丸三鶴屋
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丸三鶴屋(まるさんつるや)とは、北海道釧路市にかつて存在した日本の百貨店。
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[編集] 沿革
- 1906年(明治39年) 両角栄治が当時呉服店だった丸井今井札幌本店にて修行を積み独立、前身にあたる丸三越後屋呉服店を創業。
- 1930年(昭和5年) 百貨店・丸三鶴屋として北大通に開店。鉄筋コンクリート建築4階建て。4階フロアの面積は他の各階の半分程で大きめの塔屋の様な形態であり、残り半分(北大通方向側)が一般開放された屋上であった。
- 1930年~1931年頃(昭和5年~昭和6年頃)、北見市(旧野付牛町地域)に北見店を開店。
- 1945年(昭和20年)7月14日 米機の空襲を受け、全館焼失。その後、北見店は閉店となった。
- 1950年(昭和25年)焼け残った鉄筋・外壁を補修し店内も修復、12月に4階建ての社屋を再建。
- 1956年(昭和31年) 本館に5階・6階部分を増築。
- 1968年(昭和43年) 赤提灯横丁移転跡に新館開店(地上2階、地下1階)。
- 1976年(昭和51年)5月 新館を2階建てから6階建てに増築。本館6階の食堂街直営店・テナント入居店の殆どを新館6階に移転。
- 1996年(平成8年)8月31日 閉店・百貨店業廃業。殆どの従業員は丸井今井へ引き継がれ、丸井今井傘下の完全子会社となった。事務館を含め建物不動産は閉店後も丸三鶴屋が所有し、親会社となった丸井今井に賃貸する形を取った。土地所有権については、子会社化前の丸三鶴屋創業者一族が保有。
[編集] 概要
- 旧釧路本店 本館
- 所在地:釧路市北大通5番地1
- 総床面積:5,607m²(地上7階)
- 内訳:【1階】538m² 【2階~6階】各830m² 【7階】919m²
- 旧釧路本店 新館
- 所在地:釧路市末広町4丁目2番地1
- 総床面積:約11,000m²(地上6階、地下1階)
- 旧釧路本店 事務館
- 総床面積:約4,000m²(地上6階、地下1階)
- 地下連絡通路
- 旧本館1階 - 旧新館地下1階 間(一般客用)
- 旧新館地下1階 - 旧事務館地下1階 間(関係者専用)
- 旧北見店
- 所在地:北見市北2条西1丁目
- 店舗:地上3階建
[編集] 入居していたテナント
- ツルヤシネマ - 1949年2月より本館3階で営業していた映画館。後に「釧路劇場」として旧くしろデパート裏へ移転、現在は閉館し建物も現存しない。
- 釧路市立博物館 - 戦前、初代博物館が設置されていた市役所(先代庁舎)2階より臨時移転されていた。
- 消費生活相談室 - 1968年6月~1981年9月に入居していた。その後旧丸ト北村へ移転した。
- 東家 - 蕎麦屋。現 東家文苑店。
- アラジンのランプ(中古レコードショップ・骨董品屋)- 本館3階で営業していた1980年~1983年頃は洋楽中心の品揃えだったが、本館7階に移ってから(1983年頃~1996年)はアイドル系邦楽中心となり、骨董品・古着・古本などの販売を始めた。
[編集] 主な催し物
- 1976年(昭和51年) アメリカ建国200年展(本館7階)
[編集] その他
- 北大通が3車線化されるまでは、本館一階のフロアの一部が歩道にせり出す様な間取りだった[4]。その後、車道拡張に伴い、撤去工事された。
- 1970年代までは、当時多くの百貨店でそうしていたように本館屋上が一般客に開放されていた。新館屋上は、食堂街フロアが移転オープンした数年間開放されていた。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 釧路江南同窓会 - 釧路江南高校(釧高女)同窓会公式ホームページ。「アルバム」内「昔し懐かしこの一枚」内「釧路の風景」において大正から昭和の釧路の市街地の様子を見る事ができる。
- デジタルアーカイブス - 釧路のデジタルコンテンツ制作会社「トマトシステム」による画像集。明治から現在までの釧路市内の様子を見る事ができる。
[編集] 脚注
- ^ 釧路新聞|丸井今井釧路店の大通館(旧丸三鶴屋 旧本館)が転売に(2005年06月01日 記事)参考。
- ^ 釧路新聞|新館1館体制でリニューアルオープン(2004年08月13日 記事)参考。
- ^ 釧路新聞|きょう最後の営業(2006年08月20日 記事)参考。
- ^ 北海道釧路湖陵同窓会総合案内|湖陵ゆかりの地 今昔物語|昔:ロータリー〜北大通(その2)参考。

