奥田民生

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奥田民生
2009年
2009年
基本情報
出生名 奥田民生
別名 OT
出生 1965年5月12日(48歳)
血液型 B型
学歴 広島県立広島皆実高等学校卒業
出身地 日本の旗 日本 広島県広島市東区尾長
ジャンル ロック
ポップス
職業 シンガーソングライター
音楽プロデューサー
担当楽器 ボーカル
ギター
ベース
ドラム
パーカッション
キーボード
サックス
活動期間 1987年 -
レーベル Ki/oon Records
事務所 ソニー・ミュージックアーティスツ
公式サイト 奥田民生 OKUDA TAMIO

ビートルズ
AC/DC
ELOなど

奥田 民生(おくだ たみお、1965年5月12日 - )は、日本シンガーソングライターギタリスト音楽プロデューサー。ロックバンドユニコーンのメンバー。身長171cm。

広島県広島市東区尾長出身。株式会社ソニー・ミュージックアーティスツ名誉顧問。

概要[編集]

1987年、ロックバンド「ユニコーン」のボーカリストとしてデビュー。 「大迷惑」「働く男」「すばらしい日々」など、数々のヒット曲を世に送り出し、バンドブームの寵児ともいわれた。

バンドは1993年に解散。その後、約1年間の充電期間を経て、1994年からソロ活動を開始。

以降、ソロ活動の傍ら、女性デュオ「PUFFY」のプロデュースや、井上陽水とのユニット「井上陽水奥田民生」をはじめとした様々なミュージシャンとのコラボレーションなど、多方面で活動している。 代表曲は、「愛のために」「イージュー★ライダー」「さすらい」「マシマロ」など。

経歴[編集]

広島市立尾長小学校、広島市立二葉中学校、広島皆実高校卒業。 中学生の頃に、初めてバンドを結成。

当初は端でベースを弾いていたが、女の子がキャーキャー言い始めたため、引っぱり出されてフロントマンになったという。[1]

高校時代には、アーチェリー部に所属、県の新人戦で優勝した経験がある。広島電子専門学校に進学後も、音楽活動を継続(後に専門学校は中退)。当初は、端でギター、ベースを弾いていたが、女の子のファンから注目され始めたため、引っぱり出されてフロントマンになり、曲作りも始める。

ユニコーン時代[編集]

1986年、「ユニコーン」にボーカルとして加入。同年7月ソニーミュージックのオーディションに合格。1987年、ユニコーンは広島から上京、アルバム『BOOM』でデビューを果たす。

1989年に発表したファーストシングル「大迷惑」の大ヒットをきっかけにブレイク。以降、「働く男」「ヒゲとボイン」「雪が降る町」「すばらしい日々」などのヒット曲を生み出す。

1993年9月21日、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)内で、ユニコーンは解散を発表、7年間の活動に終止符を打つ。

ソロ・プロデュース活動[編集]

およそ半年間の充電期間の後、1994年にシングル「愛のために」でソロ活動を開始。同曲は、ソロデビューシングルにして、自身初のミリオンセラーを達成。

1996年、音楽プロデューサーとして、女性デュオ「PUFFY」をデビューさせる。彼女たちの特異な脱力感、無気力感、気だるそうな立ち居振る舞いが話題になり、大ヒット。プロデューサーとしても注目を集める。

1997年井上陽水とのコラボレーションユニット「井上陽水奥田民生」を結成。アルバム『ショッピング』を発表し、年末まで活動。浜田雅功のソロシングル「春はまだか」のプロデュースも行い、浜田の番組『人気者でいこう!』にも出演した。

1998年、ギター一本の弾き語りライブ「ひとり股旅」ツアーを行う。

2000年代[編集]

2000年、北海道のローカル番組『鈴井の巣』(HTB)に出演、大泉洋率いる「大泉バンド」のデビュー曲「負け戦」を作曲。

2001年、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2001」に出演。

2002年東京スカパラダイスオーケストラのシングル「美しく燃える森」に、ゲストボーカルとして参加。Char山崎まさよしとの3人によるユニット「三人の侍」を結成し、北海道のフェスに参加。

2003年真心ブラザーズYO-KINGらと4人組バンド「O.P.KING」を結成し、ミニアルバム『O.P.KING』を発表。「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2003」に2回目の出演。

2004年、ソロ10周年を記念して、広島市民球場にてコンサート「ひとり股旅スペシャル@広島市民球場」を敢行、唯一、広島市民球場でのコンサートを実現させた歌手となった。また、自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組『OH! MY RADIO』(J-WAVE、奥田は月曜日担当)も12月に復帰(3月で卒業)。

2005年、広島球場でのドキュメンタリーにドラマを加えた映画『カスタムメイド10.30』が公開。「THE BAND HAS NO NAME」を15年ぶりに再開、アルバム『II』をリリースし、フェスにも参加。同年10月7日、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2005」3回目の出演。

2006年、「三人の侍」の全国ツアーを、4月から神戸を皮切りに行う。9月には、阿部義晴の40歳記念ツアーにジェット機らとともに参加。また、9年振りに井上陽水奥田民生を再結成し、12月にシングル「パラレル・ラブ」をリリース。2007年にかけてユニットとしては初のツアーを行う。

2007年、デビュー20周年を迎える。井上陽水奥田民生名義のセカンドアルバム「ダブルドライブ」を発表。10月24日にトリビュートアルバム『ユニコーン・トリビュート』、『奥田民生・カバーズ』が発売。12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2007」に4回目の出演。12月14日に過去のアルバム(ユニコーン時代のコンピレーションは除く)を紙ジャケ仕様で再発。

2008年、自身最高傑作と豪語するアルバム『Fantastic OT9』を発表、1年で2度の全国ツアーに出る。12月8日には、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2008」に5度目となる出演を果たす。

2009年、ユニコーン活動再開。ユニコーンの活動と並行して、夏フェスでは「ひとり股旅(北海道ではひとりポックル)」として参加し、また同年11月公開の映画『僕らのワンダフルデイズ』の音楽アドバイザーおよび劇中歌の楽曲提供、主題歌を担当するなどソロ活動も精力的に行っている。7月1日に所属事務所のソニー・ミュージックアーティスツ(Sony Music Artists、略称SMA)顧問に就任する。また、「Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ2009」に出演(自身6度目)した。

2010年代[編集]

2010年東京スカパラダイスオーケストラのシングル「流星とバラード」に、8年ぶり2度目のゲストボーカルとして参加。3月よりレコーディングソロツアー『ひとりカンタビレ』開催。通常のライブとは違い、各会場で新曲の制作を行うレコーディング・ライヴであり、観客の前ですべての楽器を自身でプレイ、レコーディングし、できた楽曲を配信リリースするという企画である。追加公演を含む全10公演、10曲のレコーディングを完了させた。これらの楽曲は後にスタジオでリミックスされ、8月4日に10thアルバム『OTRL』としてリリースされた。

プロデュース業も並行して行い、髭 (HiGE)のシングルおよびアルバム「サンシャイン」の収録曲の数曲をプロデュース。

2011年、2004年以来となる「ひとり股旅スペシャル」を広島・厳島神社にて開催。

映画『マイ・バック・ページ』の主題歌として、真心ブラザーズとのユニット「真心ブラザーズ+奥田民生」名義でシングル「My Back Pages」リリース。

2012年9月、上記の延長として3人による新ユニット「地球三兄弟」の結成、リリースとツアーを発表。

人物[編集]

性格[編集]

  • 非常にミーハーな一面があり『ザ・ベストテン』の広島からの中継、二葉中学からの西城秀樹広島三越前(賀茂鶴オアシス)からの沢田研二広島駅新幹線口からの田原俊彦他、全て見に行ったという[2]2004年にパーソナリティーを担当した『OH! MY RADIO』においても「ブリトニー可愛い」、「ブリトニーも可愛いがビヨンセはもっと可愛い、ポスターも買った」、「伊東美咲超可愛い」などミーハーぶりを発揮していた。「アヴリルはそうでもない」らしい。さとう珠緒グラビアを中心に活動していた頃、大ファンで「どんな人かは知らないけど笑顔がいい。頑張ろうという気持ちになる」とのことから自身のライブ用の機材にグラビアの切抜きを片っ端から貼り付けていた時期があった[3]小泉今日子の大ファンであり、『HEY!HEY!HEY!』で共に出演した際にはまともに彼女を見ることも出来ず、司会のダウンタウンの2人に冷やかされるほどガチガチに緊張してしまった。
  • 井上陽水は普段の奥田の性格を非常に寡黙であると語っている[4]。同放送では、井上、奥田、トータス松本が飲んでいた際、松本が音楽に対するモチベーションの低下からミュージシャンを辞めて俳優転向を考えていると洩らした所、奥田は非常に厳しい言葉で松本を引き止めたというエピソードが井上から語られた。井上は、普段寡黙である奥田からは考えられないようなキツい物言いをすることに驚き、松本に謝罪するよう諭したとも語った。

音楽性[編集]

  • ギターコレクターであり、かなりの数のギターを所有している。中でも、ギブソン社製のギターが多く、名器・1959年レスポール・スタンダードを長年に渡りメインで使用してきた。なお、40歳の誕生日に、ギブソン社からカスタムショップ製作のレスポール・スタンダード(キャンディレッド)を贈呈され、2008年8月には、近年メインで使用しているレスポール・スペシャル(P-90ピックアップ、ビグスビー、TVホワイト・フィニッシュ)を忠実に再現した、カスタムショップ製作の「Gibson Custom Shop The INSPIRED BY Series Okuda Tamio Les Paul OT Special」が100本限定で製造・販売された(2008年8月1日現在。奥田民生公式ホームページにて発表)。
  • 歌詞に関しては、数々のインタビューにおいて、あまり重要視していないと語っているが、意味がないようでさまざまに解釈できるため、曲の魅力を引き立てるものとなっている。また、「それはなにかとたずねたら」という曲において、「なべつかみ」という単語を入れたことを自慢していたらしい(スタッフ談)。その他にも、ユニークでナンセンスな歌詞が多い。楽曲自体にも多数見受けられるが、楽曲のタイトルもまた、有名な書籍や楽曲などのタイトルのパロディとなっているものが多数ある。例:「ワインのばか」(元ネタはロシアの民話『イワンのばか』)、「AND I LOVE CAR」(ビートルズの「AND I LOVE HER」)、「怒りの別件」(ブルース・リーの『ドラゴン怒りの鉄拳』)等。
  • PUFFYプロデュースの動機は、小室哲哉小林武史らが活躍し始めた時期で、ああいうことが自分に出来るかどうか、挑戦してみたかったと著書で述べている[14]。これによりプロデューサーとして評価され、浜田雅功木村カエラHiGEのプロデュースも手がけたことがある。

趣味[編集]

  • 過去に男性ファッション誌「BOON」の企画において、リージーンズコンバーススニーカーなどの奥田仕様の別注モデルを制作したことがある。G-SHOCKの奥田民生モデルも限定販売を行ったことがある。
  • オン・オフ問わずサングラスを着用していることが多い(もともと視力は良い)が、本人曰くサングラスを着用するのは「照れ隠し」とのこと。近年はフォーナインズのフレームを愛用している。[15]

出身地にまつわるエピソード[編集]

  • 父は元広島市議会議員(日本共産党[16][17][14][18](引退後は飲食店経営)だったため、子供時代は『赤旗(現『しんぶん赤旗』)』配達などを手伝っていた。「民生(たみお)」の名も音読みが同じ「民青(みんせい)」から来ている。父親の選挙の応援時にミニライブをやったことがある。
  • Jリーグ・ディビジョン2において、サンフレッチェ広島アルビレックス新潟が激しい昇格争いを繰り広げていた2003年、新潟サポーターが、応援歌として使用しているユニコーン時代の曲「I'M A LOSER」の替え歌をCDに収録するために許可を取ろうとしたところ、奥田は「広島の敵に曲を提供することは出来ない」と断った。

エピソード[編集]

  • デビュー前、アルバイト先の喫茶店で「民生スペシャル」という鶏肉中心の定食メニューを考案した[19]。そのアルバイト先の喫茶店の店長が後年当時のエピソードを綴った、アイドルやミュージシャンにありがちな暴露本を奥田に無断で出版、それに激怒した奥田は店長と絶縁したとされている。「悩んで学んで」のPVでは一瞬だけその本が燃えているシーンがある。
  • 1995年9月8日、5歳年上のユニコーン当時のスタイリスト美由紀(旧姓佐野)と結婚。8月25日には音楽仲間の世良公則、井上陽水、渡辺満里奈らを招いて披露宴も開催。
  • ユニコーン在籍時、ソロ活動もまだの段階で『PATi PATi』発の単行本『奥田民生ショウ』(ソニー・マガジンズ、1992年)という奥田個人の本が出た[20](尚、13年後の2005年には本著の続編となる『奥田民生ショウ2』が発売された)
  • 奥田のファンだと言う木村拓哉とテレビで共演した時、木村が一番好きな曲と言うPUFFYに書いた「海へと」を演奏した。この時、木村が「こんないい曲、何で自分で歌わないんですか」と聞くと「いやぁ時間が無くて」と締め切りに間に合わず、やむなくPUFFYに渡したことを明かした。後に「海へと」自体はライブ盤で民生バージョンがCD化された。
  • 大のゲーマーで、ユニコーン時代に雑誌に連載を持つほどであった。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』では「スーパーファイヤープロレスリング」でピエール瀧との熱戦を繰り広げた。『ダウンタウンのごっつええ感じ』において、松本人志と「テトリス」で対決し勝利したこともある。シンプルなゲームが好きなようで一時期はWindowsピンボールに熱中しており、毎日2時間はプレイしていたという[21][22]
  • 漫画家のいくえみ綾が奥田のファンであり、奥田の楽曲をモチーフとした作品『スカイウォーカー』を発表している。
  • Char山崎まさよしとの3人によるユニット「三人の侍」の全国ツアーの際、ステージにはユニットの家紋が飾られ、刀を携え、侍語のアピールに、歌詞以外は外来語を禁止、ビートルズの歌を歌う時は「次はかぶとむしの歌でござる」、「アレルギーの特効薬」という曲は「腫れ物全般の特効薬」などと紹介していた。
  • 奥田と親交のある小原礼尾崎亜美夫妻がホスト役を務めた日本BS放送(BS11)の音楽番組『MUSICA〜音のおもてなし〜』では、毎年、新年最初の放送に奥田がゲスト出演するのが恒例となっていた。
  • ユニコーンでのデビュー前、おニャン子クラブの男性版「息っ子クラブ」のオーディションを受けていたことが、元息っ子クラブのメンバーのインタビュー記事内で明らかになっている[23]

ライブ[編集]

ライブ・バンド[編集]

GOZ 第1期 1995年 - 2002年、2004年[編集]

  • 奥田民生:ヴォーカル/ギター/サックス/ハーモニカ
  • 長田進(Dr.StrangeLove):ギター/コーラス
  • 斎藤有太:キーボード/コーラス
  • 根岸孝旨(Dr.StrangeLove):ベース/コーラス
  • 古田たかし(Dr.StrangeLove):ドラム/コーラス

TOUR "29-30"〜TOUR 0102「奥田STANDARD民生CUSTOM」、TOUR OT10

GOZ 第2期 2002年 - 2003年[編集]

  • 奥田民生:ヴォーカル/ギター/サックス
  • 長田進:ギター/コーラス
  • 斎藤有太:キーボード/コーラス
  • 根岸孝旨:ベース/コーラス
  • 古田たかし:ドラム/コーラス/フルート
  • 西岡英朗:パーカッション/トランペット/コーラス

+

  • ワンツー佐藤(佐藤一二):ドラム(古田がフルートを演奏している時)

Live E 0203

MTR&Y 2005年 - 2013年[編集]

  • 奥田民生:ヴォーカル/ギター/ハーモニカ
  • 斎藤有太:キーボード/コーラス
  • 小原礼:ベース/ コーラス
  • 湊雅史:ドラム

TOUR "MTR&Y 05" - 2013ツアー“SPICE BOYS”

ひとり股旅[編集]

奥田のライブ形態の一種。作務衣(松本人志から「一人ごっつ」用のものを譲り受けた)にタオルを頭に巻いた出で立ちで、バックバンドは一切設けずアコースティックギター1本で事務用の椅子に座って演奏する。MCでは酒を挟み、演奏曲もその時の気分で決められる。通常のライブでは披露することの無いカバー(ブラックビスケッツタイミング」、エキセントリック少年ボウイオールスターズ「ああエキセントリック少年ボウイ」等)が披露されるのも特徴のひとつ。1998年の「ひとり股旅ツアー」終了後も単独ライブやロックフェスティバルで時折開催されるようになり、2004年の広島市民球場ライブは、当初は球場の周辺に住宅地が多く存在するため騒音問題を懸念した球場側が難色を示していたが、ひとり股旅形式で行う事を条件に開催が実現した。

ディスコグラフィ[編集]

ソロ名義の作品を記載。井上陽水奥田民生O.P.KINGTHE BAND HAS NO NAMEのリリース作品は各記事を参照。

シングル[編集]

  • 1.「休日/健康」から8.「さすらい」までの8cmシングルは2005年3月24日に12cmシングルで再発された。
  • 以下の3作品は当初、LGCD2(コピーコントロールCDで発売されたが、SMEのLGCD廃止に伴い、店頭回収、新品番にてCD-DA盤がリリースされ、ジャケットの「cccd」の文字は「cd」となった。
  • 『サウンド・オブ・ミュージック』旧品番:SECL-73 → 新品番:SECL-318
  • 『スカイウォーカー』旧品番:SECL-83 → 新品番:SECL-321
  • 『何と言う』旧品番:SECL-99 → 新品番:SECL-327

オリジナルアルバム[編集]

発売日 タイトル
1st 1995年3月8日 29
2nd 1995年10月1日 30
3rd 1997年7月1日 FAILBOX
4th 1998年3月18日 股旅
5th 2000年3月23日 GOLDBLEND
6th 2002年9月19日 E
7th 2004年10月6日 LION
8th 2005年4月27日 comp
9th 2008年1月16日 Fantastic OT9
10th 2010年8月4日 OTRL
11th 2013年11月27日 O.T.Come Home
  • 1st〜8thが2007年12月に紙ジャケット仕様で再発売された。

企画盤[編集]

  発売日 タイトル
カーソング・セレクション 2001年1月11日 CAR SONGS OF THE YEARS
ライブ・アルバム 2003年11月6日 OKUDA TAMIO LIVE SONGS OF THE YEARS / CD
ベスト・アルバム 2007年1月17日 記念ライダー1号〜奥田民生シングルコレクション〜
ベスト・アルバム 2007年1月17日 記念ライダー2号〜オクダタミオシングルコレクション〜
トリビュート・アルバム 2007年10月24日 奥田民生・カバーズ
カップリング・ベストアルバム 2008年10月29日 BETTER SONGS OF THE YEARS
サウンドトラック 2009年11月4日 僕らのワンダフルデイズ サウンドトラック
シーラカンズ / 奥田民生 名義
コラボレーション・シングル 2011年5月25日 My Back Pages
真心ブラザーズ + 奥田民生 名義
ライブ・アルバム 2012年3月28日 Gray Ray & The Chain Gang Tour Live in Tokyo 2012

配信限定[編集]

シングル[編集]

配信日 タイトル 収録曲 備考
1st 2007年7月9日 明日はどうだ イナビカリ (football mix) / 明日はどうだ 1. NHKサッカーAFCアジアカップ2007」テーマ曲

2. ニッカウヰスキー「ブラックニッカ クリアブレンド」CMソング

2nd 2011年4月13日 タビザル★ライダー タビザル★ライダー 日本テレビ東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…」のために、

1996年発表の「イージュー★ライダー」の歌詞を一部変えセルフカバーしたもの

3rd 2011年8月8日 EBm EBm ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2011」の「奥田民生の数人カンタビレ」で録音した曲

2012年にシングル「拳を天につきあげろ」のカップリングとして収録

ひとりカンタビレ[編集]

  • 2010年に行われたレコーディングツアー「ひとりカンタビレ」にて制作された楽曲。これらはライブ終了の3〜4時間後には配信が開始された。
録音日 タイトル 会場
2010年3月15日 最強のこれから 東京都・DUO MISIC EXCHANGE
2010年4月10日 わかります 福岡県・DRUM LOGOS
2010年4月18日 えんえんととんでいく 広島県CLUB QUATTRO
2010年4月27日 RL 京都府・磔磔
2010年4月29日 音のない音 東京都・パルコ劇場
2010年5月5日 たびゆけばあたる 宮城県Zepp Sendai
2010年5月7日 ひとりカンタビレのテーマ 東京都・SHIBUYA-AX
2010年5月10日 かたちごっこ 北海道・ペニーレーン24
2010年5月21日 Room 503 愛知県CLUB DIAMOND HALL
2010年5月23日 解体ショー 石川県・EIGHT HALL

映像作品[編集]

LIVE[編集]

  1. tamio okuda TOUR "29-30"(1995)
  2. tamio okuda TOURDUST "0-30"(1995)
  3. TOUR 1997 股旅(1998)
  4. ひとり股旅(1999)
  5. TOUR 2000 GOLDBLEND(2000)
  6. OKUDA TAMIO LIVE SONGS OF THE YEARS / DVD(2003)
  7. ひとり股旅スペシャル@広島市民球場(2005)
  8. okuda tamio Cheap Trip 2006(2006)
  9. okuda tamio FANTASTIC TOUR 08(2008)
  10. OKUDA TAMIO JAPAN TOUR MTR&Y 2010 C.C.Lemon Hall(2011)
  11. ひとり股旅スペシャル@厳島神社(2012)
  12. 奥田民生2013ツアー SPICE BOYS at 中野サンプラザ(2014)

PV集[編集]

  1. OT clips of the years(2001)
    『29』から『GOLDBLEND』までのPVを収録。
  2. OT clips of the years Vol.2(2004)
    『E』、『LION』のPVを収録。

その他参加作品[編集]

楽曲提供[編集]

  • 石川さゆり
    • Baby Baby (作詞・作曲・編曲:奥田民生)
    • スロウサーフィン (作詞・作曲・編曲:奥田民生)
  • 木村カエラ
    • BEAT (作詞:木村カエラ、作曲・編曲:奥田民生)
    • ROCK ON (作詞:木村カエラ、作曲・編曲:奥田民生)
    • 1115 (作詞:木村カエラ、作曲・編曲:奥田民生)
  • CHEMISTRY
    • マイウェイ (作詞・作曲:奥田民生)
  • 小泉今日子
    • 月ひとしずく (作詞:小泉今日子・井上陽水・奥田民生、作曲:井上陽水・奥田民生、編曲:白井良明
    • オトコのコオンナのコ (作詞:小泉今日子、作曲:奥田民生、編曲:菅野よう子
  • ササジーズ
    • 竜巻きジェーン (作詞:奥田民生 作曲:坂井紀雄)
  • 鈴木祥子
    • たしかめていてよ (作詞:鈴木祥子、作曲:鈴木祥子・奥田民生、編曲:鈴木祥子・奥田民生・斎藤有太)
    • 赤い実がはじけてた (作詞:鈴木祥子・只野菜摘、作曲:鈴木祥子・奥田民生、編曲:鈴木祥子・奥田民生・斎藤有太)
  • ダウンタウン
    • くつみがき (作詞:松本人志、作曲:奥田民生、編曲:佐藤英二)
  • 芳賀ゆい
    • 星空のパスポート (作詞:奥田民生、作曲:生福、編曲:小西康陽 (※ 生福の「酸素でルルル」が原曲))
  • 浜田雅功
    • 春はまだか (作詞・作曲・編曲:奥田民生 (※ PVにも出演、浜田の横でギターを弾いている))
    • ラブレター (作詞:高須光聖、作曲:奥田民生)※ベースを弾いているのは浜田の息子であるハマ・オカモト(OKAMOTO'S)。クレジットには“人の息子”と表記。
  • 濱田マリ
    • 人の息子 (作詞・作曲:奥田民生、編曲:森俊之)
  • Hit&Run軍団
    • ハラダ記念樹 (作詞:奥田民生・八熊慎一・PUFFY、作曲:志村正彦・永友聖也・西村晋弥)
  • 藤井フミヤ
    • SUNNYで! (作詞:奥田民生・藤井フミヤ、作曲:奥田民生、編曲:佐橋佳幸・奥田民生)
    • 嵐の海 (作詞・作曲・編曲:奥田民生 ホーンアレンジ:佐橋佳幸 (※ 奥田の自宅録音がそのまま作品となり、PVにも出演))
  • 松浦善博
    • フィルモア最初の日 (作詞・作曲:奥田民生)
  • 矢野顕子
    • Money Song (作詞・作曲:奥田民生・矢野顕子)
  • 吉田ヒロ
    • 君の涙に微笑みを (作詞:島武実、作曲:奥田民生、編曲:鈴木智文)
  • KinKi Kids
    • スピード (作詞・作曲:奥田民生、編曲:白井良明)

書籍[編集]

  • 『奥田民生ショウ』/奥田民生・宇都宮美穂(1992)
  • 『フィッシュ・オア・ダイ』/奥田民生(1996)
  • 『奥田民生別注武運』(1999)
  • 『別冊カドカワ総力特集奥田民生』(2004)
  • 『俺は知ってるぜ』/奥田民生(2005)
  • 『奥田民生ショウ2』/宇都宮美穂・三浦憲治(2005)
  • 『別冊カドカワ総力特集奥田民生』(2008)
  • 『奥田民生ギター弾き語り全曲集』

ゲーム[編集]

  • 『○○おもいっきり男』/奥田民生監修(2003)

脚注[編集]

  1. ^ INLIFE 男の履歴書 奥田民生
  2. ^ めざましテレビ』、フジテレビ、2013年9月17日放送、"同郷対談"奥田民生×三宅正治
  3. ^ 『奥田民生別注 武運』1999年、祥伝社
  4. ^ J-Wave OH!MY RADIO 2005年12月15日放送
  5. ^ 「ROCKIN'ON JAPAN」、2002年10月10日号、表紙
  6. ^ 朝日新聞、2008年2月9日、17頁
  7. ^ 実際にはソニーからカーDATが発売されていた。奥田も後に購入。
  8. ^ SMEが全リリース作品レーベルゲートCD化の発表をして以降最初のシングル、「サウンド・オブ・ミュージック」発売直前、公式掲示板にスタッフから「レーベルゲートCDでのリリースとなります」との書き込みがあり、掲示板には多くの批判や通常のCD(以下CD-DA)でのリリースを望む意見が書き込まれた。これを受け奥田自身が公式サイト上で異例のコメントを発表、CCCD導入に至った経緯を説明した
  9. ^ 奥田民生よりコメント”. 2009年1月24日閲覧。
  10. ^ 奥田は対策としてCCCDだけでなく、アナログ盤や実験的に「DVD-Music」(専用の再生機器が必要なDVD-Audioと違い、一般的なDVDプレイヤーで再生可能でCD-DAよりも高音質)盤を発売したり、ジャケットに大きくフォーマット名が書かれているデザインを採用(通常CCCDロゴは帯やステッカーに表記されている為、これらが無ければ通常CDとの区別が困難)。雑誌のインタビューでも「もめている」、「レコード会社の中で(自分が)目立ってしまっている」、「なぜ他の人は(CCCDの問題について)言わないのか」などと発言
  11. ^ WHAT's IN? (2004年7月号、ソニーマガジンズ)
  12. ^ こうしてシングル3枚を3フォーマットで発売、アルバム『LION』はさらにSACD盤も加え4フォーマットでの発売となった。しかし『LION』発売直前、公式サイト上でスタッフからCD-DAでのリリースがアナウンスされ、ほぼ同時期にSMEがレーベルゲートCDの撤廃を発表した。当初、既にレーベルゲートCDで発売されている商品に関してはそのまま販売を継続するとされていたが、後にレーベルゲートCDでリリースされたシングル3作品も店頭回収、新品番にてCD-DA盤が再リリースされ、ジャケットの「cccd」の文字は「cd」となった。当時のシングルのアナログ盤のB面曲がCDと同じ(それまでは未アナログ化の過去のシングルのA面曲などを収録していた)なのは「当時はCCCD問題でそれどころではなかった」と後に当時のチーフマネージャー原田公一が回想している
  13. ^ カドカワムック 別冊カドカワ 総力特集 奥田民生(2008年 角川書店
  14. ^ a b 『俺は知ってるぜ』奥田民生・著(ロッキング・オン) より
  15. ^ 鯖江メガネファクトリー | 鯖江メガネファクトリー”. 2010年7月13日閲覧。
  16. ^ 奥田幹二(おくだ かんじ、1941年6月20日 - )
  17. ^ 『奥田民生ショウ』宇都宮美穂・著(ソニー・マガジンズ文庫) より
  18. ^ 『サンケイ日本紳士年鑑 第19版』(サンケイ新聞データシステム) より
  19. ^ UNICORN 人に歴史あり〈其の壱〉1990年、音楽専科社
  20. ^ 音楽誌が書かないJポップ批評56、宝島社、2008年11月、p64
  21. ^ Excite エキサイト : ミュージック (音楽)インタビュー・奥田民生 My旬ランキング”. 2009年5月26日閲覧。
  22. ^ Excite エキサイト : ミュージック (音楽)インタビュー・奥田民生 My旬ランキング”. 2009年6月30日閲覧。
  23. ^ “おニャン子クラブの男の子版「息っ子クラブ」のメンバーだった篠崎裕利さん”. ゲンダイネット. (2011年12月21日). http://gendai.net/articles/view/geino/134350 2012年11月26日閲覧。 

関連項目[編集]

  • O.P.KING - 2003年の夏限定のバンド。メンバーはYO-KING(真心ブラザーズ)、奥田民生、大木温之(The ピーズ)、佐藤シンイチロウ(the pillows)の4人。
  • 広島エフエム放送 - 奥田が局のロゴマークを作成。

外部リンク[編集]