甲府市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
こうふし
甲府市
Kofu montage.jpg
甲府市旗 甲府市章
甲府市旗 甲府市章
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
関東地方
都道府県 山梨県
団体コード 19201-5
面積 212.41km²
総人口 194,063
推計人口、2014年10月1日)
人口密度 914人/km²
隣接自治体 甲斐市山梨市笛吹市北杜市中央市
中巨摩郡昭和町南都留郡富士河口湖町
西八代郡市川三郷町南巨摩郡身延町
長野県南佐久郡川上村
市の木 カシ
市の花 ナデシコ
市の鳥 カワセミ
甲府市役所
所在地 400-8585
山梨県甲府市丸の内1丁目18番1号
北緯35度39分43.7秒東経138度34分5.6秒
甲府市役所
外部リンク 甲府市ホームページ

甲府市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

甲府市(こうふし)は、山梨県中部に位置する都市で同県の県庁所在地特例市

概要[編集]

甲府城より北側を撮影
甲府城より北側を撮影
甲府城より南側を撮影
甲府城より南側を撮影

市域は山梨県の中央を南北に三日月形に縦断しており、市街中心部は甲府盆地の中央北寄りに位置する。山梨県は首都圏整備法上の首都圏に属するであり、その位置関係から東の関東地方への志向性が強い。

2000年平成12年)11月1日特例市に指定された。近年では、宝石研磨産業が盛んである。

甲府という名称は、1519年永正16年)に武田信虎が居館を石和(現在の笛吹市石和町)、次いで川田(現在の甲府市川田町)から躑躅ヶ崎館(現在の武田神社・甲府市古府中町)へ移した際に、斐国という意味から甲府と命名したことに始まる。戦国時代には大名領国を形成した武田氏の本拠地となり、武田氏滅亡後は徳川氏や豊臣系大名浅野氏の甲斐国経営の中心となり、国中地域や甲斐国の政治的中心地と位置付けられる。江戸時代には江戸の西方の守りの要として重要視され、また甲州街道宿場町としても盛えた。

地理[編集]

市域は甲府盆地の中央部を南北に縦断する形で位置しており、周囲を奥秩父山塊御坂山地南アルプスなどの山々に360度囲まれたその地形を1939年昭和14年)の一時期、市内に住んだ太宰治は、著書「新樹の言葉」の中で、「シルクハツトを倒(さか)さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない」と表現した[1]。市街中心部の標高は約250mから300mであるが、市域全体の標高差は大きく、最低部は市域南部の笛吹川付近の標高約245m、最高部は市域最北端、長野県川上村との境界にある金峰山の標高2,599mと実に標高差は2,350mに達する。市域北側の大半は秩父多摩甲斐国立公園に属し、奇岩と渓谷美で知られる御岳昇仙峡(国の特別名勝)は山梨県を代表する観光地である。

[編集]

愛宕山より甲府市街と南アルプスを望む。2012年11月撮影。

河川[編集]

湖沼[編集]

景勝地[編集]

愛宕山から甲府市を望む。左端が東で右端が西。撮影地点の愛宕山は奥秩父山塊の南端に位置する。御坂山地越しに富士山、西側には南アルプスがそびえ、360度山地に囲まれている。2013年11月撮影。

広袤(こうぼう)[編集]

甲府市中心部周辺の空中写真。1975年撮影の28枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

国土地理院地理情報によると甲府市の東西南北それぞれの端は以下の位置。

北端と東端は大弛峠のすぐ近く、南端は女坂峠の近く、西端は甲斐市立敷島北小学校の北にある、荒川の右岸。

また、2010年国勢調査基準による人口重心は相生‎3丁目付近にある。

  北端
北緯35度52分33秒 東経138度39分28秒 / 北緯35.87583度 東経138.65778度 / 35.87583; 138.65778 (甲府市最北端)
人口重心
北緯35度39分14.09秒 東経138度34分4.32秒 / 北緯35.6539139度 東経138.5678667度 / 35.6539139; 138.5678667 (甲府市人口重心)
西端
北緯35度41分50秒 東経138度31分25秒 / 北緯35.69722度 東経138.52361度 / 35.69722; 138.52361 (甲府市最西端)
市役所
北緯35度39分21秒 東経138度34分02秒 / 北緯35.65583度 東経138.56722度 / 35.65583; 138.56722 (甲府市役所)
東端
北緯35度52分23秒 東経138度39分40秒 / 北緯35.87306度 東経138.66111度 / 35.87306; 138.66111 (甲府市最東端)
 
南端
北緯35度30分07秒 東経138度37分01秒 / 北緯35.50194度 東経138.61694度 / 35.50194; 138.61694 (甲府市最南端)
 

気候[編集]

甲府
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
40
 
9
-2
 
 
46
 
10
-1
 
 
88
 
14
3
 
 
78
 
20
8
 
 
86
 
25
13
 
 
123
 
27
18
 
 
133
 
31
22
 
 
150
 
33
23
 
 
180
 
28
19
 
 
125
 
22
12
 
 
55
 
16
6
 
 
32
 
11
-0
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁

盆地の中に位置するため夏と冬で寒暖の差が非常に激しく、夏は暑く、冬は寒い。年間降水量は日本の中では少ない方である。 気候は中央高地式気候に区分されるが、夏季には日本有数の酷暑となり、たびたび猛暑日に見舞われる。最高気温がニュースになることも少なくない。2013年平成25年)8月10日甲府地方気象台で観測された40.7℃は日本の気象観測史上、日最高気温歴代5位である[2]。しかし、日中は暑いが、朝晩は気温が下がり熱帯夜になる日は少ない。

一方冬季は厳しい冷え込みとなり、同気象台で1921年大正10年)1月16日に観測された氷点下19.5℃が甲府での最低気温であるが、近年は温暖化・都市化により冬季の最低気温は上昇傾向が続き、氷点下10度以下は1986年1月7日の氷点下10.0℃を最後に観測されていない。周囲の高い山脈が北方からの寒気の流入を防ぐことから、冬型降雪は少なく、日中は日照時間も多いために比較的気温が上がり温暖である。真冬日はほとんど観測されない。基本的に雪は少なく、冬型での降雪はほとんどない一方、南岸低気圧による大雪となることはあり、1998年1月15日には1894年から観測史上最深となる49cm、さらに2014年2月15日には最深積雪を大幅に更新する114cmの豪雪(これは1981年五六豪雪で記録した山形市の113cmを上回る記録)に見舞われた。

甲府(1981-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 20.2
(68.4)
25.4
(77.7)
28.8
(83.8)
33.1
(91.6)
34.3
(93.7)
38.1
(100.6)
40.4
(104.7)
40.7
(105.3)
38.0
(100.4)
33.8
(92.8)
29.6
(85.3)
24.9
(76.8)
40.4
(104.7)
平均最高気温 °C (°F) 8.8
(47.8)
10.3
(50.5)
14.2
(57.6)
20.4
(68.7)
24.6
(76.3)
27.3
(81.1)
30.9
(87.6)
32.5
(90.5)
28.0
(82.4)
21.9
(71.4)
16.4
(61.5)
11.2
(52.2)
20.5
(68.9)
日平均気温 °C (°F) 2.8
(37)
4.3
(39.7)
8.0
(46.4)
13.8
(56.8)
18.3
(64.9)
21.9
(71.4)
25.5
(77.9)
26.6
(79.9)
22.8
(73)
16.5
(61.7)
10.4
(50.7)
5.0
(41)
14.7
(58.5)
平均最低気温 °C (°F) −2.4
(27.7)
−1.0
(30.2)
2.7
(36.9)
8.3
(46.9)
13.3
(55.9)
17.9
(64.2)
21.8
(71.2)
22.8
(73)
19.1
(66.4)
12.3
(54.1)
5.5
(41.9)
−0.2
(31.6)
10.0
(50)
最低気温記録 °C (°F) −19.5
(−3.1)
−17.2
(1)
−11.4
(11.5)
−4.6
(23.7)
−0.6
(30.9)
5.4
(41.7)
12.6
(54.7)
13.2
(55.8)
6.0
(42.8)
−1.8
(28.8)
−6.0
(21.2)
−11.7
(10.9)
−19.5
(−3.1)
降水量 mm (inch) 40.2
(1.583)
46.1
(1.815)
87.9
(3.461)
77.7
(3.059)
86.3
(3.398)
122.5
(4.823)
132.6
(5.22)
149.6
(5.89)
180.3
(7.098)
125.2
(4.929)
54.9
(2.161)
32.1
(1.264)
1,135.2
(44.693)
降雪量 cm (inch) 13
(5.1)
10
(3.9)
4
(1.6)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
1
(0.4)
29
(11.4)
平均月間日照時間 204.8 189.9 198.7 202.0 196.3 148.9 164.1 197.3 142.2 160.9 176.6 201.3 2,183
出典 1: 気象庁[3]
出典 2: 気象庁[4]
甲府(甲府地方気象台)1961 - 1990年平均の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 8.4
(47.1)
9.6
(49.3)
13.5
(56.3)
19.8
(67.6)
24.2
(75.6)
26.6
(79.9)
30.1
(86.2)
31.7
(89.1)
27.0
(80.6)
21.1
(70)
16.0
(60.8)
10.7
(51.3)
19.9
(67.8)
日平均気温 °C (°F) 2.0
(35.6)
3.4
(38.1)
7.0
(44.6)
13.3
(55.9)
17.8
(64)
21.3
(70.3)
24.8
(76.6)
25.9
(78.6)
21.9
(71.4)
15.5
(59.9)
9.8
(49.6)
4.1
(39.4)
13.9
(57)
平均最低気温 °C (°F) −3.5
(25.7)
−2.0
(28.4)
1.4
(34.5)
7.8
(46)
12.3
(54.1)
17.2
(63)
21.3
(70.3)
22.0
(71.6)
18.1
(64.6)
11.0
(51.8)
4.5
(40.1)
−1.4
(29.5)
9.1
(48.4)
出典: 理科年表

歴史[編集]

先史時代の甲府市域[編集]

加牟那塚古墳

市域に旧石器時代の遺跡は見られないが[注釈 1]、相川河床からは県内で二例目となるナウマンゾウの臼歯化石が発見されている。

縄文時代の遺跡は荒川上流域にあたる市域北部の山間地域から中部の沖積低地にかけて散在し、同じく山間地である早川流域や芦川流域と共通した特徴を持つ。県内において縄文遺跡は早期から盆地南部の曽根丘陵(旧中道町域)や八ヶ岳山麓など山麓、丘陵地域を中心に分布しており、丘陵地形の未発達な市域では縄文遺跡は少ないが、市域北部では早期からの遺跡や遺物が見られる。

南部低地への本格的な定住は弥生以降であると考えられているが、中期の高町遺跡はこの時期に特徴的な集落遺跡で、祭祀遺構や遺物、墓域などが見られず短期間に存続した小規模な集落遺跡が分布する特徴を持つことから、南部低地へ進出した勢力の拠点集落であると考えられている。南部低地は長年の洪水による土砂の堆積や市街化により遺跡分布の把握が不十分であるが、微高地上に立地する上石田の上石田遺跡は安定した定住痕跡が見られ、漁業に用いられた土錘なども出土している。

弥生時代の遺跡は隣接する甲斐市南部(旧敷島町域)にある弥生中期から後期の金の尾遺跡が県内ではじめて発見された大規模弥生集落として知られるが、市域では把握が不十分であるものの弥生時代の遺構には乏しく断片的に発見されている遺物が中心となっている。県内では弥生前期から弥生文化の伝来があり、市域では荒川扇状地の榎田遺跡が弥生後期の集落遺跡として知られ、住居跡や方形周溝墓などが検出されている。遺物は自然堤防や微高地上に分布し、東海系や北陸系などの様々な特色をもった土器が発見されていることから複数経路で導入されたと考えられている。水田跡などは検出されていないが、増坪遺跡から炭化米が発見されている。

甲府盆地における古墳文化の流入は東海地方経由での波及が考えられており、弥生以来の方形周溝墓群などが分布する盆地南部の曽根丘陵において定着した。古墳の築造は4世紀にはじまり曽根丘陵では有力首長層の古墳が出現し、4世紀後半には畿内のヤマト王権の影響を受けた前方後円墳である甲斐銚子塚古墳を最大に古墳中期まで栄えた中道勢力が台頭する。5世紀代に中道勢力が衰退すると古墳の築造は盆地各地へ広まり被葬者層も拡大し、6世紀代には市域を含む盆地北部など各地で中小規模の古墳が築造され、横穴式石室も出現する。

市域を含む盆地北部では出土遺物の特徴として、弥生以来の中央高地特有の土器と東海地方特有のS字かめの混在状態が見られ、市域東部の和田町・川田町では4世紀中半代の方形周溝墓が分布する桜井畑遺跡があるが、前期古墳は和戸町に所在していたという琵琶塚古墳が消滅しているが銅鏡の出土した前方後円墳である可能性が考えられている程度で、本格的な古墳の出現は古墳後期にはじまる。

6世紀には湯村の万寿森古墳笛吹市八代町の荘塚古墳とともに盆地最古の横穴式石室を持つ円墳として知られ、市域東部の里垣・甲運地区や西部の湯村・千塚など山麓地域を中心に中小規模の古墳が分布する群集墳が出現する。この頃には盆地北西部において甲斐市の赤坂台古墳群など盆地北西部勢力が台頭するが、市域の加牟那塚古墳はこの盟主墳と考えられており、6世紀後半代の甲府盆地では盆地北西部勢力と笛吹市八代町の姥塚古墳を盟主墳とする八代勢力の対立構造が想定されている。盆地北部において活動した渡来人に関連する遺跡が分布しているが、市域では横根町から桜井町にけての横根・桜井積石塚古墳群が渡来人が群集墳であると考えられている。

古代の甲府市域[編集]

酒折宮

律令制下には巨麻郡山梨郡に属する。古代甲斐国の有力豪族は早くから畿内王権と関わりをもち、甲府盆地東部では仏教文化を導入し、寺本廃寺(笛吹市、旧春日居町)など古代寺院が建立されているが、甲府市域には川田町の川田瓦窯跡や桜井町の上土器遺跡など近隣の森林資源を活かした土器や瓦を生産していた施設があり、甲斐国分寺をはじめ盆地東部の古代寺院へ屋根瓦が供給されていたと考えられている。

また、市域にも和戸町の桜井畑遺跡には8~9世紀の小規模寺院跡が発見されており、盆地西部へも仏教文化が浸透していた。また、霊山として知られる市域北端の金峰山には山岳信仰を示す信仰遺跡があり、平安時代中期には末法思想の影響から上積翠寺町の一の森山頂などで経塚造営が行われた。

中世の甲府市域と武田城下町の成立[編集]

平安時代後期には常陸国から配流された源清光の子孫が甲斐盆地各地に進出し、その一族は甲斐源氏として発展する。市域では板垣郷に拠った板垣氏や一条郷に拠った甲斐一条氏、飯田氏、塩辺氏、小松氏らが勢力基盤とした。一条氏や板垣氏ら甲斐源氏の一族が治承4年(1180年)には源頼朝の挙兵に呼応して活躍するが、頼朝によって排斥されて勢力は衰亡する。

また、平安後期には盆地各地で荘園が成立し、市域南部の稲積荘には加賀美氏小笠原氏らが進出する。中世には市域南部の低湿地の開発が進んだ。

戦国時代には甲斐一国ら乱国状態となるが、守護武田氏による国内統一が進められ、武田信昌は市域東部に川田館を構え、石和市部宿と複合城下町を形成した。

永正16年(1519年)には武田信虎が古府中に躑躅ケ崎館を築き、家臣団を集住させて新たに城下町が形成された。古府中は信虎・晴信(信玄)・勝頼と3代にわたり、戦国大名化した武田氏の領国支配の本拠地となる。天正9年(1581年)には武田勝頼が韮崎に新府城を築き府中を移転させるが、武田滅亡により新たな城下町の建設は行われず、織田氏徳川氏の統治時代にも府中として機能した。

甲府城下町と近世の市域[編集]

歌川広重 不二三十六景より
甲斐八景とも呼ばれた夢山(夢見山)よりみた富士山や甲府城が描かれている

一条小山の甲府城築城は徳川氏の関東転封に伴い、豊臣氏の大名である加藤氏浅野氏等に引き継がれる。甲府城は慶長5年(1600年)に完成し、城下町も建設されて新府中(下府中)が形成され、内郭部には武家が集住し、外郭部には町人地となる。古府中(上府中、元府中)には商人町や職人町となる。甲府城下町は上府中26町、下府中23町で構成され、中心は人口の集中する下府中であった。町政は町奉行のもと、町人を代評する町年寄にあたる検断が町政運営を担い、各町を代表する長人(名主)がその指揮に従った。

江戸時代には徳川家康の9男徳川義直徳川家光の弟の徳川忠長、家光の三男の徳川綱重、六代将軍となる徳川家宣等徳川氏の一族が領主となった。例外として五代将軍徳川綱吉側用人である柳沢吉保吉里父子が領主となった。甲府は各支配者により整備され城下町として発展するが、享保9年に将軍吉宗の主導する享保の改革の一環として甲斐一国の幕府直轄領化が実施され、甲府勤番城の守護と城下の政務を担うと、武家人口の低下や在方経済の伸長の影響を受けて、江戸中期には甲府の人口は減少している。

近世後期には城下の大通りを幕絵で飾る甲府道祖神祭礼が開始され、歌川広重をはじめとする人気浮世絵師が幕絵を手がけた。

近現代の市域[編集]

甲府市の夜景千代田湖方面より望む。(2010年1月)

明治には初代公選知事として赴任した藤村紫朗が、殖産興業と並行して甲府市街の開発を行い、勧業製糸場をはじめ「藤村式建築」と呼ばれる擬洋風建築で統一された諸施設が整備された。

1945年(昭和20年)7月7日には甲府空襲たなばた空襲)に見舞われたが、戦後には市域へも工業団地の造成が進み、高度経済成長期には機械工業都市としても発展する。また、交通機関の整備により観光が主要産業となり、自然や歴史的資源など観光資源に着目した町づくりを行っている。

沿革[編集]

地域[編集]

地名[編集]

中央
  • 武田一 - 三丁目
  • 美咲一 - 二丁目
  • 朝日一 - 五丁目
  • 城東一 - 五丁目
  • 朝気一 - 三丁目
  • 青沼一 - 三丁目
  • 寿町
  • 若松町
  • 太田町
  • 幸町
  • 湯田一 - 二丁目
  • 南口町
  • 伊勢一 - 四丁目
東部(酒折・和戸・住吉)
  • 東光寺一 - 三丁目
  • 東光寺町
  • 善光寺一 - 三丁目
  • 善光寺町
  • 酒折一 - 三丁目
  • 酒折町
  • 砂田町
  • 里吉一 - 四丁目
  • 里吉町
  • 青葉町
  • 住吉一 - 五丁目
  • 住吉本町
  • 増坪町
  • 蓬沢一丁目
  • 蓬沢町
  • 国玉町
  • 西高橋町
  • 七沢町
  • 上阿原町
  • 向町
  • 横根町
  • 和戸町
  • 桜井町
  • 川田町
南部(小瀬・大里・旧中道/上九一色)
  • 上町
  • 小瀬町
  • 下鍛冶屋町
  • 西油川町
  • 小曲町
  • 落合町
  • 中町
  • 中小河原一丁目
  • 中小河原町
  • 下今井町
  • 上今井町
  • 東下条町
  • 西下条町
  • 大里町
  • 高室町
  • 宮原町
  • 堀之内町
  • 大津町
  • 白井町
  • 上曽根町
  • 下曽根町
  • 上向山町
  • 下向山町
  • 中畑町
  • 心経寺町
  • 右左口町
  • 梯町
  • 古関町
南西部(国母・貢川)
  • 下小河原町
  • 上小河原町
  • 後屋町
  • 古上条町
  • 上条新居町
  • 国母一 - 八丁目
  • 高畑一 - 三丁目
  • 上石田一 - 四丁目
  • 下石田二丁目
  • 飯田一 - 五丁目
  • 下飯田一 - 四丁目
  • 貢川本町
  • 貢川一 - 二丁目
  • 富竹一 - 四丁目
  • 徳行一 - 五丁目
  • 長松寺町
  • 新田町
  • 金竹町
  • 中村町
  • 下河原町
北部(緑が丘・湯村・千塚)
  • 岩窪町
  • 大手一 - 三丁目
  • 屋形一 - 三丁目
  • 古府中町
  • 塚原町
  • 小松町
  • 西田町
  • 和田町
  • 天神町
  • 北新一 - 二丁目
  • 緑が丘一 - 二丁目
  • 大和町
  • 塩部一 - 四丁目
  • 湯村一 - 三丁目
  • 富士見一 - 二丁目
  • 池田一 - 三丁目
  • 荒川一 - 二丁目
  • 音羽町
  • 千塚一 - 五丁目
  • 羽黒町
  • 山宮町
北部山地(積翠寺・昇仙峡エリア)
  • 上積翠寺町
  • 下積翠寺町
  • 上帯那町
  • 下帯那町
  • 平瀬町
  • 御岳町
  • 猪狩町
  • 草鹿沢町
  • 高町
  • 川窪町
  • 黒平町

市外局番[編集]

  • 固定電話の市外局番は古関町と梯町(いずれも上九一色北部地区)を除く全域が055(200 - 216・218 - 309)で甲府MAに、古関町と梯町は0555(20 - 99)で吉田MAにそれぞれ属する。
  • 甲府MA(市外局番055)のうち、古関町と梯町を除く甲府市内では、市内局番は220 - 255・266・287が使用されている。(266は笛吹市境川町と共有)なお、笛吹市(石和町・八代町・御坂町・境川町・芦川町のみ)、甲斐市(竜王地区・敷島地区のみ)、中央市(全域)、南アルプス市(全域)、中巨摩郡昭和町(全域)、西八代郡市川三郷町(市川大門地区・三珠地区のみ)と同一MAである。
  • 吉田MA(市外局番0555)のうち、古関町と梯町では、市内局番は88が使用されている。なお、富士吉田市南都留郡富士河口湖町西桂町忍野村鳴沢村と同一MAである。
  • 1998年(平成10年)12月31日までは甲府MAの市外局番は0552(20 - 99)だったが、逼迫対策で200 - 219の市内局番を捻出するため、1999年(平成11年)1月1日から市外局番が1桁ずらされ、現在の055(200 - 216・218 - 309;217が除かれる理由は後述)になった。
  • 市外局番055は沼津MA(静岡県沼津市三島市など)でも使用されているが、単位料金区域(MA)が異なるため、相互間の通話は市外通話となる。(沼津MAの市内局番は700 - 709・790 - 799・900 - 916・918 - 999)市外通話であるので、市外局番からダイヤルしなければならない。
  • 天気予報の番号は0552-177である。(市外局番変更の際、一旦は055-177に変更されたが、静岡県東部の天気予報の所在地である沼津MAの市外局番を055にした際、市外局番が重複するため、沼津MAの市外局番変更当日の2002年2月2日に現在の番号に戻された。なお、静岡県東部の天気予報は0559-177である。)この変更については市外局番の項目も参照。この変更に伴い、217の局番を割り当て、217が市内局番から除外された。
  • なお、古関町と梯町の市外局番を055に変更する(所属MAを甲府MAに変更する)計画は現時点で公表されていない。一方、甲府MAは市内局番に余裕があるため、0555-88-FGHJだけを055-2DE-FGHJなどに移すか、055-588-FGHJに変更することで市域のMA統一は可能である。

人口[編集]

Demography19201.svg
甲府市と全国の年齢別人口分布(2005年) 甲府市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 甲府市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
甲府市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 190,289人
1975年 201,072人
1980年 206,476人
1985年 209,406人
1990年 207,626人
1995年 208,172人
2000年 203,349人
2005年 201,270人
2010年 198,838人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

組織・議会[編集]

  • 行政機構
市長:宮島雅展2003年2月3日就任、現在3期目)

歴代市長[編集]

歴代市長[5]
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
官選
1 若尾逸平 1889年8月24日 1890年6月3日
2 高木忠雄 1890年7月11日 1896年7月10日
3 1896年7月13日 1897年9月28日
4 石原彦太郎 1897年11月6日 1898年6月18日
5 小林薫作 1898年9月19日 1904年9月18日
6 1904年9月20日 1906年6月18日
7 若尾民造 1906年7月24日 1907年3月5日
8 加藤平四郎 1907年4月20日 1913年4月29日
9 1913年5月13日 1915年8月17日
10 名取忠愛 1916年1月15日 1919年6月25日
11 堀信次 1919年10月23日 1922年6月19日
12 名取忠愛 1922年9月23日 1923年3月14日
13 石井淳雄 1923年7月31日 1927年7月30日
14 成島治平 1927年10月8日 1931年8月8日
15 新海栄治 1931年8月24日 1935年8月26日
16 斎木逸造 1935年8月27日 1939年9月11日
17 新海栄治 1939年9月12日 1943年9月11日
18 野口二郎 1943年9月12日 1946年2月27日
19 今井茂右衛門 1946年3月18日 1947年3月10日
公選
20 今井茂右衛門 1947年4月5日 1947年9月3日
21 川村茂久 1947年10月10日 1948年12月25日
22 山本達雄 1949年2月25日 1953年2月22日
23 鷹野啓次郎 1953年2月23日 1957年2月22日
24 1957年2月23日 1961年2月22日
25 1961年2月23日 1965年2月22日
26 1965年2月23日 1968年11月11日
27 秋山清 1968年11月29日 1971年2月24日
28 河口親賀 1971年4月25日 1975年4月24日
29 1975年4月27日 1979年4月26日
30 1979年4月27日 1983年4月26日
31 原忠三 1983年4月27日 1987年4月26日
32 1987年4月27日 1991年4月26日
33 山本栄彦 1991年4月27日 1995年4月26日
34 1995年4月27日 1999年4月26日
35 1999年4月27日 2002年12月19日
36 宮島雅展 2003年2月3日 2007年2月2日
37 2007年2月3日 2011年2月2日
38 2011年2月3日 現職
  • 組織
甲府市役所を参照。
  • 市議会

定員は32名。2013年現在の党派別議員数は以下の通り。

財政[編集]

2006年(平成18年)の甲府市の財政力指数0.781未満であるため地方交付税交付金を受けており、さらに実質公債費比率20.8パーセントと、発行するには山梨県の許可が必要という状況が続いている(新規公債を自由に発行できる値は18パーセント)。

このように甲府市が財政難に陥っている理由として、甲府市に本社を置く企業が少ない(2007年現在、甲府市に本社を置いている東証一部上場企業は山梨中央銀行のみ)上に市内の商業施設や工場の閉鎖が相次いだため法人税収入が減少し、また市街地の地価下落が止まらず(1992年以降下降し続けている)固定資産税も減少、さらに人口も減少しているため住民税も減少するという負のスパイラルに陥っているのに対し、雇用対策や人口流出対策、商店街活性化事業などによる各種補助制度の乱発や不況下においても職員の賃金引き上げを行なってきたため財政を圧迫させてしまっている。

産業[編集]

商業[編集]

かつて、甲府市の中心市街地はJR甲府駅を中心に賑わいを見せていた。特に南口にある丸の内地区中央地区山梨県庁甲府市役所といった行政施設をはじめ、百貨店やオフィスビル、多くの商店街が現在も立ち並んでいる。

戦前は「甲府会館」や「岡島百貨店」などの老舗店舗が軒を連ね、戦後は平和通りの整備と共に「甲府西武」や「ダイエー」が進出し、駅北口も丹下健三設計の「山梨文化会館」が開業するなど整備が行なわれていった。中心市街地の全盛期は1980年代であり、「かいじ国体」や「こうふ博'89」開催に関連して甲府駅の改修とあわせて「エクラン」が開業し、「山交百貨店」の新築や「パセオ」の開業、「かすがもーる」の整備などバブル景気の波に乗り地価も上昇し、中心部は順調に発展していく。

しかし、バブル景気が終焉を迎えた1990年代に入ると状況は一変、右肩上がりだった地価は急激に下がるとともに中心街の売上げも急激に落ち込む。さらにこの時期から郊外にショッピングセンターが相次いで開業し、中心街の客足を次々と奪っていったためその影響から中心街に多くある商店街がシャッター通り化した。大型店舗も例外ではなく、1998年(平成10年)には「甲府西武」が、1999年(平成11年)には「ダイエー」から業態転換していた「トポス」が閉鎖した。このように目に見える衰退が続いたことから2000年(平成12年)にPHP研究所が発行するTHE21の特集「全国自治体ランキング」において最下位の評価を受けるなど経済界からも見放される結果となった。

衰退の原因として駐車場不足が挙げられている。中心街は建物がひしめき合っている状況で、商業施設はおろか官公庁ですら駐車場の確保が困難な状況に陥っている。確保しているところもほとんどが有料駐車場であり、無料で駐車できる郊外型ショッピングセンターに太刀打ちできずにいる。岡島百貨店や山交百貨店などは一定金額の買い物をすれば無料券が配布されるが、駐車時間等の制約があるため周辺施設へ立ち寄ることは難しい。

もう一つの原因として、ストロー化現象が挙げられている。比較的東京に近いこともあり、中央本線の、特急列車(あずさかいじ)や中央高速バスを利用すれば、短時間で東京(特に新宿)へ行けるようになった。双方の競争が激化して本数増発や運賃・料金値下げを繰り返したため、より東京に行きやすい環境になっており、休日には日帰りで東京へ買い物へ出かける者が多い。

休日になると活性化策として商工会や商店街は無料送迎バスの運行や、大学生が運営する四菱まちづくり総合研究室(よつびし総研)などと組んでのイベントで集客を図ろうとするが歯止めがかかっていない。また、甲府市中心市街地活性化基本計画などによる再開発が行われているものの、「グランパーク」や「ココリ」のように多額の補助金を費やしながらも経営が芳しくなく、店舗が相次いで撤退しているのが現状である。

商業施設[編集]

百貨店
大型商業施設

商店街[編集]

  • 甲府中央商店街
    • かすがもーる
    • エル西銀座
    • 甲府銀座
    • 春日あべにゅう
    • 桜通り
    • コリドー通り
    • ベルメ桜町通り
    • 弁天通り
    • 春桜会通り
  • オリオン通り
  • 朝日通り

伝統工芸[編集]

伝統工芸では宝石研磨や印鑑彫刻、印伝が主なもので、特に宝石産業は甲府の半独占産業でもある。また、水晶細工と印伝は、経済産業省の伝統的工芸品に指定されている。

姉妹都市・提携都市[編集]

日本国内[編集]

日本国外[編集]

教育[編集]

学校教育[編集]

大学・短期大学[編集]

専門学校[編集]

高等学校[編集]

公立

私立

中学校[編集]

国立

公立

私立

小学校[編集]

国立

公立

私立

社会教育[編集]

公園[編集]

山梨県立美術館

博物館[編集]

図書館[編集]

文化施設[編集]

スポーツ[編集]

スポーツ施設[編集]

プロスポーツチーム[編集]

マスメディア[編集]

テレビ局[編集]

FMラジオ局[編集]

関東からのFM放送が受信できる地域が多く、主にTOKYOFMJ-WAVEは受信し易い。

新聞[編集]

交通[編集]

交通史[編集]

江戸時代には甲州街道宿場町として、江戸京都を結ぶ内陸ルートの幹線の一角であった。又、富士山南麓に当たる駿河国への交通路としては駿州往還(身延街道、河内路)や中道往還若彦路が、信濃国への街道は隣の韮崎市から佐久往還諏訪往還が分岐していた。

鉄道[編集]

甲府駅(エクラン)
中心駅
東日本旅客鉄道
東海旅客鉄道
広範囲連絡(甲府駅基準、およその時間)

バス[編集]

路線バス

系統や行先などについては甲府駅バスターミナルを参照。

高速バス

運行会社や本数などについては当該項目を参照。

道路[編集]

空港[編集]

山梨県内には空港がないので、現状では甲府市との往来に定期航空便を利用する場合は近隣都県にある空港を利用する。甲府駅から公共交通機関を用いた場合、空港連絡バスが直通する羽田空港成田空港、直通する交通機関こそないものの鉄道から空港連絡バスの1回の乗り継ぎで行くことが出来る信州まつもと空港富士山静岡空港を利用することになる。

BRT構想[編集]

2027年開業を目標にリニア中央新幹線の計画(一部は実験線として建設中)があり、このうち山梨県内の停車駅が甲府市南部の大津町周辺で固められているが[6]、中心部(甲府駅周辺)からリニア駅建設予定地まで距離があることから新たな公共アクセス手段が計画されている。山梨県ではライトレール(LRT)やデュアル・モード・ビークル(DMV)などいくつかの交通手段が検討されてきたが[7]、 安価に整備できかつ輸送量が確保できるバス・ラピッド・トランジット(BRT)での導入が最適であるとの方針を固めている[7]。(なお、山梨県リニア課の資料によるとLRTは今後の可能性案として有力視されているBRTと共に併記されている。)

さらにBRTを導入する場合、バス専用道路公共車両優先システム(PTPS)の二通りが検討されている[8]。このうちPTPSについては甲府駅から山梨交通敷島営業所間ですでに導入されていることから実績があり、また専用道路方式と比較しても安価であることが利点であるが、ラッシュ時間帯は中心部の慢性的な渋滞に対処できないうえ、マイカー利用者に対して信号をバス優先にするシステムに理解を得られるか懐疑的な点が挙げられている[8]。 一方で専用道路方式はPTPSと比較し割高になるが定時性が確保できる利点もある。また甲府駅の近くからリニア駅の近くまで荒川が流れており、ここの右岸河川敷を利用し専用道にする構想でまとめられている[7]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

秋の昇仙峡
秋の昇仙峡
甲斐善光寺
甲斐善光寺
信玄公祭り
信玄公祭り

自然景観・観光[編集]

温泉[編集]

寺社・歴史的建築物[編集]

甲府市域には、寺社は武田氏により保護され、城下町整備において計画的に創建や移転が行われたため数多くの寺社が分布しており、現在では武田氏に関係する歴史的観光資源としても機能している。代表的なものでは、浄土宗甲斐善光寺、時宗寺院の一蓮寺臨済宗寺院の円光院長禅寺東光寺法泉寺曹洞宗寺院の、大泉寺や恵雲院、日蓮宗寺院の信立寺がある。

祭事・催事[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、合併した旧中道町域には立石遺跡など旧石器時代の遺跡が見られる。
  2. ^ 甲府錦町、甲府常盤町、甲府春日町、甲府紅梅町、甲府桜町、甲府相生町、甲府柳町、甲府山田町、甲府魚町、甲府竪近習町、甲府横近習町、甲府泉町、甲府境町、甲府富士川町、甲府花園町、甲府弥生町、甲府橘町、甲府朝日町、甲府日向町、甲府水門町、甲府富士見町、甲府八日町、甲府穴山町、甲府金手町、甲府工町、甲府上一条町、甲府下一条町、甲府和田平町、甲府城屋町、甲府三日町、甲府上連雀町、甲府下連雀町、甲府鍛冶町、甲府緑町、甲府太田町、甲府若松町、甲府桶屋町、甲府愛宕町、甲府元紺屋町、甲府新紺屋町、甲府元穴山町、甲府元城屋町、甲府元緑町、甲府元連雀町、甲府久保町、甲府細工町、甲府新柳町、甲府大工町、甲府御崎町、甲府広庭町、甲府横田町、甲府袋町、甲府元柳町、甲府白木町、甲府畳町、甲府竪町、甲府元三日町、甲府横沢町、甲府相川町。
  3. ^ ただし、百貨店協会に加盟していない専門店である
  4. ^ 正確にはマンションや専門学校を含めた複合施設。

参照[編集]

  1. ^ 太宰治 新樹の言葉 青空文庫 2013年1月17日閲覧
  2. ^ 2013年8月10日付。高知、甲府で40.7度 今夏最高、6年ぶり40度超 - 時事通信社、2013年8月10日閲覧。
  3. ^ 甲府 1981-2010年”. 気象庁. 2012年1月22日閲覧。
  4. ^ 甲府 観測史上1~10位の値”. 気象庁. 2012年1月22日閲覧。
  5. ^ 甲府市公式ホームページ 歴代市長 2014年8月19日閲覧
  6. ^ 山梨 リニア駅は甲府市南部に - NHKニュース、2011年10月7日。
  7. ^ a b c リニア駅バス専用道で接続 県、荒川堤防に建設計画 - 山梨日日新聞、2012年11月2日。
  8. ^ a b リニア駅 バス接続有効? 「専用道」「信号制御」県の2案 - 山梨日日新聞、2012年10月9日。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光