてがけたほか、自身でも『全占星術綱要』を執筆した(これは16世紀に出版された)[17]

古代ギリシャに存在していたとされるアストロラーベも、イスラム世界を経由してヨーロッパ人たちに再認識された。

しかし、イスラム世界の占星術の権威は長続きしなかった[18]。西洋の占星術師たちが独自の技法を発展させていったことや、キリスト教神学者の間での議論の影響を受けたためである。神学者ではないが、ダンテイスラム科学をキリスト教徒が使うことには批判的で、その影響を強く受けた占星術にも同様に批判的だった(彼は『神曲』の中で13世紀の代表的な占星術師グイド・ボナッティマイケル・スコットを地獄に落としている)。ただし、こうした動きはイスラム世界起源の占星術書が全く省みられなくなったことを意味しない。特に15世紀以降の印刷革命に波に乗って、ルネサンス期には多くのアラブ系の占星術書が出版されたし、近世の著名な占星術師の一人ウィリアム・リリーは、否定的な見解を示しつつも、アラブの占星術も研究したと語っている。

さて、13世紀以降は、神学者たちの間で、占星術に関して大きく議論が戦わされた。スコラ哲学者の中では、アルベルトゥス・マグヌストマス・アクィナスが占星術に好意的な見解を示したが、他方でニコル・オレームは『判断占星術師論駁』のなかで、多面的な批判を繰り広げた。当時、判断占星術に対する評価は様々であった。チェッコ・ダスコリCecco d'Ascoli)などは、キリストの誕生や最後の審判に関するホロスコープを作成したことを咎められて、1327年に火刑に処されている。

他方で、やや時代が後になるオレームの弟子ピエール・ダイイは、晩年判断占星術に強く傾倒し、歴史上の重大事件と天体の合の関連を研究した。彼はそれを未来にも適用し1789年反キリストが出現すると予言した[19](この予言はルネサンス期に持て囃され、チュレルルーサノストラダムスらが直接・間接的に踏襲する)。

このように、判断占星術が毀誉褒貶だったのに対し、占星医学はむしろ高級占星術として評価されることが多く、大学などでも受け入れられていた。このため、当時医学研究で主導的地位にあったサレルノ大学ボローニャ大学モンペリエ大学などの医学部でも、占星医学は講じられていた[20]。また、1347年から1350年にペストが流行した際には、パリ大学医学部が、その原因は1345年3月20日に宝瓶宮で起こった木星、火星、土星の三重合にあったとする公式声明を出している[21]。伝染病の流行と星位を結びつけるこうした言説は、現在でも「(星の)影響」を語源に持つ「インフルエンザ」などにその痕跡を見出すことが出来る。

中世後期には王侯貴族の中にも占星術を重用する者は少なくなかった。例えば、フランス王シャルル5世の場合、蔵書の2割(180冊)を占星術書が占めていたとされる。これは当時の他の王族の蔵書と比べても突出して高い比率であった[22]。こうして、中世には、しばしば重要な政治的・軍事的決定には、占星術師の判断が仰がれることもあったのである。

ルネサンス[編集]

ルネサンス期には、神秘主義的傾向も持つネオプラトニズムが流行したが、その中心人物たちは必ずしも占星術に好意的ではなかった。マルシリオ・フィチーノは占星医学などには理解を示していたが、判断占星術には批判的だった。ピコ・デラ・ミランドラは、人間の自由意志を否定するものとして、『予言占星術論駁』で占星術への強い批判を展開した。他方で、16世紀のイタリアでは、数学者としても活躍した占星術師ジェロラモ・カルダーノが現れた。彼は『誕生占星術の実例集』では、自身の過去の占星術判断の誤りなども提示している[23]

ケプラーがヴァレンシュタインのために作成したホロスコープ。当時のホロスコープはまだ正方形であった。

ルネサンス期の占星術にとって特に重要だったのは、コペルニクスの『天球の回転について』(1543年)である。これによって、プトレマイオス的な地球中心説とともに、伝統的な占星術における太陽や月を含む「惑星」概念が否定された。同時に、宇宙が地球を中心とする狭い同心円でなく、大きな広がりを持っていたことが認識され、そのように離れた星々が、どれほどの影響を行使しうるのかという問題も発生した[24]

17世紀に入ると、天文学者でもあったヨハネス・ケプラーが、この問題に取り組んだ。ケプラーは『へびつかい座の新星』では、「賢いけれども貧しい母」(天文学)と「その生活費を稼ぐ愚かな娘」(占星術)の対比によって、占星術があくまでも日々の糧を稼ぐための道具であると述べていたが[25]、『占星術の確実な基礎について』(1602年)、『第三に介入するもの』(1610年)、『世界の調和』(1619年)などでは、新たな占星術理論の構築を試みている[26]。しかし、太陽中心説を軸とする刷新はうまくいかず、当時はむしろジャン=バチスト・モランの『ガリアの占星術』(1661年)のように、プトレマイオス的世界観を墨守することを表明するものもあった。他方で、ケプラーは占星術を数学的に純化しようとしたことをはじめ、様々な改革を試みており、アスペクトなどでは重要な貢献を行っている。ケプラー以前のアスペクトは、第1にサインとサインの関係であったが[27]、ケプラーは星と星の間の角度として再定義し、この新たなアスペクト概念は多くの占星術師に受け入れられ、現代に到っている。

ウィリアム・リリー

16世紀の占星術の「先進国」はフランスであったが、17世紀半ばにはそれはイギリスになった。イギリスでは、一時期占星術が公認されていた時期があった。これは占星術の正しさを認めたわけではなく、占星術に対する禁止令を度々出していたローマ・カトリックへの対抗意識をイギリス国教会が持ったことや、御用占星術師を使った大衆宣撫を視野に入れていた政府の意向などによるものである[28]。17世紀半ばに御用占星術師として名を馳せたのは、ウィリアム・リリーである。彼は議会派の有利になるような予言を多く行った。また、暦の発行も手がけ、暦書『天使的なるマーリン』は、1646年に13500部、その3年後には30000部が発行された[29]。彼は御用占星術師としてのパンフレットを多く執筆した一方で理論書も手がけており、『キリスト教占星術』(Christian Astrology, 1647年)は、その後長らく当時の占星術の技法を網羅した解説書として影響力を持った[30]

近代以降[編集]

占星術と天文学の分離が明確になったのは、アイザック・ニュートンの登場によって、天文学に力学が導入されてからである[31]。 ニュートン以前は、遠い未来に起こる天体現象を正確に予想できることから、天体の運動は地上における現象とは別の原理によって説明される、より神秘的で完全なものであり、地上における現象にもなんらかの影響を及ぼしているという考え方に一定の根拠があった。ニュートンによって惑星運動と地上における落下現象が同じ万有引力の法則によって説明されることが示されたことにより、これと矛盾する占星術は自然科学の体系から完全に離れた。

占星術師の広告(アメリカ、1863年)

1781年天王星が発見されたとき、占星術師にはこれを組み込んで「より正確な」占いを行おうとする者たちが現れた。占星術が真に科学と呼べるものならば、ここで占いの正確さのためにまだ足りない要素があることに気付くべきであったが、そのような見解はなかった。他方、天文学は天王星の摂動によって、未発見の惑星(海王星)の存在を正しく予見した。科学史家の中山茂は、この海王星の発見が、占星術と天文学の「科学性」を考察する重要なものであったとしている[32]

西洋占星術はこうして疑似科学と見なされるようになり、1940年にはアメリカ社会心理学会が、未来予知のツールとしての占星術の有効性を否定する公式声明を発表した[33]。また、1975年には前アメリカ天文学会会長バート・ボックらが文責を負い、ノーベル賞受賞学者18名を含む計186人の科学者らが連署した占星術批判の声明が出されている(『ヒューマニスト』誌1975年9月号)。ただし、これには、占星術に懐疑的な論者からも、権威主義との批判が寄せられた[34]

こうした声明の一方で、国際的に知られたジーン・ディクソンや、ロナルド・レーガン大統領(当時)の夫人ナンシーに重用され、大統領の日程へも関与したジョーン・キグリーJoan Quigley)のように、社会的に影響力を持った占星術師は存在した。また、特にアメリカでは、新聞、雑誌の占星術コーナーを始め、メディアで多く採り上げられ、学術理論としての有効性を失った代わりに、人気のあるサブカルチャーのひとつとなっている[35]

現代の占星術師たちの新たな動向[編集]

近代になって主流となってきた、いわゆるモダンな占星術はクライアントのパーソナリティに焦点を当てたチャートの読解を行ってきた。そこから心理占星術に行き着くのはある意味当然であった。しかし一方でそれは、占星術で恋愛を占って成就するのかしないのか、いなくなったペットは帰って来るのかといった、個々の事象についての成否を占う力を無くして行く道でもあった[36]と認識する者たちも現れた。

これを踏まえて1990年代あたりから、占星術がかつて持っていたとされる個々の問題への適応能力を復活させようという動きが出てきた。既に故人となった英国のオリビア・バークレイは、1996年9月にエクセターで開かれたアストロロジカル・アソシエーションの「カーター・メモリアル・レクチャー」において「伝統的占星術の必要性」と題した講演を行い、伝統的な占星術への回帰を宣言している[37]

伝統的な占星術への回帰は必然的にホラリーへの再評価へとつながり、ホラリーの技法が多数記されている中世からひいては古代占星術文献の掘り起こしへと到った。この中世文献の掘り起こしプロジェクトの代表的なものにProject Hindsightがある。Project Hindsightでは非英語で記述された占星術の古典がボランタリ・ベースで英語に翻訳された。

こういった古典的な占星術に基づく占星術は古典派や伝統派と呼ばれているが、2007年の時点で既に古典的な技法の上に独自の解釈を組み込もうとする方向性も見えており[38]、古典派と一括りにできない状況となっている。

また一方で、ハーフサム調波といった新しい、もしくは再発見された技法の研究も行われている。

十二宮[編集]

十二宮は黄道を12に分割して得られた区画である。占星術師たちは、それぞれのと、それが持つ意味について注記している。一般的な西洋占星術では、天の赤道と黄道の東側の交点である春分点から、十二宮の起点である白羊宮を始めるトロピカル方式を採用している。ゆっくりとした地軸の味噌擂り運動である、歳差運動によって、それぞれの宮(サイン)の天の配置は既にギリシア時代にサインの指標とされた星座に一致しなくなっている。西洋占星術師の中にも、サイデリアル方式を採用することで占星術創成期のサインと指標の星座との一致を試みる動きもある。

サイン[編集]

近代の西洋占星術では、十二宮のサインは、12の基本的な個性を表すものと信じられている。12のサインは、火、水、空気、土の古典的な四大元素に分類されている。同時に、活動宮不動宮柔軟宮という三分類もされている。

  • 活動宮は四季の各季節の最初に太陽が位置するサインであり、大きく季節が変化するため活動宮の名称を持つ。
  • 不動宮は季節の中間で太陽が位置するサインであり、季節が安定したものになることに対応している。
  • 柔軟宮は季節の終わりに太陽が位置するサインであり、季節が変わり始めることに対応している。

このようにサインと季節には対応関係があり、例えば春の最初のサインである白羊宮は、春分から穀雨直前まで太陽が位置するサインである。「暑さ寒さも彼岸まで」というように、通常は白羊宮に太陽が位置する期間から気温が上昇したということが実感できる。そのため白羊宮は火つまり熱く乾燥したサインであり活動宮として捉えられており、またその性質が牡羊の持つ突進力になぞらえられている。続く金牛宮は地のサインの不動宮であり気温の上昇が緩やかになってきていることに対応している。そして春のサインの最後である双児宮が変動宮であり、夏への転換点となっている。

サイデリアル方式を採用する場合、季節とサインの対応が壊れてしまう。

12宮の性質はおおよそ以下のようなものとされる[39]。あくまでも一例であり、かつ、統計学をはじめとする各種学術研究に裏打ちされたものではない。2区分・3区分・4区分も参照のこと。

生年月日と出生時刻でホロスコープを作成すると水星金星太陽火星木星土星天王星海王星冥王星のすべての天体の他、ハウスなどが以下のサインに対応している。例えば月のサインが双魚宮で、水星のサインが人馬宮、第1ハウスが天秤宮など


  • Aries.svg - 白羊宮(Aries, アリエス)
    • 火の宮(ホット、ドライ)、活動宮、男性格
    • キーワードは「我あり」。性質は個人主義的、知的、情熱的、先駆者的、激情的、直情的など。場合によっては我儘や尊大や粗野、プライドの強さに結びつく。主に「自分」や「自己意志」を司るサイン。
  • Taurus.svg - 金牛宮(Taurus, タウルス)
    • 地の宮(クール、ドライ)、不動宮、女性格
    • キーワードは「我は持つ」。性質は、機知に富むこと、周到さ、我慢強さ、頑強さ、芸術的など。場合によっては緩慢さ、頑固さ、欲深さ、主観的などに結びつく。主に「所有物」や「貯蓄」を司るサイン。
  • Gemini.svg - 双児宮(Gemini, ゲミニ)
    • 空気(風)の宮(ホット、モイスト)、柔軟宮、男性格
    • キーワードは「我思う」。性質は論理的、活動的、二重性、好奇心の強さ、移ろいやすさ、社交的など。場合によっては二面性、落ち着きのなさ、言語に厳密、等に結びつく。主に「知識」や「能力の拡大」を司るサイン。
  • Cancer.svg - 巨蟹宮(Cancer, カンケル)
    • 水の宮(クール、モイスト)、活動宮、女性格
    • キーワードは「我は感じる」。性質は、保護的、敏感さ、粘り強さ、愛情深さなど。場合によっては、カニ的な(crabby ; 意地悪な、不機嫌な)性質や厭世観に結びつく。主に「家庭」や「ローカル」を司るサイン。
  • Leo.svg - 獅子宮(Leo, レオ)
    • 火の宮(ホット、ドライ)、不動宮、男性格
    • キーワードは「我は決意する」。性質は、気前の良さ、誇り高さ、快活さ、力強さ、独創的、高貴さなど。場合によっては 傲岸さ、横柄さ、利己主義などに結びつく。主に「遊び」や「自慰」を司るサイン。
  • Virgo.svg - 処女宮(Virgo, ウィルゴ)
    • 地の宮(クール、ドライ)、変動宮、女性格
    • キーワードは「我は分析する」。性質は、実践的、批評的、謙虚さ、精神的な活動、有能さ、柔軟性など。場合によっては、衒学的、批判過剰、気難しさなどに結びつく。主に「整理整頓」や「実務に有能」を司るサイン。
  • Libra.svg - 天秤宮(Libra, リブラ)
    • 空気(風)の宮(ホット、モイスト)、活動宮、男性格
    • キーワードは「我は均衡させる」。性質は、交渉上手、公正さ、開明的、魅力的、必要に応じたパートナー関係など。場合によっては優柔不断さ、屁理屈屋に結びつく。 主に「相対関係の均衡」や「バランス」を司るサイン。
  • Scorpio.svg - 天蠍宮(Scorpio, スコルピオ)
    • 水の宮(クール、モイスト)、不動宮、女性格
    • キーワードは「我は欲する」。性質は、知覚の鋭さ、秘密主義、複雑さ、分析的、魅惑的、野心的、など。場合によっては、嫉妬深さ、狡猾さ、残酷さなどに結びつく。主に「応用性」や「死」を司るサイン。
  • Sagittarius.svg - 人馬宮(Sagittarius, サギッタリウス)
    • 火の宮(ホット、ドライ)、柔軟宮、男性格
    • キーワードは「我は感知する」。性質は、率直さ、外向的、発展的、楽観的、哲学的、知的など。場合によっては、無頓着さ、大失態、デリカシーのなさ、心変わりの激しさなどに結びつく。主に「万能性」や「哲学」を司るサイン。
  • Capricorn.svg - 磨羯宮(Capricorn, カプリコルン)
    • 地の宮(クール、ドライ)、活動宮、女性格
    • キーワードは「我は使う」。性質は、思慮深さ、用心深さ、我慢強さ、几帳面さ、控え目など。場合によっては、憂鬱さ、悲観的、融通の利かなさなどに結びつく。主に「社会」や「現実面」を司るサイン。
  • Aquarius.svg - 宝瓶宮(Aquarius, アクワリウス)
    • 空気(風)の宮(ホット、モイスト)、不動宮、男性格
    • キーワードは「我は知る」。性質は、客観的、因習に囚われないこと、人道主義的、賢明さなど。場合によっては、独善的、冷淡さ、気変わり、エリート主義的などに結びつく。主に「友人」や「更新」を司るサイン。
  • Pisces.svg - 双魚宮(Pisces, ピスケス)
    • 水の宮(クール、モイスト)、変動宮、女性格
    • キーワードは「我は信ずる」。性質は、創造力の豊かさ、敏感さ、情け深さ、理想主義的、スピリチュアルなど。場合によっては、現実逃避、腹黒さ、注意散漫、主体性の無さなどに結びつく。主に「幻惑」や「潜在意識」を司るサイン。

個人にとってあるサインの重要度は、そのサインの中での惑星の位置とアセンダントに依存する。もしも任意のサインの中に何の星もなかったなら、そのサインはパーソナリティの中での役割は弱くなる[40]。他方、例えばある星が太陽や月とともに巨蟹宮にあったなら、そのサインの特質は組み合わせの中で強く表れることになる。

サン・サイン占星術[編集]

新聞や雑誌などには、しばしば星座占いのコーナーがある。それらのコーナーでは、生まれたときに太陽があった黄道十二宮に対応させて、その日に起こるかもしれない出来事の案内を提供していると主張している。しかし、これらの占いは非常に曖昧で一般的なものであるため、占星術師たちの中にもほとんど価値がないと見なしている者もいる。そうであってもKim Farnellによるとサン・サイン占星術の起源はホロスコープ占星術を同じくらい古いらしい。[41]サン・サイン占星術の曖昧さに対して、プロの占星術師たちはより完璧な、個人に特化したホロスコープを使えば、的中精度が上がると主張するが、懐疑派は事実でないと批判している[42]

20世紀末には、へびつかい座を加えた13星座占いとすべきだというものも現れた。詳しくは、13星座占いを参照のこと。

ムーン・サイン占星術[編集]

月は人間の感情や情緒的気分などの心理的傾向を示すといわれている。

木星サイン占星術[編集]

木星の位置でその年の運勢と傾向を占い、約12年周期で運勢のバイオリズムを読み解く。

サイデリアル方式の西洋占星術[編集]

西洋占星術では、白羊宮の始点に関して二通りの見解がある。サイデリアル方式では、始点を固定的なものであると考えるが、西洋占星術の主流であるトロピカル方式では春分点を白羊宮の始点とする。

春分点は歳差運動にともなって移動するため、西洋占星術の主流では、黄道十二宮(サイン)と黄道十二星座の結びつきが損なわれている。一方、サイデリアル方式では始点が固定的なため、その結びつきは保持されている。しかし黄道十二宮と季節の対応は損なわれているため、どちらの方式を採用するかは術者の判断による。なお地球の歳差運動は、「宝瓶宮の時代」の概念的基盤を与えている(詳しくは春分点#春分点と星座を参照のこと)。

惑星[編集]

近代の西洋占星術では、「惑星」は人間の精神の中の基底的な原動力ないしは衝動を表す。これらの「惑星」は天文学の定義と異なり、太陽、そして2006年に惑星から降格された冥王星なども包含する概念である。それぞれの惑星は、サインと惑星の類似性ないし共感性を基盤として、十二宮のうちの一つないし二つのサインの守護星であるとされる。逆に言えば占星術において惑星とはサインの守護星としての性質を持つものであり、他は天体ないし星ではあっても惑星ではない[43]。(とはいえ、サインの守護星とは何であるか?と問うならば、惑星に対するこの定義は循環論法の可能性がある。)近代以降に発見された3つの惑星[44]も、占星術師たちによって支配するサインを割り当てられている。

現代主流の占星術で惑星とされている、トランス・サタニアンの天王星海王星・冥王星は、望遠鏡による観測によって確認されたものであり、18 - 20世紀に発見された天体である。そのため近年のリリーの再評価から始まりラテン語やさらにはイスラム圏の文献を英語に翻訳し、過去の技法を蘇らせようとする、ある意味伝統的な占星術では使用しない。ただ天王星や海王星を受け入れた現代的な占星術師においても、冥王星については、2006年に準惑星となった際に、チャートから外す占い師もみられた。

もっとも欧米では、冥王星はおろかさらに小さな小惑星までも使用することが多く、その中でも代表的なものは、ケレスパラスジュノーベスタキロンである。また、今後エリスが占星術に取り入れられる可能性がある。冥王星から惑星の地位を奪い、人類に対して少なからざる影響力を持ったからである。すでにエリスを表示できるホロスコープ作成ソフトウェアも存在する。

各惑星は、どのサインに入っているか等の条件から品位(ディグニティ)とよばれるパラメータが割り振られる。あるホロスコープにおいて相対的に品位が高い惑星は凶星(マレフィック)であっても良い作用があり、品位が低いと吉星(ベネフィック)であっても悪い作用を持つとされる。古典的な7惑星についての品位の計算方法は厳密で細かく規定されているが、新しい惑星では品位の計算方法が確立していない。伝統的な占星術では、近代になって発見された惑星を使用しないことの理由付けの一つに、品位が計算方法が不完全であることを挙げている。他方、新しい惑星を組み込んだ近代占星術において、品位は忘れられかけた技法のひとつとなった。

占星術で使われる11の惑星は以下の通りである[45]

古典的な惑星[編集]

これらの7つの「惑星」(ここでは、太陽と月も「惑星」に含む)は古代には知られていたものであり、各個人の7つの基礎的原動力を表していると信じられている。このため、占星術師たちは、これらの星を「パーソナル・プラネット」と呼ぶ。

  • Sun symbol.svg - 太陽 : 獅子宮の守護星。意味するものは、個人的な力、活力と成功、指導力、権威、父性、創造性など。
  • Moon symbol decrescent.svg - : 巨蟹宮の守護星。意味するものは、内的な感覚、雰囲気、習慣、無意識、母性、一般的な生活の家と家族など。
  • Mercury symbol.svg - 水星 : 双児宮と処女宮の守護星。意味するものは、心性、共同体、基礎教育、文筆業、隣人など。
  • Venus symbol.svg - 金星 : 金牛宮と天秤宮の守護星。意味するものは、あらゆる種類の関係やパートナーシップ、ロマンティックな愛、美への欲求、調和、芸術、社会的生活など。
  • Earth symbol.svg - 地球 : 金牛宮の守護星。意味するものは、あらゆる種類の関係やパートナーシップ、個人的な力、活力と成功、指導力、権威、父性、創造性、責任感、権威と ヒエラルキー、難事への対処能力、自分と他人を律すること、信頼性など。
  • Mars symbol.svg - 火星 : 白羊宮と天蠍宮の守護星。意味するものは、行動への衝動、個人的な活力、攻撃性、情熱、スポーツなど。
  • Jupiter symbol.svg - 木星 : 人馬宮と双魚宮の守護星。意味するものは、個人的な成長、大志、自由への欲求、正義感と道徳性、宗教、哲学、高等教育など。
  • Saturn symbol.svg - 土星 : 磨羯宮と宝瓶宮の守護星。意味するものは、個人的な制約、責任感、権威とヒエラルキー、難事への対処能力、自分と他人を律すること、信頼性など。

近代的な惑星[編集]

これらの惑星は近代になって発見され、それ以降西洋占星術でも重要な意味を持つ星として取り入れられた。これらの惑星を使用する場合、それぞれ対応する宮の守護星であった古典的な惑星を副守護星として扱う。

  • Uranus's astrological symbol.svg - 天王星 : 宝瓶宮の守護星。意味するものは、反乱や型破り、旧体制の破壊、革新と創意、理想主義と発展的な思考など。
  • Neptune symbol.svg - 海王星 : 双魚宮の守護星。意味するものは、神秘主義、卓越性、共感、慈善、心霊的、社会からの後退、芸術的閃きなど。
  • Pluto symbol.svg - 冥王星 : 天蠍宮の守護星。意味するものは、生活の局面の始点と終点、死、秘密の暴露、ビッグビジネスなど。
  • Ceres symbol.svg - ケレス : 処女宮または金牛宮の守護星。意味するものは、農業、母性、献身、愛情、創作意欲、滋養、健康など。
  • Chiron symbol.svg - キロン : 魂の傷を癒す者。

エリス(準惑星):射手座の守護星。意味するものは、運命、全能、退化、不和、信仰、絶対者(神)など。

ノード[編集]

占星術では月の交点(ルナー・ノード、ノード)も重要である[46]。ノードとは、黄道白道の交差点する点であり、が発生する点である。北のノードは、月が南から北へと横切る点で、昇交点(Caput Draconis, ドラゴン・ヘッド)と呼ばれる。南のノードは月が北から南へと横切る点で、降交点(Cauda Draconis, ドラゴン・テイル)と呼ばれる。が出てくるこれらの名称は、バビロニア占星術で龍に変じたティアマトの姿に由来しており、インド占星術に導入された後、中世イスラム世界を経由して、西洋占星術にも取り入れられた[47]

西洋占星術ではそれぞれの惑星ほどには、重要な要因とは考えられていないが、考慮に値する繊細なエリアと見なされている。

  • Northnode-symbol.svg - 昇交点 : 昇交点は木星と余りかわらない有益な効果をもたらす傾向があり、そこからいくらかのアドバンテージを引き出せる可能性もあるとされている。
  • Southnode-symbol.svg - 降交点 : 降交点は土星と余りかわらないような悪影響をもたらす傾向があり、個人からエネルギーを流出させる可能性があるとされる。

(

ホロスコープ[編集]

西洋占星術は、主にホロスコープの作成に基礎を置いている。ホロスコープは、ある特定時点の天の「チャート」を表した図である。選ばれる「時」は、ホロスコープの主題となる存在の始点(人物であれば生まれた時)である。これは、主題となる存在は、その生涯を通じて、始点における天のパターンを引きずると考えられているからである。

理論上、ホロスコープは企業の創設から国家の樹立に至るまで分析の対象としうるが、最も一般的なのは、個人の誕生時を基礎とする出生図(natal chart)である。

テーマ・ムンディ(天地創造第4日目の星位)

解釈[編集]

西洋占星術でのホロスコープの解釈は、以下のものに支配される。

  • 十二宮における各「惑星」の位置
  • ホロスコープのハウスにおける各「惑星」の位置と状態(品位)、ハウスが空の場合はハウスの境界であるハウス・カスプのあるサインの守護星を使用する。
  • ホロスコープの基礎的なアングル(アセンダントとデセンダントを結ぶ軸と、天頂と天底を結ぶ軸)の位置。
  • 天体や基礎的なアングルが形成する角度、いわゆるアスペクト
  • 昇交点、降交点のような想定上の存在

占星術師の中には、Arabian partsのような様々な数学的なポイントの位置を用いる者もいる。

基礎的なアングル[編集]

ホロスコープには、基礎的なアングルが存在する。以下に挙げるもの以外にも、占星術師の中によっては、ハウスのカスプがしばしば重要なアングルとして含められることもある。

  • Ascendant-symbol.svg - アセンダント(上昇点、ASC)
    これは黄道と地平線が交差する東の点である。地球が回転するために、一日を通してその地点にあるサインが一回りするのである。ここから「上昇サイン」という概念が生まれる。それは、ホロスコープもしくは出生図で算定された正確な時間において、東の空に上ったサインを指している。ホロスコープの作成に当たっては、アセンダントは慣例的に図面の左側に書かれる。ほとんどのハウス・システムでは、アセンダントは第1室のカスプに結び付けられている。
    アセンダントは、圧倒的多数の占星術師から、最も重要で個別化されたアングルと見なされている。それは、東の空に昇る太陽の姿が夜明けを表すのと同じように、個人の覚醒している意識を意味している[48]。アセンダントは特定の時間と場所に固有なものなので、その個人の生い立ちにおける個人的な境遇や状態、あるいは幼年期の環境などを意味する。この理由で、アセンダントは、その個人がどのようにして公的・非個人的な場などの世界へ現れてくるのかにも関わってくる[49]
    アセンダントと正反対の西にある点がデセンダント(下降点)である。これは個人が他者との関係の中でどのような反応を示すのかを表している。それは同時に我々がひきつけられる種類の人間や、我々のロマンティックな愛着を形成する能力をも示してくれる。ほとんどのハウス・システムでは、デセンダントは第7室のカスプに結び付けられている。
  • Midheaven-symbol.svg- 中天(medium coeli, MC)
    これは「天頂」(zenith)とも言われる、地平線上から最も遠い黄道の地点である。占星術師たちにとっては、中天は伝統的に個人の経歴、地位、生涯の目標、大志、世評、人生の到達点を示すとされる。四分円のハウス・システムでは、中天は第10室のカスプに結び付けられている。
    中天の反対に位置する点は、天底(imum coeli, IC)である。占星術師たちにとって、天底は伝統的に生まれたときと死ぬときの状況や、両親、生家、家庭生活などを示すとされる。四分円のハウス・システムでは、天底は第4室のカスプに結び付けられている。

ハウス[編集]

ホロスコープは占星術師たちによって12に分割され、ハウスと呼ばれる。日本では室、舎、位などと訳される。ホロスコープにおけるハウスは、人生や活動の12の異なる範囲として解釈されている。ホロスコープにおけるハウス分割法には様々な方法があり、古来アル=カビーシー、カンパヌスレギオモンタヌスプラキドゥス・デ・ティティ(プラシーダス)らが様々な分割法を試みてきたが、確定的なものはない[50]。しかし、その意味するところは概ね以下のように解釈されている[51]

第1室: 個人の外観や身体特質。自我。物事の始まり。

第2室: 金銭と財産、価値と優先事項。物事の成長。

第3室: コミュニケーション、兄弟姉妹、隣人関係、ローカルな旅行や輸送、教育、日常的な問題。

第4室: 家庭と家族、父親。不動産とその性質。相続、保持。人生の始まりと終わり。死後の名声。

第5室: 悦楽と余暇、休日、遊戯と賭博。子供たち。創造性。深い関係とまではいえない恋愛沙汰。

第6室: 召使、メイド。労働、職務と雑役。被雇用者とその業務。健康。小型の家畜[52]

第7室: 対人関係。配偶者、結婚、ビジネス・パートナー。合意や協定。敵対者と戦争。

第8室: 誕生と死、始まりと終わり。性的な関係やあらゆる種類の深くコミットした関係。税金、遺産、企業金融。オカルト心霊的な事柄。

第9室: 航海をともなう遠距離の旅行、移住。外国旅行、外国とその文化。宗教、法制、高等教育。見聞を広めるために求める全てのもの。自由。

第10室: 意思と野望、人生の方向。社会における地位や経歴。有名人のハウス。4室からみた7室であり、父親の配偶者、つまり母親を意味する。

第11室: 友人・知人などの限られた関係。グループ、クラブ、結社、それらの中でも特に慈善的なもの。

第12室: 神秘主義、オカルト、心霊的なもの。病院や監獄のような隔離された場所。後退、反射、自己犠牲。大型の家畜。

多くの近代的な占星術師たちは、ハウスは対応するサインと共感すると考えている。つまり、第1室は第1のサイン(白羊宮)と自然な親和性を持つ等であるが、古典的な占星術ではそうでもない。例えば第1室に対応する惑星は水星であって、白羊宮の守護星の火星とは異なっている。

アスペクト[編集]

アスペクトとは、ホロスコープにおいてそれぞれの惑星やアセンダント、デセンダント、中天、天底などが形作る角度のことである。アスペクトは、地球から見た2点間の黄道上の離角黄経上の度数で測定したものである[53] 。それらは、ホロスコープを読む上での焦点となる。角度がより正確であればあるほど、アスペクトは影響力が強くなるが、オーブ(orb)と呼ばれる数度の許容範囲が解釈においては認められている。以下のアスペクトは、重要度の順に並べたものである[54]

  • Conjunction-symbol.svg - コンジャンクション()0° (orb +-8°)。コンジャンクションはチャートの中でも重要なアスペクトで、お互いに惑星の影響を強め合う。土星と木星の合は、特にグレートコンジャンクションと呼ばれ、大きな変事を示すとされる。歴史上有名な合については、合_(天文)#歴史上の合を参照のこと。
  • Opposition-symbol.svg - オポジション() 180°(orb +-8°)。オポジションは、関係ある2要素が正反対に位置するアスペクトで、緊張、衝突、対立などを示している。ただし、このアスペクトの2つの部分が相互補完的になるなら、良い方向に作用する。
  • Trine-symbol.svg - トライン(三分)120°(orb +-8°)。トラインはお互いが強めあっている2要素で、調和的な関係を表している。トラインは芸術的・創造的才能の源であるが、他方で気弱な性質にも結びつく。
  • Square-symbol.svg - スクエア(矩)90°(orb +-8°)。スクエアはフラストレーション、抑圧、内心の葛藤などを表している。ただし、限界を超えようとしている人の活力の源になりうるアスペクトでもある。
  • Sextile-symbol.svg - セクスタイル(六分) 60°(orb +-6°)。 セクスタイルはトラインに似ているが、重要性では劣る。関係ある2要素の間での親和性や調和性とともに、コミュニケーションの容易さを表している。
  • Quincunx-symbol.svg - クウィンカンクス 150°(orb +-3°)。クウィンカンクスは相性の合わない要素が無理に近づけられているために、困難さやストレスを表す。同時に、その人の人生における自己への無頓着さなども表している。
  • Semisextile-symbol.svg - セミセクスタイル 30° (orb +-2°)。影響はわずかなものである。積極的であろうとする意識的な努力が生まれなければならない人生のエリアを表している。
  • Semisquare-symbol.svg - セミスクエア(半矩) 45°(orb +-2°)。幾分の困難な状況を表している。効力の点でセミセクスタイルに似ている。
  • Sesquisquare-symbol.svg - セスキコードレイト 135°(orb +-2°)。幾分かのストレスのある状況を表している。セミセクスタイルに似ている。
  • Quintile-symbol.svg - キンタイル 72° (orb +-2°)。影響はわずかである。天分や、漠然とした幸福な状況を表している。
  • Biquintile-symbol.svg - バイキンタイル 144°(orb +-2°)。影響はわずかで、キンタイルに似ている。
  • P - パラレル : 他のアスペクトとは異なり、赤道座標における赤緯が同じ値となる天体間で発生する。合に類似した作用を持つとされる。2天体が天の赤道に対して同じ側にある通常のParallelと赤道を挟んで反対側にあるContraparallelがある。
  • Retrograde-symbol.svg - 逆行 : 地球から見たときに地球との相対的な速度から、ある天体が逆方向に動いているように見えることがある。これが逆行である。逆行はアスペクトではないが、占星術師には、星位図の中での考察に含めるものがある。彼らによれば、出生図において逆行している惑星は、潜在的な弱点であるとされる。
  • S - 留 : 地球から見たときに地球との相対的な速度から、ある天体が静止しているように見えることがある。これが留で順行と逆行の間で発生する。留はアスペクトではないが、占星術師には、星位図の中での考察に含めるものがある。彼らによれば、留の状態にある惑星は吉凶ともに強い影響力があるとされる。
=== グループ・アスペクト ====

アスペクトの中には、3つ以上の惑星が関与するものもある。主なグループ・アスペクトには以下のものがある。

  • グランドトライン(大三角)- 3つの惑星がそれぞれトライン(120度)の関係にあるアスペクト。この場合、3惑星が入っているサインの4大元素が必ず一致するため、それに応じて「火のグランドトライン」「地のグランドトライン」「風のグランドトライン」「水のグランドトライン」に分けられる。
  • グランドクロス(大十字)- 4つの天体がお互いにスクエア(90度)の関係にあり、十字を形成しているアスペクト。この場合、各惑星が入っているサインの性質(不動宮、活動宮、柔軟宮)が必ず一致するため、「不動のグランドクロス」「活動のグランドクロス」「柔軟のグランドクロス」に分けられる。
  • トリプルコンジャンクション(三重合)- 3つの天体が合にある星位。
  • Tスクエア(T字型十字)- 3惑星A, B, CがあるときにAとBがオポジション(180度)を形成し、AとC、BとCがそれぞれスクエア(90度)を形成するアスペクト。その名の通り、T字型になる。
  • カイト(凧)- 4惑星A, B, C, Dがあるとき、∠DAB=120度、∠ABC=∠CDA=90度、∠BCD=60度となるもの。形が西洋凧に似ていることからこうよばれる。
  • ヨード - 3惑星が構成する3つのアスペクトが、セクスタイル1、クウィンカンクス2の構成となってY字型の配置となっているものを言う。スクエア1、セスキコードレイト2の構成のY字型の配置もヨードとされることがある。
  •  調停 - 3個以上の惑星が構成するハードアスペクトである180度とソフトアスペクトである120度と60度の複合したもの、あるいは90度と120度の複合したものは古くから”調停”と呼ばれている。これをグループアスペクトに含める場合もある。。[55]


このような3個以上の占星点で形成されるグループアスペクトにおいては、単独のアスペクトより広いオーブ、あるいは狭いオーブを採用する場合がある。[56]


上記のような複数の惑星ないしASCやMCが特徴的な図形を構成するグループアスペクトの概念を緩くした、複合アスペクトの概念が存在する。例えば、3つの惑星A, B, CがあるときにAとB、BとC、そしてCとAの間にそれぞれアスペクトが存在するとき、3つの惑星A, B, Cが複合アスペクトを構成するという。そして複合アスペクトから吉凶象意を読みとって行く技法がある。日本では植田訓央が複合アスペクトを重要視したホロスコープの読解を行っていた。植田の技法はハードアスペクトによる複合アスペクトを中心にしていたが、その弟子の秋月瞳は、ソフトなアスペクトを加えた複合アスペクトを使用している。

ただし、調停の説明にあるとおり複合アスペクトの考え方は古くから存在する。実際ほとんどのホロスコープに複合アスペクトが形成される。

懐疑論[編集]

西洋社会では、古来占星術に対して様々な批判が寄せられてきた。古典的なものは、アウグスティヌスが『告白』で展開したものである。ほぼ同じ場所で同じ時刻に生まれた人は同じホロスコープを持つが、身分が異なることで裕福な家督を継いだ者と召使になった者がいたことなどを採り上げたのである。アウグスティヌスの批判は、中世にダンテが援用したほか、現代でも占星術批判で引用されることがある[57]。逆に占星術師の中には、同じ時間に生まれた者(いわゆる「アストロ・ツイン」「宇宙双子」)がよく似た人生を歩むと主張する者もいるが、その根拠の不透明さも指摘されている[58]

このほか、心理学者ハンス・アイゼンクや天文学者ピエール・クーデールらは、様々な観点からの統計学的調査に基づき、西洋占星術の妥当性に疑問を投げかけている(参考文献欄掲出の各文献を参照のこと)。

1990年代に入ると、占星術のコーナーを持つアメリカの新聞には、科学的根拠のないゲームに過ぎないと断り書きを入れるものも現れた[59]

脚注[編集]

  1. ^ 太陽占星術とも呼ばれる。
  2. ^ 以上、この節は中山 [1992] pp.13-38, テスター [1997] pp.18-22
  3. ^ Derek and Julia Parker, "The New Compleat Astrologer", Crescent Books, New York, 1990
  4. ^ この段落は中山 [1992] pp.42-44, 48-50, テスター [1997] pp.16-18による
  5. ^ 中山 [1992] pp.54-67
  6. ^ 中山 [1992] pp.54-67
  7. ^ Derek and Julia Parker, Ibid, p16, 1990
  8. ^ 中山 [1992] p.99
  9. ^ 中山 [1992] pp.151-152
  10. ^ テスター [1997] pp.141-143, 172
  11. ^ テスター [1997] pp.126-131
  12. ^ 昼と夜で算出方法が異なるという説も根強いが、ここでは最も単純なものをしめしておく。ASCについては後述のアングルの項を参照のこと。
  13. ^ 中山 [1992] p.130
  14. ^ http://www.kokubu.com/astrology/houses2.htm
  15. ^ かつて誤ってプトレマイオスに帰せられていた。10世紀にアラブで成立したとも言われる。
  16. ^ 中山 [1992] pp.131-132, テスター [1997] p.213
  17. ^ テスター [1997] p.204
  18. ^ 中山、同上。テスター [1997] p.209
  19. ^ ミノワ [2000] pp.292-299
  20. ^ 中山 [1992] pp.143-144、テスター [1997] pp.251-252
  21. ^ テスター [1997] pp.249-250
  22. ^ ミノワ [2000] pp.369-370
  23. ^ クーデール [1986] p.140-142
  24. ^ 中山 [1992] pp.154-158
  25. ^ クーデール [1986] p.143
  26. ^ ミノワ [2000] p.414
  27. ^ 例えば白羊宮の29度に太陽があり、月が処女宮の0度にあったとする。太陽と月の間の角度は121度であり、現代的な占星術ではトラインのアスペクトを持つと解釈するが、ケプラー以前は白羊宮と処女宮間にはアスペクトがないため太陽と月の間にトラインの関係があるとは見なされていなかった。
  28. ^ 中山 [1992] pp.162-164
  29. ^ ミノワ [2000] p.430
  30. ^ 占星術師であるDeborah Houlding のサイトから『キリスト教占星術』の電子化テキストを入手することができる。第1巻に付けられた目次を見ると占星術の技法のほとんどが網羅されており、特に第2巻において、どのような問いに対してはどのようにチャートを読解するべきかが細かく記されている。
  31. ^ 中山 [1992] p.175
  32. ^ 中山 [1992] pp.178-179
  33. ^ クーデール [1986] pp.151-152
  34. ^ 中山 [1992] pp.191-197, アイゼンク&ナイアス [1986] pp.1-7
  35. ^ 中山 [1993] pp.204-208, クーデール [1986] pp.148-151
  36. ^ 少なくとも日本においては、近年の西洋系の占い師は、パーソナリティとそれから発生する諸問題を占星術で占い、個々の問題はタロウ・カード(Tarot)で占うというスタイルを持つ者が多数派である。
  37. ^ その内容は伝統的占星術の必要性で読むことができる。
  38. ^ John Frawleyが言うところのレセプション参照。
  39. ^ Robert Pelletier & Leonard Cataldo Be Your Own Astrologer pp 24 - 33, Pan Books Ltd, London 1984; Maritha Pottenger, Astro Essentials, pp 31 - 36, ACS Publications San Diego, 1991
  40. ^ 占う上ではそのサインの守護星とその状態を使用するので、何らかの判断を導き出すことはできる。
  41. ^ Flirting With the Zodiac: A True History of Sun Sign Astrology (ISBN 1902405234)
  42. ^ The AstroTestを参照のこと。
  43. ^ 実在天体や昇交点・降交点、そしてアラビック・パーツなども含む概念を表す用語として感受点が使用されることもある。
  44. ^ 当時は3つの惑星であったが、既に述べたように冥王星は2006年に天文学上は準惑星に分類されることになった。
  45. ^ Sasha Fenton Understanding Astrology, pp106 - 115, Aquarian Press, London, 1991 ; Maritha Pottinger, Ibid, pp11 - 17, 1991
  46. ^ Derek and Julia Parker, The New Compleat Astrologer, p149, Crescent Books, New York, 1990
  47. ^ テスター [1997] pp.161-163
  48. ^ Jeff Mayo, Teach Yourself Astrology, p71, Hodder & Stoughton, London, 1991
  49. ^ Sasha Fenton, Rising Signs, pp 13-14, The Aquarian Press, London, 1989
  50. ^ テスター [1997] pp.321-323
  51. ^ Sasha Fenton, Ibid, pp117-8, 1991およびWilliam Lilly, Christian Astrology, Chapter VII
  52. ^ 財産としてのそれ。ペットではない。
  53. ^ Jeff Mayo, Ibid, p97, 1991
  54. ^ Robert Pelletier and Leonard Cataldo, Ibid, pp 57 - 60, 1984 ; Sasha Fenton, Ibid, pp137-9, 1991
  55. ^ 石川源晃 (1981). 占星学教科書. 石川事務所. p. 394. 
  56. ^ 石川源晃 (1981). アストロサークルの集い (国立国会図書館逐次刊行物Z 9-567)ホロスコープ誌上解説. 石川事務所. p. 20. 
  57. ^ テスター [1997] pp.143-149, クーデール [1986] pp.92-93, 179-182
  58. ^ 志水 [1997] pp.85-87
  59. ^ 志水 [1997] p.94

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]