アイドル

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日本の文化におけるアイドルとは、主に10代から20代にかけての、特に魅力的で可愛いと看做され、例えばポップス歌手脇役端役などの役者、TVタレント雑誌広告などで掲載・頒布される写真モデルなどとして数ヵ月から数年の期間、継続的にマスメディアに登場する者のことである。しかしながら、全ての若い芸能人が「アイドル」と認識されているという訳でもなく、多くのロックミュージシャンに代表されるように反抗的なイメージを育てたいと望む若い芸能人が「アイドル」とのレッテル貼り(ラベリング)を拒む例も見られる。

目次

概説[編集]

沿革
日本の文化言語における「アイドル」の語源となったラテン語idolaイドラ[1][2]、英語のidol、スペイン語のídolo、フランス語のidole、イタリア語のidolo、ポルトガル語のídoloなどの本来の辞書的な意味は、偶像、すなわち目に見えない(不可視な)崇拝や信仰・信心・信奉・信条などの対象を可視化(目に見えるように)した、絵画彫刻などのことであり、代表的な用法に偶像崇拝偶像破壊などが見られる。その転用・発展・変化の結果、アメリカで「若い人気者」としての意味で1927年に「マイ・ブルーヘブン」をヒットさせた歌手のルディ・ヴァリー1940年代に「女学生のアイドル(bobby-soxer's idol)」と呼ばれて熱狂的な人気を生んだフランク・シナトラらが「idol」と呼ばれ始め[3]、デビュー時のエルヴィス・プレスリー1950年代)やビートルズ1960年代)らも「アイドル」として認知されていた[4]
以上のような経過から当初の日本において「アイドル」とは、主に外国の芸能人を対象にした呼称であり[5][6]、日本の芸能人を対象としては、一般的に「スター」と呼ばれ、特に未だテレビが普及していない時代における日本の芸能界の主力が映画だったことから、人気ある若手の芸能人も殆どが加山雄三吉永小百合浜田光夫ら特に「青春スター」と呼ばれた映画の俳優であった。
その後、本格的なテレビ時代の到来、産業としての映画の全体的な斜陽化、そして絶頂期のビートルズの来日(1966年)などを受けたザ・スパイダースザ・タイガースザ・テンプターズなどのグループ・サウンズのブームが巻き起こる過程で、徐々に「青春スター」の呼称も使われなくなり、「アイドル」の呼称に取って代わられるようになった[7]。その更に後の1970年代に至り、未成熟な可愛らしさ・身近な親しみやすさ等に愛着を示す日本的な美意識を取り入れた独自の「アイドル」像が創造され、1980年代には、市民権を得るようになった[8]
アイドルの時代
1970年代までの日本では、若年層に向けた歌謡曲を歌う清純派の歌手を「カワイ子ちゃん歌手」と呼称する場合が多かった[要出典]1970年代以降、『スター誕生!』や「ミスセブンティーンコンテスト」、「ホリプロタレントスカウトキャラバン」などの大規模なオーディションが相次いで開催されるようになり、森昌子桜田淳子山口百恵から成る「花の中三トリオ」やピンク・レディー(『スター誕生!』)、松田聖子国生さゆり工藤静香(「ミスセブンティーンコンテスト」)ら、後の人気アイドルを輩出した。1980年代に入り、松田聖子・田原俊彦近藤真彦小泉今日子中森明菜[9]ら若年層に向けたポップスを主とする歌手が活躍を始め、「アイドル」の定着が見られた。小学館の学年別学習雑誌の表紙は、それ以前に子供の写真か子供を描いた水彩画が用いられていたのに対し、1970年代後半からアイドルの写真、いわゆる表紙グラビアになった[10]
この時代のアイドルが一般的に歌手俳優グラビア写真モデルなど1人で様々な分野に活動したのに対し、1980年代の半ば以降、『夕やけニャンニャン』から生まれたおニャン子クラブや、山瀬まみ井森美幸森口博子島崎和歌子松本明子松居直美らキャラクターを生かして主にテレビのバラエティ番組で活動したバラエティーアイドル(略して「バラドル」)、更に1990年代に入るとかとうれいこ細川ふみえ[11]グラビアアイドル[12]が登場した。現在(1990年代の半ば以降)、様々な分野ごとの「アイドル」の細分化・多様化が見られ、また、個人で活動する事例のみならず、グループで活動する事例も発展している。また、サブカルチャーの充実や嗜好の細分化(おたく)に伴い、「落ドル」(落語)、「鉄ドル」(鉄道)、「ロボドル」、「ミリドル」(軍事=ミリタリー)、「株ドル」、「魚ドル」、「農ドル」などと名乗る事例や、「女子アナ」と呼ばれる女性アナウンサースポーツ界における浅尾美和浅田真央上村愛子オグシオ小椋久美子潮田玲子)、福原愛、メグカナ(栗原恵大山加奈)ら、そして、男女ともに主に声優として活動する者ら、或いは、男女ともにウルトラマンシリーズ仮面ライダーシリーズスーパー戦隊シリーズなどの特撮テレビ番組で主要な役を演じた俳優など、マスメディアで「アイドル」のように取り上げられる事例も見られる。[要出典]
日本におけるアイドル隆盛期は、不況の期間と、ほぼ完全に一致している、という分析がある[13]
ファン
コンサートやイベントなどでは、いわゆる「親衛隊」と呼ばれる、派手な法被やグッズを身に着けたファンが見られる。また、従来、異性のファンが多かったが、近年、女性アイドルと同年代の女性ファンも増えている。所属する事務所などが会報を発行する公式ファンクラブを開設していることも多いが、1990年代以降の情報化社会の到来から情報の入手が容易になったことにより、以前に比べて会員数の減少も見られることからファンクラブを開設しない事務所やインターネット上でのみ開設して課金する事例も増え、ブログTwitterなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスも公式に使用されている。ファンの中から様々な専門用語も生まれている[14]

女性アイドル史[編集]

「アイドル」以前
美空ひばり吉永小百合ら「スター」の時代であり、その美空に江利チエミ雪村いづみを加えた「三人娘」、或いは、中尾ミエ伊東ゆかり園まりから成る「スパーク3人娘」らが人気を博した。フランス映画の『アイドルを探せ』が1964年に日本でも公開された。
1970年代
デビュー年
1972年の沖縄返還により、冬季においても屋外での水着グラビア撮影を国内で行うことが可能になった[要出典]。また、高視聴率ドラマの主要キャラクターを演じた岡崎友紀吉沢京子らが人気を集めた。1971年の『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場した南沙織が司会者の水前寺清子から「ティーンのアイドル」と紹介された[要出典][15]。この時期、パフォーマンス、フリルレースで飾られた白色系のステージドレス、今日のオタ芸の前身となるコールなどのアイドル像が創り出された[要出典]。1970年代後半に入ると松任谷由実、中島みゆき、竹内まりやなどのニューミュージック歌手がヒットするようになり、例えばデビュー当初の竹内まりやは、アイドル的な売出し方をされたこともあった。
1980年代
デビュー年
1980年、松田聖子が大ブレイクを果たし、同期デビューの岩崎良美や河合奈保子も若年層の人気を獲得、再びアイドル歌手が台頭した[16]。1980年の時点では松田のレコード売上は新人部門4位で、ニューミュージックが優勢であったが[16]、1982年には中森明菜や小泉今日子がデビューし、女性アイドルの黄金時代となった[17]。彼女たちのような正統派から、邪道とされたおニャン子クラブまで様々なタイプが現れ、1980年代の後半には、工藤静香、中山美穂、南野陽子、浅香唯の4人が「アイドル四天王」と呼ばれた。1980年代の終盤に入るとバンドブームの煽りを受け、また、ゴールデンタイムから歌番組の相次ぐ終了により、アイドル歌手の露出の場が減って行き、並行して松本明子井森美幸森口博子山瀬まみらがバラエティーアイドルと呼ばれるようになった。
1990年代
宮沢りえ観月ありさ牧瀬里穂から成る「3M」らテレビCMから人気を博した「モデル」型や、かとうれいこ細川ふみえ山田まりやC.C.ガールズシェイプUPガールズら雑誌のグラビアを中心に活動した「グラビアアイドル」など、従来の「歌手」中心からの転換が見られ、かつて多くのアイドル歌手やアイドル女優らを生み出してきたホリプロなど大手の事務所も市場に参入して市民権を得るようになった。
従来からの歌手を中心とする女性アイドルとしては、Wink乙女塾永作博美CoCoらを輩出)、桜っ子クラブさくら組菅野美穂らを輩出)らが見られたものの、テレビ歌番組の減少と共に「アイドル冬の時代」・「アイドル氷河期」[18]を迎えた(決定打となったのが1986年岡田有希子の自殺であるとする評論もある[19])。
バラエティーアイドルが台頭して以降、バラエティ番組に出演する際に積極的に体を張ってヨゴレ役になるなどの事例も増えて行った。特にとんねるずのみなさんのおかげです』では、「3M」をはじめとした人気アイドルが積極的に水を被ったり粉に塗れたりハリセンで叩かれたり、などが毎回のように行われた。[要出典]
半ば以降、小室哲哉のプロデュースによる華原朋美篠原涼子などのアイドルないしアイドル出身者(いわゆる小室ファミリー)、安室奈美恵SPEEDなどの沖縄アクターズスクール出身者などがヒットを連発した後は、R&Bヒップホップなどのクラブ・ミュージックと競存するようになった。後半になると、『ASAYAN』などテレビ番組でのオーディションからデビューした鈴木あみモーニング娘。が台頭し、そのモーニング娘。を中心としたつんくプロデュースによるハロー!プロジェクトが人気を得た。また、この時期、いわゆる「アイドル声優」と呼ばれる事例も増えた。
2000年代
歌手という正統派アイドルの系譜は、この頃になると、アイドルとしてでなく、アーティストとして登場したが、従来のアイドルと異なり、歌唱力や作詞・作曲力、声質やパフォーマンス、同性の支持などが必須として求められるようになった。また、インターネットの普及により、「アイドル」が誹謗中傷の対象となる事例も増え、口コミを重視したプロモーションにおける扱いの複雑化などから、むしろ不利益に働く場面も増え、従来なら「アイドル」と定義されるような芸能人が、それを固辞する事例も見られた。[要出典]
終盤にかけ、松浦亜弥Berryz工房℃-ute真野恵里菜スマイレージ吉川友らを加えたハロー!プロジェクトに、浜崎あゆみ中島美嘉ら、J-POPというジャンル名で呼ばれるようになった歌手らも人気を集め、また、グラビア経験を有する上戸彩長澤まさみ新垣結衣堀北真希らが女優として、中川翔子小倉優子若槻千夏ほしのあきらがバラドルとして、それぞれ台頭を見せ[要出典]、或いは、『クイズ!ヘキサゴンII』などのクイズ番組から無知を逆手に売りにする里田まいスザンヌ木下優樹菜南明奈misonoらが知名度を高めた。
Perfumeテクノポップのダンスユニットとして音楽から人気を獲得し、後に他グループに先んじて海外へ進出する一方、逆に海外からも、「黒船」と呼ばれたリア・ディゾンや、KARA少女時代K-POPも来日して活動した。また、現在に人気の続くAKB48秋葉原に専用の劇場を持って「会いに行けるアイドル」として頭角を現わし、2007年の『第58回NHK紅白歌合戦』に中川翔子やリア・ディゾンと共に1つの枠で初出場し、「アキバ枠」と報じられた[20][21]
アイドリング!!!』から誕生したアイドリング!!!(2006年)や、スターダストプロモーション所属のももいろクローバーZ(ももいろクローバーとして2008年)、その妹分に当たる私立恵比寿中学(2009年)、レプロエンタテインメント所属の9nine(2005年ないし2006年)、AKB48の初の妹分に当たるSKE48(2008年)や派生グループに当たるSDN48(2009年)、スウィートパワー所属のbump.y(2009年)、プラチナム・パスポート所属のPASSPO☆(ぱすぽ☆として2009年)、異色の「男装」で活動する風男塾中野腐女子シスターズとして2006年)、また、バニラビーンズ(2007年)らの始動も、この時期である。この中から2009年にAKB48、アイドリング!!!によるコラボレーションとしてAKBアイドリング!!!も活動した。
2010年代 - アイドル戦国時代
AKB48やSKE48の妹分に当たるNMB48HKT48などが加わった「48グループ」の形成、また、エイベックス所属のSUPER☆GiRLS東京女子流、その妹分に当たるCheeky ParadeMAXSPEEDの妹分に当たるFairiesEXILEの妹分に当たるE-girlsらの他、小・中学生から成るさくら学院、AKB48の「公式ライバル」として始動したソニー所属の乃木坂46など多数のグループが次々と誕生し、「アイドルを名乗るタレントの数」が「日本の芸能史上、最大」[22]という状況を指して「アイドル戦国時代」と呼ばれるようになった[23][24]
アイドリング!!!が「ホスト役」[25]を務める、2010年から始まった多数の女性アイドルが一堂に会する共演イベントであるTOKYO IDOL FESTIVAL(TIF)の規模も、2012年の第3回には、「111組」もの参加[22]、「732人」もの出演者に達し[26]、他にも2012年の指原莉乃プロデュース『第一回ゆび祭り〜アイドル臨時総会〜』IDOL-NATIONなど同種の共演イベントを通じたアイドル同士の交流も増えた。また、これらのグループのメンバーの中でも特にBuono!やBerryz工房のメンバーである「ももち」こと嗣永桃子やアイドリング!!!のメンバーである菊地亜美らは、共に地上波TVバラエティー番組などで個人としても活躍の場を広げている[22]
新潟のNegicco、福岡のLinQ、宮城・仙台のDOROTHY LITTLE HAPPY、愛媛のひめキュンフルーツ缶ら、各地のローカルアイドル(ロコドル)と呼ばれる地域に密着したアイドルも相次いで全国デビューしている[22][23][26]。また、KARAや少女時代らの成功を受け、4minute2NE1T-ARAAFTERSCHOOLレインボーらも続いて日本でデビューした。逆に、日本のAKB48のフォーマットも海外へ輸出され、インドネシアでJKT48、中国でSNH48が始動している。
雑誌メディアなどのグラビアをAKB48メンバーが多く占めるようになり、グラビアアイドルの露出する場が少なくなっている、という声も見られる[27]

男性アイドル史[編集]

「アイドル」以前
1950年代の映画の全盛期には、日活映画や歌で活躍した石原裕次郎東宝や日活などのニューフェイス、1960年代に「御三家」と呼ばれた橋幸夫舟木一夫西郷輝彦ら、他にスリーファンキーズ、或いは、日劇ウエスタンカーニバルに代表されるロカビリー歌手、グループサウンズ1970年代新御三家ら、そして、初代ジャニーズあおい輝彦ら、折々の時代に即した多くのスターが登場した。
1970年代
郷ひろみ西城秀樹野口五郎から成る「新御三家」は、3人とも主に歌手として活動した。更に、ザ・タイガースの後もソロないしバンドとして活動を続けた沢田研二も『ザ・ベストテン』など歌番組の常連として人気を保った。他には、フォーリーブスジャニーズ事務所所属)やフィンガー5らが登場した。この時代に男性アイドルのイメージとして使われた「白馬に乗った王子様」など、女性アイドル同様、手の届かない別世界のスターとして記号化される事例も見られた[要出典]
1980年代
1979年の『3年B組金八先生』で生徒を演じた田原俊彦近藤真彦野村義男から成るたのきんトリオジャニーズ事務所)がソロ歌手デビューし、次々とヒットを飛ばした。ジャニーズ事務所は、その後も、本木雅弘薬丸裕英布川敏和から成るシブがき隊や、少年隊など、人気グループを次々と送り出した。子役を経てアイドルとして人気を博した高橋良明は、交通事故1989年1月に16歳で夭折した。
1990年代
主にジャニーズ事務所が送り出したグループの時代であり、前半までは、光GENJIが他を圧倒する人気を見せ、中盤からは、デビュー当初からバラエティー分野での活躍が目立ったSMAPが現在に至る人気を確立し、更に、KinKi KidsTOKIOV6など後続者も人気を得て自身が冠バラエティ番組も持つようになった。また、木村拓哉を筆頭にメンバー個人も俳優としても成功した。
そういったジャニーズ全盛の中、ヴィジョンファクトリー系のDA PUMPw-inds.なども人気を集めた。
2000年代 - 2010年代
女性アイドルと同じく『クイズ!ヘキサゴンII』などのクイズ番組から無知を逆手に売りにする羞恥心のメンバーや、あくまでも「俳優集団」を称するD-BOYSのメンバー、或いは、「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でグランプリを獲得してデビューした小池徹平溝端淳平ら、また、ウルトラマンシリーズ出身の杉浦太陽仮面ライダーシリーズ出身のオダギリジョー要潤水嶋ヒロ佐藤健スーパー戦隊シリーズ出身の永井大玉山鉄二ら、特撮テレビ番組で主要な役を演じた事例も含め、あくまでも「俳優」としてデビュー・活動しながらアイドルのような人気を博して知名度を高める、いわゆる「イケメン俳優ブーム」も生まれた。
かつて1990年代に一世を風靡したZOOのメンバーだったHIROを中心に結成されたEXILE、或いは、女性アイドルと同じく東方神起BIGBANGを皮切りに超新星2PMFTislandらのK-POP組など、バラエティーからでなく、音楽の方面から人気を博す事例も再び見られ、また、を筆頭としたジャニーズ事務所のグループも音楽や芝居、バラエティー分野などで人気を集めている。

合成語[編集]

アイドルの類型もしくはアイドル的要素を表す、アイドルとの合成語複合語やその略語かばん語など)を挙げる。記事が存在しないものには、それぞれの概略説明を記した。記事が存在するものの説明は、個々の記事を参照。

文献情報[編集]

  • 青木一郎[28]「絶対アイドル主義」(プラザ、1990年3月)ISBN 9784915333675、「炎のアイドルファン ―絶対アイドル主義2―」(青心社、1990年12月)ISBN 9784915333859
  • 稲増龍夫 「アイドル工学」 (ちくま文庫1993年
  • 稲増龍夫「「ネットワーク組織としてのSMAP-現代アイドル工学'96」(評価問題研究会第11回研究会)」、『日本ファジィ学会誌』第8巻第5号、日本知能情報ファジィ学会、1996年10月15日NAID 110002940787
  • 青柳寛「アイドル・パフォーマンスとアジア太平洋共同体の意識形成(環太平洋経済圏における産業・経営・会計の諸問題)」、『産業経営研究』第18巻、日本大学、1996年3月30日、 43-58頁、 NAID 110006159892
  • 濱本和彦「1/f ゆらぎを用いた松浦亜弥の「国民的アイドル度」の客観的評価に関する研究」(東海大学情報理工学部情報メディア学科)[1]
  • 竹中夏海 「IDOL DANCE!!! ―歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい―」ポット出版、ISBN 9784780801927

出典・脚注[編集]

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  1. ^ idol - 国語辞書 - goo辞書”. 大辞泉NTTレゾナント. 2013年5月13日閲覧。
  2. ^ イドラ【(ラテン)idola】の意味 - 国語辞書 - goo辞書”. 大辞泉・NTTレゾナント. 2013年5月13日閲覧。
  3. ^ 音魂大全 鈴木 創著 洋泉社刊より、ザ・ビートルズ1962年〜1966年ザ・ビートルズ1967年〜1970年(東芝EMIアナログ盤)付録:石坂敬一による論文より
  4. ^ ビートルズ日本公演プログラムより。
  5. ^ 『YOUNGヤング』・1964年4月号より。
  6. ^ 映画の中のみでなら、1938年松竹映画・『愛染かつら』で使用された例がある。
  7. ^ 『別冊キネマ旬報』・1968年10月号より。
  8. ^ 『アイドル工学』・P.69より。
  9. ^ 80年代の初頭にデビューしたアイドル歌手のうち、シングル売上において他の者にダブル・スコア以上の差をつけた5名(2012年6月29日に放送された『ミュージックステーション』より)。
  10. ^ 明治少年雑誌でグラビアに政治家の写真が使用されていたことと対照的である。
  11. ^ 共に所属していたのは、その後にも多くのグラビアアイドルを輩出したイエローキャブで、後に主要なタレントがイエローキャブとサンズエンタテインメントとに分かれた。
  12. ^ 1970年代のアグネス・ラムのような同様の前例も存在した。
  13. ^ アイドルと景気の意外な相関関係を徹底検証 Webマガジン 月刊チャージャー 2005年12月号”. 月刊チャージャー. 2013年5月13日閲覧。
  14. ^ 知っているとどこかで使える! アイドル現場の専門用語! キャリア マイナビニュース”. マイナビニュース (2012年10月13日). 2013年5月13日閲覧。
  15. ^ 東京宝塚劇場で行われ、視聴率78.1%を記録した。
  16. ^ a b 「アイドル考現学」『TVガイド』2月6日号、東京ニュース通信社、1981年、20-21頁
  17. ^ “Pop 'idol' phenomenon fades into dispersion - The Japan Times”. ジャパンタイムス (ジャパンタイムス). (2009年8月25日). http://www.japantimes.co.jp/news/2009/08/25/news/pop-idol-phenomenon-fades-into-dispersion/ 2013年5月13日閲覧。 
  18. ^ この時代にアイドルだった世代は、「氷河期世代」(団塊ジュニアポスト団塊ジュニア)とも重なる。
  19. ^ ミュージックマガジン社『遺作 ミュージシャンの死とラスト・アルバム』、岡田のページより
  20. ^ “紅白にアキバ枠しょこたんら出場 - 芸能ニュース nikkansports.com”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2007年11月25日). http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20071125-287476.html 2013年5月13日閲覧。 
  21. ^ “紅白曲順が決定 注目の“アキバ枠”は米米CLUBと激突! ニュース-ORICON STYLE-”. オリコンニュース (オリコン). (2007年12月27日). http://contents.oricon.co.jp/news/movie/50813/full/ 2013年5月13日閲覧。 
  22. ^ a b c d “ポストAKBはどうなる? アイドル戦国時代の行方 今を読む:文化 Biz活 ジョブサーチ YOMIURI ONLINE(読売新聞)”. YOMIURI ONLINE (読売新聞). (2012年10月9日). http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/columnculture/20121009-OYT8T00206.htm 2013年4月23日閲覧。 
  23. ^ a b “【12年ヒット分析】新旧グループから地方アイドルまで~“アイドル戦国時代”さらに激化 (AKB48) ニュース-ORICON STYLE-”. オリコン (オリコン). (2012年12月9日). http://www.oricon.co.jp/news/music/2019492/full/ 2013年4月23日閲覧。 
  24. ^ Gザテレビジョン編集部ブログ Gザテレビジョンは来週月曜日、24日発売です!”. ザテレビジョン (2010年5月19日). 2013年4月23日閲覧。
  25. ^ NEWS 指原莉乃 オフィシャルサイト”. エイベックス・マーケティング. 2013年4月23日閲覧。
  26. ^ a b ““アイドル戦国時代”の懐の広さを垣間見る──『インディーズ・アイドル名鑑』(1-3) - 日刊サイゾー”. サイゾー (サイゾー). (2012年11月1日). http://www.cyzo.com/2012/11/post_11802.html 2013年5月5日閲覧。 
  27. ^ “グラビアアイドルたちが宣言!「AKB48には負けたくない!」 | webザテレビジョン: エンターテインメントニュース”. ザテレビジョン (ザテレビジョン). (2012年1月11日). http://news.thetv.jp/article/27255/ 2013年5月13日閲覧。 
  28. ^ MBSラジオ「ヤングタウン」を担当した放送作家でアイドル評論家。1952年生まれ、2003年10月死去

関連項目[編集]