丸井今井
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 略称 | まるい、まるいさん(広告で略称を使用時は《まるい》と表記) |
| 本社所在地 | 060-8667 北海道札幌市中央区南1条西2丁目11 |
| 電話番号 | 011-205-1151(代表) |
| 設立 | 2005年10月31日 1872年(明治5年)創業 ※北海道丸井今井は1919年(大正8年)設立 |
| 業種 | 小売業 |
| 事業内容 | 百貨店業 |
| 代表者 | 代表取締役社長・畑中幸一 |
| 資本金 | 20億1,000万円 |
| 売上高 | 883億0,737万円(2007年1月期) |
| 従業員数 | 1,516名(2007年4月1日現在) |
| 決算期 | 1月 |
| 主要子会社 | 北海道丸井今井/百貨店業 北海道百科/道産品の開発・卸・販売 丸井ソフトサービス/情報処理、衣料品リフォーム |
| 関係する人物 | 今井藤七 |
| 外部リンク | http://www.marui-imai.co.jp/ |
株式会社丸井今井(まるいいまい、英称:MARUI IMAI Inc.)は、北海道最大手の日本の百貨店。2009年倒産。三越伊勢丹ホールディングス傘下の百貨店として再建される途にある。
東京を本拠とし首都圏を中心に店舗を展開する百貨店丸井(OIOI)とは全く別で、何の関係もない。
目次 |
[編集] 現存店舗
[編集] 今後も営業を続ける店舗
三越伊勢丹が設立する新会社にて営業続行
- 札幌本店 - 札幌市中央区南1条西2丁目(〒060-8667)
- 千歳空港店(ショップ) - 新千歳空港ターミナルビル内
- 函館店 - 函館市本町32-15(〒040-0011)
[編集] 閉鎖される店舗
2009年7月20日閉店
- 旭川店 - 旭川市1条通8丁目左1-175(〒070-8655)
- 旭川空港店(ショップ) - 旭川空港ターミナルビル内
- 営業所(釧路の様に小規模店舗を併せ持つ所も在る) - 小樽、苫小牧、釧路
2010年1月閉店予定
- 北海道丸井今井室蘭店 - 室蘭市中島町1丁目25-1(〒050-8555)
[編集] 概要
札幌本店の年間売上高は約564億円(2006年)で、道内百貨店首位。
創業は1872年。新潟県三条市出身の創業者・今井藤七が札幌に小間物商を開業した1872年(明治5年)を創業年とする。
株式会社化したのは1919年(大正8年)。北海道では高級百貨店と認識される一方で、「丸井さん」と敬称を付けて呼ばれるほど親しまれてもいた。しかし、1990年代以降の不況(とくに北海道が深刻であった)に加え、1997年にメインバンクの北海道拓殖銀行が破綻、また創業者一族の元社長による公私混同ぶりが明るみとなり、深刻な経営危機に陥った。
2005年に会社分割により新社を作り運営を移管したが、2009年1月29日に倒産(民事再生法の適用を申請)。
その後、三越伊勢丹ホールディングス傘下の百貨店となることが決まった。もともと丸井今井は伊勢丹を中心とする共同仕入れ機構である全日本デパートメントストアーズ開発機構(A・D・O)に加盟していた。
なお、三越伊勢丹ホールディングス主導で行われることになった再建は、
- 存続することが決まっている札幌店と函館店は、後日設立される「札幌丸井今井」と「函館丸井今井」に営業譲渡する。
- 従業員は一旦全員を解雇して、約半数のみを両社で雇用。
- 旭川店と旭川空港にある旭川店のサテライトショップ、小樽・苫小牧・釧路にある外商のための営業所を7月20日付で、北海道丸井今井が運営する室蘭店を2010年1月に閉店する。
- 旭川店と室蘭店の閉店に伴う外商のための営業所を開設しない。
という内容で行われることになった。
また、三越伊勢丹ホールディングスでは、札幌市内で店舗(札幌三越)が競合することになる。
[編集] 沿革
- 1872年 - 今井藤七が札幌で小間物屋を創業
- 1874年 - 丸井今井呉服店と称し店舗を新設
- 1879年 - 正札販売を開始
- 1891年 - 小樽、室蘭両支店を開設
- 1892年 - 函館支店を十字街近くの末広町に開設
- 1897年 - 旭川支店を開設
- 1919年 - 株式会社に改組し商号を丸井商店に変更する
- 1924年 - 札幌本店を失火により焼失
- 1925年 - 今井藤七死去
- 1926年 - 札幌本店を新築
- 1934年 - 函館大火により函館支店焼失。のちに修復される。
- 1944年 - 2代目・今井雄七死去、今井道雄が3代目社長就任
- 1950年 - 丸井今井に商号変更
- 1969年 - 函館支店、現在の本町へ移転
- 1975年 - 札幌本店大通館完成
- 1979年 - 北見市の「まるいいとう」と業務提携を結ぶ
- 1981年 - 室蘭支店、現在の中島町へ移転
- 1985年 - ロゴタイプを変更
- CINDYのGARDEN OF LOVEは長期に亘りイメージソングとして使用された
- 1988年 - 4代目社長に今井春雄就任
- 1995年 - 苫小牧支店を開設
- 1996年 - 各支店を「店」に呼称変更。旧丸三鶴屋の経営権を取得し釧路店を開設
- 1997年
- 1998年
- 1999年 - 8月、整理回収機構が178億円の債権放棄に合意、北海道銀行を中心とする金融団が支援を決定。再建スタート
- 2002年 - 長崎屋札幌店跡を本館南館としてオープン
- 2005年
- 2006年
- 2009年
[編集] 店舗閉鎖
[編集] 旧小樽店について
小樽グランドホテルなどが入った複合施設として暫定営業中だったが、2009年3月に閉鎖されることとなった。複合施設の1つだった小樽グランドホテルが2月15日での閉鎖を決めたことが背景にある。
なお、2005年10月21日、小樽店閉店に伴い外商を目的とした営業所を開設したが、2009年1月29日の倒産による再建策で7月20日をもって閉店することが決まった。
[編集] 旧苫小牧店について
苫小牧店は2006年10月ゼウスシティ(複合施設)として復活したが、ゼウスシティについては開店当初からテナントが目標数に達せず、2007年6月には入店テナントが「当初の計画通りに店舗の運営、管理がなされていない」と主張して、ゼウス被害者の会を設立するなど、郊外型大型スーパーへの対抗が難しいことを露呈していた。そんな中、売り上げ不振などから2008年4月末で閉店することになった。
なお、2005年10月21日、苫小牧店閉店に伴い外商を目的とした営業所を開設したが、2009年1月29日の倒産による再建策で7月20日をもって閉店することが決まった。
[編集] 旧釧路店について
閉店が小樽・苫小牧両店より10か月遅かった釧路市では、市役所・商工会議所・商店・市民を中心として設立した「釧路の百貨店を守る会」が「釧路の百貨店を守りましょう。」「地元商店で買い物をしましょう。」「釧路の商店街を守りましょう。」というスローガンを掲げて、存続や閉店見直しを求める運動を展開。また、市役所・商工会議所・中心街をはじめとする商店が、市民に対して丸井今井のポイントカードである「クレオカード」への加入と釧路店並びに地元商店の利用を促した。
しかし、2005年度の売上が前年比で大幅減、2006年8月20日で閉店することが確定した。なお、閉店に伴い外商を目的とした営業所が2006年8月16日、10年ぶりに復活したが、2009年1月29日の倒産による再建策で7月20日をもって閉店することが決まった。釧路店跡地のその後に関しては、丸三鶴屋にある該当項目を参照。
[編集] 丸井今井邸
かつて、今井藤七の出身地である新潟県三条市には「丸井今井三条店」が存在した。 「三条店」の名称であったが小売の店舗ではなく、今井の生家があった付近に別宅として建てた邸宅を丸井今井で管理していたもの。新潟県内における採用活動や仕入の拠点として使われていた時期もあった。一連の経営難により地元に無償譲渡され現在は「丸井今井邸」として地元保存団体の管理の下、イベントスペースとして活用されている。
2006年6月22日に隣接する精肉店工場から出火、延焼し邸宅の一部が焼けたが、2007年初頭までに改修を終え、活用を再開している。
また、2004年7月13日に発生した新潟・福島豪雨(7・13水害)では、丸井今井から三条市に対し義援金を寄付した。
[編集] 参考文献
- 北海道新聞取材班 『実録・老舗百貨店凋落 - 流通業界再編の光と影』 講談社、2006年、ISBN 4062753308
- 丸井今井編 『丸井今井九十年史』 丸井今井、1962年
- 丸井今井編 『丸井今井百年のあゆみ』 丸井今井、1973年
- 丸井今井百二十年史編纂委員会編 『株式会社丸井今井創業百二十年史』 丸井今井、1992年
[編集] 関連項目
[編集] 呉服店時代の丸井今井出身者が独立し創業した百貨店
[編集] 参考記述
[編集] 外部リンク
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