京都市

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きょうとし
京都市
Kyoto montage.jpg
左上から: 東寺祇園祭伏見稲荷大社京都御所清水寺鹿苑寺先斗町舞妓慈照寺、東山から望む市街、京都タワー
京都市旗
京都市旗
京都市章
京都市章
京都市略章
京都市略章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 京都府
団体コード 26100-9
面積 827.90km²
総人口 1,469,848
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 1,780人/km²
隣接自治体 宇治市長岡京市南丹市
亀岡市向日市八幡市
乙訓郡大山崎町久世郡久御山町
滋賀県大津市高島市
大阪府高槻市三島郡島本町
市の木 シダレヤナギタカオカエデカツラ
市の花 ツバキツツジサトザクラ
自治記念日 10月15日
京都市役所
所在地 604-8571
京都府京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488番地
北緯35度0分41.8秒東経135度46分5.2秒座標: 北緯35度0分41.8秒 東経135度46分5.2秒
京都市役所
外部リンク 京都市情報館

京都市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

京都市行政区画図

特記事項 市章:1960年昭和35年)1月1日制定
略章:1891年明治24年)10月2日制定
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京都市(きょうとし)は、京都府南部に位置するで、同府の府庁所在地である。

政令指定都市に指定されており、11の区を置いている。市域は、山城国葛野郡愛宕郡紀伊郡の全域、山城国宇治郡乙訓郡丹波国桑田郡の一部、さらには山城国久世郡綴喜郡にもくい込んでいる[1]

目次

概要[編集]

大文字山より市街地を望む

日本全国のの中で推計人口では第7位(参照)、昼間人口では神戸市を抜き第6位である。京都府最大の都市であり、府の人口の56.2%を占める(2014年8月1日)。都道府県全体の人口の過半数を占める都市は、東京23区を一つの都市として考えない場合は京都市のみである。

都市雇用圏の基準では、京都市を中心として京都府南部・滋賀県南西部に広がる京都都市圏京滋)が形成されている。また、1.5%都市圏の基準では、京阪神大都市圏の一角を担う。

794年延暦13年)に日本の首都となった平安京を基礎とする都市で、明治天皇東京行幸するまでの約1080年に渡って天皇家および公家が集住したため「千年の都」との雅称で呼ばれる(首都に関する議論は「日本の首都」を参照)。平安時代室町時代室町幕府期には日本の政治の唯一の中心であり、鎌倉時代、室町時代の中の戦国時代安土桃山時代江戸時代幕末期などにおいても、日本の政治の中心のひとつとして大きな役割を果たした。

平安時代から江戸時代前期までは日本最大の都市であり、その市街地は「京中」、鎌倉時代以降は「洛中」と呼ばれ、都市としては「京」「京の都」「京都」と呼ばれた。江戸時代には三都明治期には三市大正期以降は六大都市五大都市)の各々の一角を占め、戦後には政令指定都市になった。このような中で都市生活者向けの商工業が発達し、特に国内流通が活発化した江戸時代には、全国に製品を出荷する工業都市となる一方、数々の技術者を各地のの要請に従って派遣した。その伝統は現在も伝統工芸として残るのみならず、京セラ島津製作所など先端技術を持つ企業を初め、任天堂ワコールなど業界トップクラスの本社が集まるなど、現代産業を支えている地域の一つである。

第二次世界大戦の戦災被害を免れた神社仏閣、古い史跡、町並みが数多く存在し、宗教貴族武家・庶民などの様々な歴史的文化や祭りが国内外の観光客を引き寄せる観光都市でもあり、「国際観光文化都市法」にもとづく国際観光文化都市に指定されている。さらに、旧帝国大学京都大学を初めとする多数の大学が集積し、国内外から学生や研究者が集まる学園都市ともなっており、国際会議観光都市に指定されている。

2008年(平成20年)7月28日には、門川大作市長は同市の都市経営戦略会議で、2011年度の実質赤字比率が推計で27%に達する見通しを発表し、財政再建団体への転落を示唆した[2]。しかし、その後の行財政改革により2010年度から黒字が続いている[3]

地理[編集]

の季節の鴨川
三条大橋(対岸が河原町方面)

京都府の南部に位置する内陸都市で、市内を賀茂川(途中で高野川と合流し、鴨川と名前を変える)、桂川宇治川などが流れる。

四条河原町(四条通と河原町通の交差点付近)は京都で最大の繁華街である。

市内の街路名と、街路を基準とした位置の呼称[編集]

市内の中心部など一部では、市内の街路名(通り)を基準として、住所表記と同様または類似のものとして用いられている。

中心市街地では、平安京造成時の都市計画の名残で、東西・南北に通じる街路をもってあたかも碁盤の目状に区切られており、街路はそれぞれ固有の名称で呼称される[4]

なお、街路名に付される「通り」の「り」を送り仮名として付けないのが正式な呼称である。

京都市内の通りも参照。

街路名を基にした住所(位置)の表記[編集]

主に碁盤の目状に区切られた街路を持つ地域では、街路名の交差とその地点からの東西南北を指すことによって位置を示す方法が広く用いられている。

当該目的地(建物など)が面している街路名を先に示し、次にその街路と直近で交差する街路名を示したうえ、交差点から見た当該目的地の位置を東西南北で示す。位置表記は、南北に向かう場合は下る(さがる)/上る(あがる)、東西に向かう場合は東入(ひがしいる)/西入(にしいる)と表記する[5]。一例として、京都市役所の所在地である「京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488番地」の場合は、寺町通に面し御池通から北に向かった場所を表す「寺町通御池上る」を、町名である「上本能寺前町」に冠して示している。なお、この表記方法は1889年(明治22年)の市制施行時から市域であった場所の大部分[6]において、住民基本台帳や不動産登記などにおける公的な表記として用いられるものである。

住所表記の実例[編集]

中心市街地(主に上京区中京区下京区)では、所在地を町名だけ(町名+番地)で表現することは極めて稀で、街路名を町名とともに併記する。郵便番号7桁化以前は、郵便物の受取人住所に町名を書かず通り名だけで表すことも多かったほか、それ以降でも日常的には、町名を表記せず街路名のみでおおまかに示したり番地を表記することも多い。

なお、中心市街地では同一町名が複数存在していることから町名だけでは場所を特定できない事例も多い。一例として中京区内には同一町名が32箇所にあり、このうち「中京区亀屋町」に至っては5箇所(さらに「亀屋町」は下京区にも2箇所、上京区にも4箇所)に所在している。これは同一町域の飛び地ではなく、起源を異にする別々の町域である。

ただし、同一町名であっても郵便番号は別々であるため、郵便番号および番地を正確に記載すれば、街路名を併記しなくても郵便物は配達される。

街路名を用いた住所は、インターネットの地図サイトやカーナビゲーションで検索できないことも多い。そのため企業等の事業所では、取引先や顧客がインターネットやカーナビを利用して住所から地図を検索する場合の利便性を考えて、街路名を含まない町名と番地で住所表記する事例も増えている[7]。ただし、このやりかたでは、上記の同一町名の場合には区別ができないことになる。

市の発足以降に編入された地域では、住民基本台帳における住所や不動産登記上の場所の表記は町名+番地だけで表す。なお、これらの地域であっても、主に街路が碁盤の目状に区切られている地区では、位置の説明として交差する街路名と東西南北(西入るor東入るなど)の組み合わせが日常的に利用されている。

交差点名の表記[編集]

交差点の名称は、交差する2つの街路名を合成したものが用いられることが多い。どちらの通りを先に呼称するかについて定説は無く、たとえば「四条河原町」と「河原町四条」は同一地点を指す。

一方で、街路名を由来としない交差点名も少なくない。一例として、四条通と東大路通の交差点は「祇園」、西大路通と丸太町通の交差点は「円町」、今出川通と東大路通の交差点は「百万遍」と呼称しているが、これは都市計画による新たな街路が敷設された場合に、交差点名として伝統的な地名を採用したものが多い。

主な山・河川[編集]

気候[編集]

京都市
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
50
 
9
1
 
 
68
 
10
1
 
 
113
 
13
4
 
 
116
 
20
9
 
 
161
 
25
14
 
 
214
 
28
19
 
 
220
 
32
23
 
 
132
 
33
24
 
 
176
 
29
20
 
 
121
 
23
14
 
 
71
 
17
8
 
 
48
 
12
3
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁 京都 平年値(年・月ごとの値)

京都盆地(山城盆地)の中に位置しているので、瀬戸内海式気候内陸性気候を併せ持ち、、昼と夜とで温度差が大きい。「京の底冷え」と言われるように冬の寒さは厳しい印象があるが、主要都市や関西の中でも取り立てて低温ではなく、京都地方気象台(中京区西ノ京笠殿町)のある中心街はヒートアイランド現象が顕著になり、かつてのような底冷えにはならない。最寒月(1月)の平均気温は4.6℃、平年最低気温は1.1℃と氷点下にさえならず、付近の京田辺市大津市枚方市奈良市よりも温暖で、名古屋市よりわずかに高いほどである。(1月の平年最低気温は京田辺-0.8℃、大津0.5℃、枚方0.5℃、奈良-0.2℃) 特に90年代以降、最低気温は急激に上昇しており、中心部に関しては冷え込みが厳しいとは言えなくなっている。しかし、郊外は今でも寒さは厳しく、特に同じ盆地内でも北の方ほど寒く、市内中心部では降雪がなくても左京区の岩倉、大原や北区の原谷では積雪や氷点下になっていることがある。北部の山間部(旧京北町など)は日本海側気候の影響もあり、冬季の1.0mm以上の降水日数が京都市街地の2倍以上となり、雪の日も市街地より多くて寒さが厳しい。一方、夏は暑さが大変厳しく、猛暑日や熱帯夜になることも多い。大阪市などに比べれば多少はしのぎやすくなっているものの、フェーン現象で39℃を超える高温になることもある。

このように、同じ京都市内といえども、気候は多種多様である。

京都(京都地方気象台)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 19.9
(67.8)
22.9
(73.2)
25.7
(78.3)
30.7
(87.3)
35.4
(95.7)
36.8
(98.2)
38.2
(100.8)
39.8
(103.6)
38.1
(100.6)
32.2
(90)
26.9
(80.4)
22.8
(73)
39.8
(103.6)
平均最高気温 °C (°F) 8.9
(48)
9.7
(49.5)
13.4
(56.1)
19.9
(67.8)
24.6
(76.3)
27.8
(82)
31.5
(88.7)
33.3
(91.9)
28.8
(83.8)
22.9
(73.2)
17.0
(62.6)
11.6
(52.9)
20.8
(69.4)
日平均気温 °C (°F) 4.6
(40.3)
5.1
(41.2)
8.4
(47.1)
14.2
(57.6)
19.0
(66.2)
23.0
(73.4)
26.8
(80.2)
28.2
(82.8)
24.1
(75.4)
17.8
(64)
12.1
(53.8)
7.0
(44.6)
15.9
(60.6)
平均最低気温 °C (°F) 1.2
(34.2)
1.4
(34.5)
4.0
(39.2)
9.0
(48.2)
14.0
(57.2)
18.8
(65.8)
23.2
(73.8)
24.3
(75.7)
20.3
(68.5)
13.6
(56.5)
7.8
(46)
3.2
(37.8)
11.7
(53.1)
最低気温記録 °C (°F) −11.9
(10.6)
−11.6
(11.1)
−8.2
(17.2)
−4.4
(24.1)
−0.3
(31.5)
4.9
(40.8)
10.6
(51.1)
12.8
(55)
7.8
(46)
0.2
(32.4)
−4.4
(24.1)
−9.4
(15.1)
−11.9
(10.6)
降水量 mm (inch) 50.3
(1.98)
68.3
(2.689)
113.3
(4.461)
115.7
(4.555)
160.8
(6.331)
214.0
(8.425)
220.4
(8.677)
132.1
(5.201)
176.2
(6.937)
120.9
(4.76)
71.3
(2.807)
48.0
(1.89)
1,491.3
(58.713)
降雪量 cm (inch) 5
(2)
8
(3.1)
2
(0.8)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
4
(1.6)
19
(7.5)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 6.3 7.3 10.3 9.3 10.2 11.4 11.6 7.6 9.6 7.8 6.4 6.3 104.1
平均降雪日数 (≥ 0 cm) 10.9 10.5 4.5 0.3 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.1 3.6 29.9
 % 湿度 66 65 62 59 62 67 70 66 68 68 68 68 66
平均月間日照時間 123.2 117.4 146.8 175.4 180.9 138.3 142.3 182.7 136.8 157.4 138.1 135.8 1,775.1
出典: 気象庁 (平均値:1981年-2010年、極値:1880年-現在)[8][9]


歴史[編集]

八坂五重塔(1910年)

※ここでは明治維新以後の京都市について述べる。以前の京都市の歴史については、京都を参照。

幕末に政治の中心地となった京都は人口が膨れ上がりかつてない活況を見せたものの、禁門の変などで街の多くが焼けたのに加え、明治維新後に皇室公家の大半が東京へ移り住んだため、一転急速な衰退を見せた。江戸時代は「三都」と呼ばれ、1729年(享保14年)には374,000人、 1766年(明和3年)に318,000人の人口を誇る江戸大坂に次ぐ都会であったが、明治維新後の1873年(明治6年)には238,000人までその人口が落ち込んだ程である。

そのため、京都府知事(市制施行当初は、京都市長も兼任)などから産業の振興を呼びかける声が上がり、京都府に復興の顧問として迎え入れられた山本覚馬は京都を何とかして復興させようとある計画をする。それは1867年にパリで行われた当時最大のイベント『パリ万国博覧会』をヒントに京都で博覧会を開催しようと発案する。その為、政府に嘆願し、外国人の居留地からの移動制限を博覧会の期間のみ解除することを許され、京都に外国人を迎え入れられる様にした。そして西本願寺知恩院建仁寺を会場に博覧会を開催し、京都の復興の足がかりをつくった。前年の1871年(明治4年)には日本初の博覧会が民間により西本願寺で開かれている。[11][要出典]

また田邉朔郎による琵琶湖疏水といった疏水の建設と、疏水を用いた日本初の水力発電、さらにその電力を用いた日本初の電車運転(京都電気鉄道、後の京都市電)などの先進的な施策が実行された。これらが功を奏し[要出典]、人口は明治時代中期以降しばらく、毎年1万の増加を見せるようになった。

人口の増加と市街地の拡大に対応し、明治末期から道路拡築および市営電車敷設、第二疏水開削、上水道整備からなる「三大事業」が行われた。それに続く形で市区改正道路(都市計画道路)事業と市電の敷設が進められ、昭和初期には伏見市(現在の伏見区中心部)など周辺の市町村を編入し、ほどなくして人口は100万人を超えた。

第二次世界大戦中、六大都市(東京・大阪・京都・名古屋・神戸・横浜)の中では、空襲の大きな被害を受けなかったこともあり、日本の都市としては珍しく戦前からの建造物が比較的多く残されている。これは歴史遺産保護のために大規模空爆を受けなかったという説がある一方、広島市小倉市(現在の北九州市小倉北区小倉南区)・新潟市などとともに原子爆弾の投下候補都市と位置付けられており、その兵器の効力を知るために米軍が最後まで街を温存したという説が存在する(都市選定の経過については日本への原子爆弾投下を参照)。なお、京都が全く空襲を受けなかったわけではない。1945年(昭和20年)には5回の空襲を受けている(京都空襲)。

沿革[編集]

明治以前[編集]

明治[編集]

明治時代の京都市役所
  • 1868年明治元年) - 京都裁判所を京都府に改称。第1次町組改正。葛野郡聚楽村、西ノ京村、大将軍村の各一部を上京に、愛宕郡粟田口村の一部と紀伊郡福稲村の一部を下京にそれぞれ編入。
  • 1869年(明治2年) - 第2次町組改正が行われて、上京33番組、下京32番組(同年1番組が分離し33番組となる)に再編成。同年内に、日本初の学区制小学校である番組小学校が開設される。
  • 1871年(明治4年) - 廃藩置県。日本初の博覧会を西本願寺で開催(京都博覧会。ただし翌年開催のものを第1回とする)。
  • 1872年(明治5年) - 第1回京都博覧会開催(この後、1896年(明治29年)まで毎年開催される)。日本で最初の女学校として、新英学校女紅場が九条家丸太町邸内に設立される。番組を区とする市区改正が行われる。葛野郡東塩小路村の一部(現・来迎堂町)を下京に編入。
  • 1875年(明治8年) - 新島襄同志社英学校創立。
  • 1877年(明治10年)2月5日 - 神戸から大阪までの鉄道を延伸する形で、京都駅が開業。
  • 1879年(明治12年) - 郡区町村編制法で上京区、下京区設置。従来の区は「組」と改められる。葛野郡中堂寺村(現・藪之内町)・八条村(現・薬園町・八条町・東寺町)・西九条村(現・東油小路町・西油小路町)・東塩小路村(現・東塩小路町)の各一部を下京区に編入。
  • 1883年(明治16年) - 愛宕郡聖護院村字大石原および二条畑(いずれも現・石原町)を上京区に編入。
  • 1888年(明治21年) - 愛宕郡岡崎村・聖護院村・吉田村・浄土寺村・南禅寺村・鹿ケ谷村・粟田口村を上京区に、同郡今熊野村・清閑寺村を下京区に編入。(現在の左京区と東山区の各一部に相当する区域)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 上京区・下京区に市制施行。京都市発足。市制特例により市長は置かず、市長職務は府知事が行う。市制施行時の面積は29.77平方キロメートルであった。紀伊郡福稲村の東福寺を下京区に編入。山崎恵純らが京都法学校創立。
  • 1890年(明治23年) - 琵琶湖疏水の第一期工事が完成。
  • 1891年(明治24年)11月 - 琵琶湖疏水の水を用いて、日本初の水力発電所となる蹴上発電所が稼動開始。
  • 1895年(明治28年) - 平安神宮創建。第4回内国勧業博覧会開催。平安遷都千百年紀年祭開催。時代行列が行われる(第1回時代祭)。
  • 1897年(明治30年) - 京都帝国大学(現京都大学)創立。京都国立博物館開館。
  • 1898年(明治31年)10月12日 - 同年9月末で市制特例が廃止されたことに伴い、市長を置く。
  • 1898年(明治31年)10月15日 - 市役所開庁、この日を「自治記念日」とする。
  • 1900年(明治33年)5月19日 - 京都法政学校(現立命館大学)創立。
  • 1902年(明治35年) - 葛野郡大内村の一部(大字東塩小路町、西九条)を下京区に編入。
  • 1908年(明治41年) - 京都市三大事業起工式(道路拡張および市電、第二琵琶湖疏水建設、上水道整備)。深草に陸軍第16師団が置かれる。
  • 1910年(明治43年)4月15日 - 京阪電気鉄道が開業する。
  • 1910年(明治43年) - 仁丹が京都市内に町名表示板を設置開始。
  • 1912年(明治45年) - 3月、蹴上浄水場竣工。6月11日、市電運転開始。

大正[編集]

  • 1915年(大正4年) - 大正天皇即位礼が行われる。
  • 1918年(大正7年) - 愛宕郡白川村、田中村、下鴨村、鞍馬口村、野口村および上賀茂村の一部、大宮村の一部ならびに葛野郡衣笠村を上京区に、葛野郡朱雀野村、大内村、七条村および西院村の一部ならびに紀伊郡柳原町および東九条村の一部、上鳥羽村の一部、深草村の一部を下京区に編入。京都市、京都電気鉄道を買収。

昭和(終戦まで)[編集]

  • 1927年(昭和2年) - 市役所本庁舎竣工。日本初の中央卸売市場となる京都市中央卸売市場が開業。松ヶ崎浄水場給水開始。
  • 1928年(昭和3年) - 昭和天皇即位礼が行われる。
  • 1929年(昭和4年) - 上京区下京区が分区。左京区東山区中京区成立。紀伊郡伏見町が市制施行して伏見市成立。
  • 1931年(昭和6年)
    • 3月31日 - 京阪電気鉄道新京阪線(今の阪急電鉄京都線)の大宮乗り入れにより、近畿地方初の地下鉄道線開業。
    • 5月1日 - 伏見市と紀伊郡深草町・下鳥羽村・横大路村・納所村・堀内村・向島村・竹田村、宇治郡醍醐村を合併し伏見区設置。葛野郡嵯峨町・花園村・西院村・太秦村・梅ヶ畑村・梅津村・京極村・松尾村・桂村・川岡村を合併し、右京区設置。紀伊郡上鳥羽村・吉祥院村を下京区に編入。宇治郡山科町を東山区に編入。
  • 1932年(昭和7年) - 人口が100万人を超える。同年4月1日、日本初の都市トロリーバス京都市営トロリーバス)が開業。
  • 1934年(昭和9年)9月 - 室戸台風が関西に来襲。死者181名・負傷者1021名・家屋全半壊2653軒[12]
  • 1935年(昭和10年)
    • 6月29日 - 京都大水害、高野川・鴨川・天神川・桂川などの主要河川で堤防決壊、三条大橋五条大橋など53橋の流失、死者12名・負傷者71名・家屋全半壊482戸・床上床下浸水43279戸[13]
    • 8月10日 - 再度の豪雨による水害。鴨川の仮設橋が流失、天神川で氾濫、東山区山科(現・山科区)でため池が決壊・集落を直撃して死者5名・家屋13棟が全半壊[14]
  • 1936年(昭和11年) - 山科浄水場給水開始(昭和50年廃止)。
  • 1942年(昭和17年)4月1日 - 配電統制令により市営水力発電所・市内送電網を関西配電に現物出資。
  • 1945年(昭和20年) - 堀川通御池通五条通で建物疎開。伏見浄水場給水開始(昭和52年廃止)。
    • 1月16日 - 米軍爆撃機B-29編隊が上空飛来のうえ市街爆撃、死者41人[15]
    • 4月16日 - 右京区太秦巽町に投弾あり。死者2人[16]
    • 6月26日 - 上京区智恵光院通下長者町上ルほかに着弾。死者43人。家屋全壊71戸[17]

昭和(戦後)[編集]

平成[編集]

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減を見ると、0.02%減の1,474,473人であり、増減率は府下26市町村中7位。区別では最高が5.22%増の下京区、最低が4.56%減の東山区。

Demography26100.svg
京都市と全国の年齢別人口分布(2005年) 京都市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 京都市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
京都市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 1,427,376人
1975年 1,468,833人
1980年 1,480,377人
1985年 1,486,402人
1990年 1,468,190人
1995年 1,470,902人
2000年 1,474,471人
2005年 1,474,811人
2010年 1,474,473人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

山田啓二京都府知事(右)と共に時代祭の行列に参加する門川大作市長(左)。

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
初代 内貴甚三郎 1898年10月12日 1904年10月11日
2 西郷菊次郎 1904年10月12日 1911年7月13日
3 川上親晴 1912年1月6日 1912年12月20日
4 井上密 1913年3月31日 1916年7月19日
5 大野盛郁 1917年1月10日 1918年5月7日
6 安藤謙介 1918年11月29日 1920年12月3日
7 馬淵鋭太郎 1921年7月22日 1924年9月19日
8 安田耕之助 1925年2月21日 1927年8月9日
9 市村光恵 1927年8月20日 1927年11月13日
10 土岐嘉平 1927年12月13日 1931年12月12日
11 森田茂 1931年12月21日 1932年11月30日
12 大森吉五郎 1932年12月18日 1935年1月15日
13 浅山富之助 1935年2月19日 1936年6月4日
14 市村慶三 1936年6月4日 1940年6月3日
15 加賀谷朝蔵 1940年6月8日 1942年6月22日
16 篠原英太郎 1942年7月6日 1946年2月16日
17 和辻春樹 1946年3月13日 1946年11月27日
18 神戸正雄 1947年4月7日 1950年1月6日
19 高山義三 1950年2月10日 1966年2月4日
20 井上清一 1966年2月5日 1967年1月8日
21 富井清 1967年2月28日 1971年2月25日
22 舩橋求己 1971年2月26日 1981年7月26日
23 今川正彦 1981年9月1日 1989年8月29日
24 田邊朋之 1989年8月30日 1996年1月29日
25 桝本頼兼 1996年2月26日 2008年2月24日
26 門川大作 2008年2月25日

議会[編集]

市内で行われる時代祭には、議長や副議長も歴史的な衣装をまとって参加する。(写真は2009年の様子。右から、繁隆夫市議会長と安孫子和子副市議長(肩書はいずれも当時)。)

京都市では慣例により市議会を市会と呼称する。これは大阪神戸横浜名古屋の各市でも同様である。

市会[編集]

議員定数は69人である。

  • 議長(第80代):橋村芳和(所属会派:自由民主党京都市会議員団、2013年(平成25年)5月16日就任)
  • 副議長(第88代):隠塚功(所属会派:民主・都みらい京都市会議員団、2013年(平成25年)5月16日就任)

会派構成[編集]

会派名 議員数 所属党派
自由民主党京都市会議員団 23 自由民主党
日本共産党京都市会議員団 14 日本共産党
民主・都みらい京都市会議員団 13 民主党
公明党京都市会議員団 12 公明党
地域政党京都党京都市会議員団 4 地域政党
みんなの党・無所属の会 2 みんなの党・無所属
欠員 1

2013年(平成25年)7月現在。

経済[編集]

全般[編集]

2010年(平成22年)度の市内総生産(名目)は5兆6371億円である[19]。ドルで換算すると、600億ドルを超えており、ほぼドバイのGDPに匹敵している。市民所得は4兆1106億円であり、一人当たりだと278.9万円である。産業構造としては、製造業の比率が公表政令市の中で神戸に次ぎ4番目に高い[20]

伝統産業[編集]

73品目を京都市は伝統産業として指定し[21]、そのうち経済産業大臣指定伝統的工芸品と17品目が重複している。

本社を置く主要企業[編集]

上場企業[編集]

非上場企業[編集]

商業の特徴[編集]

以前より緩和されてはいるが大規模店舗の出店が旧市街地においては厳しく制限されている。

四条烏丸から四条河原町にかけて商業施設が集積、老舗百貨店とされる大丸京都店藤井大丸高島屋京都店が出店。 全国的に見られる中心市街地の空洞化は稀で、JR京都伊勢丹イオンモールKYOTOの出店により現在は京都駅前との競争が活発となる。

姉妹都市・提携都市[編集]

国内[編集]

京都市では国内の姉妹都市提携はこれまで行っていない。ただ、全国の「小京都」と称される街の集まりである全国京都会議には参加している。

国外[編集]

パートナーシティ

その他に歴史都市の保存と開発をテーマにした世界歴史都市連盟に加盟している。

国際機関[編集]

領事館[編集]

総領事館[編集]

  • フランスの旗在京都フランス総領事館

名誉総領事館[編集]

  • アイスランドの旗在京都アイスランド共和国名誉総領事館
  • ニカラグアの旗在京都ニカラグア名誉総領事館

名誉領事館[編集]

  • パラグアイの旗在京都パラグアイ共和国名誉領事館
  • ペルーの旗在京都ペルー共和国名誉領事館
  • ベルギーの旗在京都ベルギー王国名誉領事館
  • ポルトガルの旗在京都ポルトガル名誉領事館
  • メキシコの旗在京都メキシコ合衆国名誉領事館
  • ラオスの旗在京都ラオス名誉領事館
  • グアテマラの旗在京都グアテマラ名誉領事館

国の行政機関[編集]

地域[編集]

[編集]

KyotoWards.jpg

京都市は以下の11の区より構成される(地理的位置順)。

右京区 北区 左京区
上京区
中京区




下京区
西京区 南区
伏見区

区名の読みと、設置年は以下の通り(自治体コード順)。京都市設置当初は上京区・下京区の2区だったが、数度の分区合併を経て1976年(昭和51年)に現在の11区が揃った。

読み 設立
北区 きたく 1955年上京区から
上京区 かみぎょうく 1879年区制による
左京区 さきょうく 1929年上京区から
中京区 なかぎょうく 1929年上京区と下京区から
東山区 ひがしやまく 1929年下京区から
下京区 しもぎょうく 1879年区制による
南区 みなみく 1955年下京区から
右京区 うきょうく 1931年葛野郡から
伏見区 ふしみく 1931年伏見市などから
山科区 やましなく 1976年東山区から
西京区 にしきょうく 1976年右京区から

地域名[編集]

平安京復元模型写真(平安京創生館

平安京は、平安中期の漢文学においてしばしば「洛陽」「長安城」「洛城」として現れる。いずれも「平安城」に代わる文学上の雅称と考えられる。のちにが西の長安を首都、東の洛陽を副都としたのを意識し、朱雀大路の西(右京)を長安、東(左京)を洛陽と称したとする認識が生まれた[23]。その後、低湿地であった右京南部が寂れ、御所などの重要施設も左京に集中するに伴い平安京の重心が東に移動したため、洛陽すなわち「洛」が平安京の代名詞となっていった。

たとえば、近世に多く描かれた屏風絵に京都の中心部と郊外を表した「洛中洛外図」というものがある。現在でも京都市内の地域名として以下のようなものがある。行政や観光ガイドでもよく使われるが厳密な区分はない。

なお、「」は現在でも「」を表す語として用いられるが、これは京都にのみ用いられる特称である。

  • 洛中(らくちゅう) - 上京、中京、下京の各区の辺りの呼び方
  • 洛外(らくがい) - 洛中の周縁の地域
    • 洛東(らくとう)、東山(ひがしやま)- 左京区銀閣寺辺りから東山区まで(洛東の場合、山科区をも包む。東山は含まない)。
    • 洛北(らくほく)、北山(きたやま)- 北区上賀茂から北大路通辺りまで
    • 洛西(らくさい)、西山(にしやま)- 右京区南部から西京区、乙訓辺り。嵐山など。
    • 洛南(らくなん)- JR京都線・琵琶湖線(東海道線)以南の地域

上記が大まかであるのに対して、もっと生活に密着した地域単位として、明治時代に導入された小学校区による地域名もよく使われる。京都の元学区を参照されたい。

また、政令指定都市では唯一住居表示を採用しておらず、洛中と言った都心部や近年になって開発された地域など一部を除いて、市内の地名の多くは京都市への編入前の旧町村名や大字小字をそのまま町名にしている(例:旧田中村字門前→左京区田中門前町)。

詳細は

を参照されたい。

健康[編集]

  • 平均年齢:43.7歳(2010年(平成22年))[24]

インフラ整備の状況[編集]

上水道[編集]

上水道普及率(2010年度末現在)[25]

全市人口比 99.1%
給水区域内人口比 99.9%

琵琶湖疏水からの水を利用する日本初の急速濾過式浄水場「蹴上浄水場」が1912年(明治45年)が完成して2012年で100年・人口と供給面積増加に伴い山科・九条山・伏見・松ヶ崎・新山科・山ノ内が設置されたが、現在は蹴上・松ヶ崎・新山科の3ヶ所の浄水場に集約された[26]。また蹴上・松ヶ崎・新山科の3浄水場ではソーラーパネルによる太陽光発電が行われていて、2013年10月には新山科浄水場を1000kWまで増設され、2014年度には松ヶ崎浄水場に730kWに増設することが計画されている。

ちなみに琵琶湖疏水を通して年間2億トンの琵琶湖の湖水を得ていて、京都市は1947年に『疏水感謝金』の契約を滋賀県と結んだ。これは法的な根拠はなく、あくまでも感謝金で滋賀県も「山の植林・間伐・林道整備など、水源地となる山の保護事業に使っている」としている。感謝金額の査定は10年ごとに物価変動を考慮して滋賀県と京都市が相談して決定する。現行契約は消費税が8%になる予定の2014年までとなっている。現在『疏水感謝金』として年間2億2千万円が滋賀県へ支払われている[27]

しかし市民の節水意識の向上や生活スタイルの変化による水道使用量の減少し、水道契約世帯の37パーセントが基本料金の使用量10トン以下となっている。また京都市内は伏見を初めとする「名水の井戸」が数多くあり、水道水を使わず井戸水を使用する宿泊施設[28]や商業施設[29]・病院などが40事業者もあり、それらの業者にもバックアップ用の大口径水道管が接続されているため収益は無いのに維持費が掛かり9億円の減収となっている[30]

予算不足から水道管の更新が年間12kmしかできず、市内約3900kmのうち500kmは法定耐用年数の40年を越え、来年度から倍増させるが20年後には水道管の52パーセントが耐用年数越える、と推定されていて、2011年10月に洛西ニュータウンで大規模な断水事故も起きていて、早急な対策が必要とされる[31]

このほか左京区大原地区では地元の河川を利用した水道が設置され、2005年4月に右京区に編入された旧・京北町では、独自の上水道が整備されていたが、京都市編入後は2011年11月より黒田・弓削の2つの浄水場が稼動を開始した[32]。西京区京都大学桂キャンパス側に府の乙訓浄水場(保津川嵐山付近より取水)があり、向日市・長岡京市・大山崎町へ供給している。

下水道[編集]

下水道普及率(2007年度末現在)[33]

全市人口比 99.1%

京都市内の下水道網は、ほぼ全域をカバーしているが、初期に造られた下水道を中心に市内40パーセントで雨水と汚水を一緒に流す合流式で大雨になると下水道から河川に雨水を放流する放流口が83箇所も有り、このときに汚水が未処理のまま河川に流れ出し悪臭や環境汚染が堀川や西高瀬川などで問題になり、1980年代より大雨時に水を溜めて下水処理場へ送る貯水幹線が堀川通や五条通の地下に整備された[34]

こうして集められた汚水は桂川東岸・宇治川北岸までが京都市上下水道局の鳥羽・伏見・石田に有る3つの水環境保全センター(下水処理場)と鳥羽水環境保全センター吉祥院支所で、桂川西岸は京都府の「洛西浄化センター(京都市伏見区と大山崎町に跨る)」・宇治川南岸は同「洛南浄化センター(八幡市)」で処理され淀川水系へ放流される、旧・京北町地区は京北浄化センターで処理され桂川上流部へ放流される。なお京都市山科区の上流部の滋賀県大津市藤尾地区・醍醐小栗栖地区の下水道管が通過する宇治市の六地蔵地区の一部の汚水も京都市上下水道局の石田水環境保全センターで下水処理されている。

淀川下流では、大阪府下全域と兵庫県の阪神地区で再度浄水として使用されているため BOD は国の基準・水1ℓあたり 20mg を下回る 3mg 前後まで浄化され、旧・京北町に有る京北浄化センター以外は、通常の下水処理に加えて窒素・リンを取り除く高度処理が行われ、さらに鳥羽水環境保全センター吉祥院支所・伏見水環境保全センターでは友禅染などの作業所から出る染料の色素を除去するためにオゾン処理を導入している。

省エネ対策として京都市最大の下水処理場「鳥羽水環境保全センター」では、処理施設の上部に 1000kW の太陽光発電パネルを設置して2013年度より太陽光発電を導入予定である[35]。石田水環境保全センターでは隣接するゴミ処理場からの廃棄物発電の電気による施設内の電力供給と余熱での汚泥の乾燥減量化していたが、ゴミ処理場の老朽化で2013年2月で休止されたため2015年度に1000kW太陽光発電パネルの設置が計画[36]され、伏見水環境保全センターではガスコージェネレーション設備を導入して自家発電による施設内の電力供給と余熱による汚泥の乾燥減量化を行っている。

ごみ収集[編集]

2013年4月現在、京都市のごみ収集は有料で一般ゴミは黄色の専用ゴミ袋を市内のコンビニ・スーパーマーケット・小売店で購入し、それにゴミを入れてごみ収集指定日に道路上の指定場所に出す。これらのゴミ袋は5リットル・10リットル・20リットル・30リットル・45リットルの6種類が用意されている。なお一般ゴミは市内3ヶ所の「クリーンセンター(ごみ焼却処理場)」で焼却されこの熱を利用して廃棄物発電が行われていて入札により売電されている。焼却灰は伏見区醍醐に有る最終処分場「エコランド音羽の杜」に埋め立てられる。

ビン、カン、ペットボトルとプラスティックトレイ・プラ包装材は資源ゴミは透明の専用ゴミ袋の使用が義務付けられていて、それぞれ週1回資源ゴミ専用指定場所に出す事になっている。資源ゴミは伏見区横大路に有る「南部クリーンセンター」に隣接する知的障害者対象就労継続支援B型事業所『京都市横大路福祉工場』でアルミ缶・スチール缶・ペットボトルに分別されリサイクル業者に払い下げられる。また横大路地区には業務用廃棄物の「魚アラリサイクルセンター」が有り魚粉飼料に加工され、市民や業務用から集められた「使用済みテンプラ油」のバイオディーゼルフェールに加工工場も有り、加工された燃料は一部のゴミ収集車に使用されている。古紙類の回収は民間の古紙回収業者が充実しているなどとして、京都市としてリサイクルを行っておらず、このため市民は独自に民間の古紙回収業者を頼るか、燃えるごみとして出す必要がある[37]。ただし地域での自主的な集団回収に毎年最大10000円(古紙類のみを回収する場合。その他の品目も回収する場合は最大15000円)の助成金を交付している[38]

電力[編集]

京都市域は関西電力(関電)の営業区域となっている。なお、京都市役所はPPSエネットから買電した電気も使用している[39]

水力発電所[編集]

京都市内には関西電力の6箇所の水力発電所がある。これらは、琵琶湖疏水にありかつて京都市直営により運営されていた蹴上 (4,500kW) ・夷川 (300kW) ・墨染 (2,200kW) の各発電所と、京都電燈により設置され後に京都市に移管された鞍馬川の洛北発電所 (450kW) ・清滝川の清滝発電所 (250kW) ・栂ノ尾発電所 (900kW) が、日中戦争以降の電力国家管理政策『配電統制令(1941年8月発布)』により関西配電(のちの関電)に京都市内の送電設備と共に現物出資されたもので、これが京都市が現在も関西電力の株式419万株を保有する大株主の理由でもある。このほか、京都電燈により設置されたものとして、旧京北町桂川上流部の黒田発電所 (980kW) がある。(発電所の名称とカッコ内の発電出力は現在のもの[40]

関電以外にも京都嵐山保勝会が2005年嵐山渡月橋上流部に出力 5.5KW の小型水力発電機を設置、夜間「渡月橋周辺」をLED照明で照らし、余剰電力は関西電力に売却している。2013年度には修学院音羽谷の砂防ダム・蹴上インクライン横の放水路・嵯峨越畑の農業用水の3箇所の小水力発電所の建設[41]が計画されている。

太陽光発電[編集]

京都市では、国の一般家庭への太陽光発電パネル設置の補助金 1kW あたり3万〜3万5千円にプラスして 1kW あたり2万円補助金を独自に出しているほか、市内3箇所の浄水場・青少年科学センター、魚アラリサイクルセンターなど公共施設・市内公立小中学校の増改築時[42]に太陽光発電パネルを設置している。これらは大規模災害時の非常用電源としても考えられている。さらに2013年度は新山科浄水場・鳥羽下水処理場に1,000kW 規模の太陽光発電パネルの設置され、2014年度も松ヶ崎浄水場に730kW、2015年にも石田下水処理場に1,000kWの太陽光発電パネル[43]、が計画されている。

また、市民から出資を得て京都市の施設の屋上に太陽光発電パネルを設置して売電で得た収益を出資者に配当する「市民協働発電制度」を創設。2013年度は京都市立西京高校・山科まち美化事務所・道の駅ウッディー京北の3ヶ所に設置が予定されている[44]

京都市以外では、NEDO の技術開発機構フィールドテスト事業として1997年にJR東海の京都駅の新幹線ホームの屋根上に 100kW の太陽光発電パネルを設置、1998年8月京セラの新本社の屋上と南壁面 214kW の太陽光発電パネルが設置、1999年京都府営乙訓浄水場の沈殿池の上に 30kW の太陽光発電パネルの設置された。

2012年7月にはソフトバンク関連会社および京セラ関連会社と市の協業により、伏見区内にある市の最終処分場跡地にメガソーラーを設置しており、同年9月に予定される設備拡張分と併せて京都府内最大となる約4,200kW の規模を有している[45][46][47]

その他の発電所[編集]

京都市内3箇所のクリーンセンター(ごみ焼却処理場)は廃棄物発電が行われ約35,000kW が発電されていて、入札により売電されている。また伏見水環境保全センターではガスコージェネレーション設備で発電した電気で汚水の浄化に利用している。

ガス[編集]

京都市地域は大阪ガスの供給エリア[48]天然ガス13Aを京都市内に供給しているが、山科区の清水焼団地は大阪ガスの供給エリアの中に有りながら、独自のLPガスの供給網を設備運用している。これは陶器を焼くのにカロリーの高いLPガスの方が大阪ガスの供給する天然ガスより適しているためである。

市外局番[編集]

市外局番は、大部分の地域は「075」(京都MA)。ただし、右京区嵯峨樒原、嵯峨越畑、京北室谷町では「0771」(亀岡MA)。伏見区醍醐一ノ切町、二ノ切町及び三ノ切町では「077」(大津MA)。西京区大原野出灰町では「071」(茨木MA)。旧京北町域は京都市への編入後、2011年12月1日をもって「075」(京都MA)へと変更された。

シンボルカラー[編集]

京都市の公式サイト「京都市情報館」の外郭色はだが、これは「山紫水明」に因んだ色[要出典]である。

教育[編集]

開設予定を含めて41校の大学短期大学のキャンパスがある。大学相互の結びつきを深め、また、経済界との連携を強めるための公益財団法人大学コンソーシアム京都(通称、コンソーシアム)があるのも特徴的である。2003年(平成15年)以降、毎年10月上旬に京都学生祭典を開催している。

(※ 小学校中学校高等学校特別支援学校などは、各区のページを参照)

国公立大学[編集]

私立大学[編集]

私立短期大学[編集]

その他[編集]

この他、アメリカの大学も積極的に京都で活動を行っている。Kyoto Consortium for Japanese Studies英語版は、アメリカの14大学からなる組織であり、毎年50名程度の学生を日本に送っている[49]。また、スタンフォード大学は、京都市内に日本センターを設置している。大学共同利用機関法人として国際日本文化研究センターと総合地球環境学研究所がある。

学会[編集]

  • 日本内分泌学会 - 中京区に事務局を置いている。
  • 日本遺伝子診療学会 - 中京区に事務局を置いている。
  • 日本アレルギー学会 - 下京区に事務局を置いている。
  • 日本生態学会 - 北区に事務局を置いている。
  • 日本臨床分子形態学会 - 左京区に事務局を置いている。
  • 日本ビタミン学会 - 左京区に事務局を置いている。
  • 日本血液学会 - 左京区に事務局を置いている。
  • 日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー学会 - 中京区に事務局を置いている。
  • 日本史研究会 - 上京区に事務局を置いている。

交通[編集]

市内中心部まで[編集]

近畿圏各地からは出発地によってJR私鉄各線を使い分けるが、京都駅周辺はJR・近鉄、四条河原町周辺は阪急・京阪のターミナルと、主に二箇所に分散している。また京都市内を発着地とする中長距離バス路線は、多くが京都駅をターミナルとしている。

東海道新幹線山陽新幹線沿線からは、大阪市内や神戸市内と比べて近畿三空港との距離が離れている(最も近い伊丹空港から京都駅まで約50分)一方、京都駅にはのぞみをはじめ(寝台特急サンライズ瀬戸・寝台特急サンライズ出雲を除き)全ての列車が停車することから、新幹線航空機に対して圧倒的に優位に立っている。また、京都府内のみならず、大阪府北東部や滋賀県南部および奈良県北部への新幹線の玄関口としての機能も持つ。

バス[編集]

市内路線バス[編集]

市内の移動は路線バスがメインとなる。観光シーズンになると積み残しが続出する状況も珍しくなく、慢性化している渋滞が更に悪化して所要時間が全く読めなくなる事から、鉄道各社線との乗り継ぎ利用でそれらのリスクを最小限に抑える利用方法を取る乗客もいる。

京都市交通局(市バス)・京阪京都交通・京都バス・京阪バス・阪急バス・西日本JRバスとの間では、従来より回数券の共通化を行っており、地下鉄割引券込みの物も販売されていた。京都市バス・京都バス(それぞれ一部路線除く)および地下鉄全線が乗り放題の「京都観光一日・二日乗車券」が発売されている(他にも市バス均一区間専用の一日乗車券、市外発の市内各線フリーきっぷ込みの割引きっぷ類などもあり)。

運行地域は、市バスが旧市街地中心で、京阪京都交通は西京区並びに亀岡方面からの乗り入れ、京都バスが右京区嵯峨地区と左京区岩倉・鞍馬・大原地区、京阪バスが山科区と伏見区醍醐および比叡山方面、阪急バスが西京区(洛西ニュータウン)、西日本JRバスが旧京北町からの乗り入れとなっているが、一部競合区間が存在する。

乗車方法は後乗り前降り後払いで、運賃は旧市街地周辺は均一制(230円)。均一区間外は整理券による区間制となっている。下に示す通りスルッとKANSAI対応カードが使用できる事業者は多いが、非接触型ICカードの PiTaPaICOCA については市街地の大部分を走る京都市バスや京都バスでは使用できない(京都市バスは2014年度に導入予定)。

※はスルッとKANSAI対応カード(乗り放題カード類含む)が使用可能な事業者

#は京都市域バス共通回数券が使用可能な事業者

高速バス[編集]

京都駅と名古屋駅を結ぶ名神ハイウェイバスや、首都圏などと京都を含む京阪神地区を結ぶ多くの高速路線バス、ツアー形式の貸切バスツアーバス)が運行されている。上記したとおり、京都市内を発着地とする高速バス路線の多くは京都駅をターミナルとしている。詳しくは京都駅の高速バス欄を参照。

また大阪市内を発着地として名神高速道路を通るバス路線のうち、京都駅に発着しない路線では、伏見区の深草バスストップ京都深草)を京都の玄関口と位置づけているものがある。詳しくは当該項目を参照のこと。

鉄道路線[編集]

京都駅が事実上の中央駅として機能している。なお、京阪および阪急の路線は京都駅を通っていないが、両者とも市内のターミナル機能は複数の駅に分散しており(京阪は出町柳駅・三条駅・祇園四条駅、阪急は河原町駅・烏丸駅)、中心駅と呼べる存在の駅はない。

市域には、事実上の同一駅や近隣に接する駅の場合でも運営社局によって駅名が相違している事例がいくつかある。

JR西日本各線および近鉄線ではJスルーカード(現在は自動券売機でのみ対応)、嵯峨野観光鉄道を除く私鉄・地下鉄各線ではスルッとKANSAIカードに対応している。また、ICカード乗車券はJR西日本ではICOCAおよび相互利用カード(ICOCAの項を参照。電子マネー機能はPiTaPaは利用不可)、近鉄・京阪・阪急・市営地下鉄では PiTaPa・ICOCAおよび相互利用カードが利用可能。

道路[編集]

自家用車利用は高速道路・一般道路ともに市内とその周辺を含めて渋滞が慢性化しており、特に観光シーズンとなると更に悪化する。市内の駐車場も不足状態とされる[要出典]

近年、地球温暖化防止の観点から見直されたこともあってレンタサイクルが急増しており、宿泊客に対してこれらの便宜をはかる宿泊施設も増加している。また、ベロタクシーの日本発祥の地でもある。

高速自動車国道[編集]

都市高速道路[編集]

その他の有料道路[編集]

かつて有料だった道路

一般国道[編集]

主要地方道[編集]

(越境路線のみ記載)

通り[編集]

航空[編集]

空港はないが、かつてはIATA都市コード UKY が設定されていたほか、空港外のチェックイン施設(シティエアターミナル、CAT)が設置されていたこともある[50]

メディア[編集]

マスメディア・コミュニティ放送[編集]

主な出版社[編集]

観光[編集]

京都市では、中期的な観光客数として、年間5000万人を目標としている。2013年(平成25年)の観光客数は約5,162万人と過去最大を記録した[51]。また、同年の外国人観光客宿泊数は113万人である[51]

観光政策の対象として京都観光サポーター制度などさまざまな施策が行われている。2014年アメリカの旅行雑誌「トラベル+レジャー英語版」の読者投票による人気観光都市ランキングで、京都は第1位を記録した[51]

「古都京都の文化財」[編集]

古くは京都が日本の政治・文化の中心となっていて、第二次世界大戦の戦災から免れたことから、国宝の約20%、重要文化財の約14%が京都市内に存在する。

1994年(平成6年)に、近隣の宇治市内と滋賀県大津市内に所在するものを含め、17件の文化財が世界遺産に登録された。

代表的な観光名所[編集]

社寺[編集]

その他[編集]

博物館等施設[編集]

祭事・催事[編集]

街並み・景観保全[編集]

祇園甲部

京都市は、明治維新以降は発展と保全をバランスよく保っていた[要出典]。しかし、第二次世界大戦後になると社会の変化や経済優先の政策により徐々に景観が破壊され、これに対して景観論争がたびたび起こっている。

1964年(昭和39年)に建造された京都タワーは、京都の「第1次景観論争」を引き起こした。また1970年代の経済成長期には、風致地区美観地区など戦前から継続的になされている景観保護の施策があるにもかかわらず、1950年(昭和25年)に制定された建築基準法により伝統工法が違法となったほか、バブル期には多くの建て替えにより京町家による街並みが徐々に壊されていった。これは「第2次景観論争」といわれている。

山並みも京都の都市景観の重要な要素である。山間地での開発は概ね抑制されているが、1990年代には市内の高層建築によって山への眺望景観が阻害されることになった。

2004年の景観法制定により、これまでの景観条例に実効性・強制力を持たせることが可能となり、2007年には新しい景観政策が施行された。 新しい景観政策では、建造物の高さ、デザイン、色などの規制がより強化された。中心市街地でも、建てられる建造物の高さは幹線道路沿いで最大31メートル、それ以外の職住共存地区では最大15メートルとなった。

市街地のほぼ全域に指定されている景観地区では、その地域ごとにデザインの規制がされ、厳しい地区では屋根の形状が「切妻、寄棟、入母屋」であること、屋根の葺き方が「日本瓦又は銅板」であること、屋根の勾配の比率が一定以上一定以下であること等のかなり具体的な規制に服することになる。建築物を建築等(増改築を含む)する際には、こうした具体的な基準に適合しているかどうか、市長の認定を受けなければならない。

また、眺望景観保全地域として、東寺清水寺などからの境内の眺めや、円通寺などからの庭園の眺め、鴨川からの大文字の眺めなど、38箇所からの眺望を指定し、その周辺をデザイン保全区域として、標高規制やデザインの規制がされる。

広告物についても、屋上広告物や点滅式照明は市内全域で禁止されているほか、都市景観を乱す恐れのある派手な広告看板は地域によって使える色や大きさが規制されている。 日本全国に展開するチェーン店鋪の看板も、鮮やかなコーポレートカラーの使用を控え、他の地域とは異なる比較的地味な配色を採用する事例が多い[52]。一例として、飲食チェーンではマクドナルドすき家は他地域で紅系統を使用しているが、市内では赤褐色を使用している。小売店では、市内のローソンの一部では看板の青地の表示面積を少なくしているほか、ガソリンスタンドのENEOSは赤系統が採用された店舗用ロゴタイプを使用していない。金融機関では、メガバンクの三菱東京UFJ銀行みずほ銀行では本来の地色を使用せず、白地にそれぞれのコーポレートカラーの文字色を配したものを使用している。しかし改修費用の問題もあり、一部に違反状態が残る[53]。屋外広告物条例は2014年9月に経過措置期間が終了し完全施行された。

京都市を拠点とする団体[編集]

スポーツチーム[編集]

音楽[編集]

出身有名人[編集]

政財界・法曹界[編集]

学界[編集]

作家・芸術家・漫画家[編集]

俳優・芸能界・アナウンサー[編集]

スポーツ[編集]

京都市を舞台とした作品[編集]

文学・小説[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ゲーム[編集]

音楽[編集]

歌謡曲[編集]

唱歌[編集]

  • 鉄道唱歌 第一集東海道編(作詞:大和田建樹、作曲:多梅稚上眞行)- 1900年(明治33年)5月発表のこの曲では、全66番のうち京都には1/8弱に当たる8番(山科を含めれば9番)を割り当てており、鎌倉の4番、近江八景の6番よりも長い。作詞者である建樹が相当の興味を抱いていたからとされ、名所は多く歌われている。
    • 45. 大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山 (大石良雄伏見稲荷
    • 46. 東寺の塔を左にて とまれば七條ステーション 京都京都と呼びたつる 駅夫の声も勇ましや (京都駅
    • 47. ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地 今も雲井の空たかく あおぐ清涼紫宸殿 (京都御所
    • 48. 東に立てる東山 西に聳ゆる嵐山 かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川 (山川の地理)
    • 49. 祇園清水知恩院 吉田黒谷真如堂 ながれも清き水上に 君がよまもる加茂の宮 (京都東部の名所)
    • 50. 夏は納涼(すずみ)の四條橋 冬は雪見の銀閣寺 桜は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山 (四季の名所)
    • 51. 琵琶湖を引きて通したる 疏水の工事は南禅寺 岩切り抜きて舟をやる 知識の進歩もみられたり (琵琶湖疏水
    • 52. 神社仏閣山水の ほかに京都の物産は 西陣織の綾錦 友禅染の花もみじ (京都の名産品)
    • 53. 扇おしろい京都紅 また加茂川の鷺しらず 土産を提げていざ立たん あとに名残は残れども (西への出発)

漫画・ライトノベル・アニメ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 山科区と伏見区東半が山城国宇治郡、西京区南半と南区の一部が山城国乙訓郡、左京区広河原・花脊と右京区京北が丹波国桑田郡、伏見区が山城国久世郡、淀のうち美豆が綴喜郡である。
  2. ^ 京都未来まちづくりプラン - 京都市
  3. ^ 平成24年度決算参考データ集 ~データで見る京都市財政のあらまし~ - 京都市 平成25年9月
  4. ^ 但し、街路が市街地の途中で途切れたり別の通りと合流する(多くの場合は別の名称になる)場合や、必ずしも直線ではない場合もある。また、ごく一部に東西・南北の方向ではない(斜め方向の)街路(例:後院通)や、同じ街路であるにも関わらず一部区間だけ違う呼称を用いる(例:大和大路通の縄手通)事例もある。
  5. ^ 「上る」「下る」については、古くは送り仮名をカタカナで「上ル」「下ル」と表記した。現在では住民基本台帳における住所や不動産登記においては送り仮名はひらがなで表記されているが、市民の日常生活においては根強くカタカナ表記も使われ続けている。なお、いずれの場合も「上がる」「下がる」「上ガル」「下ガル」とは表記されない。
  6. ^ 1889年(明治22年)の市制施行時から市域であった場所でも、一部に「祇園町北側」や「本町○○丁目」など、通り名による表記を付さない町もある。
  7. ^ 京の通り名不要!?ネットで地図検索できず”. 読売新聞 (2010年7月20日). 2010年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年7月23日閲覧。
  8. ^ 平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2012年8月2日閲覧。
  9. ^ 観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2012年8月2日閲覧。
  10. ^ 平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2013年2月9日閲覧。
  11. ^ 工藤泰子「明治初期京都の博覧会と観光」、『京都光華女子大学研究紀要』第46巻、京都光華女子大学、2008年12月、 77-100頁、 NAID 110006977012博覧会一覧(年表)”. 国立国会図書館. 2014年1月12日閲覧。
  12. ^ 植村善博著『京都の治水と昭和の大水害』(文理閣)第5章「昭和9年室戸台風」より
  13. ^ 植村善博著『京都の治水と昭和の大水害』(文理閣)第6章「昭和10年6月京都大水害」より
  14. ^ 植村善博著『京都の治水と昭和の大水害』(文理閣)第6章「昭和10年6月京都大水害」・169頁「9 昭和10年8月水害」より
  15. ^ 『戦争のなかの京都』(中西宏次著、岩波ジュニア新書、2009年、p141)による
  16. ^ 中西前掲書p143
  17. ^ 中西前掲書、p144
  18. ^ 令制国における山城国以外の地域(丹波国)を初めて市域とした。
  19. ^ 京都市の市民経済計算 -平成22年度推計結果-
  20. ^ 京都市の経済 2012年版”. 2014年1月25日閲覧。
  21. ^ 京都市の伝統産業”. 2014年1月25日閲覧。
  22. ^ “京都市 印・バラナシ市と民間文化交流へ”. 読売新聞. (2014年8月31日). オリジナル2014年8月31日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140830214854/http://www.yomiuri.co.jp/local/kyoto/news/20140830-OYTNT50453.html 
  23. ^ 「左京=洛陽、右京=長安」説の初出は今のところ、鎌倉末期に書かれた「拾芥抄」である。
  24. ^ 平成22年国勢調査 人口等基本集計(男女・年齢・配偶関係,世帯の構成,住居の状態など)
  25. ^ 京都市情報館 京都市水道施設の現状”. 京都市 (2011年11月28日). 2012年6月7日閲覧。
  26. ^ 参考文献・京都市発行「市民しんぶん」平成23年11月1日号 16面『京の水道、100歳。』
  27. ^ 出典・京都新聞2012年8月20日朝刊「潤いをとどけて 京都市水道100年『7)市民の感謝』」
  28. ^ 京都ブライトンホテル」・「日航プリンセスホテル」では自社ホテル敷地内の井戸で地下水を汲み上げて使用している、伏見の料理旅館「清和荘」では料理に使うだけでなく酒造メーカーとタイアップして名水を使ったオリジナルの日本酒製造している。
  29. ^ 髙島屋京都店では、トイレの洗浄水は地下水を汲み上げ使用している。
  30. ^ 『「潤いをとどけて 京都市水道100年」6)需要の変化』 京都新聞2012年8月18日朝刊22面に掲載の連載記事より
  31. ^ 出典・京都新聞2012年8月16日朝刊「潤いをとどけて 京都市水道100年『4)追いつかない更新』」
  32. ^ 出典・京都市上下水道局広報誌『京の水だより』vol.4 2011年12月発行より
  33. ^ 京都市情報館 京の下水道 その今日と明日” (2010年10月18日). 2012年6月7日閲覧。
  34. ^ 京都新聞2012年8月21日朝刊20面市民版の連載記事「潤いをとどけて 京都市水道100年」『8)返したい美しい水』より。五条通の雨水幹線は五条大橋より、
  35. ^ 出典・2012年7月1日京都新聞26面記事より
  36. ^ 出典・2013年6月15日京都新聞朝刊23面記事より
  37. ^ 京都市情報館 家庭ごみの出し方 古紙類” (2012年6月4日). 2012年6月7日閲覧。
  38. ^ 京都市情報館 コミュニティ回収制度” (2012年6月1日). 2012年6月7日閲覧。
  39. ^ 京都市市庁舎(北庁舎・本庁舎)への電気供給を開始 - エネット(2009年4月1日付、2012年8月6日閲覧)
  40. ^ 平成22年京都府統計書 第11章[1]
  41. ^ 京の小水力発電3候補 - 京都新聞(2012年3月12日付夕刊1面)
  42. ^ 京都市教育委員会教育環境整備室
  43. ^ 出典・京都新聞2013年6月15日朝刊23面記事より。広報誌『京都市民しんぶん』 2012年8月1日号
  44. ^ 広報誌『京都市民しんぶん』 2013年1月1日号2面掲載記事
  45. ^ 「ソフトバンク京都ソーラーパーク」および「ソフトバンク榛東ソーラーパーク」の運転開始について (PDF) - SBエナジー(2012年7月1日付、同年8月7日閲覧)
  46. ^ 京都でメガソーラー始動 ソフトバンクと京セラ子会社 - 朝日新聞デジタル(2012年7月1日付、同年8月7日閲覧)
  47. ^ 「原子力依存ゼロも再生エネルギーで可能」 メガソーラーでソフトバンクの孫社長 - msn産経ニュース(2012年7月1日付、同年8月7日閲覧)
  48. ^ 大阪瓦斯供給エリア図
  49. ^ http://www.ce.columbia.edu/overseas/about.cfm?PID=32&Content=Activity
  50. ^ 「はるかレールゴーサービス」等の中止について - JR西日本(2002年8月2日付、2014年3月2日閲覧) ※インターネット・アーカイブ ※かつてCATが設置されていた旨の出典。
  51. ^ a b c “京都が初の観光都市世界1位 米旅行雑誌が発表”. 共同通信. 47NEWS. (2014年7月3日). http://www.47news.jp/CN/201407/CN2014070201002234.html 2014年7月13日閲覧。 
  52. ^ 49のソコヂカラ・「シンプルイズベスト」の項
  53. ^ “違反看板ゼロ正念場 京都市条例9月完全施行”. 京都新聞. (2014年5月28日). http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20140528000022 
  54. ^ 京都サンガF.C.ホームタウン拡大化のお知らせ - 京都サンガF.C.(2010年8月17日付、2011年1月3日閲覧)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]