細野晴臣

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細野晴臣
基本情報
別名 ハリー
出生 1947年7月9日(62歳)
血液型 A型
学歴 立教大学社会学部
出身地 日本 東京都港区
ジャンル J-POP
ロック
フュージョン
エキゾチカ
テクノ
アンビエント
エレクトロニカ
ワールドミュージック
ニューエイジ
職業 音楽プロデューサー
シンガーソングライター
ベーシスト
担当楽器 ベース
シンセサイザー
ギター
パーカッション
活動期間 1969年 -
レーベル ベルウッド・レコード
(1973年 - 1975年)
日本クラウン/パナム
(1975年 - 1977年)
アルファレコード
(1978年 - 1982年)
アルファレコード/YEN
(1982年 - 1984年)
テイチク/ノン・スタンダード、モナド
(1984年 - 1987年)
エピック・ソニー
(1987年 - 1996年)
エイベックス/cutting edge/daisyworld discs
(1996年 - 2003年)
コロムビアミュージックエンタテインメント/daisyworld discs
(2008年 - )
事務所 ミディアム
公式サイト Daisy World Wide Web
  

細野 晴臣(ほその はるおみ、1947年7月9日 - )は日本のミュージシャン。ベーシストシンガーソングライター作曲家音楽プロデューサーとして活動している。多摩美術大学美術学部芸術学科客員教授。

目次

[編集] 略歴

1947年東京都港区生まれ。特に裕福ではないが、厳しい環境でもなく自由な少年時代を過ごした。母方の祖父がピアノ調律師、叔母が外資系の映画会社勤務という環境から、幼い頃からポピュラー音楽に親しんだ。中学時代にロックに興味を持ち、15歳あたりからギターを手に友人とバンドを組む。漫画家を志したこともあるが、立教高等学校(現・立教新座高等学校)の同級生だった西岸良平の才能に感服し、漫画家を諦め音楽の道を進むことを決意する。高校時代からフォークの洗礼を受け、ボーカルにも挑戦し始める。この頃、ボブ・ディランに大きな影響を受けた。

立教大学在学中にベースを始め、数多くのバンドを経た1969年エイプリル・フールのベーシストとしてメジャーデビュー。その後、大瀧詠一松本隆鈴木茂はっぴいえんどを結成し、日本語ロックの礎を築く(本人は当初反対していたという)。1973年のはっぴいえんど解散後、ソロ活動と平行して鈴木茂、林立夫松任谷正隆キャラメル・ママ(のちにティン・パン・アレーと改名)を結成。演奏・プロデュースチームとして多数のアーティストの楽曲に参加、荒井由実などのプロデュースも行う。

自身のソロ・アルバムでは、ファーストの『HOSONO HOUSE』(1973年)は当時埼玉県狭山アメリカ村にあった自宅で録音を行い、その後の『トロピカル・ダンディー』(1975年)・『泰安洋行』(1976年)・『はらいそ』(1978年)と続く「トロピカル三部作」では南国・楽園志向にアプローチし、この三部作でのニューオーリンズ沖縄ハワイ中国などの音楽をごった煮にしたサウンドは海外の好事家からも注目されるようになる(この作品に加えて、プロデュース作品である西岡恭蔵の『ろっか・ばい・まい・べいびい』がある。名義上はプロデュースだが、実質は共作である)。漫画家の諸星大二郎のファンであり、彼の漫画のタイトルから曲名をつけたこともある。

シンセサイザー・コンピュータを用いた音楽やディスコへの興味が高まっていった1978年、元サディスティック・ミカ・バンド高橋幸宏、当時スタジオ・ミュージシャンでもあった坂本龍一イエロー・マジック・オーケストラ (YMO) を結成。当初は細野主体の企画もののバンドと捉えられていたが、1980年にはその活動がブームを巻き起こす。YMOの成功をきっかけにメディアにも露出するようになり、アイドル・歌謡曲界への多数の楽曲提供、新人発掘のためのレーベル「YEN」の高橋との共同による立ち上げなど個人としても精力的に活動を行う。また、ビデオ・ゲーム「ゼビウス」の音源をダンス・ミュージックにアレンジした『ビデオ・ゲーム・ミュージック』(1984年)をプロデュース、ゲーム・ミュージックが音楽ジャンルとして確立するきっかけをつくった。

1983年のYMO散開(解散)後は、主にプロデューサーや作曲家としての活動や映画音楽の提供(『銀河鉄道の夜』・『メゾン・ド・ヒミコ』他)などをこなしながらも、ソロアルバム発表や多くの他アーティストとのユニット(別項参照)結成など自己の音楽活動も枚挙に暇が無い。

YMO時代からの多忙と、日本のバブル崩壊以前の消費社会に対する疲弊に辟易とした後、1980年代後期にはワールド・ミュージック、1990年代にはアンビエント・ミュージックに深くアプローチし、大量消費に頼らない音楽を模索した。

近年の活動としては自身のレーベル「daisyworld discs」を1996年に創設、2002年よりYMO時代の盟友、高橋幸宏とスケッチ・ショウ(SKETCH SHOW)を結成しフォーキーなエレクトロニカサウンドに取り組む他、HISの再結成の話も浮上[要出典]。またSKETCH SHOWは坂本龍一ともコラボレーションしており、ライヴやコンピレーション・アルバムでは3人でヒューマン・オーディオ・スポンジ(HAS)として活動も行う。2007年にはHASとしてのライブ活動の他、YMOとしても「RYDEEN 79/07」を発表、さらにはHASYMOとしても「RESCUE」を発表するなど、活発な活動を行っている。

その一方で、2005年9月に狭山稲荷山公園で行われたハイド・パーク・ミュージック・フェスティバル2005では久々にヴォーカルをとって『HOSONO HOUSE』の曲を披露。以降、東京シャイネスハリー・ホソノ・クインテットなどのユニットを結成し、カントリー&ウェスタンスタイルのライブ活動を行う。これらの活動は2007年9月に発売されたソロ・アルバム「FLYING SAUCER 1947」に結実する。また、同年4月に坂本龍一の立ち上げたレーベル「commmons」から2枚ものトリビュートアルバムが発売された。同年7月にはトリビュートライブが、日比谷野外音楽堂で催された。

音楽家としての活動以外にも、低音が響く声が評価され、TV番組やコマーシャルのナレーターとして起用される事も多くなってきている。

2008年3月、平成19年度芸術選奨の大衆芸能部門で文部科学大臣賞を受賞した。

[編集] 祖父・細野正文とタイタニック号について

ちなみに、細野晴臣の祖父である細野正文は、日本人で唯一豪華客船のタイタニック号に乗船し、事故から生還した人物である。

詳細は「細野正文」を参照

[編集] 関連バンド・ユニット

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

  • 恋は桃色/福は内鬼は外(1973年、ベルウッド
    • 両曲共アルバム「HOSONO HOUSE」からのシングルカットでアルバムとの違いはない。
  • 絹街道/ハニー・ムーン(1975年 クラウン/パナム)
  • 北京ダック/ブラック・ピーナッツ(1976年、クラウン/パナム
    • 「北京ダック」は、アルバムとは異なるシングルヴァージョン。
  • 三国志メイン・テーマ/三国志ラヴ・テーマ(1982年、アルファ/YEN)B面は小池玉緒が歌唱。
  • Making of NON-STANDARD MUSIC/MONAD MUSIC(12インチ・シングル)(1984年、テイチク/ノン・スタンダード、モナド
  • 銀河鉄道の夜/別離のテーマ(1985年、テイチク/ノン・スタンダード)A面は中原香織。

[編集] アルバム

  • HOSONO HOUSE(1973年、ベルウッド
  • トロピカル・ダンディー - TROPICAL DANDY(1975年、クラウン/パナム
  • 泰安洋行 - Bon Voyage co.(1976年、クラウン/パナム)
  • はらいそ - PARAISO(1978年、アルファ)ハリー細野とイエロー・マジック・バンド
  • コチンの月 - COCHIN MOON(1978年、キング)細野晴臣&横尾忠則
  • フィルハーモニー - PHILHARMONY(1982年、アルファ/YEN)
  • S・F・X(1984年、テイチク/ノン・スタンダード)細野晴臣 with FRIENDS OF EARTH
  • 銀河鉄道の夜 - ÑOKTO DE LA GALAKSIA FERVOJO(1985年、テイチク/ノン・スタンダード)※映画サウンドトラック
  • コインシデンタル・ミュージック - COINCIDENTAL MUSIC(1985年、テイチク/モナド)
  • マーキュリック・ダンス - MERCURIC DANCE(1985年、テイチク/モナド)
  • パラダイス・ビュー - PARADISE VIEW(1985年、テイチク/モナド)※映画サウンドトラック
  • エンドレス・トーキング - THE ENDLESS TALKING(1985年、テイチク/モナド)
  • 紫式部 源氏物語(1987年、エピック・ソニー)※映画サウンドトラック
  • オムニ・サイト・シーイング - omni Sight Seeing(1989年、エピック・ソニー)
  • メディスン・コンピレーション - MEDICINE COMPILATION from the Quiet Lodge(1993年、エピック・ソニー)
  • グッド・スポーツ - GOOD SPORT(1995年、クロック)
  • ナーガ - NAGA(1995年、フォア)
  • N. D. E(1995年、マーキュリー)
  • Interpieces Organization(1996年、テイチク/バイディス)細野晴臣&ビル・ラズウェル
  • Road to Louisiana(1999年、EPIC)ハリーとマック
  • HOSONO BOX 1969-2000(2000年、エイベックス/cutting edge/daisyworld discs)※ベスト
  • メゾン・ド・ヒミコ - La Maison de Himiko(2005年、ワーナーミュージック・ジャパン)※映画サウンドトラック
  • FLYING SAUCER 1947(2007年、ビクターエンタテインメント)ハリー細野&ワールドシャイネス
  • 細野晴臣アーカイヴスVol.1(2008年、コロムビアミュージックエンタテインメント/daisyworld discs)
  • グーグーだって猫である(2008年、コロムビアミュージックエンタテインメント/daisyworld discs)※映画サウンドトラック

[編集] 参加作品

  • MUJI BGM1980-2000 1980年から誕生して20周年目の2000年まで無印良品店内で掛けられたオリジナルBGMを集めたコンピレーションアルバムで、disc-aの「Original BGM」,「Talking-BGM ver.-」が細野作品。但し、店頭販売は終了(市販品でいう所の廃盤)している。

[編集] 主な提供楽曲

[編集] 著書

  • 地平線の階段 八曜社, 1979.11
  • 花に水 冬樹社, 1984.9 (カセットブック)
  • 技術の秘儀(吉成真由美との共著) 朝日出版社, 1984.12
  • レコード・プロデューサーはスーパーマンをめざす 徳間書店, 1984.7
  • 地平線の階段 徳間書店, 1985.5
  • 観光(中沢新一との共著) 角川書店, 1985.6
  • ネコの日 八曜社, 1985.6
  • 音楽少年漂流記 新潮社, 1988.1
  • 季刊音楽誌「H2」エイチ・ツー創刊0号(責任編集) 筑摩書房, 1991.9
  • The endless talking 細野晴臣インタビュー集(編・北中正和) 筑摩書房, 1992.3
  • テクノドン(編著・後藤繁雄) 小学館, 1993.7
  • アンビエント・ドライヴァー マーブルトロン, 2006.9
  • 対談の本 ロックンロールから枝豆まで マーブルトロン, 2007.3
  • 分福茶釜(聞き手・鈴木惣一郎) 平凡社, 2008.6
  • 神楽感覚(鎌田東二との共著)作品社, 2008.10 

[編集] 主な出演番組

[編集] 主な出演CM

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] 関連事項

小坂忠

[編集] 外部リンク

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