中森明菜

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中森 明菜
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基本情報
出生名 中森 明菜
別名 AKINA、Miran:Miran[1][2]
出生 1965年7月13日(49歳)
日本、東京都大田区
出身地 日本、東京都清瀬市
血液型 A型
ジャンル アイドル歌謡曲ポップスJ-POP
職業 歌手女優
担当楽器 ボーカル
活動期間 1982年 - 2010年、2014年 -
レーベル ワーナー・パイオニア(1982年 - 1992年)
MCAビクター(1993年 - 1997年)
ガウスエンタテインメント(1998年 - 1999年)
@ease(Music@nifty内)(2001年)
ユニバーサルミュージック(2002年 - )
事務所 FAITH
公式サイト 中森明菜オフィシャルサイト » index
中森明菜 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN

中森 明菜(なかもり あきな、1965年7月13日 - )は、日本歌手女優。本名同じ。東京都大田区生まれ、清瀬市育ち[3]明治大学付属中野高等学校定時制中退。FAITH所属。所属レーベルはユニバーサルJユニバーサルミュージック内の私設レーベル歌姫レコーズ[4][5]

16歳の時に出場した日本テレビ系のオーディション番組『スター誕生!』合格を機に、ワーナー・パイオニアとのレコード契約を締結。1982年にシングル「スローモーション」でデビューし、2枚目のシングル「少女A」がヒット。翌1983年には、「セカンド・ラブ」、「禁区」などのヒットでレコード・セールスはトップとなる[6][7]。以降も「北ウイング」、「飾りじゃないのよ涙は」など連続してシングル・ヒットし、1985年の「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」と1986年の「DESIRE -情熱-」で2年連続となる日本レコード大賞を受賞[8][9]。1985年から1987年のレコード・セールスでは3年連続でトップを記録する[10][7]

1992年には連続テレビドラマ『素顔のままで』(フジテレビ系)に主演し、その後も1998年の連続テレビドラマ『冷たい月』(日本テレビ系)の主演など女優としても活動。2002年にはユニバーサルミュージックに移籍し、カバー・アルバム『-ZEROalbum- 歌姫2』を発表[5]歌姫シリーズの第2弾として発売されたこのアルバムはヒットを記録する。以降、『歌姫3 〜終幕』、『フォーク・ソング〜歌姫抒情歌』などカバー・アルバムのシリーズ作をリリースする。2004年にはプライベートレーベル歌姫レコーズを設立した。

2010年10月、体調不良により芸能活動の無期限休止を発表。

2014年8月6日にはワーナーとユニバーサル時代の曲が収録されたオールタイム・ベストアルバム『オールタイム・ベスト -オリジナル-』と『オールタイム・ベスト -歌姫(カヴァー)-』が同時発売される。

来歴[編集]

1965年 - 1981年[編集]

1965年7月13日、東京都大田区に、6人兄弟・姉妹(2男4女)の5番目、三女として生まれる[3]。兄弟姉妹たちは、父の名前にちなんで全員が「明」の付く名前であり、中森も同様の命名を受ける[11]。出生後、清瀬市に移り住み幼少期を過ごす[3]。4歳から14歳の時には、バレエ教室「横山昭子モダンバレエスタジオ」に通っていた[12]。やがて、母の影響から歌手の夢を抱くようになり、日本テレビ系オーディション番組スター誕生!』に幾度となく挑戦する[13]

1981年、『スター誕生!』本選3度目の挑戦となった8月2日の放送で(7月11日収録)、中森は山口百恵の「夢先案内人」を歌い、同番組の史上最高得点となる392点で合格する[14]。合格後、スカウトを受ける場となる決戦大会までのおよそ1か月間、日本テレビ音楽学院でボーカルとダンスレッスンを受ける[15]。同年11月29日放送(11月11日収録)の決戦大会前の事前審査にあたる下見会を経て、12月6日放送(11月18日収録)の決戦大会で再び「夢先案内人」を歌唱[15]。合計11社のレコード会社や芸能プロダクションから獲得の意向を示すプラカードが上がった[15]。これを機に中森は、研音所属とワーナー・パイオニアとのレコード契約を決める[16]。その後、1982年2月に行われる初レコーディングに向け、自身での発声練習に加えて、ボーカル・トレーナーの大本恭敬のもと、週に1・2度ほどレッスンを積んだ[16]

1982年 - 1984年[編集]

1982年、5月1日にシングルスローモーション」でデビュー[5][17]。1980年代のアイドルにはキャッチフレーズが付けられ、中森のキャッチフレーズは、「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)」であった[6][18]。同年7月、ファースト・アルバム『プロローグ〈序幕〉』を発売[19]。同作はオリコン週間アルバムランキングの10月4日付で最高位5位を記録[20]。続く第2弾シングル「少女A」が、オリコン週間シングルランキングの10月18日付で最高位5位を記録し、同曲でブレイクする[20][21]。10月には、2枚目のスタジオ・アルバムバリエーション〈変奏曲〉』を発売し、11月8日付の同社チャートで初の週間1位を獲得、74万枚を超えるセールスを記録する[19][20][22]。続いて11月に発売した3枚目のシングル「セカンド・ラブ」は、11月29日付の同チャートで初の週間1位を獲得し、1983年の同社年間シングルチャートで8位を記録、約77万枚を売り上げる[17][6][8]。中森はデビュー初期の段階より、衣装・メイク・振り付けに自身がかかわり、楽曲制作においても積極的に意見を取り入れていく[23]

1983年、2月より自身初の全国コンサート・ツアーAkina Milkyway '83 春の風を感じてを開催[24]。3月と8月には、『ファンタジー〈幻想曲〉』、『NEW AKINA エトランゼ』と通算3作目、4作目のスタジオ・アルバムを発売する[19][25][26]。『NEW AKINA エトランゼ』は第25回日本レコード大賞の'83アルバムベスト10を獲得した[27]。12月には初のベスト・アルバムBEST AKINA メモワール』を発売し、オリコンで5週連続首位を獲得した[19][28][22]。歌手としての人気を着実に獲得するとともに、1983年のブロマイド売上実績の女性部門で中森は首位にもなった[29]

1984年、5月にデビュー3周年目を記念した5枚目のスタジオ・アルバム『ANNIVERSARY』を発売する[30][31]。同アルバムに収録され、中森の提案によりタイトル名が決定された通算7枚目のシングル「北ウイング」は、1984年のオリコン年間チャートで9位を記録した[31][6]。10月にも6枚目となるスタジオ・アルバム『POSSIBILITY』を発売し、このアルバムからのシングルの「サザン・ウインド」と「十戒 (1984)」も、この年の同社年間チャートでトップテン入りし、それぞれ年間で10位と6位を記録した[31][6]。11月には井上陽水から楽曲提供を受けた10枚目のシングル「飾りじゃないのよ涙は」をリリース[23][17]。アイドルからシンガーミュージシャンへの転機となったこの楽曲は、1985年の同社年間チャートで6位を記録した[23][32][6]

1985年 - 1988年[編集]

1985年、1月公開の映画『愛・旅立ち』で近藤真彦と共に主演を務める[8][33]。3月、11枚目のシングル「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」を発売[17]。この楽曲は、同年末に行われた第27回日本レコード大賞にて日本レコード大賞を受賞し、この年のオリコン年間チャートで2位を記録した[34][6]。4月には7枚目のスタジオ・アルバム『BITTER AND SWEET』を発売する[19][35]。6月発売の12枚目のシングル「SAND BEIGE -砂漠へ-」では、新人の作家によるデビュー作を起用するなど[36][37]、作家のジャンルや有名無名にとらわれない楽曲提供を受ける。この楽曲は同年の同社年間チャートで7位を獲得した[6]。8月、『D404ME』が8枚目のスタジオ・アルバムとしてリリース[19][38]。同作は第27回日本レコード大賞の優秀アルバム賞を獲得した[34]

1986年、2月に14枚目のシングル「DESIRE -情熱-」をリリース[37]。この楽曲は1986年のオリコン年間チャートで2位を記録し、第28回日本レコード大賞で前年に続き日本レコード大賞を受賞した[39][40]。これにより中森は、女性ソロ歌手として史上初の2年連続となる日本レコード大賞受賞を果たした[41]。4月にはデビュー曲「スローモーション」から「SOLITUDE」までのシングル曲を収めたベスト・アルバム『BEST』をリリース[42][43]。このアルバムは、第1回日本ゴールドディスク大賞のThe Grand Prix Album of the Yearを受賞した[44]。5月に発売した15枚目のシングル「ジプシー・クイーン」は同年の同社年間チャートで7位を記録[37][39]。8月に発売した9枚目となるスタジオ・アルバム『不思議』では、アルバムのプロデュースを自身で担当する[42][45]。以降、楽曲やアルバムのセルフプロデュース作品を発表し、アーティスト性を発揮していく。12月には10枚目のスタジオ・アルバム『CRIMSON』を発売し、第29回日本レコード大賞の優秀アルバム賞を獲得した[46][47]

1987年、3月に行われた1986年度第1回日本ゴールドディスク大賞でアーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞する[44]。同年4月、TBS系ドラマ『ベスト・フレンド』でテレビドラマ初主演を務めた[48][49]。8月発売の11枚目のスタジオ・アルバム『Cross My Palm』では、全曲英語詞の楽曲に取り組む[42][50]。同年末には、日本有線大賞最多リクエスト歌手賞を1983年以来5年連続で受賞する[51]。さらに、この年発売したシングルの「TANGO NOIR」、「BLONDE」、「難破船」の3曲は、この年のオリコン年間シングルチャートでトップテン入りを果たし、それぞれ年間で2位、7位、6位を記録[37][39]。オリコンの年間アーティスト・トータル・セールスには、歴代最多の4度目(1983年、1985年、1986年、1987年)となる首位を獲得した[7]

1988年、3月にシングル候補曲として制作されていた楽曲を集めた12枚目のスタジオ・アルバム『Stock』をリリースする[31]。5月には21枚目のシングル「TATTOO」をリリースし、オリコン週間ランキングで1位を獲得、これにより同チャートでの連続1位記録が15曲となった[39]。また、TBS系の音楽番組ザ・ベストテン』でも1位を獲得し、同番組で1位週数69週を記録、番組史上最多回数となった[52]。加えて、この番組での最多1位獲得曲数も17曲の歴代1位で、「ベストテンの女王」の異名を持っている[52][53]。8月にはジョン・リンドピーター・フランプトンら海外アーティストを起用した13枚目のスタジオ・アルバム『Femme Fatale』を発売[54]。12月には、「DESIRE -情熱-」から「I MISSED "THE SHOCK"」までのシングル曲を収録したベスト・アルバム『BEST II』を発売し、売上枚数は80万枚を突破した[55][22]。こうした歌手としての記録や受賞を重ねるだけにとどまらず、中森のファッション性への評価も次第に高まり、同世代の女性達からの支持も得られる[56][57]。同年7月11日、当時交際をしていた恋人で歌手の近藤真彦の自宅マンションにて自殺未遂事件を起こし、芸能活動を1年間ほど休止する[58]。この間、7月25日には14枚目となるスタジオ・アルバム『CRUISE』をリリースし、このアルバムはオリコンで3週連続1位を記録[22]。中森は、1982年からこの1989年の8年連続で同チャートでアルバム首位を獲得した[22]。11月にはAKINA INDEX-XXIII The 8th Anniversaryのライブ・アルバムとライブビデオとなる『AKINA EAST LIVE INDEX-XXIII』がそれぞれリリースされた[20][59]。このライブビデオは、'89ビデオ・オブ・ザ・イヤーで最優秀ミュージックビデオ賞を獲得する[20]。その後中森は、同年12月28日に新事務所設立(コレクション)を発表、デビュー以来所属していた芸能プロダクション研音から独立となり、12月31日には、近藤も同席し謝罪会見を行った[58][60]

1990年7月、1年ぶりに24枚目のシングル「Dear Friend」をリリースし、ファンクラブ(Milky HouseからTwo Callへ)を新たに構えることも伝えられた[61][62][63][58]。この楽曲は、オリコン週間シングルランキングの同年7月30日と8月13日付の通算2週で1位を獲得、同社年間チャートで6位を記録した[39][48]。これによって、自身が持つ同社年間チャートの10位内の曲数が通算13曲となり、ソロ歌手として歴代最多記録となった。さらに、次作「水に挿した花」も同年11月19日付の同社チャートで週間1位を記録し、同チャートにおいて通算21曲の1位を獲得、女性アーティストでは歴代3位の記録となっている[39][64]

デビュー10周年目を迎えた1991年、3月に26枚目のシングル「二人静 -「天河伝説殺人事件」より」をリリース後、7月にスペシャル・ライブ夢 '91 Akina Nakamori Special Liveを開催した[65][66]。この年は、8月放送のフジテレビ系ドラマ『悪女A・B』の他、4本のテレビドラマに主演した[67]。また同年には、新事務所コンティニューに移籍した[60][68]

1992年、4月より自身初の連続テレビドラマ素顔のままで』(フジテレビ系、月9)に安田成美と共にダブル主演し、中森はダンサーの卵である月島カンナ役を演じる[48][69][70]。このドラマは最終回で、最高視聴率31.9%を記録した[71]。その後、新たにファンクラブ (QUATRE BAISER)を移すが、再び所属事務所のトラブルにより事務所と共に運営が行き詰まる[60][68][72]。また、音楽制作上の意見の相違によりデビュー以来所属していたワーナーミュージック・ジャパンを離れたが、移籍トラブルをはじめとしたスキャンダル報道なども相次ぎ不遇な時期を過ごす[73][68][60]。こうした中、この夏より新作の制作が行われていたものの、実際に中森のもとに届くことなく翌年まで持ち越される[73][74]。この年は新譜リリース実現に至らなかったが、歌手活動と並行し、7月に公開された映画『走れメロス』で声優として出演するなど女優としても活動した[75][76]

1993年 - 1999年[編集]

1993年、MCAビクターに所属レコード会社を移籍し、MCAがマネジメントの実質的な業務窓口も担う[77][60]。また、個人事務所NAPCを設け、5月には2年ぶり27枚目となるシングル「Everlasting LoveNOT CRAZY TO ME」を発売し、9月には、昨年来制作していた15枚目のスタジオ・アルバム『UNBALANCE+BALANCE』を4年ぶりにリリースした[77][74][78]。このアルバムの楽曲である「愛撫」は有線チャートで最高順位3位を記録し、翌年にはシングルカットされた[79][80][78][81]

また1994年3月24日には、自身初のカバー・アルバム歌姫』も発売する[82][83]。同作は批評家から肯定的評価を受け、歌手としての新境地を開拓する[84][85]。その後同作はシリーズ制作される。同年12月にはPARCO劇場にて、同カバー・アルバムを中心としたスペシャル・ライブツアー歌姫 パルコ劇場ライブを開催した[86]。かねてより大ホールではない小規模でのステージを希望していた中森の意向がこのライブで実現された[87]

1995年、7月に16枚目のスタジオ・アルバム『la alteración』をリリース[88]。セルフプロデュースで制作を開始して以来、同作は、楽曲制作からボーカル録音直前までの制作作業のほとんどをスタッフに委ねる試みとなった[88]。11月には、ブライアン・セッツァープロデュースによる32枚目のシングル「Tokyo Rose」をAKINA名義でリリースした[1]

1996年、30歳を機にディナーショー開催の意向をファンに語っていた中森は、5月に自身初となるディナーショー・ツアーを開催する[89]。同年8月には小室哲哉フル・プロデュースを受けた33枚目のシングル「MOONLIGHT SHADOW-月に吠えろ」をリリース[90]。12月にもディナーショー・ツアーを開催し、この年以降、年末ディナーショーを開催していく。さらにこの時期には、ファンクラブ (Alteracion)の再開も伝えられた[91][92]

1997年、3月に17枚目のスタジオ・アルバム『SHAKER』を発売し、新たな歌唱法に挑んだというこのアルバムを引っ提げた全国コンサート・ツアーFelicidadを5月より開催した[93][94][95]。このコンサート・ツアーは1988年に行われたFemme Fataleツアー以来9年ぶりであった[96][5]

1998年、MCAビクターからガウスエンタテインメントへ所属レコード会社を移籍。1月には日本テレビ系の連続テレビドラマ『冷たい月』に主演[48]。2月には同ドラマのテーマソングで移籍第1弾となった35枚目のシングル「帰省 〜Never Forget〜」をリリース[97]。6月には18枚目のスタジオ・アルバム『SPOON』の発売と同作を引っ提げた同名のツアーSPOONを開催した[98][99]

翌年の1999年1月にも、日本テレビ系の連続テレビドラマ『ボーダー 犯罪心理捜査ファイル』で主演を務め、同ドラマのテーマを歌った38枚目のシングル「オフェリア」を発売する[48][100]。12月には19枚目のスタジオ・アルバム『will』を発売した[101]。この発売の後、中森はガウスエンタテインメントを離籍した。

2000年 - 2004年[編集]

2000年、音楽プロダクション楽工房と契約し、現個人事務所FAITH、現公式ファンクラブFAITHWAYを発足[102][103][104]。前年に見舞われたトラブルを整理した末、マネジメントを一新。芸能活動の基盤を整える。前年末から虚実ないまぜのゴシップが流れ、所属レコード会社との契約が決定していない状況にあったが、中森は「曲でもコンサートでもいいものを届けたい気持ちが先に立っちゃうんです。それには、スタッフと色々悩みながら作り上げていく過程が大切。そうすれば結果がどうであれ、一緒に作ったという土台は残るでしょ」とコメント[105]。こうして心機一転を図り、5月には、2年ぶり、自身初となるバラードコンサート・ツアー中森明菜2000 〜21世紀への旅立ち〜を開催した[5][105]

デビュー20周年目を迎えた2001年、5月にMusic@nifty内のインディーズレーベル@easeにて、40枚目のシングル「It's brand new day」を音楽配信で先行リリースする[106]。6月からは20周年記念ツアーの第1弾としてALL ABOUT AKINA 20th Anniversary IT'S BRAND NEW DAYを開催した[106]

2002年、デビュー満20周年となったこの年、契約していた楽工房から現所属事務所FAITHにマネジメント業務を移し、現所属レコード会社のユニバーサルミュージックに移籍する[107][5]。同年3月20日、移籍第1弾カバー・アルバム『-ZEROalbum- 歌姫2』を発売[5]。憧れの存在であった山口百恵の「秋桜」や、ライバル視された松田聖子の「瑠璃色の地球」などをカバーした同作は、4月8日付のオリコン週間アルバムランキングで『la alteración』以来7年ぶりにトップテン入りしヒットした[108][109][110]。以降、複数のカバー・アルバム企画を発表していく。5月には移籍後初の41枚目となるシングル「The Heat 〜musica fiesta〜」と20枚目のスタジオ・アルバム『Resonancia』の発売に、このアルバムを引っ提げた20周年記念ツアーの第2弾としてMUSICA FIESTA TOUR 2002を開催した[5][111]。その後12月31日に行われた『第53回NHK紅白歌合戦』に出場し、同月に発売したベスト・アルバム『Akina Nakamori〜歌姫ダブル・ディケイド』バージョンの「飾りじゃないのよ涙は」を披露、14年ぶりの紅白出場であった[112][113][114]

2003年、中森が4曲作詞し、バラード集となった21枚目となるスタジオ・アルバム『I hope so』を5月にリリース[115]。8月2日には、台湾の音楽祭である第14回金曲奨にプレゼンターとして出演、デビュー以来初訪台となった[5][116]。12月にはカバー・アルバム歌姫シリーズの3部作の最後となった『歌姫3 〜終幕』をリリース[117]。この歌姫シリーズは最終的に累計で100万枚を記録したと発表された[118][119]

2004年、5月にユニバーサルミュージック内の私設レコードレーベル歌姫レコーズを設立し、同レーベルより43枚目のシングル「赤い花」を発売する[5][120]

2005年 - 2009年[編集]

2005年、7月より品川club eX(450席)にてスペシャル・ライブツアーAkina Nakamori Special Live 2005 Empress at CLUB eXを開催[5][121]。カバー・アルバム歌姫シリーズである『歌姫』、『-ZEROalbum- 歌姫2』、『歌姫3 〜終幕』の3作を中心に構成され、同シリーズを締め括るライブとなった[121]

デビュー25周年目を迎えた2006年、4月より日本テレビ系の連続テレビドラマ『プリマダム』に出演[48][122]。自身にとって7年ぶりの連続テレビドラマ出演となる[123]。また、同ドラマのテーマ曲として46枚目のシングル「花よ踊れ」を5月にリリースした[124]。6月には、3年ぶりとなった22枚目のスタジオ・アルバム『DESTINATION』を発売し、同作を引っ提げたツアーAKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2006 〜The Last destination〜も開催した[125][126][122]。さらに同月には、パチンコメーカー大一商会から自身をモチーフとしたパチンコ台『CR中森明菜・歌姫伝説』が導入され、ヒット機となる[127][128]

2007年のデビュー満25周年、1月にカバー・アルバム歌姫シリーズのベスト・アルバム『歌姫ベスト 〜25th Anniversary Selection〜』をリリース[119]。同作は、同年1月29付のオリコン週間アルバムランキングで『Akina Nakamori〜歌姫ダブル・ディケイド』以来4年ぶりにトップテン入りする[119]。6月には、自身初となる演歌楽曲をカバーしたアルバム『艶華 -Enka-』をリリースし、こちらも同チャートでトップテン入り、第49回日本レコード大賞企画賞を受賞した[129][130][131]。12月31日には、初のファンクラブ限定カウントダウン・ディナーショーAKINA NAKAMORI 25th ANNIVERSARY COUNT DOWN DINNER SHOW 2007-2008を開催した[132]

2008年、MCAビクター、ガウスエンタテインメントに所属していた1990年代に発表した楽曲を総括したベスト・アルバム『歌姫伝説 〜90's BEST〜』を2月にリリースする[133][134]。3月には、2007年度第22回日本ゴールドディスク大賞ザ・ベスト・演歌/歌謡曲・アーティストを受賞した[135]

2009年、カバー・アルバム『ムード歌謡 〜歌姫昭和名曲集』、『フォーク・ソング2 〜歌姫哀翔歌』、3年ぶり通算23枚目のスタジオ・アルバム『DIVA』と6月から8月にかけて3か月連続でアルバムをリリースする[136]。また、8月より、3年ぶりのスペシャル・ライブツアーAKINA NAKAMORI Special Live 2009 “Empress at Yokohama”を行った[137][136]。このライブは、カバー・アルバムフォーク・ソングシリーズの『フォーク・ソング〜歌姫抒情歌』、『フォーク・ソング2 〜歌姫哀翔歌』の2作を中心に構成され、2005年に行われたEmpressライブに続く第2弾として開催された[136][138]。9月には3年ぶり47枚目となるシングル「DIVA Single Version」を発売した[139]

2010年以降・芸能活動休止[編集]

2010年、7月13日にパチンコ台の第2弾となる『CR中森明菜・歌姫伝説〜恋も二度目なら〜』(大一商会)の9月導入が発表された[140][141]。加えて、この『CR中森明菜 歌姫伝説〜恋も二度目なら〜』のために書き下ろされた楽曲「Crazy Love」が、48枚目のシングルとして自身初の配信限定でリリースされた[142]。同年10月28日、体調不良により当面芸能活動の無期限休止を発表した[143]。この発表直後の2010年12月22日には、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』に中森が出演した際の映像をまとめた『中森明菜 IN 夜のヒットスタジオ』が6枚組のDVD-BOXで発売された[143][144]

2011年12月15日、TBS系で放送された音楽番組『ザ・ベストテン』の出演映像を収録した5枚組DVD-BOX『ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムBOX』が、デビュー満30周年を記念し翌年に発売されることを発表、2012年3月28日に発売された[145][146]。またこの発表にあたり、活動休止中にある中森直筆によるメッセージも公開された[147][145]

2014年8月6日にはワーナーとユニバーサル時代の曲が収録された2種類のオールタイム・ベストアルバム『オールタイム・ベスト -オリジナル-』と『オールタイム・ベスト -歌姫(カヴァー)-』が同時発売される。新曲の「SWEET RAIN」はオリジナルに、「恋の奴隷」と「男と女のお話」はカヴァーの方にそれぞれ収録されている。

人物[編集]

スター誕生![編集]

スター誕生!』テレビ予選3度目(1981年)の挑戦時、山口百恵の「夢先案内人」を歌い合格した[14]。なお、2度目(1980年・中学3年時)の挑戦で松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌ったが、審査員の松田トシが「歌は上手だけど年齢から、童謡でも歌ったらどうかしら?」と批評[148]。これに対し、「『スタ誕』では童謡は受け付けてくれないんじゃないんですか!?」と抗議した[148]。実は最初の挑戦時(1979年・中学2年時)にも松田トシは中森を批評しており岩崎宏美の「夏に抱かれて」で挑んだが、「年齢のわりには、大人すぎる」と批評した[149]

3回目の出場時、『スター誕生!』チーフ・プロデューサーの金谷勲夫は、番組スタッフの中には中森が常連の出場者であるため出場に難色を示す声も出たという[150]。しかし3回目の時の中森には、1・2回目の挑戦時以上に光り輝くものが見えた[150]。美しさの中にあるかげりを感じられ、強く推して出場させたことを語っている[150]

デビュー当時[編集]

当初「森アスナ」という芸名でのデビューも検討されていたようだが、本名でのデビューを希望し本人が拒否した[151]。なお、デビューに際し、大東学園高等学校より明治大学付属中野高等学校定時制へ編入するが、芸能活動専念により休学[152]後中退する。

中森がデビューした1982年はアイドルの当たり年で、この時期(1981年10月から1982年9月)にデビューしたアイドル達を総称して「花の82年組」または「花の57年組」と呼んだ[153]。同時期には、石川秀美小泉今日子シブがき隊早見優堀ちえみ松本伊代三田寛子らがデビューしている[153]

デビュー当時のキャッチフレーズは「ちょっとエッチな美新人娘(ミルキーっこ)」。このキャッチフレーズのため「明菜さんはエッチなんですか」と頻繁に聞かれたり、好奇の目で見られたりする原因となり、当時、苦痛だったと本人が語っている[154]。「エッチ」というのは卑猥な意味ではなく、少し背伸びした大人の雰囲気を出そうと思って事務所がつけたとされている[154]。なお、デビュー当時の体重は58kgほどあった。


音楽番組[編集]

1982年9月20日、フジテレビ系音楽番組『夜のヒットスタジオ』に2枚目のシングル「少女A」で初出演を果たす[155]。同期デビューの歌手がデビュー曲での番組出演を決めていくなか、デビュー曲「スローモーション」での初出演は実現しなかったが、以降ヒット曲を記録し続け、同番組にはほぼ月1ペースでの出演を重ねたり、マンスリーゲスト制での出演も果たしている[156]

『夜のヒットスタジオ』の司会をしていた芳村真理は当時、中森が自身でヘアスタイルから服装に至るまでのすべてのコーディネートを行っていることを知り、番組内でそのセンスのよさを絶賛した。以降、同番組に出演するときには別の歌番組とは異なる特注の衣装で毎回番組に臨み、歌う際のセット・照明との調和にまで気を配るほど、トータルプロデュースに気を配っていた。芳村が番組を勇退してまもなく同番組に出演した際、「真理さんに『明菜ちゃん、最近おしゃれしてる?』と訊かれ、おしゃれをした。真理さん見てますかー?」と芳村に画面を通じて呼びかけた事もある。また、芳村が中森の衣装コーディネートを特別に担当した事もある。

久米宏が『ザ・ベストテン』の司会を降板した回と芳村真理の『夜のヒットスタジオ』勇退の回の双方で、デビュー当時からいろいろと親しくしてもらった恩義と、これから番組で会う機会が無くなってしまうことを惜しみ、中森は涙を見せた。2000年12月30日に放送された『ザ・ベストテン』の復刻版スペシャルでは、歌前に久米から応援の電話が入った。「番組内でもほとんど会話という会話は交わしたことはないが、ちょっとした一言二言で人間というのは『ウマが合う』というのは分かるもの。僕と明菜さんはウマが合っていたと思う。だから明菜さんが出る日はスタジオに行くのが楽しみだった」という内容で、中森自身も感極まっていた。

中森は『ザ・ベストテン』で、さまざまなアイデアやこだわりを持った美術や照明・セットに対抗し、勝負するかのように懸命に表現してきたが、番組や出演するタレントに対する愛情の深さと熱意を番組スタッフから強く感じていたという[21]。さらに、今のテレビでは熱意を感じられる番組は限られており、この時代を過ごせたことは幸せであったと出演当時を振り返っている[21]

女優として[編集]

1985年には映画「愛・旅立ち」に出演し歌手活動と並行して本格的に女優としても活動を開始した。1992年には安田成美とW主演した「素顔のままで」が最終回で31.9%の視聴率をたたき出すヒットとなった。その後も「古畑任三郎」の初回の犯人役なども演じた。 ザ・ベストテン、1988年年間ベストテン9位にTATOOでランクインした際にお祝いで駆け付けた映画評論家の小森和子には「大人のムードを持ち初主演の映画から感のいい芝居をしている。外国の女優ではジョディ・フォスターのようなかわいさとすごさと大人っぽさなど色々な面を持っている人であると称した。

音楽性[編集]

中森は幼少期に、邦楽では松任谷由実矢沢永吉、洋楽ではカーペンターズらを好んで聴いていたが、もともとの音楽のルーツについては、姉や兄たちがディスコミュージックソウルミュージックを聴いていた影響としてブラックミュージックを挙げている[157]。また、中森が最も影響を受けたアーティストについてはドナ・サマーを挙げており、ドナの楽曲やボーカルのみならず、人生観など多くの面でのめり込んだと明かしている[158]

中森自身の作品については、すべてベースバスドラムの重低音を効かせていると語っている[157]。音楽ライターの馬飼野元宏は、デビュー以来1作ごとに作家を入れ替え、幅広い世界を歌い続けてきた中森の最大の特徴として、「『路線』が存在しないことである。」と指摘し、歌唱については、歌唱力以上に卓越した情感表現を持ち、ウィスパーボイスと声量を活かしたロングトーンをギア・チェンジの如く使い分ける、俗に「明菜ビブラート」と呼ばれる唱法を確立したと指摘している[31]

作品[編集]

スタジオ・アルバム シングル

公演[編集]

コンサート・ツアー ディナーショー・ツアー
1996年5月初公演。同年12月開催以降、年末開催。

出演[編集]

受賞[編集]

参照[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]