鳥栖市

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とすし
鳥栖市
Tosu Stadium 20110508.JPG
Flag of Tosu, Saga.svg
鳥栖市市章
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 佐賀県
団体コード 41203-1
面積 71.73km²
総人口 71,821
推計人口、2014年3月1日)
人口密度 1,000人/km²
隣接自治体 三養基郡基山町みやき町
福岡県久留米市小郡市筑紫野市
筑紫郡那珂川町
市の木 モチノキ
市の花 ハナショウブ
市の鳥 メジロ
鳥栖市役所
所在地 841-8511
佐賀県鳥栖市宿町1118番地
北緯33度22分40.2秒東経130度30分22.1秒
Tosu City Hall.jpg
外部リンク 鳥栖市の公式サイト

鳥栖市位置図

― 市 / ― 町

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鳥栖ジャンクションの位置

鳥栖市(とすし)は、佐賀県の東端に位置するである。

概要[編集]

九州の陸上交通網において、福岡県熊本県鹿児島県を結ぶ南北軸(九州自動車道国道3号鹿児島本線九州新幹線)と、長崎県大分県を結ぶ東西軸(長崎自動車道大分自動車道国道34号国道500号長崎本線)の交点に位置しており、九州最大の交通の要衝として知られる。国道や鉄道の分岐点でもあるため物流施設の集積地であり企業の進出が盛んな市である。佐賀県における人口規模は佐賀市唐津市に次ぐ3位だが、人口密度は両市を上回り佐賀県内の自治体で第一位である(2位は隣接する基山町)。

前述のような立地条件もあって鳥栖市は物流拠点戦略を打ち出し、多くの産業団地を造成している。九州の高速道路網の一大拠点となる鳥栖ジャンクションがあり、2011年平成23年)には九州新幹線の停車駅であり、長崎本線との交点に位置する新鳥栖駅が完成して新たな交通拠点が誕生した。交通の利便性から企業進出が相次いでおり、人口増加が顕著である。2011年(平成23年)10月にはAmazon.co.jpの九州物流拠点であるアマゾン鳥栖FCの建設が発表された。

九州の交通の要衝として価値があることから、2004年(平成16年)には鳥栖プレミアム・アウトレット2006年(平成18年)には九州シンクロトロン光研究センターなどの大型施設が進出したほか産業技術総合研究所の九州センターが設置されており、九州における産学官連携の中核としての機能を果している。2013年(平成25年)には九州初となる重粒子線がん治療施設である九州国際重粒子線がん治療センターが開業した。

日本四大売薬の一つとして知られる田代売薬が栄えた土地である。鳥栖市に本社を置く久光製薬は田代売薬を祖とする企業である。

九州で唯一の地方競馬場である佐賀競馬場がある。

日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するサガン鳥栖のホームタウンであり、JR鳥栖駅東側にベストアメニティスタジアムがある。

東洋経済オンラインの「住みよさランキング」では上位にランクインすることが多く、2010年(平成22年)は九州ブロックで1位、全国総合ランキングで4位となった[1][2]

福岡都市圏通勤通学圏に含まれ、人口の約5%が福岡都市圏へ通勤通学している。

地理[編集]

筑紫平野佐賀平野)に位置し、南の境を筑後川が流れる。低地は水田に利用され、その中に市街地がある。北西部は脊振山地の東部にあたる。

隣接している自治体[編集]

人口[編集]

Demography41203.svg
鳥栖市と全国の年齢別人口分布(2005年) 鳥栖市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 鳥栖市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
鳥栖市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 47,369人
1975年 50,733人
1980年 54,254人
1985年 55,791人
1990年 55,877人
1995年 57,414人
2000年 60,726人
2005年 64,723人
2010年 69,069人
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

古代から江戸時代まで[編集]

魏志倭人伝」の「對蘇(ツサ)」は鳥栖を指す可能性が高い。[3][4]

鳥栖の歴史は古く、ヤマト政権には既に「鳥巣(とりのす)」と読まれていた。

古文書「肥前国風土記」によると「応神天皇の御代、この地に鳥屋が置かれた」とあり、この地で様々なを飼育して献上していたことから「鳥巣」と称していたが、これが後に「鳥栖」に転化したという。

鳥屋が多かったことから、古くから養鶏の盛んな土地であった。

江戸時代[編集]

政において、現在の市域東部は対馬府中藩の飛び地で「田代領」と呼ばれ、長崎街道田代宿宿場町であった。又、鳥栖市街地には、同じく長崎街道轟木宿宿場が置かれていた。

田代宿には、対馬府中藩の米倉や代官所が設置されていた。また、朝鮮通信使の立ち寄る場所であり、応接の為の施設も備えられた。藩主の宗氏が、朝鮮との貿易で朝鮮から輸入した漢方薬の実物と知識が豊富に供給された事と、収入源を確保する目的から、領民には薬の製造を副業とする者が増え、次第に他領でも行商するようになった。江戸時代後期には日本四大売薬の一つと数えられ、九州の薬商の大半を田代産の薬が占める程であった。

明治期から第二次世界大戦まで[編集]

佐賀の乱西南戦争時に薬が不足したことをきっかけに製薬業の拡大がみられた。日清戦争期には、現在の久光製薬などが「佐世保や広島といった軍都に近い」地の利を活かして販路を拡大させている。また、江戸時代から続いた綿織物生産は生糸生産に代わり、養蚕業が盛んになった。

後述する鉄道網の整備により、大正から昭和初期にかけて製糸工場(養蚕業)や製粉工場(当時裏作として小麦を生産していた)が開業したものの、第二次世界大戦時には戦況悪化による衰退がみられた。

交通都市としての発展もみられ、鉄道網としては九州鉄道の最初の区間として博多から筑後川北岸まで開通した(現在の鹿児島本線1889年明治22年))のを始め、1891年(明治24年)には佐賀、1898年(明治31年)には長崎・佐世保方面(現在の長崎本線佐世保線大村線)までが開業し、1934年昭和9年)の久大本線全通をもって東西南北へと整備された。最盛期の1948年(昭和23年)頃には「鉄道の町」「煤煙の町」と称されるほどであった。

第二次世界大戦後[編集]

1954年昭和29年)4月には鳥栖町・田代町・麓村・基里村・旭村の2町3村が合併し鳥栖市が成立。「鉄道の町」としての機能を失いつつあったのに対し、道路網の整備が進められる(1960年(昭和35年)の国道34号改良、1972年(昭和47年)の鳥栖筑紫野道路開通、1973年(昭和48年)の鳥栖ジャンクション開通)ようになり、交通都市としての性質も変化した。

文字通り「交通都市」となった鳥栖市は、地の利を活かした企業誘致を進めたことにより、工業都市としても発展を続けた。現在は物流拠点としての整備も進められている。

  • 1954年昭和29年)4月1日 - 鳥栖町、田代町、基里村、麓村、旭村が対等合併して市制を施行し、鳥栖市が発足。

行政区域変遷[編集]

  • 変遷の年表
  • 変遷表

行政[編集]

  • 市長:橋本康志(はしもとやすし、2007年3月15日就任)

市議会[編集]

  • 条例定数:24(現員数22)
  • 会派別議席数
    • 自民党鳥和会:6人
    • 社民党議員団:4人
    • 共産党議員団:3人
    • 政友会:2人
    • 公明党:2人
    • コスモス会:1人
    • 新世紀クラブ:1人
    • 民主クラブ:1人
    • 誠和会:1人
    • 至誠会:1人
    • 天桜会:3人

国際親善姉妹都市 [編集]

マスコットキャラクター[編集]

とっとちゃん
2004年(平成16年)4月1日から鳥栖市のマスコットキャラクター。

治安・防衛[編集]

警察
自衛隊

消防[編集]

国家機関[編集]

産業[編集]

交通の要衝なので、九州の主要都市へのアクセスも便利な位置にある地の利を生かして、工場の誘致が積極的に行われている。また、工場以外の流通拠点としても活用されてあり、流通業務団地には拠点の立地が相次いでいる。

鳥栖市に本社を置く企業[編集]

鳥栖市に工場・事業所を置く企業[編集]

市外局番[編集]

  • 0942 (久留米MA。全域)

健康[編集]

2010年平成22年)10月1日時点。

  • 平均年齢:42.30歳
    • 年少人口割合:17.12%
    • 生産年齢人口割合:74.83%
    • 老年人口割合:19.43%

教育[編集]

短期大学[編集]

専修学校[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

自動車教習所[編集]

交通[編集]

鳥栖駅
建設中の新鳥栖駅周辺

鉄道[編集]

九州旅客鉄道(JR九州)

バス[編集]

道路[編集]

高速道路
一般国道
主要地方道
一般県道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

名所・旧跡[編集]

観光スポット[編集]

祭事・行事[編集]

  • とす弥生まつり(3月の最終日曜日)
  • 花の日(5月4日
  • 鳥の日(5月10日から16日までの間の日曜日)
  • まつり鳥栖(7月最終日曜日)
  • 鳥栖山笠(夏休み最初の土・日曜日)
  • 土曜夜市(7月下旬の土曜日)
  • 『九州まん祭』2010年平成22年〉は5月8、9日)

娯楽[編集]

スポーツ団体[編集]

過去存在したスポーツ団体[編集]

鳥栖市出身の有名人[編集]

鳥栖市の画像[編集]

参考文献[編集]

  • 中村周作 「九州のクロスロードシティ - 鳥栖市」『九州 地図で読む百年』 古今書院、平岡昭利編、1997年3月、47-52頁 ISBN 4-7722-1665-0

脚注[編集]

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  1. ^ 住みよさランキング2010年版(住みよさランキング総合評価)
  2. ^ 住みよさランキング2010年版(地方別ランキング(3))
  3. ^ 安本美典「倭人語の解読」勉誠出版 2003年 271頁
  4. ^ John R. Bentley. "The Search for the Language of Yamatai". Japanese Language and Literature Vol. 42, No. 1 (Apr., 2008), p. 28
  5. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 41 佐賀県』、角川書店、1982年 ISBN 4040014103より
  6. ^ 日本加除出版株式会社編集部『全国市町村名変遷総覧』、日本加除出版、2006年、ISBN 4817813180より

外部リンク[編集]