稚内市

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わっかないし
稚内市
The Most Northern Land of Japan Memorial.jpg
日本最北端の地の碑
Flag of Wakkanai, Hokkaido.svg
稚内市旗
Wakkanai Hokkaido chapter.svg
稚内市章
市旗:1968年4月1日制定
市章:1949年6月1日制定
日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道 宗谷総合振興局
団体コード 01214-9
面積 760.89km²
総人口 37,001
住民基本台帳人口、2014年6月30日)
人口密度 48.6人/km²
隣接自治体 天塩郡豊富町
宗谷郡猿払村
市の木 サクラナナカマド
市の花 ハマナス
他のシンボル -
稚内市役所
市長 工藤広
所在地 097-8686
北海道稚内市中央3丁目13番15号
稚内市役所
外部リンク 稚内市役所

日本地域区画地図補助 01510.svg

稚内市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村

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稚内市の夜景
稚内市中心部周辺の空中写真。この画像は上方が北東方角である。1977年撮影の7枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

稚内市(わっかないし)は、北海道宗谷地方にある市。最果ての宗谷岬礼文島利尻島へのフェリーの航路、最北の駅稚内駅がある、宗谷総合振興局所在地で宗谷管内の中核都市である。

目次

概要[編集]

地名の「わっかない」は、アイヌ語で「冷たい飲み水の沢」を意味する「ヤム・ワッカ・ナイ」に由来する。日本最北ので、宗谷総合振興局の所在地である。松前藩が宗谷場所を開設した江戸時代初期以降、港湾として恵まれた地理条件を備え、良質な魚場に恵まれたため漁業の街として発展した。江戸時代中期頃からは国防上の北の要衝として重視されている。日露戦争後には樺太(現在のサハリン)航路を開設、大正時代には鉄道建設も行われ、旭川以北最大の都市となる。戦後、北洋漁業基地としてさらに発展するが、旧ソ連排他的経済水域設定後は、基幹産業である漁業が衰退し人口減少が続いている。

地理[編集]

ロシア語が併記された道路標識
商店街ではロシア語の看板が出されている(写真は北海道銀行稚内支店)

稚内市は、現在日本において最北に位置するである。古くから日本本土の北の玄関口として知られる。北海道の市町村で唯一、日本海オホーツク海に面している。

稚内市の最北端は宗谷岬の北西に浮かぶ弁天島(北緯45度31分35秒、東経141度55分09秒[1])であり、現時点において『日本国が実効支配する国土の最北端』である[2]

宗谷岬からサハリンクリリオン岬(樺太西能登呂岬)まではおよそ43kmで、日本で最もロシアに近い。そのため、サハリン州、またはロシアと交流が深く、市内の交通標識や店舗の看板などにはロシア語の表記が散見される。

稚内市の市街地は、ノシャップ岬の付け根部分(稚内港・宗谷湾沿い)に広がる。かつては、稚内駅を中心とした北部の中央地区を中心に発展したが、現在は南稚内駅付近や、国道40号沿いの郊外が発展している。

ノシャップ岬と宗谷岬の中間地点には、声問という漁村がある。この辺りは、声問川が形成した扇状地であり、背後に大沼、さらに内陸には沼川地区がある。土地は平坦だが畑作には適さない気候のため、主に酪農が行われている。

宗谷岬付近には、漁村の大岬がある。宗谷岬南部には宗谷丘陵が広がる。この宗谷丘陵は、度重なる大火と侵食により樹木を喪失し、独特の地形・風景をしている。年平均気温は7℃ほどしかなく寒冷で、強い風が吹くため、樹木が成長できず笹やぶとなっていた。現在は、土地の有効利用のため、主に牧草地となっている。

日本海側には漁村の抜海村があり、抜海村の背後には勇知地区と呼ばれる酪農地帯がある。

  • 山 : モイマ山 (232m)、タツナラシ山 (224m)、丸山 (168m) など
  • 河川 : ウエンナイ川、声問川、増幌川
  • 湖沼 : 大沼

市内の地域区分[編集]

  • 中央1〜5丁目
  • 開運1・2丁目
  • 宝来1〜5丁目
  • 恵比須1〜5丁目
  • ノシャップ1〜5丁目
  • 富士見1〜5丁目
  • 西浜1〜4丁目
  • 港1〜5丁目
  • 新港町
  • 大黒1〜5丁目
  • 末広1〜5丁目
  • 新末広町
  • 潮見1〜5丁目
  • 緑1〜6丁目
  • こまどり1〜5丁目
  • 栄1〜5丁目
  • 萩見1〜5丁目
  • 朝日1〜6丁目
  • 富岡1〜6丁目
  • 若葉台1〜3丁目
  • 新光町
  • はまなす1〜5丁目
  • 声問1〜5丁目
  • 宗谷岬
  • 稚内村(稚内公園
  • 宗谷村(増幌・富磯・清浜・東浦)
  • 声問村(恵北・樺岡・沼川・曲渕)
  • 抜海村(抜海・勇知)

気候[編集]

稚内市
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
90
 
-3
-7
 
 
58
 
-3
-8
 
 
49
 
1
-4
 
 
49
 
7
2
 
 
65
 
12
6
 
 
58
 
16
10
 
 
86
 
20
15
 
 
108
 
22
17
 
 
119
 
20
14
 
 
136
 
14
8
 
 
124
 
6
1
 
 
116
 
0
-4
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁

稚内市の年間の平均気温は7℃ほどである。日本の最北に位置するが、は海の影響から比較的温暖であり、過去最低気温は-19.4℃(1944年1月30日)と-20度以下に満たない。また、冬季の平均気温は1961〜1990年平均と比べると、1度前後も上昇している。逆に、は寒流の影響で気温が上がらず、過去最高気温は31.3℃(1946年8月22日)と低い。年間を通じて強い風が吹くため、体感温度は実際の温度よりも低く感じられる。

特別豪雪地帯に指定されているが、北海道の他の自治体と比べると積雪は多い方ではない。

サクラは5月中旬頃に開花し、日本で一番後に開花発表をすることが多い。その年により根室市よりも早いこともある。標本木は稚内公園内にあるエゾヤマザクラ

極値

稚内地方気象台観測

要素 観測値 観測年月日
最高気温 31.3℃ 1946年8月22日
最低気温 -19.4℃ 1944年1月30日
降雪の深さ寒候年合計 706cm 2010年
最深積雪 199cm 1970年2月9日
最大瞬間風速 44.9m/s 1995年11月8日
稚内市(1981年 - 2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) −2.7
(27.1)
−2.5
(27.5)
1.2
(34.2)
7.2
(45)
12.0
(53.6)
15.7
(60.3)
19.7
(67.5)
22.3
(72.1)
19.7
(67.5)
13.7
(56.7)
6.1
(43)
0.1
(32.2)
9.4
(48.9)
日平均気温 °C (°F) −4.7
(23.5)
−4.7
(23.5)
−1.0
(30.2)
4.4
(39.9)
8.8
(47.8)
12.7
(54.9)
16.8
(62.2)
19.6
(67.3)
16.8
(62.2)
11.1
(52)
3.6
(38.5)
−2.0
(28.4)
6.8
(44.2)
平均最低気温 °C (°F) −6.8
(19.8)
−7.1
(19.2)
−3.5
(25.7)
1.8
(35.2)
6.0
(42.8)
10.1
(50.2)
14.5
(58.1)
17.3
(63.1)
14.0
(57.2)
8.1
(46.6)
1.0
(33.8)
−4.2
(24.4)
4.2
(39.6)
降水量 mm (inch) 84.3
(3.319)
60.7
(2.39)
50.3
(1.98)
49.0
(1.929)
67.6
(2.661)
53.0
(2.087)
90.6
(3.567)
116.0
(4.567)
123.5
(4.862)
134.1
(5.28)
120.9
(4.76)
112.8
(4.441)
1,062.7
(41.839)
降雪量 cm (inch) 173
(68.1)
143
(56.3)
102
(40.2)
21
(8.3)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
1
(0.4)
53
(20.9)
160
(63)
656
(258.3)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 20.3 16.1 11.7 8.4 8.6 7.4 7.9 8.6 10.8 14.0 17.0 20.8 151.7
平均降雪日数 30.1 26.2 24.2 9.2 1.2 0.0 0.0 0.0 0.0 3.4 17.7 28.2 140.0
 % 湿度 72 72 71 75 79 85 86 84 75 68 67 70 75
平均月間日照時間 45.6 80.3 138.6 171.8 185.6 166.3 146.8 148.5 177.1 135.9 57.6 30.1 1,484.4
出典: Japan Meteorological Agency
稚内(稚内地方気象台・1961 - 1990年平均)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) −3.4
(25.9)
−3.4
(25.9)
0.9
(33.6)
7.2
(45)
12.0
(53.6)
15.7
(60.3)
19.9
(67.8)
22.0
(71.6)
19.4
(66.9)
13.3
(55.9)
5.8
(42.4)
0.1
(32.2)
9.1
(48.4)
日平均気温 °C (°F) −5.5
(22.1)
−5.7
(21.7)
−1.5
(29.3)
4.4
(39.9)
8.7
(47.7)
12.4
(54.3)
16.8
(62.2)
19.2
(66.6)
16.4
(61.5)
10.5
(50.9)
3.2
(37.8)
−2.1
(28.2)
6.4
(43.5)
平均最低気温 °C (°F) −7.7
(18.1)
−8.2
(17.2)
−4.2
(24.4)
1.7
(35.1)
5.8
(42.4)
9.7
(49.5)
14.4
(57.9)
16.7
(62.1)
13.5
(56.3)
7.5
(45.5)
0.6
(33.1)
−4.4
(24.1)
3.8
(38.8)
出典: 理科年表

歴史[編集]

年表[編集]

この頃には、クワエヒル(ストーブの原型)、毛布などが使用され、水腫病対策としてコーヒー豆が配給される。
  • 1856年(安政3年) - 松浦武四郎ら、樺太調査のため宗谷を出帆。
  • 1859年(安政6年) - 宗谷、秋田藩の領下となる。
  • 1869年明治2年) - 宗谷、開拓使に属す。
  • 1870年(明治3年) - 宗谷、金沢藩に属す。
  • 1872年(明治5年) - 宗谷支庁設置、開拓判官大山重、主任となる。
  • 1873年(明治6年) - 宗谷支庁を廃し、留萌支庁の管轄となる。
  • 1875年(明治8年) - 留萌支庁を廃し、札幌本庁に合し、宗谷に開拓使出張所を置く。樺太千島交換条約締結。樺太原住民841名を稚内に移住させる。
  • 1876年(明治9年) - 宗谷郵便局を設置。
  • 1879年(明治12年) - 宗谷に役所が置かれ宗谷郡となる。宗谷警察署を設置。宗谷村に戸長役場設置(稚内市の開基)。
  • 1886年(明治19年) - 廃県置庁により北海道庁が置かれ、その管轄となる。
  • 1889年(明治22年) - 公立稚内簡易小学校(現在の稚内中央小学校)を開設。
  • 1896年(明治29年) - 稚内区裁判所を設置。
  • 1897年(明治30年) - 宗谷税務署を設置。郡役所を改め、宗谷支庁を開設。
  • 1906年(明治39年) - 小樽、稚内、樺太定期航路を開設。
  • 1910年(明治43年) - 北海道水産試験場駐在所を設置。
  • 1911年(明治44年) - 山火が延焼し、稚内町724戸、宗谷村71戸、その他諸官庁、学校、病院等消失する。
  • 1913年大正2年) - 秋田木材会社が声問発電所を設置し、稚内にはじめて電灯がともる。
  • 1922年(大正11年) - 宗谷線(天北線)開通。
  • 1923年(大正12年) - 稚泊連絡船運行開始。
  • 1924年(大正13年) - 天塩線(宗谷本線)開通
  • 1928年昭和3年) - 稚内町大火、稚内港駅開駅(現稚内駅)
  • 1930年(昭和5年) - 普通選挙第1回町村会議員選挙。稚内町大火。
  • 1936年(昭和11年) - 稚内築港工事第1期設置完成
  • 1942年(昭和17年) - 北海道配電会社、声問火力発電所設置。
  • 1945年(昭和20年) - 樺太居留民引揚船、稚内に入港。米軍、稚内に進駐。
  • 1947年(昭和22年) - 市長公選により、初代市長に西岡斌が当選。
  • 1949年(昭和24年) - 稚内市制施行。海上保安署、消防署設置。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 市章を制定する。[3]
  • 1952年(昭和27年) - 北洋漁業再開。稚内より18隻参加。
  • 1959年(昭和34年) - 稚内空港開港。稚内市長に浜森辰雄が当選。
  • 1963年(昭和38年) - 樺太慰霊塔(氷雪の門)、九人の乙女の像建立。
  • 1964年(昭和39年) - 中央埠頭使用開始。
  • 1967年(昭和42年) - 市庁舎落成。
  • 1968年(昭和43年)4月1日 - 稚内市民憲章、市旗制定[4]昭和天皇香淳皇后が稚内市を訪問。
  • 1971年(昭和46年) - ノシャップ米軍基地閉鎖発表。
  • 1972年(昭和47年) - 暴風雪による鉄塔倒壊により市内全域で大停電発生。復旧まで1週間を要した。
  • 1973年(昭和48年) - 稚内空港定期便就航。
  • 1974年(昭和49年) - 利尻礼文サロベツ国定自然公園が国立公園となる。
  • 1976年(昭和51年) - ソ連、200海里漁業専管水域設定を宣言。これにより北洋漁業が壊滅的打撃を受ける。
  • 1977年(昭和52年) - 日本政府200海里漁業専管水域設定を宣言。
  • 1978年(昭和53年) - 開基100周年、市制30周年、開港30周年記念式典挙行。
  • 1979年(昭和54年) - ソ連輸入スケソ第1船入港。ソ連からの海産物輸入が始まる。
  • 1983年(昭和58年) - 大韓航空機撃墜事件発生。宗谷岬肉牛牧場開設。宗谷黒牛の生産を開始する。
  • 1984年(昭和59年) - 宗谷300年祭。
  • 1987年(昭和62年) - 稚内北星学園短期大学開学。稚内空港がジェット化。東京、千歳間にジェット機就航。
  • 1989年平成元年)- 5月1日天北線廃止に伴い、代替輸送バス運行開始。今上天皇皇后が稚内市を訪問。
  • 1994年(平成6年) - 稚内全日空ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル稚内)完成。
  • 1995年(平成7年) - サハリン定期航路就航。
  • 1998年(平成10年) - 風力発電施設稼動。
  • 2000年(平成12年) - 特急スーパー宗谷運行開始。稚内北星学園大学(4年制)開学。
  • 2002年(平成14年) - 中央地区で大規模火災発生。被害総額16億円。跡地にドーミーイン稚内開業(2007年)。
  • 2003年(平成15年) - 新しい市立図書館がオープン。
  • 2004年(平成16年) - 宗谷丘陵周氷河地形北海道遺産に認定される。
  • 2005年(平成17年) - 国内最大規模の風力発電「宗谷岬ウィンドファーム」(57基)が稼動開始。
  • 2007年(平成19年) - 稚内メガソーラー実証実験施設、起工式。稚内副港市場開業。
  • 2008年(平成20年) - 国際・国内フェリーターミナル完成。

市の沿革[編集]

稚内とはアイヌ語のヤムワッカナイ (yamwakkanay) からきており、「冷たい水の流れる沢」という意味である。

  • 1879年(明治12年) 宗谷村戸長役場が設置される(稚内市の開基)
  • 1900年(明治33年) 宗谷郡稚内村、抜海村、声問村の区域をもつて稚内村と称する(北海道1級町村制施行)
  • 1901年(明治34年) 稚内村を稚内町に改める
  • 1949年(昭和24年) 市制施行、稚内市となる
  • 1955年(昭和30年)2月1日 宗谷村を編入する

市の行政機関[編集]

市長[編集]

現在
歴代市長
市長名 任期 任期数
初 - 3 西岡斌 1949年5月1日 - 1959年4月30日 3
4 - 11 浜森辰雄 1959年5月1日 - 1991年4月30日 8
12 - 13 敦賀一夫 1991年5月1日 - 1999年4月30日 2
14 - 16 横田耕一 1999年5月1日 - 2011年4月30日 3
17 工藤廣(工藤広) 2011年5月1日 - 1

市役所[編集]

  • 稚内市役所本庁舎 北海道稚内市中央3丁目13番15号
  • 稚内市役所宗谷支所 稚内市大字宗谷村字宗谷161
  • 稚内市役所沼川支所 稚内市大字声問村字沼川7755

その他の機関[編集]

道の行政機関[編集]

国の機関[編集]

裁判所
法務省
財務省
厚生労働省
農林水産省
国土交通省
環境省
防衛省

立法[編集]

稚内市市議会の定数は20人。

構成[編集]

会派(政党) 議席数
市民クラブ 6
民主クラブ 4
公明党 3
政和会 3
ひとり会派の会 2
政友会 2

(平成23年5月1日現在)

不祥事[編集]

  • 2007年(平成19年) 政務調査費不正流用事件

経済[編集]

産業[編集]

漁業・水産加工業[編集]

稚内公園より見る町並と稚内港

排他的経済水域が指定されるまで北洋漁業基地として大変栄えており、缶詰冷凍干物乾物などを生産する水産加工業も盛んであった。現在も、最盛期ほどではないものの、漁業(特にミズダコは有数の水揚げ量)、水産加工が主力産業である。市内には、名産の海産物を売る大型店が多数ある。しかし、漁業・水産加工にかつてのような勢いはなく、観光産業への転換が図られている。

農業・農産物加工[編集]

かつては、勇知地区ではジャガイモ栽培が盛んであった。昭和初期には、勇知地区で栽培されたジャガイモは味がよいと評判になり、東京、大阪方面でブランドいもとして取引された。しかし、もともと天候が畑作に向かないことから酪農への転換が進み、現在の稚内市の農業は酪農が中心である。勇知地区、声問地区では、大規模な酪農を営んでいるが、勇知地区では一部に「勇知いも」などの畑作をする者もいる。酪農家が生産した生乳は、明治(旧・明治乳業)稚内工場などに運ばれ、全脂粉乳、脱脂粉乳、ホエーパウダーなどの乳製品となる。稚内農業協同組合は、低温殺菌ノンホモ牛乳を商品化し、「稚内牛乳」として販売している。宗谷岬地区では、宗谷岬牧場が宗谷黒牛という肉牛を生産している。

観光業[編集]

日本最北端を有する稚内市は、その地理的条件を生かし、観光業が盛んである。主な名所としては、最北端の宗谷岬北海道遺産宗谷丘陵利尻礼文サロベツ国立公園稚内公園などがある。 稚内市内では、ホテル・旅館業が盛んである。市が冬季ツアー観光客の夕食に助成金を出すなどしていた1998年度 - 2002年度は離島ブームも手伝って80万人前後まで増大した。

しかし、近年、知床が世界遺産に登録されたことや、旭川市旭山動物園の人気の影響、さらに原油高騰、リーマンショック後の不景気などにより、距離が遠い稚内を敬遠してか観光客が激減し、2009年度は40万人台と最盛期の半分以下となってしまった[5]

さらに追い討ちをかけるように、2013年度から搭乗率低迷から、関西国際空港便・中部国際空港便の運行が打ち切られることとなり、観光客がさらに減少するのではないかと懸念されている。

稚内市は、かねてより第3セクター「稚内シーポートプラザ」を設立し、稚内全日空ホテルを建設運営するなど力を注いできた。しかし、稚内シーポートプラザは、観光客の減少や他の大型ビジネスホテルの進出などに伴い、経営状態が急速に悪化し、2010年1月に経営破たんし、2010年2月24日に旭川地裁から特別清算開始決定を受けた[6]。その他の旅館でも多数の廃業が見られる[7]

地理的条件や海産物といった旧来のソフトだけでなく観光客を呼び寄せ満足させるための新たなソフト開発が急務となっている。また台湾など外国人観光客誘致に活路を見出そうとする動きもある[8]

観光業以外のサービス業[編集]

サービス業は、ホテル・旅館業を除いて、人口規模に比して発達していない。稚内駅、南稚内駅周辺に寿司屋、居酒屋、スナックなどの飲食店街が存在するが、いわゆる歓楽街は存在しない[9]。2008年度以降、企業、公官庁の支店・支所等の閉鎖や地元企業の相次ぐ廃業により、市内のサービス産業は衰退している。人口に比して大手チェーン店の進出も鈍く、セブンイレブンローソンファミリーマートなどの大手コンビニや、イオン、イトーヨーカドーなどの大手スーパーが進出していない。

他方で、経済活性化対策として市内の建設業者を中心とした再開発が行われている。2007年4月28日には宗谷地方初の複合商業施設である稚内副港市場がオープンした。また、2010年6月12日には映画館(ティ・ジョイ稚内)や商業施設が入る稚内駅前ビルが開業された。

官公庁[編集]

稚内市は、旭川以北最大の都市であり、海上保安部、自衛隊、税務署、裁判所、区検察庁などの国の機関や宗谷総合振興局が置かれている。そのため、周辺自治体と比べると公務員の数が多く、官公庁が経済を支えている側面がある。

建設業[編集]

稚内市には、3本の国道、14本の道道、重要港湾の稚内港、地方港湾の宗谷港のほか、抜海港などの多数の漁港、稚内空港など、多くの公共施設があり、公共事業が盛んであった。そのため、多くの建設業者が存在し、雇用を支えていた。しかし、バブル崩壊、小泉構造改革などの影響を受け、建設業の現状は厳しく、商業施設経営など経営の多角化を模索している[10]

交通[編集]

戦前は、宗谷本線天北線の終点があり、樺太航路もあったことから、交通の要所として栄えた。戦後、鉄道は天北線の廃止などで衰退したが、現在でも宗谷本線稚内駅、南稚内駅などがあり、海路は、利尻・礼文航路、サハリン航路がある。バスについては、宗谷管内の路線バスを運営する宗谷バスが本社を構えており、札幌への都市間高速バスがある。依然として、宗谷地方の交通の要所となっている。

空路は、稚内空港があり、羽田空港新千歳空港への直行便がある。

電力[編集]

稚内市では、一年を通して強い風が吹くことから、市内に74基の風車を建設 [3]風力発電を行っている。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構の大規模太陽光発電(メガソーラー)の実証研究を行っている[11]。これらの自然エネルギーによる発電によって、稚内市で消費する電力の8割をまかなっている[12]

輸入業[編集]

かつては、ソ連およびロシアからの活ガニ等の水産物の輸入も盛んだった。1988年 - 2005年の18年間連続、活ガニ輸入日本一だった[要出典]。しかし、近年は資源枯渇が問題となり、ロシア政府が輸出規制をしているため、2008年度以降、活ガニの輸入も激減している。たとえば、活カニの輸入高は、2004年には120億円を超えていたが、2008年には50億円にまで減少している[13]この影響を受け輸入業者の倒産・廃業が相次ぎ、数社が残るのみとなっている[要出典]

不動産業[編集]

稚内市には、18件の登録不動産業者が存在する。稚内北星学園大学に学生が入学する時期は、単身者向け賃貸物件の需要が高くなる。もともと持ち家率が高く、単身者向け住居が多い地域ではなかったことから供給が不足し、家賃水準は北海道のなかでもかなり高水準となっている[14]。稚内市は、給与水準が低く道内平均(2009年6月調査)を月額3.5万円(札幌市より4.5万円)以上下回っており[要出典]、単身者向け賃貸住宅の高額な賃料は若年層が定着せず他都市へ流出する要因とも言われている。ただし、近年の人口流失によって中心部の築年数の古い建物を中心に空家が多く出ており、全体的な相場は下落傾向である[15]

主要企業・団体[編集]

農協・漁協[編集]

  • 稚内農業協同組合(JAわっかない)
  • 北宗谷農業協同組合(JA北宗谷)沼川支所
  • 稚内漁業協同組合
  • 稚内機船漁業協同組合
  • 宗谷漁業協同組合

金融機関[編集]

公共交通機関[編集]

電力[編集]

水産加工
  • 秋川水産株式会社
  • 株式会社オホーツクニチロ宗谷工場
  • 大東食品株式会社
  • 田上食品工業株式会社

食品加工[編集]

  • 株式会社そうべい
  • 菅原畜品株式会社
  • 宗谷岬牧場
  • 株式会社マルハニチロ北日本 宗谷工場
  • 株式会社明治(旧・明治乳業株式会社)稚内工場
  • 有限会社 誠洋

商業[編集]

  • 株式会社相沢食料百貨店
  • 株式会社副港開発
  • 株式会社稚内副港サービス
  • 稚内丸善株式会社
  • 有限会社山英小新商店(生鮮市場稚内店)

製菓・製パン等[編集]

  • 御菓子司小鹿
  • 甘栄堂工藤菓子店
  • 丸ヱ寺江食品株式会社
  • 有限会社香花堂

建設業[編集]

  • 石塚建設興業株式会社
  • 株式会社共成建設
  • 株式会社ササキ
  • 株式会社中田組
  • 藤建設株式会社

印刷業[編集]

  • 株式会社国境
  • 稚内印刷株式会社

その他[編集]

  • 株式会社ホクタン
  • 澤田タイヤ株式会社(タイヤセレクト)
  • チセキ石油販売株式会社
  • なかせき商事株式会社
  • 横田モータース株式会社
  • 稚内港湾施設株式会社

商業施設[編集]

ホテル[編集]

百貨店・商業ビル[編集]

スーパー[編集]

ホームセンター[編集]

  • サニータウンはまなす店
  • ホーマック稚内店
  • ベストホーム稚内店(西條百貨店)

家電量販店[編集]

衣料品[編集]

書店[編集]

  • クラーク書店
  • ブックネットワン稚内店

その他[編集]

郵便[編集]

  • 稚内郵便局(中央)(集配局)
  • 沼川郵便局(大字声問村字沼川)(集配局)
  • 宗谷郵便局(大字宗谷村字宗谷)(集配局)[16]
  • 稚内宝来郵便局(宝来)
  • 稚内港郵便局(港)
  • 稚内南郵便局(大黒)
  • 稚内潮見郵便局(潮見)
  • 稚内萩見郵便局(萩見)
  • 声問(こえとい)郵便局(声問)
  • 宗谷岬郵便局(宗谷岬) - 日本最北端の郵便局
  • 抜海郵便局(大字抜海村字バッカイ)
  • 勇知郵便局(大字抜海村字上勇知)
  • 稚内恵比須簡易郵便局(恵比須)
  • 稚内富士見簡易郵便局(富士見)
  • 稚内緑簡易郵便局(緑)
  • 稚内富岡簡易郵便局(富岡)
  • 稚内富磯簡易郵便局(大字宗谷村字富磯)
  • 稚内曲渕簡易郵便局(大字声問村字曲渕)

宅配便[編集]

友好都市・姉妹都市・姉妹港湾[編集]

国内[編集]

共に豊かな自然があり、水産業が盛んであることや、JR駅最北端始発駅(稚内駅)とJR駅最南端始発駅(枕崎駅)が両市に所在していることから2011年1月に枕崎市側が稚内市に友好都市提携の申し入れを行い[18]、2012年4月28日に友好都市締結宣言調印式が行われた[17][19]

海外[編集]

(ただし、サハリン州の上記3都市がある南樺太は、ロシアが平和条約を締結していないため日本政府は国際法上所属未定地域との立場を取っている。)

地域[編集]

人口[編集]

2014年9月30日現在 36,587人(外国人登録者は除く)である。200海里規制以降の漁業減船や酪農廃業、国鉄分割民営化に伴う合理化、JR天北線の廃止、さらに不景気の影響で若年者の就職先がなく他都市へ流出している。特に生産年齢人口の流出が激しく、2012年10月〜2013年9月の1年間で734人減少(減少率3.2%)となっている。(逆に高齢者は160人増加している。) [20] 人口規模の大きい、旭川市北見市より転出超過数が多く、2010年〜2013年の4年間で1,588人の転出超過で道北最大の転出超過数である[21] 2007年に実施した市民意識調査でも、転出希望者は予定している人も含め、29.9%にも達しており、危機的状況である。[22]

2008年は1年間だけで797人減少(減少率1.96%)し、減少数・減少率ともに過去最大となった。その後も一貫して人口の減少が続いている。直近の2013年は720人減少・2014年は9ヶ月間で331人減少しており、非常に深刻な状況である。

2008年8月に4万人を割り込み、2004年〜2013年までの10年間で5,983人(減少率14%)減少している。

2002年には過疎地域の適用を受けている。

Demography01214.svg
稚内市と全国の年齢別人口分布(2005年) 稚内市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 稚内市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
稚内市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 54,493人
1975年 55,464人
1980年 53,471人
1985年 51,854人
1990年 48,232人
1995年 45,754人
2000年 43,774人
2005年 41,592人
2010年 39,601人
総務省統計局 国勢調査より

教育[編集]

大学[編集]

私立 (1)

高等学校[編集]

道立 (1)
私立 (1)

中学校[編集]

市立 (5)

小学校[編集]

市立 (9)

小中学校併置校[編集]

市立 (4)

幼稚園・保育園[編集]

私立幼稚園 (6)
  • 稚内、稚内大谷、鈴蘭、ひかり、萩見、富岡
市立保育園 (2)
  • 港、白樺
私立保育園 (4)
  • もぐもぐ(稚内幼稚園併設)、オアシス(稚内大谷幼稚園併設)、きらきら(ひかり幼稚園併設)、富岡(富岡幼稚園併設)

廃校となった学校[編集]

高等学校(1)
中学校(2)
  • 大岬、富磯
小学校(5)
  • 稚内、稚内北、上声問、曙、更喜苫内
小中学校併置校(11)
  • 三井沢、峰岡、夕来、樺岡、沼川、曲渕、豊別、上修徳、抜海、東浦、下勇知

特別支援学校[編集]

  • 稚内養護学校

医療[編集]

市立稚内病院
  • 市立稚内病院
  • 市立稚内こまどり病院(旧国立療養所稚内病院)
  • 稚内禎心会病院

入院施設を有する上記病院には2011年(平成23年)4月時点で呼吸器内科・神経内科・循環器外科・循環器内科・麻酔科の常勤医がおらず、旭川市への緊急患者搬送が必要となる場合もある。

住宅団地[編集]

  • 市営住宅はまなす団地
  • 道営・市営住宅末広団地
  • 市営住宅潮見団地
  • 市営住宅緑団地
  • 道営・市営住宅宝来団地
  • 市営住宅富士見団地

交通[編集]

稚内空港
稚内港
新フェリーターミナル
JR稚内駅
宗谷バスターミナル

空港[編集]

全日本空輸が、新千歳空港、東京国際空港の各便を運行。
(季節便で関西国際空港、中部国際空港の各便があったが、2013年度より休止)

港湾[編集]

重要港湾
ハートランドフェリーがサハリンコルサコフ(旧樺太大泊)、利尻・礼文とをフェリーで結ぶ。
戦前は、国鉄稚泊連絡船が大泊との間に存在した。
地方港湾
  • 宗谷港
漁港
抜海漁港、西稚内漁港、恵山泊漁港、声問漁港、富磯漁港、東浦漁港

鉄道[編集]

かつては天北線が運行していたが、1989年に廃止されている。

バス[編集]

※ほかに稚内市内と恵北・増幌地区、更喜苫内地区を結ぶ乗合タクシーも運行。

都市間バス[編集]

  • 宗谷バス:「特急わっかない号」で札幌を結ぶ。
    • 2010年3月31日までは旭川線も運行していた。
  • 北都交通:「特急はまなす号」で札幌を結ぶ。

※上記2社による共同運行

道路[編集]

タクシー[編集]

※その他に運転代行業が3社ある。

レンタカー[編集]

名所・旧跡・観光・祭事・催事・特産品[編集]

文化財[編集]

道指定史跡[編集]

  • 宗谷の護国寺跡(宗谷地区)
病死した庵原弥六や北辺警備にあたった幕吏、諸藩士の墓がある。

市の文化財[編集]

大岬旧海軍望楼跡
  • 宗谷厳島神社
  • 釣鐘(1基)など6件 - 宗谷護国寺蔵など
  • オンコロマナイ遺跡
  • 富磯貝塚
  • シュプントゥ遺跡
  • 恵北遺跡
  • 抜海岩蔭遺跡
  • 弁天1・2号チャシ
  • ピリカタイチャシ
  • 大岬旧海軍望楼跡
  • 目梨高山植物群落
  • めくまミズナラ群落

観光[編集]

科学館と水族館
北防波堤ドーム
稚内温泉童夢
大沼
抜海岬のゴマフアザラシ
宗谷岬付近
  • 宗谷岬 付近にあるものすべてが「日本最北の……」である。
  • 宗谷岬平和公園
    • 大岬旧海軍望楼跡
    • 祈りの塔 大韓航空機撃墜事件の遭難者の慰霊モニュメント
    • 世界平和の鐘・子育て平和の鐘
    • 宗谷海域海軍戦没者慰霊碑
  • 宗谷丘陵北海道遺産
    • 宗谷丘陵フットパス
    • 宗谷岬ウィンドファーム(風力発電の風車が57機設置された国内最大級のウィンドファーム)
    • ゲストハウスアルメリア(無料展望施設・レストラン・売店)
  • 津軽藩兵詰合の記念碑
宗谷の護国寺付近。コーヒー豆の形をしている
  • ノースバレーカントリークラブ《4月中旬 - 11月中旬》
日本海側
北海道道106号稚内天塩線の風景は、本や雑誌でも取り上げられることが多い。
ノシャップ岬付近
稚内市街地付近
氷雪の門九人の乙女の像開基百年記念塔、ゲストハウス氷雪(足湯)、森林公園キャンプ場、南極観測樺太犬記念碑・樺太犬供養塔などがある。
観光客が利用できる休憩室、シャワー室、洗濯室、洗面所、公衆電話、コインロッカー、トイレが配置されている。一部有料。
  • 稚内フェリーターミナル
利尻・礼文、サハリン州コルサコフへの定期航路がある。
温泉、飲食店、お土産店などが入居する複合ショッピング施設
声問地区
  • 道立宗谷ふれあい公園
オートキャンプ、自然散策、パークゴルフなど。
  • 大沼バードハウス(大沼
  • メグマ原生花園
  • 稚内空港公園
  • 動物ふれあいランド
  • スノーモービルランドとっかり《2月1日 - 3月15日》
  • 稚内カントリークラブ《4月中旬 - 11月上旬》
  • 沼川みのり公園
  • 稚内メガソーラー(日本最大級の太陽光発電実証実験施設)
勇知地区
  • 悠遊ファーム
観光農園。イチゴ狩り、トマトなど各種野菜狩りを楽しむことができる。レストラン有り(冬季休業)。
  • あとりえ華
稚内出身の画家高橋英生のアトリエ兼カフェ。冬季も営業している。

スポーツ施設[編集]

  • 稚内市温水プール「水夢館」
  • 稚内市総合体育館
  • 稚内市富士見球技場(サッカー場)
  • 稚内市体育館
  • 稚内市宝来テニスコート
  • 稚内市緑体育館
  • 稚内市緑テニスコート
  • 稚内市スポーツセンターカーリング場(11月1日〜3月31日)
  • 稚内市スポーツセンター武道館(弓道場)
  • 稚内市大沼球場
  • 稚内市営球場
  • 稚内市緑球場
  • 稚内市若葉球技場
  • 稚内市ソフトボール場
  • 稚内市こまどりスキー場(12月〜3月)
  • 稚内市上勇知スキー場(12月〜3月)
  • 稚内市東スケート場(1月・2月)
  • 稚内市こまどりパークゴルフ場(5月〜11月)
  • 稚内市ノシャップ公園パークゴルフ場(5月〜11月)
  • 稚内市坂ノ下海水浴場(7月〜8月)

※ 球場・球技場・テニスコートは12月〜3月までは冬季閉鎖される。

すべての施設が市営(公営)である。

祭り・イベント[編集]

  • 初日の出インてっぺん《1月1日》
  • 南極ハイランド《2月中旬》
  • JAPAN CUP 全国犬ぞり稚内大会《2月下旬》
  • ウインタースポーツカーニバル《3月上旬》
  • 大沼白鳥まつり《5月上旬》
  • 最北端わっかない白夜祭《夏至前後》
  • 北門神社例大祭《7月4日 - 7月6日》
  • 稚内みなと南極まつり《8月第1土・日曜日》
  • 南神社祭《8月10日 - 8月12日》
  • グルメまつり《9月中旬 - 下旬》

特産品[編集]

主な産業が漁業であることから、特産品は主に海産物であるが、牛肉などの農産物もある。

水産物
農産物
宗谷岬牧場が生産する最北のブランド牛肉。主に黒毛和牛のF1(交雑種)で、適度なサシが入り柔らかな肉質と甘みのある脂が特徴。ステーキ、すき焼き、焼肉などで用いられるほか、土産用冷凍ハンバーグが人気である。
勇知地区で栽培されたジャガイモ。品種は農林1号であるが、他の地域で栽培されたものと比べ甘味とホクホク感が強いとされる。明治期には首都圏などで高値で取引されたが、その後、酪農へ転換が進み栽培する者がいなくなった。近年[いつ?]、勇知地区の一部で栽培を再開しているが、人気が高く収穫量が少ないため「幻のジャガイモ」となっている。
稚内農業協同組合と北宗谷農業協同組合沼川支所が生産した生乳100%のプレミアム牛乳。ホモジナイズド(牛乳内の乳脂肪球を機械的に破壊し、分離しにくくする処理)をせず、低温殺菌(65℃30分)で処理している。稚内牛乳を使ったソフトクリーム、アイスクリームもある。
その他の特産品
  • 宗谷の塩
宗谷海峡の海水から製造する高級塩。小売のみならず、稚内市内の飲食店の料理や加工食品などに広く用いられている。
名物料理
  • たこしゃぶ
稚内市内で水揚げされたミズダコの足を新鮮なうちに冷凍して薄くスライスし、しゃぶしゃぶにする。通常、凍っているミズダコの身を2秒ほど湯に通しタレに付けて食べる。ゆですぎると身が縮み固くなる。最後は雑炊や中華麺などを入れる。
  • 稚内ラーメン
稚内ラーメンとは、稚内市のラーメン店で提供されるラーメン。麺は、主に自家製または稚内市内にある2箇所の製麺所で製麺された細ちぢれ麺を用いる。スープは、利尻昆布と豚骨のダブルスープが多いが、透明であっさりしており、豚骨スープ特有の嫌な臭みはない。近年[いつ?]は味噌味を提供する店も増えたが、昔からあるのは塩味と醤油味。トッピングは至ってシンプルで、豚ロースのチャーシュー、細切りメンマ、ネギを中心に、店によって麩、なると、ゆで卵のスライスなどがのる場合が多い。

稚内市を舞台にした作品[編集]

文芸・漫画[編集]

映画・アニメ[編集]

  • ラブひな(2000年、テレビ東京系列) - 原作漫画のアニメ化。
  • ハチミツとクローバー(2004年、フジテレビ系) - 原作漫画のアニメ化。第一期の24話で宗谷岬が登場する。

テレビドラマ[編集]

音楽[編集]

出身・ゆかりのある有名人[編集]

出身・ゆかりのある架空の人物[編集]

市内に本拠を置くマスコミ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 北海道市区町村の役所・役場および東西南北端点の経度緯度
  2. ^ ただし、日本政府が主張している領土としての日本最北端は、択捉島カモイワッカ岬(北緯45度33分28秒・東経148度45分14秒)である。
  3. ^ 図典 日本の市町村章 p23
  4. ^ 稚内市旗
  5. ^ 観光入込客数調査結果
  6. ^ “元第3セクター「稚内シーポートプラザ」が特別清算”. BNNプラス北海道365 (クロスメディア・ホールディングス). (2010年3月10日). オリジナル2010年3月14日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20100314065546/http://www.hokkaido-365.com/news/2010/03/post-869.html ただし、稚内全日空ホテルは明治海運子会社に譲渡され、営業は継続されている。
  7. ^ 2010年3月までに、稚内観光ガイドブック平成21年度版に掲載されているホテル、旅館、民宿、ペンションその他の宿泊施設のうち10軒が稚内観光協会のサイトから削除されている。
  8. ^ [1]
  9. ^ ただし、高齢者を中心に、稚内中央「仲通り」を歓楽街と呼ぶ人もいる。
  10. ^ 建設業者が中心となって設立した稚内副港市場や最北シネマなどがその例である。
  11. ^ メガソーラー実証研究
  12. ^ 消費電力の8割をまかなう
  13. ^ 54.稚内港輸出入実績 (PDF)
  14. ^ 市民意識調査報告書 (PDF)地域住宅計画 (PDF)
  15. ^ 稚内市は、中心部の空洞化対策としてまちなか居住推進計画を実行している [2]
  16. ^ 宗谷村の一部は鬼志別郵便局が集配業務を行う。
  17. ^ a b 南日本新聞』 2012年4月29日付(枕崎、稚内 友好都市締結を宣言)
  18. ^ 広報まくらざき 2011年3月号 (PDF) - 枕崎市 2012年4月29日閲覧。
  19. ^ “JR最北・稚内、最南・枕崎市が友好都市締結”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2012年4月28日). オリジナル2012年5月9日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20120509094407/http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120428-OYT1T00680.htm 2012年4月29日閲覧。 
  20. ^ 日刊宗谷 2013年10月10日付
  21. ^ 日本銀行旭川事務所 2014年2月金融経済概況のポイント
  22. ^ 北海道新聞 2008年1月24日付
  23. ^ NHK「みんなのうた」で取り上げられた楽曲。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光

座標: 北緯45度24分56.4秒 東経141度40分23.1秒