岩田屋

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株式会社岩田屋
Iwataya Company Limited
種類 株式会社
市場情報
福証 8246 1949年6月 - 2009年10月7日
本社所在地 日本の旗 日本
〒810-8680
福岡市中央区天神二丁目5番35号
設立 1935年5月8日
業種 小売業
事業内容 百貨店業
代表者 太田垣 立郎(代表取締役社長執行役員)
資本金 34億51百万円(2009年3月31日時点)
売上高 連結:990億79百万円
単独:993億15百万円
(2009年3月期)
純資産 連結:101億81百万円
単独:106億78百万円
(2009年3月31日時点)
総資産 連結:493億96百万円
単独:491億59百万円
(2009年3月31日時点)
従業員数 連結:949名 単独:903名
(2009年3月31日時点)
決算期 3月31日
主要株主 (株)三越伊勢丹HDS 100%
(2009年10月15日時点)
主要子会社 岩田屋友の会(株) 100%
外部リンク 岩田屋
特記事項:2010年10月1日付で株式会社福岡三越(2代目)を吸収合併し、「株式会社岩田屋三越」に改称
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岩田屋 天神本店
手前が本館、右奥が新館
岩田屋 久留米店 2009年6月半ばまで屋上の看板には旧ロゴの「泉のマーク」が掲げられていた
旧天神岩田屋本館 建物は改装され福岡パルコとして営業
岩田屋の旧ロゴ「泉のマーク」
2009年10月現在も岩田屋久留米店の入口看板で見ることができる
岩田屋前原サロン
福岡県糸島市にある小型店舗

岩田屋(いわたや、英称:Iwataya)は、福岡県福岡市中央区天神に本店を置く三越伊勢丹ホールディングス傘下の日本の百貨店。全国的な知名度は低いが歴史は古く、地元では有名かつ有力な百貨店である。

長らく同名法人によって運営されてきたが、三越伊勢丹グループの経営統合により、現在は株式会社岩田屋三越の運営となっている。天神本店の売り場面積は、本館・新館合わせて48,500m²。

目次

[編集] 概要

前身の呉服店創業者である中牟田一族は、1936年昭和11年)、福岡市天神町(てんじんのちょう)に岩田屋を開店。西鉄福岡駅(今の西鉄福岡(天神)駅)に隣接する百貨店として福岡市における地域一番店となり、長年にわたり売り上げも良く、地方百貨店の売上高でも常に上位にキープしていた。

しかし、バブル経済崩壊後の1990年代後半、当時の百貨店業界では先進的な考え方であった「完全買い取り・自主販売」を行った経営ミス[1]、西鉄福岡駅の再開発計画[2]を断った挙句、過剰投資(約400億円)の上にオープンさせた「岩田屋Z-SIDE」(現本店)の売上げ不振(開業初年度でさえ、目標としていた400億円に届かなかった)により経営が悪化。これに伴う会社再建の過程で中牟田一族は経営から手を引き、東京の老舗百貨店伊勢丹が資本参加し、その連結子会社となった。

  • 伊勢丹とは、中牟田一族経営時代から商品などで提携していたほか、一時は熊本市に合弁百貨店を出店していた。

その後旧本店本館と新館を都築学園グループに売却、「Z-SIDE」を新たな本店として経営再建を進めた。

2008年平成20年)4月1日、当時の岩田屋の親会社・伊勢丹と、同じ天神地区に福岡店を出店していた三越が、持株会社三越伊勢丹ホールディングスの下で経営統合し、同日から行われた「誕生祭」セールでは伊勢丹グループの一員として加わった。渡辺通りを挟んで東側には、J.フロント リテイリング傘下の福岡・天神大丸があり、渡辺通りの両サイドで二大デパート資本が激突する形となっていることから、当面は統合パートナー同士として、三越福岡店と棲み分けを図り共存共栄関係を維持するものとみられていた。

しかし、三越伊勢丹HDSは全国で地域単位での再編に方針転換。2009年(平成21年)10月1日吸収分割によって三越伊勢丹HDSが伊勢丹より岩田屋の株式を取得(同時に岩田屋関連の経営管理・営業支援部門も引き継ぐ)。三越伊勢丹HDSはその2週間後、岩田屋を株式交換方式で完全子会社とした。[3]これにより、福岡証券取引所への株式上場は同年10月7日廃止され、代替として同年10月15日から三越伊勢丹HDSが福証へ上場。そして2010年平成22年)10月1日、法人としては2代目福岡三越(三越福岡店を会社分割で再分離)を吸収合併し[4]、「岩田屋」は「株式会社岩田屋三越が運営する百貨店」として新たなスタートを切った。この再編にあたっては福岡で知名度が高い岩田屋のブランド名を前面に出すことになった。

かつては八女市北九州市戸畑区など周辺地域にも店舗を設けていたが、戸畑店は産業の衰退などで買い物客が小倉や黒崎などに流れていったこともあり閉店。そのせいか、北九州市での知名度はあまり高くない。

阪急百貨店(大手百貨店の1つで売上高第6位・エイチ・ツー・オーリテイリング傘下)が2011年平成23年)開業の博多駅駅ビルJR博多シティ)に入居することが決まったため(博多阪急、売り場面積44,000m²)、その阪急百貨店に対抗するため天神岩田屋の売り場面積拡張、新店舗建設も検討されたが、不況や再編もあって2010年(平成22年)に断念する方針が明らかにされた。

[編集] 沿革

1754年宝暦4年)
中牟田家の先祖が博多麹屋町(大黒流)に呉服商を創業
1935年(昭和10年)5月
株式会社岩田屋設立
1936年(昭和11年)10月7日
西鉄福岡駅に隣接する九州初のターミナルデパートとして、福岡市天神の渡辺通り沿い(天神交差点の西南角)に岩田屋開店
1947年(昭和22年)5月
大分県日田市に日田岩田屋開店
1972年(昭和47年)5月
福岡県久留米市西鉄久留米駅前に久留米岩田屋開店
1973年(昭和48年)10月
伊勢丹、熊本交通センターとの共同出資により熊本県熊本市に「岩田屋伊勢丹」開店
1976年(昭和51年)3月
天神岩田屋本館西隣(明治通り沿い)に新館開館
1981年(昭和56年)6月
福岡市早良区西新に西新岩田屋開店
1993年平成5年)3月
岩田屋伊勢丹の伊勢丹・熊本交通センター所有株式を引き取り店名を「熊本岩田屋」に変更
1996年(平成8年)9月
福岡市天神のきらめき通り沿い(きらめき通り中央交差点の西南角)に「岩田屋Z-SIDE」(―ジーサイド)開業
1999年(平成11年)8月
天神岩田屋の当時の本館(A-SIDE)と新館(A-LIVE)及び岩田屋体育館(福岡市中央区今泉)を売却することで都築学園グループと基本合意に達する
2000年(平成12年)2月
株式会社熊本岩田屋を解散。店舗を久留米岩田屋熊本店とする(店名は「熊本岩田屋」のまま)
2000年(平成12年)3月
当時の天神岩田屋新館(A-LIVE)閉館
2002年(平成14年)5月23日
株主総会において創業者である中牟田一族が経営から手を引き、伊勢丹による本格的な再建がスタートする
2002年(平成14年)8月
日田岩田屋閉店
2003年(平成15年)2月14日
西新岩田屋と熊本岩田屋閉店
2004年(平成16年)2月22日
当時の天神岩田屋本館(A-SIDE)閉館
2004年(平成16年)3月2日
旧Z-SIDEを「本館」、向かい合う旧NHK福岡放送会館跡地に建設された新店舗を「新館」とし、「天神岩田屋・新本店」がグランドオープン
2004年(平成16年)
株式会社久留米岩田屋を解散し、吸収・直営化
2005年(平成17年)2月
伊勢丹の連結子会社となる
2008年(平成20年)10月18日
1985年(昭和60年)から経営権が伊勢丹に変わるまでの岩田屋会長で、更に日本テニス協会名誉会長であった中牟田喜一郎が死去
2009年(平成21年)10月1日
親会社・伊勢丹が三越伊勢丹HDSに対する会社分割を実施し、岩田屋関連の経営管理・営業支援部門を承継。これにより、三越伊勢丹HDSは岩田屋の51.58%の株式を取得して、岩田屋の直接の親会社となる
2009年(平成21年)10月8日
前述の理由により上場廃止
2009年(平成21年)10月15日
三越伊勢丹HDSが岩田屋との間で株式交換を実施し、岩田屋を完全子会社化
  • 株式交換比率は岩田屋株1株に対して三越伊勢丹HDS株0.3株
2010年(平成22年)6月
経営統合前の最後の社長として2代目福岡三越社長の太田垣立郎が就任
2010年(平成22年)10月1日
岩田屋が存続会社となって福岡三越吸収し「株式会社岩田屋三越」が発足。同社運営の百貨店に

[編集] 店舗

[編集] 天神本店

本館 - 福岡市中央区天神2丁目5-35 NTT-Tビル(旧Z-SIDE)、売り場面積34,000m²
新館 - 福岡市中央区天神2丁目6-1 天神きらめき通りビル(旧NHK福岡放送局跡地)、売り場面積14,500m²
  • 2005年時点において、本店は福岡の百貨店で最も広い売り場面積を有する。
  • かつては西鉄福岡(天神)駅北隣に本館を構えていたが(旧本館は2010年にパルコが開業)、2004年に現在地に移転した。Z-SIDE(現在の本館)のオープン以後は、当時の本館を「A-SIDE」、当時の新館を「A-LIVE」とも呼んでいた。移転前の一時期は現在よりさらに広く、A-SIDE(旧本館)・A-LIVE(旧新館)・Z-SIDEの3館合わせて約69,000平方メートルの売り場面積があった。
  • かつて外国語FM局の九州国際エフエム(現:天神エフエムラブエフエム国際放送、Love FM)が、本館の7階に本社スタジオを置いていたが、2011年3月1日をもって本社は今泉に、スタジオは天神エフエム時代のサテライトスタジオがあったソラリアプラザに移転した。CROSS FMも一時新館1階にサテライトスタジオを置いていたが、2010年2月18日で閉鎖、福岡営業所ともどもベイサイドプレイス博多埠頭へ移設。2011年11月現在、キャナルエンターテイメントワークス運営の「天神きらめき通り FUKUOKA MEDIA STATION」になっている。
  • 2011年3月30日、岩田屋本店本館3階に「岩田屋写真室」がオープンし、証明写真や各種記念写真の撮影を行っている。

[編集] 久留米店

福岡県久留米市天神町1-1(西鉄久留米駅直結)、売り場面積23,728m²
上記の写真に写っている建物は新館で、左隣に本館が存在する。

[編集] サロン一覧

いずれも福岡県に所在

春日サロン
春日市下白水北4丁目87番地
前原サロン
糸島市浦志1丁目1-1
二日市サロン
筑紫野市二日市中央3丁目3-5
那珂川サロン
筑紫郡那珂川町片縄3丁目47
福重サロン
福岡市西区拾六町1丁目246-1
下大利サロン
大野城市下大利1丁目2-14
土井サロン
福岡市東区土井2丁目8-7
志免サロン
粕屋郡志免町志免中央3丁目3-1
津屋崎サロン
福津市宮司2-1-50
森林都市サロン
宗像市自由ヶ丘3丁目12-4
古賀サロン
古賀市天神4丁目12-1
筑後サロン
筑後市山の井
柳川サロン
柳川市上宮永町36
木の葉モール橋本店
福岡市西区橋本2丁目27-2

[編集] 過去に存在した店舗

戸畑店
1965年1982年の間北九州市戸畑区浅生にあった。閉店後のビルにはサンリブ戸畑ファッション館が入居していたが、戸畑サティ出店の影響で撤退。その後解体され、現在はマンションになっている。
八女店
八女市にも一時店舗を構えていた。現在は近隣の筑後市にサロン(小型店舗)がある。
唐津サロン
寿屋唐津店(現在のトライアル唐津店)の前に所在した2階建てのサロン店。現在はTSUTAYA唐津店となっている。
株式会社西新岩田屋
福岡市早良区西新の福岡市地下鉄西新駅近くにある「西新エルモール」の核店舗として営業していたが2003年に閉館。現在は東京建物が運営するプラリバという専門店街が入居している。
株式会社久留米岩田屋日田店
日田市にあった。大分県西部で唯一の百貨店であった。黒字店舗であったが、経営再建のあおりを受けて2002年に閉店。今後はマンションになる予定で、現在分譲が進んでいる。
株式会社熊本岩田屋
当初は現在の親会社・伊勢丹との合弁で「岩田屋伊勢丹」として開業。その後伊勢丹の撤退で岩田屋単独経営になったが2003年に閉店した。現在は跡地で「県民百貨店(旧名・くまもと阪神)」が営業している。

[編集] 関連会社

浜屋百貨店
現在も中牟田一族が経営。店舗は長崎県長崎市大村市にある。

[編集] 過去の関連会社

株式会社アイ・ファミリーマート
ファミリーマートのエリアフランチャイズで、福岡県・熊本県・大分県・佐賀県(一部を除く)で展開していた。2000年株式交換でファミリーマート本社の完全子会社になった後、同社に吸収合併されている。
サニー
福岡県内に店舗を展開するスーパーマーケットで、もともと岩田屋の子会社だった。2001年西友に株式譲渡し、のち吸収合併された。
グランドストア西都
1961年に設立され、食品や衣料品の販売を行っていたが1995年西日本鉄道に買収される。その後タミーと合併し西鉄タミーに社名変更。さらに2005年、西鉄ストアに吸収。

[編集] ロゴマーク・包装紙について

岩田屋呉服店時代から長方形の中に“岩”の文字を入れた「角岩印」の紋章を使用していた。長い間買い物客に親しまれてきたマークだったが、1981年に岩田屋はCIを実施。“I”をモチーフに、中央から三方向に水が噴き出すのをイメージした「泉のマーク」に変更した(上記にある岩田屋久留米店にマークを確認することができる)。「角岩印」は天神岩田屋の外壁や辞令、株券等といった公的な立場での取り扱いに縮小された。更に「IWaTaYa」とAのみ小文字としたアルファベットロゴの使用も開始した(なおこの書体は岩田屋関連会社の浜屋百貨店で「HaMaYa」として現在も使用)。

しかし2004年、現在の本館と新館の開業に合わせ「角岩印」を復活させる。アルファベットロゴは伊勢丹と同じ書体に変更となり、現在も包装紙や紙袋などに記されている。

包装紙は1959年に製作されたものを現在でも使用している。岡田謙三によってデザインされた包装紙は白地に様々な青色の模様が施されている。ぱっと見ると何の模様かわからないが、人々が普段使用している日用品や衣類、建物などを現している。だが一時期、「Iwataya」のロゴを表示しなかったことがあり、話題になった。

[編集] 備考

  • デビュー前の宮崎美子が黒いビキニ姿でポスターモデルをしていたこともある。

[編集] 参考文献

  • 九州の流通業界再編地図(ぱる出版)

[編集] 脚注

  1. ^ メーカーからの商品買取については当時の百貨店各社が自主売場を構成する上で一部取り組んでいた内容であったが岩田屋のように完全買取に移行することはバイヤー機能が確立していてもなお困難であり、まして当時の岩田屋には企業としてのバイイング能力にも問題があったため、不良在庫問題等により、結果的には経営を大きく傾けることとなった。
  2. ^ 西日本鉄道の再開発計画には当初はターミナル百貨店として出店の意向を示していたが結果的に出店を一方的に断念することとなった。このことにより西鉄側は西鉄福岡駅から旧岩田屋本館への通路を封鎖したり、西鉄電車内の岩田屋中吊広告を一切排除するなどの報復措置を行った(その後再開発ビルには福岡三越が出店した)。
  3. ^ 株式会社伊勢丹との吸収分割契約締結並びに株式交換契約締結による株式会社岩田屋の完全子会社化に関するお知らせ (PDF)”. 三越伊勢丹ホールディングス (2009年6月16日). 2009年6月16日閲覧。
  4. ^ 岩田屋 合併公告

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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