生薬

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様々な生薬
生薬のひとつ紅花
陳皮ミカンの皮を乾燥させたもの)

生薬(しょうやく、きぐすり、Crude Drugs)とは、天然に存在する薬効を持つ産物から有効成分を精製することなく体質の改善を目的として用いる薬の総称である。

概要[編集]

世界各地の伝統医学では多くの生薬が用いられている。

生薬は、薬事法によって医薬品として扱われるものと、食品として扱われるものの2種類に分類される。

日本国の薬事法では、生薬も医薬品として扱っており、ヨーロッパでもドイツなどでは医薬品である。ただ、アメリカ合衆国では『薬局方』に生薬が収載されているにもかかわらず、生薬から精製した有効成分は医薬品として認めるものの、その原料である生薬自体は医薬品として認めていない。それ故、生薬を指して未精製薬 (Crude Drug)と呼び表したり、民間伝承で用いられる場合などでは「薬用ハーブ (herbal medicine)」と呼び表すことも多い。

日本における生薬は、漢方処方や民間伝承の和薬などの東洋医療で用いられる天然由来の医薬品すべてであるが、漢方医学の影響が大きい為、生薬と漢方薬とが同一視される場合も多く、混乱を招いている。生薬は漢方医学以外にも、民間薬として単独で使用する機会もあるが、漢方薬とは複数の生薬を漢方医学の理論に基づいて組み合わせた処方であり、決して同一ではない[1]

江戸時代に生薬は、漢方薬の原料という意味で薬種(やくしゅ)とも呼ばれており、鎖国下においても長崎貿易対馬藩を通じた李氏朝鮮との関係が維持された背景には山帰来大楓子檳榔子朝鮮人参などの貴重な薬種の輸入の確保という側面もあった[2]。輸入された薬種は薬種問屋薬種商を通じて日本全国に流通した。

生薬となる天然産物には、植物由来のもの(→薬用植物)、動物由来のもの、菌類由来のもの、そして鉱物由来のものが含まれる。そして多くの場合は煎じ薬やエキス剤、チンキ剤など、加工してから薬品として用いる。まれに、貼薬の様に原体をそのまま使う場合もある。西洋医学のように注射剤として用いるものは無く、経口剤か貼薬として服用するのである。

日本国における公定医薬品書である『第15改正日本薬局方』(2006年)では、生薬と生薬製剤および漢方エキスが「生薬等」に収載されており、『薬局方』に記載された方法で検定したものが医薬品として使用される。すなわち、生薬のすべてが『日本薬局方』で認められているわけではない。

生薬は天然物であることから、含有されている薬効成分は一定ではなく、同じ植物であっても、産地や栽培方法、あるいは作柄によっても成分は変わる場合も多い。たとえば、薬用人参を例に取ると、朝鮮半島産のものは「朝鮮人参」や「高麗人参」と銘打たれて重宝されるが、朝鮮半島より導入した国産のものは、「御種人参」(オタネニンジン)と呼ばれ、格が下がるとみなされている。

また、昨今の天然物資源への注目もあいまって、生薬から得られた成分を元に医薬品が作られる場合も多い。植物資源(薬用植物)がその対象となることが多く、最も古い例としてはアヘンから得られたモルヒネがある。

生薬の加工[編集]

生薬は、摘み取ったり掘り出したりしたそのままで使えるわけではない。泥を落とすことや日干しにすることなども含めると、何らかの加工を行わなければ使用できない生薬がほとんどである。本節では、中医学で行われる修治(しゅうち)、炮製(ほうせい)を中心に、この問題について取り上げる。

加工の目的[編集]

薬剤として不要な部分を除去する[編集]

収穫したばかりの薬草には、泥、枯れ葉、他の植物、虫などの不要物が付着している。また、全草を用いる生薬は稀で、大多数の植物生薬では、薬効成分の多い一部のみが使われ(人参は根、粳米は実というように)、他の部分は廃棄または薬用以外の用途に利用される。このように、不純物を可能な限り減らし、厳密な計量に耐えるようにしないと、生薬に含まれる薬効成分の量が推測できず、結果として、処方という行為自体が意味を成さないことになる。

長期保存[編集]

薬草の組織に水分が含まれていると、重量や容積が大きく、品質が安定せず、また腐敗やカビが発生しやすい。このままでは、遠隔地に出荷することはできない。この問題へのもっとも原始的な対処法は、天日に干すことである。含まれている酵素によって、収穫すると薬効成分が崩壊してしまう生薬もある。このようなものは、収穫したら速やかに熱を加え、酵素を失活させなくてはならない(この点については、緑茶紅茶の製法についても参照されたい)。また、長期保存には、除去し切れなかった昆虫微生物などを殺す加工も必要である。

成分を変化させる[編集]

生薬によっては、成分そのものが、収穫したままでの使用に耐えないこともある。附子など猛毒のものは、弱毒処理を行わなければ危険きわまりない。巴豆の種子は大量の油脂を含むため、そのまま投与すると激しい下痢を起こしてしまうので、ぎりぎりまで油を絞ったかすを用いなければならない。また、地黄のように、生のものと加工されたものに、別々の薬効を期待する生薬も存在する。

抽出しやすくする[編集]

貝殻化石鉱物などは、そのほとんどが固く、溶けにくいため、何らかの加工を行い、溶媒とは限らない)に溶けやすく、人体に吸収しやすくする必要がある。細かく砕いたり、加熱して組織を壊したり、薬品に漬け込んだりすることが行われている。

加工の方法[編集]

機械的な方法[編集]

選薬(せんやく)
生薬として必要のない部分を取り除く前処理。
粉砕(ふんさい)
搗き潰したり、磨り潰したりする。
切製(せっせい)
規格の大きさに切断する。

火を使う方法[編集]

煨(わい)
泥団子か練った小麦粉で包み、熱灰の中で加熱する。
煆(たん)
るつぼに入れて焼き、脆くする。
炮(ほう)
鉄の鍋で黄色くなるまで、あるいは破裂するまで乾煎りする。
炒(しゃ)
炒める。
炙(しゃく)
薬物を液体の補助材料(酒、塩水、蜂蜜など)と一緒に炒め、補助材料を染み込ませる。
烘烤(こうこう)
炙り焼き。
焙(ばい)
とろ火で乾燥させる。

水を使う方法[編集]

洗(せん)
水洗い。
漂(ひょう)
水に晒して不純物を除去する。
泡(ほう)
形を整えるための前加工として、水に浸して柔らかくする。
潤(じゅん)
霧を吹く。
水飛(すいひ)
水簸とも書く。細かく研磨してから水で洗い、沈殿させる。

水と火を使う方法[編集]

蒸(じょう)
蒸す。水以外の液体で蒸すこともある。
煮(しゃ)
煮る。
茹(じょ)
茹でる。
淬(すい)
赤熱するまで焼き、水か酢で急冷する。

その他の方法[編集]

発芽(はつが)
種子に水分を与え、芽の状態にまで育てる(麦芽など)。
発酵(はっこう)
温度や湿度を管理して、微生物を繁殖させる。
製霜(せいそう)
油を絞り、細かくする(巴豆など)。

医薬品として利用される主な生薬や植物とその成分と薬効[編集]

植物名、生薬名 成分名 薬理作用
インドジャボク アジマリン 抗不整脈
インドジャボク リセルピン 血圧降下
ロートコンベラドンナコン アトロピン 副交感神経遮断
ロートコン、ベラドンナコン スコポラミン 副交感神経遮断
オウレンオウバク ベルベリン 健胃、整腸
カカオコーヒーノキ カフェイン 中枢興奮、利尿
d-カンファー 局所刺激、強心
コカノキ コカイン 局所麻酔
アヘン コデイン 鎮痛、鎮咳
アヘン モルヒネ 鎮痛
アヘン ノスカピン 鎮咳
アヘン パパベリン 鎮痙
イヌサフラン コルヒチン 抗痛風
ジギタリス ジゴキシン 強心、整脈
ジギタリス ジギトキシン 強心、整脈
マオウ エフェドリン 交感神経興奮
麦角菌 エルゴメトリン 子宮収縮、止血
麦角菌 エルゴタミン 鎮痛、子宮収縮
マクリ カイニン酸 回虫駆除
アンミ実 ケリン 冠動脈拡張
ハッカ l-メントール 消炎
カラバル豆 サイソスチグミン 抗コリンエステラーゼ
ヤボランジ ピロカルピン 副交感神経興奮
キナノキ キニジン 抗不整脈
キナノキ キニーネ 抗マラリア
ミヨブヨモギ サントニン 回虫駆除
ストロファンツス G-ストロファチン 強心、整脈
タチジャコウソウ チモール 殺菌(外用)
クラーレノキ ツボクラリン 骨格筋弛緩

脚注[編集]

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  1. ^ 花輪寿彦 2003, pp. 286-288.
  2. ^ 小山幸伸「薬種」『日本歴史大事典 3』小学館、2001年。

参考文献[編集]

関連項目[編集]