7月13日

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

7月13日(しちがつじゅうさんにち)は、グレゴリオ暦で年始から194日目(閏年では195日目)にあたり、年末まであと171日ある。


2014年 7月文月
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
365日
各月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

できごと[編集]

レゾリューション号とアドヴェンチャー号、プリマスを出港(1772)。画像は翌年、タヒチに停泊する両船
北西部領土
銘板
アメリカ合衆国北西部領土(左画像)の統治法を定めた北西部条例可決(1787)。右画像は記念プレート
ヴィルヘルム1世とフランス大使ヴァンサン・ベネデッティの会談
記念碑
ヴィルヘルム1世とフランス大使ヴァンサン・ベネデッティ英語版との会談(左画像)の結果を伝えた電報の文面をビスマルクが改竄し公表したエムス電報事件(1870)。普仏戦争の引き金となった。右画像は記念碑
フランスタイに領土の割譲を迫ったパークナム事件(1893)
ポスター
ボール
第1回FIFAワールドカップ開幕(1930)。右画像は決勝の前半で使用されたボール


誕生日[編集]

ガイウス・ユリウス・カエサル
『クレオパトラをエジプト女王へ据えるカエサル』
共和政ローマの政治家ガイウス・ユリウス・カエサル(BC100?-BC44)誕生。右画像はピエトロ・ダ・コルトーナ『クレオパトラをエジプト女王へ据えるカエサル』(1637)
賽は投げられた。――ルビコン川を渡りポンペイウスとの内戦に突入する際に(BC49)
ウィーン分離派建築家、オットー・ワーグナー(1841-1918)誕生。画像はカールスプラッツ駅


忌日[編集]

ベルトラン・デュ・ゲクラン像
石棺
百年戦争時代フランスの救国の英雄、ベルトラン・デュ・ゲクラン(1320-1380)病没。右画像は石棺
デスマスク
『マラーの死』
山岳派の革命指導者、ジャン=ポール・マラー(1743-1793)暗殺される。画像はジャック=ルイ・ダヴィッドが現場で描いた『マラーの死』
フリードリヒ・アウグスト・ケクレ・フォン・シュトラードニッツ
ベンゼン環
有機化学アウグスト・ケクレ(1829-1896)没。ベンゼンのケクレ構造(右画像)を発見
アルフレッド・スティーグリッツ
『ヴェネツィアの運河』(1894)
『Ellen Koeniger』(1916)
写真家アルフレッド・スティーグリッツ(1864-1946)没。中央画像『ヴェネツィアの運河』(1894)、右『Ellen Koeniger』(1916)
アルノルト・シェーンベルク
墓
作曲家アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)没。Schoenberg Quartet No. 2 4th movement.OGG 四重奏曲第2番作品10より第4楽章を聴く[ヘルプ/ファイル]
芸術の印象は実質上2つの要素の結果である。1つは芸術作品が鑑賞者に何を与えるか、もう1つは鑑賞者が芸術作品に何を与えられるか。――『芸術の印象』(1909)

人物[編集]

人物以外(動物など)[編集]


記念日・年中行事[編集]

明石市立天文科学館
親時計
日本標準時制定(1886)。画像は明石市立天文科学館と、その館内にある親時計。
明治二十一年一月一日ヨリ東經百三十五度ノ子午線ノ時ヲ以テ本邦一般ノ標準時ト定ム――「本初子午線經度計算方及標準時ノ件」(1886)[1]
お盆迎え火。現代では月後れの8月13日などに行う地域も多い
  • 日本標準時制定記念日(日本の旗 日本
    1886年7月13日に、東経135度を日本標準時とし、1888年1月1日よりこれを実施するという内容の勅令第51号「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」が公布されたことに由来。なお、公布文の署名が7月12日になされていることから、7月12日を日本標準時制定記念日としている書籍もある。
  • 生命尊重の日(日本の旗 日本
    医師法律家教育者主婦等で構成される「生命尊重の日実行委員会」が1984年に制定。1948年年のこの日、優生保護法(現在の母体保護法)が公布されたことを記念。
  • オカルト記念日(日本の旗 日本
    1974年7月13日に、オカルトブームの火つけ役となった映画『エクソシスト』が日本で初公開されたことに由来。


フィクションのできごと[編集]

誕生日[編集]


関連項目[編集]

  1. ^ 『カードキャプターさくら(2)』第2巻、講談社〈KCデラックス〉、1997年、55頁。ISBN 978-4-06-319791-4