佐賀県

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佐賀県
さがけん
地方 九州地方
団体コード 041000-4
ISO 3166-2 JP-41
面積 2,439.60km²
総人口 853,296
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 350人/km²
隣接都道府県 (陸上)福岡県長崎県
(海上)熊本県
県の木 クスの木
県の花 クスの花
県の鳥 カササギ(カチガラス)
県の歌 県歌:「佐賀県民の歌
さが・ふるさとの歌:「栄の国から
佐賀県準県歌:「風はみらい色
知事 古川康
佐賀県庁
所在地 〒840-8570  佐賀県
佐賀市城内1丁目1-59
電話番号 0952-24-2111
外部リンク 佐賀県公式ページ
特記事項 :
2005年10月1日現在の情報(「人口」を除く)
県章について
シンボルマークについて
県旗について
佐賀県庁

市町村境界図

佐賀県行政区画図

:市 / :町
ウィキポータル 日本の都道府県/佐賀県
Template (ノート 解説) 都道府県ポータル

佐賀県(さがけん)は、日本都道府県のひとつで、九州地方の北西部に位置する県庁所在地佐賀市日本海有明海の二つの海に接する。県西部には陶磁器の産地として古くから有名な唐津伊万里有田などがある。

古代には「肥前」、中世には「佐嘉」とされたが、明治維新の時に「佐賀」と改められた。この「佐嘉」の名は、日本武尊が今の佐賀を訪れた時、楠が大きく茂っている様子を見て「この国は『栄の国』と呼ぶがよかろう」と述べた、という肥前国風土記の記述に由来するといわれている。

目次

[編集] 地理

佐賀県の地形図(2006年4月1日現在)

日本の西部(西日本)または南部(南日本)、九州地方の北部(北部九州)または西部(西九州)に位置している。

佐賀県本土は九州に含まれる。北東部は脊振山地が福岡県との県境をなし、南東部は福岡県側まで続く筑紫平野佐賀平野)が大部分を占める。東松浦半島から多良岳山系にかけての県西部は溶岩台地と緩やかな丘陵地により構成されている。

森林面積の3割強を占める自然林二次林のほとんどが常緑広葉樹林で、玄界灘沿岸部には照葉樹林も見られる。残りの7割弱はスギヒノキを中心とする人工林で、森林の人工林率(66%、2002年)は日本の都道府県の中で最も高い。

北東部の脊振山地スギが大半を占める人工林で、林業が主要産業となっている。現在の唐津市南部や多久市周辺の丘陵地帯では石炭採掘がかつて盛んであったが、今では跡が残るだけである。南東部の佐賀平野は稲作を中心とした穀倉地帯で、各種農産物が生産されるが、近年は農産物の種類が変わってきている(#産業参照)。県西部は温帯林と田畑が交互に連なり、各地域の特徴にあわせたさまざまな産業形態が見られる。

県南部の多良岳が活動していない火山であるほかは、県内に火山はない。しかし、各地に多数の温泉が点在し、保養地・観光地となっている。地震の被害を受けることは比較的少ないが、梅雨などの大雨による洪水台風の被害は多い。

韓国などアジア地域に比較的近いが、海上輸送は旅客では博多港北九州港長崎港などに押されてほとんど発展していない。貨物は伊万里港が九州3位のコンテナ取扱量となっている。陸上輸送については鳥栖市など県東部は高速道路網・鉄道網の分岐点となっており、九州での陸上輸送の要となっているが、有明海沿岸や玄界灘沿岸などは長距離輸送や都市間交通がやや不十分である。空中輸送では1998年に開港した佐賀空港が使用されているが、旅客では便数の面などから近隣の福岡空港長崎空港のほうが利用頻度が高い。

  • 県の領域
  • 隣接する都道府県
    • 福岡県長崎県、(海を隔てて熊本県とも接している)
    • 陸上で隣接する県同士が接していない唯一の県でもある(沖縄県を除く)。

[編集] 地形

平野
佐賀平野筑紫平野
脊振山地筑紫山地)、多良岳山地
経ヶ岳(県内最高地点、1,076m)、脊振山 (1,056m) 、天山 (1,046m) 、多良岳 (996m) 、井原山 (982m) 、金山 (967m) 、雷山 (955m) 、羽金山 (900m)
丘陵地
上場台地杵島丘陵
河川・湖沼
筑後川(佐賀県内を流れる分は15.5km)、嘉瀬川 (57.5km) 、松浦川 (45.3km) 、六角川 (43.6km)
北山ダム嘉瀬川ダム(建設中)
東シナ海 : 有明海、諫早湾
日本海 : 玄界灘、唐津湾伊万里湾壱岐水道対馬海峡
半島
東松浦半島北松浦半島の一部
玄界灘側 : 高島(たかしま)、神集島(かしわじま)、小川島(おがわじま)、加唐島(かからじま)、松島(まつしま)、馬渡島(まだらじま)、加部島(かべしま)、向島(むくしま)
有明海側 : 沖ノ島(おきのしま)
自然公園
国立国定公園では、県内では唯一、玄界灘沿岸が玄海国定公園に指定されている。
県立自然公園では、黒髪山県立自然公園、多良岳県立自然公園、天山県立自然公園、八幡岳県立自然公園、脊振・北山県立自然公園、川上・金立県立自然公園の6か所が指定されている。

[編集] 気候

佐賀県は、日本の中では比較的気候が温暖である。日本を広域的に見た場合、県内全域が太平洋側気候に入るが、北部の玄界灘沿岸部は日本海側気候にも近い。台風の通過・被害が多いが、九州のほかの県と比べると少ない方である。山地平野が入り組んでいるため、県内の気候は大きく3つに分かれる。

佐賀市を中心とした南部の平野部
夏に降水量が多く、冬は少ない。年間を通しても降水量1800mm程度である。気温は熊本市などの盆地に近い傾向で、1日の気温差が大きい傾向にあり、夏は最高気温が35℃を超えることもある。海抜が低いため水害(洪水)が多いほか、有明海から吹き付ける塩分を含んだしぶきが塩害を発生させることも多い。また、内陸のため冬季を中心に乾燥しやすい。
佐賀市では、平年梅雨入り6月8日梅雨明け7月18日春一番2月23日初霜11月20日初雪12月15日、桜(ソメイヨシノ)の開花日3月27日、満開日4月4日となっている。また、晴れの特異日が11月24日(出現率83.3%)、雪の特異日が2月2日 (36.7%) 、雨の特異日が6月23日 (70.0%) などとなっている。
唐津市伊万里市などの北部の玄界灘沿岸
夏も降水量が多いが、冬も季節風の影響で降水量が比較的多く雪も年に数回記録される。海洋性気候を呈し、1日の気温差が小さい傾向にあり、夏の最高気温が35度を超えるようなことはほとんどない。
嬉野市嬉野町、佐賀市三瀬村などの山間部
三瀬村で年間降水量約2400mmとなっており、全体的に降水量は多く、特に夏に多い。1年の気温差、1日の気温差が共に大きい。冬は県内では特に低温となり、雪や霜の日数も多い。平年の天山の初冠雪は12月4日[1]

[編集] 土地利用

土地利用別割合グラフ
森林・荒地 耕地 住宅地 その他

総面積 2439.31 km² のうち、

  • 森林・荒地 49.2% - 全国平均より3割ほど少ないが、少ない分が耕地になっている。
    • 森林面積 1096.9 km² - 2000年、全国第42位。人口、面積と同じ順位。
  • 耕地 39.1% - 全国平均の2倍で、耕地として使用できる土地が広く農業が盛んといえる。
  • 住宅地 6.8% - 全国平均の1.4倍である。一軒あたりの用地が広く、住宅が密集していないといえる。
  • その他 4.9% - 全国平均とほぼ同程度。
  • 可住地面積割合 54.9% - 2002年、全国第9位。住宅を立てやすい平らな土地が多いといえる。

[編集] 歴史

[編集] 県名の由来

県名である「佐賀」は佐賀郡からとったものだが、古来は「佐嘉」の表記も使われており、明治維新の時に「佐賀」に統一された。「佐嘉郡」は、風土記の一つである肥前国風土記に記された、以下の記述に由来すると言われている。

昔者(むかし)、樟の樹一株此の村に生ひたりき。幹枝秀高く、莖葉繁茂り、朝日の影には、杵嶋の郡の蒲川山を蔽ひ、暮日の影には、養父の郡の草横山を蔽へりき。日本武尊、巡幸しし時、樟の茂り榮えたるを御覽はして、勅りたまひしく、此の國は榮(さか)の國と謂ふべし、とのりたまひき。因りて榮の郡といひき。後改めて佐嘉の郡と號く。

肥前国風土記(書き下し文)

これは、「日本武尊が御巡幸の時、楠樹の栄え繁る有様を見られ、この国は『栄の国』と呼ぶがよかろう、と申され、その後『栄の都』といい、改めて佐嘉郡と呼ぶようになった。」といった意味である。

また、「佐嘉郡」の由来としては、もう1つ説があり、同じく肥前国風土記の以下の記述に由来する。

一云、郡西有川、名曰佐嘉川、年魚有之、其源出郡北山、南流入海。此川上有荒神、往来之人生半殺半。於茲県主等祖大荒田占問、于時有土蜘蛛大山田女、狭山田女。二女子云、取下田村之土、作人形馬形、祭祀此神、必有応和。大荒田即随其辞祭此神々、此祭遂応和之。於茲大荒田云、此婦如是実賢女、故以賢女欲為国名、因曰賢女郡、今謂佐嘉郡訛也。

肥前国風土記(原文)

これは、「郡の西にある佐嘉川(現在の嘉瀬川にあたる)という川があり、「荒ぶる神」によって川が氾濫し多くの人々が亡くなっていた。これを鎮めるために、土蜘蛛(天皇に恭順しない土着の豪傑を意味する蔑称)の2人の賢女(さかしめ)が「下田の村の土で人形や馬形を作り、神を祀れば、鎮まるでしょう。」と言い、大荒田がその通りにしたところ、氾濫が鎮められた。大荒田はこの2人の賢女を讃え、この地域を「賢女の群(さかしめのこおり)」と呼ぶようにした。現在はこれが訛って佐嘉の郡(さかのこおり)と呼んでいる」といった意味になる。

[編集] 古代

吉野ヶ里遺跡

今の長崎県本土と佐賀県全域が、令制国として7世紀末までに成立した肥前国に含まれる。

古代から稲作文化が栄え、宇木汲田貝塚では板付式と夜臼式とが共存する層の下に夜臼式の単純層が見つかり、その層に炭化籾が見つかっている。また、稲作の痕跡が見られる菜畑遺跡、弥生時代最大級の環濠集落である吉野ヶ里遺跡などの遺跡がある。『魏志倭人伝』にみえる「末廬国(まつらのくに)」が現在の唐津地方にあったとされている。また、前方後円墳をはじめとした古墳が数多く残り、統治者の影がうかがえる。また弥生時代に最も栄えた九州北部地方に見られる甕棺墓がある。

[編集] 中世・近世・近代

名護屋城跡

鎌倉時代から室町時代にかけて、百以上の一族が地頭として配置されていたと考えられている。その中でも規模が大きかったのが、九州千葉氏高木氏綾部氏松浦氏少弐氏波多氏後藤氏などであった。また、玄界灘沿岸は松浦党の影響力も強かった。戦国時代に入って、龍造寺氏が一気に勢力を伸ばし、肥前・肥後北部・筑後・筑前南部まで領地を広げた。龍造寺隆信の死後鍋島直茂が国政の代行を行うようになり、1607年には龍造寺氏の支配領をほぼすべて鍋島氏が継承することとなった。しかし、この前後に両一族の確執があり、鍋島藩の化け猫騒動の話を生み出したともいわれている。一方、唐津藩では波多氏が改易されて寺沢氏に換わり、唐津藩の初代藩主となった。

佐賀城(鯱の門)
唐津城

江戸時代は、佐賀藩そして支藩の蓮池藩鹿島藩小城藩の3藩、唐津藩が置かれたほか、現在の鳥栖市・基山町付近に対馬府中藩の田代領、唐津市浜玉町付近に同藩浜崎領があり、それぞれ対馬府中藩の飛地となっていた。また、現在の唐津市浜玉町海岸部や唐津市南東部などが幕府直轄領となっていた。

佐賀藩およびその支藩は鍋島氏とその庶流家、龍造寺氏の分家などによる支配が続き、政治的には比較的安定していた。しかし、長崎の警備費用がかさむなどして財政は当初から厳しく、享保の大飢饉1828年シーボルト台風による甚大な被害はそれに拍車をかけた。ただ、広大な有明海干拓によって農地を拡大できるという地の利もあり、江戸時代初期から盛んに干拓が行われたことで、1840年代には約67万石と、200年前の2倍近くにまで石高を伸ばすことに成功している。また、19世紀中ごろに入って鍋島直正は財政の建て直しに努め、役人の削減、有田焼石炭といった特産品の保護育成に努めた。また、地理的に長崎に近いため入手が比較的容易であった海外の情報を手に入れ、反射炉蒸気機関車模型といった先進的な科学技術の研究も進めた。

一方の唐津藩は寺沢氏が島原の乱の影響を受けて改易され、その後も領主が大久保氏大給松平氏土井氏水野氏小笠原氏とめまぐるしく変わり、政治はあまり安定していなかった。寺沢広高松浦川の改修を行うなどしたが、その後水野忠任の代1771年には虹の松原一揆が起こるなどした。

佐賀藩は戊辰戦争以降、明治維新に尽力する人物を多く輩出した。明治時代には杵島郡や東松浦郡などの炭鉱の近代化が進み、鉄道の建設がそれを後押しした。しかし、労働環境の問題なども生じるようになった。農村では近代化は顕著ではなかったが、1930年代の「佐賀段階」による増産で技術が一新された。

[編集] 現代

県内の都市は比較的規模が小さかったため、太平洋戦争末期の空襲の被害は近県に比べて少なかったが、戦後の発展も著しいものではなかった。商業の発展はある程度あったものの、従事者や生産額ともに第一次産業の比率が比較的高かった。1960年代の「新佐賀段階」により農業は発展を見たものの、減反が進んだことに加えて炭鉱の閉鎖が加速し、過疎化が進んだ。

[編集] 沿革

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 41
5 - 9 画像:g50.png画像:g10.png 45
10 - 14 画像:g50.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 47
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 53
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 51
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 51
30 - 34 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 53
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 49
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 52
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 58
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 67
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g01.png 61
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 52
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 49
70 - 74 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 49
75 - 79 画像:g50.png画像:g05.png画像:g01.png 42
80歳以上 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 51

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
21 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 20
23 画像:g30.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 22
24 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 10 - 14 画像:r30.png 23
27 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png 15 - 19 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 26
25 画像:g30.png画像:g03.png 20 - 24 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 26
25 画像:g30.png画像:g03.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 26
26 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 27
23 画像:g30.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 26
25 画像:g30.png画像:g03.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 27
28 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r10.png 30
33 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png 34
30 画像:g30.png画像:g10.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r01.png 31
24 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 28
22 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 27
21 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 28
17 画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 75 - 79 画像:r30.png画像:r03.png 25
15 画像:g10.png画像:g10.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r03.png 36


佐賀県と全国の年齢別人口分布図(比較) 佐賀県の年齢・男女別人口分布図
紫色は佐賀県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 865,574人
1985年 880,013人
1990年 877,851人
1995年 884,316人
2000年 876,654人
2005年 866,369人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 総人口の推移

1920年~2005年の県人口の推移
総計 [単位 人]

西暦 人口
1920年 673,895 画像:g100.png画像:g30.png画像:g05.png
1925年 684,831 画像:g100.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png
1930年 681,565 画像:g100.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png
1935年 686,117 画像:g100.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png
1940年 701,517 画像:g100.png画像:g30.png画像:g10.png
1947年 917,797 画像:g100.png画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png
1950年 945,082 画像:g100.png画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png
1955年 973,749 画像:g100.png画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png
1960年 942,874 画像:g100.png画像:g50.png画像:g30.png画像:g05.png画像:g03.png画像:g01.png
1965年 871,875 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png画像:g01.png
1970年 838,468 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png
1975年 837,674 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png
1980年 865,574 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png
1985年 880,013 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png
1990年 877,851 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png
1995年 884,316 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png
2000年 876,654 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png
2005年 866,403 画像:g100.png画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png

[編集] 政治

[編集] 行政

[編集] 知事

現職:古川康平成15年(2003年)4月23日~(2007年再選、第55代・56代)

これ以前の歴代知事については佐賀県知事一覧を参照。

[編集] 佐賀県組織構成の概要

  • 統括本部
  • くらし環境本部
  • 健康福祉本部
  • 農林水産商工本部
  • 県土づくり本部
  • 経営支援本部
  • 出納局
  • 東部工業用水道局
  • 議会事務局
  • 選挙管理委員会事務局
  • 教育委員会事務局
  • 人事委員会事務局
  • 労働委員会事務局
  • 監査委員事務局
  • 海区漁業調整委員会[2]

[編集] 県議会

詳細は「佐賀県議会」を参照

定数41、2007年4月8日改選(投票率66.55%)。任期は2007年4月30日から2011年4月29日まで。

[編集] 選挙区区分と議席配分

佐賀市(10)、唐津市・東松浦郡(7)、鳥栖市(3)、伊万里市(3)、三養基郡(3)、鹿島市・藤津郡(2)、神埼市・神埼郡(2)、佐賀郡(2)、杵島郡(2)、武雄市(2)、小城市(2)、西松浦郡(1)、多久市(1)、嬉野市(1)

[編集] 委員会

  • 常任委員会
    • 総務常任委員会(10人)、文教厚生常任委員会(11人)、産業常任委員会(10人)、県土整備常任委員会(10人)
  • 特別委員会
  • 議会運営委員会(11人)

[編集] 会派別議員

会派 議席数
自民 30
県民ネットワーク 7
公明党 1
志の会 1
市民リベラルの会 1
日本共産党 1

[3]

[編集] 国会

[編集] 財政

[編集] 概要

国の構造改革により依存財源が減少してきており、平成17年度には収支が均衡するとしていた2002年ごろの見通しより厳しい財政状況となっている。2010年ごろには財政再建団体になるとの予測もあり、抜本的な行財政改革が検討されている[4]

[編集] 平成18年度

  • 標準財政規模 2229億3500万円
  • 財政力指数 0.31631 ( 都道府県平均 0.46 )
    • 佐賀県は財政力指数が0.3~0.4のIIIグループ(11自治体)に分類されている
  • 経常収支比率 90.9% ( 都道府県平均 92.6 )
    • 平成16年度から90%を超えている
  • 実質収支比率 1.5
  • 実質公債費比率 17.3% ( 都道府県平均 14.7 )
    • 債務負担行為に基づく借金返済分を含んでいる。(含めていない自治体もある) この要因を除くと同指標は14.2%となる
  • 人口100,000人当たりの職員数 1,574.56人 ( 都道府県平均 1,173.11人 )
    • 平成17年4月1日から平成22年4月1日までの削減見込みは純減数278名、純減率6.1%を見込んでいる (事実上団塊世代の職員退職に対して、新規採用を絞っていくものと予測される)
  • ラスパイレス指数 99.5 ( 都道府県平均 99.6 )
    • ラスパイレス指数は国家公務員の給料部分のみの比較で、すべての職員手当を除外してある指数である(民間のボーナスに相当する期末・勤勉手当も除外した指数)
  • 人口一人当たり地方債現在高 (普通会計分の債務のみ) 72万6369円 ( 都道府県平均 62万2416円 )

地方債残高

  • 普通会計分の地方債現在高 6308億9600万円
  • 上記以外の特別会計分の地方債(企業債)現在高 117億0700万円

[編集] 平成17年度

  • 一般会計予算総額 4270億3000万円 (平成17年度当初予算)
    • 歳入のうちの自主財源割合 34.1%、1456億0700万円 (平成17年度当初予算)
      • 歳入のうちの県税収入割合 16.7%、727億5500万円 (平成17年度当初予算)
    • 歳入のうちの依存財源割合 65.9%、2814億2300万円 (平成17年度当初予算)
      • 歳入のうちの地方交付税割合 31.9%、1360億8200万円 (平成17年度当初予算)
  • 県債残高 6258億円 (平成17年度)
  • 財政力指数:0.29(平成17年度)

[編集] 治安・防衛

[編集] 自衛隊

[編集] 海上保安庁

[編集] 警察

  • 佐賀県警察
    • 交通機動隊(佐賀市)
    • 高速道路交通警察隊(佐賀市)
    • 鉄道警察隊(佐賀市)
    • 機動隊(佐賀市)
    • 航空隊(佐賀市)
    • 有明海機動警ら隊(白石町)
    • 警察学校(佐賀市)
    • 運転免許試験場(佐賀市)
    • 運転免許センター(佐賀市)
    • 警察署:佐賀諸富神埼鳥栖小城唐津伊万里武雄白石鹿島

[編集] 消防

  • 各市町村や広域連合等が消防局・広域消防局を置いている。

[編集] 県政の課題・主な政策

  • ネットモニタリング - 危機管理・広報課が「佐賀」や「古川康」などのワードを含む書き込みについてチェックを行い、内容によってお礼や説明などの対応をとっている。一部からは「ネット監視」との強い批判もある[5]
  • 城原川ダム建設問題 -建設賛成派と反対派に別れ対立が続き、計画策定後28年経過した現在まで着工に至っていない。→詳しくは城原川ダム参照。
  • 玄海原発プルサーマル問題 - 玄海原子力発電所へのプルサーマル導入について、全国に先駆けて地元と県が了承したものの、安全性などへの不安を理由とした政治問題となっている。→詳しくは玄海原子力発電所参照。
  • 九州新幹線長崎(西九州)ルート問題 - 九州新幹線長崎(県は西九州の呼称を用いる)ルートの武雄温泉 - 諫早間の建設をめぐり、JRより経営分離される並行在来線と指定された長崎本線沿線の鹿島市・江北町が反対していたため、着工できない状態が続いていた。2007年12月のいわゆる「三者合意」によりこの2市町の反対の意思をいわば「無視」する形で着工が決まった。『県民だより』の建設推進ありきの広報活動に対する批判も起きた。また、県も建設に疑問を持つ県民が多いことを認めており、今後理解を求める活動を行う、としている。→詳しくは九州新幹線長崎ルート参照。

[編集] 経済・産業

玄界灘沿岸の漁村

県内総生産2005年時点で名目が2兆9,399億円、実質が3兆1,929億円。ちなみに2000年時点では名目で2兆9070億円、2003年時点では名目で2兆8,223億円となっており、1990年代後半以降は2兆9千億円前後で推移している。

産業別就業者数(2005年)では、第一次産業が11.0%、第二次産業が24.8%、第三次産業63.8%と、ほかの都道府県に比べて第一次産業の割合が多い。

[編集] 統計

  • 所得・生活
    • 1世帯あたり人員 2.94人(2005年、全国3位の多さ)
    • 一人当たり県民所得 245万3000円(2004年度)
    • 常用労働者の一人当たり月間給与額 32万5863円(2002年度)
    • 1人1日当たりごみ排出量 884g(2004年、全国最少)
    • ようかんの合計購買金額が全国1位。(2005年、佐賀市、全国49都市中)
  • 産業
    • 農業産出額 1342億円(2002年)
    • 製造品出荷額等 1兆3971億1800万円(2002年)
    • 商業年間商品販売額 1兆8750億円(2002年度)
    • 年間観光客数 3032万1千人(2005年)
  • その他
    • 耕地利用率 132.6%(2004年、全国1位の高さ)
    • 道路舗装率 94.8%(2002年4月)
    • 年間総労働時間 1,956 時間(2002年、全国最長)
    • 人口10万人当たり薬局数 58.8(2005年、全国最多)
    • 人口1,000人あたり消防団員数 23.8人(2003年、全国最多)[6]

[編集] 第一次産業

佐賀平野筑紫平野)を中心に穀類を中心とした農業が、入り江の多い玄界灘に面する北西部では果樹農業畜産が盛んである。有明海に面した県南地域では海苔の養殖が盛んである。

[編集] 農業

佐賀県は、県の面積に対する耕地の割合(耕地率)が24%、耕地面積に対する作付面積の割合(耕地利用率)が133%と、ともに日本全国の中でも高く、農業が盛んな県である。主要農産物のは特に力が入れられており、1930年代、1960年代には1反当たりの収量が日本一となり、その原動力となった効率的な農業手法の改良は「佐賀段階」と呼ばれた。高度経済成長期前には佐賀県の農業生産額の半分を米が占めていたが、減反などの影響で25%程度に減少した。その代わりに、野菜、果実、畜産物の占める割合が約6割に上昇している。

また、米の生産額の割合は減っているが、依然佐賀県の耕地の4分の3は水田であり、米作りは盛んである。品種別ではヒノヒカリコシヒカリ夢しずくなどが多い。また、ヒヨクモチを中心としたもち米の生産は非常に多く、生産量では全国1位(2002年)となっている。

穀物では、冬も温暖な気候ということもあり、米を表作とした二毛作を行っており、裏作に当たる小麦大麦などの生産が多い。二条大麦の年間収穫量は34,000トン(2006年)で全国最多。大豆の年間収穫量は14,200トン(2005年)で全国4位。

野菜では、タマネギレンコン大豆の生産が多い。塩害に強いため干拓地で多く栽培されるたまねぎの年間収穫量は162,400トン(2006年)で全国2位。脊振山地筑紫山地)では、標高が高いため降水量が多く冷涼な気候を生かして小規模ながら高原野菜の栽培も行われている。

果実では、イチゴ(主要品種は、さがほのか、とよのかなど)、ミカンナシなどの生産が多い。ミカンの収穫量は年々減少傾向にあるが、ハウスみかんの年間収穫量は11,200トン(2005年)で全国1位、シェア約22%となっている。

畜産では、九州の他県と同じように、肉牛の飼育頭数は多い。伊万里市などでは、「佐賀牛」(「伊万里牛」)というブランド名での肉牛の飼育が盛んである。

また、嬉野市など県内各地で、の生産も多い。

国内の農産物消費の頭打ちなどを考慮し、米や果実、牛肉などを「佐賀ブランド」で輸出する試みも行われている。

[編集] 漁業

佐賀県では、県北部の日本海(玄界灘)を『松浦海区』、県南部の有明海を『有明海区』と区別しており、特徴も違う。

南部の有明海では、海苔の生産が特に多く、貝類の漁獲量も多い。板のりの年間収穫量は21億8,570万枚(2005年)で全国1位、シェア約22%である。逆に魚類イカタコエビなどの漁獲量は極端に少ない。近年は漁獲量の変動が激しくなっており、就業者の減少も加わり、水産業の衰退が進んでいる。有明海では1990年代以降、海苔の不作やタイラギなどの不漁が増加しており、諫早湾干拓事業の影響とみた漁業者が反対運動を起こしている。

北部の玄界灘では、アジサバなどの魚類やイカタコエビなどの漁獲量が多い。以上の水産物で佐賀県の松浦海区(日本海)での漁獲量の9割以上を占めている。呼子漁港仮屋漁港唐津港などで水揚げ量が多い。

[編集] 第二次産業

[編集] 鉱業

県内では明治時代から本格的な石炭の採掘が始まった。杵島炭鉱古賀山炭鉱唐津炭田の諸炭鉱など、炭鉱は県中部や北西部に集中しており、最盛期には賑わいを見せた。しかし1950年代以降、埋蔵量・採掘量の減少やエネルギー政策の転換により規模は縮小し、1970年代までにすべての炭鉱は閉山した。

また、有田町の泉山では磁器の原料として17世紀に渡来した陶工の李参平が発見した陶石の採掘が行われていた。しかし、明治中期から使用が始まった天草産の陶石に押され需要が低迷したため、1992年で採掘は終了し、現在は一部で在庫が使用されているのみになっている。

[編集] 製造業

佐賀県では、日本全体の特徴でもある重化学工業の出荷額の多さも持っているが、特に食品の出荷額が多い。また、窯業の出荷額が占める割合が大きい(下の項目参照)。工業出荷額自体は、1960年代から1980年代にかけて大きく伸びている。

地域的には九州の交通の要衝である鳥栖市や、県庁所在地の佐賀市周辺で工業が盛ん。鳥栖市には、特に多くの企業の工場が進出しており、周辺の福岡県久留米市などとともに一大工業地帯を作っている。また、伊万里湾では、造船も盛んである。

自動車部品、機械、半導体部品などの製造は比較的盛んであり、シリコンウェハーについては年間生産額が全国最多の769億8,700万円(2003年)となっている。

雇用創出や税収増加、人口流出の抑制を狙って、1980年代ごろから工場団地への工場誘致が盛んになった。現在も市町村や県が中心となって工場誘致を行っている。

[編集] 窯業

有田町など佐賀県西部では、陶磁器関係の産業が特に盛んで、有田焼伊万里焼唐津焼などのブランドも多い。特に有田町は佐賀県の陶磁器生産量の6割を生産しているなど、窯業が盛んである。陶磁器の年間出荷額は、有田町の200億円~300億円を始め、伊万里市などで多い。

[編集] その他

江戸時代に長崎街道を伝って砂糖が豊富に流通したため製菓業が盛ん。小城市の羊羹、佐賀市の丸ぼうろ、唐津市の松露饅頭など、各地に伝統的な菓子が残っているほか、江崎グリコの創業者江崎利一森永製菓の創業者森永太一郎は共に佐賀県出身であるなど人材も輩出している。

全国でも有数の米どころであることもあり清酒の醸造が盛んで、鎌倉時代には「肥前酒」として幕府に献上していた。製造、消費共に清酒より焼酎が多い傾向が強い九州においては異色となっている。

[編集] 第三次産業

佐賀県の商業は、盛んではないが、最近では大規模なショッピングセンターの建設が増加している。また郊外の商業施設の発展による市街地の商店街の荒廃が各地で進んでいる。福岡市久留米市など、周辺の県内よりも大規模な商業街への客の流出も問題となっている。

サービス業人口は多いが、他県と比べて大きな特徴は見られない。観光業については、観光資源は多数あるものの、その活用やPRがうまく進んでいないとされている。2005年からは知事が「ファミリーツーリズム」という考え方を提唱し、親・子・孫の三世代旅行を誘致する施策を展開している。[2]

福岡や長崎といった運輸・貿易の集中地帯の中継地としての役割もあり、鳥栖ジャンクションを中心として高速道路沿いや幹線道路沿いに、運輸業や倉庫業の事業所が多い。

[編集] 佐賀県内に本社を置く企業

[編集] 県内に拠点事業所を置く企業

[編集] 地域

[編集] 市町村

市町村合併により2005年1月から市町村数は減少し(2004年12月時点では7市8郡38町4村〔49市町村〕だった)、2007年10月1日現在、以下の10市6郡10町(計20市町)がある。なお、2006年3月20日に脊振村が神埼市になったのを最後に、佐賀県内の村は全て消滅した。佐賀県では、江北町が「まち」としている他は、「町」はすべて「ちょう」と読む。

合併ですでになくなった市町村については、消滅した佐賀県の市町村を参照のこと。

[編集] 広域市町村圏

  • 佐賀地区広域市町村圏 - 佐賀市、多久市、小城市、神埼市
  • 唐津・東松浦広域市町村圏 - 唐津市、玄海町
  • 鳥栖地区広域市町村圏 - 鳥栖市、上峰町、基山町、吉野ヶ里町、みやき町
  • 伊万里・北松地域広域市町村圏 - 伊万里市、有田町
  • 杵藤地区広域市町村圏 - 武雄市、鹿島市、嬉野市、白石町、大町町、江北町、太良町

[編集] 地方拠点都市地域

  • 佐賀地方拠点都市地域 - 佐賀市、多久市、小城市、神埼市
  • 唐津・東松浦地方拠点都市地域 - 唐津市、玄海町

[編集] 主要社会基盤

  • 電力事業者
  • 上水道事業者
    • 佐賀東部水道企業団 - 神埼市、川副町、東与賀町、吉野ヶ里町、基山町、上峰町、みやき町に供給
    • 佐賀西部広域水道企業団 - 多久市、武雄市、小城市、嬉野市、大町町、江北町、白石町、久保田町に供給
      • 西佐賀水道企業団 - 小城市南東部、久保田町、白石町東部に供給
    • 佐賀市、鳥栖市、唐津市、伊万里市、玄海町、鹿島市、太良町は各市町の水道局等が供給。
  • 都市ガス事業者
    • 佐賀ガス(13A) - 佐賀市に供給
    • 唐津ガス(13A) - 唐津市に供給
    • 鳥栖ガス(13A) - 鳥栖市に供給
    • 伊万里ガス(13A) - 伊万里市に供給

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

佐賀県の大学進学率は37.4%(2003年高校卒業者)。

[編集] 専修学校

[編集] 高校

佐賀県高等学校一覧を参照のこと。

[編集] 特別支援学校

[編集] 学校教育以外の施設

[編集] 健康・福祉

人口構成・健康に関する指標

  • 平均年齢 42.1歳(2002年)
  • 合計特殊出生率 1.56(2002年) - 全国4位。
  • 人口1000人当たり死亡率 9.0(2002年) - 全国18位。
  • 平均寿命(厚生労働省『都道府県別生命表』より)
    • 男性 76.95歳(2000年) - 全国44位。
    • 女性 85.07歳(2000年) - 全国13位。

障害者の更生・療護・授産施設

[編集] 交通

鳥栖ジャンクション

佐賀県は、昔から地理的に重要な交通拠点であった。江戸時代ごろまでは、長崎街道鹿児島街道など運輸防衛産業の面で重要な道を中心に交通が発達していた。また、南東部の佐賀平野では、運河クリークを利用した水運が盛んであった。

明治に入って、鳥栖-佐賀-長崎の間に順次鉄道が開通。また、福岡-唐津-多久-佐賀のルートに石炭輸送目的の鉄道が開通した。これらにより輸送速度が飛躍的に伸びた。しかし、このころはまだ周辺の農村への交通はほとんど発達していなかった。周辺交通が整備されだしたのは、戦後の復興期、産業建て直しのためだった。しかしその後の高度経済成長により、県の人口が減少し始めると同時に石炭産業が終わりを迎え、石炭輸送目的中心の交通網整備は方向転換を余儀なくされた。

その後、九州自動車道長崎自動車道の開通、国鉄長崎本線佐世保線の電化、佐賀線の廃線などを経て、現在に至っている。西九州自動車道有明海沿岸道路の整備など、まだまだ発展中の状態にある。

[編集] 空港

[編集] 鉄道

県内の主要な駅は、佐賀駅鳥栖駅唐津駅伊万里駅などである。

[編集] バス

県内の主なターミナルは佐賀駅バスセンター大手口バスセンター伊万里バスセンター鹿島バスセンター嬉野温泉駅など

[編集] 道路

[編集] 船舶

旅客

  • 唐津東~印通寺(九州郵船
  • 唐津~高島(唐津市漁業協同組合高島支所)
  • 湊~神集島(唐津市漁業協同組合神集島支所・ユージングボート宇野)
  • 呼子~印通寺(壱岐・対馬フェリー)
  • 呼子~小川島(川口汽船)
  • 呼子~加唐島(加唐島汽船)
  • 呼子~馬渡島(郵正丸)
  • 呼子~松島 (新栄)
  • 浦ノ崎~福島(金子廻漕店)
  • 星賀~向島(向島丸)
  • 有明海側では特に就航している航路はない。

貨物

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

唐津くんち
佐賀インターナショナルバルーンフェスタ

[編集] 有形文化財建造物

[編集] 文化財

[編集] 有形文化財

[編集] 主な天然記念物

[編集] 文化

[編集] 方言

[編集] 伝統産業・特産品

[編集] マスメディア

[編集] 新聞

[編集] 地方紙

[編集] 全国紙

[編集] テレビ放送局

佐賀県の民放テレビ局はフジテレビ系列のサガテレビのみであるが、大半の地域では福岡県に本社を置く各局(NHK福岡放送局RKB毎日放送九州朝日放送テレビ西日本福岡放送TVQ九州放送)が、他系列の番組や佐賀県のニュースやレポート番組等を取り扱っている。県内の一部地域では熊本県長崎県の各局(NHK熊本放送局NHK長崎放送局熊本放送テレビ熊本熊本県民テレビ熊本朝日放送長崎放送テレビ長崎長崎文化放送長崎国際テレビ)の電波も受信可能である。地形の影響でNHK佐賀放送局とサガテレビの電波のみしか受信できない地域では、ケーブルテレビ等で番組を再送信している場合もある。

地上デジタル放送は、サガテレビ以外に、熊本4局が佐賀市を含む県内南部で直接受信可能であり、福岡5局も県内の東部や南部の大部分で視聴可能である(ケーブルテレビでも地上デジタル放送再送信により視聴が可能となった)。

ちなみに佐賀県ではビデオリサーチによる視聴率調査が行なわれていない都道府県(他は福井県山梨県、徳島県、宮崎県)の1つとなっている。

[編集] ラジオ放送局

[編集] スポーツ

[編集] プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム

[編集] スポーツ施設

鳥栖スタジアム

[編集] 公営競技

[編集] 佐賀県を舞台にした作品

映画(※は県内ロケあり)
ドラマ(※は県内ロケあり)
小説
ゲーム

[編集] その他

佐賀県は地域区分局にあたる郵便局が県内に存在しない唯一の都道府県である。県内全域をさす郵便番号84(上2桁)の地域区分局は、福岡県の久留米東郵便局郵便事業久留米東支店)となっている。

[編集] 脚注

  1. ^ 詳しくは佐賀地方気象台のホームページを参照。
  2. ^ 参照:佐賀県ホームページ 佐賀県組織図[1]
  3. ^ 詳しくは佐賀県議会のホームページを参照。
  4. ^ http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/kinpuro/
  5. ^ http://www.saga-chiji.jp/kaiken/06-11-1/shitsumon14.html
  6. ^ 詳しくは佐賀県 統計のページを参照。

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 外部リンク