福岡市

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ふくおかし
福岡市
Fukuoka City - Montage - 01.JPG
福岡市旗 福岡市章
福岡市旗 福岡市章
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
団体コード 40130-7
面積 341.70km²
総人口 1,516,575
推計人口、2014年7月1日)
人口密度 4,440人/km²
隣接自治体 大野城市春日市糸島市
筑紫郡那珂川町
糟屋郡宇美町粕屋町志免町
新宮町久山町
佐賀県佐賀市神埼市神埼郡吉野ヶ里町
市の木 市の木:クロガネモチ
広場の木:クスノキ
(1979年10月制定)
市の花 夏の花:フヨウ
冬の花:サザンカ
(1979年10月制定)
市の鳥 野山の鳥:ホオジロ
海の鳥:ユリカモメ
(1989年6月制定)
福岡市役所
所在地 810-8620
福岡県福岡市中央区天神一丁目8番1号
北緯33度35分24.5秒東経130度24分6.2秒座標: 北緯33度35分24.5秒 東経130度24分6.2秒
福岡市役所
外部リンク 福岡市役所

福岡市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

福岡市行政区画図

特記事項 市章は1909年10月制定
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福岡市(ふくおかし)は、九州の北部にある福岡県の西部に位置する人口約150万のである。福岡県の県庁所在地であり、政令指定都市に指定されている。

目次

概要[編集]

九州地方の行政・経済・交通の中心地であり同地方最大の人口を有し、関西より西では最大の人口を擁する都市である。同市を中心とする福岡都市圏都市雇用圏として全国第5位の人口を擁し、北九州市北九州都市圏)とともに形成する北九州・福岡大都市圏都市単位の経済規模において日本の4大都市圏に数えられる。

博多湾に面するこの地域は古来から博多(はかた)として認識されており、大陸方面への玄関口として利用されてきた。中世に商人による自治都市が形成され、戦乱で度々焼き払われながらも、豊かな町人文化を育んだ。豊臣秀吉の手で復興されたのち、黒田氏福岡城とその城下町を築いたことで、那珂川を境に西が城下町としての「福岡」、東が商人町としての「博多」となった[1]。その後、江戸時代から明治時代初めにかけて、福岡と博多は共存していたが、1876年に福岡と博多は統合され福博(ふくはく)となり、その後、福岡と改称された。

明治維新当時、九州地方最大の都市は長崎市鹿児島市であり、九州地方を統括する中央の出先機関は当時熊本市に置かれるなど、九州地方における福岡県および福岡市の重要性は低かったが、1899年(明治32年)博多港開港、1911年(明治44年)九州帝国大学設置に端を発して発展が進み、徐々に九州地方の中枢として位置づけられるようになった。1910年代(大正時代)に熊本市の人口を抜き九州地方最大となる(大正9年人口統計では熊本県の人口の2倍を超えている)。また、この時期から九州を統括する中央の出先機関は福岡市に移行している。1963年(昭和38年)に五市合併で小倉市が元々は筑前国遠賀郡であった現在の戸畑区若松区八幡西区八幡東区と合併し北九州市が発足すると、日本製鉄などの重工業地域を吸収したことによって同市の人口が九州地方最大となったが、その後、昭和後期の日本における炭鉱の相次ぐ閉山・第三次産業の急速な発達と、政令市指定・山陽新幹線博多延伸などを経て、1979年(昭和54年)に再び福岡市の人口が九州地方最大となった。現在も急速に人口増加が進んでおり、平成22 - 25年にかけて、福岡市は政令市の中で人口増加数・増加率ともに最大である。

福岡市の都心は、天神博多の両極がある(それぞれ江戸時代の福岡と博多に相当する)。天神は福岡市役所と西鉄福岡(天神)駅福岡市地下鉄天神駅天神南駅のほか、多数の百貨店ファッションビルが集積する繁華街となっており、博多には在来線・新幹線のターミナルである博多駅があり、また福岡空港も地下鉄で数分と至近距離であるため、大企業の支社が集積するビジネス街となっている。天神と博多を隔てる那珂川中州に形成された歓楽街は、中洲(なかす)として全国的に有名である。天神・博多・中洲・長浜などで夜間に常設される屋台の数は日本一[2]で、屋台目当ての観光客も多い。1995年には複合商業施設キャナルシティ博多が中洲の東側に開業、2011年には九州新幹線博多延伸に伴い博多駅に複合商業施設JR博多シティが開業している。

福岡市の主な副都心としては、西新香椎が挙げられる。両者の周辺には高校や大学、専門学校が多数存在するほか、埋め立てウォーターフロント開発地区として、西新の北にはシーサイドももちが、香椎の西にはアイランドシティが隣接している。特にシーサイドももちには、福岡ヤフオク!ドームホークスタウン福岡市総合図書館福岡市博物館・報道関連各社といった文化・エンターテインメント施設が集積している。福岡都心は福岡空港に近く超高層ビルが建てられないが、福岡市内の高さ100m以上の建造物の殆どが(比較的高さ規制の緩い)この両副都心の近辺にある。この両副都心ほど大規模ではないが他に福岡市の副都心として挙げられる地域は、大橋姪浜がある。

地理[編集]

鴻巣山(南区)より福岡市街地を望む

位置[編集]

九州の北部。日本海博多湾今津湾玄界灘)に面した半月型の福岡平野の大半の部分を市域とする。北は博多湾の北辺に位置する砂州である海の中道陸繋島である志賀島、西は糸島半島の東部まで市域となっている。南・南西は脊振山地に含まれる山間部まで市域が伸びており、佐賀県に接している。ほかに有人島嶼として、博多湾上の能古島や市の西部で博多湾口付近の玄界灘上に浮かぶ玄界島、そのさらに西北部にある小呂島を市域に含んでいる。

福岡市から壱岐対馬を挟んで向かい側に朝鮮半島がある。日本の人口100万人以上の主要都市としては韓国ソウル特別市中国上海市台湾台北市に最も近い都市で、直線距離では東京特別区から約880km、大阪市から約480km、広島市から約200km、韓国の釜山広域市から約200km、ソウル特別市から約540km、中国の上海市から約890km、台湾の台北市から約1280kmの位置にある。

地形[編集]

市域の多くは福岡平野に含まれており、一部に小高い山なども存在するものの概ね平坦である。市域西部・西南部は脊振山地の一角を成しており、標高が高く起伏の大きい地形となっている。市街地の海岸部は大半が埋立地であり、港湾・住宅などが建設されている。また、博多湾東部には人工島も建設されている(アイランドシティ)。一方、西区の大部分や東区海の中道と島嶼部などには自然海岸も残っている。また、玄界島の北方約300mに黒瀬と呼ばれる幅200m程度の岩礁が発達している。黒瀬は、新生代第四紀に活動した福岡県唯一の火山島に分類され、玄武岩で構成されている。

市内を流れる河川としては、市域中心部を流れる那珂川御笠川や市域東部を流れる多々良川、市域西部を流れる室見川などがあるが、一級河川はない。従って自主水源に乏しくたびたび大規模な渇水(例:昭和53-54年福岡市渇水)に見舞われている。

長大河川はない一方で、前述のとおり平野周辺の山地から短い河川長とやや急な勾配で博多湾に流れ込む河川はおおむね市街地を経由しているため、集中豪雨があった場合に氾濫しやすく、それが福岡平野を形成したと見られるが、現代において都市治水上の課題となっている。

気候[編集]

福岡市
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
68
 
10
4
 
 
72
 
11
4
 
 
113
 
14
7
 
 
117
 
20
11
 
 
143
 
24
16
 
 
255
 
27
20
 
 
278
 
31
24
 
 
172
 
32
25
 
 
178
 
28
21
 
 
74
 
23
15
 
 
85
 
18
10
 
 
60
 
13
6
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁 福岡 平年値(年・月ごとの値)

温暖な太平洋側気候九州型気候区であり、年平均気温は概ね17℃前後、年間降水量は概ね1500 - 1800mm程度で推移している。(なお背振山地やその麓にあたる地域はそれよりも多くなる。) 冬季に日照時間が少なくなる点が太平洋側諸都市と異なり、年間日照時間は概ね1800 - 1900時間程度で、九州の他地域に比べてやや短い。 (九州北部の玄界灘沿岸全般に、冬季の日照時間が少ないことから日本海側気候と考えられる場合があるが、冬季の降水量が少ないため太平洋側気候であり、日本海側気候とは特に雨日数と降雪量の点で決定的に異なっている。)


内湾に面した低緯度大都市のため、夏季は大阪市等と並んで昼夜を問わず大変暑さが厳しい地域の一つである。6月から真夏日が見られ、7月以降、9月上旬にかけて真夏日の厳しい暑さが続く。猛暑日も平年で5.5日と毎年一定日数記録する。人口規模に比してヒートアイランド現象が著しく、戦前からの熱帯夜日数の増加率が日本の主要な気象観測点で一番高くなっている(1936年-2007年にかけて10年で5.0日のペースで増加。)。平年の熱帯夜日数は本土では大阪市神戸市に次いで多い33.4日で、実に1ヶ月以上に及ぶ。九州という低緯度地域で夏期にはより湿った気団の影響を受けやすい上、市街地が博多湾に面しており湿った海風が入りやすく、気温に加え湿度が高い。そのため東京23区西部や名古屋市など東日本の主要都市と比べ不快指数や暑さ指数(WBGT、湿球黒球温度)が高くなるので適宜エアコンを使用するなど熱中症対策には一層気を配るのが望ましい。顕著な熱帯夜も多く、全国的に稀な最低気温29℃以上の観測例が複数ある。

冬季はおおむね温暖である。北側の玄界灘を流れる暖流である対馬海流の影響を受けるため、冬日は少なく(平年4.3日)、全くない年もある。東京23区西部や名古屋市、京都市などと比べて平均気温は約2.0℃高く、温暖と言える。降水量も少ないが、降水日数は太平洋岸の諸都市よりやや多くなっている。北西からの季節風が吹きつけ、曇天の日が多く日照時間は少ない。年間降雪日数は17.1日で、積雪は年1 - 2回、最大5cm程度で、積雪が全く無い年も珍しくない。早良区南部(脇山・内野・板屋・曲渕)や山沿いでは積雪量はやや多くなるが、日本海側や広島市などの山陽地方の山沿いよりかなり少ない。

また、冬から春にかけて、中国大陸から流入する一連の大気汚染PM2.5黄砂)に悩まされることが多い。

年間の雷日数は雷都として有名な宇都宮市の次に多く、全国の県庁所在地で11位の24.7日であるが、観測されるのは梅雨期の梅雨前線の影響での遠雷が多い。盛夏は低緯度の為寒気の影響を受けにくいので安定した晴天が続き、首都圏のような中心部直撃の激しい雷雨や雷災害は少ない。その分夕立による打ち水効果を期待できず、熱帯夜が多くなっている。


このように、福岡の気候は梅雨 - 夏季を除けば気候の面では全国的に見ても穏やかで過ごしやすいと言えるが、その分、大気汚染への対策と、厳しい夏を如何に乗り切るかが重要である、と言える。 また転勤族へ「福岡の冬は意外と寒い」「福岡は東京より寒く、雪も多い」と言うのが福岡市民の挨拶代わり[3]になっているが、実際はあくまで年間を通して平均気温が高い福岡市民にとっての寒く感じるのであり、 気象学上は福岡の冬は本州の大都市と比べ(平均気温の高い大阪市や神戸市と比べても)、明らかに温暖である。

(平年値の統計期間1981 - 2010年)


福岡市(福岡管区気象台)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 21.5
(70.7)
24.3
(75.7)
26.3
(79.3)
30.1
(86.2)
32.3
(90.1)
37.3
(99.1)
36.9
(98.4)
37.9
(100.2)
36.5
(97.7)
33.3
(91.9)
28.2
(82.8)
23.5
(74.3)
37.9
(100.2)
平均最高気温 °C (°F) 9.9
(49.8)
11.1
(52)
14.4
(57.9)
19.5
(67.1)
23.7
(74.7)
26.9
(80.4)
30.9
(87.6)
32.1
(89.8)
28.3
(82.9)
23.4
(74.1)
17.8
(64)
12.6
(54.7)
20.9
(69.6)
日平均気温 °C (°F) 6.6
(43.9)
7.4
(45.3)
10.4
(50.7)
15.1
(59.2)
19.4
(66.9)
23.0
(73.4)
27.2
(81)
28.1
(82.6)
24.4
(75.9)
19.2
(66.6)
13.8
(56.8)
8.9
(48)
17.0
(62.6)
平均最低気温 °C (°F) 3.5
(38.3)
4.1
(39.4)
6.7
(44.1)
11.2
(52.2)
15.6
(60.1)
19.9
(67.8)
24.3
(75.7)
25.0
(77)
21.3
(70.3)
15.4
(59.7)
10.2
(50.4)
5.6
(42.1)
13.6
(56.5)
最低気温記録 °C (°F) −6.0
(21.2)
−8.2
(17.2)
−4.7
(23.5)
−1.4
(29.5)
1.4
(34.5)
4.3
(39.7)
13.8
(56.8)
15.4
(59.7)
7.9
(46.2)
0.4
(32.7)
−2.1
(28.2)
−5.4
(22.3)
−8.2
(17.2)
降水量 mm (inch) 68.0
(2.677)
71.5
(2.815)
112.5
(4.429)
116.6
(4.591)
142.5
(5.61)
254.8
(10.031)
277.9
(10.941)
172.0
(6.772)
178.4
(7.024)
73.7
(2.902)
84.8
(3.339)
59.8
(2.354)
1,612.3
(63.476)
降雪量 cm (inch) 2
(0.8)
1
(0.4)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
4
(1.6)
平均降水日数 (≥ 0.5 mm) 11.0 10.1 12.9 11.0 10.7 12.4 11.9 10.4 10.9 7.3 9.7 10.3 128.6
平均降雪日数 (≥ 0 cm) 6.9 4.3 1.9 0 0 0 0 0 0 0 0.1 3.8 17
 % 湿度 63 63 65 65 68 74 75 72 73 67 67 64 68
平均月間日照時間 102.1 121.0 149.8 181.6 194.6 149.4 173.5 202.1 162.8 177.1 136.3 116.7 1,867
出典: 気象庁 (平均値:1981年-2010年、極値:1890年-現在)[4][5]


行政区[編集]

以下の7つので構成される(自治体コード順)。

区名 人口
(人)
面積
(km²)
人口密度
(人/km²)
東区 301,931 68.36 4,417
博多区 224,827 31.47 7,144
中央区 189,511 15.16 12,501
南区 253,390 30.98 8,179
西区 202,235 83.83 2,412
城南区 129,724 16.02 8,098
早良区 214,957 95.88 2,242

当初は5区体制で発足したが、1982年(昭和57年)に西区から城南区、早良区が分区された。

市街地構成[編集]

シーサイドももち
福岡タワーより南東を望む(2008年8月20日撮影)

市の中央部にある天神地区(中央区)が市の中心部で、ここには数多くのデパートやビルが建ち並んでいる。天神から那珂川を挟んだ東隣には那珂川の本流と支流(博多川)に挟まれた中州地形部分があるが、そこが九州最大の歓楽街である中洲である。そのさらに東隣は「博多」の市街地である。その博多市街地の南東に博多駅が位置している。中洲から博多駅の間の一帯はオフィスビルやビジネスホテルなどが建ち並ぶビジネス街である。天神地区の西および西南に位置する大名、今泉、警固では、1990年代後半ごろから主に若者をターゲットとした店舗が増え、若者の町として急速に発展している。

大名から西へ行くと福岡城跡がある。さらに西方、天神から約4kmの位置には、福岡市の副都心を成す繁華街の西新(早良区)がある。西新の北側は1980年代に埋立により開発された土地で、シーサイドももちと呼ばれ、当時として新しい市街地が形成されている。

市域東部の博多湾上においてアイランドシティ(東区)と呼ばれる人工島が建設中であり、2000年代後半から2010年代初頭頃にかけて、港湾地区と住宅地の一部が竣工している。福岡市では、2000年(平成12年)前後から市東部のJR鹿児島本線、西鉄貝塚線沿線において土地区画整理事業や連続立体交差化事業等の市街地開発事業を実施しており、古くから東部の副都心とされる香椎駅西鉄香椎駅周辺の香椎地区とJRの旧香椎操車場跡地を利用した新興市街地である千早地区との間、および箱崎地区と吉塚地区との間で整備事業が進んでいる。連続立体交差事業は、千早地区が2004年頃、箱崎地区が2004年3月、香椎地区が2007年3月に竣工した。また、土地区画整理事業は、箱崎地区、千早地区については2010年頃までにほぼ完了し、香椎地区については進行中である。

市内南部方面を網羅する、福岡高速5号線福岡外環状道路を中核とする都市計画道路の整備も進み、2011年4月に福岡外環状道路が全線完成供用されるのと前後して、これに接続する新たな主要幹線道路が都市計画道路として整備されほぼ完成している。2012年7月には高速5号線が全線完成し福岡高速環状線となった。

このほか、駅周辺再開発事業により、福岡市地下鉄姪浜駅周辺の姪浜地区(西区)に新興の商業地が、西鉄大橋駅周辺の大橋地区(南区)にも既存商業地が、それぞれ発達している。

また、街路は、新しく建設された主要幹線道路においては無電柱化、街路樹の整備が促進されている[6]

さらに都市景観上の大きな特徴として、中心部に超高層ビルが存在しないことが挙げられる。これは、中心部の至近距離に福岡空港が存在し、航空法の制限表面によりビルに高さ規制が掛かっているためで、博多駅地区では60メートル、天神地区でも70メートル程度までが限度となっている。(福岡空港#空港が抱える問題点参照)その結果、多くの大都市では問題になっているテレビの受信障害が市街地ではさほど影響がない。

「福岡」と「博多」[編集]

都市名は「福岡」であるが、「福岡」を称する市の中心駅名は、西鉄西鉄福岡(天神)駅(旧名称は「西鉄福岡」)のみで、JRは「博多」を用いている[7]

福岡は福岡藩黒田氏の「武家町」、博多は古来から国際貿易港としての「商人町」として栄えた歴史があり、那珂川を境として福岡と博多は元々は別々の都市であった。市制施行の際に一悶着があったが、都市名を福岡、中央駅名を博多にすることで合意(詳しくは歴史で後述)。新幹線開通時は博多が玄関口となり、博多の知名度が大きく上回ったが、今日では城下町のはずれに位置した天神地区の台頭もあり、かつての「福岡」が商業の街、「博多」がビジネス街となった。こうしたことから「博多」より「福岡」という名称で呼ばれることが多くなり、博多は都市内の一地区名でしか用いられないことが多くなった。

ただし、現在の中心部の天神地区の繁華街としての発展は、戦後旧博多部から現在の新天町に移った『博多商人』の力なくしてはあり得ない。ことに明治時代、時の博多豪商「渡辺与八郎」の尽力により、他の都市に遅れを取っていた市内電車の導入を果たし、当時多くを所有していた天神町付近(現在の天神)の土地を福岡市に寄付し、福岡市の発展に力を注いだ。そしてその功績を称え、福岡市の中心部を南北に貫く目抜き通りは「渡辺通り」と称している。

近年の福岡・博多地区は武家町・商人町を区別する色合いは薄くなり、双方を包含して九州全体の経済・文化等の中心的機能を担う役割が一層高まっている。

隣接する自治体[編集]

以下の各市町に隣接している。括弧内は、その市町が隣接している福岡市の行政区。

福岡県

佐賀県

隣接市町のうち、福岡県に属している市町は、いずれも福岡市のベッドタウンとして発達している。しかし、佐賀県に属している隣接市町は福岡市とは脊振山地によって隔てられており、ベッドタウンとして発展するには至っていない。なお福岡都市圏に属している鳥栖市基山町みやき町は福岡市隣接市町ではない。

2005年(平成17年)10月1日に佐賀県内の佐賀市と、かつて福岡市に隣接していた佐賀郡富士町神埼郡三瀬村が合併し、新市制による佐賀市が誕生したことで、県境を挟んで県庁所在地同士が接することになった。但し、福岡市と佐賀市の中心部は直線距離で50kmほど離れている。

海を挟んだ長崎県壱岐市対馬市とも隣接扱いされる事もある。電話料金離島特例として隣接扱いである。

人口[編集]

Demography40130.svg
福岡市と全国の年齢別人口分布(2005年) 福岡市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 福岡市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
福岡市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 871,717人
1975年 1,002,201人
1980年 1,088,588人
1985年 1,160,440人
1990年 1,237,062人
1995年 1,284,795人
2000年 1,341,470人
2005年 1,401,279人
2010年 1,463,826人
総務省統計局 国勢調査より

九州大学をはじめ教育機関が集中しているため、福岡県の中でも20代の人口が多いのが特徴。また、断続的な人口流入に伴い市民の平均年齢も比較的若い状態が続いている。

歴史[編集]

原始[編集]

諸岡遺跡(博多区)や吉武遺跡(西区)から旧石器が出土しており、旧石器時代には既に人々が住み着いていたと考えられる[誰によって?]

縄文時代の遺跡としては、糸島半島東部の大原D遺跡(西区)で縄文時代早期の竪穴住居が見つかっているほか、柏原遺跡(南区)からは草創期から後期の土器や集石炉が見つかっている。中期の遺跡として、野多目拈渡遺跡(南区)や有田遺跡(早良区)からイチイガシなどのドングリ類の貯蔵穴がまとまって見つかっている。後期の遺跡では、元岡瓜尾貝塚、桑原飛櫛貝塚(いずれも西区)などの貝塚があり、四箇遺跡(早良区)からは多数の縄文土器や石器が出土している。

そのころの遺跡として市内の板付遺跡(博多区)がある。また志賀島(東区)で発見された金印倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な史料である。後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」の記事にある印綬は、この金印のことだと考えられている。また3世紀頃の様子を記述したいわゆる魏志倭人伝の記載から、「奴国」は博多付近(後の那の津)との説が有力である。このような記録に残っているという意味では、日本で最も古い歴史を持つ都市と言える。[要出典]

ちなみにこの「魏に朝貢していた」という記録が金印の発見時にひとつの騒動を起こす。天明4年(1784年)に百姓甚兵衛により金印が発見されたとき、主として学者たちが「魏に朝貢していたとはけしからん。このようなものは鋳つぶしてしまうべきである」と強硬に主張し、一時、福岡藩の藩論もそちらに傾くのである。それを、藩校・甘棠館の学長をしていた儒学者亀井南冥が身体を張って阻止したという。

市内各地に古墳が残っており、平野部には那珂八幡古墳東光寺剣塚古墳梅林古墳今宿大塚古墳などの前方後円墳が点在し、油山などの丘陵部には油山古墳群、金武古墳群、今宿古墳群などの円墳の分布地帯がある。

伝説時代、古代[編集]

神功皇后三韓征伐伝説がこの地には多く残る。東区香椎の香椎宮は、神功皇后が夫である仲哀天皇の神霊を祀ったところである。

奴国の後身として大和時代には「那の県」「儺県」と呼ばれており、日本書紀などにも記述が見える。

527年筑紫の君磐井の乱の後、朝廷那津官家を造らせたと日本書紀にある。(「那津の口(博多大津)に建てよ」とある)

607年小野妹子が第2回遣隋使として那の津より渡る。630年には遣唐使が渡っている。

663年百済再興を目論んで派遣した倭国援軍が、白村江の戦いにて新羅軍に大敗北を喫する。唐、新羅連合軍の報復に備えた大和朝廷は、その守りとして博多湾岸に防人を配し、水城大野城などの城砦を築く。これより後、全国から徴発された若者が防人として北部九州に配備され、故郷を遠く離れて軍務に就く辛さと哀しみを詠い、万葉集に残されている。

757年櫛田神社が開かれる。

7世紀から11世紀にかけては、国際交流が盛んになり、665年には筑紫館(つくしのむろつみ、つくしのたち)が建設され、これが後に大宰府の迎賓館となる鴻臚館(こうろかん)となった。外国からの使節の接待、遣唐使などの送別といった迎賓館としての機能に加えて、貿易事務所、検疫所的な役割も果たしていたらしい。鴻臚館遺跡は1988年に当時の平和台野球場の外野席の土盛りの下から発見され、市民を驚かせた。奈良時代は目の前が海岸であり、使節の船は沖がかりして小舟で上陸した。

なお、遣唐使廃止の建白を行った菅原道真が901年に大宰府に左遷されたとき、博多に上陸し、四十川(よんじっかわ)の清流を水鏡として自らの姿を見、そのやつれようを嘆いたという。その地に建立されたのが水鏡天満宮(すいきょう・てんまんぐう)(水鏡天神)であり、福岡市の都心・天神の地名は、この事に由来する。

806年東長寺が開かれる。

919年箱崎放生会始まる。923年、筥崎宮が開かれる。

中世[編集]

1161年には平清盛により日本初の人工港『袖の湊』が建設された。これは埋め立てにより埠頭を築いたもので、それだけの投資に見合う実利があったと考えられる。天神・博多部はまだ海の底であり、整備された港湾の沿岸部には筥崎宮、住吉神社櫛田神社などの大きな寺社が立地していた。中世の寺社は貿易の重要な出資者であり、博多の冒険商人たちのスポンサーであった。

11世紀の終わりごろから、博多にはのちに「大唐街」とよばれる唐人街が形成された。異国風の建物が建ち並び、多数の外国人商人が行き交う大都市であった。この時代に博多にいた唐人商人に謝国明等がいる。宋は(日本では平安後期 - 鎌倉時代)支那大陸と博多を船団を組んで盛んに往来し、日支貿易で富を築いた支那商人は、博多に居住して活発な商業活動を行い、博多の寺院とも結び、その力は中央にも及んで特に「博多綱首」と称されるに至った(「綱首」とは「船長」の意の尊称)。

博多は文化の受け入れ窓口でもあった。1195年 栄西が博多に日本初の禅寺である聖福寺を開いたが、このときも博多綱首らが物心両面の援助をしている。栄西禅師は支那からを持ち帰り喫茶の習慣を日本中に広めたことでも知られるが、「饅頭(まんじゅう)」「饂飩(うどん)」などの日本人になじみ深い食物が日本に入ってきたのもこの時期の博多を通じてであった。

室町時代を通じて博多は年行司と呼ばれる12人の豪商の会議によって市政が運営され、日本史上において初めての自由都市であった。(堺は36人の会合衆によって市政が運営された)と並び貿易都市として繁栄するが、それゆえに戦国時代には戦国大名の争奪の対象となり、豊臣秀吉島津義久の戦いの際に島津軍によって焼き払われた。 九州平定後、1587年7月24日(天正15年6月19日)に筑前箱崎において豊臣秀吉バテレン追放令を発令した。

元寇[編集]

文永の役における鳥飼潟の戦い蒙古襲来絵詞

しかしその反面、他国から侵略の被害にも遭っており、869年には新羅海賊が博多湾に侵入、1019年には刀伊の入寇があり、博多は常に対外的な脅威に曝されていた。その最大の脅威は、宋を滅ぼしてユーラシア大陸のほとんどを支配した人類史上最大の帝国、モンゴル帝国である。

高麗を屈服させたモンゴル帝国のクビライ日本の服属を求め、時の鎌倉幕府がこれを拒否したことから、1274年、モンゴル人・漢人・女真人・高麗人などからなる4万人の元軍が襲来した(文永の役)。10月5日に対馬、10月14日に壱岐を襲撃し、平戸鷹島松浦党の本拠を全滅させた元軍は、10月20日、百道原から博多湾に上陸し、激しい地上戦が展開された。しかし、 赤坂の戦い鳥飼潟の戦いで破れるなど苦戦を強いられた元軍は、撤退を決め、夜間の撤退を強行したため、撤退中に暴風雨を受け、甚大な損害を被った。

幕府は、再度の元軍の襲来に備え、博多湾岸に約20Kmにも及ぶ石築地を築いた。この史跡「元寇防塁」は現代にも残っており「防塁」という地名も存在する。そして、1281年に元軍が襲来(弘安の役)。博多湾に現れた元軍は、防塁から上陸することを避け、陸繋島である志賀島を占領し、博多への進出を窺うが、日本側の総攻撃を受け大敗し、壱岐島に撤退した(志賀島の戦い)。

近世[編集]

福岡藩初代藩主・黒田長政

1587年からは九州をすべて服属させた豊臣秀吉により博多の復興がなされた。これを太閤町割と呼ぶ。交易の自由や、町人による街の自治が行われ、新たな自治都市が確立された。なお当時の博多とは、博多湾南岸の東西に渡る地域を指したものだった。このときの秀吉の意図には、文禄・慶長の役で出兵を行うにあたり、貿易都市・博多を物流の補給基地として活用しようというものがあったと思われる。

関ヶ原の戦いの後の1600年に黒田如水黒田長政親子が筑前国に入国し、その後市内中心部の那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、そのまま定着した。黒田親子は、小早川秀秋の居城であった名島城(東区)に入城したが、名島城は博多湾に面した小高い丘の上にあるために城下町が作れなかった。そこで1601年から当時の警固村(現・中央区)福崎に新たな城・福岡城と城下町をつくった。

その際、出身地の備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来して、城下町を福岡と命名した。黒田藩は博多のまちの自治を広く認めたため、町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという、全国的にあまり類例のない「双子都市」が誕生した。

なお、歓楽街として有名な中洲は、博多と福岡の境界である那珂川の中州に江戸期に発達した。どちらにも属しているようで、どちらにも属さないという曖昧性が「悪所」としての歓楽街の発展に有利であったと考えられる[誰?]

江戸期を通じて福岡にはあまり華やかな歴史は残っていない。これは、鎖国政策により貿易都市としての機能を天領であった長崎(対西欧・中国貿易)と対馬府中藩(対朝鮮貿易)にすべて奪われたことが大きい。[要出典]

なお、前述のとおり、天明4年(1784年)に志賀島金印が発見されている。

近代[編集]

その後、江戸時代から明治時代初期まで博多と福岡は共存していたが、1876年に地域区分の再編によって「福博」(ふくはく)という一つの地域区分とした。さらに1878年、郡区町村編制法の施行により福博が福岡区に改称され、「博多」を名乗る自治体は消滅した。

1889年に市町村制度の施行に伴い福岡区が市制を施行する際、市名を「博多市」にする、或いは福岡と博多を再分離する声も上がったが、いずれも実現せず、都市名は福岡市となった。市制施行のときの「名前争い」は深刻で、福岡派と博多派が互いに闇討ちをしあうという過熱ぶりであったという[要出典]。翌1890年,明治23年第2回市会は「名称問題」で紛糾し、採決したところ完全に賛否同数であり、福岡部出身の議長が議長席を降り一議員として投票したが再び同数となり、最終的に福岡部出身の議長代理者の裁決で「福岡」と決したものである[8]

明治のこの時点では、「福岡」と「博多」は別の地域という概念が強く残っていた。そのためちょうど同じ頃、当時の九州鉄道会社(後に国有化)が福岡市から現在の久留米市までの鉄道を敷設する際、市の中心駅は「博多」地区にあるということで駅名は福岡駅ではなく、博多駅となった。

なお「福岡駅」の名は、福岡市中央区天神に位置する西鉄の駅が名乗り、2001年には西鉄福岡(天神)駅と駅名が変更された。なお、1972年の政令指定都市昇格に伴い、行政区として「博多区」が設置され、ここにほぼ百年ぶりに「博多」の地名が復活することとなった。

かつて町人の商業都市として栄えた『博多』と武士の行政都市として発展した『福岡』は、『博多』をビジネス街、『福岡』を繁華街商業地と所を入れ替えている。

年表[編集]

原始 - 近代[編集]

近代[編集]

市制施行以後の行政区域の変遷については、「行政区域の変遷」を参照のこと。

  • 1870年 7月、福岡藩贋札事件。太政官札偽造が発覚。
  • 1871年 7月14日、廃藩置県により、福岡藩は福岡県となる。
  • 1872年 7月2日(太陽暦1871年8月17日)、黒田長知が藩知事を解任され、有栖川宮熾仁親王が就任。
    • 1月、県内を32区に区分し、福岡を第一区、博多を第二区とする。
    • 9月15日、県内を16区に再編成し、福岡を第一大区、博多を第二大区とする。
  • 1873年 6月、筑前竹槍一揆。福岡城内の県庁を打ち壊す。
  • 1876年 5月、県内を9区に再々編成し、福岡と博多を1つの区に統合し第一大区とする。
  • 1877年 3月、福岡事変。西南戦争に呼応した福岡藩士により福岡城襲撃が計画されるも失敗。
  • 1878年 11月1日、郡区町村編制法施行により福岡区とする。
  • 1889年
    • 4月1日、市制施行により、福岡区は福岡市となる。日本で最初に市制施行した市の一つ。
    • 12月11日、九州鉄道(初代)博多 - 千歳川間開業により、博多駅が開業。
  • 1898年 マグニチュード6の糸島地震。福岡市西部の糸島半島付近が震源地とされ、家屋の一部に被害が発生する。
  • 1899年 8月4日、博多港開港。
  • 1903年 京都帝国大学福岡医科大学(後の九州帝国大学医科大学、現在の東区内)を開設。
  • 1909年 医科大学教授榊保三郎により、日本最古級のアマチュアオーケストラであるフィルハーモニー会(現在の九大フィルハーモニー会の前身)設立。
    • 10月 市章を制定[9]
  • 1910年 3月9日、市内電車の福博電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線)。
  • 1911年
    • 1月1日 九州帝国大学(現・九州大学)創立。分科大学としてと工科大学を設置。
    • 4月1日 京都帝国大学から福岡医科大学が移管され、九州帝国大学医科大学となる。
    • 10月2日、市内電車の博多電気軌道が開通(のちの西鉄福岡市内線)。
  • 1923年 3月、曲淵ダムと平尾浄水場(現福岡市動植物園の植物園地区)が完成し、上水道による給水を開始。
  • 1924年 4月12日、九州鉄道(二代目。現在の西鉄天神大牟田線)が開業。
  • 1927年 3月25日 - 5月23日、東亜勧業博覧会開催。
  • 1929年 福岡 - 大阪 - 東京の定期旅客航空便が開設。旧入船町(現在の中央区内)の日本航空の水上機発着場を使用。
  • 1930年 名島水上飛行場(福岡飛行場、現在の東区内)が開場。福岡 - 大阪間は35円。
  • 1931年 9月、チャールズ・リンドバーグが名島水上飛行場に来場
  • 1932年 福岡市歌が制定される
  • 1933年 人口が熊本市を抜き、九州最大となる(1963年、新しく発足した北九州市に一旦九州一の座を明け渡した)。
  • 1936年 雁ノ巣飛行場(福岡第一飛行場、現在の東区雁ノ巣レクレーションセンターのあたり、当時は糟屋郡和白村)が日本初の国際空港として開場。名島水上飛行場(福岡飛行場)は福岡第二飛行場と改名。
  • 1937年 5月28日、ヘレン・ケラー来訪。西南学院福岡女学院および福岡聾学校を訪問。
  • 1945年
    • 5月、陸軍席田(むしろだ)飛行場(現在の福岡空港)開場。
    • 6月19日、福岡大空襲。米軍機による大規模夜間爆撃により死者902人を出した。

現代(戦後)[編集]

現代(21世紀)[編集]

発祥[編集]

福岡市が発祥の地とされる事象には、東アジア地域との文化交流や貿易によってもたらされたものが多い。

  • 日本における稲作農業の発祥の地 - 板付遺跡(博多区)から水田稲作の跡が発見されている。研究者によって異なるが、縄文時代晩期後半から弥生時代早期前半のものとされる。なお、佐賀県唐津市菜畑遺跡からも同時期の水田遺構が見つかっている。
  • 日本における禅宗の発祥の地
  • 日本におけるの発祥の地 - 1191年(建久2年)、栄西が中国から帰国後に禅宗を布教。その帰国時に茶の種を持ち込み日本で栽培を始めたとされる。なお、日本で初めて茶の栽培を行った地は佐賀県神埼郡吉野ヶ里町霊仙寺脊振山中腹)と言われている。
  • 日本におけるうどんそば発祥の地 - どちらも鎌倉時代初期、中国に留学していた禅僧、円爾(聖一国師)が帰国後に持ち込んだといわれる。承天寺には「饂飩蕎麦発祥之地」の石碑がある。
  • 日本における饅頭発祥の地 - 1241年(仁治2年)、円爾が立ち寄った博多の茶店の主人、栗波吉右衛門に教えたのが最初とされる。
  • 制服としてのセーラー服発祥の地 - 1921年(大正10年)、福岡女学院中学校・高等学校が採用。

行政[編集]

行政区域の変遷[編集]

市町村制施行以後。

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
山中立木 1889年5月27日 1892年11月26日
2 磯野七平 1893年1月11日 1894年12月7日
3 奥山亨 1895年5月21日 1899年7月3日
4 松下直美 1899年8月21日 1905年8月20日
5-6 佐藤平太郎 1905年9月23日 1914年7月6日
7 井手佐三郎 1914年11月28日 1918年11月27日
8-9 久世庸夫 1919年3月24日 1924年5月29日
10 立花小一郎 1924年8月23日 1925年8月17日
11 時実秋穂 1926年3月10日 1930年3月9日
12-13 久世庸夫 1930年6月17日 1938年1月21日
14 河内卯兵衛 1938年4月6日 1938年8月9日
15-16 畑山四男美 1939年1月7日 1946年5月18日
17 三好弥六 1946年8月14日 1947年3月28日
18(以後、公選) 三好弥六 1947年4月5日 1951年4月4日
19-20 小西春雄 1951年4月23日 1956年7月31日
21 奥村茂敏 1956年9月17日 1960年9月16日
22-24 阿部源蔵 1960年9月17日 1972年9月16日
25-28 進藤一馬 1972年9月16日 1986年11月8日
29-31 桑原敬一 1986年12月7日 1998年12月6日
32-33 山崎広太郎 1998年12月7日 2006年12月6日
34 吉田宏 2006年12月7日 2010年12月6日
35 高島宗一郎 2010年12月7日 (現職)

市議会[編集]

  • 定数:62人
  • 任期:2015年5月1日
  • 各区別議席数
    • 東区:12人
    • 博多区:9人
    • 中央区:7人
    • 南区:11人
    • 城南区:6人
    • 早良区:9人
    • 西区:8人


地方公営企業[編集]

国政[編集]

主な国の行政機関[編集]


司法[編集]

経済・産業[編集]

福岡市の博多湾地域は、古来から、大宰府の外港として日本の外交・貿易の窓口となり、時代が変わっても商人や有力者の本拠地となってきた。自然の良港であるため、悪天候時の船溜まりとしての機能もあったが、壱岐島対馬伝いでの朝鮮半島南部との国際貿易ルートを結ぶ重要中継貿易港の一つであった。

第二次世界大戦後は全国総合開発計画によって九州全体を管轄する政府の出先機関が集中して、地方行政拠点都市としての道を歩んだ。行政機能が集中するに従って民間の事業所なども集まり、九州を代表する商業・業務都市となっている。

近年は中国や韓国の企業が日本進出の足がかりとして、福岡市へ進出する例も散見される。このような動きを評価して、米国の雑誌ニューズウィーク誌2006年7月号は「世界で最もホットな10都市」に福岡市を選出した。

  • 卸売業販売額:九州内シェア45%(1999年商業統計調査)
  • 預金残高:九州内シェア36%(2000年度末福岡市統計書・金融経済統計)
  • 人口1000人あたりの学生数:政令指定都市中第2位(2000年国勢調査及び学校基本調査)
  • 福岡空港利用客数:全国第3位(2001年福岡市総務企画局調べ)
  • 博多港の外航旅客者数(釜山行の高速船航路):全国第1位(1993年以降連続)
  • 博多港コンテナ取扱個数:全国第6位、九州第1位(2001年福岡市港湾局調べ)

外食産業のロイヤル、総合スーパーのユニードダイエーに吸収合併)、家電小売のベスト電器など、物販やサービスの分野で新しい産業を生み出す土地柄である。しかし一方で、大手企業の九州支社・九州営業所・九州支店に依存する「支店経済都市」としての側面も強い。福岡市内の民営事業所のうち市外に本社を持つ事業所は全体の35%(2001年)を占めて、高い水準にある。

2002年度市内総生産額は6兆5642億5200万円。 2007年度市内総生産額は7兆1973億6100万円。札幌市を抜いて日本で第5位になる。 (一人あたり市内総生産額では東京,大阪,名古屋について大都市中4位)

第一次産業[編集]

2002年度の第一次産業による総生産額は91億6600万円。

農業[編集]

市内の農家戸数は3,000戸程度(2002年で3,261戸)と、他の大都市同様、農家戸数は極めて少ないが、農地面積は3,000haと、市域面積の1割弱を占める。全農地面積中、田の占める割合は約7割に及ぶ。農業形態は野菜と花卉を中心とする典型的な近郊農業の特徴を示しており、農業生産額に占める割合の半分程度を野菜が、4分の1程度を花卉が占めている。

林業[編集]

市域南西部などにある山林で、わずかながらスギヒノキ伐採を中心とした林業が行われている。

中央区港の漁船と街並み(2008年9月19日撮影)

漁業[編集]

第二次産業[編集]

福岡市の産業のうち、第二次産業は市内総生産および事業所数において約10%、従業者数において約12%を占める。いずれも大都市としては低い水準にあり、市内総生産に占める第二次産業の割合は製造品出荷額は小さい(政令指定都市の中では下から2番目)。工業の中心は、都市型工業である食品加工業(食料品・飲料)や出版・印刷業などの情報関連産業が占めている[10]

福岡市では重工業があまり発達していないため、福岡市内の小学校では5年生を対象に、北九州工業地帯にある工場など(日産自動車苅田工場など)を見学する「北九州見学」という行事が行われている。

伝統工芸品[編集]

第三次産業[編集]

福岡市における第三次産業は市内総生産額の約95%、事業者数の約90%、従業者数の約87%を占めている。いずれの割合も政令指定都市としては最も高い水準にあり、大都市の中でも第三次産業のシェアが極めて高い都市であることを示している。特に卸売・小売業とサービス業は、それぞれ市内総生産の約4分の1を占めている。このため商業・サービス業中心の大都市としての色合いが強く出ている。

福岡市内の主な百貨店[編集]

かつて存在した百貨店

  • 福岡松屋(中央区天神4丁目)
  • 福岡玉屋(博多区中洲3丁目、1999年閉店)
  • 博多井筒屋(博多区博多駅中央街、2007年4月1日に再開発のため立ち退き・閉店)

公益企業[編集]

金融機関[編集]

本社を置く主な企業[編集]

マスメディア[編集]

テレビ・AMラジオ局[編集]

FMラジオ局[編集]

コミュニティ放送局[編集]

日刊新聞[編集]

ブロック紙

全国紙

地方紙

外交[編集]

国別外国人登録数[編集]

2010年9月30日時点における福岡市の外国人登録総数は23,651人。

内訳
国籍別(上位) 人数
中国 12,178 (51.5%)
韓国北朝鮮 6,226 (26.3%)
フィリピン 899 (3.8%)
アメリカ合衆国 631 (2.7%)
ネパール 473 (2.0%)
ベトナム 307 (1.3%)
インドネシア 304 (1.3%)
その他 2,635 (11.1%)


日本の他都市と同様、中国人と韓国・朝鮮人で外国人登録者総数の約8割を占める。しかし、近畿圏広島市北九州市など、西日本の大都市では韓国・朝鮮人登録者数が外国人登録者総数の半分あるいはそれ以上を占めているのに対して、福岡市では中国人登録者数が韓国・朝鮮人登録者数を上回る。

国際交流都市[編集]

外国公館・施設など[編集]

国際機関[編集]

領事館[編集]

名誉領事館[編集]



貿易施設[編集]

  • 韓国の旗韓国貿易センター福岡
  • タイ王国の旗タイ国政府貿易センター福岡
  • フランスの旗フランス大使館経済商務部福岡支部
  • 中華民国の旗台湾貿易センター福岡事務所
  • 中華人民共和国の旗中国江蘇省中小企業日本代表処
  • イタリアの旗イタリア貿易振興会福岡事務所

上記の他、英国貿易促進事務所が存在したが2005年6月をもって閉所した。

観光促進施設[編集]

その他外国機関[編集]

  • アメリカ合衆国の旗福岡アメリカン・センター
  • フランスの旗アンスティチュ・フランセ九州(旧九州日仏学館)

地域施設[編集]

教育施設は下記「教育」を、文化施設については下記「文化」を参照。

警察[編集]

福岡県警察本部の管轄下、以下に示す警察署がある。カッコ内は管轄区域。交番・駐在所については各区の記事を参照。

消防[編集]

福岡市消防局の管轄下、各区に1か所ずつ消防署がある。出張所については各区の記事参照。

郵便[編集]

福岡中央郵便局

2007年(平成19年)5月、日本郵政公社の民営化による事業拠点集約に伴い、福岡都市圏の郵便物の集約・発送の中核拠点として東区に「新福岡郵便局」(民営化後は郵便事業会社管轄、新福岡支店に移行)が開設された。その際、今宿、北崎、周船寺、早良南の4局は取集事務が廃止され配達のみを行う「配達センター」に、それ以外の郵便局は「統括センター」にそれぞれ移行し、民営化に伴い統括センター設置郵便局に郵便事業会社支店が、配達センター設置局に集配センターが置かれた。

集配局
市内にある集配局は以下の通り。番号は各集配局に対応する郵便番号で、括弧内は大凡の管轄区域である。

図書館[編集]

分館として、福岡市東図書館・福岡市和白図書館・福岡市博多図書館・福岡市博多南図書館・福岡市中央図書館・福岡市南図書館・福岡市城南図書館・福岡市早良図書館・福岡市西図書館がある。

博物館・美術館・動物園 等[編集]

主な学校[編集]

大学[編集]

国立

県立

私立

短期大学[編集]

私立

高等学校・中学校・小学校[編集]

  • 市立小中学校については、各区の記事を参照。
  • 公立高等学校は福岡女子高校を除きすべて男女共学。

県立高等学校[編集]


市立高等学校[編集]

私立初等・中等教育機関[編集]

男女共学校

男子校

女子校

国立小中学校[編集]

特別支援学校[編集]

学校教育以外の教育施設[編集]

自動車教習所

福岡労働局長登録教習機関

登録小型船舶教習所

インターナショナルスクール

交通[編集]

概要[編集]

市内の公共交通
鉄道としてはJR線、西日本鉄道(西鉄)のほか福岡市地下鉄3路線が整備されている。福岡市は地下鉄とバスが事業主体の違いから競合関係となっており、郊外から都心へ直接向かうバス路線や都市高経由のバス路線が多く設定されているが、10年以内を目途に複数の地下鉄駅にバスターミナルを整備することで都心部へのバスの流入を減らす構想がある[11]。バス&ライドは大橋駅藤崎駅などでは頻度も多く機能しているが、その他の鉄道駅では、バス路線の接続性が悪く、運行本数は少ない。なお、南区には唯一地下鉄がないが西鉄天神大牟田線の市内区間は地下鉄と遜色ない頻度で運行されている。
共通乗車カードとしては、ICカードであるSUGOCAJR九州)・nimoca(西鉄)・はやかけん(地下鉄)、ならびにSuicaJR東日本)などの「全国相互利用サービス」対応の各カードが市内の全ての電車・バスで利用可能となっている。磁気式カードとしては、よかネットカードワイワイカードえふカードが存在したがICカード乗車券の普及により全て廃止された。
都市圏の交通
福岡都市圏への主な広域道路網は、九州自動車道、西九州自動車道、国道3号線、筑紫バイパスなどである。
鉄道は福岡市地下鉄西日本鉄道(西鉄)・JR(JR九州JR西日本)があり、西鉄・JRは近郊輸送における都市間電車・郊外電車の機能も持つ。
西鉄の路線は全線が福岡県内に所在する。天神から南へ延びる天神大牟田線は特別料金不要の特急・急行電車を運行する主要路線で筑紫地域久留米柳川などの県南部からの利便性が高い。反面、東へ延びる貝塚線は貝塚で地下鉄箱崎線と接続しているものの、相互乗り入れは行っていない。
JR九州の在来線は従来長距離輸送を重視しており、快速・普通列車の速達性などは低く、近郊輸送や都市圏交通としての利便性は都市規模に比してあまり高くはなかったが、2011年3月の九州新幹線の全線開業に合わせたダイヤ改正で、並行在来線区間における特急の減便と併せて普通・快速列車が増発され、やや改善された。
地下鉄空港線はJR九州筑肥線との直通運転で佐賀県北部の唐津市まで乗り入れており、唐津市から乗り換えなしで天神、福岡空港へ行くことが出来る。
市南部の交通対策
昭和期の急速な都市化に伴い、市の西南部・中南部では唯一の交通機関であった道路網の整備が不十分かつ遅れたため、主要道路の渋滞の激化や生活道路への流入等の交通問題が深刻化していた。
以前より課題であった市西南部への交通対策は、前述の地下鉄七隈線に加え、福岡外環状道路が2011年4月、福岡高速5号線が2012年7月にそれぞれ完成供用され、高速5号線が福岡高速環状線になり市内の環状幹線道路網が完成した。また、これらに接続する新たな主要幹線道路として若久通り城南学園通り原通りなどの南北幹線が整備され、1970年代から良くなかった市南部(西南部、中南部)への道路状況は、不況、少子高齢化による交通量の減少と相まって、2010年前後に入りようやく改善の兆しが見えつつある。
中南部については、2000年代中ごろに地元有力国会議員の山崎拓にちなんだ地元では「山崎道路」といわれる構想[12]が噂があったが立ち消えとなった。中南部への軌道系交通機関の整備も含め、現状は全て構想段階に止まり、具体化している有効な交通対策は現時点で存在しない。
遠隔地への連絡
航空路線・鉄道(新幹線を含む)・高速バス路線・船舶航路が整備されている。航空路線・船舶航路は日本国外へも運航している。長距離航路は立地条件の関係で外海航路のみ。内海航路となる四国・関西・関東方面へのフェリーは北九州港に発着する。博多港からの釜山行きの航路は国際旅客数日本一である。
JR九州では博多駅をハブターミナルとしており、数多くの特急電車を博多駅中心に九州内くまなく運行している。
山陽新幹線は、北九州市との間で通勤用として利用されているほか、本州方面への重要な交通路として利用されている。2011年3月12日に全線開業した九州新幹線は、熊本市鹿児島市との間の時間的距離を大幅に短縮した。
天神バスセンター博多バスターミナルから高速バスが多く運行されている。天神バスセンターから北九州、佐賀をはじめ熊本、長崎、大分方面への路線は1時間に2本 - 4本と本数が多く利用者が多い。

空港・港湾[編集]

福岡空港と博多港を合わせた外国人入国者数は、成田国際空港関西国際空港に次いで、外国人に対する日本の第三の玄関口となっている[13]。 また、博多港は外国航路の旅客数日本一を誇る港でもある。

  • 外国人入国者数:福岡空港 432,750人(空港計4位、2007年)博多港 287,220人(海港計1位、2007年)
  • 日本人出国者数:福岡空港 679,279人(空港計4位、2007年)博多港 134,382人(海港計1位、2007年)

利用者数・発着数増に対して設備拡張や運用の工夫を行った(第2ターミナルの建て替え、国際線地区を滑走路西側に移転し第3ターミナルを到着専用化、滑走路34へILSを設置、東方からの到着便に短距離の飛行ルートを設定など)が、滑走路が1本であるということは改善されていない。「アジアの玄関口」「九州一の都市の空港」として旅客数・発着回数とも2000年ごろまで増加を続け、以降2005年まではほぼ横ばいとなっている。九州地方の空港では、路線数・便数ともに抜きん出ている。一方で、市街地に近く東区箱崎九州大学の真上を飛行する点から騒音問題や安全面で不安視されている。

福岡市地下鉄空港線福岡空港駅から博多駅までは約5分、天神駅までは約10分である。また、北部九州の他地域からの直通バスが多く運行されている。

将来の需要動向やそれへの対応策について、2005年からパブリックインボルブメントをおこなって将来像を検討している。2008年現在、将来需要は現在の空港の能力を超えるという試算のもとに、新空港建設案及び、現在地での拡張案の二案に絞って平成20年度中の一本化が図られる見通しである。

鉄道[編集]

鹿児島本線で使われている電車(JR九州813系
天神大牟田線の特急電車(8000形
天神大牟田線の電車(3000形
地下鉄空港線・箱崎線の電車(2000形

JR線の中心駅は博多駅、西鉄の中心駅は西鉄福岡(天神)駅となる。

主要駅・乗換駅・ターミナル駅

その他の駅(抄)

貨物専用路線は除く。

すでに廃止された路線

バス路線[編集]

西鉄バス

福岡市交通局は発足当初より地下鉄専業であり、元来福岡市において市営バスは存在していない。市内の大部分は西鉄バスによる運行で、100種類を超える系統が存在している。乗車方法はどの事業者も後乗り前降り後払いで、運賃は原則として整理券による区間制である(ただし市の中心部などに100円均一区間が存在する)。一般路線バスでは一部を除き、非接触型ICカードのnimocaはやかけんSUGOCASuicaが利用できる。

市内の主要バスターミナル

一般路線[編集]

西鉄バス西日本鉄道西鉄バス筑豊西鉄バス宗像
市内の大半の地区に路線を持つ。福岡市内の大半の路線は西日本鉄道が運行しているが、一部の路線は分離子会社の西鉄バス筑豊・西鉄バス宗像が運行している。糸島市以外の福岡市周辺の市町村と福岡市内を結ぶ路線も多数ある。西区の今宿以西では九州大学伊都キャンパスと福岡市中心部を結ぶ路線のみがある。
昭和自動車(昭和バス)
主に西区内に路線を持つ。福岡市内と糸島市を結ぶ路線もある。
JR九州バス
福岡市の博多バスターミナルと糟屋郡久山町宮若市直方市を結ぶ直方線を運行する。
姪浜タクシー(路線バス事業)
昭和自動車が廃止した路線の代替として、福岡市の補助を受け、姪浜駅 - 今宿 - 今宿野外活動センター間を結ぶ今宿姪浜線を運行する。
福岡昭和タクシー(乗合タクシー
糸島市コミュニティバスを運行しており、一部の区間が福岡市内にある。
協和タクシー
新宮町コミュニティバス「マリンクス」を運行しており、福岡市内の福工大前駅を経由する。

コミュニティバス[編集]

2014年3月現在、福岡市が運行主体となるコミュニティバス路線は過去も含めて運行されていない。

福岡市・地域・交通事業者などによる協議会を立ち上げて福岡市内で運行する(もしくは過去に運行していた)路線としては以下の路線がある。

  • 今宿姪浜線乗合マイクロバス・なぎさ号 - 昭和バスの廃止に伴う代替措置。姪浜タクシーが運行。福岡市西部乗合タクシー・マイクロバス社会実験協議会を設置し2006年11月1日から2007年10月30日まで運行し、翌日から今宿姪浜線乗合マイクロバス連絡協議会を設置し引き続き運行。
  • 板屋脇山線 - 西鉄バスの廃止に伴う代替措置。板屋脇山線乗合タクシー連絡協議会を設置し飯倉タクシーが乗合タクシーとして運行。
  • 志賀島島内線 - 西鉄バスの廃止に伴う代替措置。志賀島地域バス連絡協議会を設置し引き続き西鉄バスとして運行(ただし分離子会社の西鉄バス宗像に移管)。
  • 脇山支線 - 西鉄バスの廃止に伴う代替措置。早良区南部地域バス連絡協議会を設置し引き続き西鉄が運行。
  • 金武橋本線 - 西鉄バスの廃止に伴う代替措置。金武・橋本地域バス連絡協議会を設置し引き続き西鉄が運行。
  • 福大病院(外環状)大橋線 - 西鉄が運行。
  • 橋本地域循環バス - 西鉄が運行。
  • 美和台コミュニティバス - 西鉄が運行。2012年2月27日 - 5月26日運行。運行休止中。
  • 長丘 - 高宮循環バス - 西鉄が運行。

なお、糸島市コミュニティバス前原今宿線・川原線(福岡昭和タクシー)が福岡市内に乗り入れ、福岡市内相互停留所間の乗降も可能である。また、新宮町コミュニティバス(協和タクシー)も福工大前駅に乗り入れているが、福岡市内の停留所は福工大前駅のみである。

高速バス・特急バス[編集]

市内を発着する高速バス・特急バス路線は以下の通り。なお、福岡空港発着は除く。同空港発着路線については、福岡空港#高速・特急・急行バスを参照。

夜行・昼行ともにある路線

桜島号

夜行のみの路線

博多地区のみで乗車可

博多地区・天神地区の双方で乗車可

昼行のみの路線

博多地区のみで乗車可

天神地区のみで乗車可

博多地区・天神地区の双方で乗車可

タクシー[編集]

福岡市タクシー協会の下、第一交通産業グループ、西鉄タクシーグループ、西日本自動車、はかたタクシー、福岡昭和タクシー、ラッキータクシーなど、市内で約80社が営業している。営業は流しによる営業が主である。また福岡都市圏各市町村(宗像市福津市を除く)のタクシー事業者は福岡市内での営業が認められており、これらを合わせると実質約100社、6,000台のタクシーが福岡市内で営業している。なお逆に、福岡市内のタクシーが上記の福岡都市圏各市町村で営業することもできる。個人タクシーは福岡都市圏の登録タクシー台数の約3割を占めており、登録台数に占める割合としては全国的に見ても高水準にある。

福岡市では、市内を流す一般のタクシーは基本的には小型車(乗客4人まで乗車可)のみで、中型車(乗客5人乗車可)は博多駅や福岡空港にある専用乗り場もしくは電話予約に限られる。

一部に運賃を低運賃としている事業者もある。

道路[編集]

市内を通る主な道路[編集]

高速自動車国道

有料道路

一般国道

県道
県道については各区の項を参照。

主な通り名称[編集]

航路[編集]

  • 港湾:博多港 - 特定重要港湾。「博多港」とは福岡市内の各港湾の総称で、実際には中央埠頭や博多埠頭など、市内各所に分散している。
ニューかめりあ号
ヴィーナスとベイサイドプレイスの商業施設
福岡市営渡船「きんいん3号」

下記航路は旅客航路のみ掲載。

国際航路[編集]

国内(福岡市外)航路[編集]

市内航路[編集]

福岡市営渡船「フラワーのこ」。

観光・文化[編集]

天神地区
キャナルシティ博多
中洲の清流公園の屋台街

主な街[編集]

観光地[編集]

JR博多シティ

図書館[編集]

福岡市総合図書館
福岡市博物館(2008年8月20日撮影)
  • 福岡県立図書館(東区)
  • 福岡市総合図書館・福岡市点字図書館(福岡市総合図書館内)(早良区)

※この他、各区にも市民センター併設の小規模図書館・図書室がある。

博物館・美術館など[編集]

神社[編集]

祭事・催事[編集]

※スポーツ大会は別記。

郷土料理・土産菓子[編集]

その他[編集]

  • HKT48
    福岡・博多を拠点に活動する秋元康氏がプロデュースするアイドルグループ。ホークスタウンモール内にあるHKT48劇場にて劇場公演を行っている他、最近では東京での仕事も増え、知名度は全国に進出してきつつある。
  • 九州交響楽団
    社団法人日本オーケストラ連盟の正会員であるプロオーケストラ(九州で唯一)。中央区天神のアクロス福岡シンフォニーホールで定期演奏会を年間8回開催
  • 福岡アジア文化賞
    アジア太平洋博覧会(よかトピア)を記念して1990年に始まった、アジアの文化の創造と保存に貢献した人物に送られる賞。ムハマド・ユヌスや作家の莫言が受賞している。

スポーツ[編集]

プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム[編集]

福岡ヤフオク!ドーム(2008年8月20日撮影)

福岡市で毎年開催されるスポーツ大会[編集]

過去に開催された国際スポーツ大会[編集]

名誉市民[編集]

福岡市出身の有名人[編集]

太字は故人。福岡市に合併された町村の出身者も含む。

近現代以前の人物[編集]

政官界[編集]


経済界[編集]

学界[編集]

芸能・マスコミ[編集]

俳優


タレント

歌手・ミュージシャン


声優

アナウンサー・司会者

文学[編集]


芸術[編集]

映画[編集]

漫画家[編集]


スポーツ選手[編集]

野球・ソフトボール

バスケットボール

格闘技

室内競技


その他[編集]

福岡市を舞台とした作品[編集]

実際に福岡市で撮影が行われていないものを含み、福岡市で撮影を行っていても設定上、福岡市が舞台になっていないものは含めない。

漫画アニメ

テレビドラマ

小説

映画

ゲームソフト

  • リフレインラブ(実際は福岡市を舞台にしているのではなく、地名や人名に福岡市に実在する地名を用いている。また背景の映像などは福岡市内の風景をモチーフにしている)

百選[編集]

避難場所[編集]

福岡市では大規模災害が起きた場合、福岡市の避難場所が福岡ドームと定められている。またドームに倒壊の危機が迫った場合、福岡市の最終避難場所は、地行中央公園である。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 福岡城の名称は、黒田氏の故地・備前福岡に由来する。
  2. ^ 都会生活研究プロジェクト『博多ルール』2010年2月24日発行
  3. ^ https://www.google.co.jp/?gfe_rd=cr&ei=1UTMU5XAAsvS8ge314D4DQ&gws_rd=ssl#q=%E7%A6%8F%E5%B2%A1+%E5%86%AC+%E5%AF%92%E3%81%84
  4. ^ 平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2012年8月4日閲覧。
  5. ^ 観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2012年8月4日閲覧。
  6. ^ 平成17年度実績で政令都市(東京都区部を含む)のうち、東京都区部(47.9%)、広島市(23.1%)、大阪市(22.6%)に次ぐ第4位(20.4%)。出典:平成18年度達成度報告書・平成19年度業績計画書(2007.6.29) 【施策-13】無電柱化による都市景観向上
  7. ^ この他、福岡を称する駅として当市外では富山県高岡市(旧西礪波郡福岡町)にJR北陸本線福岡駅がある
  8. ^ 福岡市議会史の編さん”. 福岡市議会 (日本). 2014年7月9日閲覧。
  9. ^ 図典 日本の市町村章 p205
  10. ^ 広島都市圏に必要なことを考える〜札幌・仙台・広島・福岡4つの中枢都市圏の比較から〜 (国土交通省中国地方整備局、2005年)(pdfファイル)より
  11. ^ 福岡市営地下鉄/西鉄バス バスターミナル併設の拠点駅を整備(産経新聞2013年3月11日)
  12. ^ (天神から薬院新川沿いに南下、平尾の小山および鴻巣山山地を2本のトンネルで抜け、寺塚・長住方面に出る)
  13. ^ JNTO(国際観光振興機構)訪日外客数・出国日本人数(2007年確定値)(pdfファイル)20p入国港/月別 外国人正規入国者数、21p出国港/月別 日本人出国者数より

外部リンク[編集]

行政

観光