ナインティナイン

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ナインティナイン
NINETY-NINE
メンバー 岡村隆史
矢部浩之
別名 ナイナイ、99
結成年 1990年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本社
活動時期 1990年 -
出身 NSC大阪校9期生
影響 とんねるず
ダウンタウン
志村けん
タモリ
明石家さんま
出会い 大阪府立茨木西高等学校
現在の活動状況 テレビ(全国区)など
芸種 漫才コントなど
ネタ作成者 岡村隆史
現在の代表番組 レギュラー番組
ぐるぐるナインティナイン
めちゃ²イケてるッ!
ナインティナインのオールナイトニッポン
解決!ナイナイアンサー
スペシャル番組
爆笑ヒットパレード
THE MANZAI
過去の代表番組 ジャングルTV
笑っていいとも!
ASAYAN
ナイナイサイズ!
吉本印天然素材
ほか
同期 よゐこ宮川大輔ほっしゃん。
キャイ〜ンほか
受賞歴
1992年 : 第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞
1993年 : 第22回上方お笑い大賞銀賞
1997年:第39回ブルーリボン賞 新人賞・作品賞
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ナインティナイン(NINETY-NINE)は、日本お笑いコンビである。岡村隆史矢部浩之のコンビ。1990年結成。吉本興業(東京本社)所属。 略称「ナイナイ」「99」「NN」。

メンバー[編集]

概要[編集]

1990年のコンビ結成直後から常に第一線で活躍し続けている人気コンビ。同時期にデビューした芸人たちの中では最も早出世であり、1990年代後半頃からは他の番組へのゲスト出演が少ない。自称「地球に優しいナインティナイン」。

略歴[編集]

大阪府立茨木西高等学校サッカー部の先輩後輩として出会う。岡村(当時高1)は矢部の兄・美幸(当時高2)とサッカー部の先輩後輩で面識があり、自宅へ招かれたところに矢部(当時中3)がいたのが初対面となる。後に矢部が同じ高校のサッカー部に所属し、練習中に矢部から岡村に「岡村さん、『夕やけニャンニャン』って見てはります? 僕あれ観てるとドキドキするんですよ」と話しかけたのが初めての会話。

1990年、矢部が大学受験に失敗したことに伴い、当時吉本興業に先にお笑い芸人として同社に所属していた兄・美幸の薦めから、矢部は当時立命館大学夜間部の学生だった岡村を誘いNSCに9期生(同期はほっしゃん。宮川大輔など)として入所。矢部が提出するはずだったNSCへの願書を忘れており、お笑いになるからにはどんなものなのかという理由で劇場に足を運び見学しにいった日がたまたまオーディションの2次審査の日で会場で最後まで粘り頼み込み合格となった。コンビ結成当時は岡村がツッコミ、矢部がボケを担当していた、しかし当時のNSC講師、本多正識(漫才作家)に「(ボケとツッコミが)逆やろ」と言われたことにより役割を交替している。

同年、2人は授業料未納(ちなみに雨上がり決死隊宮迫博之の入れ知恵である)により吉本の社員に「お前ら消したろか」と言われるなどして除籍処分となり、NSCを中退。そんな中、吉本興業が運営している心斎橋筋2丁目劇場の支配人から声をかけてもらい、吉本興業所属の芸人として劇場に出演。

1991年、吉本の若手コンビ6組で構成されるユニット「吉本印天然素材」に加わり東京進出。1992年には第13回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞し、頭角を現す。程なくして、当時人気番組であった『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)の芸能人大会にコンビで出演した頃から人気・知名度が急上昇する[12]

1994年に「天素」から脱退する。理由としては、岡村曰く「ミーハーな女性ファンの多さに危機感を持った」とのこと[13]。その後、本格的に活動拠点を東京に置く。東京本格進出1年目の1994年には放送時間こそばらばらなものの、『ナインティナインのオールナイトニッポン』『ぐるぐるナインティナイン』『ジャングルTV 〜タモリの法則〜』と関東放送番組3つのレギュラーになり、1995年に『森田一義アワー 笑っていいとも!』のレギュラー、1996年に『めちゃ²イケてるッ!』が放送開始。このうち、「ナイナイのオールナイト」「ぐるナイ」「めちゃイケ」の3番組については以後15年以上続くロングランの番組となっている。

1999年にはゴロ合わせで「ナイナイの年」と銘打ち、映画出演や多数のライブイベントなどを精力的にこなした。

2010年、岡村が7月15日から体調不良を理由に休養に入ることを発表。休養期間中のコンビ活動は休止となり、レギュラー番組には矢部が単独で出演していた。岡村は約5ヶ月後の11月27日放送(24日収録)の「めちゃ×2イケてるッ!」にて復帰。以降はその他の番組にも順次復帰を果たしている。

2011年、7月23日7月24日に放送された『FNS27時間テレビ めちゃ²デジッてるッ! 笑顔になれなきゃテレビじゃないじゃ〜ん!!』で、マラソンランナーとなった矢部が語った心境で「5カ月近く休んでた相方がスタジオで大丈夫か、という心配もあった」と告白。昨年の岡村の病気休養について「一生戻ってこれない覚悟もしてた。そもそも僕がこの世界に誘ったんで、こうなったのも僕のせいやって…」と自らを責めたことを明かし、「復帰後は高校のサッカー部時代に戻った感じ。岡村の表情とか優しさとか…」と語った相方の姿に岡村は生放送中に号泣。一緒に司会を務めたSMAP中居正広に「岡村君、やべっちを迎えに行ったら?」と誘われた後、「テレビで泣いたらさんまさんに怒られる」と言いつつそのまま矢部を迎えに行き、並走。番組終了間際の20時50分、2人一緒にゴールした。

2013年3月27日、矢部が予てから交際していた元TBSアナウンサーで現在フリーアナウンサーの青木裕子と入籍した。

備考[編集]

芸風[編集]

初期は舞台を中心にコント漫才を行っていた。岡村の全身を使ったダイナミックなボケと、矢部の「〜じゃないスか」などの冷静な「敬語ツッコミ」が特徴的。岡村が「身長はひゃく○○じゅっ○○センチです」とゴマかす「チビネタ」等も多かった。

大阪から東京に活動の場を移してからはテレビのバラエティ番組をメインに活動している。岡村が常識的なことをあえて知らないフリをしたり勘違いしたまま暴走し、それを矢部が軽く突っ込みながらも岡村を泳がす「勘違いボケ」などを得意としている。

漫才のネタを考えるのは岡村の担当で、仕切りや司会などは矢部が担当している。仕事の比率で言えば岡村の方の仕事量の負担が多く、ネタを考える岡村の横で矢部が、新聞や週刊誌を読んで休んでいることでケンカになることが多かった。矢部は岡村が苦手としている仕切りや司会の仕事を矢部が練習もせずに見事にこなすこと、岡村のまじめにネタを考え、笑いに真剣に取り組んでいる部分、お互いに長所、短所をカバーしてコンビのバランスをとっている。

お笑いを目指すきっかけ[編集]

大学生だった当時は国家公務員を目指していた岡村だったが、それは「安定した職についてほしい」という父・治雄の勧めによるものであった。矢部の誘いをきっかけに「俺は親父の敷いたレールの上を歩いていただけやった」(岡村談)と思い直し、お笑いへの方向転換を決意したという。
この時岡村の父は「隆史をヤクザの世界に誘いおって、矢部を絶対に許さへん!」と大激怒し、その後矢部が岡村の家に遊びに行っても口を全く聞いてくれなかった。岡村が休養したのをきっかけに、矢部は岡村の父から「矢部さん、本当に隆史を見捨てんといて下さい」と言われ、二人はメールでやり取りをする仲になったことを元マネージャとの対談で語っている。[14]

マネージャー[編集]

ナインティナイン担当の歴代マネージャーはあだ名を付けられるのが恒例になっている。命名は何故かよゐこ有野晋哉。特にキャラクターが特徴的な人物は『ナインティナインのオールナイトニッポン』で面白いエピソードとして語られてしまうため、リスナーにもネタにされることが多い。
歴代マネージャーのあだ名には、河内マン(河内)・坪倉大臣(ツボクレンジャー、坪倉)・磯塚センターフライ(磯塚)・イトックス(伊藤)・なかなかじま(中島)・お茶子さん(中村)・満喫太郎(織田)・サトスター(佐藤)・居眠り姫(古瀬)・アジアンビューティー(土橋)・大森二等兵(大森)・ジム大谷(大谷)・なうかど(今門)・新車車谷(車谷)などがある。

新しいマネージャーが付いた際に、大阪時代にマネージャーが矢部のファンに手を出して吉本興業をクビになったことがオールナイトニッポンで必ず語られる。

ナイナイ会議[編集]

ナインティナインが今後どのような活動をしてゆくのか、壁にぶち当たったときなどに二人だけで会議がおこなわれている。テレビやラジオ番組で会議がおこなわれる場合もあるが、それ以外に他人に知られたくない議題は主にメールでおこなうことになっている。年齢と共に仕事への向き合い方での修正や活躍のしかた、コンビでの活動などが話し合われる。

ゴチのクビ(謹慎)[編集]

  • 岡村はパート3の通算60万4800円で、矢部はパート9の通算自腹額40万5100円で初のクビになった。しかも2回連続「繰上げのクビ(1位が精算の為2位の矢部年間自腹トップの為クビ)」だった。
    • 岡村は4年3ヶ月で、矢部は10年3ヶ月でクビとなった。
    • なお岡村は「ゴチ5」で復帰、矢部は「ゴチ11」で復帰したものの、同年二度目のクビとなったが「ゴチ13」で再び復帰した[15]。これはともに事情によりメンバーの欠員が出た為[16]である。その後、矢部はパート14にて3度目のクビとなった。
    • ゴチをクビになっていた期間[17]は岡村は1年間「オカチャンマン」や敗者の肩を叩く役(通称:トントンボーイ)などを担当したが、矢部は大道具役や厳選素材を取りに行ったりするなど、数秒しかテレビに映らない(1回の場合がほとんど)など、不遇であるが、パート12では自身も肩を叩く役やSP料理争奪ゲームに出てくるお邪魔キャラ「ヤーモン」、おみやを支払うメンバーを決める「ダーツマン」として出演していた。

受賞歴[編集]

漫才[編集]

映画[編集]

テレビ[編集]

出演[編集]

彼らの出演しているレギュラー番組は長続きしており、2014年4月現在 テレビ番組では「ぐるぐるナインティナイン(20年、日本テレビ系)」、「めちゃ×2イケてるッ!(17年6ヶ月、フジテレビ系)」の2本あり、ラジオ番組では「ナインティナインのオールナイトニッポン(20年、ニッポン放送系)」が10年以上放送されており、『オールナイトニッポン』で歴代最長となっている。

※以下コンビで出演のものを掲載。単独出演は各人のページに記載。

現在放送中のレギュラー番組(テレビ)[編集]


過去
ドラマ

ラジオ[編集]

1994年4月から担当。「allnightnippon SUPER!」(1999年4月 - 9月)、「@llnightnippon.com」(1999年10月 - 2003年3月)時代を含め、丸18年続く長寿番組(2012年4月現在、「オールナイトニッポン」の歴代パーソナリティ最長記録を更新中)。


過去


映画[編集]

作品[編集]

ライブ[編集]

毎年9月9日を「ナインティナインの日」と位置付け、2人の地元である大阪で毎年同日に『ナイナイライブ』と題し2005年まで開催されていた。詳細は『ナイナイライブ』を参照。

ゲーム[編集]

CM[編集]

CD[編集]

  • 『愛した人はバツイチ』 ナインティナイン with 清水ミチコ1994年
  • 『想い出がいっぱい』 岡村隆史(映画『無問題』主題歌、H2Oの広東語カヴァー)
  • 『無問題2 - オリジナル・サウンドトラック』
  • めちゃイケCD Vol.1

書籍[編集]

  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.1〜スキャンダル事件史 94-99年 永久保存版 大年表 少年ナイフ編〜』(ヨシモトブックス、2009年9月9日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.2〜お台場激闘史!湾岸スキーヤー編〜』(ヨシモトブックス、2010年2月15日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.3〜ナイナイと99人の女たち編』(ヨシモトブックス、2011年5月19日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 金(vol.4G)』(ヨシモトブックス、2012年7月19日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 スペシャル〜ナイナイと99の超常現象編 銀(vol.4S)』(ヨシモトブックス、2012年7月19日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.5〜有楽町絶対絶命史 05-07年 永久保存版 大年表 ホワイトナイト編〜』(ヨシモトブックス、2013年9月9日発売、税込み1000円)
  • 『ナインティナインのオールナイトニッ本 vol.6〜絶対絶命 岡村隆史 08-10年 永久保存版 大年表 エバーグリーン編〜』(ヨシモトブックス、2014年3月3日発売、税込み1000円)

関連項目[編集]

参考文献・出典[編集]

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  1. ^ 相方の矢部や後輩芸人が呼んでいる。
  2. ^ 高校サッカー部の同級生が呼んでいる。
  3. ^ よゐこ濱口優江角マキコが呼んでいる。(江角は最近「岡ピー」と呼んでいる。)
  4. ^ 新春かくし芸大会』での競演を機に、ネプチューン原田泰造堀内健が呼んでいる。
  5. ^ 高校入学時に親しい中学時代の同級生と別のクラスにいた岡村は、新たにクラスメイトになった友達と馴染めず、人見知りで自分が出せないことに悩み、得意のブレイクダンスを披露したところ、このニックネームをつけられた。あまりなじめなかったクラスの同級生のみがこのあだ名をいっている。本人はあまり気に入っていない。サッカー部の親しい友達はオカチンと呼んでいる。
  6. ^ 相方の矢部がたまに呼んでいる。
  7. ^ 2011年6月16日放送「ナインティナインのオールナイトニッポン」より
  8. ^ 明石家サンタにて景品で獲得した。
  9. ^ 2008年の27時間テレビにて、鬼瓦権造に扮したビートたけしの手によって、外装をペンキだらけにされてしまった。
  10. ^ 相方の岡村が呼んでいる。
  11. ^ 高校1年時に同じサッカー部に兄の美幸も在籍していたため、岡村など先輩から呼ばれていた。
  12. ^ KING講談社 2008年5月、『ナインティナインのオールナイトニッポン』2008年10月30日より
  13. ^ 天素ビデオなどの岡村本人談
  14. ^ 黒澤裕美『ナインティナインの上京物語』大和書房、2012年。
  15. ^ パート12以降はナイナイの2人に限って1年間の謹慎扱いになる。この煽りを受け、パート12ではクビになるメンバーが通常の1人から2人に変更(新メンバーも加わるため)になった。クビになったのは当時メンバーの佐々木希田山涼成
  16. ^ 岡村は当時メンバーのセイン・カミュが自主的に辞退(クビは出川哲朗)したため、矢部は同じくメンバーの船越英一郎木曜ミステリーに出演するにあたって準会員に認定されたため(クビは森泉)である。
  17. ^ まれにレギュラー復帰をかけてVIPチャレンジャーとして出演したが、どちらも果たせていない。

外部リンク[編集]