福岡市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

福岡市
ふくおかし
日章旗 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
団体コード 40130-7
面積 341.11km²
総人口 1,445,628
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 4,240人/km²
隣接自治体 福岡県
大野城市春日市前原市志摩町
那珂川町宇美町粕屋町志免町
新宮町久山町

佐賀県
佐賀市神埼市吉野ヶ里町

市の木 市の木:クロガネモチ
広場の木:クスノキ
(1979年10月制定)
市の花 夏の花:フヨウ
冬の花:サザンカ
(1979年10月制定)
市の鳥 野山の鳥:ホオジロ
海の鳥:ユリカモメ
(1989年6月制定)
福岡市役所
所在地 〒810-8620 福岡県
福岡市中央区天神一丁目8番1号
電話番号 092-711-4111
外部リンク 福岡市役所

福岡市位置図(福岡県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村

福岡市行政区画図

特記事項:
福岡市旗
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

福岡市(ふくおかし)は、九州の北部、福岡県の西部に位置するである。福岡県の県庁所在地であり、政令指定都市となっている。

目次

[編集] 概要

人口約144万人(2008年現在)を抱えており、名実共に九州第一の都市である。商業都市としての性格が強く、古くから商業がたいへん栄えている都市で、多くの官公庁の行政機関や全国企業の支社などが置かれており、商業・業務等の高度な都市機能や広域交通機能の集積を背景に九州地方の中枢管理都市として発展してきた。東京特別区を含む都市の人口では全国で8位であり、また福岡市周辺には都市雇用圏人口で全国第5位の規模を持つ福岡都市圏を形成する。百貨店、大型ファッションビル、地下街などが集積する天神エリアが商業の中心であるが、1990年代以降は大名赤坂など天神の周辺地区にも多くの店舗が進出している。また、天神の東には川端中洲といった繁華街が存在するほか、大型商業施設キャナルシティ博多があり、これらの商業集客力は広域に及び、佐賀県長崎県大分県熊本県山口県などが商圏に含まれていると言われている。さらに全国的にも有名な歓楽街中洲南新地を有し、昼夜を問わず人通りが絶えない活気のある都心を形成している。業務機能は天神エリアと博多駅周辺エリアに集積している。特に交通至便な博多駅周辺や祇園駅周辺が業務機能の中心になりつつある。

福岡市は天神・博多駅周辺の都心部を中心として西に西新地区、東に香椎地区、南に大橋地区の3地区をそれぞれ副都心として位置付けている。特に西新や香椎は小規模な繁華街を形成しており、さらに多数の学校や大学が位置し活気ある街として発展している。この副都心群は住環境に優れ、都心部へのアクセスが良いとして住民も増加傾向にある。なお、福岡市は人口100人あたりの学生数が6.47人で、これは日本の大都市では京都市についで2番目に多い[1]

市の規模に対して犯罪率(認知件数÷人口)は3.3%と高めであり、治安が良いとは言えないのが現状である。(ちなみに、他の主要都市の犯罪率は札幌市2.0%、横浜市2.1%、東京23区2.4%、名古屋市3.8%、大阪市4.2%である)[2]

福岡市以外の地域の人は福岡市の事を指して「博多(はかた)」と呼ぶことがある。これは、中世より現在の博多区西北部にあった街が「博多」という名前で認識されていたことや、山陽新幹線の終着駅が「博多駅」であり、ビジネスでも福岡へ出張することを「博多に行く」と呼んでいた程、博多という名前が浸透していたからである。「福岡」は江戸時代に現在の中央区に福岡城を築いた際にその城下町を「福岡」と名づけたのが由来である。歴史的にも、明治22-23年に福岡市にするか博多市にするか、議会で議論されていたくらいである。又、福岡と博多をあわせて「福博(ふくはく)」と呼ばれることもある。

[編集] 地理

鴻巣山(南区)より福岡市街地を望む

[編集] 位置

九州の北部、日本海博多湾今津湾玄界灘)に面した半月型の福岡平野の大半の部分を市域とする。北は博多湾の北辺に位置する砂州である海の中道陸繋島である志賀島、西は糸島半島の東部まで市域となっている。南・南西は脊振山地に含まれる山間部まで市域が伸びており、佐賀県に接している。ほかに有人島嶼として、博多湾上の能古島や市の西部で博多湾口付近の玄界灘上に浮かぶ玄界島、そのさらに西北部にある小呂島を市域に含んでいる。

福岡市から壱岐対馬を挟んで向かい側に朝鮮半島がある。日本の主要都市としては朝鮮半島や中国などの東アジア諸国・地域に最も近い都市で、直線距離では東京特別区から約1100km、大阪市から約550km、韓国釜山広域市から約200km、同国の首都・ソウル特別市から約550km、中国上海市から約900km、台湾台北市から約1300kmの位置である。

[編集] 地形

市域の多くは福岡平野に含まれており、一部に小高い山なども存在するものの概ね平坦である。市域西部・西南部は脊振山地の一角を成しており、標高が高く起伏の大きい地形となっている。 市街地の海岸部は大半が埋立地であり、港湾・住宅などが建設されている。また、博多湾東部には人工島も建設されている。一方、西区の大部分や東区海の中道と島嶼部などには自然海岸も残っている。また、玄界島の北方約300mに黒瀬と呼ばれる幅200m程度の岩礁が発達している。黒瀬は、新生代第四期に活動した福岡県唯一の火山島に分類され、玄武岩で構成されている。

市内を流れる河川としては、市域中心部を流れる那珂川御笠川や市域東部を流れる多々良川、市域西部を流れる室見川などがあるが、一級河川はない。従って自主水源に乏しくたびたび大規模な渇水(例:昭和53-54年福岡市渇水)に見舞われている。

長大河川はない一方で、前述のとおり平野周辺の山地から短い河川長とやや急な勾配で博多湾に流れ込む河川はおおむね市街地を経由しているため、集中豪雨があった場合に氾濫しやすく、それが福岡平野を形成したと見られるが、現代において都市治水上の課題となっている。

[編集] 気候

福岡市気候表
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
72
 
10
3
 
 
71
 
11
4
 
 
109
 
14
6
 
 
125
 
19
11
 
 
139
 
24
15
 
 
272
 
27
19
 
 
266
 
31
24
 
 
188
 
32
25
 
 
175
 
28
21
 
 
81
 
23
15
 
 
81
 
18
10
 
 
54
 
13
5
気温 °C
総降水量 mm
出典: 気象庁

地形や海流が複雑に影響しあい、温暖で夏期において多雨な太平洋側気候の一面を見せつつ、冬場においては日本海側気候の一面も見せる二面的な気候が特徴である。年平均気温は概ね17℃前後、年間降水量は概ね1500~2000mm程度で推移している。

夏期は最高でも36℃に達することは少なく、九州の他地域と比べると極端な猛暑とはなりにくい。ただし、都市化によるヒートアイランド現象により周辺部より気温が高い場合がある。冬期は北側の玄界灘を流れる暖流である対馬海流の影響を受けるので、平野部においては最低気温が零下となることは少ないが、北西季節風の影響を受けるため曇天の日が多い日本海側気候の特徴を見せる。気象庁の統計では年間降雪日数が17日で、年によってばらつきも大きいが積雪することもある(佐賀市鹿児島市と並び九州の県庁所在地の中では積雪量が多い。以上1971~2000年の平均値より)。

年間日照時間は概ね1800~1900時間程度にとどまっており、九州の他地域に比べてやや短い。

[編集] 行政区

赤:東区、緑:博多区、青:中央区、黄:南区、橙:城南区、黄緑:早良区、紫:西区

以下の7つので構成される。

[編集] 市街地構成

シーサイドももち
福岡タワーより南東を望む(2008年8月20日撮影)

市の中央部にある天神地区(中央区)が市の中心部で、ここには数多くのデパートやビルが建ち並んでいる。天神から那珂川を挟んだ東隣には那珂川の本流と支流(博多川)に挟まれた中州地形部分があるが、そこが九州最大の歓楽街である中洲である。そのさらに東隣は「博多」の市街地である。その博多市街地の南東に博多駅が位置している。中洲から博多駅の間の一帯はオフィスビルやビジネスホテルなどが建ち並ぶビジネス街である。天神地区の西および西南に位置する大名、今泉、警固では、1990年代後半ごろから主に若者をターゲットとした店舗が増え、若者の町として急速に発展している。

大名から西へ行くと福岡城跡がある。さらに西方、天神から約4kmの位置には、福岡市の副都心を成す繁華街の西新(早良区)がある。西新の北側は1980年代に埋立により開発された土地で、シーサイドももちと呼ばれ、新しい市街地が形成されている。

市域東部の博多湾沖にはアイランドシティ(東区)と呼ばれる人工島が建設されている。現在は港湾地区の一部と住宅地の一部が竣工している。将来は宅地開発による発展が期待されている。

このほか、香椎駅西鉄香椎駅周辺の香椎地区(東区)や、福岡市地下鉄姪浜駅周辺の姪浜地区(西区)、西鉄大橋駅周辺の大橋地区(南区)にも商業地が発達している。

[編集] 「福岡」と「博多」

都市名は「福岡」であるが、「福岡」を称する市の中心駅名は、西鉄西鉄福岡(天神)駅(旧名称は「西鉄福岡」)のみで、JRは「博多」を用いている。[3]

福岡は福岡藩黒田氏の武家町、博多は古来から国際貿易港としての商人町として栄えた歴史があり、那珂川を境として元々は別々の都市であった。市制施行の際に一悶着があったが、都市名を福岡、中央駅名を博多にすることで合意(詳しくは歴史で後述)。新幹線開通時は博多が玄関口となり、博多の知名度が大きく上回ったが、今日では城下町のはずれに位置した天神地区の台頭もあり、かつての「福岡」が商業の街、「博多」がビジネス街となった。こうしたことから「博多」より「福岡」という名称で呼ばれることが多くなり、博多は都市内の一地区名でしか用いられないことが多くなった。 ただし、現在の中心部の天神地区の繁華街としての発展は、戦後旧博多部から現在の新天町に移った「博多商人」の力なくしてはあり得ない。ことに明治時代、時の博多豪商「渡辺与八郎」の尽力により、他の都市に遅れを取っていた市内電車の導入を果たし、当時多くを所有していた天神町付近(現在の天神)の土地を福岡市に寄付し、福岡市の発展に力を注いだ。そしてその功績を称え、福岡市の中心部を南北に貫く目抜き通りは「渡辺通り」と称している。市名は福岡ではあるが、その発展の基礎の多くは博多が作り出したと言っても過言ではない。

[編集] 隣接する自治体

以下の各市町に隣接している。括弧内は、その市町が隣接している福岡市の行政区。

隣接市町のうち、福岡県に属している市町は、いずれも福岡市のベッドタウンとして発達している。しかし、佐賀県に属している市町は福岡市とは脊振山地によって隔てられており、ベッドタウンとして発展するには至っていない。

2005年10月1日に佐賀県内の佐賀市と佐賀郡諸富町大和町富士町神埼郡三瀬村が合併し、新市制による佐賀市が誕生したことで、県境を挟んで県庁所在地同士が接することになった。但し、福岡市と佐賀市の中心部は直線距離で50kmほど離れている。

海を挟んだ長崎県壱岐市対馬市とも隣接扱いされる事もある。電話料金は離島特例として隣接扱いである。

[編集] 人口

福岡市と全国の年齢別人口分布図(比較) 福岡市の年齢・男女別人口分布図
紫色は福岡市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 1,088,588人
1985年 1,160,440人
1990年 1,237,062人
1995年 1,284,795人
2000年 1,341,470人
2005年 1,401,279人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 歴史

[編集] 原始

諸岡遺跡(博多区)や吉武遺跡(西区)から旧石器が出土しており、旧石器時代には既に人々が住み着いていたと考えられる。

縄文時代の遺跡としては、糸島半島東部の大原D遺跡(西区)で縄文時代早期の竪穴住居が見つかっているほか、柏原遺跡(南区)からは草創期から後期の土器や集石炉が見つかっている。中期の遺跡として、野多目拈渡遺跡(南区)や有田遺跡(早良区)からイチイガシなどのドングリ類の貯蔵穴がまとまって見つかっている。後期の遺跡では、元岡瓜尾貝塚、桑原飛櫛貝塚(いずれも西区)などの貝塚があり、四箇遺跡(早良区)からは多数の縄文土器や石器が出土している。

紀元前4世紀には日本最初期の稲作が始まり、市内の板付遺跡(博多区)にはその跡が残る。また志賀島(東区)で発見された金印倭奴国王印」は、1世紀頃の大陸文化との交流を示す貴重な資料である。後漢書東夷伝にある「建武中元二年(西暦57年) 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」の記事にある印綬は、この金印のことだと考えられている。

ちなみにこの「中国に朝貢していた」という記録が金印の発見時にひとつの騒動を起こす。天明4年(1784年)に百姓甚兵衛により金印が発見されたとき、主として国学系の学者たちが「中国に朝貢していたとはけしからん。このようなものは鋳つぶしてしまうべきである」と強硬に主張し、一時、福岡藩の藩論もそちらに傾くのである。それを、藩校・甘棠館の学長をしていた儒学者亀井南冥が身体を張って阻止したという。

市内各地に古墳が残っており、平野部には那珂八幡古墳東光寺剣塚古墳梅林古墳今宿大塚古墳などの前方後円墳が点在し、油山などの丘陵部には油山古墳群、金武古墳群、今宿古墳群などの円墳の分布地帯がある。

[編集] 古代

663年、百済再興を目論んで派遣した倭国軍が、白村江の戦いにて唐、新羅軍に大敗北を喫する。唐、新羅連合軍の報復に備えた大和朝廷は、その守りとして博多湾岸に防人を配し、水城大野城などの城砦を築く。これより後、全国から徴発された若者が防人として北部九州に配備され、故郷を遠く離れて軍務に就く辛さと哀しみを詠い、万葉集に残されている。

史実であるかどうかは定かではないが、神功皇后三韓征伐伝説がこの地には多く残る。東区香椎の香椎宮は、神功皇后が夫である仲哀天皇の神霊を祀ったところである。

7世紀から11世紀にかけては、国際交流が盛んになり、665年には筑紫館(つくしのむろつみ、つくしのたち)が建設され、これが後に大宰府の迎賓館となる鴻臚館(こうろかん)となった。外国からの使節の接待、遣唐使などの送別といった迎賓館としての機能に加えて、貿易事務所、検疫所的な役割も果たしていたらしい。鴻臚館遺跡は1988年に当時の平和台野球場の外野席の土盛りの下から発見され、市民を驚かせたのだが、奈良時代は目の前が海岸であり、使節の船は沖がかりして小舟で上陸した。

なお、遣唐使廃止の建白を行った菅原道真が901年に大宰府に左遷されたとき、博多に上陸し、四十川(よんじっかわ)の清流を水鏡として自らの姿を見、そのやつれようを嘆いたという。その地に建立されたのが水鏡天満宮(すいきょう・てんまんぐう)(水鏡天神)であり、福岡市の都心・天神の地名は、この事に由来する。

[編集] 中世

1161年には平清盛により日本初の人工港「袖の湊」が建設された。これは埋め立てにより埠頭を築いたもので、それだけの投資に見合う実利があったと考えられる。天神・博多部はまだ海の底であり、整備された港湾の沿岸部には筥崎宮住吉神社櫛田神社などの大きな寺社が立地していた。中世の寺社は、貿易の重要な出資者であり、博多の冒険商人たちのスポンサーであった。

11世紀の終わりごろから、博多にはのちに「大唐街」とよばれる中国人街が形成された。異国風の建物が建ち並び、多数の外国人商人が行き交う国際都市であった。この時代に博多で活躍した中国人商人に謝国明がいる。宋の時代(日本では平安後期~鎌倉時代)、中国大陸と博多を船団を組んで盛んに往来し、日中貿易で巨万の富を築いた中国人商人は、博多に居住して活発な商業活動を行い、博多の寺院とも結び、その力は中央にも及んで特に「博多綱首」と称されるに至った(「綱首」とは「船長」の意の尊称)。

国際都市・博多は先進文化の受け入れ窓口でもあった。1195年 栄西が博多に日本初の禅寺である聖福寺を開いたが、このときも博多綱首らが物心両面の援助をしている。栄西禅師は、中国からお茶を持ち帰り喫茶の習慣を日本中に広めたことでも知られるが、「饅頭(まんじゅう)」「饂飩(うどん)」などの日本人になじみ深い食物が日本に入ってきたのもこの時期の博多を通じてであった。

元寇
「蒙古襲来絵詞」より
しかしその反面、他国から侵略の被害にも遭っており、869年には新羅海賊が博多湾に侵入、1019年には刀伊の入寇があり、博多は常に対外的な脅威に曝されていた。その最大の脅威は、宋を滅ぼしてユーラシア大陸のほとんどを支配したモンゴルから来た。
高麗を屈服させた大元帝国クビライが日本の服属を求め、鎌倉幕府がこれを拒否したことから、1274年、モンゴル人・漢人・女真人・高麗人などからなる3万人の元軍が襲来した(文永の役)。10月5日に対馬、10月14日に壱岐を襲撃し、平戸鷹島松浦党の本拠を全滅させた元軍は、10月19日には博多湾に現れ、湾西端の今津に停泊し一部兵力を上陸させた。
10月20日(太陽暦では11月25日)、船団は東に進み百道原つづいて博多、箱崎に上陸し、激しい地上戦が展開された。これは、日本が開国以来初めて経験した「日本本土における外国軍との交戦」である。御家人との戦いで矢を失った元軍は撤退する。
このときの経験を踏まえて幕府は博多湾岸に約20Kmにも及ぶ石築地を築いた。この史跡「元寇防塁」は現代にも残っている。そして、1281年に元軍が14万もの大軍で押し寄せてきたが、防塁で防衛力を固めた御家人は撃退に成功する(弘安の役)。
そして博多湾上に浮かんだ元軍の船団に大暴風雨が襲いかかった。船団は海の藻屑となり、この大暴風雨は神仏の加護であるとして、神風伝説が誕生することとなった。この日本を震撼させ鎌倉幕府衰亡のきっかけとなった二度の戦役を元寇と呼ぶが、元寇の恐怖の記憶は長く北部九州の民衆の中に語り継がれた。
ごく最近まで、玄界灘沿岸地方では、むずがる子どもに対して「ムクリコクリが来るぞ!」と脅していたという。ムクリ=蒙古、コクリ=高麗である。千年の時を経てなお、恐怖の記憶は引き継がれていた。

また室町時代を通じて博多年行司と呼ばれる12人の豪商の会議によって市政が運営され、日本史上において初めての自由都市であった。は36人の会合衆によって市政が運営された)と並び貿易都市として繁栄するが、それゆえに戦国時代には戦国大名の争奪の対象となり、豊臣秀吉島津義久の戦いの際に島津軍によって焼き払われた。 九州平定後、1587年7月24日(天正15年6月19日)に筑前箱崎において豊臣秀吉バテレン追放令を発令した。

[編集] 近世

1587年からは九州をすべて服属させた豊臣秀吉により博多の復興がなされた。これを太閤町割と呼ぶ。交易の自由や、町人による街の自治が行われ、新たな自治都市が確立された。なお当時の博多とは、博多湾南岸の東西に渡る地域を指したものだった。このときの秀吉の意図には、文禄・慶長の役で出兵を行うにあたり、貿易都市・博多を物流の補給基地として活用しようというものがあったと思われる。

関ヶ原の合戦の後の1600年に黒田如水黒田長政親子が筑前国に入国し、その後市内中心部の那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、そのまま定着した。黒田親子は、小早川秀秋の居城であった名島城(東区)に入城したが、名島城は博多湾に面した小高い丘の上にあるために城下町が作れなかった。そこで1601年から当時の警固村(現・中央区)福崎に新たな城・福岡城と城下町をつくった。

その際、出身地の備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来して、城下町を福岡と命名した。黒田藩は博多のまちの自治を広く認めたため、町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという、全国的にあまり類例のない「双子都市」が誕生した。

なお、歓楽街として有名な中洲は、博多と福岡の境界である那珂川の中州に江戸期に発達した。どちらにも属しているようで、どちらにも属さないという曖昧性が「悪所」としての歓楽街の発展に有利であったと考えられる。

江戸期を通じて福岡にはあまり華やかな歴史は残っていない。これは、鎖国政策により貿易都市としての機能を天領であった長崎(対西欧・中国貿易)と対馬府中藩(対朝鮮貿易)にすべて奪われたことが大きい。

なお、前述のとおり、天明4年(1784年)に志賀島金印が発見されている。まったくの偶然であるがこの同じ年、現福岡県立修猷館高等学校の前身である藩校修猷館(東学問稽古所)が開設されている。

[編集] 近代

その後、江戸時代から明治時代初期まで博多と福岡は共存していたが、1876年に地域区分の再編によって「福博」(ふくはく)という一つの地域区分とした。さらに1878年、郡区町村編制法の施行により福博が福岡区に改称され、「博多」を名乗る自治体は消滅した。

1889年に市町村制度の施行に伴い福岡区が市制を施行する際、市名を「博多市」にする、或いは福岡と博多を再分離する声も上がったが、いずれも実現せず、都市名は福岡市となった。市制施行のときの「名前争い」は深刻で、福岡派と博多派が互いに闇討ちをしあうという過熱ぶりであったという。第1回市議会は「名称問題」で紛糾し、採決したところ完全に賛否同数であり、最終的に福岡部出身の議長の裁決で「福岡」と決したものである。

明治のこの時点では、「福岡」と「博多」は別の地域という概念が強く残っていた。そのためちょうど同じ頃、当時の九州鉄道会社(後に国有化)が福岡市から現在の久留米市までの鉄道を敷設する際、市の中心駅は「博多」地区にあるということで駅名は福岡駅ではなく、博多駅となった。

なお「福岡駅」の名は、福岡市中央区天神に位置する西鉄の駅が名乗り、2001年には西鉄福岡(天神)駅と駅名が変更された。なお、1972年の政令指定都市昇格に伴い、行政区として「博多区」が設置され、ここにほぼ百年ぶりに「博多」の地名が復活することとなった。

町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡は、ビジネス街・博多と繁華街商業地・福岡(天神)と所を入れ替え、九州最大の都市としてまたアジアの玄関口として、発展を続けている。

[編集] 年表

[編集] 原始~近代

[編集] 近現代

市制施行以後の行政区域の変遷については、「行政区域の変遷」を参照のこと。

[編集] 発祥

福岡市が発祥の地とされる事象には、極東アジア地域との文化交流や貿易によってもたらされたものが多い。

  • 日本における稲作農業の発祥の地
板付遺跡(博多区)から水田稲作の跡が発見されている。研究者によって異なるが、縄文時代晩期後半から弥生時代早期前半のものとされている。
なお、佐賀県唐津市菜畑遺跡からも同時期の水田遺構が見つかっている。
  • 日本における禅宗の発祥の地
  • 日本におけるの発祥の地
1191年(建久2年)、栄西が中国から帰国後に禅宗を布教。その帰国時に茶の種を持ち込み日本で栽培を始めたとされる。
どちらも鎌倉時代初期、中国に留学していた禅僧、円爾聖一国師)が帰国後に持ち込んだといわれる。
  • 日本における饅頭発祥の地
1241年(仁治2年)、円爾(聖一国師)が立ち寄った博多の茶店の主人、栗波吉右衛門に教えたのが最初とされる。
1921年(大正10年)、福岡女学院中学校・高等学校が採用。

[編集] 行政

[編集] 行政区域の変遷

市町村制施行以後。

[編集] 歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日
山中立木 1889年5月27日 1892年11月26日
2 磯野七平 1893年1月11日 1894年12月7日
3 奥山亨 1895年5月21日 1899年7月3日
4 松下直美 1899年8月21日 1905年8月20日
5-6 佐藤平太郎 1905年9月23日 1914年7月6日
7 井手佐三郎 1914年11月28日 1918年11月27日
8-9 久世庸夫 1919年3月24日 1924年5月29日
10 立花小一郎 1924年8月23日 1925年8月17日
11 時実秋穂 1926年3月10日 1930年3月9日
12-13 久世庸夫 1930年6月17日 1938年1月21日
14 河内卯兵衛 1938年4月6日 1938年8月9日
15-16 畑山四男美 1939年1月7日 1946年5月18日
17 三好弥六 1946年8月14日 1947年3月28日
18(以後、公選) 三好弥六 1947年4月5日 1951年4月4日
19-20 小西春雄 1951年4月23日 1956年7月31日
21 奥村茂敏 1956年9月17日 1960年9月16日
22-24 阿部源蔵 1960年9月17日 1972年9月16日
25-28 進藤一馬 1972年9月16日 1986年11月8日
29-31 桑原敬一 1986年12月7日 1998年12月6日
32-33 山崎広太郎 1998年12月7日 2006年12月6日
34 吉田宏 2006年12月7日 現職

[編集] 市議会

  • 議長:光安力
  • 副議長:久保浩
  • 議席数:63
  • 各区別議席数
    • 中央区:7
    • 博多区:9
    • 東区:12
    • 南区:12
    • 城南区:6
    • 早良区:10
    • 西区:7
  • 会派別議席数
    • 自由民主党福岡市議団:19
    • 公明党福岡市議団:12
    • 民主・市民クラブ:10
    • みらい福岡:7
    • 日本共産党福岡市議団:6
    • ふくおかネットワーク:3
    • 社民・市政クラブ福岡市議団:2
    • 福政市民クラブ:2
    • 無所属:2


[編集] 地方公営企業

  • 福岡市交通局(地下鉄を運営)※バスは民間各社による運営である(下記「交通」を参照)
  • 福岡市水道局

[編集] 国政

[編集] 主な国の行政機関

[編集] 司法

[編集] 経済・産業

福岡市の博多湾地域は、古来から、大宰府外港として日本の外交貿易の窓口となり、時代が変わっても商人や有力者の本拠地となってきた。自然の良港であるため、悪天候時の船溜まりとしての機能もあったが、壱岐島対馬伝いでの朝鮮半島南部との国際貿易ルートを結ぶ重要中継貿易港の一つであった。

第二次世界大戦後は全国総合開発計画によって九州全体を管轄する政府の出先機関が集中して、地方行政拠点都市としての道を歩んだ。行政機能が集中するに従って民間の事業所なども集まり、九州を代表する商業・業務都市となっている。

近年は中国や韓国の企業が日本進出の足がかりとして、福岡市へ進出する例も散見される。このような動きを評価して、米国の雑誌ニューズウィーク誌2006年7月号は「世界で最もホットな10都市」に福岡市を選出した。

  • 卸売業販売額:九州内シェア45%(1999年商業統計調査)
  • 預金残高:九州内シェア36%(2000年度末福岡市統計書・金融経済統計)
  • 人口千人あたりの学生数:政令指定都市中第2位(2000年国勢調査及び学校基本調査)
  • 福岡空港利用客数:全国第3位(2001年福岡市総務企画局調べ)
  • 博多港の外航旅客者数(釜山行の高速船航路):全国第1位(1993年以降連続)
  • 博多港コンテナ取扱個数:全国第6位、九州第1位(2001年福岡市港湾局調べ)

外食産業のロイヤル、総合スーパーのユニードダイエーに吸収合併)、家電小売のベスト電器など、物販やサービスの分野で新しい産業を生み出す土地柄である。しかし一方で、大手企業の九州支社・九州営業所・九州支店に依存する「支店経済都市」としての側面も強い。福岡市内の民営事業所のうち市外に本社を持つ事業所は全体の35%(2001年)を占めて、高い水準にある。

2002年度市内総生産額は6兆5642億5200万円。 2007年度市内総生産額は7兆1973億6100万円。札幌市を抜いて日本で第5位になる。 (一人あたり市内総生産額では東京,大阪,名古屋について大都市中4位)

[編集] 第一次産業

2002年度の第一次産業による総生産額は91億6600万円。

[編集] 農業

市内の農家戸数は3,000戸程度(2002年で3,261戸)と、他の大都市同様、農家戸数は極めて少ないが、農地面積は3,000haと、市域面積の1割弱を占める。全農地面積中、田の占める割合は約7割に及ぶ。農業形態は野菜と花卉を中心とする典型的な近郊農業の特徴を示しており、農業生産額に占める割合の半分程度を野菜が、4分の1程度を花卉が占めている。

[編集] 林業

市域南西部などにある山林で、わずかながらスギヒノキ伐採を中心とした林業が行われている。

中央区港の漁船と街並み(2008年9月19日撮影)

[編集] 漁業

[編集] 第二次産業

福岡市の産業のうち、第二次産業は市内総生産および事業所数において約10%、従業者数において約12%を占める。いずれも大都市としては低い水準にあり、市内総生産に占める第二次産業の割合は製造品出荷額は小さい(政令指定都市の中では下から2番目)。工業の中心は、都市型工業である食品加工業(食料品・飲料)や出版・印刷業などの情報関連産業が占めている[4]

福岡市では重工業があまり発達していないため、福岡市内の小学校では5年生を対象に、北九州工業地帯にある工場など(日産自動車苅田工場など)を見学する「北九州見学」という行事が行われている。

[編集] 第三次産業

福岡市における第三次産業は市内総生産額の約95%、事業者数の約90%、従業者数の約87%を占めている。いずれの割合も政令指定都市としては最も高い水準にあり、大都市の中でも第三次産業のシェアが極めて高い都市であることを示している。特に卸売・小売業とサービス業は、それぞれ市内総生産の約4分の1を占めている。このため商業・サービス業中心の大都市としての色合いが強く出ている。

[編集] その他

[編集] 伝統工芸品

[編集] 福岡市内の主な百貨店

[編集] 開店予定の百貨店

  • 2011年に博多駅新駅ビルが開業する際、博多井筒屋に替わり阪急百貨店が核テナントになる事が決定している。
  • 2010年に天神に岩田屋旧本店ビルにパルコが開業予定。

[編集] かつて存在した百貨店

  • 福岡松屋(中央区天神4丁目)
  • 福岡玉屋(博多区中洲3丁目、1999年閉店)
  • 博多井筒屋(博多区博多駅中央街、2007年4月1日に再開発のため立ち退き・閉店)

[編集] 本社を置く主な企業

[編集] 公益

[編集] 金融機関

[編集] その他

(早良区)
(中央区)
(西区)
(博多区)
(東区)
(南区)

[編集] マスメディア

[編集] テレビ・AMラジオ局

[編集] FMラジオ局

[編集] コミュニティ放送局

[編集] 日刊新聞

ブロック紙
全国紙

[編集] 外交

[編集] 国別外国人登録数

2004年9月30日時点における福岡市の外国人登録総数は18,509人。

  • 内訳
国籍別(上位) 人数
中国 8,031 (43.4%)
韓国北朝鮮 6,387 (34.5%)
フィリピン 863 (4.7%)
アメリカ合衆国 581 (3.1%)
イギリス 218 (1.2%)
インドネシア 202 (1.1%)
カナダ 151 (0.8%)
その他 2,076 (11.2%)


日本の他都市と同様、中国人と韓国・朝鮮人で外国人登録者総数の約8割を占める。しかし、近畿圏広島市北九州市など、西日本の大都市では韓国・朝鮮人登録者数が外国人登録者総数の半分あるいはそれ以上を占めているのに対して、福岡市では中国人登録者数が韓国・朝鮮人登録者数を上回る。

[編集] 国際交流都市

1962年10月13日姉妹都市提携
1979年5月2日姉妹都市提携
1982年11月8日姉妹都市提携
1986年6月24日姉妹都市提携
1989年3月21日姉妹都市提携
1989年10月24日行政交流都市提携、2007年2月2日姉妹都市提携に変更
1993年7月20日パートナーシップ都市提携、2005年2月8日姉妹都市提携に変更
2003年2月6日経済交流都市提携

[編集] 外国公館・施設など

[編集] 国際機関

[編集] 領事館

[編集] 名誉領事館

[編集] 貿易施設

  • 韓国貿易センター福岡
  • タイ国政府貿易センター福岡
  • フランス大使館経済商務部福岡支部
  • 台湾貿易センター福岡事務所

[編集] 観光促進施設

  • 韓国観光公社福岡支社
  • タイ国政府観光庁福岡事務所

[編集] 地域施設

教育施設は下記「教育」を、文化施設については下記「文化」を参照。

[編集] 警察

警察署

福岡県警察本部の管轄下、以下に示す警察署がある。カッコ内は管轄区域。交番・駐在所については各区の記事を参照。

[編集] 消防

福岡市消防局の管轄下、各区に1か所ずつ消防署がある。出張所については各区の記事参照。

[編集] 郵便

集配局

番号は各集配局に対応する郵便番号。カッコ内は大まかな管轄区域。なお、日本郵政公社の民営化による事業拠点集約に伴い、福岡都市圏の郵便物の集約・発送の中核拠点として、2007年5月、東区に「新福岡郵便局」(民営化後は郵便事業会社管轄)が開設されることになっている。その際、★印の郵便局は取集事務が廃止され配達のみを行う「配達センター」に、それ以外の郵便局は「統括センター」に、それぞれ移行することになる。

  • 福岡中央郵便局:810-xxxx(中央区・博多区中洲)
  • 博多郵便局:812-xxxx(博多区北部・東区西南部)
  • 博多南郵便局:816-xxxx(博多区中部~南部)
  • 福岡東郵便局:813-xxxx(東区中央部)
  • 和白郵便局:811-02xx,811-03xx(東区北部)
  • 福岡南郵便局:815-xxxx(南区北部)
  • 筑紫郵便局:811-13xx(南区南部)
  • 福岡西郵便局:819-00xx,819-85xx,819-86xx,819-87xx(西区東部)
  • ★今宿郵便局:819-01xx(西区中央部)
  • ★北崎郵便局:819-02xx(西区北西部)
  • ★周船寺郵便局:819-03xx(西区西部)
  • 城南郵便局:814-01xx(城南区全域・早良区中央部)
  • 早良郵便局:814-00xx,814-85xx,814-86xx,814-87xx(早良区北部)
  • ★早良南郵便局:811-11xx(早良区南部)

[編集] 図書館

分館として、福岡市東図書館・福岡市和白図書館・福岡市博多図書館・福岡市博多南図書館・福岡市中央図書館・福岡市南図書館・福岡市城南図書館・福岡市早良図書館・福岡市西図書館がある。

[編集] 博物館

[編集] 主な学校

[編集] 大学

国立
県立
私立

[編集] 短期大学

私立

[編集] 高等学校・中学校・小学校

  • 市立小中学校については、各区の記事を参照。
  • 公立高等学校は福岡女子高校を除きすべて男女共学。

[編集] 県立高等学校


[編集] 市立高等学校

[編集] 私立初等・中等教育機関

男女共学校
男子校
女子校

[編集] 国立小中学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 交通

[編集] 概要

市内の公共交通
地下鉄西日本鉄道(西鉄電車)をはじめとする鉄道路線も整備されているが、市内交通の主体は西鉄バスをはじめとするバス路線網である。福岡市は地下鉄とバスが事業主体の違いから競合関係となっており、地下鉄と並行するバス路線も多く、相互乗り換えの煩わしさを嫌う利用者からは好評であるが、その反面、都心と郊外を結ぶバス路線に比べて地下鉄接続を主目的としたバス路線の運行本数は概して少ない、乗り継ぎ用ターミナルの未整備、乗り継ぎ運賃制度の不備など、地下鉄とバスの連携性の悪さにもつながっている。福岡市地下鉄七隈線開業の際、西鉄バスが地下鉄乗り継ぎ路線の整備に消極的で、逆に七隈線に対抗する新規路線を運行開始したことで七隈線利用者数の低迷を引き起こしているとの意見もある。また都心でのバス運行本数過剰による道路渋滞も問題視されている。
共通乗車カードとしては、西鉄電車・西鉄バス・地下鉄で共通使用できるよかネットカードとJR九州線・地下鉄で共通使用できるワイワイカードがある。このほか、地下鉄線のみで使えるえふカードと西鉄バス専用のバスカードもある。
都市圏の交通
福岡都市圏への主な広域道路網は、九州自動車道、西九州自動車道、国道3号線、筑紫バイパスなどである。
鉄道は市内電車として福岡市地下鉄・西鉄・JRがあり、西鉄・JRは郊外電車及び都市間電車としての機能も持つ。ただし西鉄の路線は福岡県内しか走っていない。
西鉄の路線のうち、天神から南へ延びる天神大牟田線は特急・急行電車を頻発しており筑紫地域や福岡県南部(筑後地方)からの利便性が高い。反面、東へ延びる貝塚線は貝塚で地下鉄箱崎線と接続しているものの、相互乗り入れは行っておらず利便性に欠いている。
地下鉄空港線はJR九州筑肥線との直通運転で佐賀県北部の唐津市まで乗り入れており、唐津市から乗り換えなしで天神、福岡空港へ行くことが出来る。
そのほか、北九州市や佐賀市など隣接・近接の自治体へはバス路線が多く存在し、頻繁に運行されていることから、北九州市や佐賀県は通勤圏になっている。
市南部の交通対策
昭和期の急速な都市化に伴い、市の西南部・中南部では唯一の交通機関であった道路網の整備が不十分かつ遅れたため、主要道路の渋滞の激化や生活道路への流入等の交通諸問題は大都市に見られるようなレベルにまで深刻化していた。
以前より課題であった市西南部への交通対策は、前述の地下鉄七隈線に加え、福岡高速5号線都市高速道路)・福岡外環状道路が半分程度の完成・概成をみており、整備も進んでいる。しかし、相変わらず市中南部・南部への道路状況は良いとはいえない。
中南部については、2000年代中ごろに地元有力国会議員の山崎拓にちなんだ地元では「山崎道路」といわれる構想(天神から薬院新川沿いに南下、平尾の小山および鴻巣山山地を2本のトンネルで抜け、寺塚・長住方面に出る)が噂されたが、ルート上にそのような都市計画道路の拡幅決定が現状されているわけでもなく、実現にも相当な長期間を要する。中南部への軌道系交通機関の整備も含め、現状は全て構想段階に止まり、具体化している有効な交通対策は現時点で存在しない。
遠隔地への連絡
航空路線・鉄道(新幹線を含む)・高速バス路線・船舶航路が整備されている。航空路線・船舶航路は日本国外へも運航している。長距離航路は立地条件の関係で外海航路のみ。内海航路となる四国・関西・関東方面へのフェリーは北九州港に発着する。博多港からの釜山行きの航路は国際旅客数日本一である。
JR九州では博多駅をハブターミナルとしており、数多くの特急電車を博多駅中心に九州内くまなく運行している。
JR山陽新幹線は、北九州との通勤用として利用されているほか、本州方面への重要な交通路として利用されている。

[編集] 空港・港湾

福岡空港と博多港を合わせた外国人入国者数は、成田国際空港関西国際空港に次いで、外国人に対する日本の第三の玄関口となっている[5]。 また、博多港は外国航路の旅客数日本一を誇る港でもある。

  • 外国人入国者数:福岡空港 432,750人(空港計4位、2007年)博多港 287,220人(海港計1位、2007年)
  • 日本人出国者数:福岡空港 679,279人(空港計4位、2007年)博多港 134,382人(海港計1位、2007年)

利用者数・発着数増に対して設備拡張や運用の工夫を行った(第2ターミナルの建て替え、国際線地区を滑走路西側に移転し第3ターミナルを到着専用化、滑走路34へILSを設置、東方からの到着便に短距離の飛行ルートを設定など)が、滑走路が1本であるということは改善されていない。「アジアの玄関口」「九州一の都市の空港」として旅客数・発着回数とも2000年ごろまで増加を続け、以降2005年まではほぼ横ばいとなっている。九州地方の空港では、路線数・便数ともに抜きん出ている。一方で、市街地に近く東区箱崎九州大学の真上を飛行する点から騒音問題や安全面で不安視されている。

福岡市地下鉄空港線福岡空港駅から博多駅天神に地下鉄で1本、数分で着く。また、北部九州の他地域からの直通バスが多く運行されている。

将来の需要動向やそれへの対応策について、2005年からパブリックインボルブメントをおこなって将来像を検討している。2008年現在、将来需要は現在の空港の能力を超えるという試算のもとに、新空港建設案及び、現在地での拡張案の二案に絞って平成20年度中の一本化が図られる見通しである。

[編集] 鉄道

JR線の中心駅は博多駅、西鉄の中心駅は西鉄福岡(天神)駅である。

[編集] 主要駅・乗換駅・ターミナル駅

[編集] 市内の駅一覧

下記の一覧において、貨物専用路線は除く。

鹿児島本線で使われている電車(JR九州813系
天神大牟田線の特急電車(8000形
天神大牟田線の電車(3000形
地下鉄空港線・箱崎線の電車(2000形
元来の一般的カラーの西鉄バス
新カラーの西鉄バス

[編集] すでに廃止された路線

[編集] バス路線

福岡市交通局は発足当初より地下鉄専業であり、元来福岡市に於いて市営バスは存在していない。市内の大部分は西鉄バスによる運行である。乗降方式は後乗り前降りで、原則として整理券方式の区間運賃制である(ただし市中心部に100円均一区間が存在する)。

[編集] バスターミナル

[編集] 高速バス・特急バス

※★は夜行。☆は夜行・昼行ともにあるもの。★☆どちらもないものは昼行のみ。
※●は西鉄天神バスセンターのみで乗車可。◎は博多駅交通センターのみで乗車可。●◎どちらもないものは博多駅・天神の双方で乗車可。
※福岡空港発着は除く。福岡空港発着路線については、福岡空港を参照されたし。

[編集] タクシー

福岡市タクシー協会の下、第一交通産業グループ、西鉄タクシーグループ、西日本自動車、はかたタクシー、福岡昭和タクシー、ラッキータクシーなど、市内で約80社が営業している。営業は流しによる営業が主である。また福岡都市圏各市町村(宗像市福津市を除く)のタクシー事業者は福岡市内での営業が認められており、これらを合わせると実質約100社、6,000台のタクシーが福岡市内で営業している。なお逆に、福岡市内のタクシーが上記の福岡都市圏各市町村で営業することもできる。個人タクシーは福岡都市圏の登録タクシー台数の約3割を占めており、登録台数に占める割合としては全国的に見ても高水準にある。

福岡市では、市内を流す一般のタクシーは基本的には小型車(乗客4人まで乗車可)のみで、中型車(乗客5人乗車可)は博多駅や福岡空港にある専用乗り場もしくは電話予約に限られる。

一部に運賃を低運賃としている事業者もある。

[編集] 主要道路

[編集] 高速自動車国道

[編集] 有料道路

[編集] 一般国道

  • 国道3号(北九州市~福岡市~久留米市~熊本市~鹿児島市)
  • 国道201号(福岡市~飯塚市~田川市~行橋市~苅田町)
  • 国道202号(福岡市~前原市~唐津市~伊万里市~有田町~佐世保市~西海市~長崎市)
  • 国道263号(福岡市~佐賀市)※早良・三瀬峠経由
  • 国道385号(福岡市~那珂川町~神埼市~久留米市~大川市~柳川市)
  • 国道495号(北九州市~宗像市~福岡市)
  • 国道497号

[編集] 県道

県道については各区の項を参照。

[編集] 航路

特定重要港湾。「博多港」とは福岡市内の各港湾の総称で、実際には中央埠頭や博多埠頭など、市内各所に分散している。
ニューかめりあ号
ベイサイドプレイス商業施設と桟橋
ヴィーナスとベイサイドプレイスの商業施設
福岡市営渡船「きんいん3号」

下記航路は旅客航路のみ掲載。

[編集] 国際航路

[編集] 国内(福岡市外)航路

[編集] 市内航路

[編集] 観光・文化

キャナルシティ博多
スカイドリーム福岡とエバーグリーンマリノア
中洲の清流公園の屋台街

[編集] 主な街

[編集] 観光地

[編集] 図書館

福岡市総合図書館
福岡市博物館(2008年8月20日撮影)
マリンワールド海ノ中道
  • 福岡県立図書館(東区)
  • 福岡市総合図書館・福岡市点字図書館(福岡市総合図書館内)(早良区)

※この他、各区にも市民センター併設の小規模図書館・図書室がある。

[編集] 博物館・美術館など

[編集] 祭事・催事

※スポーツ大会は別記。

[編集] 郷土料理・土産菓子

[編集] その他

[編集] スポーツ

[編集] プロスポーツチーム・社会人スポーツチーム

福岡YAHOO!JAPANドーム(2008年8月20日撮影)
本拠地は一軍が福岡YAHOO!JAPANドーム、二軍が雁ノ巣球場
本拠地は未定
本拠地は東平尾公園博多の森球技場、練習場は雁ノ巣レクリエーションセンター競技場
本拠地は赤間グローバルアリーナ宗像市)、準本拠地は東平尾公園博多の森球技場、練習場はサニックス玄海グラウンド(宗像市)
本拠地・練習場はさわやかスポーツ広場(福岡市東区香椎浜)
本拠地・練習場は九電香椎競技場(福岡市東区松香台)
以前JBLスーパーリーグに所属する「福岡レッドファルコンズ」というチームがあったが資金難からリーグ脱退に至った。bjリーグに鞍替えするという噂もあったが諸事情で結局解散。その後、一部の選手が参加して新たなチームが発足してbjリーグに2007年から参戦している。
本拠地は隣の春日市だが、東平尾公園博多の森球技場でも試合を行うほか、同球技場で開催されるアビスパ福岡主催試合では所属選手がボールガールを務める。

[編集] 福岡市で毎年開催されるスポーツ大会

[編集] 過去に開催された国際スポーツ大会

[編集] 福岡市出身の有名人

ボールド体(この字体)は故人。福岡市に合併された町村の出身者も含む。

[編集] 近現代以前の人物

[編集] 政官界


[編集] 経済界

[編集] 学界

[編集] 芸能・マスコミ

俳優


タレント
歌手・ミュージシャン


声優
アナウンサー・司会者

[編集] 文学


[編集] 芸術

[編集] 映画

[編集] 漫画家


[編集] スポーツ選手

野球・ソフトボール

バスケットボール

格闘技

室内競技


[編集] その他

[編集] 福岡市を舞台とした作品

実際に福岡市で撮影が行われていないものを含み、福岡市で撮影を行っていても設定上、福岡市が舞台になっていないものは含めない。

漫画アニメ
テレビドラマ
小説
映画
天神付近がラドンによって破壊される。
  • 点と線(1958年11月11日、東映)
  • 続社長太平記(1959年3月15日、東宝)
下着メーカー錨商事の九州支社が福岡市に設置。支社長に小林桂樹扮する大森専務が赴任。頻繁に当時の板付空港が登場する。
ゲームソフト
  • リフレインラブ(実際は福岡市を舞台にしているのではなく、地名や人名に福岡市に実在する地名を用いている。また背景の映像などは福岡市内の風景をモチーフにしている)

[編集] 百選

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 2005年。学都仙台コンソーシアム|学都仙台とはより
  2. ^ 参考リンク:大都市比較統計年表(平成17年)横浜市統計ポータルサイト
    ホームレス数の調査結果(厚生労働省)
  3. ^ この他、福岡を称する駅として当市外では富山県高岡市(旧西礪波郡福岡町)にJR北陸本線福岡駅がある
  4. ^ 広島都市圏に必要なことを考える~札幌・仙台・広島・福岡4つの中枢都市圏の比較から~ (国土交通省中国地方整備局、2005年)(pdfファイル)より
  5. ^ JNTO(国際観光振興機構)訪日外客数・出国日本人数(2007年確定値)(pdfファイル)20p入国港/月別 外国人正規入国者数、21p出国港/月別 日本人出国者数より

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
観光