リーマン・ショック
リーマン・ショック(Lehman Shock)とは、2008年9月15日に、アメリカ合衆国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した出来事を、これが世界的金融危機(世界同時不況)の引き金となったことに照らして呼ぶ表現。リーマン・クライシス(Lehman Crisis)ともいう。
それに続く金融危機や不況なども含めて意味する表現としてよく使われる。
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[編集] 概要
2007年のサブプライムローン(サブプライム住宅ローン危機)問題に端を発した米国住宅バブル崩壊を動機に、多分野の資産価格の暴落が起こっていた。リーマン・ブラザーズも例外ではなく多大な損失を抱えており、2008年9月15日(月)に、リーマン・ブラザーズは連邦破産法第11章の適用を連邦裁判所に申請するに至る。この申請により、リーマン・ブラザーズが発行している社債や投信を保有している企業への影響、取引先への波及と連鎖などの恐れから、アメリカ経済に対する不安が広がり、世界的な金融危機へと連鎖した。日経平均株価も大暴落を起こし、9月12日(金)の終値は12,214円だったが、10月28日には6,000円台の安値をつけるまで下落した。
[編集] 破綻とリーマン・ショック
負債総額、約64兆円という史上最大の倒産劇へと至り、「リーマン・ショック」「リーマン・クライシス」として世界的な金融危機を招いた。
アメリカ合衆国財務省や連邦準備制度理事会(FRB)の仲介の下でHSBCホールディングスなど[1]複数の金融機関と売却の交渉を行っていた。日本のメガバンク数行も参加したが、後の報道であまりに巨額で不透明な損失が見込まれるため見送ったと言われている。最終的に残ったのはバンク・オブ・アメリカ、メリルリンチ、バークレイズであったが、アメリカ政府が公的資金の注入を拒否[2]していたことから交渉不調に終わった。しかし交渉以前に、損失拡大に苦しむメリルリンチはバンク・オブ・アメリカへの買収打診と決定がなされ、バークレイズも巨額の損失を抱え、すでにリーマン・ブラザーズを買収する余力などどこも存在していなかった。
このリーマン・クライシスにより、アメリカ合衆国による一極体制は崩壊し、「世界的・連鎖的な恐慌の予兆」の時代が始まる引き金にもなった。
日本はサブプライムローンにあまり手を出していなかったため、金融会社では大和生命保険が倒産したものの直接的な影響は軽微であった。しかし、経済の冷え込みに伴う世界的な消費の落ち込みや、金融不安で各種通貨から逃げた資金が日本円に集まり超円高に触れるなどに、それまで景気を支えていた輸出産業に大きなダメージを与え、結果的にリーマン・クライシス以後に経済が最も衰えたのは日本であった。