長崎市

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長崎市
ながさきし
Flag of Japan.svg 日本
地方 九州地方
都道府県 長崎県
団体コード 42201-1
面積 406.40km²
総人口 444,117
推計人口、2009年10月1日)
人口密度 1,090人/km²
隣接自治体 諫早市西海市時津町長与町
市の木 ナンキンハゼ
1975年8月1日制定)
市の花 アジサイ
1968年3月21日制定)
市章 五芒星
長崎市役所
所在地 〒850-8685 長崎県
長崎市桜町2-22
市役所本館(2008年9月16日)
電話番号 095-825-5151
外部リンク 長崎市役所

長崎市位置図(長崎県)

:市 / :町
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)
長崎港付近には、高層建築物が集中する。
長崎駅付近の市街地。

長崎市(ながさきし)は、九州の北西部に位置する都市で、長崎県県庁所在地である。国から中核市に指定されている。 古くから、外国への玄関口として発展してきた港湾都市である。江戸時代は国内唯一の貿易港出島を持ちヨーロッパから多くの文化が入ってきた。外国からの文化流入、坂の多い街並みを持ち、他の都市とは違った景観を持っている。また、長崎県下最大の人口を持つ長崎の中心都市である。

市域面積の13.1%である市街地に人口の約78%が住み市街地の人口密度は、7900人/km²と市街地人口は非常に過密である。

目次

[編集] 概要

鎖国体制であった江戸時代には、国内唯一の江戸幕府公認の国際貿易港(対オランダ、対中国)・出島を持つ港町であった。このため、出島跡を初めとして、異国情緒に満ちた港町として有名である。歴史的経緯からキリスト教徒の数が比較的多いことでも知られており、とくにカトリック教会は長崎県単独でひとつの教区を形成している(東京教区は東京と千葉で構成)。

また、実戦で使用された核兵器原子爆弾)としては広島市に次ぐ世界史上2番目の、そして現時点では最後の被爆都市としても知られる。「近隣の核武装国による核攻撃を想定するのは、他国に誤解を与える」との信念の下で、全国自治体の中では唯一、国民保護計画案から、他国より核攻撃想定される事態の想定をあえて削除している(2007年5月11日 市長発言)。なお、長崎県は計画案の中で核攻撃への対処事項を記述している。

長崎港付近の市街地
長崎駅。

[編集] 人口

2005年の国勢調査による人口は男209,250人、女245,956人、人口性比85.1であった。また、日本の全都道府県の県庁所在地の中で人口性比が一番低い。

Demography42201.svg
長崎市と全国の年齢別人口分布 長崎市の年齢・男女別人口分布
紫色 ― 長崎市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
1980年 502,799人
1985年 505,566人
1990年 494,032人
1995年 487,063人
2000年 470,135人
2005年 455,206人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 地理

坂の街。大浦天主堂前の坂道。
路面電車の走る町。

長崎半島および西彼杵半島を市域とする。諫早市西海市西彼杵郡時津町長与町に隣接する。 市の形状は全国的に見ても数少ない「すり鉢」状となっている。市の中心部は三方を山に囲まれており、女の都(めのと)・三原・本原・西山・片淵・小島(こしま)・稲佐(いなさ)・小江原(こえばる)・西町・滑石(なめし)など住宅地の多くは山の斜面を利用している。そのため「階段の街」「坂の街」として有名である。坂が多いため自転車に乗る人は少なく、他都市でしばしば問題になる放置自転車などの問題は少ない。その代わり原付バイクが多くナンバープレートの登録番号が5桁になっている。理由は坂の多さもあるが、これに加えて幹線道路から離れると転回どころか車が2台交差するのも難しい程道路の幅が狭い道が少なくないため、幅を取らず小回りの効く原付バイクの利便性が高いという事情があるからである。また、「自転車屋」を名乗りながらも原付バイクだけを扱う店も多い。

市の中心部を流れる川には、北部から南下し長崎港へ注ぐ浦上川と、市の北東部から長崎港へ注ぐ中島川とがある。それぞれ川沿いにわずかな平地と埋立地があり、商業地や公共施設はそこに集中する。

長崎港の外海は五島灘橘湾に面しており、急峻な海岸線が多いが、河口部などのわずかな平地に漁港と集落が点在する。

  • 東部(橘湾天草灘) - 宮摺(みやずり)・茂木・飯香浦(いかのうら)・日見・矢上・戸石など
  • 西部(五島灘) - 神浦(こうのうら)・出津(しつ)・黒崎・三重・畝刈(あぜかり)・式見・小江・福田など
  • 南部(五島灘-天草灘) - 深堀・香焼(こうやぎ)・蚊焼・高浜・野母・脇岬・樺島・川原・千々(ちぢ)など
  • 北部(大村湾) - 西海(にしうみ)・村松・大石・戸根・長浦・形上・小口など

北西部の三重・畝刈地区や東部の矢上・かき道地区などは近年開発が進み、住宅地が増えた。

2005年1月4日の市町村合併では、長崎半島西南部や有人島の離島である伊王島・高島・池島、石炭産業の衰退で無人島となった端島(通称:軍艦島)が編入合併された。さらに2006年1月4日の市町村合併では大村湾沿岸の旧琴海町が編入合併された。

2005年12月11日に、長崎港の両岸の女神地区、木鉢地区を結ぶ「女神大橋(通称:ヴィーナスウィング)」が完成した。これは中央径間長が480メートルに達し、全長は1289メートルで、斜張橋としては横浜ベイブリッジを上回って全国第6位の長さとなる。将来的に長崎自動車道と接続され、長崎市街地南部一円を循環する長崎南環状線の一部となる見通しである。

ダムは浦上水源地・本河内水源地・鹿尾(かのお)ダム・神浦ダムなどがあるが、市街地に近い水源では環境が悪く、上水道事情はあまり良くない。また斜面が多いために下水道の整備も目下進行中という状況である。

風頭山公園から眺める長崎市の様子。右方が長崎市街中心地である。中央部の港を出発した船は南西(左奥)の海へ出てゆく
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風頭山公園から眺める長崎市の様子。右方が長崎市街中心地である。中央部の港を出発した船は南西(左奥)の海へ出てゆく

[編集] 地名

長崎の地名は現在の市役所付近を根とし県庁付近までの長崎御崎に館を構えた九州長崎氏に由来するとされるが、その長い御崎を居としたから九州千葉氏本家が長崎氏を名乗ったとの説も有力である。 町名は長崎市の地名参照。

[編集] 気候

年間平均気温は17.4、年降水量は約1,678mmである。暖流の影響が強く、九州の他都市に比べても寒暖の差は小さい。 昭和50年代までは雪が積るほど降ることも多かったが、最近では雪はあまり降らない。

長崎のご当地ソングには雨が登場するものが多いため、長崎は雨が多いと思われがちだが、年降水量が突出して多いわけではない。長田暁二によると、長崎のご当地ソングで雨が初めて登場するのは1939年の「長崎物語」で、同曲や1947年の「雨のオランダ坂」のヒットにより、長崎と雨が結びつくようになったのではという[1]

[編集] 歴史

[編集] 年表

1801年出版の古地図
大正の市役所本館、手彩色絵葉書
戦国時代から天正期まで
江戸時代
明治期から第二次大戦まで
第二次大戦後

※行政区域の変遷は別記。

[編集] 事始め

[編集] 天領 長崎

  • イエズス会領から天領へ
大村純忠の領地であった長崎村は、1580年にはイエズス会領となり、1588年には豊臣秀吉の九州征伐により、秀吉の直轄領となった。その時、代官に任命されたのは、佐賀の鍋島直茂であり、4年後の1592年には後任として肥前国唐津(佐賀県唐津市)の寺沢広高長崎奉行となった。寺沢は関ヶ原の戦いにおいて東軍についたため、江戸時代に入ってからも引き続き長崎奉行を務めた。
  • 市中と郷
長崎奉行の管理下にあった天領としての長崎は、「市中」という内町・外町と、「郷」という農村部から成っていた。内町は、大村純忠が1571年に造った6町(島原町、大村町、外浦町、平戸町、横瀬浦町、文知町)をはじめとして、1593年までに本博多町、本興善町など23町が成立していた。外町は、材木町、本紺屋町、袋町、酒屋町などで、1597年に内町との町域を定めた。
ポルトガル等との貿易によって栄えた長崎は、町の区域が徐々に拡大していったが、その領地は幕府領と大村領に混在していたため、1605年に幕府領の一部と大村領の一部を交換し、円滑な支配が行えるようにした。
これにより「市中」と「郷」からなる天領長崎が確立したが、外町の町域はその後も拡大を続け、1672年には内町26町、外町51町とされ、両町合計77町になった。さらに、外町の出島町と遊郭のあった丸山町、寄合町の3町を加え、80町となった。1676年には外町の検地が行われ、これによって長崎の町域が決定した。1699年には、内町と外町の区分が解消されている。

長崎海防掛として大村藩九州長崎氏血族の中村喜八郎を組頭に近隣諸藩より長崎永代勤番耳役として長崎十人組を組織し幕末の1857年、外国人居留地を建設するために大村領戸町村が幕府に没収されたが、この時までは上記の体制が続いた。

※行政区域の変遷は別記。

[編集] 行政

[編集] 歴代市長

詳細は「長崎市長」を参照

[編集] 行政区域の変遷

グラバー園から市街を望む(2004/10/14)
  • 1889年4月1日 - 市制施行により、長崎市が発足する。同時に、町村制施行により、 西彼杵郡上長崎村・下長崎村・戸町村・淵村・浦上山里村・西浦上村・小ヶ倉村・土井首村・小榊村・福田村・深堀村・日見村・茂木町・式見村・矢上村・戸石村・古賀村・三重村・香焼村・伊王島村・高島村・野母村・脇岬村・樺島村・高浜村・為石村・川原村・蚊焼村・神浦村・黒崎村が発足する。
  • 1898年10月1日 - 上長崎村の一部・下長崎村・戸町村・淵村を編入する。
  • 1920年10月1日 - 上長崎村・浦上山里村を編入する。
  • 1938年4月1日 - 西浦上村・小ヶ倉村・土井首村・小榊村を編入する。
    • 1948年10月1日 - 高島村が町制を施行し、高島町となる。
  • 1950年4月1日 - 福田村の一部を編入する。
  • 1955年1月1日 - 福田村・深堀村を編入する。
  • 1955年2月1日 - 日見村を編入する。
    • 1955年2月11日 - 矢上村・戸石村・古賀村が合併(新設合併)し、東長崎町となる。為石村・川原村・蚊焼村が合併(新設合併)し、三和町となる。神浦村・黒崎村が合併(新設合併)し、外海村となる。
    • 1955年4月1日 - 野母村・脇岬村・樺島村・高浜村が合併(新設合併)し、野母崎町となる。このとき高浜村端島は高島町に編入する。
    • 1960年5月3日 - 外海村が町制を施行し、外海町となる。
    • 1961年11月3日 - 香焼村が町制を施行し、香焼町となる。
  • 1962年1月1日 - 茂木町・式見村を編入する。
    • 1962年5月20日 - 伊王島村が町制を施行し、伊王島町となる。
  • 1963年4月20日 - 東長崎町を編入する。
  • 1973年3月31日 - 三重村を編入する。
  • 1973年4月1日 - 時津町の一部を編入する。
  • 2005年1月4日 - 香焼町伊王島町高島町野母崎町三和町外海町を編入する。
  • 2006年1月4日 - 琴海町を編入する。


[編集] 国際

  • 中国領事館

[編集] 産業

工業造船業
三菱重工業長崎造船所三菱電機などの工場が集中。長崎が三菱の企業城下町とも言われる所以である。
観光業
鎖国時代から海外に開かれていたことから、異国情緒のある街として知られている。原爆の被害を受けていることから、平和学習を目的に修学旅行に訪れる学校も多い。
水産業
長崎港は、捕鯨東シナ海を漁場とする「以西底引き網」の基地「長崎漁港」としても繁栄してきた。1989年に市北西部の畝刈・三重地区に主な漁港機能を移転した。長崎漁港以外にも多くの漁港がある。
畜産業
西彼杵半島南部では肉牛・乳牛の養育も行われている。

[編集] 本社を置く主な企業

市役所通り。
企業が集中する県庁前。

[編集] 商業

長崎市の商業地区は大きく4つに分けられる。九州では福岡市に続き、熊本市と並ぶ市場の大きさである。

長崎港に隣接する大型複合商業施設、夢彩都。
  • 長崎市中心部

眼鏡橋などといった文化財が多く、また路面電車が走っているので移動は非常に便利である。長崎駅付近にはバスターミナルもある。 大規模アーケード商店街である浜町アーケードや夢彩都アミュプラザ長崎など大型複合商業施設が多い地区である。 高層建築物が多く、長崎港は開発が進みアジアからの日本の玄関口として賑わいを見せている。長崎県庁舎、長崎市庁舎も立地し商業の中心であり、長崎の政治の中心でもある。

  • 長崎市中部(浦上駅周辺)

この付近は、原爆落下中心部であり、原爆資料館や平和祈念公園がある。 地元バス会社が経営するみらい長崎ココウォーク(バスターミナルと合体している)が2008年にオープンし、 多くの観光客を迎える玄関口となった。 近くには長崎新聞社長崎文化放送など地元メディア局や、ブリックホールなどといった文化的施設も多い。

  • 住吉地区

長崎本線西浦上駅を出ると、2つの商店街、中園商店街とサンモール住吉がある。付近は再開発が進み高層マンションや商業施設が立ち並んでいる。 10月10日ー13日には、住吉くんちがあり、毎年のように賑わいを見せている。中心部からは比較的離れているが交通量は多い。路面電車の終点赤迫駅は住吉地区の隣りである。

  • 東長崎地区

大規模の町ではないがジャスコなど商業施設が存在する。 また列車はない。

近くに長崎自動車道やペンギン水族館がある。

  • ~主な大規模商業施設~
長崎西洋館
浜町アーケード
  • 夢彩都
  • アミュプラザ長崎
  • みらい長崎ココウォーク
  • チトセピア(住吉町・千歳町再開発の要として建てられたショッピングセンター。約50のテナントが入居する。)
  • 浜屋百貨店(浜の町アーケードに隣接する。地上8階建て。)
  • 長崎大丸(同じく浜の町アーケードに隣接する。)
  • 長崎玉屋(新大工地区に立地する。地上7階建て。)
  • 長崎西洋館(名前の通り西洋建築風の商業施設である。多くのイベントが開催される。)
  • ジャスコ東長崎店(東長崎地区最大のショッピングセンター。約30のテナントが入居する。)

[編集] 姉妹都市・友好都市

[編集] 学校

[編集] 大学

[編集] 短期大学

[編集] 高等学校

県立・市立
県立(閉校)
私立

[編集] 中学校

国公立(*印は小中併設校)


私立

[編集] 小学校

国公立(*印は小中併設校)


私立

[編集] 幼稚園

市立
私立
  • いなさ幼稚園
  • くるみ西幼稚園
  • 小江原ひかり幼稚園
  • 光華幼稚園
  • 聖マリア幼稚園
  • 第2ひかり幼稚園
  • 長崎南山幼稚園
  • ひかり幼稚園
  • 富士幼稚園
  • 双葉幼稚園
  • 宝珠幼稚園
  • 友愛社会館幼稚園
  • 百合幼稚園
  • ロザリオ幼稚園
  • あやめ東幼稚園
  • 皓台寺幼稚園
  • くるみ幼稚園
  • 諏訪幼稚園
  • 聖母の騎士幼稚園
  • 聖母の騎士東長崎幼稚園
  • 玉木幼稚園
  • 天童幼稚園
  • 長崎女子短期大学付属第一幼稚園
  • 長崎女子短期大学付属第二幼稚園
  • 日見幼稚園
  • 矢上幼稚園
  • レデンプト-ル幼稚園
  • うみのほし幼稚園
  • 大園幼稚園
  • くるみ北幼稚園
  • 小鳩幼稚園
  • 純心幼稚園
  • すみよし幼稚園
  • 聖アントニオ幼稚園
  • 長崎信愛幼稚園
  • 第二女の都幼稚園
  • 滑石中央幼稚園
  • みのりが丘幼稚園
  • みやま幼稚園
  • 女の都幼稚園
  • ルンビニー幼稚園
  • 大浦信愛幼稚園
  • おおとり幼稚園
  • 小ケ倉幼稚園
  • 三和幼稚園
  • さくら幼稚園
  • ダイヤランド青い鳥幼稚園
  • 野母崎幼稚園
  • 深掘幼稚園
  • 深掘純心幼稚園
  • 第二双葉幼稚園


[編集] 特別支援学校

[編集] 交通

国道206号上を走る路面電車(浦上駅前)
  • 最寄空港は大村市にある長崎空港
  • バスは県営(長崎県交通局)と、民間バス会社(長崎自動車)が運営。長崎市が運行するコミュニティバスが8系統ある(業務は長崎自動車、さいかい交通、富川運送に委託)。
  • 市内には路面電車長崎電気軌道)があり市民の足となっている。南北に線路が伸びており、市中心部と、北部の副都心、南部の観光地区(南山手など)を結んでいる。路面電車は、大部分は国道を走っており、浦上川沿いの一部区間などは路面電車専用線を走行する。
  • 駅前にはバス停・電停・バスターミナルがあり観光客が使用する。また近年では浦上地区に大きなバスターミナルができており、そちらのほうも賑わいを見せている。みらい長崎ココウォーク、長崎新地バスターミナル、長崎交通会館バスターミナルなど市内に3つある。
  • JRは長崎駅、浦上駅などが市内にはある。福岡―長崎間を結ぶ白いかもめ、県内の都市を結ぶキハ56、57系、シーサイドライナーなどの様々な列車が運行されている。
  • 道路はながさき出島道路、長崎バイパス、川平道路、長崎女神大橋道路など、多くの高速道路がある。

[編集] 鉄道

[編集] 高速道路

[編集] 自動車専用道路

[編集] 一般有料道路

[編集] 一般国道

[編集] 県道

主要地方道
一般県道

[編集] 高速バス

※下記各社の記事を参照。

[編集] 路線バス

[編集] 海運

[編集] 定期航路

[編集] 観光

[編集] 名所・旧跡

※以上の「史跡」「重要文化財」は国指定の史跡及び重要文化財を指す。

[編集] 祭り・年中行事

長崎市県庁坂を登る精霊船

[編集] 名産品

[編集] 長崎市を舞台にした作品

[編集] 歌劇

[編集] 小説

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] 漫画

[編集] アニメ

[編集] ゲーム

[編集] ご当地ソング

[編集] 出身有名人

[編集] その他

[編集] ご当地検定

[編集] コミュニティFM

[編集] 「長崎」が付く慣用語

  • 江戸の仇を長崎で討つ - 思わぬ場所で昔の恨みを晴らすこと。または、筋違いな内容で仕返しをすること。

[編集] 唱歌

1900年大和田建樹によって作詞された『鉄道唱歌』第2集山陽・九州編では、長崎はこの歌の終点の地となることもあって、5番を割いて歌っている。

  • 64.千代に八千代の末かけて 栄行く御代は長崎の 港にぎわう百千船(ももちぶね) 夜は舷灯の美しさ
  • 65.汽車よりおりて旅人の まず見にゆくは諏訪の山 寺町すぎて居留地に 入ればむかしぞ忍ばるる
  • 66.わが開港を導きし 阿蘭陀(オランダ)船のつどいたる みなとはここぞ長崎ぞ 長くわするな国民(くにたみ)よ
  • 67.前は海原はてもなく 外(と)つ国までもつづくらん あとは鉄道一すじに またたくひまよ青森も
  • 68.あしたは花の嵐山 ゆうべは月の筑紫潟 かしこも楽しここもよし いざ見てめぐれ汽車の友'

[編集] 発行物

  • 1949年8月9日、長崎国際文化都市建設記念の額面8円の切手が発行された

[編集] 脚注

  1. ^ 読売新聞社文化部『この歌この歌手〈上〉運命のドラマ120』社会思想社、1997年、211-212頁。ISBN 4390116010

[編集] 関連項目

原爆関係

その他

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

公式

観光

その他