伊丹市

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伊丹市
いたみし
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
団体コード 28207-3
面積 24.97km²
総人口 195,464
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 7,830人/km²
隣接自治体 川西市
宝塚市西宮市
尼崎市
大阪府池田市豊中市
市の木 {{{木}}}
市の花 ツツジ
市の鳥 カモ
伊丹市役所
所在地 〒664-8503 兵庫県
伊丹市千僧一丁目1番地
電話番号 072-784-8011
外部リンク 伊丹市ホームページ

伊丹市位置図(兵庫県)

:政令指定都市 / :市 / :町
特記事項:
世帯数・74,496世帯(2005年8月1日)
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)
昆陽池の水鳥
伊丹市役所

伊丹市(いたみし)は、兵庫県南東部(阪神間)に位置する大阪国際空港敷地の大半を擁する20万人都市で、大阪神戸衛星都市の一つとされる。

古くは摂津国の西摂とよばれた土地で、伊丹城(有岡城)の城下町として、また、一説に「清酒発祥の地」として知られる。気候は温暖で、冬には昆陽池などにカモなど多数の渡り鳥が飛来する。


目次

[編集] 地理

兵庫県の南東に位置し、東に猪名川、西に武庫川が流れている。市域は全体に平坦で起伏のなだらかな地形であり、「伊丹台地」と呼ばれる。JR西日本福知山線(JR宝塚線)阪急伊丹線が南北に縦断している。大阪市からは約10kmと近い。

市の中央部を天神川天王寺川が北から南へ流れている。兵庫県では南隣の尼崎市に続き、2番目の過密人口都市。

[編集] 歴史

[編集] 歴代市長

  • 市長:藤原 保幸 (2005年から)
  • ( )内は出来事など・[ ]内は市長略歴
  • 1941年1月~1942年4月 深川重義(初代市長)
  • 1942年5月~1944年7月 森田富太郎(第2代市長)
  • 1944年8月~1945年10月 藤井貫一(第3代市長)
  • 1945年12月~1946年11月 岡田利兵衞(第4代市長)
  • 1947年4月~1950年2月 瀬尾義男(第5代市長・第1回の市長選挙)
  • 1950年4月~1961年10月 坂上喜穂(第6~8代市長・1961年10月公葬)
  • 1961年12月~1977年3月 伏見正慶(第9~12代市長・1977年3月市葬)
  • 1977年4月~1993年4月 矢埜與一(第13~16代市長※4期16年)
  • 1993年4月~2005年4月 松下勉(第17~19代市長・※3期12年)[神戸大工卒⇒尼崎市職員⇒土木局長]
  • 2005年4月~現在 藤原保幸(第20代市長・第16回の市長選挙)[東大卒⇒1977年建設省入省、住宅局木造住宅振興室長や住環境整備室長などを歴任

  ⇒94年~97年県住宅建設課長⇒02年~05年市助役]

[編集] 警察

[編集] 消防

[編集] 自衛隊

[編集] 産業

  • 園芸業:隣の宝塚市山本地区と合わせて、全国三大植木産地のひとつ。接木の一つ「芽接ぎ」が盛んで、坂上善太夫が豊臣秀吉から「木接太夫(きつぎだゆう)」と言う称号を与えられる。アメリカ合衆国ポトマック川の川沿いに植樹されているサクラは伊丹のサクラを台木にして成長させたものである。現在、東野地区では南京桃の生産に力を入れている。
  • 主な産業:全国に先駆けて産業としての清酒醸造法を確立、現在も、小西酒造(白雪本社)がある。
  • 1919年、日本初の国産リノリウム(床材)を製造販売する「東洋リノリューム株式会社(現在の東リ)」が創業。
  • 臨空都市としての利点を生かしたハイテク産業(住友電工、三菱電機など)がある。
  • 2002年10月10日、市東部にオープンしたダイヤモンドシティ・テラス(現イオンモール伊丹テラス)は、その規模の大きさ、店舗の多様さ、営業時間の長さで、近隣の大規模店舗に様々な影響を与えている。
大阪国際空港で発車を待つ伊丹市営バス

[編集] 企業

本社がある企業
事業所・工場がある企業

[編集] 大阪国際空港と伊丹市

伊丹市と切っても切り離せない存在が「伊丹空港」とも呼ばれる大阪国際空港である。ジェット機の騒音が問題化した1973年には「大阪国際空港撤去都市」を宣言するまでになったが、その後夜間の離着陸が制限されたことや低騒音のジェット機が開発されたことにより撤去論はトーンダウンしてゆく。

1994年に関西空港が開港し大阪空港の利用客が一時的に減少することで、逆に空港の経済的効果を強く認識することとなった。さらに1995年の阪神・淡路大震災でも同空港はいち早く復旧し物資輸送にも威力を発揮したことから、現在は「騒音はある程度容認し空港の持つ経済的効果を産業誘致などの街づくりに活かしていこう」という空港との共生論が主流となっている。

こういった空港との関係を端的に示すのが、伊丹市交通局の大阪空港へのバス路線である。かつて「空港撤去都市」を標榜していた頃には空港輸送ではなく沿線住民のための路線として最低限の本数しか運転していなかったが、共生論が主流になった現在は増発され、JR伊丹駅までの直行便を運転するまでになっている。

空港との関係についての詳細は、関西三空港の経緯と現状を参照のこと

[編集] 副首都構想

副首都構想とは、東京に大地震やテロなどが起こったことを備え、大阪府豊中市にまたがる大阪国際空港を廃止し、空港跡地に副首都をつくり、危機管理専門の省庁をおく構想である。関西には伊丹、関西、神戸と3つの空港があるが、一つ少ない2港の方が飛行機の乗り入れや離着陸の回数が増えるため良いというのも理由の一つとされる。この構想について2005年4月6日には危機管理都市推進議員連盟が結成され、これには自由民主党青木幹雄元官房長官や民主党菅直人元代表らなどが名を連ねているが、彼らは伊丹市とは何ら縁のない者であるため、地元にて賛成する者は少ない。

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国内

[編集] 海外

[編集] 地域

[編集] 人口

伊丹市と全国の年齢別人口分布図(比較) 伊丹市の年齢・男女別人口分布図
紫色は伊丹市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 178,228人
1985年 182,731人
1990年 186,134人
1995年 188,431人
2000年 192,159人
2005年 192,250人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 教育

市内には私立の小学校、中学校、高等学校は存在せず、全て公立である(伊丹朝鮮初級学校あり)。 高校入試は複数志願選抜のシステムをとっている。

[編集] 小学校

[編集] 中学校

[編集] 高等学校

[編集] 通信制課程

[編集] 高等専修学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 大学・短期大学

[編集] 隣接している自治体

北は川西市、北・西は宝塚市西宮市、南・西は尼崎市、東は大阪府池田市豊中市に接する。

[編集] 交通

市内は市バスで結ばれる。山がなく起伏がなだらかで市内を端から端まで自転車で走ることも容易であるため、自転車の利用が大変に多い。東側には大阪国際空港もある。鉄道にも囲まれており交通の便は大変良い。

[編集] 空港

大阪国際空港は、滑走路及び旅客ターミナルビルの北側(JALが使用している側)の一部が伊丹市内に位置するため、一般に「伊丹空港」と呼ばれている(IATA空港コード:ITM ICAOコード:RJOO)。従って、空港内の出張所には大阪府警と兵庫県警とが詰めている。また、警備のための機動隊員の派遣も交代で行なわれている。 関西国際空港が出来てから相対的に地位が下がったが、最近は大阪から10km圏内の地の利の良さが見直されつつある。

[編集] バス

伊丹営業所

[編集] 鉄道

市の代表駅として中心的な立場にあるのは、JR伊丹駅と阪急伊丹駅である。

[編集] 空港連絡鉄道の構想案

現在、大阪国際空港には大阪モノレールが乗り入れているが、JRの路線は乗り入れていない。そこで大阪国際空港に近いJR伊丹駅から大阪国際空港までの空港アクセス路線を建設する「JR福知山線分岐線構想」と言われる構想がある。1990年代に入ってから計画され、実現に向けて取り組まれているが、膨大な費用がかかるため実現される可能性は低くなっているのが現状である。 だが、2007年に大阪国際空港とJR伊丹駅や阪急伊丹駅、伊丹市街地にアクセスできる大阪国際空港広域レールアクセス構想の検討が始められ、現在では最も実現可能性が高い構想となっている。費用もJR福知山線分岐構想の半分以下で実現できるとのこと。

[編集] 道路

  • 高速道路
最寄のインターチェンジ=宝塚インターチェンジ中国池田インターチェンジ(岡山方面)または中国豊中インターチェンジ(吹田方面)
最寄りのインターチェンジ=尼崎インターチェンジ豊中インターチェンジ
最寄のランプ=大阪空港出入口豊中北出入口豊中南出入口


[編集] 名所旧跡・観光スポット・催事

昆陽池(手前中央)を上空から望む
伊丹市昆虫館
エアフロントオアシス下河原
荒牧バラ公園
スワンホール
伊丹市立博物館
伊丹市立図書館
縄文時代後期・晩期の遺跡
辻の碑、伝和泉式部の墓。

[編集] 歌枕(いなの)

しながとり ゐなのをくれば ありま山 ゆふぎりたちぬ やどりはなくて

  • 志長鳥、猪名野を来れば有間山 夕霧立ちぬ宿はなくして
    読み人知らず 万葉集巻七
    「猪名野笹原」は伊丹市にある昆陽池(コヤいけ)あたり。西の方に有馬山(六甲山)が広がる。
  • 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
    大弐三位(紫式部と藤原宣孝の娘、藤原賢子、「狭衣物語」の著者)
    後拾遺集恋三

[編集] 出身有名人、歴史上の人物

(「※」は伊丹大使)

[編集] その他

  • 1995年(平成7年)1月17日阪神・淡路大震災によって、死者23名、重傷者226名、軽傷者2,490名。全世帯数(1月17日)69,719世帯中、全壊2,434世帯棟、 半壊14,371世帯。阪急伊丹駅と新幹線(野間付近)が倒壊、道路の通行止めは283個所に達した。
  • 2008年(平成20年)日の新聞報道によると、伊丹市の民生委員らが所属する同市民生委員児童委員連合会(照屋盛徳会長)が、過去5年間に亘り、約4,000万円に及ぶ公費を支出し、研修名目で宴会を伴う温泉旅行を行っていたことが発覚した[1]。また、これらの旅行に、歴代の伊丹市長らが、毎年、市費で宴会に参加していたことも判明している[2]

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ