市場

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ポルトガルの市場
Wet market in Singapore

市場(いちば、しじょう)、マーケット(英語:market)、(いち)は、「市庭」とも表し、定期的に人が集まり商いを行う場所、あるいは、この市場(いちば)における取引機構に類似した社会機構の概念を指す。

市場(いちば)は商人が仕切りを設置し、買い手が商品を求める広場である。この種の市場は非常に古く、無数の市場が世界中で運営されている。主に野菜果物魚介類などの生鮮食品や、株式債券など証券為替などの金融取引の場を指すことが多い。証券・為替など金融関係では「しじょう」と読まれる。また、施設の名称も「しじょう」となっているところも多い。

語源[編集]

日本語における「市」あるいは「市場」という語は、中国の『易経』繋辞下伝にある「日中為市、致天下之民、聚天下之財、交易而退、各得其所」に由来するとも言われている。古代中国では、官庁のある都市の特定の区域以外での商売は禁じられており、そこを「市」と称した。

市場の形態[編集]

卸売市場

卸売業者による取引には、多数の業者が集まって競売により価格決定を行う場合と、個別の商談により取引価格が決定される場合とがある。前者のような、競売による取引をする場(現実空間または仮想空間)を一般に「卸売市場」と言う。一方、ある国や地域または品目に着目して、その範囲にある卸売業の統計的な全体像を指して「卸売市場」と言う場合もある。この場合は、上述の前者と後者の双方を含む。

日本では、政令で定める農畜水産物を現実空間で競売取引する場を卸売市場法によって規定している。同法では、国すなわち農林水産大臣農林水産省)が認可・監督をする「中央卸売市場」と、地方すなわち都道府県知事都道府県)が認可・監督をする「地方卸売市場」とを規定している[1][2]。開設者となれるのは、中央卸売市場の場合は「都道府県、人口20万人以上の、またはこれらが加入する一部事務組合もしくは広域連合」すなわち一定規模以上の地方公共団体に限定されるが、地方卸売市場の場合は自治体民間企業組合第三セクターいずれでもよい[1][2]2011年平成23年)3月31日に策定された「第9次中央卸売市場整備計画」により、大規模なものは「拠点市場」に規定することになり、大規模な中央卸売市場は「中央拠点市場」、大規模な地方卸売市場は「地域拠点市場」に分類されている[3]

小売市場

小売業者は、仕入れた商品を消費者に販売する場(商店)を現実空間または仮想空間に設置している。個別の建物に入る商店が道路の両側に多数連なっている場合に商店街と呼ぶが、1つの建物の中に多数の店子を入れている場合は勧工場(勧商場)、小売市場、専門店街、ショッピングセンターなどと言う。1つの建物を運営する企業が自ら多種類・多数の商品を販売している場合は、食料品中心ならスーパーマーケット日用品衣料品が中心なら百貨店と呼ぶ。

公設の小売市場は、1918年大正7年)4月15日大阪府に開設された「大阪市設小売市場」が最初とされる[4]。現在、小売市場は小売商業調整特別措置法[5]によって規定されており、同法施行令[6]によって、小売市場の規制を行う都市[† 1]や品目が指定されている。小売市場が多数存在する大阪府では、小売市場の施設名は「○○市場」「○○専門店」「○○ショップ」「○○マーケット」「○○ショッピングセンター」「○○デパート」などとなっており[7]、名称のみで他の商業施設業態との差異は認識しづらい現状である。

この他、ある国や地域または品目に着目して、その範囲にある小売業の統計的な全体像を指して「小売市場」と言う場合もある。

市場の歴史[編集]

起源[編集]

グリァスン沈黙交易の研究を通して、市場の成立について以下のような類型を示唆した[8]

  1. 姿を見せぬ交易(インヴィジブル・トレード)
  2. 姿を見せる交易(ヴィジブル・トレード)
  3. 客人の招請(ゲスト・フレンドシップ)
  4. 姿を見せる仲介者づきの交易(ミドルマン・トレード)
  5. 集積所(デポ)
  6. 中立的な交易
  7. 武装市場(アームド・マーケット)
  8. 定市場(レギュラー・マーケット)

グリァスンは、人間集団が平和に交流できる中立的な場所として市場を定義した。また、市場の存在によって特定の場所に平和が保存され、それが市場への路や人物にも広がることで、さらに平和の範囲が進展すると述べた[9]

カール・ポランニーは、市場制度が発達する起源として、対外市場と地域市場(対内市場)の二つをあげる。対外市場は交易など共同体の外部からの財の獲得に関係し、地域市場は共同体での食糧の分配に関係する。地域市場は、さらに二つの形態に分かれる。第1は物資を中央に集めて分配する形態で、灌漑型の国家に顕著に見られる。第2は地域の食料を販売する形態で、古代ギリシアの小農経済や叢林型経済に顕著なものとなる[10]

古代メソポタミア・西アジア[編集]

シュメールバビロニアでは食物をはじめとする必需品を貯蔵し、宮殿や都市の門において分配した。またバザールでは手工業品の販売を行なった。やがて灌漑型国家の分配制度が衰え、イスラーム世界の商業が浸透すると、バザールは地域の食糧市場も兼ねるようになった。地域市場とは別に対外用の交易が行なわれていたが、バビロニアにおいては対外市場はまだ存在しなかった。のちのキュロス2世は、ギリシア人の市場制度を理解せず、非難した[10]

古代ギリシア・ヘレニズム[編集]

古代ギリシアポリスにおいては、アゴラが市場としても用いられた。地域市場と対外市場が分かれており、地域市場にはアゴラ、対外市場にはエンポリウムが存在した。アゴラではカペーロスという小売人がおり、エンポリウムではエンポロスという者が対外交易を行なった。また、遠征した兵士のための市場があり、軍隊への補給と戦利品の処分を行なっていた。価格が変動する初の国際市場として、アレクサンドロス3世の家臣であるナウクラティスのクレオメネスが運営した穀物市場が存在したが、この制度は古代ローマには受け継がれなかった[10]

日本[編集]

日本では7世紀には、飛鳥の海石榴市(つばいち)や軽市、河内の餌香市(えがのいち)や阿斗桑市(あとのくわのいち)などに一種の統制市場があったことが『日本書紀』の記述からわかる。また、『風土記』からは、常陸国高浜出雲国促戸渡のような漁民や農民が往来する場所や交通の要所で貨幣発行以前から市が成立していたことがわかる。

古代国家においては、中国の制度を参考にしつつ、大宝律令の関市令によって市制を整備した。の東西に市が設置されて市司という監督官庁が置かれ、藤原京平城京難波京長岡京平安京などに官営の東西市が運営されていた。この統制市場は正午に開き、日没に閉じ、品物の価格は市司が決定した。また商業施設としての機能だけではなく、功のある者を表彰したり、罪を犯した者を公開で罰する場所としても使用された。

当初は官庁の指定した特定区域以外での商業は禁じられていたが、律令制の弛緩とともに交通の要所など人が集まる場所には月の決まった日に市が立つ定期市が形成されるようになった。近畿地方を中心として荘園では地方市場が生まれ、行商人が活動した。市の立つ日(市日)としては「八の日」が多く、「三斎市」(さんさいいち)が多い。市日が「八の日」であれば、8・18・28日に市が立つ。市を開く時間(開市)は、「朝市」、「夕市」は朝から夕方までである。夜店は夜見世・夜市・夕市などと書かれた。15-6世紀には、月6回の「六斎市」が生まれる。

官製の東西市は律令国家とともに衰退し、都市には定住の市人の中から卸売商を行なう者が現われ、問屋集合による卸売市場が生まれる。これはを形成したが、16世紀以降の楽市・楽座によって座は解体され、城下町の中央市場と、各地の住民のための在郷市場町における小売市場に分かれてゆく。中央市場に問屋が集まる一方、小売市場では、振売り野市出売り立売りなどが見られた。近世においては問屋商人による卸売市場が栄え、特に領主に後押しされた御用市場において排他的独占が生じた。これにより在方や町方の市場は禁圧を受ける一方、御用市場のための納付(納魚、納菜)は仲買や一般の買手である住民の負担となった。

古い市としては、五城目(秋田県南秋田郡)、横手(秋田県横手市)、温海(あつみ、山形県西田川郡)、陸前高田(岩手県陸前高田市)、大多喜(千葉県いすみ市)、勝浦(千葉県勝浦市)、高山(岐阜県高山市)、輪島(石川県輪島市)、珠洲(すず、石川県珠洲市)越前大野(福井県大野市)などが江戸時代まで遡る。また、三重県四日や旧・滋賀県八日(現東近江市)、広島県廿日、旧・千葉県八日市場(現匝瑳市)などの名称に昔の名残がみえる。

経済学における市場[編集]

市場(しじょう)は人々が交換を可能にするメカニズムで、通常は需給に関する理論によって支配されている。単一の商品が交換される特定化された市場と抽象的な市場との両方が存在する。つまり、前述の青果などの卸売市場のように物理的に場が存在し、実際に競り人が需要者と供給者のあいだを取り持つ場合と、一般的な財、サービスの価格決定のように競り人が存在せず、市場が物理的に存在しない場合がある。経済学的には後者のような場合も抽象的に市場が存在しているものとして捉える。

市場が物理的に存在していなくても、それを市場と呼ぶのは、それぞれの交換取引が他の交換取引と関係しているからである。例えば、チョコレートを買う際にある店が安くてそちらに客が行くと、客が来なくなった店は安くしなくては売れない。このように物理的に連携していなくても、経済的に影響し同調する状況は市場と呼べる。この意味ではマーケットという場合も多い。

影響しあう範囲を切り分けるので、「日本の自動車市場」とか「中国の大豆市場」と呼ばれる。各国の国民経済の連携が強まっている昨今は「世界市場」や「全球市場(中国語より)」というような使われ方もある。

多くの興味を持つ売り手をひとつの場所に置くことで市場が働いて、それらを予期される買い手に有利に評決しやすくなる。資源を割り付けるために主に買い手と売り手の間の相互作用に依存する経済は、市場経済として知られており、統制経済や贈物に基づく非市場経済とは対照的であるとされる。

経済学における市場発生の要因[編集]

市場(いちば)が発生するのは商品取引におけるリスクが背景にある。例えば、ミカンが余っている者がいて、リンゴと交換したいと考える。このときに、リンゴが余っている者を見つけることができる確率はそれなりに高い。しかし、リンゴが余っている者がミカンを欲しがる確率はかなり低い。このように条件が二重に一致することは困難であるため、貨幣が生まれた。貨幣に置き換えることでリンゴとミカンを取引することが可能となる。

しかし、これだけではまだ解消されない問題がある。リンゴが余っているものからリンゴを買い貨幣を支払う場所と、ミカンを売って貨幣を手に入れる場所が地理的に離れている場合、あらかじめ多くの貨幣を持ったり、移動のコスト・リスクを負わなくてはならなくなる。

このため取引が集中する場所が必要になる。取引は通常、地域内の各所に均等に存在するわけではない。このため、地域内で比較的取引が多いところは販売や購入が容易に出来る場所となる。こうした場所には取引を目的に商品や人が集中するようになり、市場が形成されることになる。

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 卸売市場法(昭和四十六年四月三日法律第三十五号)総務省行政管理局
  2. ^ a b 中央卸売市場と地方卸売市場の主な相違点及びメリット・デメリット (PDF)東京都中央卸売市場
  3. ^ 卸売市場情報(農林水産省)
  4. ^ 創世期から戦後の回復期大阪市中央卸売市場本場
  5. ^ 小売商業調整特別措置法(昭和三十四年四月二十三日法律第百五十五号)(総務省行政管理局)
  6. ^ 小売商業調整特別措置法施行令(昭和三十四年七月一日政令第二百四十二号)(総務省行政管理局)
  7. ^ 連合会会員名簿(大阪府小売市場総連合会)
  8. ^ 中村勝 「市場史研究の人類学的方向—H・グリァスンに学ぶ—」(『沈黙交易』収録)
  9. ^ グリァスン 『沈黙交易』 第40項
  10. ^ a b c ポランニー 『人間の経済2』

参考文献[編集]

関連項目[編集]