宮崎市
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宮崎市(みやざきし)は、宮崎県のほぼ中央にある都市で同県の県庁所在地である。
中核市に指定されている。
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[編集] 地理
宮崎平野の南端に位置し、中央を大淀川が流れ、日向灘に注いでいる。南部が鰐塚山地の一部で山深い以外は、主に市街地となっている沖積平野と、洪積台地が大半を占める。
- 山:双石山(ぼろいしやま)、椿山、鰐塚山
- 河川:大淀川、清武川(きよたけがわ)、加江田川(かえだがわ)、一ツ瀬川
- 湖沼:津屋原沼(タンポリ)、大坪池ほか、かんがい用のため池が多数
- 東端:東経131度29分27秒
- 西端:東経131度19分26秒
- 北端:北緯32度00分45秒
- 南端:北緯31度43分04秒
[編集] 気候
年平均気温は18℃前後。年降水量はたいてい2,000mmを超えており、年によっては3,000mmを超えることもあるなど、極めて多い水準にある。また日照時間も年間2,000時間を割り込むことはほとんどない。平均気温・年降水量・年日照時間いずれも県庁所在地では第3位である。全体的に、九州以外の住人が一般的にイメージする「九州の気候」に最もよく当てはまる気候と言える。宮崎市の気象台では霜の観測はあるが、青島以南の沿岸部は無霜地帯である。
- 春
3月中旬から4月にかけてはすっきりしない天気が続く。天気は変わりやすく、低気圧が日本海を通過すると気温が上がり、フェーン現象で季節外れの高温になり、夏日や30℃近くまでになる。
- 夏
5月下旬から7月上旬にかけて梅雨となり、梅雨末期は特に大きな被害をもたらすことがある。盛夏は海の方向である東からの季節風のため九州の他都市と比較して気温は上がりにくく、福岡市とほぼ変わらない平均気温である。なお、都市化が顕著でないため熱帯夜も多くない。
- 秋
9月前半の残暑に続いて台風の襲来する季節となる。梅雨に匹敵する雨のシーズンで、台風がはるか南にある段階から湿った東風で強い雨が続くのは宮崎特有の現象。11月は爽やかな秋晴れとなる。
- 冬
西風の強い乾燥した晴れが多い。九州各地(鹿児島市など九州南部も含む)が雪に見舞われた時でも宮崎市のみは晴れている時が多い(九州山地の影響で雪雲が来ない)。冬の雪は、降雪そのもの観測しない年もあり、積雪は非常に稀で1961年以降で1cm以上の積雪を観測した回数は4回のみである。記録的な寒波に見舞われた2005年12月22日に1cmの積雪を観測したが、1cm以上の積雪は約19年ぶりで、12月の積雪は60年ぶりのことであった。日中は暖かい一方で、特に冬型が緩んだ翌朝は放射冷却で最低気温が氷点下になることがある。春が近い晩冬では曇りや雨が目立ってくる。
[編集] 市街地
南の古くからの市街地で城ヶ崎(じょうがさき)と隣接する中村と、北の小さな街の花ヶ島(はながしま)・江平(えひら)が、その中間に位置する県庁の置かれた上別府村の市街化によって繋がり、南北に細長い連続した市街地となった。この最初の市域を核として市街地が拡大した。さらに1960年代からは平和が丘を皮切りに市街地を弧状に取り囲むようにニュータウンが次々と開発され、人口増加の受け皿となった。現在、市街地は実質的に清武町の加納(かのう)地区と一体化している。
[編集] 隣接している自治体
[編集] 歴史
室町時代の1551年(天文20年)、太田七郎左衛門忠延が大淀川の右岸の河口付近にある城ヶ崎という地域に町を開いた。この城ヶ崎は赤江港を控えた商人の町として上方との交易が行われ、俳句などの町人文化が発達し、江戸時代が終わるまで繁栄した。それ以外の地域は農村であり、各藩の飛び地や天領が複雑に入り組んだ辺境の地であった。
明治時代に美々津(みみつ)県と都城(みやこのじょう)県の合併で宮崎県が誕生し、その後合併され鹿児島県となった。しかし、1877年(明治10年)の西南戦争が勃発して薩摩士族の西郷隆盛一派が敗れると、分県運動が起こり鹿児島県と宮崎県に分割され、また、同時に政策で主に四国から移住してきた人たちが現在の繁華街の基礎を造り、県庁が置かれると急速に発展し始めた。
[編集] 近現代
- 1873年1月15日 美々津県・都城県が合併し宮崎県が発足。県庁が現在の地(当時の宮崎郡上別府村)に置かれた
- 1876年8月21日 宮崎県が鹿児島県に合併される
- 1883年5月9日 鹿児島県と宮崎県に分割され再置県が行なわれる。
- 1889年5月1日 町村制施行により現在の市域となる次の町村が発足
- 1896年4月1日 佐土原村が町制施行(同時に北那珂郡は宮崎郡に編入)
- 1916年2月11日 大淀村が町制施行
- 1920年4月1日 高岡村が町制施行
- 1924年4月1日 宮崎町・大淀町・大宮村が合体し、市制施行
- 1926年4月1日 赤江村が町制施行
- 1932年4月20日 檍村を編入
- 1943年4月1日 赤江町を編入
- 1950年5月3日 田野村が町制施行
- 1951年3月25日 瓜生野村・木花村・青島村・倉岡村を編入
- 1951年4月1日 広瀬村が町制施行
- 1955年3月10日 高岡町が西諸県郡野尻町大字紙屋の瀬越地区を編入
- 1955年4月1日 佐土原町・那珂村が合体し佐土原町に
- 1955年4月1日 高岡町・穆佐村が合併し高岡町に
- 1957年10月1日 住吉村を編入
- 1958年4月1日 佐土原町・広瀬町が合体し佐土原町に
- 1963年4月1日 生目村を編入
- 1998年4月1日 中核市に指定される
- 2005年2月18日 佐土原町が児湯郡新富町大字下富田の二ツ立地区を編入
- 2006年1月1日 田野町・佐土原町・高岡町を編入
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
| 1 | 大迫元繁 | 1924年8月28日 | 1927年10月21日 |
| 2・3 | 川越壮介 | 1927年12月20日 | 1935年2月26日 |
| 4 | 柿原政一郎 | 1935年7月11日 | 1937年6月7日 |
| 5 | 根井久吾 | 1937年6月7日 | 1940年12月29日 |
| 6 | 青木善祐 | 1941年1月21日 | 1945年1月20日 |
| 7 | 和田一次 | 1945年2月2日 | 1945年6月27日 |
| 8 | 萱嶋高 | 1945年6月29日 | 1945年12月8日 |
| 9 | 二見甚郷 | 1945年12月10日 | 1947年3月26日 |
| 10 - 11 | 荒川岩吉 | 1947年4月6日 | 1955年4月22日 |
| 12 - 14 | 有馬美利 | 1955年4月30日 | 1966年7月4日 |
| 15 - 17 | 清山芳雄 | 1966年8月21日 | 1978年8月20日 |
| 18 | 中村隆則 | 1978年8月21日 | 1982年8月20日 |
| 19 - 21 | 長友貞藏 | 1982年8月21日 | 1994年1月10日 |
| 22 - 25 | 津村重光 | 1994年2月6日 | (現職) |
[編集] 行政機構
- 市長事務部局
- 議会 - 事務局
- 選挙管理委員会 - 事務局
- 監査委員 - 事務局
- 農業委員会 - 事務局
- 公平委員会
- 教育委員会 - 教育局
- 上下水道事業管理者 - 上下水道局 - 管理部、事業部
- 消防長 - 消防局
[編集] 議会
- 議長:日高義幸(2007年7月11日時点)
- 定数:46人
- 会派構成:市政同志会 - 11人、政新会 - 8人、公明党 - 6人、市民クラブ - 5人、政友会 - 5人、社民党 - 4人、日本共産党 - 3人、市政みやざき - 1人、眞政会 - 1人、地域力ネットワーク - 1人、広sei海 - 1人。
[編集] 広域行政
宮崎東諸県広域市町村圏協議会
- 宮崎市消防局(宮崎市・清武町・国富町・綾町)
- 宮崎北消防署 - 大淀川以北
- 宮崎南消防署 - 大淀川以南
- 宮崎公立大学事務組合(宮崎公立大学)
- 宮崎市夜間急病センター
- 宮崎市総合発達支援センター - 全県で評判の様々な障害を持った幼児のための医療・養育施設
- 宮崎市葬祭センター
[編集] 警察
[編集] 市町村合併
2006年1月1日に田野町・佐土原町・高岡町を編入し、各町には編入と同時に合併特例区が設置された。合併特例区は5年後地域自治区に移行する。またそれ以外の地域でも2006年1月1日から、旧町村あるいは中学校の校区を基本にして地域自治区が設置された。
- 合併特例区
- 地域自治区
[編集] 国の行政機関
- 地方整備局 宮崎河川国道事務所
- 地方整備局 宮崎港湾・空港整備事務所
[編集] 裁判所
[編集] 経済
[編集] 産業
[編集] 第一次産業
赤江、木花、住吉、瓜生野地区を中心にトマト・ピーマン・キュウリをはじめとする促成栽培が盛ん。マンゴーも名物の一つになっている。青島地区では漁業が中心。
[編集] 第二次産業
宮崎東諸地域は宮崎SUNテクノポリス圏域に指定されているものの、メインは清武町・国富町・旧佐土原町で、印刷業を除き宮崎市においては大規模な工業は行われていない。産業構成は第二次産業の占める割合が極端に小さいのが特徴。
[編集] 第三次産業
市と周辺地域による小売業とともに、大都市からの交通の便が悪いことから卸売業も発達している。また観光都市であるためにサービス業も大きなウエイトを占める。近年は情報産業を積極的に誘致している。
[編集] 主な商業施設
- ボンベルタ橘
- 宮崎山形屋
- カリーノ宮崎(旧寿屋宮崎店)
- レマンショッピングセンター(イズミヤ宮崎店)
- イズミヤ唯一の九州の店舗で且つ最南端の店舗である。関連企業のホテル「宮崎レマンホテル」が隣接している。
- 宮交シティ
- 元々は店名にある様に宮崎交通の関連企業であったが、同社保有の株式を売却した現在も店名はそのままである。
- ダイエー宮崎店
- イオンモール宮崎(ジャスコ宮崎店)
- MRT micc(宮崎放送内)
- ギャゼット
[編集] 産業人口(2005年国勢調査)
[編集] 市内に本社のある主な企業
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国内
[編集] 海外
[編集] 地域
[編集] 人口
| 宮崎市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 宮崎市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は宮崎市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 健康
- 平均年齢(2000年国勢調査) - 40.1歳
[編集] 教育
宮崎学園都市開発整備事業により、宮崎大学は附属幼・小・中を除き1984年~1988年にかけて霧島・船塚の旧キャンパスから順次市南部の木花台に移転した。木花から清武町にかけては高等教育機関が集中し新しい文教地区が形成されている。宮崎大学の旧キャンパスには宮崎県立図書館、宮崎県立美術館、宮崎県立芸術劇場(以上旧農学部跡地・宮崎県総合文化公園)、宮崎公立大学(旧教育学部跡地)・南九州大学宮崎キャンパス(旧農学部跡地)が新たに立地し、こちらも伝統をつぐ文教地区として恥じぬものとなった。
中等教育については、2003年から県立高校の普通科の合同選抜が廃止され、市内の普通科高校を自由に志望することが可能となった。伝統的に公立高校が強い風土であるが、県内の私立の中高一貫校の台頭や県外の有名私立高校へ頭脳の流出が続いており、その対策として2007年宮崎県立宮崎西高等学校に付属中学を併設した。
[編集] 大学・短期大学
[編集] 高等学校
- 公立
- 宮崎県立宮崎大宮高等学校
- 宮崎県立宮崎南高等学校
- 宮崎県立宮崎西高等学校
- 宮崎県立宮崎北高等学校
- 宮崎県立宮崎東高等学校
- 宮崎県立宮崎工業高等学校
- 宮崎県立宮崎農業高等学校
- 宮崎県立宮崎商業高等学校
- 宮崎県立宮崎海洋高等学校
- 宮崎県立佐土原高等学校
- 私立
[編集] 専門学校・専修学校
[編集] 中学校
- 国立
- 県立
- 市立
- 私立
[編集] 小学校
46校
[編集] 学校教育以外の教育訓練施設
- 航空大学校(独立行政法人)
[編集] 社会教育
- 文化施設
- 体育施設
- 宮崎県総合運動公園
- 宮崎県総合運動公園硬式野球場(サンマリンスタジアム宮崎)
- 宮崎県総合運動公園第二硬式野球場(ひむかスタジアム)
- 宮崎市生目の杜運動公園
- 宮崎市生目の杜運動公園野球場(アイビースタジアム)
- 宮崎市立体育館
- 総合体育館、北部記念体育館、南部記念体育館、広原体育館、緑松体育館
[編集] 交通
[編集] 空港
- 宮崎空港(市街地に近い上、地方空港には珍しくJRの駅が併設されているためアクセスが非常によい。陸路が発達していないため、路線・便数とも豊富であり、全日空、日本航空、日本エアコミューター、スカイネットアジア航空、オリエンタルエアブリッジ、アシアナ航空、エバー航空が就航している。)
[編集] 鉄道
- 九州旅客鉄道(JR九州)
- 中心となる駅:宮崎駅
- 隣接市町村への連絡:新富町・清武町・三股町・都城市 - 日豊本線、日南市 - 日南線
- 都道府県庁への連絡:宮崎駅よりバスで10分
- 広範囲な連絡:日豊本線
[編集] バス
[編集] 路線バス
宮崎交通が市内および近隣市町村の路線バスを一手に受け持っている。かつてはJR九州バスの路線があったが現在では廃止され、宮崎交通に譲渡されている。
[編集] 高速バス
- 廃止した路線
[編集] 道路
市の道路網の特徴として、大淀川が市街地を分断する形で流れており、交通路が限られてしまうため、その橋の周辺では渋滞が頻繁に発生する。特に大淀川を渡って市街地に入り込む市街地を通過するだけの交通を減少させるべく、内環状線と外環状線が整備中である。
- 宮崎東環状道路(一ツ葉道路・本郷北方IC、田吉IC、赤江IC、シーガイアIC、住吉IC - 国道219号広瀬バイパス - 国道219号春田バイパス)
- 宮崎環状道路(宮崎県道9号宮崎西環状線~国道10号住吉道路)
- 宮崎県道9号宮崎西環状線
- 宮崎県道10号宮崎インター佐土原線(一部は宮崎東環状道路)
- 宮崎県道11号宮崎島之内線
- 宮崎県道13号高岡郡司分線
- 宮崎県道14号佐土原国富線
- 宮崎県道17号南俣宮崎線
- 宮崎県道24号高鍋高岡線
- 宮崎県道25号宮崎停車場線
- 宮崎県道26号宮崎須木線
- 宮崎県道27号宮崎北郷線
- 宮崎県道28号日南高岡線
- 宮崎県道44号宮崎高鍋線
- 宮崎県道52号宮崎空港線
[編集] 港
[編集] 航路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 名所・旧跡・観光スポット
- 祭事・催事
- 名物
[編集] 宮崎市を舞台にした作品
- たまゆら(1965年) - NHKの連続テレビ小説、川端康成作
- フェニックス・ハネムーン(1967年) - 作詞:永六輔、作曲:いずみたく、歌:デューク・エイセス
- 死都日本(2002年) - 小説。2008年には『カグツチ』のタイトルで漫画化。ともに宮崎市在住の主人公が霧島噴火から逃れる(宮崎市は火砕流により壊滅)
- 西部警察 SPECIAL(2003年撮影、2004年放送) - 渡哲也、舘ひろし主演
- わかば(2004年) - NHKの連続テレビ小説(主な舞台は日南市)
- ウェディング(2005年) - 韓国ドラマ、リュ・シウォン主演
[編集] 宮崎市出身の有名人
[編集] 芸能
- 浅香唯(歌手、タレント)
- 蛯原友里(ファッションモデル、女優)※旧・佐土原町出身
- 大森隆志(元・サザンオールスターズ)
- 川添智久(ミュージシャン、元LINDBERG)
- 小渕健太郎(ミュージシャン、コブクロ)
- サエコ(アイドル、女優)
- 堺雅人(俳優)
- 谷道夫(音楽家・デューク・エイセス)
- とろサーモン(お笑いコンビ)
- 松田弘(ミュージシャン・サザンオールスターズ)
- 紅美(歌手・SEED)
- ドリーミング(歌手・デュオ)
- あかぎあい(タレント、歌手)
- 山口喬司(演出家、俳優)
- なすじん(音楽家、マルチプレイヤー)
[編集] スポーツ
- 池田親興(プロ野球解説者、元プロ野球選手)
- 加藤哲郎(プロ野球、元プロ野球選手)※旧・佐土原町出身
- 井上康生(柔道選手)
- 大山志保(プロゴルファー)
- 小川亨(文化放送プロ野球解説者、元近鉄バファローズ)
- 赤川克紀(プロ野球選手、東京ヤクルトスワローズ)
- 甲斐雅人(プロ野球選手、広島東洋カープ)
- 木村拓也(プロ野球選手、読売ジャイアンツ)※旧・田野町出身
- 武上四郎(元ヤクルトスワローズ選手、監督)
- 寺原隼人(プロ野球選手、横浜ベイスターズ)
- 下園辰哉(プロ野球選手、横浜ベイスターズ)※旧・佐土原町出身
- 川崎雄介(プロ野球選手、千葉ロッテマリーンズ)
- 戸高秀樹(ボクシング選手、元WBA世界スーパーフライ級チャンピオン)
- 増田誓志(サッカー選手、鹿島アントラーズ、U22日本代表)
- 興梠慎三(サッカー選手、鹿島アントラーズ、U22日本代表)
- 伊野波雅彦(サッカー選手、鹿島アントラーズ、U22日本代表)
- 入船和真(元サッカー選手)
- 水谷実雄(阪神タイガース二軍打撃コーチ、元プロ野球選手)
- 村社講平(元陸上オリンピック選手)
- 江口理代(バレーボール選手)
[編集] その他
- 伊藤一彦 - 歌人
- 瑛九 - 画家
- 太田祐輔 - 九州朝日放送アナウンサー
- 清武英利 - 読売巨人軍取締役球団代表
- 黒木博 - 元宮崎県知事
- 高木兼寛 - 日本初の医学博士、海軍軍医大監、東京慈恵会医科大学創設者、旧高岡町出身
- 田代剛 - 宮崎放送アナウンサー
- 中村地平 - 作家
- 日高孝次 - 海洋物理学者(旧広瀬町出身)
- 花田景子 - 元フジテレビアナウンサー・貴乃花夫人
- 松尾由美子 - テレビ朝日アナウンサー
- 宮崎宣子 - 日本テレビアナウンサー
- 中西可奈 - 鹿児島放送アナウンサー
- 山崎哲 - 劇作家
- 三浦功将 - 福島中央テレビアナウンサー
- 下登彩 - 宮崎放送アナウンサー
- 山田昇 - ヤマダ電機代表取締役会長(旧佐土原町出身)
[編集] 宮崎市在住の有名人
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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