博多駅

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博多駅
新幹線・在来線ホームと工事中の博多口駅舎(2009年10月)
新幹線・在来線ホームと工事中の博多口駅舎(2009年10月)
はかた - Hakata
所在地 福岡市博多区博多駅中央街
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州・駅詳細
西日本旅客鉄道(JR西日本・駅詳細
福岡市交通局駅詳細

博多駅(はかたえき)は、福岡県福岡市博多区博多駅中央街にある、九州旅客鉄道(JR九州)・西日本旅客鉄道(JR西日本)・福岡市交通局(福岡市地下鉄)のである。

目次

[編集] 概要

九州福岡を代表するターミナル駅で、九州最大の駅でもある。当駅を拠点に、九州の主要都市とを結ぶ特急列車福岡都市圏等を走る多くの快速・準快速普通列車が発着する。特に、特急列車の発着数は日本最多である。

山陽新幹線の終点または東海道・山陽新幹線系統の西端でもあり、広島大阪名古屋東京など本州とを結ぶ多くの新幹線列車が発着する。なお、新幹線の回送列車はこの駅から回送線を経由して博多総合車両所へ向かう。この回送線を旅客化したのが博多南線である。在来線はJR九州、山陽新幹線はJR西日本の管轄である。よってJRの博多駅長は2人いる。

九州新幹線鹿児島ルートの乗り入れに向け、現在周辺を巻き込んだ大規模な再開発が行われている最中である。

また福岡市地下鉄空港線はJRとは直角に乗り入れており、西新天神中洲福岡空港といった福岡市の拠点と当駅とを結んでいる。

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 駅構造

駅西側(在来線側)を博多口(はかたぐち)、駅東側(新幹線口)を筑紫口(ちくしぐち)という。

[編集] JR九州・JR西日本

JR 博多駅
筑紫口(2004年12月11日)
筑紫口(2004年12月11日
はかた - Hakata
所在地 福岡市博多区博多駅中央街1-1
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 ハカ
駅構造 高架駅
ホーム 2面4線(新幹線)
4面8線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
(JR九州)
98,653人/日(降車客含まず)
(JR西日本)
16,776人/日(降車客含まず)
開業年月日 1889年明治22年)12月11日
乗入路線 4 路線
所属路線 山陽新幹線
キロ程 622.3km(新大阪起点)
東京から1174.9km
小倉 (67.2km)
所属路線 博多南線
キロ程 0.0km(博多起点)
(8.5km) 博多南
所属路線 鹿児島本線
篠栗線直通含む)
キロ程 78.2km(門司港起点)
吉塚 (1.8km)
(2.7km) 竹下
備考 みどりの窓口
福 福岡市内駅(中心駅)
新幹線駅はJR西日本、在来線駅はJR九州管理

在来線のホームは2階にあり4面8線、新幹線のホームは3階にあり2面4線である。

在来線ホーム間の連絡通路は、ホーム下の中2階の南北に「中央通路」と「東通路」の2本がある。改札口は、中央通路側には「中央口」・「つばめ口」・「博多口」が、東通路側には「東口」と「名店街口」がある。また、両通路ともに新幹線乗り換え改札がある。ただし、2007年10月28日より改良工事のため「つばめ口」と「博多口」は閉鎖されている。

在来線ホームでは、2006年1月頃から、列車(博多駅終着列車、回送列車及び貨物列車を含む)接近時に、チャイムとともに発車標に「列車が入ります ご注意下さい」の表示が出されるようになっている。

新幹線ホームの直上はオフィスビルの「新幹線博多ビル」、直下は商業施設の博多デイトスとなっている。

JRの特定都区市内制度における「福岡市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。

[編集] のりば

特急列車の発車ホームは、一般的な原則であり、この原則に当てはまらない列車もある。また、博多駅は2009年現在工事中のため、のりばは今後も変更される可能性がある。以下は2009年3月14日現在のものである。

1 特急「きらめき 小倉門司港方面
特急「有明 吉塚
鹿児島本線 香椎折尾・小倉・門司港方面
2 特急「ソニック」「にちりんシーガイア」「ドリームにちりん」 小倉・柳ヶ浦大分佐伯宮崎方面
特急「有明」「きらめき」 小倉・門司港方面
鹿児島本線 香椎・折尾・小倉・門司港方面
3 特急「かもめ」「みどり」「ハウステンボス 佐賀長崎諫早佐世保ハウステンボス方面
特急「きらめき」 小倉・門司港方面
鹿児島本線 香椎・折尾・小倉・門司港方面
4 特急「かもめ」「みどり」 佐賀・長崎・佐世保方面
鹿児島本線 香椎・折尾・小倉・門司港方面
二日市・鳥栖・久留米・大牟田方面
5 特急「リレーつばめ」「有明」 熊本光の森新八代新幹線乗換鹿児島中央方面
特急「ゆふ(DX)」「ゆふいんの森」 日田由布院・大分方面
鹿児島本線 二日市鳥栖久留米大牟田方面
香椎・折尾・小倉・門司港方面
6 特急「リレーつばめ」「有明」 熊本・光の森・新八代・新幹線乗換鹿児島中央方面
鹿児島本線 二日市・鳥栖・久留米・大牟田方面
7 鹿児島本線 二日市・鳥栖・久留米・大牟田方面
福北ゆたか線 新飯塚直方・折尾方面
特急「かいおう 新飯塚・直方方面
8 福北ゆたか線 新飯塚・直方・折尾方面
13 - 16 山陽新幹線「のぞみ」「ひかりレールスター)」「こだま 広島岡山新大阪東京方面
博多南線 博多南
  • 2008年3月15日改正以前、ソニックは旧104号(現2号)→5号への折返しのみ唯一2番乗場にて直接方向転換し、それ以外の折返しはいずれも竹下寄りの留置線へ引揚げていたが、同改正以降、一部のソニックでは吉塚寄りの留置線へ引揚げるものも存在する。だが、線路配置の都合上、4番乗場と5番乗場到着列車しか吉塚寄りの留置線へ引揚げることができない。
  • 2002年11月当時、博多―吉塚間の内、穴吹工務店ビル付近に亘り線が存在しなかったため、2番乗場で直接方向転換ができなかったが、後に亘り線が新設された。主に事故などのトラブルでソニックの到着が遅れた際は、折返し列車への悪影響を最小限に留めるべく2番乗場で直接方向転換することがある。
  • 2006年9月10日から約9ヶ月間、1番乗場からソニックが出発することがあったため、振子特急用の速度標識が追加されたが、現在では全く振子特急が使用することがない。しかし、現在ソニックが出発する2番乗場と比較すれば、分岐器による速度制限が緩やかなため、将来1番乗場からの出発に変更される可能性もある。
  • 新幹線ホームは開業当初から11 - 14番のりばになっていたが、2009年3月14日より13 - 16番のりばに変更された。これは空いた11・12番を増設するのりばに付番するためである。[1]

[編集] 福岡市地下鉄

福岡市地下鉄 博多駅
地下鉄博多駅入口(1番)
地下鉄博多駅入口(1番)
はかた - Hakata
祇園 (0.7km)
(1.2km) 東比恵
所在地 福岡市博多区博多駅中央街
所属事業者 福岡市交通局(福岡市地下鉄)
所属路線 空港線
キロ程 9.8km(姪浜起点)
駅構造 地下駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
54,942人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1983年昭和58年)3月22日*
* 仮駅開業日。本駅開業は1985年(昭和60年)3月3日

島式ホーム1面2線の地下駅である。東比恵方に引上線があり、定期列車では終電のみに使用する。シンボルマークは博多献上模様の生地。

プラットホームは地下3階にある。コンコースは地下1階に博多口側の「博多口」と筑紫口側の「筑紫口」が、駅ビル直下の地下2階に「中央口」があり3箇所に分かれている。それぞれを直接繋ぐ通路は存在しない(JR博多駅の自由通路及び地下鉄駅プラットホームを除く)。また、地上への出入口の番号は博多口が1 - 4番、中央口が5 - 7番、筑紫口が11 - 17番となっているが、16番は欠番となっている。なお、3番出入口は駅ビル新築工事に伴い2007年4月から閉鎖されている。

2007年3月、筑紫口コンコースの11番出口階段脇にあった宝くじ売り場とコインロッカーが改札口正面に移設され、跡地にはコンビニエンスストアファミリーマート)が設置された(4月開店)。

2007年2月には筑紫口の自動改札機が新型機に更新された(JR九州のものと色違いの同型機になっている)。

なお、1983年3月22日の開業当時は仮駅として現在の祇園駅方面連絡通路に設けた駅で営業していた。1985年3月3日に現在の駅が開業した。

九州新幹線開業に合わせて七隈線の博多駅乗り入れが計画されているが、現段階では正式に決定していない。

地下鉄車内での案内において、JR線の乗り換えは「新幹線、鹿児島本線」とアナウンスされ、福北ゆたか線はアナウンスされない。但し、303系(K03編成)の案内表示機には「新幹線、鹿児島本線、福北ゆたか線」と表示される。

[編集] のりば

1 空港線 福岡空港方面
2 空港線 天神姪浜筑前前原唐津方面

[編集] 利用状況

1日平均乗車人員の合計は約17万人。九州の駅では最多。

  • JR九州 - 1日平均乗車人員 98,353人(2008年度) - JR九州では最多。 [1]
  • 福岡市交通局 - 1日平均乗車人員 54,942人(2008年度)[2]
  • JR西日本 - 1日平均乗車人員 16,776人(2006年度)

[編集] 駅周辺

駅周辺は福岡市の都心部、並びに繁華街となっており人波が絶えない。

[編集] 博多ステーションビル(駅ビル)

博多口駅ビル九州新幹線乗り入れに合わせた再開発で建て替えられることになっており、2007年夏から解体工事中である。詳細は後述

[編集] 博多口

[編集] 筑紫口

ホテル

  • ホテルセントラーザ博多
  • ホテルクリオコート博多
  • サンライフホテル2・3
  • 博多グリーンホテル
  • 博多都ホテル
  • 東洋ホテル<福岡>
  • 博多第一ホテル
  • ホテルサライ福岡
  • ホテルセンチュリーアート
  • JR九州ホテル福岡
  • 博多グラン水晶ホテル
  • 博多ターミナルホテル
  • ハイアットリージェンシー福岡
  • WITH THE STYLE FUKUOKA

その他

(*)同行には博多駅筑紫口支店もあったが、2006年11月に統合された。その後同所はATMコーナーとなっていたが、2008年現在は閉鎖されている。

[編集] バス

駅の北西に隣接して博多駅交通センターがある。博多駅交通センターには西鉄バスの福岡市内・近郊路線の一部と昭和バスJR九州バス・各社の高速バスが発着する。

ほかに、博多口側に博多駅A~Fまでの各乗り場と降車場があり、筑紫口側にも乗り場がある。これらの乗り場・降車場には西鉄バスの福岡市内・近郊路線が発着する。

各乗り場別の発着バスの一覧については「博多駅交通センター」を参照

[編集] 歴史

1909年(明治42年)3月に落成した3代目の博多駅

博多駅はこれまでに3回の移転を行っている。初代の博多駅は、九州で最初の鉄道である博多 - 千歳川仮停車場(久留米駅の北側、筑後川の北岸)間の開通に合わせて1889年(明治22年)12月11日に後の出来町公園付近に開業した。しかしまもなく、博多駅より東側の開業に合わせて、1890年(明治23年)9月28日に地下鉄祇園駅付近に移転した。このときは九州鉄道(初代)の駅であった。

しかし、まもなく新しい駅舎を建設して再度移転することになった。1906年(明治39年)1月に新駅舎に着工したが、1907年(明治40年)7月1日に九州鉄道が国有化されて、駅の工事は国鉄に引き継がれた。その後、1909年(明治42年)3月3日に新駅舎が完成した。新駅舎は煉瓦造りの2階建てで、ルネサンス式の建物であった。総面積3,160 平方メートルで、トイレにも大理石を用いるなど豪華な建物となっていた。

この駅もすぐに手狭となり、1939年(昭和14年)には早くも移転拡張の計画が持ち上がっている。1942年(昭和17年)1月には実際に都市計画決定が申請され、1943年(昭和18年)4月には認可も受けたが、戦争の激化により11月に中止された。1945年(昭和20年)6月20日には空襲で被災している。

戦後、再度移転拡張が計画され1958年(昭和33年)12月に高架式の旅客駅とすることが決定され、1960年(昭和35年)7月に着工された。博多駅で取り扱われていた貨物は1961年(昭和36年)12月に吉塚駅へ移転された。この間、1961年(昭和36年)6月1日に門司港から久留米までの交流電化が完成しており、移転直前の博多駅も電化されている。1963年(昭和38年)12月1日に現在使用されている駅舎が開業した。移転前の旧駅舎は貴重な文化財であるとの観点から保存も検討されていたが予算の都合がつかず、新駅舎への移転後すぐに福岡市の都市計画に基づいて旧駅舎の地点を貫く道路が建設されて取り壊されている。

[編集] 年表

[編集] 九州新幹線開業に向けた動き

解体直前の駅ビル(2008年1月)
新駅ビルの建設工事(2008年7月)

当駅は2011年春に全線開業予定の九州新幹線鹿児島ルートの発着駅になる予定で、山陽新幹線との相互乗り入れも決定している。鹿児島ルート全線開業開通に合わせて2006年から現駅本屋解体及び新築、新幹線ホームの増設や在来線ホームの再編、駅周辺の環境整備等の総合再開発が始まっている。

[編集] 新幹線ホーム工事

2005年10月1日に実施された秋のダイヤ改正と共に九州新幹線開業準備工事(新幹線ホーム新設工事など)が開始されたため、在来線ののりば変更が実施されている。

新幹線ホーム新設に伴い、在来線の9番のりばが撤去され、7番・8番のりばも南半分が使用停止となった。その跡地の高架上に新幹線ホーム(島式1面2線)が新設される予定となっている。片側は16両編成対応の山陽新幹線との直通用で、片方は8両編成対応の九州新幹線の始発用になる。

博多駅部分の工事については、九州新幹線全体の建設を担当している鉄道建設・運輸施設整備支援機構から駅を管理するJR九州・JR西日本に委託され、両社が分担して行っている。全長約1 キロメートルの区間が4つの工区に分割され、中央の2つの工区をJR九州が、両端の2つの工区をJR西日本が担当している。また、電気設備とレールの敷設はJR西日本が担当することになっている。営業中の在来線と新幹線の線路に挟まれた狭隘な空間で建設を行う困難な条件となっている[2]

建設期間の短縮と費用の削減のために、新幹線の高架橋は既存の在来線の高架橋の上に重ねて建設する「高架橋の重層化」が採用されている。事前に専門家による耐震性と耐久性の詳しい検討が行われ、鋼板を巻いたり浸透固化処理を施したりして基礎補強を行うことで可能と判断された。2009年1月現在高架橋の躯体工事が進行中である[2]

[編集] 博多口駅ビル工事

九州新幹線乗り入れと同時に旧駅ビルの約7倍の延べ床面積を持つ、全面ガラス張りの新駅ビル(地下3階、地上10階)が完成する予定である。駅ビルの核テナント誘致に際して博多井筒屋高島屋阪急百貨店丸井などのデパートが出店に名乗りを挙げたが、最終的にはJR九州との関係や条件が合致する阪急百貨店が入居することが確定し、これが同百貨店にとっては九州初進出になる予定である。また東急ハンズのテナント出店も同社とJR九州との間で基本合意に至っており、阪急百貨店と同じく九州初進出となる模様である。

しかし新駅ビルテナントの選定をめぐっては、旧駅ビルに1966年(昭和41年)から入店していた博多井筒屋が難色を示し、「新駅ビルへの優先入居」を主張。井筒屋側とJR九州側は、福岡簡易裁判所調停を行うものの、調停は難航した。

調停の長期化や入居を求めての訴訟への発展、駅ビルからの退店拒否も危惧され始め、調停決裂が現実味に出てき始めた。

そのようなことになれば新駅ビル建設スケジュールに大きく影響する恐れがあった。結局2006年9月15日に、JR九州側が井筒屋側に保証金約45億円を支払うことで博多井筒屋は2007年3月31日までに旧駅ビルから一時退店することに合意した。

博多井筒屋はこの合意に基づき2007年3月31日で閉店したが、井筒屋側は「新駅ビルへの入居を断念した訳ではなく、引き続きJR九州側に対して新駅ビルへの入居を求めていく」と述べている。

なお博多駅は福岡空港までの直線距離が約2.7kmであり、航空法に定められている水平表面下に入っているため、建物の高さは約50mに制限されている。このため駅の高層ビル化は不可能である。

新ビルは、開発面積約2万2000平方メートル、鉄骨鉄筋コンクリート造り(一部鉄骨造り)、延べ床面積約20万平方メートル(旧駅ビルの約6倍)。幅約240mで、南側の一部が在来線ホーム上にL字形に約60mせり出す。「お客さまに見えるエコ」をコンセプトとして、断熱複層ガラス太陽光発電屋上緑化、ミスト冷却などを採用することになっている[2]

核テナントである阪急百貨店はホーム上にせり出す部分を含むビル南側地下1階から地上8階に入り、売り場面積約4万平方メートル。9、10階の一部に入居するシネマコンプレックスは、東映系のティ・ジョイに決定しており、12スクリーン・約2000席を備える予定。ビル北側1 - 5階のメガストア(5000平方メートル)は、東急ハンズが入居する。9 - 10階の一部はガラス張りの展望レストラン。また、吹き抜けや屋上庭園も設けられる。

ビル周辺の回遊性を高めるために、1階には筑紫口(山陽新幹線側)と博多口の駅前広場を結ぶ既存のコンコース南側に連絡通路を新設、2階部分には福岡交通センターなど隣接するビルに通じる空中回廊(ペデストリアンデッキ)を設ける。駅コンコースも改装して、3階までの吹き抜けが設置され、有田焼を使った森をイメージした壁画が描かれることになっている。

新たに設ける駐車スペースは、ビルと博多口駅前広場の地下2・3階に計約200台、九州新幹線ホーム上に約150台。また、筑紫口のJR九州旧本社ビル跡地には立体駐車場(約380台収容)がはいる「JR九州筑紫口ビル」(愛称:EX-SIDE HAKATA〈エキサイド博多〉)が2007年4月にオープンした。

博多口駅前広場は北側にタクシープール、バス乗り場などが集約。南側にはイベントをおこなったり、市民の憩いの場となるスペースを設ける。

ビル本体建設工事は2006年3月駅南側の旧駅事務室跡から着工。旧駅ビル部分は井筒屋が2007年3月で営業終了、解体後、2008年1月頃躯体工事に入った。工事の難関は駅南側の線路の上下にせり出す部分で、地下空間を生み出すため線路下の盛土を掘削すると同時に線路上下に躯体を建設する。工事手順は、各線路沿いに6m間隔で盛土に仮杭を打込み、仮杭間に工事桁を通して線路を仮受けして、盛土を掘削する。あわせて躯体建設も進め、ある程度組み上がった時点で仮杭と工事桁を撤去し、躯体で線路とホームを支える。掘削は、幅100m、奥行約70mの広さを4層(地上1階 - 地下3階部分)にわたり1フロア分ずつ4段階で実施する。掘出す盛土の量は20万立方メートル(10tダンプカー約2万5000台分)と見られる。

駅南側は仮杭と工事桁の取付けを終え、2007年3月現在、盛土掘削、躯体構築工事中である。地下駐車場などを設ける駅前広場南側では躯体工事とあわせて地下1階部の屋根になる上床版の設置中である。2008年12月時点では、7階部分まで工事が進行し工事全体の進捗率は30 パーセントとなっている。ビル南側躯体工事は2009年秋竣工予定。

旧駅ビルの地下には地下鉄が通っており、駅ビルを解体すると地下水の圧力により地下鉄が浮き上がるという問題があり、事前にグランドアンカーとコンクリート注入を行って固定する工事を行っている[2]

[編集] 駅名の由来

博多駅は「福岡市」の代表駅にありながら「福岡駅」ではなく、「博多駅」である。これには地理的・歴史的な理由がある。

江戸時代まで福岡武家町、博多町人町として栄えた別々の都市であった。1889年(明治22年)4月「市制及び町村制」の公布に基づき、県令により博多・福岡をまとめて「福岡市」として市制施行することとなった。その際に九州鉄道の駅名を「博多」とすることにより市名議論の決着を図ろうとした。その後「博多市」に市名を改称しようとする動きもあったが一票差で否決され現在に至る。

福岡と博多との関係についての詳細は、博多の項目参照

博多駅の立地についても、当初建設された駅舎は現駅の北西に約600m先の現在の祇園駅付近であった。この場所は当時は福岡市境であって田畑などの耕地だったため駅舎建設が容易であり、また門司・熊本方面へ鉄道を結ぶに好都合であったと考えられる。

そののち新幹線の開業などにより「博多」の知名度が高まると、「福岡」より「博多」のほうが全国的に認知されるようになった。そのため、「博多市」という市が存在する、かつては福岡市と博多市に分かれていてその名残として「博多駅」が残っているなどといった誤解も存在するようである。過去に「博多市」なるものが存在しないという事情からすればかなり特殊な例といえ、駅名が都市全体の対外的印象に大きな影響を及ぼす代表的な例となっている。

[編集] 備考

合併により所在地の市名と中心駅名に差異の見られる例としては、北九州市小倉駅(合併前後とも小倉駅で変化せず)、周南市徳山駅(合併前後とも徳山駅で変化せず)、さいたま市浦和駅(合併前後とも浦和駅で変化せず)、大崎市古川駅(合併前後とも古川駅で変化せず)などがある。また、県内の他都市では岡垣町海老津駅宗像市赤間駅ならびに東郷駅筑紫野市二日市駅筑後市羽犬塚駅豊前市宇島駅福津市福間駅などがあるが、いずれの駅名も過去に自治体名として存在したものである。

市内のもう一つのターミナル駅である西日本鉄道天神大牟田線の始発駅の名称は「西鉄福岡(天神)駅」である(2001年に西鉄福岡駅から改称)。これは、同駅が福岡側の天神に開設されたことと、国鉄駅が「博多」であったために、後から開業した西鉄が堂々と都市名を名乗ることができたためである。なお(JR)福岡駅はJR西日本・北陸本線の駅として富山県高岡市福岡町に存在する(マルスシステムの仕様で、福岡(市)に行くつもりで「福岡まで」と言ってしまうと、そのまま(富山県の)福岡駅に行く物のとして処理され「福岡」と印字されてしまう為、福岡駅に到着した際に行き先違いに気づく例が屡存在する[3]。 )。

所在地の市名と中心駅名が一致しない例としては、主なものとしてこのほかに東京都武蔵野市吉祥寺駅がある。こちらも1889年(明治22年)4月の市制町村制施行時にすでに同市の前身である武蔵野村が誕生しており、以降も吉祥寺の名称を冠した自治体は存在せず、また「武蔵野駅」も存在しない。

[編集] その他

[編集] AED設置

  • 山陽新幹線博多駅には、AEDが4台設置されている。
  • 在来線博多駅にも、AEDが設置されている。

[編集] 切符の払い戻し

割引切符などを除き、JRの一般の乗車券等を現金で購入した場合JR各社の窓口で払い戻し可能のはずだが、JR九州の窓口ではJR西日本の窓口で購入した切符の払い戻しを受け付けず、JR西日本の窓口に行くよう指示される。 逆に、JR西日本の窓口ではJR九州発行の切符の払い戻しを拒否することはない。

[編集] 隣の駅

九州旅客鉄道
鹿児島本線
快速・準快速
吉塚駅 - 博多駅 - 南福岡駅
普通
吉塚駅 - 博多駅 - 竹下駅
福北ゆたか線(篠栗線)
快速・普通
吉塚駅 - 博多駅
西日本旅客鉄道
山陽新幹線・博多南線
小倉駅 - (鞍手信号場) - 博多駅 - 博多南駅
福岡市営地下鉄
空港線
祇園駅 - 博多駅- 東比恵駅

[編集] かつて存在した路線

日本国有鉄道
筑肥線
博多駅 - 筑前簑島駅

[編集] 脚注

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[編集] 参考文献

  • 九州鉄道百年祭実行委員会・百年史編纂部会 九州の鉄道100年記念誌『鉄輪の轟き』九州旅客鉄道 1988年

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ